コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


dogs@home1


 ――プロローグ
 
 風に流れる白い雲が、ちぎれていく。
 本日は木枯らしが吹いている。国道沿いに立ち尽くした一人の男が、眠たそうな顔をして親指を立てていた。
 どうやら……ヒッチハイクをしているらしい。
 いくらお人よしの多い日本とはいえ、お世辞でもいい身なりとは言えないこの男を拾う車がいるのだろうか。
 格好は上から下まで薄汚い印象を拭えなかったし、長身で手足は長いが持て余している感がある。その上頭はぐしゃぐしゃの癖っ毛で、眠たそうな顔つきをしているが目つきは悪い。足元には煙草の吸殻が散乱しており、彼の口許には煙草がくわえられていた。
 深町・加門がヒッチハイクをしている……のである。
 
 彼がどうやってここまで来たかというと、賞金のかかっているアタッシュケースを持った男を追いかけて、人様の車にしがみついてやってきた。その額なんと百三十六万円。中には宝石が入っているとも、薬が入っているとも、死体が入っているとも言われているアタッシュケースである。
 そして彼はこの千葉くんだりの国道沿いにて、ヒッチハイクをしなくてはならなくなったのだ。
 当然のように携帯電話は車と格闘している際に落とした。
 困った。
 彼は今、猛烈に困っている最中なのである。
 
 
 ――エピソード
 
 手術の成功率は十パーセント、そんな女の子がいた。
 歳はまだ小学生にも届かない少女で、彼女は差し出された大人の指を小さな手で掴み、にこりと屈託なく笑んだ。
 闇医者である十里楠・真雄は、普通の仕事では動かない。
 どういう意味でとっても、そうなのである。誰でもできる仕事であっても動かないし、真雄しかできない仕事であっても動かない。金でも良心でも動かない。何で動くのか、それは深い謎だった。
 だから、彼がその少女の治療を引き受けたのは……一種の奇跡だった。
 偶然という名の奇跡だった。ちょうど真雄は彼女のかかっている心臓弁の病について、調べていて、実際の病人を弄ってみないとにっちもさっちもいかないようだと真雄が資料を手に思案していたとき、少女の両親が真雄の居所を突き止めてやってきた。
 心臓弁についての真雄の研究は進まなかったが、彼女の手術は成功した。
 真雄は千葉までのタクシー代と昼ごはん代を受け取り、帰路についている。
 運転手と長話をするつもりはなかったので、流れ行く景色を眺めていた。
 東京と違い、千葉の家の庭には若干の余裕がある。同じような住宅が続いた。同じような住宅には、同じような家族が住み、同じような悲喜交々があり、そして違った人生を過ごしていくのだろう。
 そんなことをチラリと過ぎらせたとき、ふいに黒い影が目に映った。
 目と記憶力はいい方だったので、真雄は咄嗟に運転手に言った。
「ちょっと、停めて」
「へ? ここでですか」
 運転手は戸惑いながら減速する。車が歩道へ寄って停まると、真雄は自動で開くドアを手で開けて外へ出た。
 黒い影……それが、いつも面白い事件を巻き起こすトラブルメーカー、深町・加門だと確信しながら。


