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<東京怪談・PCゲームノベル>


だって寒いんだもん

◆0◆

 コートの襟を立てて、一文字に口をつぐみ、草間武彦はまるでギャンブルでボロ負けした後のような哀愁を漂わせながら歩いていた。実際はそんなものには手を出していない。ただ、依頼をこなしてきただけだ。ちゃんと塾に行ってるのか心配だという子どもの尾行だったはずが、子どもの歩いていった先はなぜか古寺で、いつのまにか妖怪退治が最終目的になっていて、頼りになる仲間に助けてもらって無事一件落着した帰りである。
「まともな依頼を受けたいと思うのは、俺のわがままなのか……?」
 神様にそう尋ねたくなるのもうなずけよう。
 彼は、天を仰いだ。北風に踊らされた枯葉が舞う。まるで今の俺のようだ、と彼はハードボイルドにそう思った。
 視界の端に、妙なものが映った。火柱に見えたが、気のせいだろうか。昨今の妖怪関連事件のせいで疲れがたまり、幻覚が見えてしまっているのかもしれない。その可能性は多いにあり得る。
 目をこすり、もう一度その方向を見てみた。それはまだ見えていた。どうやら、見間違いではないらしい。
 巨大な焚き火、もしくはキャンプファイヤー、そうでなければ、放火。高層マンションの切れ間から、まるでシュールな絵画のように、全てをなめ尽くす赤い舌が覗いている。
 彼はいまいましげに舌打ちをした。
「まさか、あの野郎……」
 あの方角には、見に覚えがあった。
 彼の腐れ縁、九頭鬼簾の家のあるちょうどその方角であるのだ。
 ほとんど確信に近い「予感」を胸に、武彦はそちらへと向かうことになる――


◆1◆

 例えば朝起きたとき、自分の上に霜が降っていたなんて言う経験はないだろうか。髪やひげに白い結晶が出来ていたり、全体的に色白になっていたりする自分を発見するという稀有な経験。
「もう、公園で寝るのも辛いものがありますね……」
 見るからに寒い公園で、例えば新聞紙やダンボールに包まれて凍え死ぬのは少し嫌だ。胸に抱きかかえていた白い兎が同意するかのように身じろぎする。
「私みたいにワイルドな生活をする人のためにも、もっと優しい社会になってくれればいいのに」
 握りこぶしで日本の社会につい手厚く批判してしまうシオン・レ・ハイである。
 遠くから、石焼芋の呼び声がした気がして顔を上げた。「美味しい、美味しい石やきいも〜」と節をつけて歌うように通りすぎていく。
「そうですね……美味しい石やきいもが食べたいです」
 しかし、シオンの目には焼き芋を載せた小型トラックとは全く結びつかないものが飛び込んできていた。あり得ない大きさの火だ。悪夢の光景のはずなのだが、
「……あれは、私のための焚き火ですね……」
 シオンの目にはそう映らなかった。目を潤ませ、きゅっと兎を抱きしめながらシオンはその方向へと走り出していた。

          ■

 東京の下町にある月下荘は、今日も静かだった。ただし、となりの敷地に異変が起きていたが。
「この炎はなんだ……?」
 窓からちらりと火の手が見えたので、慌てて風呂の水を汲み外に出てみたのだが、そんなものでは消えそうにない巨大な炎が、月下荘の隣の空き地のど真ん中に焚かれていたのだ。
 月下荘の住人、九頭鬼・簾は、とりあえず水の入ったバケツを地面に置くことにした。一人バケツリレーをした所で無駄だというのは明らかだ。それこそ、火を見るよりも。
 と、足音が聞こえてきた。こちらへ向かったものすごいスピードで走ってくる。振り向いた時、ちょうどその視線を横切るように黒い影が走った。まさか、火に飛び込む気か?
「オイ、早まるな……よ?」
 九頭鬼は思いとどまらせようと手を伸ばしたが、心配無用だった。彼は、炎の1番近くへ行くとうっとりと呟く。
「この炎ですね、私を呼んでいたのは……!」
 黒いコートを纏い、その胸元からは白い兎(しかも本物のようだ)が覗く妙な男だ。服の下には結構いいからだが隠れていそうなのだが、それとウサギというアンバランスな対比がある意味でたまらない。それはそうと、
「この炎、あんたの仕業なのか?」
「違いますよ。でも、私のための炎ですよね、きっと」
「そう、なのか……?」
 違うんじゃないかといいたかったが、シオンの幸せそうな顔を見ていると言葉を飲み込んでしまう。
「そうだ、あんたの名前は? ちなみに俺は九頭鬼簾だ」
「私ですか? シオン・レ・ハイと申します」
 九頭鬼がその名前を口の中で反芻していると、シオンはふいにその場にしゃがみこみ、手近な枝で地面を削り始めた。名前のつづりでも教えてくれるつもりなのだろうかと手元を覗き込むと、そこには象形文字が描かれていた。楕円形から、湯気に見たてた曲線が三本のぼっている。
「……もしかして、それは芋か?」
 シオンは嬉しそうにうなずいた。
「持ってるのか?」
 シオンは驚いたように首を振った。しばしの間があって、九頭鬼はシオンの言いたいことを理解した。彼なりの、可愛いおねだりなのだ。これは。
 火の中から、ぱちんと木のはぜる音がした。
 道路の方へ顔を上げると、二人の人影が見えた。片方には、妙に見覚えがある。
「あれはもしかして、草間……?」
 呟いて、手を振った。
「どうしたんですか? あ、お友達ですね」
 九頭鬼の視線の先を見てシオンもまた二人に手を振る。
 走ってくる二人のスピードが目に見えて上がった。


