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<東京怪談・PCゲームノベル>


リッキー・ヒーロー・ショウ

■発信!ヒーローシグナル

 爆音が、5番街の通りの空気を震わせた。
 もうもうと立ちのぼる土煙。爆破されたのは金融街の一角にあった銀行のひとつである。煙幕の中から、ゆっくりと、その巨体が姿をあらわす。
 何事かと歩みを止めた人々のあいだに恐慌が走った。
「メガ東京の愚民ども、ごきげんよう!!」
 叫びながら、挨拶のように、片手で持った機関銃を乱射する。悲鳴が昼下がりの金融街にこだました。反動の烈しいはずの機関銃をらくらくと片手であやつるその男は、筋骨隆々たる身体を迷彩服で包んだ大男である。
 銃を持っていないほうの手には、サンタクロースのように袋を持って肩に担いでいる。中には、現金がつまっているに違いなかった。
「銀行強盗だ!」
「あれは……ファングだわ、ファング・ザ・コンバットよ!」
 誰かの悲鳴に、悪漢は――自身の悪名が充分にとどろいていることに満足してか――片頬をゆるめるのだった。  

「大変」
 逃げ出していく群集の流れの中に、ひとり立ち止まっていた女性がいる。綾和泉汐耶である。彼女はさっと、路地に身をひそめると、携行していたアタッシュケースを開いた。
「持って来ていてよかったわ」
 鞄の中は――蓋の裏側がモニターに、中身がキーボードになっている。すばやい動作で、彼女の繊細な指がキーを叩いた。
 その瞬間――
 メガ東京中の、TV放送というTV放送に、画面の隅に小さなマークがあらわれた。同時に、街頭の宣伝モニターや、ネット上のおもだったサイトにも、同様のシグナルが点灯する。それこそ、ヒーローシグナル。メガ東京に起こった災厄に対して、かれら――スーパーヒーローたちを召喚するためのしるしなのだった。

 ししおどしの音が小気味よく響く。
 モダンな摩天楼の並ぶメガ東京の郊外に、このような広い敷地の日本家屋があるとは誰も思うまい。玉砂利を敷いた枯山水の庭をのぞむ広間に、ひとりの和装の男が正座していた。古めかしい書見台(そんなものがある家も珍しい)に乗せた和綴の本を繰っている壮年の男は瀬崎耀司だ。考古学に興味のある市民なら、書店で彼の名を専門書の背表紙に見たことがあったかもしれない。
 しばし、本から目をあげて、ほう、とひと息。そこへまた、ししおどしの音。
 瀬崎邸は、俗世から切り離されたように静かで、時間の流れがゆっくりになっているかのようだった。
 ――と、どこかでウグイスが鳴いたようだ。
 まだ朝夕は肌寒いこの季節にウグイスとは珍しい……と、それを聴いたものなら思っただろうが、耀司の目にはすっと鋭い光が宿る。
「やれやれ、静かな読書の時間さえままならないとは」
 言いながら、立ち上がる。
 そのウグイスの声はヒーローシグナルに反応する人工のアラームだったのだ。するり、と、耀司は羽織を脱ぎ捨てた。
「ショウタイムといきますか」
 
 めき。
 鈍い音を立てて、また、ペン先がつぶれてしまった。
「△@☆*#&%◎……!!」
 声にならない呻き声があがった。
 デスクにかじりついているのは門叶曜。山のように積み上がっている、つぶされたペン先が、彼の並みはずれた怪力を物語っている。
 だが、それでは困るのだ。
 曜の生業では力仕事ではない。彼のやりたいことはペン先を次々と潰していくことではなくて、それを使って、原稿にペン入れをしていくこと。そうして繊細かつ大胆な絵を仕上げていくことなのだ。なぜなら門叶曜こそはメガ東京ではちょっと名の知れたコミックアーティスト(マンガ家)だったのだから。
「〜〜〜〜〜〜$▽†§!!」
 いらいらとペン先をとりかえると、かなりスケジュールが押し気味になっている原稿のつづきにとりかかる。このスケジュールをこなすためには、かなりの集中が要求される。好きで選んだ仕事とはいえ、辛い作業だ。もうかれこれ3日ほど眠っていない気がする。しかし『エメラルド・クールの少年』の連載を待ってくれている読者のことを思えば……
 めき。
「殺ス! 皆殺ス!!」
 デスクを粉砕する寸前で踏み止まったのは、曜の聴覚の端にひっかかった、その電子音があったせいだ。
「……ヒーローシグナル? ふん……」
 本来なら、一分一秒でも時間は惜しいところ。しかし、多少の息抜があったほうが仕事ははかどるに違いない。
「あのぉ……先生、そろそろ……」
 出版社の担当編集は、耐えかねて仕事場をのぞくと、窓が開け放たれ、曜の姿がないことを知って血相を変えた。

