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シンデレラは誰だ!?
何となく惹かれるものがあって、その店のドアをくぐった。
本棚が両脇に並ぶ通路を歩いていくと、大きな机に突き当たる。机の前に立つ十代前半くらいの男の子が気まずそうにこちらに視線を送ってきた。
「あー・・・えっと・・・・・・。いらっしゃいませ」
何かあったのだろうか。
首を傾げていると、椅子に腰掛け机に肘をついていた少女が事情を説明してくれる。
なんでも、シンデレラが姿を消してしまったらしい。それでシンデレラの代わりを臨時でやってくれる人物を探しているそうだ。
「いいわ。エリカ、やっても」
断る理由もないし、シンデレラには憧れるものがある。
頷くと少女―栞というらしい―はにっこりと微笑んでみせた。
「ご協力感謝します。では、誰を案内役にしますか。エリカ・カームさん」
【My Dear〜エリカ・カーム】
「何だかなぁ・・・・・・」
木の上から家の様子を覗いつつ、夢々は息を吐き出した。
「こんな穏やかな話だったっけ・・・・・・?」
時々どうしようもなく、母親という存在が恋しくなることがある。
顔も覚えてないけれど。
何となく温もりだけは覚えている。
その胸に抱かれて、温もりを感じながら眠りにつくことができたら。
まだまだ自分は子供なのだと思うけれど、それでいいのだ。
嘘でも、お話でも母親が居るのはやはり嬉しい。
「ママ。次は何をすればいいの?」
始めは厳しくて意地悪で恐かった継母だけれど、一緒にいるうちに優しく笑いかけてくれるようになった。
今日もほら、頭を撫でてくれる。
「ありがとう。今日はもういいわ。お茶にしましょうか」
・・・嬉しい。
零れる笑顔を抑えきれないまま、エリカは椅子に腰掛けた。
何故シンデレラはこの女性を嫌っていたのだろう。
例え意地悪されたって、血の繋がりは無くたって、母親がいるということはこんなに幸せなことなのに。
少女の姿が近づいてきたので、夢々は木から飛び下りた。
「夢々ちゃん」
「・・・何かもう驚いたよ、俺」
「?」
首を傾げるエリカに夢々は苦笑する。
「継母と仲のいいシンデレラなんて聞いたことないよ」
「あの人、いい人。エリカは好き」
「・・・そっか」
エリカにはシンデレラには見えていなかった部分が見えたのだろう。
不思議な子だと思った。
「それより夢々ちゃん」
「何?」
「ママと舞踏会に行くの」
「継母と・・・かあ」
随分と話の展開が変わったものである。
まあ、こんなのもアリか。エリカはとても嬉しそうだし。
「ええっと。ドレスとガラスの靴だよね」
夢々はエリカに向けて右手をかざす。緊張した面持ちに、エリカが心配そうに顔を覗きこんできた。
「夢々ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。これくらい俺にだってできる・・・・・・と思う」
我ながら曖昧な答えだ。
夢々は魔法使いとしてこの物語に入りこんだため、魔法を使えるようになっているはずである。
栞曰く、
”どの程度使えるかは本人の素質に左右されますけどね”
・・・自分に素質があるとは思えない夢々だった。
半ば祈るような気持ちで魔法をかけ―――
夢々の出してくれたドレスは決して煌びやかなものではなかったけれど、努力はしてくれたようなので良しとする。
シンプルなものの方が自分には似合ってるかもしれないし。
隣には継母。手を繋いで城の中に入る。色とりどりの衣装に身を包んだ男女が、楽しそうに踊っていた。
「綺麗・・・・・・」
初めて見る世界に瞬きをする。
物語の展開通り王子にダンスを申し込まれ、エリカは継母に手を振った。ダンスなんて初体験だったけれど、王子のリードが上手かったので無理なくこなすことができた。
階段に腰をおろし、二人でしばらく話をする。
富も名声も何もかも持っていて何の不自由もないという王子に、エリカは疑問を覚えた。
「でも、それは全部最初から持っていたものでしょ?」
「ああ、そうだね」
「それって本当に幸せなのかな」
最初から全部持っていて
自分では何もしないで