◆2◆

「久し振りだねえ、草間」
「相変わらず非常識だな、九頭鬼!」
 掴みどころのない九頭鬼簾と、烈火の如く怒っている草間は、再会するなりこれだ。おそらく、出会った当初からこう言った力関係だったのだろう。
 武彦の後を追うようにして走ってきたシュラインは、なんとなく微笑ましい気分になって二人の様子を眺めていたが、やがて視線を火柱に移した。不思議なのは、この大きさのわりにはそう熱くないということだ。3階建てのビルくらいの高さがありながら、暖かさはこう言ってしまうのも妙だが丁度よい。小さな焚き火しかないのに、視界だけは虫眼鏡でも覗いたように大きな焚き火に見えるような感じだ。
「皆さんも、火にあたりに来たんですか?」
 シオンだ。しゃがんだままで訊ねてくる。
「この火は、あなたがつけたものなのかしら?」
「いいえ。でも私を呼んでいたんです」
 すっとぼけた返事が返ってくる。しかし、あの大きさの火ならば誰しも気になって寄って来るものかもしれない。ただ、消そうとしないだけで。
「暖を取っているところ申し訳ないんだけれど、危ないから消しましょうか」
「消しちゃうんですか?」
 シュラインのもっともな提案に、しかしシオンはまるで今にも捨てられそうになっている子犬のような目をした。不惑の年を過ぎたおじさんのくせに純粋な眼差しでシュラインを見つめる。何故だろう。正しいことを言っているはずなのにさも悪いことをしようとしているような罪悪感にさいなまれるのは。
 シュラインが良心と格闘していると、ふいに肩を掴まれた。掴んだのは草間武彦だ。
「シュラインもそう思うよな?」
 いきなり問い掛けられても、話の筋がわからない。武彦と熱弁を振るっていた九頭鬼も、シオンの肩をぐっと掴み立ちあがらせる。
「あんただって、そうおもうよな!」
「ええと……なにがですか?」
 シオンと一緒に、胸元の兎も小首をかしげた。ちょっと和む。ちょっとだけシオンの胸元を見て一息ついてしまった三人だが、すぐに我に返る。
「なんの害もないんだ。このままにしといたって問題ないだろう」
 九頭鬼簾の主張を聞き、シュラインはようやく話が掴めてきた。この火をどうするかで対立しているわけだ。それならば、どちらの立場につくかなんて決まっている。
「害がなくても、視覚的には十分過ぎる怪異だわ。消すべきよ」
 シュラインの言葉に、ほれ見ろといわんばかりに武彦が胸を張った。ぴくりと九頭鬼の眉が引きつるように動く。
「こんな寒い日に、せっかくの焚き火を消すなんてもったいないこと出来るか。そう思うだろ?」
 九頭鬼は少し背伸びをしてシオンの肩に腕を回した。こっそり耳元で「勝てば焼き芋」と囁く。今ここに、いも同盟が出来あがった。
「全くです、九頭鬼さんの言うとおりですよ! 私たちの希望の火は絶やさないようにしなくては!」
「そうだよなあ。いつでも熱い情熱を胸にたぎらせていないとな」
「だから、絶対にこの火は消させません!」
 飛躍しまくった独自の論をアドリブで唱えながら、二人はいつのまにか火を守るかのように立ちはだかっている。シュラインと武彦には、炎がまるで二人の心を表しているかのようにも見えた。しかし、常識人である二人はそんな感情論に惑わされたりはしなかった。
 武彦が、近くに落ちていたバケツを拾い上げる。炎とバケツとを見比べていたが、やがて突撃を控えた日本兵のような悲壮な覚悟を決めた顔で、シュラインに告げる。
「これで水をくんできて、消火する」
「武彦さん、でもそれじゃあ……」
 いつまでたっても火は消えそうにないと思うのだけど。
 それよりなにより、激怒したのは火柱擁護派の二人である。
「この火を消すって、本気で言っているんですか!?」
 未成年の主張を思わせる熱血ぶりだ。火柱が、シオンの熱い思いに答えるかのようにごうっと燃え上がる。こうなると、シュラインとしてももう見過ごせない。
「九頭鬼さん、ちょっと遊びが過ぎるのではなくて?」
「害はないだろ」
 ぷいっと顔をそむける九頭鬼だ。
「こら、九頭鬼。いつまで反抗期なんだよ。自由業だってなあ、他者との協調性は大事なんだぞ! 妥協や諦めやその他もろもろ、時には信念を曲げてでも依頼を受けなきゃいけない時だってあるんだ……ッ!」