 ところかわって、いずことも知れぬ実験室。
 試験管からビーカーへ、あやしい赤い液体が注がれると、不思議な七色の煙がポポポと立ちのぼる。
「おやおや。こうなりましたか」
 何がどうなったのかわからないが、セレスティ・カーニンガムは実験結果を記録用紙に書き付けている。流れるような銀の髪に白い肌、その伶俐な美貌を見れば、白衣を着た姿は妙に不釣り合いだ。 
「……おや?」
 ふと、傍の端末のモニターに目を止める。ヒーローシグナルが点灯していた。
 セレスティはキーの上に指を滑らせる。画面はぱっと地図に切り替わり、その上を光点が明滅しながら移動していた。
「現場は5番街……これはヴィランズNo.A022、ファング・ザ・コンバット――」
 画面には、「ファング・ザ・コンバット」と名乗る悪漢のデータが詳細に羅列されている。「髪の色:銀 瞳の色:赤 体型:がっしり」といった身体的特徴には全身図の画像も添えられ、「防御 □□□□■ 攻撃」「理性 □□□■□ 感情」などの性格傾向も調べ挙げられていた。そして、今までの犯罪履歴も。
「現在、向かっているのは……これはこれは、スネイクマンにキング・インカー。面白いことになりそうですね。ひとつ私もまぜていただくとしましょうか」
 ふわり、と白衣を脱ぐと別室へ。
 そのうつくしいおもてには、なにかを楽しむかのような笑みが浮んでいる。

 さらに場所を違えて、メガ東京のどこかのオフィス。
「はっ!」
 一人の女が、犬が人間には聴こえない音に耳をそばたてるようにしていた。
「……あの、黒澤さん、どうかしました……?」
 近くのデスクから、OL風の女が訊ねた。オフィスのドアに掲げられたプレートには、『黒澤人材派遣』という文字があった。彼女こそこの人材派遣会社の女社長、黒澤早百合であった。
「聴こえる。……私を呼ぶ声が」
 その瞳が、キラリと輝いた。
「…………幻聴じゃないでしょうか」
 部下の比較的冷静なツッコミも気にせず、早百合はすっくと立ち上がると、どこかへ向けて力強く足を踏み出してゆく。

 そして、まさに現場を見下ろす、5番街のとあるビルの屋上――。
 ひとりの男が、今まさに始まろうとする闘いの様子を、そこから眺めている。風になびく長髪と、黒いマント。
 シオン・レ・ハイという名の男の眼光は鋭かった。

■集え、スーパーヒーローたち

「待ちたまえ、脳みそきんにくん」
 ファングは歩みを止めた。
 そして声の主を――その命知らずを睨み付ける。だが、相手は動じた様子もなかった。ファングには及ばないにせよ、よく鍛えられた身体を、黒い、ぴたりとしたコスチュームに包んだ男だ。目元を隠すマスクは、蛇柄。
「なんだ、てめぇ。俺が誰かわかっているのか」
「もちろん。ただ壊して奪うことしか考えていないファング・ザ・コンバットだろ。ヴィランズを名乗るなら、もうすこし頭を使った犯罪を考えたらどうかな。これじゃあ、きみ――すぐに、倒されて捕まってしまうだけだろ?」
「ほう。俺が誰に倒されるだと」
「たとえばこの僕……スネイクマンさ」
「面白いッ!」
 ファングの機関銃が火を吹いた。だが黒ずくめの男、スネイクマンは尋常ならざる跳躍でそれをかわす。
「ほぅら、ただぶっ放すことしか考えていない。だから駄目なんだよ」
 すたり、と着地するや、彼は腕を振り上げ――
「カモン!レッドスネイク!!」
 その声に応えて、虚空から出現した赤く輝くエネルギーの奔流が、凄まじい勢いでファングを狙った。それはのたうちながら牙を剥く、蛇に似た形状をしていた。
「ぬお!」
 それはファングの、足元あたりに着弾すると、ナパームのように爆発炎上する。迷彩服の巨漢を炎が包んだ。

