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Baby talk
オープニング
興信所のソファで毛布を被って眠っていた草間は空腹で目を覚まし、すぐ近くのテーブルに手を伸ばす。
そこにあるのはチョコ、チョコ、チョコ、チョコの山。
バレンタインと言う訳ではなく、依頼人からの礼や旅行土産、貰い物など偶然チョコレートが重なり、現在興信所には腐るほどのチョコレートがあり、寝ても覚めても甘ったるい匂いに包まれている。
最初は消費しようとお茶の度に食べていたが、食べても食べても減らないチョコに流石に胸が焼け、最近は手を出さなかったのだが、思い返せば昨日の夕方、ラーメンを1杯食べただけで夜を迎え、眠りについてしまった。空腹を訴える胃は空っぽで、胸焼けがしていた筈のチョコの匂いにさえ涎が出てきてしまう。
覚め切らない頭で適当に包みを開き、色形を確認もせずに口に運ぶ。
やたら柔らかい物があり、ビスケットつきの物があり、ブランデー入りの物があり、あれやこれやと4個ほど食べた所で漸く空腹感が収まった。
となれば、次は煙草だ。
テーブルを見回して見当たらない事に気付いた草間は衣服のポケットを探る。しかし、常に肌身離さぬ筈の煙草がどうしても見付からなかった。
「ないでちゅ」
声を発してから、草間は首を傾げ咳払いをする。
今何か妙な言葉を口走らなかったか?
「おかちぃでちゅ」
再び声を発して、草間は自分の口を手で塞いだ。
もの凄く変な言葉を発したような気がするのは、まだ頭が醒めきっていないせいだろうか?
再度咳払いをしてから、草間は「あー」と声を出す。異常はない。
「きのしぇいでちゅね」
思わず自分の頭を殴った。
痛い。
次に頬をつねる。
痛い。
「ゆめじゃないでちゅーっ!?」
慌てて冷蔵庫から水を取り出し、コップに1杯一気のみ。それから気を取り直して煙草を探し出し、火を付ける。
思い切り煙りを吸い込んで、心を落ち着けてから小さな声で言った。
「もうだいじょうぶでちゅよ」
……思わず苦笑を漏らし、深呼吸をしてから草間は呟く。
「いったい、どうなってゆでちゅか……」
そして今度は、心の中で呟いた。
口に出せば恐らく、「だれかたちゅけて……」となるであろう言葉を。
煙草を3本吸い終えたところで、草間は咳払いをし、喉の具合を確かめてから発声した。
「あー、あー、あああ〜」
悪くない、と思う。
何時もの聞き慣れた、使い慣れた自分の声だ。
「もうだいじょうぶでちゅね」
……大丈夫じゃなかった。
草間は溜息を付き、ソファに腰を下ろして頭を抱えた。
何で突然こんなことになってしまったのだろう。誰かに助けを求めようにも、こんな喋り方では電話も出来ない。例え出来たとしても、笑い者になるのが分かっている。
今日は臨時休業の貼り紙でも出して、1日ここに閉じこもっておくか……、しかし、明日になっても治らなかったらどうすれば良いのか……。
「どうちたらいいでしゅか……」
親指でこめかみを押さえて真剣に悩む草間。
その丸まった肩を、背後からやんわりと揉む手があった。
「うわっ」
誰もいないと思っていた草間は慌てて立ち上がり、背後の人物を確認する。
「そのようなご趣味があるとは知りませんでした……。人……それぞれですよね。大丈夫ですよ誰にもしゃべりませんから」
「なっなななっなんっ」
何でお前がここにいるんだっ!と言いかけて、草間は両手で自分の口を塞ぐ。
「朝の散歩を楽しんでいましたら、ここから得も言われぬ甘い薫りが漂って来ておりまして、思わずお邪魔して、御馳走になってしまいました……。お休み中でしたので、起こさないように静かに」
と、何とも言えぬ微笑を浮かべたシオン・レ・ハイは草間からは丁度四角になる片隅のテーブルを指した。
そこには確かに興信所で見た包み紙が山と積まれてあり、幾つか食べ残したチョコがあり、一番大きなマグカップにはまだ半分ほどコーヒーが残っていた。
「長い付き合いですが、草間さん。今まで全く気付きませんでしたよ。上手く隠していたのですねぇ」
両手を揉み合わせながらにこにこと話すシオンに、草間は口を塞いだまま頭を振った。その時、
「武彦さんっ!」
