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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


バーチャル・ボンボヤージュ

新企画・モニター募集中。
「一言で言ってしまえば海賊になれますってことですね」
発案者である碇女史ならもっとうまい言いかたをするのだろうが、アルバイトの桂が説明すると結論から先に片付けてしまうので面白味に欠けた。
「この冊子を開くと、中の物語が擬似体験できるようになってるんです」
今回は大航海時代がテーマなんですけど、と桂は表紙をこっちへ向ける。大海原に真っ黒い帆を掲げ、小島を目指す海賊船のイラストが描かれていた。どうやら地図を頼りに宝を探している海賊の船に乗り込めるらしい。
「月刊アトラス編集部が自信を持って送り出す商品ですから当然潮の匂いも嗅げますし、海に落ちれば溺れます」
つくづく、ものには言いかたがある。
「別冊で発刊するつもりなんですが、当たればシリーズ化したいと思ってるんです。で、その前にまず当たるかどうかモニターをお願いしようというわけで」
乗船準備はいいですかという桂の言葉にうなずいて、一つ瞬きをする。そして目を開けるとそこはもう、船の中だった。

 ある晩、この世界になにがあったら幸福かを数えてみたことがあった。しかし女性と酒と、二つ数えたところでその後が続かなくなってしまった。要するに自分は、この二つさえあれば時代も場所も関係なく、どんなところだって生きていけるのだろう。
「酒を飲んで、麗しの美女との出会いを求めて」
人生の目的が絞られているのはわかりやすい。おまけにそのどちらも、決して手の届かない場所にあるわけではないのだから、自分が世界に絶望することは永遠にないのだろうと狩野宴は三日月へ乾杯した。
 海賊船へ乗ることの魅力は、なんといっても土地から土地を巡り渡ることができる点だった。つまり、各地の美女と出会う機会に恵まれているのだ。
「次の港へはいつ着くのかな」
「おいおい、一昨日港を出たばかりだろう。気が早いよ」
船の調理場でコックを相手におしゃべりを楽しみながら、今日の夕食に合うワインを選ぶのが、この船の中における宴の仕事だった。
 乗組員たちは宴のことを「ちょっと変わり者の、商家の若旦那」と認識している。事実、船倉には宴の運び込んだ酒樽が何十個も並んで眠っている。ときどき調理場のワインを盗み飲みしている不埒者もいるようだったが、宴は頓着していなかった。どうせその気になれば、いくらだって酒は振舞えるのだ。なにより宴自身、常に酒の入ったグラスを片手に船内を歩き回っていた。
 宴のしゃべることは大抵、乗組員たちには酒に酔っ払ったたわごとと勘違いされていた。実際の宴はどれだけ飲んでもほとんど酔わないのだが、頭の中がいつも花見気分なので間違えられても仕方なかった。
「この船はいいよね、大きくてさ」
ただ女の子がいないことだけが残念だなと、つけ加える宴にコックは苦笑した。またいつものぼやきが始まった、と言わんばかりの表情だった。この船には三人のコックが乗りこんでいるのだが女の子、女の子という宴の口癖は全員が聞き飽きていた。
「若旦那、女ならいるみたいですよ」
そこへ、夕食までの時間の腹つなぎに調理場へ入ってきた船乗りが何気なく口を挟んでくる。途端、糸のように細く笑っていた宴の目が大きく開かれた。

 まるで、過敏すぎるセンサの反応を目の当たりにしたようだった。その場にいたコックと船乗りは、宴の背後にぴんと尖った尻尾を見たような気がした。
「女性って?どこに?」
多分この人は、二キロ先でも三キロ先でも女の話となれば聞き逃さないはずだ、と船乗りは思いつつ答える。
「密航ですよ。この船のどこかに隠れてるはずだって、今若い連中が探してます」
乗組員の一人が、先の港で女から船に乗せて欲しいと頼まれていた。いくら持ってると聞いたら金はないと返ってきたので、追い払ったのである。
「勿体無い」
思わず宴は呟いていた。もしも頼まれたのが宴だったなら、大歓迎していただろう。その女性は頼む相手を間違えたのだと、慰めたくてたまらなかった。
 乗船を断られた女は一時船を離れたのだが、その後再び夜の闇に紛れてこっそり忍びこんだらしい。船の掃除道具入れの陰に、女物のハンカチが見つかったのだ。
「見つかったら、その女性はどうなるんだい?」
「まあ、小舟に乗せて追い返すんでしょうね」
金のない奴は船に乗せないっていうのが船長の方針だからね船乗りは肩をすくめた。コックも、どうしようもないと目を伏せる。
 恐らく船長は、男でも女でも同じように扱っただろう。けれど宴は、女性をそんな目に遭わせることは断じて許せなかった。女性一人を頼りない小舟に乗せるくらいなら、乗組員のほうを全員船から放り出してやるほうが何十倍もましである。宴は自他共に認める徹底したフェミニストだった。
「船長、泳げるよね?」
海賊は船に乗るのが仕事だから、案外に泳げない者が多い。宴の笑顔は、船長が金槌ならいいのにねと期待しているように見えた。

