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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


CHANGE MYSELF!〜自慢の生徒たち〜


 東京に点在する有名な繁華街でなくとも、不良少年は群れをなして善良な市民に牙を向く。少年犯罪は増加の一途をたどっており、大人たちは根本的原因を解決できないまま手をこまねいているのが現状だ。ゆすり、たかり、ひったくり、そしてオヤジ狩り……一般市民がそのような犯罪に遭遇する可能性はごくわずかかもしれないが、実際に起こっていることだけは確かである。きっとタイミングなどの問題で新聞の記事にもならないこともあるだろう。その時、被害者となった大人は子どもたちを信じて事件を取り下げようとするだろうか。いや、そんなことはない。『罪を憎んで人を憎まず』などという言葉は先人や聖人が使うものであって、不幸にも被害に遭った人間が使うものではないのだから。
 そんな暗い世相を反映してか、首都圏から程近いこの街でも不良少年による犯罪事件が急増していた。もちろん地元の警察や自警団は市民の不安の声を解消するために動き出し、すでに今月だけで20人もの少年少女を逮捕や補導している。その数はまだまだ増える見込みだが、それに比例して街中の犯罪件数はがくんと減った。街としてみれば、これはいい傾向である。しかしその裏にアカデミーが暗躍していると知ったら、彼らはいったいどう思うだろうか……


 背の高いビルが取り囲む薄暗い空き地。そこにふたりの子どもがいた。年は中学生くらいだろうか。その脇には個性的な大人たちが控えており、その十数個の瞳は少し距離を置いてひれ伏す不良たちを映している。明らかに不良の方が子どもたちよりも年上だが、今の立場は彼らよりも下だ。不良たちはあることを懇願していた。しかし目の前の少年は年相応とは思えないほど不気味な笑みを浮かべながら首を横に振り、決してそれに応じようとはしない。周りの大人たちもその決定に対してただ首を縦に動かすだけだ。不良たちの身体から驚くほど素直に力が抜けていく。

 「何言ってんの、もう勘弁してくれって……ちょっと考え方が甘いんじゃない? ボクたちはずっと君たちの言いなりになって、親に黙ってお金とか通帳とか渡してきたんだよ。それに比べたらまだまだだよ。君たちは今までと一緒のことをすればいいんだ。誰かをカツアゲしてそのすべてをボクたちに捧げてなんとか社会的に生き延びるのか、それともヘタ打って犯罪者として逮捕されるか……このどっちかしかないんだよ。」
 「ぐ……ぐっ……!」
 「こっ、このクソガキがぁぁぁ、舐めんなぁぁっ!!」

 業を煮やしたひとりの不良が勢いよく飛び出した! 右腕は渾身のストレートをぶつけようと大きく振りかぶる。狙われた少年の目の前に袈裟を着た大男が立ちはだかり行く手を塞ぐが、その前に不良の腕が不意に勢いよく地面に落ちるともろい音を立てて骨が折れてしまった!

  ポキン。
 「うひ、うひひぃぃぃぃーーーーーっ! う、腕が、腕がぁああぁあっっ!」
 「君は一度ボクをゆすった時に襟をつかんでるからね。どう、500キロになった腕を持ってさっさと病院に行ったら?」
 「バカっ、だから我慢しろって言ったのに……!」

 悲鳴がビル街に木霊する……他の仲間はその無残な光景から目を逸らした。とても見ちゃいられない。彼らは少年に従うしかなかった。理由は簡単だ。不良の彼らが街中で猛威を振るっている頃、少年を小突いたり殴ったりするのに一度でも触っているからだ。あの少年は自分に触れた人間の体重を1トンくらいまで重くしてしまうことができる能力者なのだ。あんな能力で上半身を重くさせられたら、身体がマッチ棒のように折れて死んでしまうだろう。その恐怖から虚脱感に加えて震えまでしてきた。今の奴がよく腕だけで済んだなと感心するほどだ。ところが少年が手を下したことに対して、異を唱える男がいた。それはさっきの大男である。

 「あなたが直にお手を汚さずとも、この龍願寺にすべてをお任せいただければよかったのです。」
 「さすがは『一言法師』の異名を取る龍願寺さん。行動が早い。漢字一文字を発することでそれを具現化する特異な能力で彼を調伏するつもりだったのですか?」
 「口で言ってもわからないのなら、そうするより他にあるまい。」

 頭を丸めた坊主を龍願寺と呼んだ華奢で金髪の男は静かにその横へ歩み出る。彼は白いスーツを着てそこに立っていた。そしてもうひとり、大きな瞳のマークをあしらった鉢巻をした褐色の男も同じく前に出る。彼は背中を丸め、腕を折られた青年をじっと見つめながらずっと気味の悪い笑い声を放っていた。

 「別に力だけなら『虎の豪腕』を使いこなすアーリス殿に一日の長がある。拙者などその破壊力の足元にも及ばぬ。」
 「クヒヒヒヒ。破壊だけでは世界を支配できぬ……このホルス・スターが持つ2秒の未来予知さえあれば万全よ。キシシシ。」
 「さぁ、行きたまえ。無能で愚かな青年たちよ。街に巣食う邪悪よ。私たちに抹殺されるか、それとも社会的に生き延びるのか。お前らで選ぶがいい。アカデミーのアーリス、龍願寺、ホルス・スターがこの少年に代わってお前たちを許しはしない……!」
 「これで、この街がきれいになるのね……よかったぁ。」

