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dogs@home1
――プロローグ
風に流れる白い雲が、ちぎれていく。
本日は木枯らしが吹いている。国道沿いに立ち尽くした一人の男が、眠たそうな顔をして親指を立てていた。
どうやら……ヒッチハイクをしているらしい。
いくらお人よしの多い日本とはいえ、お世辞でもいい身なりとは言えないこの男を拾う車がいるのだろうか。
格好は上から下まで薄汚い印象を拭えなかったし、長身で手足は長いが持て余している感がある。その上頭はぐしゃぐしゃの癖っ毛で、眠たそうな顔つきをしているが目つきは悪い。足元には煙草の吸殻が散乱しており、彼の口許には煙草がくわえられていた。
深町・加門がヒッチハイクをしている……のである。
彼がどうやってここまで来たかというと、賞金のかかっているアタッシュケースを持った男を追いかけて、人様の車にしがみついてやってきた。その額なんと百三十六万円。中には宝石が入っているとも、薬が入っているとも、死体が入っているとも言われているアタッシュケースである。
そして彼はこの千葉くんだりの国道沿いにて、ヒッチハイクをしなくてはならなくなったのだ。
当然のように携帯電話は車と格闘している際に落とした。
困った。
彼は今、猛烈に困っている最中なのである。
――エピソード
車は順調に船橋へ向かっている。乗っているのは公用車、警視庁の車だった。だがパトカーではない。白いバン……それも、相当年季の入ったものだ。こうして千葉までやってきたのは言うまでもない……仕事である。
青島・萩は国道をひた走っている。
実は、あまり歓迎したくない仕事なのだが、致し方ない。行くしかない。仕事となれば、火の中水の中、多少の文句を口にしても公務をやり遂げる方針である。そこをつけ込まれて、千葉くんだりまで出張するハメになったところだ。しかも、実際は二人で行かなければならない仕事にも関わらず、署の連中はそれぞれ「忙しい、忙しい」とわざとらしく書類に顔をうずめたり、ほぼ調査済みの事件の聞き込みに行ったりと、結局萩一人で行くことになってしまった。
調子のいい奴が多いのだ。それは、萩も含めて。
萩の場合、調子がいい上要領が悪いからこういうことになるのだが。
彼は霊感が強いので、運転中にわけのわからないものを見ることが多々ある。まあ、交通事故で死んで逝ききれない幽霊だとか、運転手を惑わす妖怪や、害はないがインパクトはある都市伝説の主など様々だ。
またきたな、と木枯らし吹き荒れる国道を走りながら萩は思った。
それは直感というよりも、実際に見えたからだ。黒くて小汚くていかにも幽霊か化け物じみた風貌の男が、反対車線の端に立っている。しかも、親指を突き立ててヒッチハイクを装っていた。どういう経緯で幽霊になったのか、聞いてやって成仏させてやらなければならない。
幸い萩には時間があった。船橋につけばいい時間はおやつ時、今はまだ昼を過ぎた時間だった。
萩は歩道に車を乗り入れて停め、エンジンを切って幽霊の元へ向かった。
そこで、ようやく萩は気付くことになる。
立っているのは人間で、しかもどうやら、知り合いであることに。
化け物と言っても過言ではない格好の深町・加門に声をかけると、彼はいつも以上に眠たそうで完全に生気の抜けた顔をしていた。彼は緩慢に萩の方を振り返り、そしてゆっくりと弛緩していた顔の筋肉を引きつらせた。
目を瞬かせ、三白眼に光が灯る。どうやら、意識が戻った様子だ。
そして加門は言った。
「青島!」
苗字の前に『神様、仏様』とついていそうな言い方だった。
いや、加門の格好を見れば、声をかけてくる人間はそれこそ悪魔か仏様しかいないだろう。
「なにやっての、加門さん」
人懐っこい笑顔を浮かべながら、萩が口を開ける。
それにしてもひどい姿だった。コートはオイルまみれ砂まみれ、ズボンは泥まみれ、髪はいつもに増してぐしゃぐしゃ、弛緩しきった表情、口元の煙草、すべてが悪い方向へ向いているように思えた。萩が幽霊と間違えたほどなのだ。近くで見ても、凄まじい。
「何って、困ってんだよ!」
「金は貸せないよ」
ぴしゃりと先に言っておく。
すると加門はくわえていた煙草を投げ捨てて、萩の肩をバンバン叩いた。
「お前こんなところに徒歩でくるわけねえよな、もちろん足があるだろう」
「あるけど……」
「よしきた。キタキタ! アタッシュケース知ってるだろ、賞金のかかったやつだ。そいつを追ってんだ。なー、刑事なら困った人は放っておけねえだろ」
加門は右と左を窺い見て、萩に訊いた。
「どっち?」
どちらに車があるか訊いたようだ。
萩は苦笑を洩らしながら、バンを指した。
「アタッシュケース? 何が入ってるんだ」
萩と加門は並んで歩き出した。
「さあ、わからない」
「……わかんないか、変な物じゃないだろうな」
「わからん」
加門が得意気に言い切った。そこは威張るところではないだろう……と車の鍵を開けた萩は、中から助手席の鍵を開けながら加門を見上げる。
