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<東京怪談・PCゲームノベル>


dogs@home1


 ――プロローグ
 
 風に流れる白い雲が、ちぎれていく。
 本日は木枯らしが吹いている。国道沿いに立ち尽くした一人の男が、眠たそうな顔をして親指を立てていた。
 どうやら……ヒッチハイクをしているらしい。
 いくらお人よしの多い日本とはいえ、お世辞でもいい身なりとは言えないこの男を拾う車がいるのだろうか。
 格好は上から下まで薄汚い印象を拭えなかったし、長身で手足は長いが持て余している感がある。その上頭はぐしゃぐしゃの癖っ毛で、眠たそうな顔つきをしているが目つきは悪い。足元には煙草の吸殻が散乱しており、彼の口許には煙草がくわえられていた。
 深町・加門がヒッチハイクをしている……のである。
 
 彼がどうやってここまで来たかというと、賞金のかかっているアタッシュケースを持った男を追いかけて、人様の車にしがみついてやってきた。その額なんと百三十六万円。中には宝石が入っているとも、薬が入っているとも、死体が入っているとも言われているアタッシュケースである。
 そして彼はこの千葉くんだりの国道沿いにて、ヒッチハイクをしなくてはならなくなったのだ。
 当然のように携帯電話は車と格闘している際に落とした。
 困った。
 彼は今、猛烈に困っている最中なのである。
 
 
 ――エピソード
 
 ドドドド……と大型バイクが低音を発している。
 バイクには眼帯をした強面のCASLL・TOと、ガタガタと歯を鳴らしている深町・加門が乗っていた。加門が不服そうに叫ぶ。
「寒い! くそ、寒いぞ」
「そりゃ寒いですよ、加門さん薄着ですもの」
 バイクとはひたすら寒い乗り物である。日は陰り冷たい風ばかりが行き交う冬の空の下、バイクなんぞに乗れば文句の一つも……いや二つも三つも言いたくなる。
「そこで停まれ、缶コーヒー飲も」
「ハイハイ」
 CASLLが少し呆れ顔で減速する。
 自動販売機は三台並んでいた。一つは煙草の販売機だった。加門はジュースの自動販売機に齧りついて、無糖のコーヒーを一本買い、日本目の百二十円を入れてからCASLLを振り返った。
「お前は?」
「そうですね……おしるこで」
「……おしるこ」
 加門はまじまじとCASLLの怖い顔を眺めた。ギャグで言っているつもりではないらしい。仕方がないので、赤く点滅しているおしるこのボタンを押した。ガタンと大きな音がして、缶が落ちてくる。
 二つの缶を拾い上げ、加門は温かそうにそれを両手で握った。
「ほれ」
 言ってCASLLへおしるこを放る。CASLLは手袋をつけた手でそれをキャッチした。加門は缶を開けず煙草の販売機の前に立って、セブンスターを二つ購入した。二つの煙草をコートのポケットに突っ込んで、CASLLのバイクにもたれながらコーヒーを開ける。
「で? お前なにしてんのよ、こんなとこで」
 CASLLを窺い見ると、彼は怖い顔になにやら照れ笑いらしいものを浮かべている。
 加門はなんとなく背筋が凍った。
「ちょっと、孤児院へ」
「寄付か」
 加門が短く訊き返す。
「ええ。この間の、マフィアの仕事でお金がたくさんあったので」
「お前には悪いが、寄付したところでその顔じゃあ、子供達も親しんでくれねえんんじゃねえか」
 コーヒーをグビグビと飲み干しながら加門が言うと、CASLLは切なそうに目を細めた。
「そんなこともないですよ、ヒーローごっこしたり」
 それ以前に逃げてしまうだろうと加門は思ったが、口にはしなかった。
 CASLLがおしるこを開けて飲み始めたころ、民家の前で大声があがった。なんと言ったのか聞こえなかったが、その家の前にはどんどん人が集まっている。加門はCASLLを窺い見て、民家を片手で指した。
「なんだ? あれ」
「さあ……行ってみましょうか」
 おしるこをあおり、缶の底をとんとんと叩いてからCASLLは言った。
 加門は難しい顔で言い返した。
「お前がか?」
「……なにか問題が?」
 CASLLがきょとんとして問い返す。加門はコーヒー缶をゴミ箱に投げ入れて、首を横に振った。
「いや、なんでもない」
 大勢人のいる場所へ行くと、ヘタをするとパニックが起こるのではないかと考えた加門だったが、まあ三メートル四方のパーソナルスペースに留まるだろうと、考えを改めた。CASLLだって人込みを歩けるのである。(ただし三メートル四方に空き空間ができるが)
「行ってみるか」
 加門は言って歩き出した。
 おしるこの缶を捨てたCASLLも加門に続く。
「そうそう、加門さん、麗子さんの家で新年会をしませんか」
 CASLLは嬉しそうに笑った。その顔も恐ろしかったが、加門は慣れていたので片目を細めただけだった。
「新年会ねえ……」
 人だかりに辿り着いて、中を覗き込もうとすると、野次馬達が叫んだ。
「うわ、犯人だ!」
 加門はCASLLを見上げる。それから無視をして、騒ぎの中央を見ようと人をかき分けて中を覗きこんだ。
「犯人は現場に戻る! こいつが犯人だ」
 そこには、女の惨殺死体が落ちていた。玄関から逃げ去ろうとしたところを、背中をぶすり。ぶすり、ぶすり、ぶすり……。そして女はこと切れた。そんな感じだ。
 犯人にはそのうち賞金が掛けられるだろう。加門はそう思い、その前にCASLLを連れて逃走しなければと顔を上げた。
 そして振り返ると、CASLLは警官に囲まれていた。
 万事休す……加門は頭を抱えた。
 
