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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


店番日和


「じゃあ、行って来る。夕方には戻るからよろしく頼んだよ」
 高価そうなシルバーフォックスの毛皮をふわりと首に巻き、蓮は振り返った。軽く頷き、城ヶ崎由代は目を細めて蓮を眺め回す。
「外出着姿は初めて見ますが、何と言うか、まあ……」
 口ごもった由代に、蓮は片眉を吊り上げる。
「何が言いたいんだい」
 不服そうに由代を見上げた蓮の格好はと言うと、黒地に金の糸で龍の刺繍が施されたチャイナドレスに、同じく黒の革手袋、それから毛皮に、紫のサングラス。どこぞのチャイニーズマフィアの愛人と言っても誰も疑わないだろう。この格好でただ商品を仕入れに行くと言う、そのほうが余程疑わしい。
 くつくつと笑い、由代は首を横に振った。
「いえ別に。お似合いですよ、とても」
「……まあ、褒め言葉として受け取っておくよ」
 きゅ、と手袋をしごき、
「カウンターに菓子があるから食べても構わないよ。客が来たら適当に相手しておいておくれ」
 そう、幾つか注意事項にもならないような注意事項を述べた後、蓮はサングラスをずらしていたずらっぽい笑みを浮かべた。
「店の中のものは、壊しさえしなきゃいじっても構わないけどね……」
 蓮はちらりとカウンターの奥のドアに目をやる。由代もその視線を追った。オーク材のドアの向こうは、店頭に並んでいない商品が雑多に詰め込まれた倉庫になっている。
「あの、倉庫の奥のドアだけは、開けちゃあいけないよ」
「何故です?」
「ちょっとね、厄介なものがしまってあるのさ」
 意味深にそう言い残し、蓮はチャイナドレスの裾を翻した。ヒールが床を蹴り硬い音を響かせる。
「行ってらっしゃい」
 由代の言葉を背で受けて軽く手を振ると蓮は入り口のドアに手をかける。古びたベルがカラカラと乾いた音を立てた。


 一人になると急に店内の空気がざわついて感じられた。
 店主がいなくなったせいだろうか、人のものではない囁きと笑いがそこここから聞こえる。俄か店主をからかおうとでも言うのか、由代が声を追って部屋を見回すと気配はさっと散って、また別の場所でさわさわと楽しげにざわめく。
 ――甘く見られているのかな。
 由代は苦笑して、側にあったアンティークドールを手に取る。
 経年のせいでビスクの肌は多少くすんでいるが、それがかえって表情に微妙な艶を与えている。青い瞳が薄明かりを反射して、まるで生きているかのように由代を見つめる。
 だれが、いつ、どんなときにこの人形を抱いて、何を思ったのだろう。可愛らしい人形にまつわる「いわく」は、持ち主だった少女への追憶だろうか……。
 幼い少女がビスクドールを抱く姿を脳裏に描き、それに重ね合わせて手元の人形に視線を移す。――と。
「…………」
 薄く開いた唇から小さな牙が覗いているのが見えた。
 由代は黙って人形を元の位置に戻した。人形の瞳が暗く光を放ったような気がした。
「……さしずめ、呪いの人形かな」
 さすがは蓮さんの仕入れてくるもの、とため息をつく。背後のざわめきが楽しそうに波を打った。うかつに手に取れないな、と店内を見回す。
 照明はほの暗い。特に商品の陳列に法則性があるわけでもなく、棚やテーブルの意匠も一貫性がなく混沌としている。だが、不思議に調和の取れた混沌なのだ。それぞれがあるべき場所に自然に収まっている。どれも主張しすぎることもなく、沈みすぎることもなく、ただじっと自分に絡まる因果の糸が解ける時を待っている。
 時計や貴金属の並ぶ棚に、ふと目が行った。ガラスの戸すらない箱型の棚にベルベットを敷き、その上に銀細工の懐中時計やら装身具やらが無造作に並べられている。
「無用心だな……」
 もっとも、蓮のこう言った無頓着さは昨日今日に始まったことではないのだが。
「……?」
 ふと強い視線を感じて、由代は眉をひそめた。焼け付くような強烈な視線の出所は、すぐ目の前の棚だ。くすんだパールのネックレスに埋もれて存在感を失っている指輪が、さも構って欲しそうにきらりきらりと己を主張していた。
 くすんだ金のシンプルなリングに、これまたシンプルなスクエアカットの石が付いているだけの指輪だ。
 ――何の石だろう……。
 宝石について人並みの知識はあるつもりだが、どう言った石なのか見当も付かない。無色透明で、反射のないカットにもかかわらずわずかな光を捉えて輝いている。黒っぽい大きめのインクルージョンが……。
「――!」
 ぐにゃり、とそれが動いた。
 インクルージョン、などではなかったのだ。
「……人間……?」
 指輪を目の高さまで持ってきて石を覗き込む。
 確かに人間だった。少女とも女性とも付かない年頃の娘だ。こちらに気付いてはいるらしく、屈託ない笑顔で笑いかけてくる。
 一体どうなっているのか。困惑したまま石の中の娘を見つめていると、不意に視界が白く歪んだ。
 前方に引き込まれるような感覚に、咄嗟に指輪から手を離す。とん、と軽い音をさせて指輪がベルベットの上に落ちると、視界の歪みも引きずられる感覚も消えた。
 見れば、石の中の娘は悔しげに由代を睨みつけている。
「……こういう危ないものを出しておかないで欲しいなぁ」
 ふう、とため息をついて由代は棚から離れた。ひとまず菓子とやらを頂こうか、とカウンターに向かう。由代を追うようにざわめきも動いて、楽しげに空気を揺らした。