 一体武彦はなんの話がしたいのだろう。自分の自由業――探偵業の辛い事実をうっかり暴露している。シュラインは鼻の奥がつんとした。
「武彦さん……負けないでね」
 武彦の肩にそっと手を置く。彼の世知辛い日常の一端を知っている身としては、放っておけなかったのだ。
 すると
「あれ、草間クン、もしやそちらの女性は君の彼女だったのか?」
 貴様の弱点見つけたり、そんな勝ち誇った表情の九頭鬼がいた。シオンも
「そういえば、仲が良いようですねえ。そうか、お二人はアツアツだからこんな炎なんて要らないとおっしゃるんですね!」
 示し合わせたように畳み掛ける。
「なッ……」
 シュラインたちは揃って赤くなった。
 実際の所は、まだ片思いなのである。シュラインはすでに事務員という枠を越えて武彦を支えてあげたいと思っているが、それを告げたことはないし、告げたことで関係がギクシャクとしてしまうのが恐かった。時折自分に見せてくれる優しさだけで、今は満足していた。頼りにしてくれればそれで良かったのだ。
「お、俺とシュラインは、そういう仲じゃないさ。ただの探偵と事務員。妙なことを言い出すな」
 武彦のしどろもどろの弁明に、九頭鬼はますますニヤニヤするばかりだ。シュラインは反撃を試みることにした。
「仲が良いだけで恋人同士になるなら、九頭鬼さんとシオンさんもそうなるということよね?」
「は、私ですか?」
「何を馬鹿な……」
 二人はうっかり目を合わせてしまった。同時に首を振る。あり得ない。絶対に。
 九頭鬼は両手を頭の高さにまで上げて降参の意を表し、
「悪かった。さっきのは取り消すよ。でも、この火は消さないからな」
「お前、ただ俺と張り合いたいがためにそう言ってるだろ」
「そんなことないさ。――そうだ」
 地面に書かれたラクガキが九頭鬼の目に入った。これがあったじゃないか。
「焼き芋一つ焼かないで、何が焚き火だよな。シオン、これで芋をかってこい!」
 無造作にポケットに手を入れて、財布からお札を数枚握らせた。シオンの目が輝く。
「はい! たくさん買ってきますね! 値切り交渉術を駆使してきますから、待っててください!」
 予想を裏切らない返事をしたシオンは、旋風の如く走り出した。あっという間にその姿は不可視となる。
「どうしたんだ、九頭鬼。味方をわざわざ遠くへやるなんて」
「ふッ、甘いな草間」
 九頭鬼はにやりと笑って眼鏡を押し上げると、
「もしも、シオンがいない間に火が消えていたら、やつは一体どんな顔をすると思う?」
 純粋なチワワみたいな目が涙に潤む姿が容易に想像できた。あの目に泣きつかれたら……。
「どこまでも卑怯なやつだな」
「非力なヤツは頭を使わなきゃやってけなくてね」
 火柱を巡る攻防は、ここに決着したかに見えた。
 しかし、シュラインは見つけてしまった。
 火のそばに無造作に置かれた1冊の古書を。そばに置かれているにもかかわらず、燃え移ったりせずただそこにおいてある。
「それはなにかしら?」
 シュラインが指摘すると、
「ん、何だろう……」
「お前のじゃないのか」
「いや、身に覚えはないんだけど」
 三人は恐る恐るそれに近づいていった。手を伸ばしたのは九頭鬼だった。身に覚えはないが、見覚えはある。自室――書斎で見かけたような。九頭鬼が本をこんな所にも出すことはまずないが、そんなことをしそうないたずらっ子な同居人が2人もいる。
 本を取り上げると、炎は見る見るうちに小さくなっていった。
「それは一体どんな効果のある本なんだ」
「武彦さん……」
 超常現象を平然と受けとめる図太さが身についている。
 九頭鬼は中をぺらぺらとめくり、とにかく外国語としか分からない文面を追っていたが、やがてため息をついた。本の中に、挿絵のあるページを見つけたのだ。
「……マッチ売りの少女みたいね」
 寒空の下、レンガの壁に寄りかかるようにして座り、かごからマッチを取り出す少女の姿が描かれている。
「なんとなくこの本の効果が分かったぞ」
 武彦が呟いた。
 マッチ売りの少女は、寒さのあまり売りもののマッチをこすり、その向こうに幻を見る。この本は、幻を見せてくれる本ということなのだろう。人騒がせな本だ。
「火は跡形もなく消えましたね」
 燃えかす一つ残っていない。まるで全部が夢だったかのようだ。
「おい、まずいぞ草間」
「どうしてだ」
「シオンが悲しむ」
「あ……」


