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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


■熱々・中華まん大会■

「兄さん、こんなものが届いていましたよ」
 ある冬の寒い日、草間零が一枚のチラシを兄、武彦に渡したのがことの始まりだった。
「なになに……
   ・商店街でこの寒い冬を乗り切ろうというお祭り企画、題して『熱々・中華まん大会』を行います。
   ・中華まんは各自お持ち寄り下さいまして、場所は廃校となった学校の調理室で行われます。
   ・なお、中華まんならば肉まん、あんまん、カレーまん、ピザまん等々、お好みの中華まんを3つまでお持ち寄りが可能ですので、お好きな中華まんをお持ち寄りください。
   ・特別ゲストとして、あの有名な電波魔法占い師、ユッケ・英実(─・ひでみ)様もお呼びして調理室を特設会場として下さいます!
 ───商店街の連中も、またおかしなこと思いつくなあ……大体誰だ? ユッケ・英実って」
 どこかで聞いたような気もするのだが、と首をひねる武彦に、
「今話題の、なんでも当たっちゃうっていうとても大人しくて素敵な女性なんですよ、知らないんですか? 最近テレビでも活躍してますよ」
「まあいいや。それでこの参加申し込みってのに記入して、自分の好きな中華まんと一緒に持っていきゃいいんだな」
「はい! 兄さん、是非参加してきてください!」
 武彦はあからさまに嫌そうな顔をした。
「行きたいんなら零、お前が自分で行けばいいだろう」
「どうしても外せない先約が入っちゃってるんです。是非わたしの分まで体験して、見事優勝して豪華景品をゲットしてきてください!」
 可愛い妹にこんなに頼まれて、首を横に振れる武彦ではない。
「どうせなら、あいつらも呼んでやるか」
 と、チラシについてきた申し込み用紙をコピーしてくるよう零に頼みつつ、電話に手を伸ばす武彦だった。




■ユッケ・英実、参上■

「なんだ、フツーの会場じゃん」
 武彦に呼ばれてピザまんを持参した羽角・悠宇(はすみ・ゆう)は、ぞろぞろと町内会の参加者や初瀬・日和(はつせ・ひより)と共に入りながら拍子抜けしたように肩を竦めた。
「特設会場、って書いてあったけど、普通の学校の調理室って感じよね」
 ひょこ、と肉まんを持ってきた日和が、イヅナの末葉を抱っこしながら目をぱちくりさせる。
「ユッケ……」
 そこへ、けほけほと咳をしながらいつもらしからぬ雰囲気を纏って現れた、シュライン・エマに武彦と二人は思わずずざっと一歩、退いた。
「しゅ、シュライン。お前、目が据わってるぞ。何かあったのか?」
 武彦が恐る恐る真剣に尋ねると、シュラインはかぶりを振る。
「ちょっと本業で徹夜明けの風邪気味なだけ……心配ないわ」
「シュラインさんの本業って、興信所の事務員じゃなかったんですか?」
 こちらも後ろから列にならってようやく追いついたシオン・レ・ハイが大事そうに自作の、その興信所の台所を借りて作ってきた三つの中華まんが入った袋を抱えて尋ねている。
「シュラインさん、事務員は確かバイトみたいなものじゃなかったでしたっけ、本当は。本業は翻訳家だったり色々だったりするんですよね」
 ところでどこにも豪華賞品の内容が書いてないんですけど、どんなものなんでしょう、とこちらはアルバイト探しにきた筈が中華まん大会と聞き、あわよくば豪華賞品を貰おうと参加するに至った、海原・みなも(うなばら・─)が顔を出す。
「しっかしシオン、お前よく肉まん買う金あったな」
「いえ、これは材料は後ほどまで内緒の、手作りです。予算が足りなかったのですが、味には自信があります!」