 ガラス製のティーポットの中で、ジャスミンの花がゆらゆらと花弁を揺らす。連が用意しておいてくれたのはジャスミンティーと月餅だった。香ばしい胡桃餡がジャスミンの香気によく合う。
 由代が中華風ティータイムを堪能していると、前触れもなく入り口のベルがカランと鳴った。
 入ってきたのは、品のいい英国紳士風の男性だった。年のころは四十代から五十代と言ったところだろうか、整った口ひげにも少々白髪が混じっている。
 帽子を取って店内を見回した男に、由代はカウンターから出て声をかける。
「いらっしゃいませ」
 男は穏やかな笑顔を浮かべて帽子を取った。
「今日は、ご店主はいらっしゃらないのかな?」
「ええ、所用で出かけておりまして。夕方には戻る予定ですが」
「頼んでいたものが入ったと言うから来たのだが……」
 困ったな、と男は首を傾げる。
 困ったのはこっちだと心の中で呟きながら、由代は帽子掛けを男に勧めた。
 いつ来ても客など影も形もない店だと言うのに、こんな時に限って対応しにくそうな客がやってくるのは、由代の運が悪いのか。苦りきった心中を表情に出さないように微笑む。
「申し訳ありませんが、店主でないとそう言ったことはちょっと判りませんね……。日を改めていただくか、お待ちいただくか……」
「ふむ、そうか……」
 男は帽子掛けに帽子を掛け、ついでとばかりにマフラーを解いた。
「……?」
 鼻先を掠めた臭いに、由代はわずかに顔をしかめた。
 思わず顔を背けたくなるような、生理的に受け付けない臭い。肉がどろどろに腐った臭いだ。それは目の前の男の身体から発せられているようだった。
 由代の中で警鐘が鳴り始める。
 人ならざる異界のもの――いわゆる悪魔が発する臭いと、寸分違わぬほどに似ているのだ。
 由代の疑念を知ってか知らずか、男はあくまで紳士然とした態度を見せる。
「ご店主が帰るまで待ちたいところだが、生憎あまり時間がなくてね。とりあえず品物だけ見せてもらいたいんだが……」
「……品物、とは?」
「鏡だよ」
 男はぐるりと店内を見回して、おや、と声を上げ、
「こちらには出ていないようだね……、倉庫かな」
 そのまま倉庫に向かおうとしたので、由代は慌てて男を止めた。
「ちょっと、困りますよ」
「大丈夫、勝手は判っているから」
「そ、そうじゃなくてですね」
 蓮に止められているのだと説明するが、聞く耳を持たない。由代の制止を振り切って男は倉庫のドアに手をかけた。
 すると。
「……っ!」
 男が触れた途端にノブから激しく火花が散り、薄暗い店内を一瞬照らした。
 煙の立つほど焼け焦げた指先から吐き気を催すような悪臭が立ち上る。熱でめくれた肌の下に、爬虫類じみた浅黒い粘質な皮膚が覗く。
 男は慌てて焼けた指を由代の目から隠そうとしたが、もう遅かった。
 ――結界、か……?
 恐る恐る由代もドアノブに触れてみるが、何の衝撃もない。男は目を見開き、一歩後ずさった。
 由代は冷ややかな視線を男に向け、薄い笑みを唇に張り付かせる。
「店主が戻るまで、お待ちになりますか?」
「……いや、結構」
 男は引きつった笑いを浮かべる。歪んだ唇の間から、異様に尖った犬歯が顔を覗かせた。


