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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


□■□■ キミガキコエル。 ■□■□


「……ねぇ。これ、何かな」

 月神詠子が不思議そうに差し出したのは、パールピンクの携帯電話だった。
 折りたたみ式の一般的なそれで、別段おかしな様子は無い。どんな答えを求められているのかと小首を傾げて見せると、詠子もまた首を傾げた。鋭角的な髪が揺れる、彼女の眉根は寄ってしまっていた。

 そう言えば、彼女は携帯電話を持っていなかったのではなかっただろうか。保護者になっている繭神家からは渡されていないはずだし、彼女自身も必要とはしていなかったはずである。メールを打ち合うよりは、人と直に話すことの方が彼女にとっては魅力的だからだ。と言うか、電話に馴染めないらしいのだが。

「実はこれもボクの下足箱に入ってたんだよね。勿論ボクのじゃないんだけれど、ちょっと使い方もよく判らないから、どうしようかなって。こういうモノって、個人データも入っているよね? 自宅の電話番号が判れば良いんだけれど……」

 うー、と唸ってみせる彼女から、携帯電話を受け取る。
 デコレーションシールが施されている様子も無く、プリクラの類の皆無である。本当に、ただの携帯電話でしかない。他人のプライバシーを覗くようであまり良い気分ではなかったが、メニューを開く。プロフィール設定は、白紙。

 不意に、それが振動する。

『あの――誰か、聞いていますか?』
「……キミは誰?」
『あッ、聞いてるんですね!? 良かったッ』
「まあ、聞いているんだけれど――」
『あの、この電話を届けて欲しいんです。私は自分で行けないから、お願いしますっ』
「ちょ、ちょっと待って。だから、キミは誰?」
『私、佐々原桐絵って言います。実はちょっと、死んじゃったんです』

■□■□■

「……『これ』?」

 きょと、と携帯電話を眺め、亜矢坂9すばるは小首を傾げた。そう、これ、と詠子は頷く。そこには心底から困った表情を浮かべていた。彼女にしては、珍しい顔である。

「携帯電話。電電公社製。折りたたみ式、型番・製造番号は――」
「そうじゃないよすばる、今話した通り、ここから死人の声が聞こえてきちゃったからボクは困っているんだってば。大体、今話している相手が死んでいるなんて言われて信じられると思うかい? そういうのは範疇外だよ、ボクだって」
「……で。それを何故すばるに相談するのだ」
「手伝って欲しいんだよ、色々と」

 肩を竦め、詠子が笑う。
 放課後の教室、掃除当番を黙々とこなしていたと思ったらいつの間にか同じ当番の生徒がいなくなっていた。ジャンケンに負けてゴミ捨てに行く途中で教師に教材運びを頼まれ、資料整理を頼まれ、一服のコーヒーを貰い、ゴミを捨てて戻ってきた時間はきっかり一時間後だった。他の生徒達の判断は妥当だ、そろそろ部活で騒がしくなってきた校舎の中、ぽつんと一人教室で鞄に道具を詰めていた所に――詠子は、やってきた。
 すばる自身は、携帯電話を必要としたことは無い。円滑な人間関係を進める為のコミュニケーションツールではあるが不可欠と言うわけでもないし、あまり必要も無い。く、と傾げた首につられて、髪とリボンも揺れる。詠子は近くの机に座り、はあっと溜息を吐いた。

「この電話を届けてくれって言われたんだけど、誰にかを聞く前に切れちゃうし。リダイヤルって言うのかな、そのボタンを押したんだけど、データは無くて。着信履歴も発信履歴もまっさらなんだよ。何なんだか、よく判らない」
「詠子、すばるはこういう言葉を知っている。『落し物は交番へ』」
「そうしたいのは山々だけれど、それにしたって、気になるだろう?」

 確かに。
 死者から電話が掛かってくる、と言うのは怪談では常套パターンである。七不思議が各校舎に一つというありえないレベルで怪奇が行き渡っている神聖都学園でも、よく聞く部類の話だ。映画やドラマのネタにもなるのだから、都市伝説レベルで行き渡ってはいるのだろう。データを検索すれば、電話にまつわる怪奇はいくつもヒットする。携帯電話の普及が一因ではあろう。
 だが、下足箱にそれが入っていると言うのは中々に珍しい。しかも聞こえてくるのが怨念でも念仏でも大仏でもなく、比較的普通の少女の声で、それなりに意味の通じる言葉だというのならば尚更だ。検索条件を絞ると、途端にヒットは少なくなる。やがて、ゼロ。ぐぐぐぐぐ、と傾げた首を更に傾けるすばるの頭を掴んだ詠子が、その角度を垂直に戻す。ぐき、と音が鳴った。

