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<東京怪談・PCゲームノベル>


【夢紡樹】−ユメウタツムギ− 二の夢


------<ティータイム>------------------------

 ちらちらと雪が舞う中、降り積もった雪を踏みしめて歩いていた。
 足下でさくさくという音が響く。
 吹き付けた風が冷たくて、みなもは首に巻いたマフラーを少しだけ上に押し上げた。

「寒いなー‥‥」

 海原みなもは白い息を吐きながら、そういえば、と思い出す。
 この近くで以前、夢の卵を貰った事を。
 その時にその夢の卵を使って見た夢。
 みなもはある異国の地でメイドになった夢を見たのだ。
 その時の自分は決して裕福ではなかったけれど、とても幸せな人生を歩んでいた。

「夢の卵まだ売ってるかな‥‥」

 自分の見たい夢が見れる夢の卵。
 もしあるのならばまた見てみたいと。
 しかし今は特に具体的に見たい夢がある訳ではなかった。
 でも別に今日使わなくても良いんだし、とみなもは考え、そのまま『夢紡樹』へと足を向けた。

 夢紡樹へと向かうまでにある湖は寒さの為か、凍り付いている。
 それを横目にみなもは夢紡樹へ向かうと、扉を開け足を踏み入れた。

「いらっしゃいませ」

 以前と変わらぬ声が響いて、ツインテールのウェイトレスがみなもを見て微笑む。
 おや、とカウンターの向こうにいた貘はみなもがやってきたのを見て口元に笑みを浮かべた。
 そう多く来ている訳ではないのに、マスターである貘はみなもの事をしっかり覚えているようだった。
 そもそも黒い布で目隠しをしているのだから、見えているのかすら怪しいのだが。

「今日は学校帰りですか?」
「買い物帰りなんです。ちょうど近くに寄ったので」
「そうでしたか。今日は何になさいますか?」

 えーっと、とウィンドウに並んだ美味しそうなケーキを眺める。どれも美味しそうに見えて選ぶ事は難しかった。
 そういう時はこの店のお勧めを頼むに限る。
 みなもは、ぱたん、とメニューを閉じると貘に告げた。

「お勧めのお茶とケーキをいただけますか?」
「はい、お勧めのお茶とケーキですね」

 にこりと笑った貘は恭しくみなもに礼をし、立ち去っていった。
 残されたみなもは以前と変わらぬ様子の店内を興味深げに眺め、楽しげに話す客に視線を送る。
 美味しそうなケーキと紅茶を前にしながら楽しげに会話するカップル。
 それはとても幸せそうでみなもはそのカップルを、いいなぁ、と羨ましく思う。
 いつか自分にもそんな人が出来るのだろうかと想いながら。
 そんなことをぼんやりと考えていると、目の前に湯気の立ったカップとケーキが置かれる。

「お待たせ致しました。本日のお勧めは果物をふんだんに使いましたケーキとロイヤルミルクティーでございます。それとこちらはお試し品という事で、どうぞ召し上がってみてください」

 そう言って貘がテーブルの上に置いたのはさくらんぼのプティングだった。
 薄ピンクの可愛らしい色をしている。

「春っぽいですね」
「えぇ、それをイメージしたそうですよ」

 それではごゆっくり、と貘は優雅な動きで去っていく。
 みなもは目の前に置かれた色とりどりの果物が乗ったケーキにフォークを入れた。

 それらを食べ終えたみなもはレジへと向かい、貘に先ほどのプティングの感想を述べる。

「ごちそうさまでした。あの、さくらんぼのプティングとても美味しかったです」
「そうでしたか。お口にあって良かったです」

 にっこりと微笑んだ貘にみなもは、そうだ、とすっかり忘れかけていたものを思いだし告げた。

「あの、この間頂いた夢の卵。一つ買う事って出来ますか?」
「夢の卵ですか? あぁ、それでしたらお代は結構ですよ」

 そう言って貘が背後に置いていたバスケットから卵を取り出す。
 実はまだたくさんあるんです、とそれを丁寧に包んでみなもに差し出した。

「え‥‥でも‥‥」
「楽しい夢が見れる事を祈ってますよ」

 有無を言わせず貘はそれをみなもに手渡し微笑んだ。
 その笑顔の前では全ての効力が無駄になってしまうようで。
 みなもは、ありがとうございます、とはにかむように微笑むと夢紡樹を後にした。


 帰宅したみなもは、以前と同様、シャワーを浴びてから夢の卵と共にベッドに入る。
 月の光が差し込む部屋でみなもは夢の卵を弄ぶ。

「今回はどんな夢でしょう‥‥」

 やっぱりまだ見たい夢は決まっていなかったが、なんとなくその夢の卵を手にしてしまう。
 無意識のうちに夢を見たがっているのだろうか。
 みなもは段々と睡魔に襲われ、そのまま瞳を閉じる。
 手にした夢の卵は、すぅっ、とみなもを包み込むように広がっていく。
 まるで胎内に眠る赤子のようにみなもは膝を抱えて夢の中へと落ちていった。


