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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


Navel of lake


 「Navel of lake」の名のとおり、世界各地に聖水・霊水の伝説を創る根源となった湖―地球のへそ。
 その水は、あらゆる病気や怪我を癒し、不老不死さえも与えると言う……

 地球のへそと言うだけのものなのだから、その水を飲む事で地球のエネルギーや何かが体内に入り込み、変化をもたらす事くらい簡単にあるだろう。
 だが、予期せず現れるその泉に出会えた人間などは本当にごくわずかで、その本質である「Navel of lake」は、神格化した人間達の手によって奇跡と言う名を冠し、その年その場所に地球のへそが現れたという記録は残らず、伝説だけが一人歩きする。
 だが、聖水・霊水の効力は巡回するという説を唱えた研究家が居た。
 アトラス編集部の碇・麗香もこの研究家の記事を読み、これはこれで面白そうだと思った。
 この地球のへそと言うものが世界中を巡回し、もしこの水を調べる事ができたなら、大スクープどころではない。
 小さなコラム程度のまるで小説とも取れる記事には、この「Navel of lake」が今年日本で現れる可能性があると説いていた。
「さ〜んし〜たク〜ン」
 編集部の中央あたり、コピーを終えた書類の束を抱えて、一人のメガネのサラリーマンの肩がビクッと震える。
「な…なんでしょう。編集長…」
 今日も今日とて大嫌いなお化けやら幽霊の類の取材ばかりをさせられ、嫌だと思いつつも命令を聞かなければもっと酷い事になるしと、三下・忠雄はノソノソと麗香のデスクへと出向く。
「これ、取材に行って来て」
 渡されたコラム、もとい記事を手に、おや?っとメガネの奥の瞳がきょとんとし、ほっとしたように三下の口から長い息が吐かれた。
「寒いでしょうから、風邪でも引いて期を逃さないでよ」
 幽霊や妖怪の類じゃなければ寒いくらいどうって事ないですとでも言わんばかりに、三下はいそいそと準備を始める。
「…でも、さんしたクンだけじゃ心配ね。別の意味で」

 そう、取材の場所は、日本の霊峰・富士山やその周りの樹海かと思いきや、日本の中心に近い高山の山の中の“何処か”であった。


【季節は冬の飛騨高山】


「さぁ皆さんがんばりましょ〜!」
 もこもこのジャンパーにスキー用とも思えるくらい分厚い手袋をつけて、振り返りそう宣言する三下・忠雄。
「はい!三下さん!がんばるっスよ!」
 そんな三下の宣言に一切の疑いという言葉も挟み込まないくらい元気にかつ真剣に答える湖影・龍之助。
「生き生きとしてるなぁ、三下」
 こんな山でこそマッチすると言わんばかりの風貌の鷹旗・羽翼が、その顔に比べて小さな黒縁の丸メガネを白く曇らして呟く。
「………」
 そんな男性陣の後ろで、黒のもこもことしたコートを羽織った海原・みそのは、眼前に聳え立つ山々を見上げた。