ドアノブを捻るのももどかしいと言った様子でシュライン・エマが飛び込んできた。その後ろには真名神慶悟の姿もある。
まだ始業時間には早く、出来る事なら休業と思っていた草間は目を見開いてシュラインと慶悟を見て、それからシオンを見た。
「大丈夫なの、武彦さん?赤ちゃん言葉になっただなんて、一体またどうして?何をしたの?」
「朝っぱらからまた難儀な事になっているな。考えられる原因があるとすれば日頃の行いの悪さが故か?赤子に戻って遣り直せという思し召しかも知れんぞ」
心配そうなシュラインと、笑いを堪えている風の慶悟。
おまえ、ついさっき誰にも喋らないと言わなかったか!?と、草間は恨めしげにシオンを見る。
「勿論、喋ってはいませんよ。草間さんの携帯をお借りして、適当に何人かにメールでご報告しただけで……」
草間が一人でパニックに陥っている時に、丁度ソファの下に落ちていた携帯を見付けて代わりに助けを呼んだだけだと言うシオン。
草間は思わず口を塞ぐのを忘れた。
「ばちゃー!ゆゆしゃないでちゅー!」
真剣に怒りを含んだ語調なのだが、どうしても3人は笑わずにはいられなかった。
草間は慌ててまた口を塞いだが、時既に遅し。
入口には、こちらもシオンからのメールを受け取って駆けつけた3人の男女が、何とも言えぬ表情で立っていた。
「これはまた、本当に面白いことになっていますね……、少々メールの内容とは違うようですが……」
大量のチョコの前に口を塞いで座る草間の姿を確認して、セレスティ・カーニンガムは2人を振り返る。
「オゥ、何てことでショ!」
まず声を上げたのは、ジュジュ・ミュージー。
「赤ちゃんになったってのは、言葉だけかい?」
何やら両手に荷物を抱えて、残念そうに言う梅海鷹。
「いやぁ、すみません。私も少し慌てていたものですから……」
ポリポリと頭を掻いて笑うシオン。
シオンは使い慣れない草間の携帯で、こんなメールを送信していた。
『緊急連絡。草間武彦が赤ちゃん返り。SOS!』
海鷹は紙袋をテーブルの脇に下ろして、中身を取り出す。
「いやぁ、草間クンが赤ちゃんになったって言うから、うちの子供達のお古を着替えに持ってきたんだが……、そうか、赤ちゃん言葉になっただけなのか……、残念だな」
ぞうのアップリケのついた涎掛けにクマの模様がプリントされたパステルブルーのシャツ。御丁寧にお襁褓カバーまであった。
「残念デスねー!ミーは一緒にお風呂に入るつもりで来たデス。ベビーフードも作れマース」
「本当に、残念ですね。私も一緒に写真を撮らせて頂こうと思ってデジカメを持って来たのですが……」
臨時のお父さん役など、楽しそうではないですか、と笑うセレスティ。
切実に困った自分を差し置いて、ベビー服だのベビーフードだの、親子写真だのと笑いあい、盛り上がる一同に、草間は軽く中指を立てて見せた。
きっと言葉に出せば、可愛らしい赤ちゃん言葉になってしまうであろうから、唇を噛み締めて吐息さえ吐くのを躊躇った。
「まあ、冗談はさて置いて」
と、一通りお披露目の終わったベビー服を海鷹が片付けたところでシュラインがコーヒーを入れ、両手で口を塞いだままの草間の為にメモ帳を用意した。
草間の赤ちゃん言葉はなかなか可愛らしいのだが、聞くとどうしても笑ってしまうし、もし突然の来客があった際には変な趣味があると誤解されても困ると思ってのことだが、ジュジュは残念そうにシュラインを見る。
「ミーはもっと声を聞いていたいですネー。ベイビーな口調も可愛いデース」
「いや、勘弁してくれ。その姿で赤ちゃん言葉を喋られると真面目に助ける手段を考えようにも考えられない」
慶悟はシュラインに頼まれてテーブルの上に残ったチョコの仕分けをしながら言う。
「しかし、喋って頂けなければ状態がよく分かりませんし……、筆談も良いですが必要な所では声を出して頂かないと」
セレスティが言うと、草間はすぐにペンを走らせてドアに鍵を掛けることを指示した。
これ以上の野次馬を迎えるつもりはなく、来客にはそのままお引き取りいただく方向で話しを進めたいらしい。
「いざとなったらうちの養子に迎えるつもりで来たんだけどなぁ」
海鷹は言われた通りにドアに鍵を掛けながら姿はしっかり見慣れた様子の草間を見る。