「やった……?」
 その様子を、すこしはなれたビルの陰から、汐耶が眺めている。
「ヒーローNo.4487、スイネクマン……メガ東京一の毒舌ヒーローですか」
 ふいに、背後から声がしたので、びくりと振り向く。
「ア、アクア・ウィータ……?」
「ごきげんよう、綾和泉博士」
 中世ヨーロッパの騎士の鎧を模したような、しかし、なかば透き通るような素材の、きらきら輝くコスチュームをまとった、銀の髪の美丈夫だった。
「スネイクマンのスネイクエネルギーは確かに強力です。ですがファングは、ヴィランズの中でも屈指の体力自慢。そのことは彼も知っているはず。状況を楽しんでいるのでしょう。実力はあるのに、そういう素行がいけませんね」
「……あの、そういうあなたは、じゃあどうしてここで黙って見物を……」
「あ、ほら、ごらんなさい!」

 黒煙の中から、ゆらり、と巨体が姿をあらわす。迷彩服はあちこちがぼろぼろになり、肌は煤けていたけれど、足取りはしっかりしているのは流石というべきか。
「キサマ……。これがどういうことかわかっているのだろうな」
 ファングの顔が苦痛と憤怒に歪み、巨漢の手負いの身体が変型してゆく。
「いよいよ本性をあらわしたね。きみがミュータントだということは調べがついている。危機的な状況下では獣人態に変身して戦うと聞くが……さあ、その力を僕に見せてみろ!」
 咆哮が、空気を震わせる。
 銀のたてがみをもつ巨大な獣が、その爪でアスファルトをけずりながら跳んだ。
「ほう! これは!」
 重い一撃を、その腕でかろうじて受け止めるスネイクマン。ファングがどうだ、と言わんばかりに低い威嚇の唸り声をあげる。不敵な態度のスネイクマンだったが、獣化したファングの怪力には徐々に押されてゆく。そのときだ。
「……!」
 空を裂き、どこからともなく飛来してアスファルトにカッ、と突き立ったものは――

「はっ、あのGペンは!」
 汐耶が思わず声をあげた。
「彼ですね」

 ゆっくりと、歩みよってくる長身の人影。
 エメラルドグリーンのコスチュームに、サングラス。太い一本の三つ編みにした長髪を背中に垂らした男だ。
「きみは――キング・インカー……!」
「苦戦中か?」
「な、なにを……」
「人の行為は素直に受けるもんだぜ」
 そして、地面に刺さったペンを引き抜く。

「キング・インカー……。並外れたパワーに耐えられるように、あのペン先は、伝説の超金属ヒヒイロカネで出来ているとか」
 うたうように、汐耶が言った。
「ペン軸は、屋久島の霊木からつくられ、右手のGペンが『阿』、左手の丸ペンが『吽』というのだと聞いたことがあります」

 二刀流ならぬ、二本のペンを構えたキング・インカーが、流れるような動きで、刀剣のようにペンを振るった。それはあざやかな緑に輝く光の軌跡を残し、ファングを狙う!
「フューチャー・ストローク!!」
 切り裂かれた傷から鮮血が舞う。
「こ、この野郎……」
 光の刃に斬られて、体勢を崩した獣を、スネイクマンが押し負かした。
「カモン!イエロースネイク!」
 蛇の形をした電撃が敵を襲い、獣の悲鳴がこだまする。
「はい、そこまで!」
 と、次の瞬間、ぱっと、空中にあらわれた無数の水の粒が、一瞬にしてファングのまわりに結集し、水の輪となってその身体を拘束した。
「アクア・ウィータか」
 銀髪の美形ヒーローはうっすらと微笑みながら、前へ進み出た。
「獲物を横取りとは」
「おいおい、それを言うなら、最初に到着したのはこの僕だ」
「まあまあ、いいではないですか。ファングはこの通り、拘束したのですし、司法局に引き渡せばそれで……」
「ふん、こんなことでは気分転換の肩ならしにもならんな」
「これからが見せ場だったというのに……」
「いいかげんにしてください!」
 不協和音の軋みをあげるヒーローたちに割って入る汐耶。
「あなたたち、スーパーヒーローでしょう? 自分のことより市民の平和のことを第一に考えてください」
 かれらがほんの一瞬、それに気をとられたとき――
「あっ、逃げた!」
「こら、待て、この野郎!!」
 水の輪を破って、猛然と駆け出してゆくファング。そしてそれを追って走り出すスネイクマンとキング・インカー。
「ああ……」
 汐耶は、思わず、ため息をもらすのだった。
「…………」
「あなたは追わないんですか。アクア・ウィータ」
 問われて、肩をすくめる。
「私は戻ります。それよりも……あの手負いの状態で、ファングが私のアクアリングを破ったことのほうが気になりますね」
「え……?」
「いえ……。私にも油断があった――ということかもしれません」