「『聞いているんですね』という台詞から察するに、どうやら交信を何度か繰り返しているような印象を受けるのだが」
「うん、それはボクもそう思う。どういう手段かは判らないけれど、この携帯電話以外にも何かしていたとしたら……それを下足箱に入れる第三者がいるのかもしれないし、ね」
「以前も同じく下駄箱を使用していたのなら、何かが入っていた可能性もあるだろう。意思伝達とは取れないようなら事件にはならない。それが恋文にしろ画鋲にしろゴミにしろ」
「いや、恋文は多少の事件になるって言うか立派な意思伝達だよ?」
「然るに、コレまで下駄箱に入っていたもののデータを取れば何かがわかるかも知れないとすばるは思うのだが。詠子は何か考えがあるか」

 詠子は首を傾げ、そのまま、ふるっと首を横に振った。すばるは立ち上がり、廊下へと続く出入り口に向かって足を――

 がこーん。

「そうそう、さっきから聞きたかったんだけれど、どうして教室の真ん中……って言うか、すばるの机の横にゴミ箱が置いてあるんだい?」
「……すばるがゴミ捨て係だったからだ」
「……そうか」

 躓いてダイレクトにこけたすばるをしゃがんで見下ろしながら訊ねる詠子の言葉に、彼女はただ単純な事実だけで答える。詠子もまた納得し、ぽんぽんと頭を撫でた。身体を起こし、仕切り直しと、すばるは鞄を肩に引っ掛ける。

 どばばばばば。

「…………」

 肩掛け鞄はさかさまになっていると確実に雪崩を起こします。

「いつ見ても素晴らしいね、すばる。久し振りにそれが見たかったから誘ったんだよ」
「詠子。手伝ってくれるとありがたい」
「うん。って言うか、辞書は置き勉しようよ。持ち歩いてたら絶対重いって、しかもどうして広辞苑? 何故六法全書を持ち歩いているんだい」
「……和英辞書と間違えた」
「電子辞書にしようよ」

■□■□■

「しかし、下足箱と言っても問題はあるよね。学園には幼等部から始まって大学部、大学院部まで下足箱があるんだから、全部回ってはいられないし、調べるのも――」
「それは問題ない」
「え?」

 詠子の声に、下足箱を見渡せる位置に立ったすばるは頭部人工頭脳のバイパスを繋げるイメージをする。対象を林立する下足箱セットし、サーチアナライザを展開させた。光学式物質分析装置、物体の組成を見ることが出来るそれで異物を探す――下足箱と靴以外の異物を、探す。
 高等部の下足箱に入っていたのならば、おそらく生徒は高等部の人間なのだろう。学校の土地柄に引き摺られた他校の生徒かもしれないが、それは後で調べれば良い。並ぶ何十もの箱、ロッカーになっているそれらは金属。ネームプレートはプラスチック。靴はゴムと繊維とその他諸々。分厚い本、は、おそらく辞書の類だろう。成る程下足箱に置くという手もあるのか。

 それらしい異物の混入は、認められなかった。画鋲のような小さい金属などは見られるが、手紙のようなものは無いし、携帯電話のような複雑な機構を持つものが入れられている気配も無い。それらしいものが一つ見付かったが、電子辞書だった。
 そもそも形がわからないものを探しているのだから、どれに気を配れば良いのか判らない。組成だけで構成された無味乾燥な景色を眺めながら、ぼんやりとすばるは辺りを見ていた。大体繋がった電話を何も言わないうちに切ってしまうというのも何処か不自然だ。何か誘拐の可能性もあるのかもしれない――相手が死んでいるのならば、誘拐殺人だろうか。特命生徒的に、それは範疇外なのだが。
 意思伝達。誰かに届けて欲しいと言っていた。何か伝えたいのだとしたら、遺言か。ダイイングメッセージならば誰に言っても同じだろう。ならば、告発か。何をしたいのだろう、何を。