 真雄は加門をつれてタクシーに戻り、加門を外に待たせたままコンビニで買った商品をシートにぶちまけて、ビニール袋を隣に敷いた。
「ここ座って。これで汚れないから」
 ニコリと笑って加門を見上げる。加門は目を閉じて、片手でボンネットをガコッと殴った。運転手が嫌そうな顔をして二人を振り返っている。
 真雄に言われた通り加門はビニールの敷かれたシートにどっかりと腰を下ろした。バックミラーに映る運転手の目の色が変わる。あまりにも小汚い男だったからだろう。タクシー強盗でもしそうだと勘違いされたのかもしれない。
「それで? こんな寒空の下どうしたのさ」
 真雄が訊く。彼はぶちまけたコンビニの中身からプリッツを取り出して、箱から出し袋を開けて加門に差し出した。加門は黙って菓子に手を伸ばし、低い声で答えた。
「アタッシュケースを追ってる。途中で逃げられてこのザマだ」
「ふうん、何が入ってるの」
「公表されてない」
 加門はプリッツをボリボリ奥歯で租借しながら、デジタル腕時計のスイッチを切り替えた。
 そこには地図が表示されており、赤い光が点滅していた。真雄は横目で見つつ、プリッツを一つ食べ切って言った。
「遠くないんじゃない?」
「ああ、そうだな」
「いくらなの、賞金は」
 加門はポケットから煙草を取り出した。口にくわえてから答える。
「百三十六万」
「へえ、すごいじゃない」
 加門はバックミラーの運転手を窺い見て、煙草を手に取った。車内禁煙がタクシーの常だと思い出したのだ。仕方なく煙草を片手に持ったまま、加門は言った。
「この位置なら倉庫街かもしれないな、何かの取り引きか……」
 真雄は顔を明るくして運転手に言った。
「運転手さん、ちょっと指示通りに走ってくれるかな」
 しかし運転手は裏返った声でボソボソと言った。
「賞金だなんて! 面倒なことはごめんです。降りて下さい」
 加門は真雄の提案をとてもよいと思っているらしく、ニンマリと笑った。それから腰の後ろに手を回し、そこからベレッタを取り出した。銃口を真っ直ぐ運転手に向けて、加門は一年に一度するかしないかというほど愛想のよい顔で笑った。
「降りろ。ここで待ってりゃ、車は返してやるよ」
 タクシー強盗も真っ青である。
 止めるかと思いきや、真雄も同じくとてもかわいらしい笑顔で続ける。
「メーターはそのままにしておきなよ、ちゃんと使った分は払うからさ」
 加門は真雄が言うが早いか銃口を運転手の頭につきつけ、救援の合図をつけられないよう見張りながら短く言った。
「降りろ」
 運転手は真っ青な顔でタクシーを降りる。
 加門は降りたのを確認して後部座席を降り、運転席に回って車に乗り込んだ。
「まったく加門さんは相変わらずだなあ」
 クスクスと笑いながら真雄はプリッツを食べ続けている。加門はポケットに突っ込んだ煙草を再び取り出して口にくわえ、ライターで火をつけてから車を出した。


 倉庫街に辿り着いた二人は、まず見張りに立っている男二人に車を停められた。
 降りろと近付いてきた男に、加門は突然ドアを開け放して攻撃し彼が体制を立て直す前に加門は外に躍り出て、手刀で首筋をつき彼を昏倒させた。
 振り返ると真雄がもう一方の男に拳銃をつきつけられて立っている。加門はそれを見て、口を開けた。
「何怠けてんだ、お前」
 真雄は能力的に言えば加門の何倍も……いやそれ以上も『強い』筈なのだ。
 しかし真雄はあまりやる気がないのか、いや自分で動くのが面倒だから他人にやらせたいのか、それとも加門を使うのがよっぽど楽しいのか、両手をあげてみせたりしている。
「加門さん」
 真雄はまったく緊張感の伴わない声で呼んだ。
 加門は仕方なしに、腰に挿していたベレッタを抜いた。それを真雄を捕らえている男へ向ける。男は真雄を人質に取っているから、落ち着いていた。
「銃を下ろせ、こいつを殺されたいのか」
「うるせぇなあ」
 加門は溜め息をついてセーフティを外し、スライドを引いて撃鉄を下ろした。
「おい!」
「俺とそのガキは大した関係じゃないんでね、好きにしろ」
 真雄が目をぱちくりさせる。驚いているというより、楽しんでいるようだった。
「くそっ」
 真雄は不要と思ったか男は真雄を投げ出した。その動きを待っていたように、加門の長い足が彼の頭を薙ぐ。一瞬のことだった。男は昏倒してその場に崩れ落ちた。
 パチパチパチパチ、着地した加門の前に、真雄が笑顔で拍手をする。
 加門は身体をもたげながら真雄を睨んだ。彼はやわらかそうな白いコートを着ていた。フードにフェイクファーがついている。
「加門さん、いつの間に銃が使えるようになったの」
 真雄は不思議そうに訊いた。加門はベレッタを腰に挿しながら言った。
「バカ言え。俺は飛び道具は使わない主義だ」
 つまり運転手にしろ今の男にしろ、ハッタリでしかなかったわけだ。
 真雄は愉快になって、腹を抱えて笑い出した。
「いやー、ほんと楽しいねえ、加門さんは」
「……バカにされてるとしか思えん」