 
 取調べは、この会話に始終したという。
「お前が犯人なのはわかっている、どうしてやったんだ、凶器はどこへやった」
「私は犯人じゃありません」
「……怖い顔してみせたって、警察は脅せないぞ!」
「私は犯人じゃありません」
「むう、こうなったら高木刑事、カツ丼を用意だ」
 ……という感じである。
 日本古来の歴史から見て、顔が怖いだけで殺人犯にされるという事象が起こったことがあるだろうか。もしかしたら……昔昔はあったかもしれない。しかし今はハイテク二十一世紀、車がしゃべり犬の鳴き声も翻訳する時代である。
 CASLLがあんまり怖い顔なので、取調べは多くの刑事が数分ずつ受け持っていた。そしてその度にこういう具合でカツ丼が出てくるので、はっきり言ってお腹はすいていなかった。
 そんなことはどうでもいい。……いつ、CASLLは出られるのだろう。
 CASLLは楽しい筈だった新年会を思って嘆息した。
 三日逗留……そして延長が認められまだまだ留置所暮しが続くことにゲンナリしているとき、新米刑事がCASLLの取調べ室に駆け込んできた。
「逮捕状が降りました!」
「よし! CASLL・TO。お前を吉永・雪絵殺人容疑で逮捕する」
 そんな無茶苦茶な……。
 CASLLは思う、取調べってカツ丼食べるだけなのか。そのカツ丼のせいで自分は有罪なのか……。……いや、有罪なのは高い確率で顔の問題なのだろうと思う。しかしまさか、本当に殺人犯として扱われるとは。
 無罪なのが事実だったので、CASLLは不思議と落ち着いていた。
 せっかくの機会、悪役俳優の名をかけて殺人犯を演じてみようかとも思ったぐらいだ。
 面会に来た加門にそれを相談したところ
「お前、ムショ入りたいのか?」
 珍しく加門が真面目な顔で聞き返してきたので、それはやめることにした。
 
 そして起訴……法廷……。
 
「加害者は吉永宅に包丁を手に押し入り、背中を四度刺して殺しています」
 検察側が言う。こちらは国選弁護人だったので、大した弁護をするわけではないらしい。
 ……いやいや、そもそもどうして法廷になんか立ってるんだ!
 CASLLはいい加減夢か幻かわからない現実から、目を覚まそうとしていた。
 寒い留置所暮しも拘置所暮しも、なんとなく乗り越えて来たが、今CASLLは有罪にされようとしているのだ。
「それでは証人喚問に入ります。深町・加門さんを召喚します」
 薄汚い格好の加門が入ってくると、法廷内がざわめいた。「あの人が犯人なんじゃないの」「怪しいわ」といった具合である。
「証人は、犯行があった時間被告と一緒にいたということですが」
 加門はぶっちょう面で答えた。
「はあ……。でも、高速移動ができたらいなくなったのには気付かないかも……」
 加門は能力者達と出会いすぎて、疑心暗鬼気味らしい。
 禿頭の裁判長がふむふむと頭をうなずかせる。
「そりゃそうですな。高速移動ができれば犯行は可能です」
 ……って、高速移動できませんから! CASLLは言葉にならず胸のうちで叫んだ。
 加門は頭をかいてから言った。
「それから、あのときCASLLはおしるこを飲んだんです」
 検察側がいきり立つ。
「おしるこ! 裁判長。おしるこの空缶を証拠品として提出します」