 目ぼしいものは見付からない。何も見付からない。だとしたら、やはりあの携帯電話を――

「すばるッ!」
「ん、げふー」
「ああッ、まったく……」

 ふぁい、おっ、ふぁい、おっ、ふぁい、おっ。
 室内トレーニングで校内マラソンをしていた運動部の一群が、すばるを轢いていく。サーチアナライザーの欠点は展開中に組成以外で周りの景色を見ることが出来ないことだ、何が迫っていても対処が不可能になる。とは言え掛け声は聞こえていたはずなのだが。
 けふ、ッと小さく咳をするすばるに、詠子は苦笑と共に手を差し出した。

「…………」
「すばる、誰もお手をしろとは言っていないよ」
「違うのか」
「立ちなよ取り敢えず」
「うむ」

■□■□■

「落し物としての届出とか、あとは……そうだな、今まで何か下足箱に異物が入っていたとしたら、先生に届けられていると思うんだ。それを辿ってみようかとは思うんだけれど」
「電話は相変わらず鳴らないままなのか」
「そうだね、静かなものだよ」

 職員棟の階段を上っているところで、詠子が手のひらに携帯電話を遊んでいった。パールピンク、シールの類は無い、シンプルなそれ。彼女は確か使い方がよく判らないと言っていたが――すばるは手を伸ばし、それを受け取る。階段の真ん中に立ち止まり、じっと、液晶を凝視する。
 倫理的な問題は多少あるが、必要だと判断すれば、障害とは感じない。彼女はキーを操作し履歴を見るが、何も入っていない。アドレスも綺麗なものだ。メールは、設定すらされていないようだった。時刻表示のデジタルと、デフォルトと思しき白一色の待ち受け。充電はされている。

 再びサーチアナライザを展開すれば、そこには自分の手だけが映った。

「……?」

 こし、と無意味に眼を擦り、すばるは再びアナライザを通す。
 だが、手に握られているはずの携帯電話は映らなかった。
 僅かに付着しているらしい脂分は、詠子の指紋を形作る。
 すばるの指紋は無い。彼女に皮膚からの体液分泌能力が無いからだ。
 これは、
 ……どういうことだ?

 瞬時に彼女はアナライザを停止し、テラネットに接続をする。携帯電話端末を機軸情報まで解析しようと試みるが、それもエラーが目の前に表示される。解析対象物が見付からないNOT FOUND表示である。手を握ればそこに電話は確認できる、が、存在していない。
 これは一体、何なのか。

「すばる? どうかしたの?」
「……いや。問題はあるが問題ない」
「よく判らないよ」

 詠子に電話を返す、と同時に、それは着信を告げた。やはりデフォルトのベル音である、すばるは強化パラボラで確認するが、やはり電波は感じられない。つまりは――
 携帯電話は精神力によって物質化されている、そして会話は意思の力で行われている、ということなのだろう。

「もしもし、桐絵?」
『あ、良かった、出ないからびっくりしてっ』
「ワンコール目で出たのだけれど……それはそうと、結局キミは誰にこの電話を渡して欲しいんだい? と言うか、何処の生徒? どうして死んだなんて――」
『ご、ごめんなさい、時間が無いんですッえっと、何処にいますか、今?』
「学校――東京都の神聖都学園、高等部の職員棟だね」
『なら、丁度――』

 ぷつん。

「……切れた」

 むぅっと、詠子が顔を顰める。

「……ちなみに詠子、前回の電話から何分経っているか判るだろうか」
「え? っと、そうだな……大体三時間、ってところじゃないのかな」
「なるほど」
「なるほど、って、何がだい? すばる」
「いや、言ってみただけだ。ともかく、職員室に急いでみるのが良いだろう」

 すばるは階段を上がる、詠子は溜息を吐いて、その後ろを付いていった。

■□■□■

「妙な下駄箱混入物? うーん、しかし下駄箱とはまた……下足箱って言わないかな、最近なら。まあ、少し待っていて」

 柔和な笑みを浮かべるまだ年若い教師は、おそらく大学を出たばかりなのだろう。応接セットのソファーに沈みながら、詠子とすばるは小さな部屋を見渡していた。事務室を兼ねている場所なので、それほどひと気も無い。部活動の顧問で抜けている者や、定時が過ぎて帰った者がいるせいだろう。
 手のひらで携帯電話を弄んでいる詠子を横目に見ながら、ぼんやりと天井を眺めていた。することがないのならば何もしなくて良い。だから、何もしないでぼんやりとしている。

