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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


「底無し沼」
◆1◆

『国立プルミエ美術館に怪盗現る!
  盗まれたのは「底無し沼」』

 まるでフィクションの世界でも語るかのような、興奮気味のアナウンサーの声に、セレスティ・カーニンガムはそっとため息をつき、シートへともたれた。窓の外の景色はあっという間に後ろへと流れていく。空は、今にも泣き出すのではないか、と人を不安にさせる色に染まっている。
 美術館から壷が盗まれた。これはれっきとした事実だ。しかも、何かすごい裏を抱えている。
 アンティークショップ・レンの主、壁摩・蓮から電話があったのは少し前のこと。また何か珍しい品が入ったのかと思ったのだが、彼女の言を聞いて驚いた。盗まれたはずの壷「底無し沼」が彼女の店にあるというのだ。
「何故、その壷がそこに……?」
『さぁて。あたしの日ごろの行いかねえ』
 それは日ごろの行いが良いと言いたいのか、それとも自嘲気味なセリフなのか。判別しかねつつ、セレスティは会話を進める。
「そちらにある壷は、間違いなく『底無し沼』なんでしょうか?」
『あぁ。あたしの目は確かだし、国宝級の壷を見誤るほどまだもうろくしちゃいないよ。――ともかく、ちょっと来てくれるかい? いろいろ説明しなきゃいけないことがあるんだ』
「ええ、分かりました」
 珍品、名品が集まるアンティークショップ・レンだが、まさか盗品まで扱っているわけではあるまい。
 頭の中に浮かんだ雑念を振り払い、セレスティは店へと向かった。



 アンティークショップ・レンの看板は「closed」になっていた。この店が「閉まる」のは、店主が留守にする時と、特別な客を待っている時だけだ。セレスティは今まで車を運転してくれていたものに礼を言うと、店へと入っていった。
 カウンターには、しかし店主の姿はなかった。代わりに、ロココ調の模様が入ったメモがおいてある。
「『すぐに戻ります。お好きな場所に座って待っていてください』か。では、お言葉に甘えるとしましょう」
 セレスティは、ベルベットのアンティークチェアに腰を下ろした。軽く肘を付きながら、考えるのは例の壷のことだ。
 テレビの画面越しでは、あの壷にどのような所以があるかは分からない。まずは、店主の話を聞かなくては。
 店の前に、一人の男が現れた。通りすぎるのかと思われた影は、しかしドアの前で立ち止まった。窓ガラス越しにセレスティを見つめている。ずいぶん神経質そうな顔つきの、細身の男だ。髪にピンクのメッシュが入っている。ともかく変わった印象を抱かせる。
 彼はアンティークショップのドアを押し開け、中へと入ってきた。入ってからも、まるでセレスティの正体でも見とおそうとするかのように凝視している。彼は堪忍して立ち上がった。古風なお辞儀をする。
「初めまして。私はセレスティ・カーニンガム。キミもこちらの店主に呼ばれたんですね?」
「そうだよ。――あぁ、ボクは御守殿黒酒。で、ボクやキミを呼び出した本人はどこかなぁ〜?」
 セレスティがなを名乗ったことにより一応の警戒が解けたのか、黒酒は辺りを見まわしてそれらしい人物を探す。もうしばらくすれば来ますよ、と声をかけようとしたところ、ドアが開いた。いうまでもなかったか、と思ったのだが、
「――キミがここの店主のわけ、ないよね」
 黒酒が溜め息混じりに言う。入ってきたのは、まだ小学生かと思われる少女だった。黒を基調とした服が、彼女の髪の色とあいまって神秘的だ。彼女は少し首を傾げ、黒酒の言ったことを理解すると、
「ここの店主は碧摩蓮様ですよ。わたくしは、海原みそのと言います」
 にこりと微笑んだ。
 と、その時店の奥から音がした。3人は同時にそちらを見やった。
「待たせていたようだね」
 ようやく、店主の登場である。