 武彦に向けてガッツポーズを作ってみせるシオンの脇では、いつの間にか「興信所専属広報」の腕章をつけている悠宇がカメラを構え、アングルを確かめている。またその脇では、日和とシュライン、みなもが、それぞれ持ち寄った中華まんを披露していた。
「さすがシュラインさんですね、あたしは肉まんとかなんて作ったことがないですから、冷凍モノを蒸して持ってきました。あんまん、肉まん、カレーまんの3つなのです」
 とはいってもみなももしっかりと、湿気ないように冷めないように保温に気をつけて、竹の皮に包んだ上魔法瓶に入れてきている。
「豚まんに回鍋肉まんにチーズクリームまん……これシュラインさん、全部作ったんですか? すごい」
 日和が感心している。シュラインはまだツラそうにしながらも、ふふ、と微笑んでみせた。
「他にも味、試してみたくなるかもしれないから、色々調味料も持ってきたわ」
「それにしても、特設会場といっても本当に普通のところですねえ」
 シオンがしげしげと見渡していたが、ふと一所で視線をとめた。
 きゃー、とひときわ歓声が上がったのと同時だった。
「はいはい皆様お静かにお願いします! ユッケ・英実さんのご登場です! ユッケさんが仰るには、既にこの調理室から皆様は中華まん大会を完遂するまで一歩も出られず、特に『とあるしかけ』を趣向として特別会場にしてある、とのことです!」
 商店街を仕切る肉屋の親父がマイクで話している。
「一歩も……?」
 ユッケ・英実をパシャリと写真に収めてから、悠宇が不審そうに閉じられている扉を開こうとする。
 が、どうしたことかどんなに力をこめても開かない。壊す勢いで体当たりしてみても無駄だった。
「ユッケ……韓国料理好き?」
 どこかぼーっとしたシュラインがぽそりと呟いたのが、会場に妙に響き渡り、一瞬しんとなる。
「しゅ、シュライン!」
 何かいやな雰囲気を察知した武彦が慌ててシュラインを背中にかばった時、全身を黒で纏い、長い艶のある黒髪を腰まで伸ばした虚ろな瞳の美女が、無表情のままこちらを向くところだった。
 ごくりと、誰もが緊張に唾を呑みこむ。
 英実の口が、ゆっくりと開かれた。
「単に……生まれて初めて食べた料理が……ユッケだった、というだけよ……」
 一斉にがくりと腰を折る会場の全員をよそに、悠宇がやはり腰砕けしながらも突っ込みを入れた。
「赤ん坊がユッケなんか食ってたまるか!」
「兄さんがね……わたしに食べさせようとして……まだ幼い兄さんが……自分のユッケを分けてくれたの……そのあとはまだ病院内にいる生まれたばかりのわたしをめぐり、院内は大騒ぎだったらしいわ……」
「それはそうでしょうね。赤ん坊にユッケは早すぎます」
 頷きながら、真面目にみなもが判断する。
「でも……ユッケ、好きよ……。ビビンバも……あ、カレーもスパゲッティも炒飯もカニ料理もお寿司も、もちろん中華まんも……大好きよ……」
 まさか、この中華まん大会はこの電波系占い美女、ユッケ・英実のたくらみなのか。
 誰もが一瞬そう思ったが、口には出さない。
 いつなんどき、どんな「電波」を送られてどんな目に遭わされるか分からないからだ。
「え、えーとでは、中華まん大会、始めさせて頂きます! ルールは簡単。持ってきた中華まんをまず出して頂き、審査員の皆様に見せます。見せたあと、速やかに食べて頂きます。それからは、ユッケさんの審査のみとなるそうです」
「なるそうですって、どういうことでしょうね」
 シオンが小首を傾げたが、ぞろぞろと皆と一緒に、中華まんを披露するために審査員の前に皆と共に歩み出る。
 ほどなくして、調理台の上にそれぞれ持ち寄った中華まんが並べられた。
 商店街の中から選り抜きの審査員達が専用紙にボールペンやら赤ペンやらを持ち、○やら×やらをつけている。
「これって、大会ってなんで大会なんだろうって思ってたけど……中華まん自体も評価されるなんて」
