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<東京怪談・PCゲームノベル>


学校の怪談 〜流星の夜〜

 ギィっと小さな音で開いた食堂の勝手口の音に、紅月・双葉は首をかしげた。教会に物取りに入るような輩が居るとは思えなかったが、一応用心を怠らないように足音を忍ばせて食堂の扉に手を掛ける。
「こ…紅月、神父…!?」
 今からあけようと思っていた扉が内側から開け放たれ、視線を落とすと、そこには柊・秋杜が驚いたような表情で自分を見上げていた。
「どうしました?」
 勝手口からコッソリ入ってきた秋杜の行動が、秘密を隠しているような気がして双葉は問いかける。
「何でも…ない、です…!」
 中学のブレザーのポケットを押させて、秋杜は双葉の横を早足で通り抜けていく。
 何時もなら隠し事など決してしないはずの秋杜が、今日だけは何かしら大きな隠し事をしているらしく、それがあまりに行動に丸見えで、双葉は苦笑をしつつも、その背を視線で追いかけた。
(……?)
 秋杜が駆け抜けて行った廊下に残る微かな残り香。
 これは、聖なるものの気配。
「待ちなさい、秋杜くん」
 階段を上りかけていた秋杜の足が止まり、双葉の声に肩をすくめて振り返る。
 双葉はゆっくりと秋杜に近づき、その押さえられたポケットに視線を移動させる。
「紅月…神父?」
 一心にブレザーのポケットを抑えて、心配そうな顔で双葉を見上げる秋杜。
「どうされましたか?天使様」
 ポケットの位置と同じになるように身を屈め、優しく問いかける。
 驚いたのは、秋杜だった。
「どう…して、分かったん…ですか!?」
 やはり嘘はつけない性格なのだろう。すんなりと自分から告白して、眼を丸くして双葉を見ている。
 双葉はそんな秋杜の頭を優しく撫でる。
 そんなほんわかした気配を感じ取ったのか、ブレザーのポケットから小さな頭がのそっと顔を出した。
 翼を広げポケットから飛び上がると、器を作るように両手を合わせた秋杜の掌の上に、ちょこんと座り込んで双葉を見上げる。
「帰りたいの……」
 掌の上の小さな天使は、双葉に向けてそう呟き、ぽろぽろと大きな涙を零す。
「空に…皆の所に…帰りたいの……」
 泣き出してしまった天使をそっと抱き寄せた秋杜の顔は暗い。
「大丈夫です。私が天使様を必ず空へ帰して差し上げます」
「紅月、神父!」
 弾かれたように顔を上げた秋杜の頭をまた優しく撫で、
「大丈夫、ですよ」
 と、微笑みかける。
 その笑顔に安心したのか、秋杜もつられて微笑を浮かべた。





 さて、問題は空から落ちた天使を空へと返す方法。
 秋杜が天使を拾った経緯を聞けば、

 昨晩の星が綺麗な夜。
 大きな流れ星が学校に落ちたのを見た。気になって屋上に行ってみると、この天使が倒れていたらしい。

 たとえどんな命であれ、秋杜がそれをほかって置けるはずが無い。加えて、今自分が見つけなければ、天使を空へ返す方法をずっと一人で考えていたに違いない。
 困った時は気軽に相談してくださればいいんですよ。と言っても、充分です。と返される。
 信じてもらえていないのかと時々思ってしまっても、この子の場合は純粋に迷惑を掛けたくない一心での行動。強くも言えない。
 天使が空から落ちてきたなどという前例がない以上、推測で動くしかないのだが、少しでも空へ近づくことが出来たなら、この子も空へ帰りやすいだろうし、他の天使がこの子を見つけて迎えにも気安いだろう。
「空へ近い場所へ、行ってみてはどうでしょう」
「空に近い…高い、建物…ですよね」
 双葉の提案に秋杜もうーんと唸りだし、考える。

 一番高い建物……
 展望台は全面ガラス張りで、例え空に近づけたとしても、天使が外へ出る事が出来ない。
 デパートの屋上はどうだろう。
 屋上ならば少々大きめのビルのフェンスがあっても、親子ランドの様な小さな遊園器具がいくつか置いてあるし、戦隊ショーだって時々やっている。だが、デパートの閉店時間は遅くても8時。時間的には少し早すぎるかもしれない。
 そして、もう一つ…。デパートといえば女性達の巣窟だ。
 過去のとある事件から女性に対して苦手意識を持っている自分に、あの空間を平常心ですり抜けられるだろうか。
 いや、天使様を空へ帰す為。
 自分の苦手意識などこの際は二の次として考えなくては。
 などと、双葉は精神安定剤を握り締める。
 そこまで考えて、自分がまったくお酒を飲めない事もあり失念しかけていた場所が思い当たる。
 それは、冬場使われていない夏場のビアガーデン。
 冬に外でお酒を飲みたい人さえいなければ、あそこならば静かだし、無理に閉鎖されている事もなければ、デパートの屋上でもない。
 早速思い立った提案を秋杜に話し、出かける準備を始める。
 夜の外は寒いだろうから、厚手のコートやマフラー、手袋などしっかり着込んで教会から外へ出た。
 そこでまた、はたっと思い出す。
 目的の地までたどり着く間にどんな事があるやも分からない。ここで取り乱しては何もならないと、双葉は念入りにポケットの中の精神安定剤を確かめた。





