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<東京怪談・PCゲームノベル>


闇風草紙 〜決意編〜

□オープニング□

 激しい金属音を響かせ、机上の蜀台が大理石の床に転がった。薙ぎ払ったのは男の腕。血の気の失せた顔。噛み締めた唇から血が滲んでいた。
「やはり、私が行かねばならないのですね…未刀、お前は私に手間ばかりかけさせる!!」
 テーブルに打ちつけられる拳。凍れる闘気。透視媒介としていた紫の布が床の上で燃えている。燻っている黒い塊から、煙が立ち昇った。
「天鬼を封印し、力をつけたつもりでしょう。ですが、私とて衣蒼の長子。その粋がった頭を平伏させてみせます」
 排煙装置の作動音が響く。
 仁船の脳裏に刻まれた父親の言葉。繰り返し、神経を傷つける。

『力ある者のみ衣蒼の子ぞ!
 母が恋しければ未刀を連れ戻せ。
 仁船、私の役に立つのだ!    』

 失った者、失ったモノ。
 奪った弟を忿恨する。自分に与えられるはずだった全てに。
 未刀の部屋へと向かう。絵で隠されていた血染めの壁を虎視した。忘却を許さない過去の記憶。
「あなたはここへ帰るべきなのです……力を失って…ね…フフフ」
 衣蒼の後継ぎにだけ継承される血の業。封門を開くその能力。忌まわしき歴史の連鎖を、仁船は望んでいた。叶わぬ夢と知っているからこそ。


□駒返る草に似て ――綾和泉匡乃

 僕の前には、未刀君の兄である衣蒼仁船が立っていた。
 最初の出会いと同じ、揺らぐ青い瞳。それは焦点を失ったまま、未刀君を凝視していた。薄く笑っている唇。そこから零れ落ちる慇懃な言葉の裏に、どれだけの悪意を隠しているのか――。
 想像するよりも早く、束ねた白髪を翻し仁船は笑った。
「自分からご帰宅とは……。くくく、あれだけ逃げ回っていた貴方なのに。矛盾だらけですね。やはり、力に翻弄される身ゆえなのでしょう?」
 まるで、自分はそうではないと明言しているかのような言葉。

 ――確かに、カリスマ性と言う部分では未刀君よりは、上……のようですね。
    だからこそ、完全な封印を施すことのできない仁船君に、天鬼が憑き従っていたのでしょう。

 未刀君を嫉視する瞳はまっすぐに彼だけを見て、僕に気づいていないかのようだ。
 「逃げない」と言った未刀君と共に、初めてこの地を踏む。以前、地図を調べた時、この周辺に空白地があることには気づいていた。山の一部でありながら、線で囲われたそこ。名を知らないだけで、衣蒼の家は僕の記憶に残っていた場所にあったのだ。
「仁船……。ボクは、あんたに会いに帰ったわけじゃない」
「では、なんだと? 逃げるのをやめたところで、これまでと何の変わりがある言うのですか? 私が父上に認められるためには、ここで闇に埋もれてもらうのが一番なんですよ……」
「だから! あんたがどう思おうと、何をしようと、ボクは父上に会う。会って聞きたいことがあるんだっ! 邪魔をするなら、あんたを乗り越えるだけだ!!」
「ふふ、面白いことを言う。力を使わぬと誓ったは、偽りですかっ!?」
 仁船君の腕につけられた皮製のリングから、紫の布が現われた。蛇の如く伸び、一気に未刀君の喉元を絡め取った。
「……ぐぅ、に…船」
 互いに睨み合う兄弟。

 僕は溜息をついた。
 僕にしてみれば、どちらも子供だ。仁船君も未刀君も現実を歪めてでしか見ることができなくなっている。冷静になることを覚える必要があるだろう。対峙するのは結構だが、戦いは心すべてを吐露するための手段でなければならない。
「仁船…君、でしたか? とりあえず、ここは援護させて頂きますよ」
 