------<夢の花>------------------------

 気が付いた時、みなもはある花の雌しべになっていた。
 花そのものの精ではなく、雌しべの精霊となったみなも。
 精霊といえども、その花から動く事は出来なかった。
 雌しべは動くものではなくひたすら待ち続けるもの。
 自分に新しい命を吹き込む雄しべからの花粉を付けてくれるミツバチを、ただひたすら待ち続けていた。
 来る日も来る日も。

 回りにたくさんの雄しべと花の蜜が溢れている。
 それなのに、自分の求める雄しべの花粉をたくさんつけてくれるミツバチはなかなかやってきてはくれなかった。
 花が咲ききってしまえば、雌しべであるみなもの命は消えてしまう。
 みなもは消えてしまう前に雄しべの花粉が欲しかった。
 この世に種となってまた新しい花を咲かせられるように。
 それは遺伝子の中に組み込まれた最重要項目。

 その日もみなもは甘い香りに包まれながら、ミツバチがやってくるのを心待ちにしていた。
 そしてやっとみなもの元へミツバチがやってきて、花の中に溜まった蜜と引き換えに、花の中を蠢きながら回りの雄しべ達の花粉をたっぷりとみなもへとこすりつけた。
 みなもは待ち望んだ溢れんばかりの花粉を受け取り、受粉を行う。
 身体の中に雄しべの花粉を取り入れ、雌しべであるみなもの中でゆっくりと成長していく種。
 種が大きくなるにつれ、徐々に花は枯れそして種は更に大きくなる。
 みなもはそのまま種となり地に落ちた。
 自然は地に落ちたみなもの上に、発芽するのに必要なものを全て与える。
 そしてみなもは再び芽吹き、成長して雌しべとなる。
 何度も何度も繰り返し、みなもは雌しべとしていつも雄しべの花粉を待っていた。
 待っているだけの身は淋しかった。
 回りにたくさんの雄しべがあるのに、ミツバチがやってこなければ、他人の助けを借りなければそれらと触れあえない。
 もっと自由に触れあえたら、もっと早くに種となることが出来るのに、と雌しべであるみなもは思う。
 あたしにもっとたくさんの花粉をください、とみなもはミツバチがやってくる度に思う。
 花粉がミツバチによってもたらされる時は嬉しくてたまらない。
 喜びに震えながらその花粉を自分の糧として中へと取り込んだ。


------<夢の後で>------------------------

 目覚めてからみなもは恥ずかしさに頬を火照らす。
 頬よりは冷たい両手で頬を押さえ、その熱を下げるようにパタパタと叩く。
 理由はよく分からなかったが、雌しべのみなもは喜んでいたが、人間としてのみなもは一連の出来事が恥ずかしくてたまらなかった。

「あたし‥‥雌しべでした‥‥」

 自分が雌しべでそして何度も受粉し種になって。
 それを繰り返して。
 雄しべの花粉が触れた時には嬉しくて。
 まるで欲求不満の様にも感じられ、それを否定するようにフルフルとみなもは首を振った。

 ただの花の一生。

 それなのにみなもにはそれはとても深い意味を持っているようにも思えた。
 ちらりと喫茶店で見た幸せそうなカップルが頭を過ぎる。
 先ほどの夢は花にとっては幸せな一生。
 もしさっきの夢を人間の一生に喩えるとしたら、待って待ち望んだ相手と巡り会って、幸せな家庭を築き生きていく事と同じなのだろうか。

「これはお姉様にご報告しなくても‥‥」

 姉にこれをネタに玩具にされるような不安が過ぎる。
 みなもは報告しないようにしよう、と心に決めた。

「この夢で夢占いなんてしたらどんなことになるんでしょう」

 ふとそんな事を思うが、この夢でどんな診断が下されるのか結果が少しだけ怖い。
 それこそ結果次第では姉にネタにされ楽しく遊ばれてしまう事だろう。
 みなもはそれをただの夢だと思う事にし、寝汗をシャワーで流す為にベッドから抜け出した。






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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

●1252/海原・みなも/女性 /13歳/中学生


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■□■ライター通信■□■
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こんにちは。夕凪沙久夜です。
2回目の夢の卵への挑戦、ありがとうございます。
そして今回は本当に、大変大変お待たせして申し訳ありませんでした。

今回は雌しべとなられたみなもさん。
恥ずかしさ一杯とのことでしたが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

これからもみなもさんのご活躍も楽しみにしております。
ありがとうございました。