 3人のリーダー格であるアーリスが不良たちに向かってそう宣言すると、今まで少年の隣にいて一言も話さなかった少女が安堵の表情を浮かべながら口を開いた。不良は重傷を負った友を連れて逃げていく……そして数時間後、彼らは言いつけ通りに犯罪を起こし逮捕された。すべてはアカデミーの思惑通りだった。


 実はこの事件を密かに追っていた男がいた。彼は『絆』と呼ばれる能力者たちを救済するコミュニティーを組織しているリーダーの霧崎 渉である。この街の事件を新聞などで知って独自の調査をしていたところ、『絆』で面倒を見ていたひとりの少年が事件の被害者として関わっていたことが判明したのだ。『まさか』という気持ちを胸の奥に押しこんで、彼は単身この街へとやってきた。

 「あの子は能力者としての覚醒が近かった。暴力を受けることでそれに目覚めた可能性も否定できない。だが、もしかしたらアカデミーによって無理やり能力を引き出されたのかもしれない。やはり……ここは応援を呼ぶべきか?」

 霧崎の予感は当たっていた。しかし、まさかアカデミーの生徒が3人も関わっている事件とは思ってもみなかっただろう。彼は協力者とのコンタクトを取りに、いったんその場を引き上げたのだった。


 問題の街から程近い場所にある小さな喫茶店の前に一台の車が止まった。その中からスーツの上からコートを羽織った長身の男が現れる。彼の名は葉月 政人。彼は自らの持つ権利を行使し、今回の事件に関するさまざまな調査に時間を割いた直後だった。今は人を待たせている。葉月は急ぎ足で喫茶店の中に入り、目印となる金髪の男を探した。店内はそれなりに混雑していたが、一番奥にそれらしき風貌の青年がいたので彼はそこまで近づく。やはり霧崎だ。葉月は集合時間に遅れたことを詫びるため、椅子に座る前に深々と頭を下げる。

 「すみませんでした。満足の行く調査をするのに時間がかかってしまいまして……」
 「や、やめてくださいよ。そんなに待ってないんですから。ねぇ、えるもくん?」
 「あのね、あのね。えるもはいま、じゅーすのんでただけなの。」
 「ほら。そういうわけですから、気にせず座って下さい。」
 「そ、そうですか……じゃあお言葉に甘えて。」

 葉月の視線はゆったりとしたテンポで話す『えるも』と呼ばれた子どもに釘付けだ。そりゃ遠慮も何も吹き飛ぶというものである。彼は頭にかわいい糸目のキツネの帽子をかぶり、嬉しそうにリンゴジュースをちびちび飲んでいた。まさか彼も助っ人と言うわけではないだろうな……葉月の胸の内は不安でいっぱいだった。
 葉月の到着で全員集合となった。今回の事件を解決するために集まったのは3人だ。そう誰もが思った時、霧崎から意外なことが明らかにされる。

 「実はもうお一方の協力を得る予定なんですが、ご本人の強い希望で現地集合にしてほしいとのことで。この事件の概要はほとんどつかんでいるから、後は戦う時になったら即参上ということらしいです。」
 「……………そ、そうですか。」
 「独自の感性をお持ちらしく、『不良とはいえ脅して犯罪を強要するなんて許せない!』とのコメントが……」

 匿名希望さんの気持ちはすでに固まっているようだ。まぁ、その考え自体に間違った部分はない。希望通り、現地で力になってもらおうということで話は落ちついた。そして霧崎が集まったメンバーの紹介を始める。まずはハッパを乗せたキツネの帽子をかぶり、オーバーオールを着るかわいい少年・彼瀬 えるも。その隣で彼の世話を焼いているのが、やさしげな表情が魅力的な和服美女の天薙 撫子だ。それを聞いて葉月も自分が『警視庁超常現象対策班特殊強化服装着員』にして警部という身分を明かす。そして事件のその後に関しての説明を始めようとした時、タイミングよくウエイトレスが来たので葉月はコーヒーを、霧崎は話が長くなることを考慮してえるものためにストロベリーパフェを頼んだ。撫子は子どものえるもに構いつつも、その話をしっかり聞こうという姿勢を見せる。彼女が知っているのはワイドショーが面白おかしく脚色して流す情報くらいなのだ。詳しい状況を知らずに戦えるほど自分の力は決して軽くはない……そう考えているのだろうか。
 葉月は何枚かのプリントを出した。しかしそれは、その場にいる人間に提示するためではない。自分が説明をするために必要だったから出しただけだ。走り書きのメモを読みながら順を追って話す。

 「メディアが公開している部分は省略するとして……まずは被害者となった少年に話を聞きました。しかし命令とはいえ不良行為を起こして逮捕されたので、少年課の聴取に時間がかかってしまい……」
 「そうですわね。いくら裏にそのような事情があったとしても、犯罪は犯罪ですものね……葉月様のお悩みもわかりますわ。」
 「その後に話を聞いてみたんですが、やはり命令をしているのはこの近くに住む少年だそうです。話を総合して、『彼に触れた人間の重さを操作する能力者』と推測しました。警察病院に搬送された数人の仲間は、過去に彼を脅迫して金品などを奪い取ったと自白しています。その際に身体に触れているのでしょう。それを証拠に私が聴取した拘留中の青年は無傷の上、少年に触れたことがないと供述しました。」
 「覚醒した能力はそれで決まりですね。」
 「一度でも少年の身体に触れたら、彼が能力を発揮しない限り解除されることはないようです。不良グループのメンバーに霊的検査を施したところ、数人から今も全身から微弱の霊的反応があるのを確認しました。これは憎悪から生まれる波動と推測されます。」