ざっと見た限りでは特に身体的には何の異常もないらしい。喉や口元に何かないかと注意して見ても、腫れもなければ傷もない。
ついさっき、シュラインの指示で歯磨きをし、口内のチェックも受けたが特にこれと言った異常は見当たらなかった。喉に炎症がなければ、虫歯もない。
「シオンさんのお話では、目覚めた草間さんが幾つかチョコを食べた直後に赤ちゃん言葉が始まったと言うことでしたが?」
草間が眠っている間にチョコの匂いに導かれ、鍵のかかっていない興信所にまんまと入り込んだシオンは、草間を起こさないよう兎の如く大人しくつつましくコーヒーを入れ、チョコを貪り食べていたのだが、その内に草間が身を起こし、テーブルの上をゴソゴソ掻き回した後にチョコを口に運び、シオンが声を掛けようとしたところで赤ちゃん言葉を喋り始めた。
眠りに付く前はそんなことはなかったと言うし、起きてまずやった事がチョコを食べることだったと言うことは、チョコに原因があるのではないか、と全員が考えている。
「テーブルの上の物以外は口にしていないのね?」
とシュラインが確認すると草間は頷き、口調が変わってしまってから台所で水を飲み、煙草を吸ったと書いた。
「一応、言われた通りに整理してみたが……」
と、慶悟はテーブルを見る。
まだ封を切っていないもの、包装紙につつまれたままの物を左端に、封の開いたものや包装の解かれたものを右端に寄せて、草間が食べたと言うチョコは包装紙やリボンを畳んで真ん中に置いた。
「しかし、随分沢山あるもんだな。これだけ全部、出所は分かるのかい?」
海鷹が訪ねると、シュラインはまず左端のチョコから一つ一つ送り主を挙げていく。
「これがハワイからのお土産、これがおやつの差し入れ、こっちが迷い犬探しのお礼で、これはお年始代わり……」
右端のものと、冷蔵庫に入れた、シュライン自身が持ってきたチョコなどを確認してみると、最終的に送り主が分からないのは草間が食べたチョコだけになった。
薄いピンクの包装紙に、赤いリボン。箱は茶色で細長く、4つの間仕切りがあった。
「贈り物には思いが宿る。『安物だから呉れてやろう』も思いといえば思いだ。『胡散臭いから呉れてやろう』もな。妙な依頼人はいなかったか?」
慶悟に問われて草間は暫し考え込んだが、やがて首を振った。
ここ最近の依頼と言えば、夫の浮気調査と迷い犬探しと子猫の里親探しくらいで、妙な依頼人も怪しい客もなかったと思う。
「室内に異常はありませんでしたか?昨夜、帰って来た時と今朝と」
セレスティの問いに、草間は首を振る。
これにはシュラインも同意した。
「昨日は武彦さんが出掛けた後に退社したの。チョコはそのままだったし、他にも誰かが触れたような形跡はないわね」
「誰か侵入した形跡はなく、おかしなものと言ったらそのチョコか……、やはり原因はチョコと言うことになるのかな?」
と、海鷹は箱ごとチョコを持ち上げて上から下から斜めから……と状態を確認した。
メーカーや商品名、賞味期限などの文字はなく、包装紙とリボンは無地。勿論、異物らしいものは入っておらず、何処からどう見ても普通のチョコだ。
「ここはやはり、食べて見るのが良いんじゃないでしょうかねぇ?本当にそのチョコが原因かどうか調べるには一番手っ取り早いと思いますが……」
何故かシオンは楽しげに手を揉みながら言った。
「それは駄目デース。何が入っているカ分かりませんから、ミーは高峰研究所で成分を調べて貰った方が良いと思いますネ。そして解毒剤を作って貰いまショウ、料金はミーが支払ますヨ」
しかしこれには他の全員が首を振った。
恐らく、成分を調べてもまず異常は出ないであろうと言う。
「となると食べて確認するしかないか……。食い物が原因なら新陳代謝が進めばその内治るだろうしな。いざとなればで、毒気を祓う孔雀明王の経でもあげてチョコの、或いは体に及ぼしている不自然な影響……呪詛という名の毒を祓い、元に戻すか。護摩の壇を築いて長い儀式を行なう事になるがな。で、誰が食べるんだ?あんたか?」
慶悟がシオンを指差すと、シオンは頷きもう一人位は試してみた方が良いのではないかと言う。
「個人差があるかも知れませんし。ジャンケンで決めては如何でしょう?」