 もっと凝った中華まんを持ってくればよかった、とがっかりする日和。
「大丈夫だって日和、なんたってあのワケわかんねー電波系占い師が選出した審査員のすることだから、草間さんの知り合いってだけで『珍しい人材』みたいな感じで案外おとされないかもしれないぜ、俺達」
 妙な理屈で元気付ける悠宇。
「まさか、草間さんの知り合いってだけでそんなことは」
 と、みなも。
「落ちませんように落ちませんように」
 と呪文のように手を合わせて拝んでいるシオンと、そしてその隣でしきりに「大丈夫大丈夫」と明らかにいつもの彼女ではない様子のシュライン。
 やがて第一次審査結果発表が行われ、100人はすし詰め状態でいたのではないかという参加者のうち、武彦達を含めた僅か15名だけが残された。
 不思議と、ぶーぶー言っていた落選者達は、見えない手で押されたかのように調理室の外に押し出され、再びまたどうやっても扉は開かなくなった。
「残ってる、私達」
「な、言っただろ」
「不思議なこともあるものですね」
「よ、よかった、これで豪華賞品への道のりが近くなりました!」
「ね、大丈夫って言ってたでしょ?」
 手を取り喜ぶ日和と悠宇、そして小首を傾げるみなも。
 純粋に万歳をして喜ぶシオンに、微笑みかけるシュライン。その隣では、こちらも残った武彦がしきりに首をひねっている。
「どうしたの、武彦さん?」
 調子はいつもより狂っていても、流石に武彦の様子には鋭いシュラインが尋ねると、
「いや、どうもあの美女、見たことあるような気がしてな」
 と、まだ考えていたが「まあいいか」と髪の毛をくしゃっとやった。



■電波を受けた中華まん達■

「さあ、それでは第二次審査です! 最終審査ともいいます! 速やかにお持ちよりの中華まんをゆっくりでも構いませんので食べ始めてください!」
「もう最終審査かよ」
「いいじゃない、悠宇。考えてみたら私、いつも中華まんって数口食べるとおなかいっぱいになっちゃうから、末葉と一緒に分け合って食べる」
「日和さん、賞品諦めちゃうんですか?」
 みなもが、早速魔法瓶から出した竹の皮の中から、ほかほかと湯気のたつ肉まんを取り出し、一口食べながら尋ねる。
「私は諦めませんよ最後まで!」
 というシオンの前には、一見普通の中華まんが三つ、並んでいる。
 だがその実、チョコレートまん(あんまんの代わりらしい)、デパートの地下の試食品まん(試食品を色々入れたもの)、うさぎまん(兎の焼印、中はカスタード)とこの中では恐らく一番「凝って」いるだろうと思われた。
 そのシオンもまた、チョコレートまんからパクつく。
 シュラインはというと、こちらは「いただきます」と丁寧に手を合わせてから、豚まんから先にほくほくしながら幸せそうに食べ始める。
 武彦は、そこらのコンビニで買った味気ない中華まん───と思いきや、コーヒー色の中華まんを食べている。
「あら、武彦さん、それもしかして零ちゃんが?」
 シュラインが尋ねると、「ああ」と武彦は缶コーヒーを飲み干しながら頷く。
「ちょっと凝った趣向のほうが楽しいつって、初めてだけどコーヒーまんを兄さん用に作った、って持たされた」
 コーヒーまん。
 確かに武彦らしいといえば武彦らしい中華まんだが、味は大丈夫なのだろうか。
 しかしなんとなく聞くのも気が引けて、誰も聞けないでいた。
 その時ふと、仲良くイヅナの末葉と肉まんを分けて食べていた日和が悲鳴を上げた。
「どうした日和!?」
 ちょうどピザまんを食べ終えた悠宇がすかさず彼女を後ろにかばう。
 見ると、目の前では食べ終えた武彦達以外の参加者達の何人かが、横たわり、口からまるで繭のように糸を出して自らの身体を包み込み───見る間に、ほこほことした中華まんに変化してしまったのだ。
「玲子ーっ! なんでだ、俺達普通のコンビニで買った肉まんとピザまん食っただけなのに!」