 僕は声を上げ、腕を一閃した。
 魔力を具現化した刃を放つ。
 紫布が霧散した。おそらくはあれも、力を布として具現化したものなのだ。すぐに、形を取り戻し仁船君の周囲で揺らいでいる。
「……あなたは未刀君に何を望んでいるのですか? 父親に認めてもらうため? 本当にそれだけなのですか?」
 問う。
 兄弟の背後に見え隠れするのは父親の姿だ。血縁ゆえの憎しみ合いに、参加すべきではないのかもしれない。けれど、このまま上辺だけの会話や戦いを続けても、見えるものは不透明なままだ。澱んだ水を浄化するには、一度攪拌する必要がある。

 ――彼の兄も…、本来なら一旦父親との関係をすっぱり絶ってしまったほうがいいんですけど……。
    荒療治と分かってますけどね。
    まあ、いろいろ隠してることが多そうですし。
    その辺を二人に真っ向から相対してもらいましょうか。

 咳き込んでいた未刀君が喉元に手をやって、ついていた膝を伸ばした。ようやく僕の存在に気づいた仁船君。僕の問いかけに答えることなく、白眼視だけをコチラに向けている。思惑を隠し、叩き合うべき内容を僕は言葉にした。
「未刀君、僕の言葉を覚えていますか?」
 線の細い少年が頷いた。意志の輝きが増す瞳。
「――実行するのが人」
「そうです。ここで何をすべきか考える時間はありません。ならば、現実を見る――いや、体感すべきです」
「体感っ…じゃあ仁船と、戦え…と? 匡乃は、そう言ってるの…か?」
「今、戦わずして、いったい何時兄の本質を知るのですか? 手を合わせねば見えぬこともあります」
 僕はわずかに語尾を上げた。未刀君の視線が仁船君へと向けられる。その視線を受け、ずっと押し黙ったままだった仁船の薄く笑った唇が、言葉を吐き出した。
「この者は貴方の友人なのでしょう? いいんですか? くく、困ったご友人ですね未刀」
「黙れ……。あんたには分からない」
「ふふ、構いませんよ。戦いを所望されるのであれば受けましょう。もちろん、私は容赦などしません!!」
 声が終わらぬ間に、再び紫布が舞った。生き物の如く蠢いて、未刀君の体を追う。反射的に逃げ、大地を蹴る少年の姿。

 ――始めましたか……。苦しむかもしれない、ですね。
    でもこれから先の未来に進むためには、他の誰でもない彼自身が兄の説得というか、逃げてた部分からぶつからないと。
    …まあ、後はなるようになれってところでしょうか?

 積極性は必要。
 野に返すは心。
 おそらくは、すべての原点は父親にある。未刀君が逃げ出したのも強過ぎる父親の念。仁船君が追い求めるのは、父親からの信頼。互いの言葉の端々に父親の影がちらいているのだ。
 軽やかに少年の体が月下に飛んだ。紫布の攻撃を機敏にかわす。
「仁船、あんたは気づいてて父上の命令に従ってるのか!? ここが、衣蒼がただの封魔の家じゃなくなってるこ――」
「知っていますよっ!! 知っているからこそ、私は力を欲するのですよ!!」
 未刀の手に青白い光。それは刀身の形を取り、しっかりと手に握られた。仁船から放たれた紫布を受け止める。絡みつく布。刀身が光を放った。僕がしたのと同じように、紫布が霧散する。
 仁船が紫のオーラを背負って笑った。
「対抗しうるだけの力はあるのですね…さぁ、父上の命に逆らった罰を受けて頂きます」
「仁船! ボクは真実が知りたいだけだ! 連河は人さえ手にかけると言った、ならばボクはなんだ? 人の血の上に光臨しても、何も得られない!」
「支配されるべき人間とそうでない人間がいるだけですよ!! 貴方だって、いずれこの男を殺すことになる。暮石を滅したようにね!!」
 仁船が発した名前。 
 途端に、未刀君の動きが止まった。小刻みに揺れる腕。僕には覚えがあった、あれは――。