是非とも自分は遠慮したいと願っていた5人は顔を見合わせ、もの凄く嫌な顔をした。
「ぶっ殺す!死ネ!」
「チョコ好きの子供の霊だとかが武彦さんの舌借りて味わおうとしてる……なんて事がなら、私の体を貸してあげるのだけれど。チョコならいくら食べても平気だし。でも、原因が分からないんじゃねぇ……」
シオンを睨むジュジュと、溜息を付くシュライン。
「まあまあ、この場合は仕方ない。草間クンの為だと思って協力しましょう。先に3回負けた者がチョコを食べると言う事で……」
言いながら両手を組合せて天井に向け、中を覗き込む海鷹。
それから5分ばかし、熾烈なジャンケンが繰り広げられた。
「それでは……。よごさんずね?」
シオンがチョコを一つ摘み上げ、口元に運んで確認した。
「うん」
答えたのは、十二支の戌の面を被った海鷹。
不運にもジャンケンで3連敗し、実験体になったのだが、どうせ食べるなら、と戌の面を作り出し、チョコの匂いを一通り嗅いでいた。
本当なら草間が食べた物をその順番通りに食べた方が良いのかも知れないが、そこまで詳しく覚えていないと言うので、一番右端にあるウイスキー入りを海鷹が、その横にあるビスケット付きのものをシオンが食べることになった。
セレスティがメモを取り、シュラインが時計を見る。
「じゃ、」
と、シオンが何の躊躇いもなくチョコを口に運び、草間が食べたのと同じ様にかみ砕いた。続いて海鷹もチョコを口にする。
2人で顔を見合わせて頷き、同じタイミングで飲み下す。
「どうですかネ?」
シオンがお先にどうぞ、と手で合図し、海鷹は数回咳払いをしてから言った。
「あー、あー。どう?何処か変わってる?」
おや、と一瞬全員が顔を見合わせる。
続いてシオンが声を発した。
「別に、何時もと一緒ってカンジー」
再び全員が顔を見合わせる。
「シオンクンは変わってるね」
「いや〜ん。何で私だけなのー?」
「いや、もう少し話してみてくれないか」
慶悟に言われて海鷹は暫し考えてから口を開く。
「別に、食べた感じは普通のチョコだけど、強いて言えば少し鳥みたいな匂いがしたかしらね」
「……かしらね?」
思わずシュラインが語尾を真似る。
「やだ、やっぱり変わってるんだー。私とはちょっと違ってるみたいだけどぉー」
「どちらも女性の言葉遣いのようですね。若い方と、少し落ち着いた年代の方ですか」
セレスティはそう言ってそれぞれ食べたチョコと口調の変化をメモする。
「口に入れて飲み込んで、口調が変わるまで30秒足らずネ。即効性あるみたいデース」
「武彦さん、まだ口調が変わったままなの?少し喋ってみて頂戴」
シュラインに言われて、草間はもの凄く嫌そうな顔をしたが、仕方がないと思ったらしく、小さな声で言った。
「なおってましゅか?」
「治ってナーイですネー!」
酷く嬉しそうにジュジュは答える。
草間が赤ちゃんになったと聞いて慌ててしまったが、口調だけならば2人でラブラブするのに何の問題もなく、急いでどうこうしようと言う気が萎えてしまった。
シュラインはシュラインで、こちらも草間の口調を聞いて両手で頬を覆っている。
姿は何時も通りの草間と分かっていても、赤ちゃん口調で喋られるとなにやら無性にぎゅーっと抱きしめて撫で撫でしたくなってしまうらしい。恐らく、そんな事をしたら草間の逆鱗に触れるであろうから我慢しなければならないが……。
「チョコ美味しかったしー、口調変わってるのは何か変なカンジだけどーチョー楽しいかもー」
面白がって口を開くシオン。
40男の低い声で若い女性の喋り方と言うのは、何だか草間の赤ちゃん言葉以上に聞き苦しいような気がしてしまう。
慶悟は自分がチョコを食べるハメにならなくて良かったと心から安堵しながら咳払いをした。
「ランダムに食べた草間は赤ちゃん口調、ビスケット付きが若い女性口調、ウイスキー入りが落ち着いた女性の口調か……。味には何の異常もないんだな?それで、鳥のような匂いがした、と……」
「人間の匂いじゃなく?」
シュラインが確認すると、包装紙とリボンの匂いを嗅いでから海鷹は頷いた。
「直接触った草間クン以外、人間の匂いはしないみたいね」
「では、鳥が運んだと言う事ですか?」