「……畜生、スーパーヒーローのやつらめ……覚えてやがれ」
 およそ一時間後。なんとか、ふたりの追っ手から逃れたファングは人間態にもどり、人気のない路地裏で肩で息をしていた。
「ちょっとそこのあなた!」
 その前に突如として立ちはだかった黒い影がある。
「な、なんだ、キサマ。スーパーヒーローか!?」
「おほほほ、わたくしは、愛の女神・ミストレス・リリィ!」
 肌もあらわなコスチュームは、しかしどちらかというとヒーローというよりはヴィランズのそれに近かった。
「罪を憎んで人を憎まず。ファング・ザ・コンバット、あなたに改心をすすめます」
「はぁ? 何言ってやがる」
「ファング、あなたにも……お母さんがいるでしょう」
「なに……」
 ふっ、とやさしく微笑むリリィ。どこからともなく、『かあさんの歌』のフレーズが流れ出した。
「こんな悪事に手を染めて……ふるさとお母さんが知ったらきっと哀しむわ」
「……それがどうした」
「お母さんのことを思い出すのよ、さあ、わたくし特製の――この“おふくろの味”肉じゃが・リリィスペシャルで!!」
「うを!!」
 ずん、とこれまたどこからともなく彼女が取り出した鍋には……肉じゃが――と彼女が主張している以上、肉じゃがなのだろうが、およそそうは見えない……どころか、地球上の物質なのかもあやしいものが、ぐつぐつと泡立ちながら、不気味にうごめいているのだった。
「さあ、お食べなさい、わたくしを母だと思って! 母の愛は永遠です!!」
 メガ東京の摩天楼の狭間に、悲鳴がこだまする。

■消えたヒーローの謎

 かくして、今日もまた、メガ東京ではヴィランズの犯罪が起こり、スーパーヒーローたちの活躍でそれが阻止されたのである。それはメガ東京における、いつもと変わりない日常といってよかった。何度となく、こうした闘いは繰り替えされ……それはいつまでたっても悪が根絶されないということでもあったが、しかし、一方で市民にとって、自身に危害が及ばない限りは、そんなニュースもまた娯楽のひとつであるのだった。
 さて、そんなメガ東京の片隅に、その施設はある。
 ――メガ東京・ヒーロー&ヴィランズ研究所。
 ヒーローたち、ヴィランズたちの活動の歴史や報道資料、ゆかりの品々などを収集、その整理や研究を行う民間の機関である。その主任研究員として管理の一切を任されているのが、他ならぬ綾和泉汐耶なのだった。
「で、何の話かな。僕はこう見えても忙しいのだけれど。一週間後には学会があるし、南米に調査旅行に行く計画もあるしね」
 不服げに言って、ソファーにふんぞり返ったスネイクマン――いや、今は瀬崎耀司だ――に一瞥をくれて、汐耶は口を開いた。
「このデータを見ていただけますか」
「ん?」
「最近のヒーローたちの出現記録です。すこし気になることがあって……。瀬崎さんは本当に、フレイムシャークは引退したのだと思います?」
「フレイム……シオンのこと?」
 汐耶は頷く。彼女の指がキーを叩くと、画面に個人データが展開された。
(ヒーローNo.3356/シオン・レ・ハイ/男性/42歳)
「彼の姿が見られなくなってもう一年になります」
「もうそんなになるのか。……貧乏暮らしだったからね。のたれ死んだんじゃないの」
「私もそれを心配していました。いつも市民の平和と幸福に献身し、自分は赤貧に甘んじる。フレイムシャークはその点ではヒーローの鑑ともいえた人物です。郊外に豪勢な邸宅を構えて贅沢暮らしをしている誰かとは違って」
「あのね。僕は別に不正な手段で儲けたわけじゃ――」
「冗談です」
 汐耶は言ったが、理知的な瞳の輝きはいつも通りで、彼女が真顔でいう冗談はいつもどこまでが冗談なのか判然としないのだった。
「……実はね、瀬崎さん。この一年のあいだ、それまでの出現ペースからは考えられない、長期に渡る出動実績のないヒーローたちが、フレイムシャーク以外にも何人かいます。簡単に言えば、突然、姿を消したヒーローたちが」
「何だって」
「私から呼び掛けてみたのだけど、いずれも返答なし。もちろん、このデータベースはヒーロー研究所がいわば勝手に収集したデータですし返答の義務などないわけですが……」
「そんなヒーローがこんなに……?」
 汐耶は頷き、画面に次々と、ヒーローのプロフィールデータを表示してゆく。
「ディテクターこと、草間・武彦。ドクター・カナン/河南・創士郎。イリュージョンガール/影沼・ヒミコ……」
「どういうことだ……」
 耀司は目を見張った。
 組織ではないがため、個々のヒーローたちの動向を、一斉に俯瞰して眺めるものはいなかった。だが、汐耶がそれに気づいたとき……
「メガ東京のヒーローたちがいなくなっているんです。新しいヒーローのデビューもあるから、ごまかされてしまう。でも……なにかが起こっているのだと、私は思うんです」