加門は助手席のドアを開けながら言った。
「頼むぜ、刑事さん」
「……ってもなぁ、俺もそんなに時間ないんだよ」
仕事が待っているのだ。
加門はそんなことはまったく気にした様子はなく、助手席に納まって煙草を取り出している。
車を発進させてしばらくすると、大きなボーリングのピンが見えてきた。どうやらボーリング場らしい。萩は腕時計をちらりと見やった。アナログ時計で、祖父から貰った物だ。
一時半過ぎ……。
「加門さん、面白いことを思いついた。ちょうどいいところに、アレ」
「アレぇ?」
加門がフロントガラスから指された方向を見る。
「ボーリング?」
「あんたが勝ったら賞金首を追おう、で、俺が勝ったら俺の仕事に付き合ってもらう」
まだ吸っていない煙草を片手で弄びながら、加門が眉をひそめる。
「仕事だぁ?」
「平気だよ、素人さんでもできる仕事だから」
萩は屈託なく笑い、ボーリング場へ車を入れた。
そういうわけで、今日の残り時間を賭けて萩と加門は勝負をすることになった。
因みにまずビリヤードが候補に挙がったが、加門が苦い顔で「イヤダ」と頑として動かなかったので却下、次のボーリングでも渋い顔は変わらず却下、外のバッティングセンターでようやく明るい顔になった加門だったが、そこまでやる気満々だとこちらが負ける可能性が高いだろうと萩が却下を出した。
それで結局、二人はハイパーホッケイの前にいた。
ゲームセンターの喧騒は、真剣勝負に及ぶ二人には届いていなかった。
萩がスマッシュをいきなりかます。加門がそれをブロックする。やがてラリーがはじまり、パックは右から左左から右へとブシュン! という音と共にやりとりされた。
白熱の試合である。
いつの間にか観客がついていたというのだから、その凄まじさが伝わってこようものだ。
二人の男はネットを挟んで、汗をかく勢いでパックを拾いそして突っ込み、ブロックをし、パックはあまりのことに何度か宙を舞っている。
萩が六点、加門が五点で迎えた最終ステージ。
呆気ない終わりだった。二人の間は無音である。後ろで女子高生がユーフォーキャッチャーで能天気な音を発していようとも、プリクラをぺちゃくちゃしゃべりながら分けていようとも、二人の間にはそんな音は存在しない。
そして、萩の強烈な一発が加門のポケットに迫る。加門がスマッシャーを咄嗟に動かす、しかしパックは無情にも加門のポケットに突き刺さり……!
ゲームは終わった。
「くそっ」
加門は毒づいて、顔を歪めた。
「加門さん、や・く・そ・く。アタッシュケースはまた明日にでも追いかけてちょうだい」
萩がニヤニヤ笑いながら加門の肘をトントンと叩いた。加門は額に片手を当てて、投げ捨てていたトレンチコートを拾って萩の後を追った。
――エピローグ
萩の仕事とは……、パーポ君の中に入って風船を配ることだった。
相方のパーコちゃんには加門が入っている。
加門は萩の隣で呻いた。
「所轄時代にもこんな仕事したことねえぞ! お前何やらかしてんだ」
「へ? 加門さん警察関係だったの」
しかしすぐに子供達が群がってきたので、二人の会話は打ち切られた。外は冷たい風が落ち葉を巻き上げていたが、幸いぬいぐるみの中の二人は汗だくだった。
萩の足元にまとわりついていた少年が、なにやら悪巧みの笑みを浮かべている。
萩は目ざとく気がついて叫んだ。
「げぇ、お前鼻くそつけてんじゃねえよ!」
加門は萩を振り返って、ザマアミロとにやりと笑った。
ふと何か不穏な空気を感じて加門が振り返ると、なんと悪がきが加門の足目がけて立ち小便を垂れているところだった。
「……こ、このクソガキ」
加門は手に持っていた風船を全て空にあげてしまい、動き辛いぬいぐるみの中緩慢な動作でその悪がきを追った。しかし、さすが人の足に小便を垂れるほどのガキである。加門の手をするりとすり抜けて、走って行ってしまった。
加門は茫然として、見えない足を見た。
アンモニア臭いような気がした。
「……」
萩のぬいぐるみの中が笑っているように感じられたのは、被害妄想だろうか。
――end
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1570/青島・萩(あおしま・しゅう)/男性/29/刑事(主に怪奇・霊・不思議事件担当)】
【NPC/深町・加門(ふかまち・かもん)/男性/29/賞金稼ぎ】
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■ ライター通信 ■
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dogs@home1 にご参加ありがとうございました。
別の用件に連れ出すとのことでしたので、追わずにお仕事をしていただきました。
お気に召せば幸いです。
文ふやか
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