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<東京怪談・PCゲームノベル>


その者の名、“凶々しき渇望” 【 第二話 】

 集合場所であるホテル。自分が滞在しているホテル――仕事場で感じた妙な視線が気になり、視線を感じたその日から無駄とは思いつつも暫くホテル暮らしをする事に決めていたのだが――そことはまた別のホテルに呼び出された。彼女――綾和泉汐耶は仕事があるから、と理由を付けわざと遅れて来たのだが、その事については相手に特に何か言われる事も無かった。ただ、遅れて来た事については何も言われなかったがその『仕事』について特に訊かれたのは何故だったか。汐耶しか扱えない要申請特別閲覧図書、その関係になると曰く付きの本と真正の魔術書の話は外せない。お前で無いと出来ない事? 『封印』とはどういう意味なんだと余計な事を色々突付かれた。
 それらを仕方無いながらも軽く説明し流してから、汐耶はそれより本題に入って下さいと急かす。ああ、すまんとあっさり引いた刑事――警視庁強行犯捜査二係配属の警部補、佐々木晃と名乗った――の顔はそれでも何処か納得が行かない様子でまだ物問いたげ。どうも、こう言った話は信じたくない性質の人間らしいと見て取れた。
 納得が行くまで説明を求めたいのか。…この手の話は頭から信じないなら何をどう説明しようと無駄だと思うのだが。汐耶自身、自分が関る話でなかったならば恐らくはこんな話は信じないだろうと自覚もしている。自分が直に関っているから信用できる話であって、何も知らないままちょっと聞いただけでそうそう信じられる話ではない。そして汐耶は今ここで、目の前の相手にわざわざ信じさせようとするつもりもない。ただ、それで仕事として成立している、それだけは疑わないで欲しいのでそこだけは確り言っている。
 この佐々木晃――その名前だけは事前にセレスティ・カーニンガムやシュライン・エマから聞いていた。それらの話からすると警察の中でも特に警戒していて良い相手。勿論、そんな事を今改めて言うからには実際に聴取をしている事件の担当刑事――と言う『だけ』の話では無い。
 興信所での依頼、その調査の後にシュラインが葉月政人に確認していた事柄から導き出された当の相手がこの佐々木晃だった。…曰く、親しい人を亡くした、矜持の高い、高学歴でもある人物は居ないかどうか確認したいと言う話。魔法円から神山隼人が読み取った『蝿の王』と言う要素。もし万が一、万が一だが犯人が『それ』に唆され落ちた者である場合、矜持の高い人物の可能性が高いだろうと言う推測。警察内部で情報隠匿可能な者となるとキャリア組、それを警戒した方がいいかもしれないと言う話。渇望と言う名からの連想。持っていたものを永遠に失った――恋人か家族か親友か、とにかく、とても親しい人を亡くしたのではないか、との思い付き。その確認で、出て来た名前が佐々木晃。どうやら、姉を一年前に亡くしているらしい。
 そして――ここに来て、セレスティが言い出した奇妙な話。今回の“凶々しき渇望”事件に類似した、表沙汰になっていない事件の存在――自分のみならず部下も動かしそれを調べていた中で唐突に出て来た情報。シュラインの話にも出て来た、『佐々木晃』と言う人間と同じ特徴を持つ人間を遺体と言う形で目撃している人間が居た、と言う証言が三ヶ月前の時点で出ていたらしい。まだ確認途中の段階なのではっきりとは言い切れないがこれもまた、引っ掛かる話でもあるとこの部屋に来る直前シュライン経由で聞かされた。もしそれが本当ならば目の前の刑事は既に死んでいる事になる。警戒するに足る充分過ぎる情報だ。
 が。
 調べた情報では疑わしくとも、それを警察に言ったとして――少なくとも今の時点では、佐々木晃当人が即疑われるような情報ではないと自覚している為、予定を変更させる訳にも行かなかったよう。念を入れてセレスティがホテルのこことは別のワンフロアを借り切り、聴取をそこで行わせる事を試みたらしいが…結局リンスター総帥のセレスティ当人だけが条件付でそれを許され、他の調査員についてはその要請は跳ね除けられた、らしい。
 それで今、当初の予定通り警察が厳重に警備している部屋で汐耶は聴取を受けている事になる。…但し、その警備には――今はリンスター財閥の者も少なからず混じっていると言う事だが。要請が跳ね除けられたとは言え、セレスティもただでは引き下がらなかった。
 …ともかく汐耶は今、そんな中で疑惑の佐々木晃から事情聴取を受けている。
 ただ、現時点で特におかしな事は何も起きていない。汐耶の前に事情聴取を受けた皆も、普通に事件について聴取を受けただけだと言っていた。事実今汐耶が訊かれているのも要申請特別閲覧図書の話から流れて現場に残された落書き――魔法円についての話。調べた結果。調べた結果、とは言えそれなりの文献を使えばすぐわかる程度の術形式しか話すつもりは元々無い。佐々木晃の方も他の調査員から似たような情報を得ていたのか、汐耶の言うそれだけで魔法円については納得したようだった。だが――それを聞き終えたところで、ああ、と思い付いたように声が上がる。…お前は都立図書館の司書で、その要申請特別閲覧図書の担当だと言ったな、落書きの意味を調べたのもそこの文献を使ってだと。ならばそこの文献を借り出した者のリストか何かもあるだろう? 捜査の参考になるかもしれない。…そうだな。他にも都内近郊の図書館…古書店の類にも当たってみるべきか。
 汐耶にリストの存在を問いつつ、佐々木晃は思案するようにひとりごちる。
「リスト…ですか」
「ああ。犯人がその手の本を借り出し、その内容を参考に現場の舞台装飾代わりに使っている可能性もある。…後で令状を取ってお前の仕事場にも改めて邪魔するかもしれん」
 どうかしたか、と窺う声が汐耶に掛けられる。申請者のリスト。それならば一応持参している。任意者のみに見えるように予め封印を掛けた上で持参してはあるが出来れば見せるのは避けたい事で。だが、後で令状を取って仕事場に、となると話が違う。それならば今ここで、警察のみならずリンスター財閥や草間興信所の調査員の目がある場所での方がまだいい。…仕事場では、もし万が一何かあったなら魔術絡みの出来事に対処できる人間が汐耶以外に居ないのだから。