 聞けば聞くほどやりきれない事件である。葉月は手元に届けられたコーヒーをそのまま口に運ぶ。えるもの前には大きなパフェがやってきたが、身長が足らないのでスプーンがまともに使えない。かわいい手で長めのスプーンを使いなんとか食べようとがんばるえるもの姿を見て、撫子が「食べさせてあげますわ」と彼からスプーンを受け取った。そしてえるもはちょっとずつ甘い味のするデザートを食べて嬉しそうな表情を浮かべる。えるもの微笑みはその場の人間を明るくさせると同時に、この事件の重大性を痛感させた。

 「少年のご両親には『息子さんについてはご安心下さい』と直接のご訪問で説明しておきました。なんでも少年はあの辺を根城にしているらしく、事件発生からずっと家に帰ってこないそうなんです。」
 「行くしかない、か。皆さん、あそこにはアカデミーの生徒が3人います。教師たちよりはやりやすい相手ですが、それでもどんな能力を秘めているかはわかりません。気を引き締めて行きましょう。」
 「あのねあのね、えるも、けんかしてもさみしいだけだとおもうの……だめ?」

 えるもが口元を生クリームでいっぱいにしながら、霧崎の意に反した言葉を発した。大人たちはみんな答えに窮してしまう。彼が言ったことはここにいる誰もが思っていることだ。少年が助かればそれでいいはずなのだが、どうしても状況がそうさせてくれない。そんなジレンマが再び彼らを襲った。それを断ち切ったのがスプーンを持つ撫子だ。

 「悪い人たちが男の子を悪い子にしてるの。わたくしもけんかをしたくはない……でも、今それをしないともっと大変なことになる。えるもくん、わかってくれる?」

 わかりやすい言葉で事情を説明する撫子。その顔を見上げるえるもが彼女の悲しげな目を見たからか、彼はぐっと手を握って言った。

 「えるもかんばるの。みんなかなしいのいやなの。おはなしして……わかってもらうの。」
 「決まり、ですね。」
 「問題は教師が本当に出てこないかどうかですが……どう出る、アカデミー!」

 霧崎の表情が今までになく厳しくなった。ここで教師が出てくれば、間違いなく不利になる。どうしたものかと思案していると、不意にえるもがパフェを懸命に食べる姿が目に入った。『やはり子どもはこうでなくては』と安心しつつ、再び気を引き締める霧崎だった。


 同じ頃、あの薄暗い路地に不気味な光が宿っていた。それは能力者の少年に寄り添うように立っていた少女が作り出した魔方陣から放たれている……少年の近くに控えていた3人もその光景をただ呆然と見つめていた。なんと隣にいた少女までもが能力者だったのだ!

 「早く呼んであげて。ゼハールと……あなたの忠実な下僕となる堕天使の名前を。」
 「ゼ、ゼハールよ、いっ、出でよっ!」

 少女に促され、少年は声を上げる。すると目の前にいびつな光の柱が立ち、そこから大鎌を持った子どものような堕天使が現れた。彼女がゼハールというのだろう。彼女は円をゆっくりまたぎ、少年の前に立つとそのまま片膝をついてうやうやしく礼をした。彼女が動くたびに黒皮の首輪から伸びる鎖の音が小さく響く。それが彼女の不気味さをさらに増幅させていた。

 「あなた様が我が名を呼んだ。今から私はあなた様の下僕です。何なりとご指示を。」
 「見た目はまるで普通の女の子だけど……本当にこの娘が堕天使なの? メイドさんみたいにも見えるし……」

 少年がゼハールを見た感想を淡々と口にする間、龍願寺は身体中の震えが止まらなかった。それはアーリスもホルス・スターも同じである。彼らは自分たちの能力がすでにこの少女の足元にも及びつかないことを悟っていた。アーリスは思わず脇に控えて怯える謎の少女に向かって叫ぶ。

 「こ、これはどういうことですか! 堕天使を召喚する能力を持っているのなら、早く言ってくだされば……!」
 「だ、だって、何が出てくるかわかんないし……」
 「キヒ! 何が出るかわからずに能力を使ったと! 何たる不注意、何たる侮辱!」

 アーリスに続きホルス・スターも謎の少女に向かって不満をぶつけるが、それを凛とした声で止めたのは龍願寺であり、背筋も凍るような冷徹な声を響きを響かせるゼハールだった。

 「待たれい、各人。これは我が主人たる少年の意向ぞ。彼がゼハールなる名を呼ばねば起こらなかったことだ。落ちつきましょうぞ。」
 「もし我が主人に仇なすなら、私があなた方を始末しましょう。この大鎌『ミッドガルド』で刻まれるのがお好みでしょうか?」
 「待て待て! そんな……そんなつもりはない。私が悪かった。その鎌を引いてはくれないか。」
 「わかればいいのです。我らの敵は、あそこに……」

 ゼハールがミッドガルドを構えた先……そこには霧崎をはじめとする能力者たちが少年を救うべくやってきたのだ! 葉月は自分の車をわざわざここまで持ってきての登場である。どうやらさっきの召喚の光が自分たちの居場所を教えてしまったらしい。まずはアーリスが黒き虎の両腕へと変化させながら、鋭く伸びた爪で敵を指差す。

