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夢を喰らう者
------＜オープニング＞--------------------------------------
『キミはどんな夢をくれる？』
「そう言って出会った人の夢を食べてしまうそうです。最近巷を騒がせている夢喰い魔のお話しですね」
零が持ち込まれた依頼書を読み上げる。
「なんで此処にはそういう依頼ばっかりくるのかね」
「‥‥そういう運命の星の下に生まれたからだって誰かに言われてませんでした？ お兄さん」
草間は大きな溜息と共にがっくりと肩を落とした。
「‥‥続き」
はい、と頷いて零は先を続ける。
「結構な被害者が出ていますが、その人物は特定されていません。出会うたびに姿形が違うそうです」
「出会った時にはもう遅いってやつか」
今月だけですでに２０人近く被害者が出ていｽ。このペースだと一月で４０名は軽く越すに違いない。
紫煙を燻らせて草間が言う。
「それで、夢喰われた奴は廃人だったか。夢っていうのは次から次へと生まれてくるものだが、夢喰い魔に食べられてしまうと夢を見ることすら出来なくなってしまうって話だったな」
「生きる屍‥‥ですよね。夢を食べられてしまった人は皆、一月も経たないうちに死んでしまうそうですし」
みんな夢を見ながら生きているものだからな、と草間は灰皿に灰を落としながら呟いた。
「それで。そいつを倒して貰いたいってのが今回の依頼か」
「はい。夢喰い魔が出るのは月の出ている夜。場所は特定できないけれど必ずまた現れるに違いないでしょう。姿形は分からないけれど、尋ねる言葉は一緒だから運良く気付けば夢を食べられてしまうことはないですし」
それから、と零は付け足す。
「夢喰い魔は絶世の美男・美女なんだそうです。どっちが出るのかは分からないし、年齢もまちまちらしいけれど、美しいのには変わりないそうですよ」
見惚れてる間に食べられちまわなければいいけどな、と草間が宙を見上げながら呟く。
「それと、お兄さん。最後に不思議な事が書いてあるんです」
なんだ？、と草間が零に尋ねると零も首を傾げながら言う。
「夢喰い魔は食べ終わった後に泣いていたって言う報告があるそうです。本当かどうかはわからないって事ですけど」
「夢喰い魔が泣く‥‥ねェ。まぁ、最終的に夢喰い魔が居なくなれば良い訳だから、退治しちまうのも更生させるのも有りか」
そこら辺は必殺仕事人な奴らに任せればいいな、と草間はパソコンを眺める。
「さぁて、誰に連絡するかなー‥‥」
そう言って草間は灰皿に吸い殻を押しつけた。
------＜依頼を入手＞--------------------------------------
「うーん‥‥そうは言っても夢喰い魔に出会って命おとされちゃたまらんしなあ‥‥」
ディスプレイ前で唸る草間。
そこへ品の良い声が響いて興信所の扉が開かれた。
「こんにちは」
訪れた人物によって部屋の空気が変わったような気がするのは気のせいだろうか。
草間は挨拶しつつ、やってきたセレスティ・カーニンガムの相変わらずの美貌に見惚れる。
「また何か特殊な事件でもありましたか？」
その形良い唇が言葉を紡ぐ。
それに促されるように草間は手にしていた事件のファイルをセレスティに渡した。
受け取ったその指すらも目を魅了してやまない。
セレスティは触れた先から情報を引き出すと小さく呟いた。
「夢喰い魔ですか‥‥」
「なかなかやっかいな事件だろう？ どうしたもんかと思ってな」
はぁ、と重い溜息を吐く草間にセレスティは笑みを向ける。
「私がお手伝い致しましょうか。夢関係なら‥‥知人に詳しい方が居ますから、少し知恵を貸して貰えば良いかと‥‥」
本当か？、と草間はセレスティの顔を見上げる。
セレスティが頷くと草間はセレスティの手を両手で掴み、ぶんぶん、と振る。
「いやー、助かる。でも危険なのは変わりないと思うから十分気をつけてな」
「はい、ありがとうございます」
それではそのファイルお借りしても良いですか？、とセレスティに尋ねられ、草間はすんなりファイルを渡した。
セレスティになら任せても大丈夫だろうと、草間は思う。
今までの実績を考えれば草間だけでなく、誰もが皆そう思うだろう。
「それではお預かりしますね」
「よろしくな」
それに頷いたセレスティが静かに去っていった後、草間はセレスティが何をしに来たのかを考える。
しかしそれはいくら考えても分からない。
普段ふらっとやってくることがあったが、その度に丁度奇妙な事件が興信所に持ち込まれているのだった。
大財閥の総帥自らが、こんな危険な事件の解明などに関わらなくても良いだろうと思うが、セレスティはそれをやめる気はないようだった。
「もしかしたら事件に引き寄せられてるんじゃなくて、本人がわざわざ引き寄せてるのかもな」