「…今、ここにありますよ」
「何」
「私も気になって調べてみましたから。一応持参していただけなんですが――後で図書館に令状持って来られるのなら今見せてしまっても同じ事でしょう」
 …それに今用意しているこのリストなら、他の余計な物までは見せずにすみますし。
「なら、見せろ」
 言って、佐々木晃は鷹揚に片手を差し出す。と、汐耶はその手を無視し椅子から静かに立ち上がった。訝しげな顔で汐耶を見上げる佐々木晃。何だ、と声を掛けられる。
「刑事さん相手とは言えいきなりはいと渡す訳にはいきませんよ。本来部外秘の情報なんですから」
 私が立ち合いの元でならお見せします。そう言いながら汐耶は持参した鞄を開き、中から薄い紙の束を取り出した。佐々木晃の座るすぐ脇まで歩み寄り、直に手渡しはせず、見えるように差し出すだけ。
「これです」
「…訳のわからん書名が多いな。こんな名前の本が図書館にある訳か」
「色々と問題のある本が多いので、内密にお願いしますよ」
「ああ」
 リストにあるのは申請者名に申請した書名。身分証明から引き出した申請者の住所、電話番号。貸出日時と返却日時。案外多いものだな、とぼやきながら佐々木晃は指を伸ばしリストを捲った。
 と。
 それと殆ど同じタイミング。汐耶の背筋に悪寒が走る。目の前の男が悪寒の理由か――違う。何かが何処からか来ている? これは邪気か。邪気――霊気? 霊の襲撃か。
 …危ないわね。
 思いながら汐耶は部屋の中の様子を窺う。霊気を探す。霊、それも怨霊らしい澱んだ気配。自分の力でそれらの封印が可能かどうかを探る。対象が確り掴めない――そして封印の媒体になりそうなものも何か無いかついでに探すが、どうも心許無い。止めた方が無難だ。ならば『こちら』を用意していて正解か。
 汐耶は兄の力――退魔の力を封じた書物から破った頁、服のあちこちに隠し持っていたそれを――即座に取り出せるように意識する。霊気の塊は。…来る。思ったその時、おおよその場所に当たりをつけると素早く頁を取り出しそこに向け頁の封印を解いた。瞬間、攻撃的な光が溢れる。退魔の力が襲い来た怨霊に反撃する。途端、局所的ながら邪気が晴れた。…この『力』でそれなりの効果はあると確認。この調子ならば――今持っている頁分で恐らく何とかなる。
 と、そう判断したところで。
 不意に間近から声が掛かる。
「おい!?」
 自分の頬を鋭く切り裂いた何物かに慌て、辺りを鋭く見渡す佐々木晃の声。それでも何も見付からず、取り敢えず自分の視界に見える唯一能動的に動いて当然な存在――すぐ脇に立っている汐耶に鋭く問う。その声を聞き汐耶がふとそちらを見れば、霊気の塊がこの佐々木晃と言う刑事に圧し掛かるように移動している――ように見えた。…攻撃対象を汐耶からそちらに切り換えたか。
「今、何をした!?」
「刑事さんには何も。…そう言う問題じゃなくって」
 霊の攻撃と言っても通じないか。それに、この対応となれば霊は見えていない――調査員の皆から聞かされた疑惑はあっても、それは何か別の理由で、なのかもしれない。世間には様々な事情を持つ人間が存在する。…今までここで事情聴取を受けた人は皆何も無かったと言っていたし、これ以上疑うのも悪いか。
 何の義理もない相手でも、目の前で霊に取り殺されてはさすがに後味が悪い。それに、もし万が一自分の身に何かあったとしても――その為の防御は取り敢えず整ってるし。大丈夫。
 そう自分に確認してから、汐耶は袖の中に差し込んでおいた兄の書物の一頁をするりと取り出し、佐々木晃を護る形に発動した。彼の背後、漠然とながら感じた霊気の塊――特に大きく、濃く感じた部分に叩き付ける。光。それが消えた時にはその霊気の塊も消えていた――が。
 刹那。
 凄まじい烈光が生まれる。汐耶には何が起きたか判断が付いた。封印に条件を付けておいた、兄の力の書物の一頁が自動的に発動した。『所持している者に危険が迫ったら、その危険を齎した者に対し』封印が解けるよう。退魔の力を持つ汐耶の兄の、特に強力な攻撃の力が封印され込められた一頁。これが、万が一の時の為の用意。
 その一頁が『危険を齎した者』と判断したのは――。
「ってェな…何隠し持ってやがるんだてめぇ」
「な」
 ――たった今、仕方無いながらも護ろうとしたその刑事。その刑事が私に何を仕掛けようとしたのか。きつく問い詰めようとその姿を目で追い口を開きかけるが――衝撃で半分仰け反った刑事のその姿を見た汐耶は、反射的に凍り付くのが先だった。見ている前で面倒そうに起こされた半身。が――起こされたのは赤く濡れた人型の塊、そう形容していい状態で。それも、左肩の形が少しおかしい。人間の構造が壊れている。そう判断していいような。確かにこの一頁が発動された時、何処か異様な――重苦しく濡れた、嫌な音がしはしたが。
 血に塗れた合間から何とか見える顔の肌色。そして見えた瞳の色は金。…この刑事の瞳の色は黒かった筈。そうじゃない。そうじゃなくて。
 こんな状態で、人間はすぐに起き上がれるか? 平然と話せるか?
「…手間掛けさせんじゃねえ」
 衝撃。気が付いた時には低い声が汐耶の頭上で聞こえる。くの字に折れる身体。あまりの事に油断した。立ち位置が近過ぎたのを忘れていた。腹を殴られたか。動けない。…瞬間的に察する。この刑事が“凶々しき渇望”。
 奇妙に濡れた音がする。靴が雨で滑るような音。絨毯が敷かれていようがそれも当然か、どうせ凄まじい量の血がぶちまけられている。…血だけでは無い。私を拘束した、この相手――“凶々しき渇望”の左肩からその先が。何故動けるのか。それもそんな、何事も無かったような――そんな、平然とした、顔をしたままで。それは痛みをまったく感じていない訳では無さそうだが――それよりも、動き難い、そんな不都合の方が余程大きいのではないか――と思える、態度で。
 …薄れ行く意識の中で、汐耶がそんな思考を巡らせている中。