「そう考えて良いと思うわ。作ったのも、人じゃない可能性が高いわね。普通、箱詰めにするのは機械だとしても包装後に商品を運んだり並べたりするのは人間でしょう?ほんの僅かも、人の匂いがしないのよ」
聞き慣れると、海鷹の口調は何の違和感もないような気がしてくる。
「成る程……」
慶悟は呟いてテーブルの上のリボンを取り上げる。
「出来るかどうか分からないが、やってみよう」
そう言って、慶悟は鳶の姿をした式神の背に、リボンを乗せる。式神を使って、チョコの送り主を探すつもりらしい。
窓を開け、空高く羽ばたいていく式神を見送ったその時。
「オゥ!何してるですカー!」
ジュジュが声を上げ、振り向くとシオンが箱の中のチョコを一つ一つ口に放り込んでいた。
全員が驚いて見る中で、シオンは平然とした様子で右端から順に口の中に放り込み、結局全ての種類を胃に収めてしまった。
「そ、それではジャンケンをした意味がないのでは……」
呆れる海鷹に、シオンは頭を掻きながら笑い、嬉しげに口を開く。
「ごめちゃい〜」
「あ、赤ちゃん言葉!」
シュラインはシオンと草間を見比べる。
「せめてメモ取ってから食べて下さったらどのチョコが赤ちゃん口調になるものか断定が出来たのに……」
ついさっき自分が取ったメモは一体何だったのだと溜息を付くセレスティ。
「チョコは5種類ネ、それから、ユーが食べたウイスキー入りと、ユーが最初に食べたビスケット付き。残り3つのどれかが赤ちゃん口調のチョコですネ」
ジュジュがチョコを指差しながら言い、全員の注目がチョコに集まる。
「武彦さんは4つチョコを食べて赤ちゃん口調になったのよね。あんたはそれぞれ1種類ずつ。チョコの数を数えてみたらどうかしら」
言って、シュラインは箱の中に残ったチョコを数える。
左端から順に、丸いトリュフのようなもの、四角いホワイトチョコ、アーモンド入り、棒状のビスケット付き、ブランデー入りと並んでいて、数えてみると一番左端のトリュフが少ない。
「食べた量が関係するのか……?いや、そう言う訳でもないのか……」
慶悟が呟くと、横でシオンが口を開く。
「食べた順番が関係するのかも知れないよね」
「あら、また口調が変わってるわね」
と言う海鷹の口調は変わらないが、シオンは赤ちゃん言葉とも最初の若い女性の口調とも僅かに違った喋り方になっている。
「もう、訳が分からないわね。食べ物だから、消化の速度も関係しているのかしらね?」
それならば、面白がって全種類を食べたシオンは別として、早くに4つを食べた草間や1個だけ食べた海鷹にはそろそろ異変があると思うのだが……。
シュラインは深く溜息を付いて冷えたコーヒーを飲む。
と、そこへ慶悟の放った式神がペリカンのような鳥を伴って帰ってきた。
窓を開けると、式神について室内に入って来たペリカンもどきはテーブルの上を見て、「あぎゃー」と奇妙な鳴き声を発した。
「お前がこのチョコの送り主か?」
慶悟が尋ねると、何処か打ちひしがれた様子のペリカンもどきは頷いてから首を振った。
「どっちヨ?」
ジュジュの問いに、ペリカンもどきはぱかっと嘴を開いて言った。
「あぎゃー。確かに送り主はわしだぎゃここに届けるつもりじゃなかったー。あぎゃぎゃー」
ばさっと羽を広げて頭を覆う様子は、どうやら頭を抱えているらしい。
「手違いでここに届けてしまったのですか?それを草間さんが食べてしまった、と?」
「このチョコは一体何なの?食べると口調が変わるようだけれど?」
セレスティと海鷹の言葉に、再びペリカンもどきは「あぎゃー」と鳴いて深々と溜息を付いた。
「これは、『ことのははじめ』と言って、生後数ヶ月の赤ん坊に送られるプレゼントですぎゃー。わしゃ間違えて落っことしてしまったぎゃー」
ペリカンもどきは、配達中にうっかり大欠伸をして、嘴の中から一つ落としてしまったのだと言った。
「こりゃ向かいのマンションの赤ん坊に届ける予定の『ことのははじめ・標準語女性用』だぎゃー。これを食べないと赤ん坊はちょっと言葉が遅れるぎゃー」
「チョコなのよ?赤ん坊がどうやって食べるの?」
再び口調が変わったシオンが問うと、ペリカンもどきは箱の中に僅かずつ残ったチョコを哀しそうな目で見た。