 なんというか、街中を二人で歩いていれば、自然と視線を集めるのは仕方の無いと言う事で。
 方や、艶やかな黒髪の氷のようなイメージが浮かぶ美丈夫。
 方や、日本人離れした茶色の髪に銀の瞳の少年。
 しかも身長差軽く50cm目立つ事この上ない。
 これがもし同僚の司祭だったら、外人コンビとしてそこまで目立たなかったかもしれない。
 だが、逆に一緒になって「どうしましょう」と言う事になっていた事は安易に予想がついて、人知れず苦笑を浮かべる。
「どうか…されまし、たか?」
 苦笑していた自分を見上げて首を傾げる秋杜に、なんでもありませんよと切り返し、
「さぁ、先を急ぎましょう」
 と、歩を進める。
 願わくば、誰も自分達に関ってこない事を祈りつつ。

 夏場屋上でビアガーデンをやっているテナントビルの正面で、双葉は大きく息を吐く。
 どうしてこうもビルの立ち並ぶ街中は人が多いのだろうか。
 目的地に着くまでに殆どの体力を搾り取られてしまったような気さえする。
 そんな自分をおろおろしつつも気遣ってくれる秋杜に笑顔を向けて、すっくと気を取り直す。
「さぁ、このビルならば、空にも近いですし、天使様も帰りやすいでしょう」
 エレベーターのボタンを押し、チンと軽快な音を立てて分厚い扉が開く。
 やっと回りに他の人間がいなくなった事で、小さな天使が顔を覗かせる。
「帰れる…?これで、帰れる…??」
「うん…帰れる、よ」
 にっこりと微笑んで天使に答えた秋杜の声と、エレベータが屋上に着いたのは同時だった。
 空が濃紺から紺へと微かなグラデーションを描き、太陽のシッポさえも西の空に隠れてしまった時間。空に輝き始めた星が、優しく地上を照らす。
 少々長丁場になるかもしれないが、これで天使が空へと駆る事ができるなら、多少の寒さもガマンできるというもの。
 口から吐くミルク色の息が徐々に色を濃くしていき、気温が下がってきた事を肌で感じる。
 白い月が徐々に黄色みを帯びてきて、ほのかな明かりを作り出す。
 手袋をはめた手で作った器の上に座る、小さな天使。
 星が輝く空を見上げている。
 あの星一つ一つがもしかしたら、天使の輝きなのかもしれない。そんな幻想を抱きつつ、双葉も空を見上げる。

 小さな星が一つ――流れる。

 その星に見入るように、バサリと小さな羽音をたてて、掌から飛び上がる天使。
 どこまで飛び上がっても空には届かない。
 星はまた、流れる。
 もしかしたら、ここに仲間がいる事に空の天使たちは気がついていないのかもしれない。いや、迎えに来る事はこの天使のように、地上へと落ちてしまうのかもしれない。
「秋杜くん。聖歌を歌ってはどうでしょうか?」
 だとしたら、場を清め天上と地上とを繋ぐ路を創ることが出来たなら、この天使は自分で空へと帰ることができるだろう。
「…はい!」
 声変わり前のボーイソプラノが風に乗って広がっていく。何時もなら、ミサの時くらいでしか聞くことができない聖歌の歌声。なにせこの子は、歌といったらアニメソングに直結してしまうくらいのアニメ好き。
 だが、今日だけは違う。


主よ導きの 手を伸べ給え
  汝側にある この身は安し
      主よ 主よ 汝強き手に
        導き給え か弱き我を

主の導きを 唯頼みとす
  時ちょう川に 竿刺す我は
      主よ 主よ 汝強き手に
        導き給え か弱き我を……


 優しい風の音をバックミュージックにして空へと消えていく歌声に、しばし聞き惚れる。
「聖歌501番、主よみちびきの手を、ですね…」
 俗世に塗れたこの場所の空気が、徐々に清められていくのを感じる。
 そして―――
 星の流れが、止まる。
 小さな優しい星の輝きがこの場所を目指し降りてくる。
「皆……!」
 光の中で手を伸ばした小さな天使を引き寄せるように、小さな手が現へと変わる様を見る。


嵐の中も など恐るべき
  主は涙をば 拭き去り給わん
      主よ 主よ 汝強き手に
        導き給え か弱き我を……


 秋杜の歌を引き継ぐように、無数の歌声が空から地上へと舞い降りる。その中に混じる小さな子供の声。天使が空へと引き寄せられる毎に、迎えに来た光も空へと還っていく。
「ありがとう!」
 振り返った天使が、2人に向けて大きく叫ぶ。
 その声をきっかけにして、ありがとうの言葉が優しいハーモニーを築いていく。
「よかった…ね!」
 ハーモニーを生み出した「ありがとう」の言葉は、光が消えると共に小さくなっていった。
 歌声さえも消えた屋上のビアガーデンには、冬の北の風が厳しく吹き付ける。
「紅月神父…?」
 振り返り見上げた秋杜に微笑みかけ、双葉はすぅっと軽く息を吸い込んだ。


世は明け渡り 嵐は過ぎて
  我が目は仰がん 夢見し我が家
      主よ 主よ 汝強き手に
        導き給え か弱き我を……





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3747 / 紅月・双葉 (こうづき・ふたば) / 男性 / 28歳 / 神父(元エクソシスト)】

【NPC / 柊・秋杜(ひいらぎ・あきと) / 男性 / 12歳 / 中学生兼見習い神父】


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■         ライター通信          ■
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 学校の階段〜流星の夜〜発注ありがとうございました。ライターの紺碧でございます。紅月神父にはいつもお世話になっておりますです。この流星の夜は完全プレイング主体のお話しでしたので、紅月神父が提示してくださった提案をどう生かすかを考えさせられました。秋杜のことをお気に入りといってくださり、本当にありがとうございます!自分のキャラクターながらまるで他人事のような気がするのは気のせいでしょうか(爆)そして紅月神父って歌ったりするのでしょうか……勝手に歌わせてしまったのですが…
 ええっと、気を取り直しまして、また紅月神父に出会える事を祈っております。