「何か自分の力で手に入れたものってあるの?」
「・・・ない・・・かもしれないね」
「じゃあ、手に入れたいものは?」
王子は少しだけ考えるように黙り込んだ。
「・・・・・・あるよ。自分の力で手に入れたいもの。でも・・・ここではそういう力は働かせちゃいけないんだ」
エリカは夢々の話を思い出す。
物語の登場人物達は、決められた行動を決められた通りやるように義務付けられているそうだ。彼らの意志は別にしっかりとあるのだが、自分勝手にそれに従うことは許されていないらしい。
舞台の役者のようだと、エリカは思う。
「でも王子様。本当のシンデレラはそれに逆らったわ」
継母だって、エリカに優しくしてくれた。
「破れるものなのよ。自分に、その気があれば」
「・・・」
「あなたは・・・どうしたいの?」
「僕は・・・・・・」
王子は一瞬躊躇ったようだが、やがてはっきりとエリカに自分の想いを語った。
舞踏会の後、王子は予想外の行動に出た。
エリカではなく、本物のシンデレラの捜索を始めたのだ。
「・・・エリカさん。君、何かした?」
夢々の問いにエリカはクスクス笑う。
「何もしてないわ。エリカは少し背中を押しただけ」
彼女は息を吸いこむと声を張り上げた。
遠くまで。誰かに。あの人に届くように。
「隠れてるだけじゃ駄目だよ。王子様、あなたのこと待ってる」
返事はない。でも
「届いたかな」
「・・・届いたよ、きっと」
夢々は大きく頷いた。
王子がシンデレラを探し出すことができれば、この物語は終わる。
その前にどうしても、継母と話がしたかった。
「ママ」
「なあに?」
継母はティーカップに茶を注ぎながら応じる。
「エリカ、楽しかった。ママといれて。エリカのママ、本当はもう居ないから・・・・・・」
呼ぶことなんてないと思っていた。
”ママ”だなんて。
「もうエリカ、行かなくちゃいけないの。お願い事があるんだけど・・・いい?」
継母は少し悲しげな顔で首を傾げ、「何かしら」と問う。
エリカははにかみながら彼女を見上げた。
「・・・ぎゅって抱き締めて」
継母は苦笑するとエリカの体を優しく抱き寄せた。
「甘えん坊ね」
「いいの。今は・・・・・・いいの」
もう二度と感じることはないだろう、温もり。
お願い。
お願い、今だけは。
エリカのママでいてください。
めるへん堂に戻ってきて。
少し涙を滲ませているエリカを夢々は心配そうに覗き込んだ。
「・・・大丈夫?」
「・・・平気」
エリカは涙を拭い、にっこりと笑って見せた。
「それより夢々ちゃん。今度もし、シンデレラに会ったら伝えてくれる?」
「え、何?」
エリカは背伸びをすると夢々の耳にそっと囁く。
ママのこと嫌わないで
ちゃんと歩み寄ってみて
きっときっと、好きになれるはずだから
だって、ねえ、シンデレラ
ママがいるって、とてもとても幸せなことなのよ
fin
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【3260/エリカ・カーム(えりか・かーむ)/女性/8/小学生】
NPC
【夢々(ゆゆ)/男性/14/めるへん堂店員】
【本間・栞(ほんま・しおり)/女性/18/めるへん堂店長】
【王子(おうじ)/男性/18/シンデレラの登場人物】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、こんにちは。ライターのひろちという者です。
今回はありがとうございました!
納品が遅くなってしまい、申し訳ありません・・・!
今回、テーマを「親子」で書かせて頂きました。
母親の居ないエリカさん。
シンデレラの継母が彼女にこんなに優しくなってしまったのは、私にも予想外でした。
エリカさんの想いが伝わったのかもしれませんね。
話の都合上、多少プレイングと違ってしまった部分もあるのですが、いかがでしたでしょうか?
楽しんで頂けたのなら幸いです。
本当にありがとうございました!
またご縁がありましたら、その時はよろしくお願いしますね。
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