◆3◆

 シオンは、スーパーでばっちり芋を買い物かごにいれた。サツマイモ、山芋、ジャガイモとバラエティー豊かな品揃え。ついでに栗もキープしてみた。季節が少しずれているので高かったが、何しろおごりだ。
「ここは、九頭鬼さんをびっクリ指せてあげましょう。それが良いです!」
 そう自分を納得させていた。ウィンナーと焼肉の試食もした。丁度焼立てのところにいあわせることが出来たので、温かくて美味しい瞬間を食べることが出来た。
「今日は人生最高の日かもしれません」
 うっとりしながらレジに並ぶ。前に小さな女の子を連れたお母さんが並んでいた。女の子がずっとシオンを見つめている。
「こら、さっちゃん。人のことじろじろ見ちゃだめでしょう」
 母親は娘を叱ると、シオンに会釈した。
「ごめんなさいね。きっと、その兎さんを見ていたのだと思うんだけど」
「兎さんですか? ――良かったら、触ってみますか?」
 シオンは胸元にいれていた兎を優しく取り出すと、少女の目の高さにまでしゃがんで見せた。
「うさぎさんだ〜」
 少女は嬉しそうに、どこかおっかなびっくりと兎の白い毛をなでる。自分の置かれている状況を心得ているのか、兎はおとなしくされるがままになっている。
「よかったわね、さっちゃん」
「うん! ありがとう、おじちゃん! うさぎさん、あめ食べる?」
「あめですか? あめならこの子よりは私のほうが好物ですけど……」
「じゃあ、これあげるね!」
 シオンが手のひらを出すと、少女はそこにキャンディーを2粒のせた。
「ありがとうございます」
 少女はにっこりと微笑むと、母親を追いかけて駆けていった。
「今日は間違いなく、人生最高の日ですね」
 シオンは目を閉じて呟いた。
 この寒空も、焼き芋が待っていると思えば心地良いくらいの気温だ。大きな荷物となった芋も、幸せの重みだと思えば屁でもない。
 その数秒後、どんなに離れていても見えるはずの火柱が360度どこにも見当たらず呆然と立ち尽くすことになるのだが――


Fin.

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3356 / シオン・レ・ハイ / 男 / 42 / びんぼーにん(食住)+α】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】


【NPC / 草間・武彦 / 男 / 30 / 草間興信所所長】
【NPC / 九頭鬼・簾 / 男 / 27 / 小説家】

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■         ライター通信          ■
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初めまして。月村ツバサです。
今回は「だって寒いんだもん」に参加していただきありがとうございます。

こんなラストになってしまいましたが大丈夫でしょうか。
一応シュラインさんたちが粕汁などを用意していますので、無事月下荘まで戻ってきてくれれば……と祈るばかりです。
楽しく書かせていただきました。ありがとうございます。

2005/02/13
月村ツバサ