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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


白 〜埋まる世界〜
●一月某日。
 一月某日。
 東京湾に突如として現れた巨大な怪生物により、首都圏には大混乱が巻き起こっていた。
 立ちこめる二次災害の煙、逃げ惑う人々。誰もが不運を呪い、恐怖に包まれる。
 それはそれとして。

「何。これ」
 碇麗香をはじめとする月刊アトラス編集部の一部の者たちもまた、危機にみまわれていた。
「いやあ、奴が調子に乗ったらしくてな」
 背後でコタツに肩まで入った男がへらりと笑う。背中にはちょこんと犬。
「で、ちょいと相談にのって貰おうかってな訳で」
 彼女たちの見つめる先。
 そこには、開け放たれたドアと部下たちを飲み込みなお肥大化していく餅の山がある。

「にしても、平行別次元に送りこんで、なお溢れるとは……」
「……まずそこに正座」

●1月某日、某時刻。
「問題は今日の仕事をどうするか、ね」
「人命救助じゃないんだね」
 眼鏡を光らせる麗香に天板に座らされた犬所長の呟き。
「戦力の低下は否めない、か」
「発掘作業じゃないんだね」
「さしあたって他部署から増援を……」
「お料理大会じゃないんだね」
「……誰のせいでこうなったと思っているの! それ以前にこれをどうしろって言うのよ!」
 キッと犬を睨み麗香が吼えた。
「どうにかする」
「どうにか出来……」
「出来るますよ♪」
 既に部屋の半分を埋める餅をよそに不毛なループ会話。それを止めたのは幼い少女の声だった。
「これぐらいなら簡単簡単☆」
 少女―ドロシィ・夢霧―が、ぺちぺちと餅の表面を叩きながら、にっこりと微笑む。
「簡単か。むう、さすが世界は広い」
「うん。広い、広い♪」
 ブロンドの髪を揺らし嬉しそうに頷くも、触った餅はまだ水っぽい部分だったらしい。
 ドロシィは嫌そうに手の平を見ると、犬の隣で正座している五色の服にぺたり。 それに対して五色が服の餅をはがしてドロシィの手へとぺたり。それに対してドロシィが更に餅の量を増やしてぺたり。それに対して……。
「やめんかぁっ!」
 麗香の一喝に二人は、いや、二人だけでなく思案顔で同僚の安否を気遣う編集部員たちもぴたりと動きを止めた。全員がぎぎぎと麗香へと顔を向ける。
「遊んでる場合じゃないの。いい? どうにか出来るのだったら、どうにかしなさい」
 にっこり。ただ目は笑っていない。
 もっともそんな麗香に何を思ったのか、ドロシィと五色は一つ頷きあうと声をそろえて。 
「「そんな編集長にぺたり」」

●1月某日、某時刻。
「やっぱり、食べ物を粗末にしちゃ駄目だと思うの」
「ええ意見や。かくあるべきやな」
「……どの口が言うか」
「だから。よいしょ」
 険悪な麗香をよそにドロシィが大判な一冊の本を取り出した。
「魔法使い?」
「ドロシィちゃんはドロシィちゃんだよ?」
 犬所長の問いに、首を傾げながらドロシィが答えた。 
 と、微かな揺らぎ。不意に何かが姿を濃くしていく。
 それは丸い虹に小さな頭ひょろ長い手足という異型なるものだった。編集部員たちにざわめきが広がる。いくら怪奇に慣れた者たちと言えど、見慣れぬものへの反応は変わらない。
 もっとも。
「おお、編集長の同族」
「何故そうなるか!」
 ぽんと手を打つ五色を麗香がはたく。
「そうだよ。悪魔と鬼とは別種族だってば」
「だから。何故」
「悪魔じゃなくて『オーバー・ザ・レインボゥ』だよ〜っ。はいっ、ご挨拶♪」
 ドロシィの声に合わせ、ちょこんと『オーバー・ザ・レインボゥ』が頭を下げる。またざわめく編集部員たち。中には難を逃れたカメラを構える者もいる。
「で、どうすんの?」
「うん。あのね、あの増えつづけているお餅を『オーバー・ザ・レインボゥ』の能力でね」
 と、言っている間にも『オーバー・ザ・レインボゥ』の周辺に変化が起こっていた。まずは虹。そして部屋の中だと言うのに現れたその虹の中へ一枚の書類が消える。
「全部吸収して」
「お? おやあ? うおあ?」
 ズゴゴゴッとものすごい音を立て、餅と言わず、人と言わず、備品と言わず、床を引きずり手当たり次第に虹へと消えていく。
「『OZ(オズ)』の飢餓の地帯へ転移させるの」
 と、どうやら終わったらしい。ふいっと向き直った『オーバー・ザ・レインボゥ』の姿が薄れ始める。
「ご苦労様〜っ☆」
「さらば、バカ研究員」
 笑顔で手を振るドロシィの横で犬所長がぽつりと呟いた。残ったのはドロシィ、犬、麗香、そしてコタツ……それだけ。