 「皆様、アカデミーへようこそ。今、我々はこの街の浄化に努めている。」
 「自分を見失い、悩んでいる少年がいるから助けに来ただけだ。お前たちと争うつもりはない。さぁ、少年をこちらへ……」
 「黙れ! 粗暴さだけが際立った無能な輩どもの元へ戻すなど……言語道断!」
 「少年、ご両親が心配している。早く家に帰ろう。」
 「ほんとにこのままでいいの? おに〜さんいやがってるんじゃないの?」
 「うるさーーーいっ! あいつらを追い出せっ! 3人組に堕天使ゼハール、やれっ!!」

 自暴自棄になった少年の指示で3人とゼハールが一気に飛び出した! 葉月はそれを見て、我先にと急いで車の中へと逃げ込む。誰もが目を疑う光景だった。敵はおろか、味方でさえ開いた口が塞がらない。えるもでさえ逃げない状況でなぜ彼だけが……しかし車内では、葉月が真面目な表情でライセンスを持ち、それをあるスロットに差しこむ。すると車の内部がさまざまな機械音を奏でながら動き出した。中では葉月の身体にさまざまな部品が装着され、最後にマスクがセットされた。そして臆することなく、彼は再び車から出現する。アカデミーの生徒はその姿に驚いた。それは警視庁超常現象対策本部が誇る強化服『FZ-00』だったからだ!

 「皆さん、お待たせして申し訳ありません!」
 「大きな荷物だと思ったら、そういうことだったんですか。じゃあ私も……うおおおおおおーーーっ!」

 霧崎もその姿を瞬時に金狼へと変化させ、葉月と並んだ。目の前にはゼハールとアーリスがいる。葉月は直感的に自分はゼハールを相手すべきと判断し、霧崎に聞こえる程度の声で囁く。そして自分も霧崎の小さな声を聞き逃さぬよう、聴覚のセンサーを最大限に利用した。

 『あの堕天使って呼ばれてた娘、元々は数に入ってなかったんですよね?』
 『虎の男よりも強いでしょうし、何かしらの能力を持ってるはずです。できればそちらをお願いしたいですね。僧侶の風体をした彼は少年を守っていますし、少女は何もできないでしょう。もうひとりの身軽な男は……撫子さんにお任せするということで。』
 『2人を早めに倒して、堕天使を攻撃する段取りにしましょう。それじゃ、よろしくお願いしますね。』

 作戦会議が終わったところで一歩前に出るふたり。相手もそれに応じる形で前に出た。だが突如、ビルのてっぺんから女性の声が響き渡る!

 「いたいけな少年を使って不良を脅し、挙句の果てには犯罪を強要させる……そんなことはこのドリルガールが許さないっ!」
 「クシ! 生意気な女だ! 名を何と言う!」
 「銀の螺旋に勇気を込めて、回れ正義のスパイラル! ドリ……ってあれ、さっき名前は言わなかったっけ?」
 「お前、本名がドリルガールっていうのか? ケケケッ、変な名前だ!」
 「あったま来た! このあたしの相手はあんたよ!」
 「ヒャッホウ! 未来を見通すこのホルス・スターと戦おうとは百年早いわっ!!」

 掛け合い漫才もそこそこに正義の使者・ドリルガールと未来を見通す能力者のホルス・スターが対峙した。どうやら彼女が霧崎の言っていた『匿名希望』らしい。撫子が金狼の霧崎に目配せすると、相手からそれらしい表情が返ってきた。武器を持たない撫子にとって、このタイミングで助っ人がやってくるのは大歓迎だ。なんといっても今回はえるもがいるので無茶できない。まずは「ホッ」と安堵の溜め息をつく撫子だった。
 頭数が揃ったところで少年を巡る戦いが始まった。FZ-00はゼハールの出方を見るために、高周波単結晶ソードを構えて間合いを取る。彼女の持つミッドガルドの大鎌は葉月の持つ剣よりもリーチが長い。まずは相手に大振りさせて、体勢を崩したところを攻撃したいところだ。しかし相手もそれをよく知っているようで、自分からなかなか動こうとしない。ゼハールは自他ともに認める戦闘狂だが、猪突猛進など絶対にしない。じっとこちらを見据える敵に向かって、彼女は自らの能力を発動させていた……ゆっくりと横に動いてその時を待つゼハール。それに負けじと動く葉月。しかし、彼の身体は変調をきたしていた。急にトレーニングの後のあのすがすがしさが全身を包み込む。あの何ともいえない虚脱感が全身を襲った!

 「う、あっ、な、なんだこの感触は……?」
 「はあああぁぁぁーーーーーっ!」
 「し、しま、うわっ!!」
  ガギッ!!