◆2◆

「集まってもらったのはほかでもない、あの壷を、もとの場所に戻してきてほしいんだ」
 碧摩・蓮は、パイプを吹かすとなんでもないことのように切り出した。場所はそのまま店先であり、三人はめいめい売り物であるらしい骨董の椅子に座っている。
「壷を戻すと簡単に言っても、私たちに依頼するのにはそれなりの理由があるんでしょう?」
 セレスティが言った。蓮はうなずいて、
「あの壷の製作者は、明治時代の陶芸家、渡辺琉斎(わたなべりゅうさい)という男さ。彼は、風光明媚な田舎町でこの壷を作った。彼の村には、村の奉り神が棲むという沼があった。その沼の美しさをたたえて、壷を作ったんだそうだ」
「もしや、その沼の方に、何かあったんですか?」
 みそのが首を傾げて訊ねる。
「勘が鋭いね。その通りさ。村はやがて、ダム建設のために消えてなくなった。沼も一緒さ。その後、壷はその価値を認められてプルミエ美術館に収められることになった」
 セレスティ、みそのの二人がうなずいて納得の素振りを見せた時、
「でもさぁ〜、それがどうしてボクらに依頼する理由になるわけ? 全然関係ないじゃ〜ん」
 それまでの経緯をメモに書きとめていた黒酒が頭を上げた。
 蓮は、真紅の唇の端を吊り上げた。
「関係ないと思うかい? じゃあ例えば、これを盗んだ男が、自分の意思ではなく壷の意思によって盗みを働かされたのだとしても?」
「壷の意思で?」
 言葉を繰り返したのはセレスティだった。黒酒はしばらく蓮を見据えながらペン先でノートをこつこつと叩いていたが、
「――へぇ。それなら話は別だね」
 さらさらとメモに記述していく。

「さて、急で悪いんだが、今日の夜にでも戻しに行ってもらいたいんだ」
「本当に急ですね」
 セレスティが感想を述べると、
「どうも、この壷はあたしの店じゃ居心地が悪いらしくてね。これ以上置いておくと何をされるか分かったもんじゃないんだよ」
 蓮は肩をすくめた。本当に困ってはいるらしい。

「で、どうやって潜入するか、その手順を今から話すよ――」


◆3◆

 彼は一人、プルミエ美術館へ真正面から乗りこんでいた。あらかじめ、アポイントはとってある。名目は「個人的に小さな美術館を作ってみたいと考えており、その参考にこちらの美術館を見せてもらいたい」だ。かのリンスター財閥の総帥が自らかけてきた電話だ。美術館側としても、断れないだろう。それに、こちらは閉館後で良いといっているのだし、そう時間はかけさせませんとも言ってある。
 そう、時間は短くて良いのだ。任務を遂行するだけの時間さえ、確保できれば。
 美術館の中をずっと立ちながら回るのは辛いと考え、今は車椅子だ。そのことを美術館側に告げると、事務員で一人ケアワーカーの資格を持っているものがいるので随行させようと返事が来た。全部自分の手で動かすことを覚悟していたセレスティにはありがたい言葉であった。
 副館長だという初老の紳士が、セレスティを出迎えた。その隣にいる女性が、例の女性なのだろう。
「我が美術館の施設や配置をご参考になられたいとのことで、大変光栄です」
「自分の勝手な思いこみで作品を展示して、価値を損ねることがあっては困りますからね。是非参考にさせてください」
 彼らは連れ立って美術館へと入っていった。
 薄明かりが心地良い。
「絵画などの美術品には、直接日光が当たらないように配慮いたします。絵の具の色が褪せてしまいますからね。――ああ、こんな初歩的なことはすでにご存知かもしれませんが……。それに、ライトを当てる時でもやはり間接的にして、特殊な板をはさむなど、ライトの熱が伝わらないよう工夫をしております」
 副館長は、本当に美術品が好きなのだと窺い知れた。ここに入る口実として個人美術館を建てたいなどと言ったのだが、こうして話を聞いていると、だんだんその気になってしまいそうになる。
「次は、明治時代の美術品の並ぶフロアへ参りましょうか」
 副館長が先頭を切って歩き出そうとする。明治時代はまずい。セレスティは笑顔を崩さず、
「それも良いですね。けれど、私はその前に――」
 セレスティは、美術館のパンフレットの地図を眺め、1箇所を指差した。
「この、『屏風の間』へ行ってみたいですね」
 あの壷の置いてあった間へ行くのはまずいですからね。セレスティは心の中でこっそりと付け足した。セレスティが人の目を引きつけている間に、御守殿黒酒、海原みそのの二人が壷を戻してくれる手はずになっているのだから。