 カップルで来ていたらしい男性の一人が、肉まんと化してしまった恋人に抱きつく。
 す、とそこで今まで虚空を見ていたユッケ・英実がこちらを向いた。
「特設会場では……持ち寄った中華まんがどのようなものでも、食べれば眠りに誘われ……食べた中華まん同様になってしまうという……特典つきなの……」
「どこが特典だっどこがっ!」
「他にも中華まん化する以外の症状も……あるかもしれないわね……眠りのあとに……」
 噛み付く男性にも、涼やかにそんな応対をする、ユッケ・英実。
「つまり、眠らなけりゃいいんだな」
「そういうことね」
 悠宇とシュラインは、逸早く落ち着きを取り戻している。みなもも、もくもくと食べ続けていた。
「まさか……誰が一番最後まで眠らないでいられるかが賞品への道なのでしょうか」
 なんだかんだ言ってチョコレートまんを完食し終えたシオンがぽつりと呟く。その時には既に、日和にも武彦にも、否、その場にいる全員に睡魔が襲ってきていた。
「だ、だめだみんな、眠るな!」
 武彦が言うと隣で、「そうよ!」と力強く拳を握る。
「これは零ちゃんに報告しなくちゃいけない大事なイベントなのに、眠って報告できなくなったら零ちゃんが可哀想。というわけで武彦さん、私が眠ってもいいように、ご協力お願いね」
「な!?」
 突然、持ってきていた調味料、タバスコをその口に放り込まれ、武彦は悲鳴を上げる。
「っ……っ!」
 声にならない何かを言おうとする恋人のこめかみに、更にシュラインは山椒や辛子をぬりぬりと塗りつける。
「あ、なるほど。草間さんに見ていてもらえば、シュラインさんも安心して眠れますね」
 ぽむ、と手を打つ、眠そうなみなも。
 この際、武彦はどうなるのだという疑問は誰も持たないのが、武彦受難の一つであろう。
 悠宇と日和は、それぞれに、ブーツや靴の中にツボ押しボールを仕込んで歩き始めた。
「ゆ、悠宇、これ確かに眠気防止になるけど、……ちょっと、痛い、かな」
「つーか、シュラインさん、今にも倒れそうだぞ」
 ぎくしゃくとした歩き方にどうしてもなってしまう二人の会話に、シオンがこちらも目をこすりながら、「そういえば」と思い出した。
「徹夜明けで風邪気味なら、睡魔に一番弱くなっているのでは……?」
 その通り。
 シュラインは武彦に一通りのことを仕掛け終えると、安心しきったようにふわりと倒れ───シオンと武彦が慌てて両側から受け止めたとたん、ふかふかの羽布団に変化してしまった。
「ふっ布団!? シュラインーっ!!」
 口の中の辛さも一瞬忘れ、布団と化してしまったシュラインを抱きしめ、泣き始める武彦。こちらは冷静に写真を撮る悠宇である。
「恐るべし、ですね……」
 そう言い、くたりとみなもも崩れ落ちる。
 もとより彼女は、眠る症状に対して何も対策していなかった。なぜかというと、特別危険もなく、抵抗できるほど強くないと分かっていたからだ。
 すうすうと眠るみなもは、持ってきていたあんまん肉まんカレーまん全てを食していた。
 すると、どうだろう。
 食べた順番から、症状としてみなもの姿も順番に変化していくではないか。
 一番最初にみなもが食べたのは肉まん。彼女はまず、まんじゅう皮に包まれて肉餡とともに眠り、その次に食べたあんまんを象徴するが如く、あんまんはあんまん娘(某あんぱ○まんのあんまんの女の子版のようだった)になり眠り、最後のカレーまんはこれまた姿が元に戻り、全身が七色に輝いていた。
 思わず審査員席からも、おお、と歓声が上がる。
「これは負けていられません!」
 悠宇がシャッターを思わず切る隣で、シオンはうつらうつらとしていたが、ちょうど手持ちのもので「坊眠対策」を取り始めた。