「もう、先生! どこに行ってたんですか!」
「いや、ちょっとな」
「ギリギリなんです、頼みますよ〜」
「今から飛ばせば平気だ。任せろ」
 そう言って担当編集を追い出し、再びデスクに向かった曜である。しかし――
「む?」
 なにげなく見遣った窓の下に、どこかで見知ったような女を見かけたのは運命か。
「先生すいません、出来たページだけでも先に印刷所に……って、あれぇ!?」
 再びドアを開けた編集者が見たのは、またもあるじのいない曜の仕事机だけだった。まだ真っ白なマンガ原稿用紙が、開け放たれた窓から吹き込む風にぱらぱらとめくれていく。

 そのとき、曜の仕事場の窓の下にある路地裏では、こんな一幕が演じられていた。
「もしもし、そこの方――」 
 呼び掛けられて、振り向いたのは黒澤早百合だ。
「何かしら?」
「あなたはもしや、スーパーヒーローの――」
 呼び掛けたのは、見知らぬ男だった。ただ、帽子を目深にかぶり、その表情はうかがいしれない。早百合は男の言葉を遮った。
「しっ! そのことをどうして」
 ヒーローたちは皆、「世を忍ぶ仮の姿」を持って生活している。ヒーローの正体は、ヒーロー仲間以外には知られていないのが普通だ。
「実は、わたくしどものボスが、折り入って、あなたにご相談したいことが」
「何ですって? あなた一体……、はっ、もしや!?」
 早百合の目がぎらりと輝いた。その眼光に、相手はたじろぐ。
「もしや、私のファン!? 困るわ、そんな……。というか、その方って、男性かしら。歳はおいくつ? もちろん独身なんでしょうね」
「え、いや……」
「ああ、わたくしったら、なんて罪な女。でもとりあえずお会いするだけならよくってよ。それ以上は、まあ、いちど、お話してみないと……ねえ?」
「とにかく、詳しいお話はボスにお会い下さい、さあこちらへ」
 と、噛み合わない会話のまま連れ立ってゆくふたり。
 そして、その後を、ひそやかに追う影があることのに、気づいたものはいなかった。

 そしてまた、いずことも知れぬ実験室。
 試験管からビーカーへ、あやしい青い液体が注がれると、こんどはさまざまな色の光の粒が、ぷつぷつと立続けに浮び上がる。
「なるほど、これはこうなるわけですね」
 またもや、何がどうなったのかわからないが、セレスティ・カーニンガムは引き続き、自身の実験に没頭していた。
 在野の科学者――というより発明家、セレスティの名は、メガ東京市民にとって知る人ぞ知るといったものだ。
「……で。いつまでそこにそうやってらっしゃるんです?」
 ふと、虚空へ顔を向けて問いかける。
 一瞬の間を置いて、壁の一角が爆音とともに吹き飛んだ。
「……乱暴な。人のうちを訪ねるときはもうすこし静かにいらしてほしいですね……フレイムシャーク」
 長い黒髪の下から、鋭い眼光がセレスティをねめつける。黒いマントのその男こそ、姿を消したかつてのスーパーヒーロー、フレイムシャークに違いない。いびつな形状の、巨大な剣を、すっと抜いた。
「アクア・ウィータ。ご同行願えますか」
「……さきほど、ファングの拘束を解いたのはあなたですね。まさかヴィランズに鞍替えしたというわけでもないでしょうに、一体何を――」
 言い終わらぬうちに、フレイムシャークの剣が空を斬った。同時に、炎が巻き起こって、周囲のものを否応無しに焼き尽くしてゆく。
「その『まさか』……というわけですか……」
 セレスティの冷静なおもてに、かすかに陰が差す。フレイムシャークの瞳は、あくまでも冷たかった。