◆4◆

「いかがですか、わが美術館の設備は。少しでも参考になっていればよいのですが……」
 副館長は、勤務外のことだったにもかかわらず熱のこもった解説をしてくれた。
「大変参考になりました。ありがとうございます。さすがは日本が誇る美術館ですね。全ての作品に敬意が表されています」
 セレスティの賛辞に、まるで自分の子どもが誉められたかのような照れ方をする彼だ。
 あの壷「底無し沼」は、この場所に置かれるのを嫌がりこの場所から逃れたと、碧摩・蓮は言っていた。こんなに作品のことを考えて展示されているのに、一体あの壷は何が不満だったというのだろう。
「こちらで、先日悲しい事件が起きたそうですね」
 セレスティは自然とそう切り出していた。ここを案内されてから、その話題にはまだ一度も触れていなかった。そろそろ話しても良い頃だろう。警戒もほぐれているはずだ。
「そうなんです。まさか、盗まれるなんて……」
 案の定、副館長はセレスティの言葉に深くうなずいて答えた。
「けれど、あの壷はどこかへ行きたがっていたのかもしれない、と思うことがあったんです」
 不思議なことを言った。
「どこかへ? この美術館よりもふさわしい所があると、あなたが思っていたんですか?」
「いや、不謹慎ながら、最近そう思うことが多くなったんです。今まではすんなりとあの展示スペースに収まっていたものが、急に……あの場所にはふさわしくない、あんな場所には置いておけない。そんな風に思ってしまっていたんです。だから、誰かがどこかへ連れていってくれて、少しホッとしていたんです」
 副館長は笑い声を交えながら冗談めかして言うが、それは重大な事実だ。
「突然、そう思うようになったんですか?」
「えぇ……。あ、先に言っておきますけれど、私が怪盗ではないですからね」
「大丈夫です。私はあなたを信じていますから」
 というか、真犯人は別にいると知っているセレスティである。
「何故、そんなことを思い始めたのか不思議でならないんですよ。この近くに地下鉄の新しい線が出来て、お客さんもますます増えてくるだろうというのに」
「地下鉄、ですか?」
「ええ、そうなんです。丁度、この美術館の下を線路が通るんですよ。美術品に影響がないかどうか説明を請けたんですよ、つい先日」
「振動が伝わって来たりはしないんですね?」
 セレスティが確認すると、
「ええ、大丈夫だそうです。地下のだいぶ深いところを通るそうで……ただ、細い水路があったそうなんですが、それをふさぐようにして作るらしいんですけれどね」
「水路を……」
 セレスティは、笑みがこぼれそうになるのをそっと手で隠した。
 原因はそれですか。それさえわかれば、あとはあの二人に任せましょう。


◆5◆

「壷は無事に戻されたようだね」
 アンティークショップ・レンの店主、碧摩・蓮は、次の日の新聞の一面を見て微笑んだ。「盗まれたはずの壷が元に戻る!」の文字が踊る。その記事の下のほうに小さく、「トンネル浸水、新地下鉄計画見なおしへ」という記事が載っていた。

Fin.

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【1388 / 海原・みその / 女 / 13 / 深淵の巫女】
【0596 / 御守殿・黒酒 / 男 / 18 / デーモン使いの何でも屋(探査と暗殺)】
(発注順)

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■         ライター通信          ■
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初めまして、ライターの月村ツバサです。
今回は「底無し沼」の依頼をお受け下さりありがとうございました。
水に関する能力をお持ちの方が二人いらっしゃったので、どう動いていただくか考えるのが楽しかったです。
セレスティ様には、財閥総帥の力をお貸し頂くことにし、二手に分かれて行動してもらいました。
他の方のノベルを読まれると、自分のものとは違った面が見えるかもしれません。
感想、苦情などお気軽にお聞かせ下さい。


2005/02/05 月村ツバサ