草間はそう呟き笑うと手にした煙草に火を付けた。
------＜夢喰い魔？＞--------------------------------------
草間興信所を後にしたセレスティはその足で夢紡樹へと向かう。
そこには夢を売買している貘という青年が居た。
喫茶店でもあり人形店でもあり、そして夢屋でもあるその不思議な店はやはり不思議な場所に存在しているのだが、通い慣れた道のようにセレスティは迷うことなく辿り着く。
その喫茶店の扉を開けると中から明るい声が聞こえた。
「いらっしゃいませ。‥‥今日もいつものもので宜しかったですか？」
金髪の青年がカウンター越しに声をかけてくる。
頷きながらセレスティは貘が居るかどうかを尋ねた。
するとタイミング良く奥から黒い布で目隠しをした青年が現れ、セレスティに気付くと微笑む。
「いらっしゃいませ。いつもありがとうございます。‥‥‥私に何か？」
セレスティがじっと自分を見つめていたことに気付いて貘が尋ねるとセレスティは口を開く。
「えぇ、少々マナーが良くない方の食事方法を指導して頂ければと思ったので」
「マナー？」
どういったマナーなんでしょう、と首を傾げた貘にセレスティは先ほど草間興信所で聞いた事件の詳細を告げた。
すると眉を顰めた貘が溜息を吐く。
「それは困りましたね。夢を扱う仕事をしている身としてはそういう噂が広まると困るのですけれど」
「そうでしょうね。ですから、その噂をこれ以上広げない為にもお時間があったら一緒に来て頂けないかと思いまして」
「夢の食べ方の指導ですか？」
「えぇ、そうです。どうですか？」
別にそれは構いませんが、と貘は笑いながら告げる。
「美味しく食べる夢の食事方法を指導して欲しいと言われたのは、数えるのも嫌になる位生きてきましたが初めてですよ」
なんか楽しいですね、と貘はセレスティが優雅な仕草で口元にカップを近づけるのを眺めた。
まだ夜まで暫く時間がある。
それまで、セレスティは夢紡樹の賑やかな面々と共に世間話に花を咲かせていた。
月の美しい晩だった。
セレスティと貘の二人は淡い月明かりが照らす中、迷いもなく歩いていく。
二人が向かうのはさほど遠くない公園だった。
そこが一番夢喰い魔の出没証言の多い場所だった。
二人とも目が不自由であるにも関わらず、いつものことだがそんなことは微塵も感じさせない足取りだ。
「そうそう。夢喰い魔ですが食べ終わった後に涙を見せるそうですよ」
「そうなんですか。夢を食べた後に‥‥ですか」
「えぇ。他人の哀しい夢を食べたときには涙が出るものなのでしょうか」
不思議に思ったことをセレスティは貘に尋ねてみる。
うーん、と考えるそぶりを見せる貘だったが口を開いた。
「夢にも人が口にする食べ物と同じように味があるんですよ。哀しいとか嬉しいとかそういう気持ちは味覚として、夢を食べる者達には感じられるのです。だから哀しい夢を食べたときには哀しいと心に伝わるのではなく、苦いとかそういう感じに伝わってくるんですよ」
それならば、とセレスティは続ける。
「夢喰い魔が泣くというのは、夢を食べてしまった人の夢に悲しい夢があって、その夢について悲しいと思っているという訳ではないということですね」
頷いた貘を見て、セレスティは更にその先を続ける。
「泣いている理由を色々考えてみましたが‥‥夢を食べなければ生きていけないという事で自らの業に、運命について涙しているのでは無いかとも思ったのですが」
それはあるかもしれません、と貘は呟き足を止めた。
セレスティも異変に気づき足を止める。
そこは二人の目指していた公園。
空気が急速に変わっていく。
「二対一だというのに元気ですね」
「同じ能力を持つ私に気付いたからでしょう」
仕方ありませんね、とセレスティと貘は顔を見合わせて笑う。
随分余裕がある二人だ。
そんな二人に向けて黒い影のようにしか見えなかった人物が飛びかかってくる。
攻撃してくる場所に気付いていたかのように二人は上手く避け、貘がその人物の手を掴み引き寄せた。
そのまま腕をねじり上げ、地面に転がす。
セレスティは近くにあった公園の噴水の水を使い、男を水のロープで縛り上げてしまった。
「流石ですね」
セレスティの作った水のロープから男は逃げ出す術を持たない。
「それでは話して頂きましょう。何故死人を出すまで貪欲に夢を？」
「‥‥‥」
初めから話す気がないのか、男はセレスティの問いに答えようともしない。
「貴方のような人の事を同業者などと思いたくはないですが、死人を出すほどに貪欲に食べ続けていたら、今に貴方も生きてはいけなくなる‥‥それを分かっていますか？」
貘の言葉も無視した男に、質問を変えましょう、とセレスティは更に問いかけた。
「何故キミは涙を流すのですか？」
その問いに、今まで身動き一つしなかった男がぴくりと動く。