「・・・・・・あの、金さえ払えば、乗せてくれるとは思うけど・・・・・・」
その笑顔にぞくりとするものを感じたのか、船乗りは背筋をさすりながらさりげなく船長のフォローに回る。隣のコックも、首を縦に振って同意する。
「そうなんだ。じゃあ、私が彼女の船賃を払えば丸く収まるってことなんだね」
それは平和的な解決法だ、と宴は手を叩く。皮袋の財布から無造作に金貨を一枚取り出し、君のほうから船長に渡しておいてよと船乗りに押しつける。頭の中は既に、船のどこかで隠れ震えている美女のことで一杯だった。
「俺がくすねるかも、なんて考えないのかねえ」
「お前がくすねたくらいじゃ、若旦那の腹は痛くも痒くもないさ」
宴のいなくなった調理場で、船乗りとコックは顔を見合わせ呆れ笑いを浮かべた。この鷹揚さが、乗組員たちを妙に惹きつけるのである。
 しかし宴は、男に好かれたところで嬉しくもなんともない。百人の男より一人の見目麗しい美女を虜にしてこそ、生き甲斐を感じるのだ。まずは洗面所の鏡の前で、いつ美女と対面しても大丈夫なよう身だしなみをチェックして、それから洗面台の上で頬杖をつき、
「もしもこの船の中で隠れるなら、自分はどこを選ぶだろう」
と船の全体図を頭に浮かべ考えはじめた。
 なにかを真剣に考えているときの宴は理知的で、やや硬質的な表情が先にたち、眉目秀麗なのだけれど、女性がいると気づいた途端へらりと笑ってしまうので、台無しだった。それになにより、この真剣な顔は三分程度しか持続しなかった。宴がものを考える忍耐は三分しか続かないし、また、大抵の考えごとは三分以内に答えが決まってしまう。
「やっぱり、あそこしかないよね」
誰にも見つからず身を隠すためには、いくつかの条件が必要になってくる。その一、人の出入りが少ない場所。その二、食料などが保管されている場所。その三、少々の物音を立てても気づかれない場所。全てを満たす場所が、一つだけあった。

 船倉の扉を開けると、宴は整然と並ぶ樽を右から左へざっと見渡した。どれも、小柄な女性くらいなら隠れられる大きさであることを確かめる。ここは宴以外立ち入る者は滅多にないし、食料もワインとそしてつまみのチーズが積まれている。隠れるならもってこいだった。
 順番に樽を点検していくとやがて一つ、怪しいものを見つけた。他の樽はみんな、蓋の部分に丸い焼印が押されているのに、その樽だけはなにも押されていなかった。恐らく、女性はこの樽の中に違いない。
「出ておいで、仔猫ちゃん」
宴は優しく囁いて、樽の縁を軽くノックした。女性の部屋を訪ねるときのように、礼儀正しく。だが、仔山羊は決して狼にはだまされなかった。
「船賃のことなら払っておいた、心配いらないよ。だから、安心して出ておいで」
再び促すと、今度はやや沈黙のあとにためらうような、疑うような問いが返ってきた。
「・・・・・・それ、本当?」
「本当だよ」
どうして払ってくれたの、樽は当然の質問を続ける。見ず知らずの人間へ親切にする輩には注意しろと、親から教わったのに違いない。この判断を男なら疑り深い、だが女性なら賢明と呼ぶ。
 宴は、樽の蓋にそっと手をかけ、言うべきセリフを口にした。
「私は女性全ての味方なんだよ」
とっておきの殺し文句のつもりだったが、殺し文句で本当に相手が殺せるような、真摯な言いかたを誰かから習っておけばよかった。なぜなら、樽はうっとりするかわりにくすくす笑い出してしまったのだ。
「変なこと言う人ね」
「そうかい?面白かった?」
「うん、とっても。あなたは悪い人じゃなさそうだし、出ても大丈夫みたいね」
真剣な殺し文句が冗談に終わったことはやや宴の心を傷つけたが、女性が自分に心を開いてくれたことで、そんな傷はすぐ癒えてしまった。かくして、宴は念願の美女との対面を果たしたのだった。
 ・・・・・・しかし。
「本当にありがとう。私、怪我したお兄ちゃんに会うために、どうしても船に乗りたかったの」
宴の左腕にぎゅっとしがみついたその女性は確かに美しい、いや、可愛らしい顔をしていた。だが、美女と呼ぶにはまだ時間が必要だった。
「レディ、十年経ったらまたお会いしましょう」
それでも、宴はくじけなかった。七歳の小さな手にキスをして、優雅に再会を約束したのだった。
 こうして、宴の物語は終わった。

■体験レポート 狩野宴
 うん、面白かったよ。ただ心理学者の立場で言わせてもらうなら、仮想現実内の遊びがここまでリアルっていうのはちょっと心配だな。大衆向けに店頭へ出すのなら、もう少し調整することをお勧めするよ。
 何?珍しくマトモな意見だって?アハハ、惚れ直した?

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

4648/ 狩野宴/女性/80歳/博士・講師

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
船と海賊というのはいつも夢と野望の象徴という
感じがしています。
現代では味わえない経験を、月刊アトラスの不思議な
雑誌でお手軽に味わえればと思いながら書かせていただきました。
今回宴さまの希望されていた美女との出会いは
叶ったような、叶わなかったような曖昧な形ですね・・・・・・。
フェミニスト、かつサディストという面が強調できていれば
いいなと思います。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。