 高山といえば飛騨高山。そして飛騨高山といえば上高地。観光者にとって二つは一つ。セットで見てこそ高山観光とういうもの。そして、この日本に唯一残された秘境と名高い上高地ならば、今回の「Navel of lake」が顕現する可能性もあるというものだ。
 だが、高山には乗鞍スカイラインや、北アルプスもある。さて、どっちへ行くべきか。厳密に言えば高山は岐阜県、上高地は長野県ではあるわけだし、乗鞍や北アルプスが有力のような気がしてくる。
 とりあえず、きっとみそのが参加する事になったせいか、一向は平湯温泉を拠点に、今後の対策を練る事にした。だが、何てたって2月。乗鞍も上高地も冬季は道路が閉鎖されている。
 寒いくらい幽霊や妖怪を見るより何百倍もマシと、張り切っている三下とその姿にノリノリの龍之介は差し置いて、碇編集長からの無理難題にどうするかと頭を悩めたのは、鷹旗とみそのだった。
「まぁ、とりあえずマルタで一通り探索するとして、見つかった場合は登山…しかないな」
「わたくしは水やものの流れならば感知できますので、可能性のある湖をリストアップしておきますわ」
 そうすれば、その後探索しやすいでしょう?とみそのは鷹旗に提案する。鷹旗の方も数は限られているものの場所ば人の踏み込むような場所ではない位置にある湖をむやみやたらに探して回るよりは、みそののこの提案はありがたい。
 乗鞍から、北アルプス、上高地に存在する湖・池は、鶴ヶ池・亀ヶ池・五ノ池・権現池・大丹生ヶ池・不消ヶ池・鏡池・焼岳の火口湖・大正池・明神池。正直上げ始めれば切がない。
「ここは温泉というものもありますけれど、池や湖だけでよろしいのですか?」
「このコラム通りなら、温泉は含めなくてもいいだろう」
 碇から三下そして鷹旗の手に移動したコラム記事を覗き込み、みそのは頷くと、そそとして部屋へと戻っていく。
「鷹旗さん!あの僕は何をすればいいでしょう!」
 いや、本当ならばアトラス編集部の正規の記者、正社員である三下が今後の予定を決めるものだろう。などと思いつつ、しょせん下っ端の三下、いつも碇にこき使われている三下、怪現象が起こると―と、コレは関係ないか、自主的に行動を起こすなんて事期待するだけ無駄だったのだろうか。
「そうだな、街の人にある日突然現れる池や湖の噂がないか調査だな」
「分かりました!」
 本気で全身から嬉しいオーラを出して意気揚々とコートやマフラーをつける三下。
そんなに幽霊が出ない事が嬉しくて仕方ないのか…。そんな事を思いつつ鷹旗は肩をすくめつつ苦笑した。
「三下さんはここにいてください!調査なら俺が行ってくるっス!!」
 三下大好きっこの龍之介は、この寒い高山で三下が風邪でも引いたら大変と、三下をロビーのソファに座らせると、じゃぁ言ってくるっス!と台風のように街へと繰り出して行った。
「あ…いやぁ……」
 幽霊じゃなければ全然大丈夫なんですけどー…と口にだして叫びたい気持ちを抑えつつ、三下は龍之介の背中をただ見つめて呆然としている。
「さて、俺もマルタを少し飛ばせてくるかな」
 呆然としている三下をほっといて、鷹旗も持ち前のデーモン『マルタ』を呼び出すと、高山へと解き放った。


【山へ行こう】


 龍之介が街の人から聞いた、突然現れる湖の噂は、殆どが夏に起きるもので、こんな冬では見たことがないと言うものだった。実際、冬は道が閉鎖されているのだから、その湖が現れていたとしても誰も知らないのは当たり前といえば当たり前だが。
 みそのも一応この地域の地図と流れる水脈から、いくつかリストアップしてみたが、鷹旗が飛ばしたデーモン『マルタ』が手に入れてきた水からは、なんら変わったところは出てこなかった。
 だが、あのコラムの推測は外れていて、もしかしたらデマだったのではないかと思い始めた折、いきなり水脈を突き破るような感覚の“何か”の流れを感じた。
 鷹旗もそんなみそのが感じた突然現れた流れの先にある湖か池を期待してマルタを飛ばすと、確かに、普通ならおかしいと思えるような場所に小さな湖が出来ていた。
「マルタが取ってきた水を東京に送って調べてもらったが、やはり成分知的には違ったところはなかったそうだ」
 鷹旗も実はこれは予想していた。なんとなく、そんな湖が現れたとしても人間が調べられるような範囲で変化が出ないのではないか、と。
「霊的な作用があるように感じますわ」
 流れを自由に操る事の出来るみそのが感知した特異な霊力の流れが、その場所に溜まっている事を感じる。
「やっぱり山登らないとダメみたいっスね」
 龍之介にはそんな特殊能力は一切ないので、鷹旗やみそのが言う言葉を信じるしかないのだが、ここで手ぶらで帰っては三下が碇にしかられるので必死になっている。
「そうだな。山登るしかないな」
 冬の雪まみれ、一般道も閉鎖のこの時期。さてどこから山へ登るのか。
「あの〜…物資を山頂ホテルに運ぶヘリコプターに乗せて貰うのはどうでしょう」
 結局一緒に来たものの、何もしていないと思われた三下だったが、結構いろいろと調べていたようだ。
 さすが三下さんです!なんて龍之介に賛美されながら、三下は照れたように頭を掻いた。