 まず残りの二つの中華まんを糸につりさげ、目のまえにたらす。棒で固定されてあるのだが、その中華まんを食べようとして手を伸ばすが丁度届かないくらい離れている。自然とその中華まんを食べようと歩き出すシオンだが、だんだんとお腹が空いてきて……目の前の中華まんに手が届かず、泣き出した。
「ああっ、中華まんが食べたい! 私の中華まーん!」
 本来の目的を既に忘れているであろうシオンの姿を見て、思わず「馬の前に人参を垂らして走らせる図」を思い描いてしまった悠宇。
「可哀想なシオンさん……お腹一杯食べればいいのに」
 うるうると、感情移入して瞳を潤ませている日和。
 その彼女の言葉に応じたように、シオンがかけた仕掛けがパキリととけ、中華まん二つが落ちてきた。
「あっ!!」
 すかさず二つとも口で受け取るシオン。すっかり手を使うことを忘れてしまっている。
 もぐもぐと食べ、
「美味しかったです」
 と幸せそうに言い、直後、天井まで届くチョコレートウサギに変身していた。
 おかげで目が覚めた武彦と日和と悠宇。
「し、し、シオン、お前」
 武彦が指差すと、チョコレートウサギに変化したシオンは、きょとんと小首を傾げ、狙っていなかったのに日和の心をくすぐった。悠宇はまた一枚、カメラに収めている。
「かわいい……小さかったらもっと可愛いのに……手乗りウサギさん」
「ひ、日和」
 日和はタコやらなにやら妙な生き物から好かれやすい。
 シオンが妙な生き物と言いたいわけではないが、そんなに無防備に「可愛い」などと言ってしまったら、今はシオンという人間の自覚を持っていないチョコレートウサギにどんな気持ちを植えつけてしまうか分かったものではない。
「わぁ、小さくなった、ね、見て悠宇!」
 はしゃぐ日和の言う通り、焦る悠宇の後ろから、小さくなったチョコレートウサギ・シオンがぴょんぴょんと調理台の上を飛び越えてきて、日和の手に飛び乗った。
「なごんじゃう……」
 一頻り頭を撫でていた日和は、ついに睡魔に負け、シュラインが変化したふかふか羽布団の上に、ぱたりと崩れ落ち、すうすうと気持ちよく眠り始め─── 一輪の蓮華草に変化した。
「うわああ日和ーっ!!」
 図らずも指がシャッターの位置にあったため、写真を撮ってはしまったが、悠宇は蓮華草が踏まれないよう護るように自分もシュライン布団の上に乗る。
「コラ羽角」
 ぺしっとその頭が叩かれ、悠宇は「なんだよ」と武彦を睨み上げる。
「気安くシュラインの上に乗っかるな」
「草間さんも乗っかればいいだろ」
「そういう問題じゃない!」
「じゃあどういう問題なんだよ!」
 二人とも、眠るまいとする葛藤と大事な人間が変化してしまったことで気が立っていて、まともな会話になっていないことに気付いていない。
 と、その時。
 ふと、最初に「玲子」と呼ばれた肉まんそのものに変化したものが、もこもこと動き、ぱくっと中から桃太郎の如く、元通りの彼女が出てきた。
「あー、よく寝た! 最近仕事づめで寝てなくて、あったかくていい気持ちでいい夢みちゃったぁ♪」
「れ、玲子……?」
 その二人を見て、眠るまいと努力していた会場内、頑張って起きていた数人が互いに目を合わせる。
「一定時間がすぎれば……」
「元通りになるならなると最初から……」
 悠宇と武彦もそして、ぱたりとシュライン布団の上に倒れこんでしまったのだった。
 もはや会場内に、一人も起きている者はいない。チョコレートウサギ・シオンでさえくうくうと寝ていた。
 しーんとなる調理室(=特設会場)に、すやすやぐおーと寝息やいびきが気持ちよさそうに響き渡る。
「え、ええと……」
 なんとか取り繕おうとする肉屋の親父に、ユッケ・英実が手で制した。
「さ……審査を始めますので……皆さん、今から挙げる名前のお方に、豪華賞品をプレゼントしてさしあげてください……」



■恐るべし血縁■

 全員が目を覚ました時、既にユッケ・英実は審査を終えたと残った15人は言い渡された。