「本当は食べたくはないんですか？ 涙の理由は、食べてしまった夢の持ち主に対する懺悔というか、自分が出来る唯一の恩返しだと‥‥」
男は俯いてしまう。
「もしかして夢の正しい食べ方と言ったら可笑しいかもしれませんが、どのようにするかを知らないのですか？」
「そんなの聞いた事無い」
男が呟いた言葉。
どうなんでしょう、と言うようにセレスティが貘に視線を移す。
「誰も教えてくれなかった‥‥」
「キミはそんな姿をしているけれど、生まれたばかりなのでしょうか」
セレスティの呟きに男は頷いた。
１８才位に見える男はまだ生まれたばかりで何も分からない子供と同じだった。
ただ腹が空くから夢を食べ、そしてそれによって倒れてしまう人を見て悲しくなって泣いていた。
夢を無差別に食い散らかし貪りつくそうとする魔物ではなかった。
「貘さんを連れてきて正解でしたね」
セレスティは貘に微笑みかける。
「でもはぐれているなんて珍しいですね」
そう言いながら、口元に笑みを浮かべた貘が男に告げる。
「夢の食べ方を教えて上げます。そうしたらもう死人を出すような食べ方は止めてくれると誓ってくれますか？」
素直に頷いた男を見て、セレスティも水の縄を解いてやる。
動けるようになって、ほっ、と溜息を吐く男。
「それでは貘さん。夢を食べるときのマナー講座をお願いします」
とても楽しそうに笑いながら近くのベンチに腰掛けるセレスティ。
本気で楽しむ事に決めたのだろう。
貘と男のやりとりを眺め、セレスティは自分が夢の食べ方を覚えてしまうほどに真剣にそれを眺めていた。
------＜運命の変更＞--------------------------------------
貘に夢の食べ方を教わった男は嬉しそうに夜の闇に融けていく。
「お疲れ様でした」
「いいえ。でもセレスティさんが私を連れてきてくださらなければ、きっとこの事件は解決しなかったでしょう」
あの子を殺す事になってしまうに違いなかった。
貘が、流石です、とセレスティに告げるとやんわりとセレスティは微笑む。
「そんなことはありませんよ。‥‥‥あ、忘れてました。一人だけまだ意識不明の方がおられるんですが、夢を奪われてしまった場合、どのようにしたら元に戻るのでしょう」
それを聞いた貘は首を左右に振る。
「申し訳ありませんが‥‥それは出来ません。ただそのまま死んでいくだけ」
「夢は戻せないんですね」
「はい」
それならば、とセレスティは何かを思いついたのかその足でその人物が寝ている病院へと向かった。
ベッドに横たわる一人の女性。
その横には疲れ切った母親と思われる人物が軽い寝息を立てていた。
側に寄るセレスティには気付かない。
セレスティはベッドに横たわっている女性の額に指先を当てた。
そしてそのまま軽く指を滑らせる。
夢は返せない。
しかしそのまま朽ちてしまうのを止めて上げたかった。
駄目で元々ということでセレスティは女性の運命を変えてしまう道を選ぶ。
セレスティが指を女性の額から外すと、あっという間に女性の頬に赤みが差す。
満足そうに頷いたセレスティと貘は、静かにそっとその病室を抜け出した。
「これ位なら良いでしょう？」
「そうですね。一人でも助けて上げる事が出来て良かったです」
本当に、と頷いたセレスティはとても楽しげな表情を浮かべている。
「見事でした」
ありがとうございます、とセレスティは嬉しそうに告げると、朝焼けに染まり始めた空を静かに見上げた。
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■登場人物（この物語に登場した人物の一覧）■
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【整理番号／ＰＣ名／性別／年齢／職業】
●1883／セレスティ・カーニンガム／男性／725歳／財閥総帥・占い師・水霊使い
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■□■ライター通信■□■
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こんにちは、夕凪沙久夜です。
今回の依頼にご参加頂きありがとうございました。
そして大変お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。
貘のご指名ありがとうございました〜！
まさか貘のご指名頂けるとは思っていなかったので、ドキドキしつつも嬉々として書かせて頂きました。
少しでも楽しんで頂けるような作品になっていればよいのですが。
また機会がありましたらどうぞよろしくお願い致します。
ありがとうございました。
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