 葉月が状況を飲みこもうとした瞬間、音もなくゼハールの攻撃が飛んできた。いや、飛びかかってきた時の音すら感じられなかったと表現した方がより正確である。さっきまでセンサーを最大にしていたにも関わらず、彼はそれに気づけなかった。そして今、長くて大きな刃をかろうじて剣で防いでいる。ちょうど鍔迫り合いのような体勢になっていた。しかしFZ-00の方が圧倒的に分が悪い。このままだと大鎌の餌食になってしまう。迫り来る敵の凶刃を防ぐため、葉月は身体に力を込めるのだが……

 「な、なんだ、さっきと同じこの虚脱感は……戦う前から疲れているわけもないのに?!」
 「どんな人間でもそう。どんな聖者にも心を開けば、そこには一粒の快楽と怠惰が存在する。時にそれは増幅し、自らを満たす。その時、心からの幸せを感じる。だが、その直後に逃げられぬ負の呪縛があることに気づけないまま、誰もが死んでいく。それをするのが私の役目だ。」
 「ま、まさか……お前の能力は……っ!」
 「いっそ斬られることでさえも快楽と思えればいいのに。そうは思いませんか?」

 ゼハールはそう言いながらその細い腕に似合わぬすさまじいパワーでFZ-00を押す。葉月はやむを得ず片膝をつき、相手の攻撃に懸命に耐える。それでもなかなか大鎌を押し返せない。彼女の言う『欲望の一粒』が葉月の中で弾け、それが激しく蠢くから葉月はいつもの力を発揮できないのだ。欲望に飲みこまれそうになりつつも、葉月はなんとか自我を持って戦う。今まで幾多の戦いをしてきたが、こんな力を発揮する相手はそうはいない。さすがは堕天使と呼ばれる存在だけある。自分の知らぬ間に心の内面を襲われていたとは……彼は自分の未熟さを素直に受け止め、改めてこの戦いに勝つことを強く意識した。

 「勝つ! 勝ってみせる! 人間の強さを見せる!」
 「主のためにあなた様の強さと身体を刻んでみせましょう。」

 FZ-00が苦境に立たされる中、すでにドリルガールはボロボロになっていた。装備の下に着る学校の制服はホルス・スターの鋭い手刀で切り刻まれ、その肌はうっすらと鮮血を帯びている。それを見かねた撫子が動こうとすると、後ろに控えている龍願寺も出る素振りを見せるので迂闊に動くことができない。しかもそれより先に撫子はホルス・スターから忠告を受けるのだ。さっきも長く美しい髪に紛れこませている妖斬鋼糸に手を伸ばそうとしたら、「手出しをするな、クヒヒ」と言われた。まだ糸に手も触れていないのに……撫子はこの場をドリルガールに任せるしかなかった。2秒ほど先が見える能力者。果たしてそんな敵に勝てるのだろうか。
 しかし何度も何度もドリルガールは立ち上がる。いくら攻撃や回避を読まれようとも、彼女は絶対に引こうとしない。その映像を見るホルス・スターは疑問を覚え始めていた。絶対的不利でありながらもただひたすらに戦い続ける相手を見ていると気分が悪い。思わずホルス・スターは叫んだ。

 「キヒヒィ! 戦いはお前の負けだ! 諦めて逃げるんだなぁ!」
 「どうしたの? 何度叩いても立ち上がる未来の映像が見えるから……怖くなってきたの?」
 「どうあがいても俺には勝てん! 仲間も手をこまねいて見ているだけ! キーヒッヒ」
 「えーっと、おにさんこちらなの。てのなるほうへなの。ぱんぱん、なの。」
 「ん? なんだ、その子どもは。」

 いつの間にかホルスの目の前に現れたのはえるもだ。どうやらえるもは戦う者として相手にカウントされていなかったらしい。だからこそ2秒後の未来も関係なく近づけた。えるもはホルスが自分を見ると同時にたたーっと走って逃げ出す。未来を見るまでもない。えるもが鬼に捕まるのは誰の目にも明らかだった。ホルスはおいたをするためにいったん少年を追いかけることにした。もちろん2秒後の未来を見ながらである。しかし、2秒先の世界にはえるもがいない!

 「くそっ、あのガキ……ん、ガキガキ、ガキが、ガキがいない!」
 「ほっ、本当に消えてる……?!」

 ドリルガールも撫子もこれには驚いた。本当にえるもがいない。ホルスはさっきまであの子が手を叩いていた場所に行ったが、そこで信じられない未来が見えた。それはなんと何もないところで自分が火傷を負っているシーン……

 「あづあづあづうぅぃぃぃーーーっ!」
 「おにさ〜ん、こちら〜なの。」

 ホルスが謎の火傷を負った時、正反対の場所にえるもが現れた。今度はピョンピョン飛び跳ねながら逃げる。しかしその跳躍力は普通の子どもとは思えないほど高い。風船のようにふわふわ飛ぶ時もあれば、お手玉を投げている時のように早く落ちる時もある。しかもたまーに空をふわふわ浮いている時もある。未来を見ながらえるもを捕まえようとするホルスだが、相手と同じようにジャンプするとその隙間からさっと避けられてしまう。しかも飛んだ先にはまたあの熱い何かがあるらしく、背中や頭をこんがりと焼いてしまう。だが何度も説明するようだが、どこにも火など見当たらない。とにかく子どもに翻弄されっぱなしのホルス・スターを見て、撫子が目をぱちくりさせながら言った。

 「幻術の中に炎を紛れこませて、自分は囮になる。そして滞空時間の長い跳躍をすることでその行動すべてを予知させなくしている。すべてを見れば、もしかしたら手段がバレてしまうかもしれない。こんなこと、簡単にできるなんて本当にすごい才能ですわ。」
 「ぴょ〜んなの。」
 「うひぃぃぃ、また炎がぁぁあっ!」

 予測不可能な動きでホルスを翻弄するえるもの姿を見て、ふとドリルガールが閃いた。そして持てる限りの力を発揮し、天使のごとき白きオーラを身にまとって飛び上がって勝負に出た! 幻影に隠された炎にかく乱されているホルス・スターは動き出したドリルガールに気づき、未来を見通そうとその眼差しを上に向ける……