 一行はどうしてもとなんとか頼み込んで「どうなっても知らないよ?」なんて脅されつつ、物資をおろす強化ワイヤーを使って比較的平らな雪の上へとダイブした。
「皆大丈夫か〜?」
 年長者かつ保護者も兼ねてしまっている鷹旗が自分の荷物を背負い、回りを見回す。
「平気ですわ」
 たしか齢13歳だったかの、みそのは平然と何事も無かったかのようにその場に立ち、
「大丈夫っス〜」
 龍之介も無事に降り立ち、鷹旗よりも大きなリュックを背負い込んだ。中にはサバイバルセットだけでなく毛布も結構入っているらしい。
「あぁ!三下さん!?」
 お決まりのギャグ通りに雪から足を出してぴくぴくしている三下だったが、龍之介に助け出され事なきを得た。
 道中の雪かきをする鷹旗と龍之介を先頭に、道案内のみそのは彼女が感じている流れの固まる場所の方向を二人に伝えながら後を着いていく。
 さすが豪雪地帯。しかも冬は未踏の地。歩こうとするだけで雪に埋まってしまう。現地に着くまでにどれだけ掛かるだろうか。
「でも、なんでNavel of lake、湖のへそなんスかね」
 龍之介はよっと雪をスコップでどけながら、ふと思っていた疑問を口にする。
「へそは、中心って意味もある」
 そんな疑問に鷹旗は答える。
「人間の真ん中にあるのもへそだ。力入れるときに力が集まる場所も、へそ…だ」
 湖として顕現する地球のへそ。だからNavel of lake。
「おへそは、母と子の絆でもありますわ」
 その疑問に付け加えるように、みそのが言った女性らしい一言。その一言で龍之介はぱっと思いついたように頷くと、
「じゃぁ地球はお母さんって事になるっスね」
 龍之介の混じりけのない純粋な一言に、鷹旗ははっと思いついたように人好きのする笑みを浮かべると、
「だったら今俺たちは母なる地球のおへそへ絆を確認しに行く子供って事か」
 この地球上全ての生命は地球が生み出した子供。
 子供はとっても傲慢で、汚したり傷つけたりを平気で繰り返す悪い子もいる。でも、そんな子供でも地球はその暖かさで包んでくれているのだ。その包容力は、どれだけの母性であろうか。
「その水を飲んだら地球のパワーをもらえるって事っスね」
 確認されている事例の中で、地球のへそだと思われる聖水・霊水伝説が本当ならば、飲んだ人が地球から何かしらの力を分けてもらったと考えていいのかもしれない。
「水はとても神秘的なものですわ」
 名も忘れられた海の神に仕えるみそのにとって、水はとても重要で尊いもの。
 彼女が呟いた一言の中に、どれだけの意味が含まれているのかなど誰も知る由はない。
 天気なんてすっかり分からないくらいの雪雲が空を覆い、暗くなってきたなという感覚で、夜が近づいてきていることを知る。キャンプはとても寒いだろう。
「近いか?」
 自分やたぶん龍之介は大丈夫だろうが、女の子のみそのやがちがちに震えて喋る事さえしない三下を気遣って、鷹旗は問いかける。
「もうすぐ、ですわ」
 徐々に感じる力が大きくなっていっているのが分かる。
 ゴールは近い。