「では、発表致します……。
 輝ける中華まん大会優勝者、称して『中華まん王女』は……海原・みなもさんです……」
 わあっと拍手が沸き起こる。
 みんな心地よく眠ってスッキリしたおかげで、誰も悔しがろうとする者はいなかった。
 呼ばれて前に出る、みなも。
「準優勝者……称して『中華まん羽女王』は……シュライン・エマさん……そして、『中華まんウサギ』……シオン・レ・ハイさんです……」
 段々怪しくなってきた「称号」に、武彦達は顔を見合わせる。
「羽女王って一体」
 残るは風邪気味だけとなったシュラインが、コホコホと咳をしながらシオンと共に前に出る。
「そして……特別賞は……称して『中華まん花少年』と……『中華まん花少女』の……羽角・悠宇さんと……初瀬・日和さんです……」
 武彦が、「結局俺だけ仲間内で落ちたのか」とぼんやり空っぽになった缶コーヒーを振って、次々と前に出て行く皆を見ていると、「最後に……」と、ユッケ・英実が、すっとおつきの者───背後にいつの間にかいた謎の黒子(くろこ)───達から赤ペンキが入ったバケツとハケを手に持ち、スッと「電波で武彦のすぐ後ろに飛ばした」。
 ハケはべたっと空中で止まり、空中をせっせと塗っていく。
 するとそこには、いつの間にその場にいたのか、赤ペンキで全身を服ごと塗られた生野・英治郎(しょうの・えいじろう)の姿があった。
「最後に……奇抜賞として……称して『中華まん透明王』と……『中華まん缶コーヒー王』……生野・英治郎……あなたと……草間・武彦さん……前にどうぞ……」
「英治郎、お前いつの間に紛れ込んでた!」
 武彦が驚くと、その腕を掴んで前に出て笑いながら英治郎。
「はっはっは。最初からですよ武彦。しかし我が妹ながら、この会場に私がいることによく気がつきましたね、英実」
「ええ……兄さんの妹ですから……」
 なに!? と、シュラインと日和、悠宇、みなも、シオンは思わず目をむいた。
 ぽん、と武彦が手を打つ。
「あー、そうだそうだ、どっかで見たことあると思ってたらお前、昔っから英治郎に時々ついてきてた英治郎の変わった妹じゃないか」
「武彦さん……気付くの遅すぎよ……」
「あの兄にしてこの妹あり、か」
「でも、ヘン加減が微妙に違うよね、悠宇」
「あたしはとりあえず、賞品さえもらえればそれでいいので」
「みなもさん、余程生活が苦しいのですか? でもそうでなくとも何かの賞品ってドキドキしますからね」
 シュラインと悠宇、日和にみなも、シオンがそれぞれに感想を漏らす。
 そして全員が全員、ヘンな称号と共に。
 シュラインは、「一口食べて空中に息を吹きかけるとふかふかの羽布団が現れる真珠色中華まん」を。
 みなもは、「一口食べると身体中に元気がみなぎり、どんな怪我や病気もたちどころに治ってしまう七色中華まん」を。
 日和は、「一口食べて空中に息を吹きかけると甘い蜜がたっぷりと出る蓮華草が咲く蓮華色中華まん」を。
 悠宇は、「一口食べて対象に吹きかけると一定期間その対象からの信頼を全面的に受けられる緑色中華まん」を。
 そしてシオンは、「一口食べると一定期間どんな大きさのウサギにもなれるチョコレート色中華まん」を。
 それぞれに、英治郎の妹のユッケ・英実───生野・英実から賞品としてもらったのだった。



「つか、俺自分が眠ったあとどんな姿になったのか分からないんだけど、日和知ってる?」
 賞品の中華まんを大事に袋に入れて、帰り支度をしながら、悠宇。
 後ろのほうで武彦が、もらった「一口食べればいつでも武彦等身大の缶コーヒーの姿になれるコーヒー色の中華まん」を英治郎に食べさせられそうになってあがいているのを、シュラインが宥めている。
「うん、私が目覚めた時、悠宇、いのもと草っていう植物になって私の上にいたよ」
「いのもと草?」
 解説しよう。
 いのもと草とは、