■動き出す影、邪悪の館へ

「キング・インカーが動き出したわ」
 汐耶の冷静な声に、耀司が振り向く。
「これは……?」
「こんなこともあろうかと、主だったヒーローには衛星で追跡できる発信器をつけることにしたんです」
「なにッ!?」
 おもわず、自身の身体をあらためる耀司。
「プライバシーは侵害していませんからご心配なく」
「いや、どう考えても犯罪だろ」
「行き先は……なるほど、やっぱりそうね」
 汐耶の眼鏡がきらりと、光を反射した。
「過去に、姿を消したヒーローたちの通信記録をすべてチェックしてみたんです。いくつか、身元不明の人物からのアクセスがありました。しかも、かれらが姿を消したのがそのすぐ後。消えたヒーローの行方は、キング・インカーが今、向かっているこの場所――高峰心霊学研究所に行けばわかるはずです」
「通信記録って、それも犯罪――」
「さ、行きますよ」
 汐耶が手元のスイッチを押すと、彼女の椅子と、耀司が立っているあたりの床がいきなり地下へと沈みこんでいく。
「な、なに!?」
 気がつくと、なにかの乗物の操縦席とおぼしきものに坐っているふたり。
「急ぐのでちょっと飛ばします」
「ちょっと待て。僕は何も――」 
「ショウタイムです」
 ヒーロー&ヴィランズ研究所の壁がスライドして開き、轟音とともに、それが飛び出してきた。車のような、飛行機のような、ロケットのようなそれは、ジェット噴射の炎の尾を引き、ぐんぐんと乗用車を追い抜きながら、まっしぐらにメガ東京郊外を目指していた。

 そこは、壮麗な調度類に埋め尽くされた、街はずれの洋館であった。
 どういうわけか、鍵は開いていない。キング・インカーはするりと忍び込んだ。中はうす暗かったが……
「いらっしゃい」
「!」
 女だ。優雅な、黒いドレスを身にまとい、黒猫を抱いた女だった。
「そろそろ来る頃だと思っていたわ」
「誰だ」
「言わなくてもわかる‥‥昼と夜の狭間‥‥薄闇の世界。その中を覗くのが‥‥触れるのが好きなんでしょう? 貴方も、薄闇の世界に魅入られてしまった人なのね」
「質問に答えろよ」
「ここには、誰かが見‥‥体験した怪奇事件の全ての記録が、そして薄闇の世界に魅入られた人々の記録が集められている。もちろん、貴方の記録もここに‥‥」
「話を聞けーーー!」
 耐えかねて、キング・インカーのペンが唸った。だが。
「メガ東京のスーパーヒーローたちは――」
 女の唇に、あやしい微笑が浮ぶ。
「すべて、私のもの」
 腕の中の黒猫が、にゃあ、と、声をあげたかと思えば、それはするりと腕を抜け出して、真っ向からキング・インカーに飛びかかる。
「むっ!?」
 その目がカッと輝き――破裂するような音を立てて、文字通り四散した!
「なんだこれは……」
「ふふ、どこまでも伸びる特殊ゴム性だから、いかな怪力を誇るキング・インカーでも逃れられまい」
 黒猫はねばねばする粘液状の物質に変わり、キング・インカーをからめとっていた。
「何者だ、おまえ」
 その言葉にこたえるように――女はばさり、と衣服を剥いだ。その下からあらわれたのは、全身黒ずくめの、冷酷そうな人相の男であった。
「わたしはリッキー・II・マン」
 不気味な合成音のような声が漏れる。
「すべてのスーパーヒーローはわたしのコレクションに加わるのだ」
「なんだと……!」
「おまえも私のものになるがいい、キング・インカー。……この者たちとともにな」
 ぱっ、と灯りがついて、広間を照らし出した。
「!」
 同じように、黒い物質に自由を奪われているアクア・ウィータと、ミストレス・リリィの姿があった。
「ちょっと離しなさいよ。未婚の女性にこんなことしてタダじゃすまさないわよ!」
 ミストレス・リリィこと、黒澤早百合29歳独身が吠えたが、邪悪なヴィランズは意に介した風もない。
「威勢がいいな。ではまずおまえからにしようか、ミストレス・リリィ」
「え? い、いや、ちょっと待っ――。キャーー! イヤーー! たーすーけーてー!」
 ありったけの、黄色い声を張り上げる。そのときだ。
「そうはいきませんよ、リッキー・II・マン!」
 壁をぶちぬいて、飛び込んできたジェット噴射のマシーン!
 ハッチが開いて、汐耶とスネイクマンがあらわれた。
「死の商人にして幾多のヴィランズたちに科学兵器を提供してきたマッド・サイエンティスト、リッキー・II・マン。こんどはまたずいぶん大それたたくらみを進めていたようですね。だがそれも今日で終わりです。今からこのスネイクマンがあなたを――って、あら?」
 スネイクマンは、彼女の背後でうずくまっていた。
「…………酔った」
「ちょ、ちょっと」
「いや、冗談。カモン!ブルースネイク!!」
 青く輝くエネルギー波が空間を駆け抜ける。それに触れると、ヒーローたちを呪縛していた特殊ゴムも瞬時に蒸発してゆく。
「ま、こんなものかな」
 邪悪を射抜く凍てつく眼光――、スネイクマン。
「これで形成逆転というワケか」
 未来を描くペン先の輝き――、キング・インカー。
「ひどい目に遭いました。このお礼はきちんとしなくてはね」
 静かな美貌にひそむパワー――、アクア・ウィータ。
「覚悟なさいね。おしおきの時間よ」
 夜に咲く、大輪の花――、ミストレス・リリィ。
 ヒーローたちが、邪悪なマッド・サイエンティストを取り囲んだ。
「もう逃げられませんよ」
 という汐耶の言葉に、
「それはどうかな」
 しかし、リッキー・II・マンはほくそ笑んだ。