「こりゃ贈った先の家の中でそれぞれ形を変えるぎゃー。赤ん坊のいるところだと大体ベビーフードに変わって、親が食べさせるぎゃー。ここじゃチョコが多かったんで、チョコに変わってしまったぎゃー」
「これを食べなかった所為で言葉が遅れてしまう赤ちゃんは可哀想だけど、それよりも、食べてしまった武彦さん達はどうなるの?この口調!」
言って、シュラインはチョコを食べた草間とシオン、海鷹の3人を指差す。
ペリカンもどきは3人には全く興味がないようで、寂しげに残ったチョコの蓋を閉じ、包装し直してリボンを結びながら言った。
「こりゃ赤ん坊が食べて初めて意味のあるもんだぎゃー。大人が食べたって、ちょびっと口調が変わるだけで1晩も寝りゃ消化して治るぎゃー」
草間の口調が赤ちゃん言葉なのは、幼児期の言葉を司るものを多く食べたからで、シオンの言葉があれこれ変化するのは、ランダムに食べた所為だと言う。
左端のチョコが一番減っていた事を思い出すと、草間は左端のものを2つ食べたようだ。
「仕方ぎゃねぇ、わしゃこれだけでも赤ん坊に届けて来るぎゃ。あんたのその鳥が知らせてくれなぎゃったらわしゃ夜も寝られんと探すハメになるところだったぎゃー。あんた達3人はまぁ、不運だったと思って許してくれぎゃー」
そう言うと、ペリカンもどきは綺麗に形を整え尚した贈り物を嘴の奥深くに入れて、向かいのマンションに向かって飛んでいった。
「『ことのははじめ』……、ミーも食べたデスかね?」
記憶にはない頃の事だが、だとしたら、自分の食べた『ことのははじめ』はどう言った分類に入るのだろうかと考えるジュジュ。もしかして、『和洋折衷語・女性用』などと言うものもあるのだろうか。
「まちがってとどけた……めいわくなはなちでちゅ……」
呟いて、草間は慌てて口を手で覆う。
「3人とも、今日はここから出ない方が良いでしょうね。草間さんは仕事をお休みして、電話にも出ないように……」
セレスティが言うと、シュラインも頷き、後で3人の為にマスクを買ってくると言った。
「えっ!出ちゃ駄目なの?」
つまらなさそうに言うシオン。
「あんたは間違っても公園に戻って子供を相手に喋ったりしないように……、警察の世話になりたくなければ」
慶悟が言うと、その横で海鷹が不安そうに言った。
「これって、本当にちゃんと明日になったら治るわよね?癖になったりしないわよね……?」
人それぞれ消化の速度は違う。
もしも仕事先で赤ちゃん言葉や女性の言葉が出てしまったら、一体どうしたら良いのだろう。
面白がっているシオンを除き、草間と海鷹は真剣に頭を抱えていた。
end
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
3356 / シオン・レ・ハイ / 男 / 42 / びんぼーにん(食住)+α
1883 / セレスティ・カーニンガム / 男 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い
0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20 / 陰陽師
0585 / ジュジュ・ミュージー / 女 / 21 / デーモン使いの何でも屋(特に暗殺)
3935 / 梅・海鷹 / 男 / 44 / 獣医
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■ ライター通信 ■
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こんにちは。この度はご利用有り難う御座います。
私のオープニングの書き方が悪く、草間が赤ちゃんになってしまったと言う内容でプレイングを書いて下さった方が多く、折角のプレイングが生かし切れず申し訳ありません。
草間が赤ちゃんになってしまったのではなく、草間の口調が赤ちゃんになってしまったのでした。
以後、書き方に気を付けます。
宜しければ、またご利用下さいませ。
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