 「クハァ! 無駄だ! どんなにあがこうともお前の未来は見え……見えーーーっ?!」
 「はああぁぁぁーーーーーーーーっ!!」

 ホルスの見た未来……それは自分へと向けられる無数のドリル。最強形態であるエンジェルフォームを駆使した超高速全方位攻撃を見た彼はなす術なくその場に倒れた。いくら未来が余地できても、それを回避する手段がホルス・スターになければそれまでなのだ。未来予知の上に立っていた絶対的な自信は彼女のドリルでずたずたにされ、ホルス・スターは立ち上がることすらできなかった。一方、ドリルガールは力をセーブするために即座にエンジェルフォームを解除し、えるもの側に立つ。そしてまだ飛び跳ねる彼に向かって声をかけた。

 「ありがと。キミのおかげだよ。」
 「えるも、がんばった?」
 「がんばったがんばった!」

 まずはホルス・スターを撃破したドリルガールたち。それを見て霧崎も葉月も奮戦する。特にFZ-00はゼハールの大鎌を押し返し、素早く二度斬った。その攻撃をゼハールも刃や持ち手で巧みに防ぐ。金狼も漆黒の虎に負けじと素早い攻撃で人間の身体だけを狙う。今まで教師に戦いを挑んでいるだけに、やはり霧崎に分があるようだ。龍願寺が前に出ようとしていることがアカデミー側の不利を示している。ゼハールはこのままでは埒があかないと、ミッドガルドの瘴気を最大まで解放すると恐怖の一閃をFZ-00に食らわせようと大きく振りかぶった!

 「消え去りなさい……!」
 「高濃度の瘴気反応……あの攻撃を食らったらどうなるかわからない!」
 「葉月さん、そっちにアーリスが……」
 「うぐっ、がはっ……!」

 狂気の鎌が唸りをあげる瞬間、偶然FZ-00にアーリスが覆い被さった。霧崎の一撃で吹っ飛ばされたのだろう。葉月にはその攻撃を避けるため、すでに動作を起こしていた。そこに残されたアーリスはゼハールの大鎌で背中をぱっくりと斬られてしまう!

 「うがああぁぁぁーーーっ!!」
 「おや、邪魔しないで下さい。まぁ、もう邪魔できなくなりますがね。」

 事を冷静に受け止めたのは斬ったゼハールだけで、周囲は大混乱となった。葉月はすぐにアーリスに駆け寄るが、背中からあの瘴気が流れこんでいる。そう、瘴気は体内で増殖しようとしていた。危険を察知した龍願寺は少年の元を離れ、すぐにアーリスに向かって念のこもった声をかける。それは治癒に使われる言葉のオンパレードだ。

 「止っ! 止っ!」
 「無駄です。瘴気が身体に入れば、全身の筋肉はおろか臓器を溶け崩します。やがて脳内に侵入し組織を破壊することで意識を失い……」
 「浄っ! 浄っ!!」
 「やがて体内に瘴気が満ちると、そのまま身体が炸裂してしまう。それがミッドガルドの瘴気。」
 「な、なんだと!?」

 さすがの葉月もそんなことを聞かされては平静ではいられなかった。必死にアーリスの耳元に声をかけるが、相手は小さく唸り声を上げるだけでまともな言葉を発しない。もう瘴気が全身を包んでしまっているのか……悪い予感が全身を駆け巡る。その間も『一言法師』の龍願寺が必死の念を送るが、果たしてどこまで通じているのかもわからない。相手は魔方陣から召喚された堕天使だ。彼女の話すことがウソとは思えない。

 「止めろ、早く瘴気を止めるんだ!」
 「私の戦いに割り込んできた愚かさを痛感しながら死になさい。」
 「おのれ、堕天使ゼハール。この龍願寺……お主を見損なったぞ!」
 「私を止めることができるのは、召喚主ただひとり。」

 このままアーリスの身体は弾け飛ぶしかないのか……誰もがそう思った時、ゼハールの服のリボンを震える手でつかむ者がいた。それは彼女を召喚したあの少年である。彼は震えながら堕天使に懇願した。

 「ゼ、ゼハール……やめて。もういいから。やめようよ。キミが強いのはよくわかったから。」
 「私はあなた様をお守りするために戦っているだけです。」
 「だったら! だったら、この瘴気っていうのも消せるんだよね。ボクの命令は絶対だから、絶対聞けるんだよね?」
 「……わかりました。消しましょう。」

 そういうと気絶したアーリスの背中から奇妙な色をした瘴気がゆっくりと吹き出し、そのまま空中で四散する。龍願寺の能力がどこまで瘴気の侵入を防いでいたのかはわからないが、虎の両腕を使う彼が戦えないことは誰の目から見ても明白だった。ゼハールが命令を聞いて安心したのか、力なく肩を落とす少年。なんとその傍らにえるもがトコトコとやってきた。

 「むかむかするの、やなの? やならなおしてあげるの。」
 「え、ボク? こんなにヒドいこと、みんなにしてるのに……それでも助けようとするの?」
 「ここに来たみんなが君を救おうとしている。龍願寺さんだってそうだ。君が異能力を得ようとも、普通の子と同じように生きていける。」
 「でも、ボクはもう……」
 「僕は君を信じている。だから僕も君を信じて下さい!」

 葉月の切なる言葉に心が動く。それは龍願寺をも動かした。彼はゆっくりと歩き出すと、少年とえるもの肩に大きな手を置いて話す。

 「やり直しの聞かぬ人生は……ない。少年、勇気を持て。今がその時だ。」
 「龍願寺のおじさん……」
 「あーあ、つまんないわね。アカデミーの人間が何言ってんだか。」

 誰もが耳を疑った。今までおどおどして何もしなかった少女が突然にして声を上げる。しかもその姿からは想像もつかないほどさばさばとした喋り方で。少年が彼女の変化に気づいたが、彼はそのまま言葉をかけてくれた龍願寺の顔を見ていた。彼は微笑みながら……口元から赤い血を垂らす。なんと彼の背中にはいつの間にか円形の刃物がざっくりと突き刺さっていたのだ!