 意味の分からない証言をした加門は去り、次はCASLLの番になった。
 CASLLが被告人席に立つと、多くの女性が悲鳴を上げて裁判室から出て行った。男は失神した。検察側は、手で視界を隠しCASLLを見ないようにしている。
「ふむ、では判決を言い渡します。有ざ……」
 裁判長はCASLLが被告人席に立った途端そう口を滑らせた。
 CASLLが慌てて大声を上げる。
「ちょっと待ってください。私はやってません、しかもまだ何も話してません!」
「ぎゃあ、殺されるっ」
 裁判長は大いにびびった。
 そして検察側が言った。
「曇りガラスを! 被告に!」
 曇りガラスは本来女性に使われるシステムである。だが、この法廷はCASLLの顔を隠すのが一番先といった感じだった。
 CASLLはなんとなく不服を抱えながら、突然の有罪は避けられたのでほっとしていた。
 裁判長が言う。
「いかにも殺人犯ですな」
「ええ、そうです」
 検察側も言う。
「顔で物事を判断しないでください」
 CASLLの切実に言った。
 そこへ、法廷のドアを開けて刑事がやってきた。刑事は慌しく検察側に近付いて、耳にこそこそと何かを言った。
 そしてそれを聞いた検事は叫んだ。
「な、なんだってぇ! 犯人が自首してきた?」
 こくりと刑事がうなずく。
 それを聞いていた裁判長が、不思議そうに首をかしげながら言った。
「では、被告は何の殺人犯なのですかな?」
 だから殺人犯じゃないっつうの! とCASLLは心の中で呟きつい拳を握っていた。
 
 
 ――エピローグ
 
 CASLLはナポリタンを作っている。
 さっき加門はコンロにかけっぱなしの鍋に、どでかロールキャベツを放り込んで煮ていった。シーザーサラダを後ろのカウンターで完成させた加門は、それを持って麗子の待つテーブルへ向かった。
「加門ちゃん、そういえばアタッシュケースどうしたの」
「あー……、裁判沙汰で忘れてた」
 チンとオーブンレンジが鳴って、CASLLはレンジの中を覗き込んだ。布巾を持ってグラタン用の皿を取り出すと、そこにはナスのチーズ焼きが載っていた。香ばしい匂いがする。
「それにしても災難でしたわね、CASLLさん」
 麗子が猫なで声で、気の毒そうに言った。
「いえ。カツ丼を食べるのがしんどかったですが」
 加門はアボガドと生ハムのツマミをキッチンの中で一つ摘んだ。その皿を持ち、盆にナスのチーズ焼きを載せてテーブルへ運ぶ。
「それにしてもCASLLさん、とってもお料理お上手ですのね」
「何言ってんだ。半分俺が作って……」
 加門が口と尖らせたが、彼は飛んできた灰皿に口を噤んだ。
「いえいえ」
「CASLLさんの出所祝いですのに、私実は指を切ってしまっていて」
「料理できねえだけ……」
 加門は今度は脛を思い切り蹴られた。
 ようやくできた、上出来なナポリタンを三皿手に持って、CASLLもテーブルへ向かう。
「出所というか、入ってませんけど」
 加門が一人呟いた。
「つか、なんで麗子をもてなす会なんかやってんだ? 俺達ぁ」
「ささ、あたたかいうちに頂きましょう」
 また加門の足が麗子の足に踏まれている。
 ぐつぐつと、ロールキャベツがキッチンで煮込まれていた。
 
 
 ――end
 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3453/CASLL・TO(キャスル・テイオウ)/男性/36/悪役俳優】

【NPC/深町・加門(ふかまち・かもん)/男性/29/賞金稼ぎ】
【NPC/如月・麗子(きさらぎ・れいこ)/男性/26/賞金稼ぎ】

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■         ライター通信          ■
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dogs@home1 にご参加ありがとうございました。
お任せということでしたので、本当にお任せで書いてしまいました。
お気に召せば幸いです。

文ふやか