■決戦!リッキー・II・マン

 ……すると、ふいに、地鳴りとともに、かれらの立つ床が沈んでゆく。床自体がエレベーターのように、地階へと降下しているのだ。
「……せっかく、お越しいただいたのだから……わたしのコレクションをお目にかけよう」
 地階の壁が音もなく開き、そこからゆらゆらとさまよい出てくる無数の影――。
「こ、こいつら……!」
「そう……。そういうことだったのね」
「ドクター・カナン……、イリュージョンガール……!」
 姿を消したヒーローたちだ。皆、一様にうつろな目のまま、にじり寄ってくる。そしてその先頭にいたフレイムシャークが、リッキー・II・マンの傍らに、彼を護るように立った。ヒーローたちが、一転して包囲される側になる。
「わたしの洗脳電波で、かれらは皆、わたしの忠実な下僕になったのだ。こうしてヒーローたちをすべてわたしの配下に変える。その力があれば、間抜けなヴィランズどもに武器の供給をするなど回りくどいことをせずとも、このメガ東京をわたしが支配することができるだろう。……さあ、わたしのしもべたち、かれらも仲間にしてやるがいい!」
 津波のように、邪悪に支配されたヒーローたちの群れが襲いかかってくる。
「くそ……こんなことになるとは……。ええい、カモン!……」
「待って! かれらは敵じゃないわ」
 攻撃しかけたスネイクマンを、汐耶が制する。
「そんな悠長なことを言っている場合か」
 しかし、キング・インカーは言い放った。
「みんなまとめて片付けてやる」
「そんな……」
 食ってかかろうとした汐耶は、インカーの瞳の色が、変わっていくのを見て息を呑んだ。右目はまがまがしい金色に、左目は凍えるような青に輝いているのだ。
「キング・インカー……自分の中に別人格の情報を記録していると聞いたことがあるけれど――」
「そのとおり」
 キング・インカーは……インカーであった何者かは、にやりと微笑んだ。到底、ヒーローとも思えぬ、凄絶な笑みだった。
「みんなまとめて、血祭りにあげてやる!」
 爆発するような素早い動きで、彼が飛び出した。立ちふさがる敵をほとんどふれただけで吹き飛ばしていく。目指すは御大リッキー・II・マン。だが剣を構えたフレイムシャークが行手に立ちふさがる。
「どけぇぇええええ!!」
「そうはいきません」
 フレイムシャークの剣戟を、素手でうけとめるキング・インカー。ごう、とシャークの剣が炎を発したがものともしない。
「どりゃああああああああああ!」
 渾身の力をこめると――、烈しい音を立てて、フレイムシャークの剣が折れた!
「な、なに――」
「くたばれぇえええええ」
「お待ちなさい!」
「……」
 割って入ったのは、ミストレス・リリィだ。 
「罪を憎んで人を憎まず。フレイムシャーク、あなたに改心をすすめます」
「………………おい、邪魔をするな」
「フレイムシャーク、あなたにも……お母さんがいるでしょう」
 キング・インカーが凄んだが、リリィはまるで聞いていなかった。
「……」
 ふっ、とやさしく微笑むリリィ。どこからともなく、『かあさんの歌』のフレーズが流れ出した。
「こんな悪事に手を染めて……ふるさとお母さんが知ったらきっと哀しむわ」
「……わ、わたしは」
「お母さんのことを思い出すのよ、さあ、わたくし特製の――この“おふくろの味”肉じゃが・リリィスペシャルで!!」
「うぐ!!」
 ずん、とこれまたどこからともなく彼女が取り出した鍋の中で煮えているのは……例の宇宙的な肉じゃがであった。
「さあ、お食べなさい、わたくしを母だと思って! 母の愛は永遠です!!」
「いや、ちょっと、待っ――うぐぇ、げぼっ」
 地下の空間に、断末魔の声が響き渡り――
「はっ、オレはいったい今まで何を――」
「フレイムシャーク! 正気に戻ったのね!」
「ちょっとまて、なんだそのデタラメな展開はーーー!!」
 スネイクマンが渾身の力でツッコミを入れたが、リリィはいけしゃあしゃあと、
「これが愛の力です」
 と、得意げに胸を張るだけだった。
「バ、バカな、わたしの洗脳電波の効力が……」
「さて、と」
 キング・インカーの、左右の色の違う凶悪な瞳が、狼狽するマッドサイエンティストを捕らえた。
「今度はおまえだな」
 ヴィランズは、インカー以外のヒーローたちが、手分けしてリリィの肉じゃがのパワーで、次々とかつての仲間の洗脳を解いてゆくさまを見た。そしてその邪悪な計画が、もろくも瓦解してゆくことを悟ったのである。