「……未刀君、あなたが封印した青年の名…ですね」
「ボクは、彼に何も返せないまま、今まだここにいる――耳に残っているんだ、最後の声が」
 苦悩の横顔が、過去を語ってくれた夜のことを鮮明に思い出させた。そしてなぜか、呆然と立ち尽くした弟に攻撃もせず、仁船も動きを止めた。不思議に思って観察すると、瞳がわずかに光を灯しているのに気づく。
「未刀、貴方は世迷い人ですよ。人の情けにすがることでしか、生きる道を選べないのなら、最初から望まなければいい……でなければ、衣蒼の名を継ぐ資格などない。失って嘆いても何も変わりはしないんですよ」
 毒気づく声。けれど、先ほどの力はない。

 ――何か異質な感じがしますね…。
    なぜ?
    ああ、なるほど……。

「父上に逆らうなど……できはしない、できないから暮石勇悟という男を失った。いや、それよりもたくさんの命が貴方のために失われている……」
 口の中だけで喋っているかのような呟き。明らかに自分の言った言葉に心が揺さぶられている。表情が曇って、高笑いし蔑みの目しか見せなかった仁船に現われたのは、深い悲しみの色だった。
 言うべきか迷ったが、僕は戸惑ったままの未刀君の肩を叩いた。
「あなたの兄は、精神を病んでいるんでしたね?」
「…え? ……ああ、そうだと思う。それが、どうかしたのか?」
「いえ、気になったのですよ。彼が現実から精神を手放してしまった理由が――」
 仁船が肩を抱いてうずくまった。苦しそうに胸を掻き毟っている。僕は彼に近づいた。慌てて未刀君が引きとめようと、僕の腕を掴んだ。その手をそって呈して、歩みを進めた。

「仁船君……あなたは、父上に逆らいたいと思っているのではないですか? 少なくとも僕にはそう見えますよ」
「お前が、なぜそんな事……。私は、父上の命にさえ従っていれば。そうすれば……」
 話しながら、自分の手の平を見つめる白髪の青年。白くなった理由がどこにあるのかは分からない。けれど、彼の心が囚われていた『何か』から、脱却しようとしていることだけは分かった。
 霧がかった瞳に灯った光。それははっきりとした想いを持った光。

 座り込んだ仁船君の横に立った。手を伸ばし、僕は笑顔を作ってみせた。
「さぁ、立ち向かうべきは何んなのか、一緒に考えましょう」
「私…は――」
「匡乃……あんたは、仁船まで手の平の上で転がしてしまうんだな…」
 思わず、僕は噴き出した。
「では、未刀君も僕に転がされているんですね。それは光栄ですね」
「べ、別にそんな――」
「軽口を言っている場合ではないようですね……」
 僕はひとつの気配に気づいた。顎で気配が濃くなる方向を差した。未刀も察したのだろう、視線は固定され目が見開かれた。

「……父上」

 和装姿の男が立っていた。威風堂々という熟語が相応しい。私は登場した父親の顔をしっかりと見詰めた。これから始まるのは何だろうか?
 心が弾んでいると知ったら、未刀君は困るでしょうか?
 それもいい。
 僕は、今にも破錠しそうな現状を楽しんでいる自分に満足していた。


□END□

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

+ 1537 / 綾和泉・匡乃 (あやいずみ・きょうの) / 男 / 27 / 予備校講師

+ NPC / 衣蒼・未刀(いそう・みたち)   / 男 / 17 / 封魔屋(家出中)
+ NPC / 衣蒼・仁船(いそう・にふね)  / 男 / 22 / 衣蒼家長男

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■         ライター通信          ■
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 期日に遅れてしまい、申し訳ありませんでした。ライターの杜野天音です。
 やはり、一番「決意編」が展開が難しいです……。なので、上手く表現できているか不安でもあります。ラスト辺り、匡乃さんは楽しんじゃってます(笑) きっと現状を楽しめるタイプじゃないかと思っていたので。
 仁船の喋り方と、匡乃さんの喋り方が同じなので、区別がつくようにするのに苦労しました。それでなくても、未刀の【僕】と匡乃さんの【僕】が同じなので、未刀をカタカナにして対応していたんですけとれ゛。

 では次回が本編のラストとなります。ちょっと高めなんですが、よかったらご参加下さい。
 ご依頼ありがとうございます!! 匡乃さんの渋さが表現できてるか心配ですが……。