【林の中の湖】


 そこだけ空気が違った。
 今までうず高く積もっていた雪が一気にしてなくなった。いや――正確にはこの空間だけ雪がなくなっていた。
 湖を臨んだ林の向こうへ視線を移動さえれば、また雪が積もっている。ここだけがまるで春のようだ。
 春のようだとは例えたが、決して気温が低いわけではない。
 漣一つない湖の底には、元々底に生えていたであろう草がそのままの姿で望める。
「綺麗っスね〜」
 思わず手を組んでその光景に魅入る龍之介。
 鷹旗は、湖の辺まで歩み寄り腰を下ろすと、リュックの中から透明なコップを取り出し、水をすくってみる。コップの中で揺れる水に一切の混じりけはない。
 成分値的に他の清涼飲料水と変わらないのだから、他の水との違いを求めるならば、飲んでみるしかない。
 コラムには確か、Navel of lakeの水の効能は、あらゆる病気や怪我を癒し、不老不死さえも与える可能性さえもあるという事。鷹旗はしばし考えると、コップを口に運んだ。
「あぁ!鷹旗さん!?」
 わなわなと震えながら三下が鷹旗の足元に擦り寄って、
「だ…だだだ、大丈夫なんですかぁ!?」
「うーん…」
 普通の水だ。
 いたって普通の水だ。
 鷹旗は首をかしげ、コップの水を目線の位置まで持ち上げて、またもじっと見つめる。
「やっぱりNavel of lakeの話しなんて嘘だったんっスよ!」
 と、龍之介も三下に話しかけると、自分も水筒のコップで水をすくうと、口に運んだ。
「………え゛」
 龍之介の手から水筒のコップが落ち、コロンと地面に転がる。
「鷹旗さん。何ともないって嘘じゃないっスか?」
 ぐりんと鷹旗に振り返り、なんだか少しノリノリで訴える。
 みそのも湖の辺に腰を屈めると、手で器を作って口に運んだ。
「………」
 確かに、体の中に今までとは違う力の流れが、口から足元へと流れていく感覚がある。
 三種三様な対応に、三下は首をかしげると、自分もみそのと同じように手で器を作って水を飲んでみた。
「あぁああ!三下さんダメっスよ〜〜!!」
 龍之介の制止の声も後の祭り。三下の手の器から口に中に入り、コクンと喉を通り過ぎていった。
「………っ」
「三下?」
 その状態のまま固まっている三下に、鷹旗は首をかしげ顔の前で手を上下させてみる。
 みそのも腰をかがめたまま三下を見て首をかしげた。
「この水は一般人が飲んじゃダメなんスよ〜」
 会話だけで霊を成仏させられる龍之介の何処が一般人なんだろう。と、突っ込みを入れたいところだが、それはぐっと押さえて、しばし状況を見守っていると、
「ぎゃああぁぁぁああああ!!!」
 山の中に三下の悲鳴が響き渡った。


【霊水の効力】


 起きるたびに気絶を繰り返す三下。
 やっとこの状況に多少本当に少しだけなれてきて――いや、碇から今回の取材の記事の締め切りを突きつけられ、気絶するに事が出来ない状況になっていた。
「今回の俺の記事は使えそうか?」
 灰色オーラを出している三下を尻目に、碇に記事を手渡している鷹旗。
「でも、鷹旗さんはあの水を飲んで何の変化もなかったのよね?」
 そう、名も知れぬ海の神の巫女みそのと、血の契約でデーモンを使役している自分には、何の変化も無かったが、ちょっと人より怪力もちの龍之介と、本当にただの平サラリーマンの三下には、変化が訪れた。
 つまり、特殊技能もちには何の変化もない水。
 いや、みそのが言うには、能力者が何かしら能力を使った際に蓄積される疲労を取り除く作用がある。
「鷹旗様のそのマルタがもし怪我を負った際でも、完全に治す事が可能だと思いますわ」
 との事だった。
「じゃぁ、今三下くんにはどんな作用が起きてるのかしら」
 編集部の隅で、ぶつぶつとノイローゼのようにパソコンに向かっている三下に、頬杖を着いたまま視線だけを向ける。
「三下さん顔真っ青っスよ!?」
 なんやかんやと三下の世話を焼いている龍之介を見ながら、順応性が高いなぁなんて思いつつ、鷹旗は顎鬚を撫でたのだった。
「コラ!三下さんは今記事書いてるっスよ!邪魔しちゃダメっス!!」
 なんて龍之介が何もない虚空を払うような仕草をして、また三下の悲鳴が編集部に響き渡った。






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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1388 / 海原・みその (うなばら・みその) / 女性 / 13歳 / 深淵の巫女】
【0602 / 鷹旗・羽翼 (たかはた・うよく) / 男性 / 38歳 / フリーライター兼デーモン使いの情報屋】
【0218 / 湖影・龍之助 (こかげ・りゅうのすけ) / 男性 / 17歳 / 高校生・アトラスアルバイター】


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■         ライター通信          ■
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 こんんちは、今回はNavel of lakeにご参加ありがとうございます。紺碧です。結局の所どっちの山に登ったんだよって話しですが、ご想像にお任せします。
 鷹旗様は2度目のご参加ありがとうございます。三下さんを覗きまして同行者様がどちらも十代でしたので、鷹旗様には保護者として一番の年長者として数々の場面で皆さんを引っ張る役目をお任せしました。ありがとうございました。
 それではまた、鷹旗様に出会える事を祈りつつ……