「いのもと草は……12月7日の誕生花で、花言葉は『信頼』……。井戸の近くでよくはえていたようだったけれど……今はコンクリートジャングルに埋もれて、あまりみなくなったって言うわ……。きっと、あなたが日和さんを想う気持ちが強くて……あなたまで花に変化したのでしょうね……」
 ───ユッケ・英実に説明を取られたが、まあそんなところである。
「じゃ、私が蓮華草になってたのは、もしかして3月3日の誕生花だったから、かな。確か花言葉は……」
「『私の幸福』ですよ。安心してください、皆さんが変化した姿も武彦が缶コーヒーの姿になってシュラインさんのふかふか羽布団でごろごろ甘えて寝返りを打っている姿も全て! 私がビデオとカメラに収めておきましたから! ご希望の方にはダビング&焼き増しして差し上げますよ♪」
 ついに武彦の口に「缶コーヒーになる中華まん」を入れることに成功した英治郎が、まだ赤ペンキを落とさずに笑っている。
「結構レア度の高い賞品で安心しました。これで、風邪とか引いても薬代が浮きそうです。結構高いんですよね、病院って、行くと」
 みなもはそこそこに満足したようだ。
「あ、生野さん。私にそのビデオ、ダビングひとつお願いしていいかしら? 零ちゃんに見せたいの」
 シュラインが咳をしながら言うと、「勿論ですとも」とウィンクつきで英治郎は親指を立ててみせた。
「ああ、これでいつでもウサギさんと一緒にウサギさんの姿でお散歩が出来ます♪」
 そうして幸せそうに賞品の中華まんを袋に入れたシオンはその後、ユッケ・英実に色々と占ってもらったりして、「余ったから……差し上げるわ……」と、何に使うつもりだったのか、いつ食べても新鮮そのもの極上の味という、彼女手作りの各種中華まんを合計30個ほどもらったのだった。
「英治郎ーっ! 貴様だけ電波を受けないとは、卑怯だぞ!」
「仕方がないでしょう、昔から何故か私だけ、英実の電波は効かないんですから」
「透明になってたクセに!」
「あれは私が自作の中華まんを食べたからです。いつ皆さんが気付くかと思っていましたが、いやあ、なかなか楽しませて頂きました♪」
 そんなやり取りの中、全員はようやく帰宅したのだが。
 その後数ヶ月ほど、「眠ると中華まん大会の時の症状が出る」という恐るべき後遺症が全員に出たのだった。




《完》
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
3525/羽角・悠宇 (はすみ・ゆう)/男性/16歳/高校生
3524/初瀬・日和 (はつせ・ひより)/女性/16歳/高校生
0086/シュライン・エマ (しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
3356/シオン・レ・ハイ (しおん・れ・はい)/男性/42歳/びんぼーにん(食住)+α)
1252/海原・みなも (うなばら・みなも)/女性/13歳/中学生
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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。去年の7月20日まで約一年ほど、身体の不調や父の死去等で仕事を休ませて頂いていたのですが、これからは、身体と相談しながら、確実に、そしていいものを作っていくよう心がけていこうと思っています。覚えていて下さった方々からは、暖かいお迎えのお言葉、本当に嬉しく思いますv また、HPもOMC用のものがリンクされましたので、ご参照くださればと思います(大したものはありませんが;)。