 取り引き現場にそっと忍び寄ると、辺りには十数人の見張りがおり、中には……おそらくもっと多くの人間がいると思われた。取り引き現場でアタッシュケースを回収するのは無理だろう。加門がそう思って真雄を振り返ると、彼は加門の後ろに立って連中を覗き込んでから、加門を見上げた。
「どうやろうか」
 真雄が言う。
「ダメだダメだ。お手上げだろこれじゃあ」
 加門が答えると、真雄は物足りなさそうに顎に手を当てて、にっこりと微笑んだ後足元にあったオイル缶を蹴った。ガシャン! と大きな音がして、積み上げられていたオイル缶がガラガラと落ちる。
 加門は唖然としている。
「誰かいるぞ!」
 と男達の声がする。加門は右と左を交互に見やって、「ちっ、くそ」そう呟いたあと、真雄の腕を引いて右へ一度躍り出て、それから奥へ奥へと走り出した。連中はもう二人を捉えているようで、ドウン、ドウンと銃声がする。
 やがて倉庫街の奥……つまり行き止まりまで着いてしまった加門は、くわえていた煙草をアスファルトにぺっと吐き捨てて、意を決したように振り返った。
「加門さん、がんばってね」
 真雄が微笑む。
 その微笑に唾でもかけてやりたい心境だったが、そんな場合でもない。
 大勢の男達と称した方がいいだろう。もう何人いるのか、皆目わからない。黒い集団が二人を取り囲んでいる。幸い、後ろは壁だったので後ろからの攻撃を気にする必要はない。
 背を低くして駆け出した加門に、銃声が鳴る。一発の弾が、肩に直撃した。しかし倒れる余裕もなかった。
 このままじゃ、蜂の巣。
 加門が覚悟したそのとき、パトカーのサイレンが近付いてきた。男達がざわめき出す。彼等は突然後退し、ざっと座を引いて走り出した。
 加門は撃たれた左の肩を右手で押さえ、真雄を振り返った。真雄は加門の怪我にもまったく動じた様子はなく、相変わらず屈託のない笑顔で言った。
「加門さん、早く逃げないと」
 さっきっから、加門さん、加門さんとまったく人の名前ばっかり呼びやがって。
 加門が激痛に顔をしかめていると、近くに寄ってきて傷の具合をちらりと見やった真雄はお医者さんごっこのお医者のように、まったく誠意の篭っていない口調で言った。
「貫通してるから、平気」
「……なんで俺達が逃げなきゃならねえんだ」
 真雄は加門の手を引いて駆け出し振り返った。
「タクシー強盗したでしょ?」
 言われてみれば……そうだった。
 
 
 ――エピローグ
 
 真雄が携帯電話で迎えを呼んだので、国道沿いのバス停の休憩所に座っている。
 加門はコーヒー、真雄はミルクティーを飲んでいた。
 加門は顔面蒼白、真雄は満面の笑顔である。
「やっぱり加門さんと過ごすと退屈しなくていいねえ」
 怪我の発端は真雄だった筈だ。たしか、オイル缶をわざと倒したのだ。
 加門はコーヒーを口から離し、真雄を横目で睨んだ。
「……てめぇ、一つも能力使いやがらねえで」
「どうにかなったじゃない」
 真雄が微笑む。
 加門が引きつる。
 真雄はミルクティーを飲み干してから、困った顔で言った。
「でも困ったね。ボク、車血で汚したくないんだ」
 加門は一瞬言葉を失い、それから静かにうなった。
「まさか、またヒッチハイクで帰れなんて言わないよな」
 真雄は目を瞬かせてから、手をポンと打った。
「そうか、そういう手が」
「……お、おいおい」
 「冗談だよ」とまた子供っぽい笑みを零すことを期待した加門だったが、真雄はもう言葉を継がなかった。
 実際は、一応の止血処理のもと車を汚さずに東京まで帰ったようである。
 
 
 ――end
 

 □■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【3628/十里楠・真雄(とりな・まゆ)/男性/17/闇医者(表では姉の庇護の元プータロ)】

【NPC/深町・加門(ふかまち・かもん)/男性/29/賞金稼ぎ】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
dogs@home1 にご参加ありがとうございました。
前線に加門を追いやる、を主軸に書かせていただきました。
お気に召せば幸いです。

文ふやか