 「おじ……さん?」
 「この少女、何者だ……『炎』っ!!」
 「ほほほ……おーーーほっほっほっほ!」

 少女の足元にある地面がわずかに割れ、そこから業火が噴き出す! しかし彼女は余裕の笑い声を響かせ、龍願寺よろしく念のこもった声でその炎をかき消した! そこにはもうあの少女はおらず、代わりに妖艶な女性が立っていた。彼女は長い前髪をかき分けると、小さく溜め息をついて傷ついた龍願寺を見る。

 「ちょっとは使えると思ったら……直線的な男はこれだから困るのよね。まぁ、今回の3人は全員失格。そこの少年は今後の成長次第だけど、もういらないかな。それはともかく、能力者の皆さん初めまして。私の名はレディ・ローズ。アカデミー日本支部の教頭をやってるわ。」
 「アカデミーの教頭だと!?」
 「あなたという存在がいるとは何度は耳にしておりましたが……まさかお会いできると思いませんでしたわ。」

 周囲に緊張が走る。アカデミーの教頭となれば、間違いなく教師以上の力を発揮するだろう。撫子は即座に天位覚醒し、東洋の天女を思わせるような美しさと強さを兼ね揃えた姿でレディ・ローズと対峙する。そしてその両脇にはFZ-00、ドリルガール。そして金狼の霧崎も続いた。龍願寺は背中に刺さった輪を強引に引き抜き、自分に念を施しながら少年とえるもを守っていた。ゼハールは少年の命令がないためか、静かにその様子を伺っている……
 レディ・ローズはアクセサリーとして腕や長い髪を括っているいくつものリングを空中に飛ばした。大小のリングが数え切れないほど舞っている。しばらくするとそれらがぶつかり合い、極めて単調だった軌道を変えた。予測し得ないリズムで弾き合うリングは予告もなしにパーティーを襲う!

 「うわっ、危ない!」
  ガツ……ッ!

 霧崎にぶつかろうとしたリングを剣で弾いたFZ-00は手に変な感触を受けた。なんとあの高周波単結晶ソードにヒビが入ったのだ! それを見た者は今さら事の重大さに気づく。彼らはすでにこの硬質なリングに囲まれている。しかも弾いたリングもミラーハウスで乱反射する光のように、何度も別のリングにぶつかって他のリングの軌道を微妙に変えていく。このままでは座して死を待つのと同じだ。再び教頭の笑い声が響いた。

 「伝説の超金属・オリハルコンで作られた私のヴァリアブルサークルたちの技。名付けて『運命の輪舞』。さぁ、あなたたちもリングと共に踊りなさい!」
 「くっ、弾けば弾くほど軌道が変わってしまう……どこから来るかわからないぞ!」
 「葉月様、迫ってくるリングはなるべく叩き落として下さい! そうすれば反射することはないですわ!」
 「私は輪投げの要領で回収するわ! くるりんっとね♪」

 レディ・ローズの紡ぐ運命から逃れるため、パーティーは円陣を組みそれぞれの工夫でリングを落としたり回収していく。リングの動きは教頭の魔力が作用しているようだが、さすがにここまで多くの数を動かすとなるとスピードまでは操ることはできないようだ。なんとか目を慣らしたり、ディスプレイやセンサーを駆使して対応するメンバーたち。残されたリングもあとわずかという時、彼らは再びレディ・ローズの罠にはまったことを知る。なんと動き回るリングとは別に、レディ・ローズから規則正しく龍願寺に向かってリングが直線で並んでいたのだ!

 「な、なんだあれは!」
 「私の必殺技……『連環の儀式』。死になさい、龍願寺!」
 「撫子さん、レディ・ローズの技を止めて!」
 「い、今はリングを止めるので精一杯……」

 教頭がすかさずリングに魔力を込めると、リングから球状のエネルギーが生まれる。それが徐々に広がるリングを通り抜けるたびに大きくなり、ついには龍願寺はおろか子どもたちをも飲みこむほどの大きさになった! 龍願寺も「壁」と威勢よく叫んだが、先の負傷で念を生み出すことができず能力は発揮されない……すべてが終わったと思われた。だが、信じられないことが起こる。彼らの目の前に今まで静観していたゼハールが突如として立ちはだかり、その光球を華奢な身体で防いだ!