■大団円

 こうして、またひとつ、悪の野望が潰えた。
 だがメガ東京のヒーローたちの、休息はほんのひとときしかない。
「メガ東京市民のみなさん。只今をもって、この都市はわれわれブラックスーツ団の制圧下におかれます!」
 黒服に黒眼鏡のヴィランズが、同じ格好の手下たちに命じると、重火器を持った一団が街中に散ってゆく。だが、そこへ――
「大変、ヒーローシグナルを発信しなきゃ――」
「それにはおよびません。このフレイムシャークにおまかせを!」
「私もいますよ。ひとつ、まぜていただきましょうかね」
「ぬおお、カラーがあと3ページ残っているというのに!!」
「はッ、またもや、私を呼ぶ声が」
「きみたちは出てこなくていいから。今度こそ、僕の見せ場だ。さぁ――」

「イッツ・ア・ショウタイム!」


THE END

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■   C A S T               ■
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★綾和泉博士
【1449/綾和泉・汐耶 /女/23歳/都立図書館司書】

★アクア・ウィータ
【1883/セレスティ・カーニンガム/男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】

★ミストレス・リリィ
【2098/黒澤・早百合/女/29歳/暗殺組織の首領】

★フレイムシャーク
【3356/シオン・レ・ハイ/男/42歳/びんぼーにん(食住)+α】

★スネイクマン
【4487/瀬崎・耀司/男/38歳/考古学者】

★キング・インカー
【4532/門叶・曜/男/27歳/半妖・漫画家・108艦隊裏部隊非常勤】

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■         ライター通信          ■
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リッキー2号です。
大変、お待たせいたしました。『リッキー・ヒーロー・ショウ』をお届けします。
ヒーローものって……こんな……(笑)? なにか違うような気もしてきました。

>綾和泉さま
というわけで、ツッコミ役のような微妙にボケ入ってるような博士役をお願いしました。ヒーローものに登場する博士って実際は何を研究している人かわからないことが多いのですが、その例に漏れず……といった感じです。

>アクア・ウィータ
こちらも結局、何の発明をなさっていたのかは不明なまま(笑)。普段は「一般市民」ということだったのが、むしろ新鮮というか……なにぶん、大富豪でセレブなイメージがあるもので(笑)。

>ミストレス・リリィ
よもや某肉じゃがネタがくるとは(笑)。いっそ演歌歌手ネタもまぜようかと思ったのですが、そこまでいくともはやどうしようもなくなるので、なんとか抑止……。

>フレイムシャーク
リッキー・ショウ・シリーズでは一転してシリアストーンなのが定番?のシオンさま。立て続けに死ぬのも何なので、今回は生き残っていただくことにしました。

>スネイクマン
「カモン!××スネイク」というワザが結構、お気に入りです(笑)。わりとアクションの中心的な部分を担っていただくことになってしまいました。

>キング・インカー
マンガ家はマンガ家でも、今回はアメコミ作家ということで(笑)。インカーというのはアメコミの作業工程でペン入れをする人のことを言います。

実は結構、アメコミは好きです。
そんなアメコミ風の世界観や、ガジェットをちりばめてみたつもりですが……。
お楽しみいただければさいわいです。
ご参加ありがとうございました!