 カラカラとドアに下がったベルが鳴るとともに、店内のざわついていた空気は一瞬にして払拭されて静まり返る。店主がかえってくるなりこの態度、やはり現金なものだと笑いながら、由代は蓮を迎えた。
「お帰りなさい」
「ああ、ただいま」
 無造作に毛皮と手袋を投げ出し、蓮はさも疲れたと言いたげに応接用のソファに身を沈めて深く息をついた。月餅に手を伸ばしながら、茶を淹れようと椅子を立った由代を見上げる。
「どうだい、変わったことはなかったかい?」
「おかしなお客さんが一人来ましたね。倉庫の中を見せろってうるさかったんですが、入れなくて帰っていきましたよ」
 ふうん、と口の端を吊り上げて笑い、蓮は月餅にかぶりついた。目を細めて倉庫のドアを見る。
「結界を張っておいて正解だったみたいだね」
「その客は鏡を取りに来たと言っていましたが……『厄介なもの』と言うのは鏡なんですか?」
「そうだよ、見てみるかい?」
 食べかけの月餅を皿に戻すと、蓮は先に立って倉庫のドアを開けた。
 相変わらず埃っぽく薄暗い部屋の奥に、もう一つ小さなドアがある。棚と棚に挟まれて陰になっており、ぱっと見は見過ごしてしまいそうだ。
 蓮は無造作にノブを掴んでドアを開いた。中に入るよう、目で促す。
 天井の低いその部屋の壁に、古びた鏡が掛けられていた。姿見に少し小さいほどの大きさだ。豪奢な装飾の飾り枠に囲まれた鏡面は端がわずかに腐食し始めていたが、総じて曇りは少なく状態はいい。
「なかなか綺麗ですね」
 由代が手を伸ばして鏡に触れようとすると、蓮の手で押しとどめられた。
「触っちゃあまずいんだよ」
 下がっているよう告げると蓮は鏡の正面に立ち、指先を尖らせて、触れるか触れないかの軽いタッチで鏡面を撫でた。
 蓮が触れたところから波紋が広がるように鏡面が波立っていく。ざわり、と鏡の奥から黒い影が染み出してきた次の瞬間、影が鏡面から飛び出した。
「! 蓮さん!」
 由代は反射的に構えたが、蓮は平然としたものだ。
 黒い影は体積を増しながら蓮に襲い掛かった。そのまま広がって蓮を飲み込んでしまうかと思われたが、蓮の身体に触れる前に何かに弾かれたように霧散していく。蓮が鏡から離れると、影は悔しげに身を捩じらせながら鏡の中へ戻っていった。
「……これは一体……」
「邪鏡さ。人喰い鏡だよ」
 見てごらん、と、影のひいた鏡面を指差す。言われるまま覗き込むと、人影のようなものが鏡の中をふらふらと漂っているのが判った。鏡に捕まった人間たちなのだろうか。
「……こんな危ないもの、一体どうするんですか」
 呆れ気味にため息をつくと、蓮は今更何をと肩をすくめた。
「売るに決まってるじゃないか」
「…………」
 当たり前だと胸を張って言い切る蓮に、商品が商品なら店主も店主だ、としみじみ思いつつ、由代はもう一つ深いため息をついた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2839 / 城ヶ崎・由代 / 男 / 42 / 魔術師】


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、青猫屋リョウです。
 今回は大変お待たせしてしまい、誠に申し訳ありませんでした。
 また機会がございましたら、どうぞよろしくお願いいたします。