さて今回ですが、生野氏以外の草間氏受難ネタ……のはずが、またまた生野氏が出てきてしまったので番外編第三弾です(確か)。今回は皆様に中華まん大会、というものを体験して頂きましたが、久々のこういう系統のノベルを書いてちょっと気持ちが楽になりました(笑)。どの辺りが「優勝」とかの基準かは、やはりユッケ・英実こと生野英実の「電波にいい感じの症状を出した」ところにあるのですが、皆様もお気づきのことと思います。しかし生野氏に妹がいたとは……って、結構バレバレなOPでしたが、如何でしたでしょうか? そのうち、彼女もまたNPC登録でもしてみようかな、とか思っています。今回は皆様のプレイングを総合したり色々考えたりしまして、皆様統一ノベルとさせて頂きました。
また、今回、賞品とした中華まんとオマケで生野氏が作って自分に服用した「透明化中華まん」もアイテムとして追加してある筈ですので、お暇な時にでもご確認してみてくださいねv

■羽角・悠宇様:いつもご参加、有り難うございますv しっかり今回は腕章もご用意して下さいましたので、誰にも咎められることなく草間氏やお仲間の受難を写真に収めることが出来た悠宇さんですが、こちらは日和さんにあわせまして中華まんの症状、誕生花とさせて頂きました。何故悠宇さんの誕生日がユッケ・英実に分かったのかは、やはり電波でしょう(笑)。
■初瀬・日和様:いつもご参加、有難うございますv なんだかボケっぱなしだった感じの日和さんになってしまいましたが(笑)、日和さんの症状は花だろうなとなんとなく思っていたので、どうせなら3月3日、日和さんの誕生花の蓮華にしてしまおう、と思って変化させて頂きましたが、如何でしたでしょうか。
■シュライン・エマ様:いつもご参加、有り難うございますv 今回は壊れ気味、ということでとても楽しく書かせて頂きました!(笑) たまには本業で徹夜明け、というシュラインさんもいいですね。そんなシュラインさんを書くことが出来て本当に楽しかったです。その後、風邪のほうは如何でしょうか? 審査結果は、手作りの中華まんがシオンさんとほぼ同点で審査員達に評価されていました。
■海原・みなも様:いつもご参加、有り難うございますv まずは前回、一人称を「私」としてしまったことをお詫びします; 面目ないのですがかなり後から気付きまして……今回はしっかり設定通りの一人称とさせて頂きました。今回ユッケ・英実の「電波」に一番いい症状(効果)が来たのがみなもさんのプレイングにもあった通りのものだったのですが、賞品のほう、ご満足頂けたかちょっと心配です;
■シオン・レ・ハイ様:いつもご参加、有り難うございますv 眠り防止の方法、一番面白かったのがシオンさんでした(笑)。そして眠った後の症状はわたしが考えた、シオンさんのイメージというかそんなものになってしまいましたが、何故チョコレートだったのかは多分、チョコレートまんがわたしの頭の中に強く残っていたからかもしれません(爆)。ユッケ・英実の「電波」に次点として、症状が来たのがシオンさん、そして手作りの点で審査員たちに評価されたことも大きかったのでしたが、如何でしたでしょうか。

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。今回は主に「夢」というか、ひとときの「和み」(もっと望むならば今回は笑いも)を草間武彦氏に提供して頂きまして、皆様にも彼にもとても感謝しております(笑)。後遺症がその後、皆様にどのようなことをもたらしたのか、なかなかに興味をそそられるものではありますが、その後どうなったのかな、と想像してみたりしています。
次回受難シリーズは今現在抱えているノベルの進行と季節上、予定どおり「ひなまつり」の納品、そしてその次の受難サンプルUPは「ホワイトデー」になる予定です。

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆
2005/02/22 Makito Touko