「やっぱりそういう例は無いみたいだよ、残念だけれど」
「そうか……ちなみに先生、何か授業を受け持っていたりするのかな?」
「ん? ああ、高等部二年と一年の国語をね」
「それじゃあ知ってるかな、女子生徒に佐々原――」

 トゥルルルル、と、色気の無いコールが響いた。

「ッともしもし、桐絵?」
『ご、ごめんなさい切れちゃって、あの、それで、教員棟にいるんですよね? この電話、ある先生に渡して欲しくて――』
「……佐々原、桐絵?」

 きょとん、と。
 教師が声を漏らす。詠子は同じような顔で彼を見た。同時に、教師は詠子の手からパールピンクの携帯電話を奪うようにもぎ取って顔に当てる。わ、ッと声を漏らした詠子と共に、すばるは首を傾げる。ぐぐぐぐぐ、っと音が鳴るほどの角度で。

「佐々原、本当に佐々原なのか!? なんで、一体どうやってッ」
『せ、先生ッ……先生なんですね!? よかった、もう、もう話せないと思って、私なんか事故で死んじゃったみたいで、繋げられるのがこの携帯だけでッ……先生、私、ずっと先生に言いたいことがあって!!』
「落ち着け佐々原、事故で死んだって、先月の交通事故のことなのか?」
『先生、私ずっと、去年先生が教育実習で来た時からッ』
「お前は意識不明で病院に収容されてるはずだぞ!?」

 …………。
 ……………………。
 ………………………………。

『え?』
「だから、お前は死んでなんかないはずだ、佐々原! 意識が戻ったならどうして連絡してくれないんだ、みんな心配してるってのに、今どこにいるんだ? 学校の近くなのか!?」
『私……死んでない、んですか?』
「生きてるって、命に別状は無いって聞いたぞ? 大体こうして会話を――」

 ぷつん、と通話が切れる。

「……なんて言うか」
「そういうことだった、訳か」
「どういうことだったか判ってるの、すばる」

「佐々原桐絵は一ヶ月前事故に遭い、意識不明状態だった。自分が死んだものと勘違いしてかそれとも衝撃でか、幽魂が離れ、漂っている間に力をつけた。そして携帯電話を具現化させ、<未練>である告白を行おうとした。詠子の元に現れたのはおそらく、彼女の状態が睡眠による夢の状態に近かったからだろう。だから接続は詠子が持っている状態でしか不可能だった。おそらく他の生徒ではそれを確認することすら出来なかったのだろう」

「き、君達は何を話してるんだ? それに佐々原は、この電話は――あれ?」

 教師の手からは、携帯電話も消えている。
 おそらくは自分の身体に帰ったのだろう。霊魂としての能力も消え、きっと、今頃眼を覚ましている。はああっと溜息を吐き、詠子が肩を竦める。そして伸ばされた手がすばるの頭を掴み、傾いたままだった角度を直した。
 ぐきっ、と音がした。

「電話が三時間後だったって言うのは、レム睡眠とノンレム睡眠の周期の関係だろうね。さて、帰ろうかすばる」
「失礼しました」
「え、あ、うん……?」

■□■□■

 後日のニュース。
 一ヶ月間意識不明だった女子生徒の復学。
 そして、すばるの下足箱が、満杯になった辞書で底を抜かしたことだった。

「六法全書と広辞苑と独和辞典と解体新書ぐらいで抜けるとは、中々脆弱だったな、下駄箱……」

 持ち物間違いすぎです。



■□■□■ 参加PC一覧 ■□■□■

2748 / 亜矢坂9すばる /  一歳 / 女性 / 日本国文武火学省特務機関特命生徒

■□■□■ ライター戯言 ■□■□■

 こんにちは、初めまして。この度はご参加下さいましてありがとうございました、ライターの哉色です。少々遅れてしまいましたが、納品させて頂きますっ。失敗プログラムという素敵なネタ…もとい、装置を搭載しておられたので、少々コミカルになってしまいましたが、如何でしたでしょうか。PCの把握間違いなどございましたら容赦なく仰って下さいませ; それでは少しでも楽しんでいただけている事を願いつつ、失礼致しますっ。