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<東京怪談ノベル(シングル)>


孤独 〜魂の導き手〜

 ……私は一体何の為にこの世にあるのだろう………
 艶やかな黒髪が地に付くのも厭わず、暗闇の中で膝を抱え自問する。黒絹の裾から雪のように白い素足が覗く。
 ……私は何時まで同じことを繰り返せばよいのだろう………
 星霜を重ねても見えてこない答え。ぼんやりと物思いに暮れる、彼女の細い指先に遊ぶように、紫炎が灯る。
 墨を零したように黒く広がる空には、柳の葉の様に鋭く細い月。幻の炎が彼女の周りを舞い踊り、紅く怪しい花を咲かせていた。
 気が遠くなるほどの長い時を生きてきた。天の盟約に縛られ、何時までも彼女自身の時は止まったまま……
 ……どれだけの時を生きてきたのだろう……そして幾つの魂を導いてきたのだろう……


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 魂を導く者……魂の守人であり、導くもの。それが、瑠羽の天から下された盟約。彼女には人の世に在りながら、永きを生き、見守ることが課せられていた。
「……私には道標などない。ただ天寿を終えた魂を正しき道へと導くことだけ…」
 何となしにぽつりと呟く。
 昨日も今日も変わらない、明日も明後日も同じことの繰り返し……

「ひとりきりで悲しくないの?」
 寂しくないの?と、何時だったか出会った少女に聞かれたことがあった。
 長い時を独りで生きてきた瑠羽の心は、既に麻痺してきているのか、虚しさを思うことはあっても悲しいと思うことはない。ひと時だけ同じ時を過ごした少女も、彼女を置いて逝った。
 ……私は何時までも独りきりなのだろうか……
 時折孤独感に潰されそうになり、空虚な絶望感に襲われる。それでも、この体は生きる目的の意味すら知らず、ただここにあり時だけを重ねていく。
 一体幾つの年を生きてきたのだろうか、既に自分の年すら曖昧になってきている。20を越えた辺りから、まともに年すら重ねることのなくなったこの体が恨めしい。


 いつの間にか幻の紫炎に誘われるように、1匹の蝶がひらひらと彼女の周りを飛びまわっていた。瑠羽は自身の白い足先に止まった蝶を見て紅玉のような輝きの瞳を細める。
 宝石の様に輝く漉き取った翅を持つ蝶。触れば砕けてしまうような、儚げなそれを足先からそっと、その手に包み込み寂しげな微笑を浮かべた。
「…お疲れ様でした。貴方の魂、お預かりいたします……」
 彼女の導きを求める魂に新たな途を指し示す。それが瑠羽の役目。
 一つ深く息を吸いゆっくりと蝶を包み込んだ手の平を胸元に抱き寄せる。血の様に真紅の瞳が、金色に変わり、瑠羽の手の平に包まれた蝶が、緑色の炎に包まれ燃え上がった。
 天寿を終えた魂が次を迎えるための再生の炎。淡い緑の光が口元に寂しげな微笑を湛える、瑠羽の横顔を照らしていた。
 翅の鱗粉がきらきらと飛び散り燃え上がる。今日もまた一人の命が散った。
「……綺麗……」
 儚いながらも、眩い光。限りある生を終えた魂の見せる残滓。それは、その魂の見せる輝きの中で、もっとも美しく眩しいもの。
 ……私にも、何時かこのような終りが来るのだろうか……
 長い間焦がれながらも、叶わぬ願い。
 燃え尽きようとしている、炎を見つめる寂しげだった瑠羽の微笑みは、何時しか諦めに似たものに変わっていた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ……私は独り。今までもこの先も、きっとずっと…独りなのだろう。生きている価値を見出すことも出来ないまま、ずっと……
 ……共に同じ時を歩むことの出来る者もなく、心を通わせては取り残されるばかり……
 ……私は何者なのだろうか……何故私は生きていなければいけないのだろうか……
 迷いは途絶えることなく、彼女を悩ませ続ける。

「…今の私は生きているといえるのかしら……」
 自嘲気味な呟きに苦笑が漏れる。それでも……何時訪れると知れぬ、盟約が切れるその時まで、彼女は魂を導き続ける。それが彼女に与えられた、天命といえるものだから……


「…お疲れ様でした……」

 心に抱えた孤独を隠し、彼女は天寿を終えた魂を労い、正しき途を指し示す。今も、これからも先もきっと……





【了】