 「うっ……あああああーーーーーっ!!」
 「ゼ、ゼハールっ!」

 少年の叫びは後悔の念を如実に表わしていた。その意味に気づいた撫子はやりきれなさを噛み殺しながら妖斬鋼糸を操ってすべてのリングを叩き落とし、手の一振りで『連環の儀式』をキャンセルする。だが、それも間に合わない。ゼハールは自慢の服をボロボロにされ、大鎌ミッドガルドを杖代わりに立つのがやっとの状態だった。しかもその姿は徐々に消えつつある……少年は瘴気を止める時とは違い、ゼハールに思いきり抱きついた。そしてただ同じ言葉を繰り返す。

 「ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい……!」
 「召喚主の願いを叶えるのが……私の宿命。あなた様が願ったことをするのが、私の使命。」
 「もう言わない。自分だけ助かりたいからって、守ってなんて言わないから! 人を傷つけたりしないから! だから消えないで!」

 少年の誓いは堕天使の論理は決して交わることはない。透明になり消え去る寸前、ゼハールは一言だけ少年の意に沿う言葉を口にする。皮肉にも彼女のその言葉が彼を救うこととは少しも思わなかっただろう。

 「無事で……よかった。」

 堕天使はその場から消え去った。龍願寺は少年の数奇な運命に心揺れた。レディ・ローズが戦力不足のためにヴァリアブルサークルで召喚したゼハールが、結果的に少年の心のわだかまりを消した。それを証拠に、堕天使が消え去った場所から少年は離れようとしない。何ともやりきれぬ気持ちが胸に残ったのか、彼は何度か首を振った。それは決して背中の傷が痛むからではない。
 その間、えるもは蒼白く暖かい炎を龍願寺の背中に当てていた。彼が傷の痛みを感じなかったのは、彼のこの力があったからだ。この実体のない炎には治癒の力が宿っている。彼もまたやさしい気持ちで目の前のおじさんを救おうとしていた。

 ゼハールが消え、ヴァリアブルサークルもすべて落とされた。レディ・ローズは能力者たちと相対したが、どうも面白くない顔をして戦おうとしない。彼女は自分よりも大きなリングを頭から通す……すると彼女の姿がどんどん消えていくではないか!

 「逃げるのか、レディ・ローズ!」
 「興ざめしちゃったわ。今日のところはさよならよ。また会う時まで……ご機嫌よう。」

 教頭は本当につまらなさそうな声で葉月の雄叫びに答えた。そしてリングが地面に触れた時、彼女は完全にその場から姿を消した。
 撫子は最強形態を解き、今も悲しみ嘆く少年に寄り添う。FZ-00のマスクを外し、それを手に持った葉月も一緒だった。

 「本当に不思議な……出来事でしたわね。けれど、これでわかったでしょう。どんな理由があろうとも、能力を使って仕返ししてもそこから生まれるものは何もない。それは今の涙がすべてだと思いますわ。そうでしょう?」
 「やり直しの効かない人生はない、か。少年、今ならまだ間に合う。一緒に来てくれるね?」
 「……うん。」

 少年は素直に勧めに応じた。葉月はそれを聞いて安堵の表情を浮かべる。

 「葉月様、この少年はこの先どうなるのでしょうか……」
 「能力者ということもありますし、過去にカツアゲなどの被害に遭っていることから『心霊特殊保護監査』が適応されると思います。少年院に入るとか、そういう話にはなりませんよ。」

 それを聞いて今度は撫子が安心した。そして今もぐずる少年の頭をやさしく抱きしめる。彼の心はきっと、人間と堕天使に救われるのだろう。ふたりは今はそう信じて……

 一方、ドリルガールと霧崎はなんとか意識を保っている龍願寺の元へと向かった。彼女は龍願寺の頑丈さに素直に感心した。彼はえるもの天火のおかげですでに強靭な精神を取り戻していたのだ。彼は倒れたふたりを担いでどこかへ行こうとするが、アカデミーの教頭に見限られた彼らに行き場はない。そこで霧崎が彼らに『絆』に入ることを勧めた。龍願寺はその申し出を快く受けたが、残りのふたりは傷が癒えてから自分で決めてもらうということで落ちついた。龍願寺は改めて能力者たちと握手を交わし、しばらくはこの少年を見守りたいと言った。数奇な運命を目の当たりにして、きっと彼自身の価値観も変わったのだろう。


 ひとまず事件は解決した。
 しかしアカデミーの教頭が出現したことで事態はますます混沌としてきた。次はいったい何が起こるのだろうか……


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/ PC名 /性別/ 年齢 / 職業】

1855/葉月・政人   /男性/25歳/警視庁超常現象対策班特殊強化服装着員
4563/ゼハール・−  /男性/15歳/堕天使・殺人鬼・戦闘狂
0328/天薙・撫子   /女性/18歳/大学生(巫女):天位覚醒者
2066/銀野・らせん  /女性/16歳/高校生(ドリルガール)
4379/彼瀬・えるも  /男性/ 1歳/飼い双尾の子狐

(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)

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■         ライター通信          ■
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皆さんこんばんわ、市川 智彦です。「CHANGE MYSELF!」の第7回をお届けしました。
今回はなんと敵サイドのキャラクターさんの登場でライターが大興奮です!(笑)
今までになく目まぐるしい展開、そしてあまりにも意外な結末……いかがだったですか?
テーマがタイトルそのまま『CHANGE MYSELF!』ってところも大好きだったりします〜。

えるもくんははじめまして! 本当にかわいいですね〜。今回の癒しの存在です(笑)。
パフェのお礼と言わんばかりにがんばるがんばる……その純粋さが大きな武器ですね!
いろんな人に守られたり、いろんな人を守ったりするがんばり屋さんとして書きました。

今回は本当にありがとうございました。また『CHANGE MYSELF!』でお会いしましょう!