●1月某日、夕刻。
 寒々しい編集部で、麗香とドロシィはコタツを囲んでいた。
「すぐに戻って来るんじゃなかったの?」
 何杯目か、数えるのも面倒なお茶を飲みながら、麗香がドロシィに言った。増援などの手立てはもうあきらめたようだ。
「そのはずですけど……なんで?」
 ドロシィの知りうる限り、クエストさえこなせば現世へ戻れるはずだった。今回のクエストは餅の消費と送り込んだ先での農業指導。確かに時間はかかるだろうが、それはあくまで『OZ』での時間。現世ではわずかなはず。
「なんでって……多分、うちのバカがバカ過ぎたせいじゃないかと思う」
 大福と格闘していた犬が顔をあげた。
 天板の上に広げられた大判の童話。それは現在の『OZ』を映し出すことが出来、今もなお餅と人々との壮絶な戦いを映し出している。
 突如として現れた巨大な物体。確かにそれは同時に現れた者たちの言うとおり、食べることが出来た。飢餓地域の住民たちはこの恵みに感謝し……たのも、つかの間のこと。
 餅は村を巻き込み、山を埋め、空を望んだ。某編集部員が生贄にされるも、餅は大きくなっていく。そう、増大速度が消費速度を上回ったのだ。
「壊滅してるわね」
「壊滅してるねえ」
 先頭にその生贄を張りつけたまま、餅はついに都市部に到達していた。人が逃げ惑い、その混乱が更に恐怖を生んでいく。
「ふむ。なかなか面白いことになっているな」
「……ぶっ」
 後ろから何者かに抱きすくめられ、麗香がお茶を吹いた。しかし即座にすり抜けると、天板を越えドロシィにしがみつく。
「ちょ、編集長。首が首っ」
「なななな」
「原因究明は科学者の常だ」
 と、少しうらやましそうな顔で天板の本に手を伸ばす女。
「か、かえしてよおう!」
 ドロシィは本を取り返そうとした。が、麗香が邪魔で動けない。
「……どう見る?」
「なに、気候条件があったのだろう。設定を上回っただけだ」
「だから、返してってばあ!」
「が、それはあれも同じだったようだな」
 やはりうらやましそうな表情で、じたばたともがくドロシィの前に本を差し出す。
 時間は更に進んでいた。半ば埋もれた街。だが、通りでうずくまる子供の目前で餅の侵攻は止まっていた。
 不思議そうに顔を上げる子供。その目にうつる、その色は。

「ところで、帰ってくるには条件を満たさなきゃ駄目なんだよね?」
「うん。さっきも言ったけど……ど? 編、集長? 目が怖いです」
 余談ではあるが。
 復興を協力し飢餓地帯に農耕が定着させた一同が無事(?)帰ってきたのは。
 更に二日経った後のことだったという。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0592 / ドロシィ・夢霧(どろしぃ・むむ)/ 女 / 13歳 / 聖クリスチナ学園中等部学生(1年生)

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■         ライター通信          ■
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 どうも、平林です。このたびは参加いただきありがとうございました。
 一月末に餅の話始めた時点で、なオチですが、それはそれということで。いや、別に深い意味はないですよ? 「これ、こんな味やったっけ?」とか。
 では、ここいらで。いずれいずこかの空の下、再びお会いできれば幸いです。
(コタツ潜りな頃に/平林康助)