 ――『私の助力は必要か?』

 …唐突に、声がした。
 窓の外だろうか。楽しんでいるような――何処か悪意を塗した笑いを含んだ年嵩の男の声。
 その声に、ぴくりと反応する…凍り付く赤。“凶々しき渇望”の、身体の、何処か。白いスーツの袖に包まれた腕だった筈の場所。けれどそれは最早まともな形を無くしているような気がする。気のせいか。わからない。ただ、赤い。
 その色が、今までこの部屋で話していて、一度も起こしていない反応を示している。
 少なくとも今汐耶は初めて聞いた男の声――その存在で?
「く…ッ」
「もう少し自分の身体を大切に扱い給えよ」
 ただでさえ、壊れ易いのだからね?
「黙れ…ッ!!」
 …どちらもやけに自分に近い場所。笑みを含んだそんな年嵩の男の声と、その声に対し激昂する“凶々しき渇望”――佐々木晃の荒げられた声。
 それらふたつだけが、意識を失う直前の、汐耶の耳に残っていた。

【続】


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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

 ■1855/葉月・政人(はづき・まさと)
 男/25歳/警視庁超常現象対策班特殊強化服装着員

 ■2263/神山・隼人(かみやま・はやと)
 男/999歳/便利屋

 ■1883/セレスティ・カーニンガム
 男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い

 ■1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)
 女/23歳/都立図書館司書

 ■0328/天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)
 女/18歳/大学生(巫女):天位覚醒者

 ■1252/海原・みなも(うなばら・-)
 女/13歳/中学生

 ■4012/坂原・和真(さかはら・かずま)
 男/18歳/フリーター兼鍵請負人

 ■0086/シュライン・エマ
 女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

 ※表記は発注の順番になってます

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 …以下、公式外の登場NPC

 ■佐々木・晃=“凶々しき渇望”
 ■年嵩の男(仮)

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          ライター通信
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 第一話に続き、発注有難う御座いました。
 …『その者の名、“凶々しき渇望”』第二話、漸くのお届けです。

 今回、色々と遅くなってしまいましたが…いえちょっとした…避けようが無かった(遠)行き違いのようなものがあって(泣)。もの自体は一週間くらい前にはほぼ何とかなってたんですが(くすん)
 しかも良く考えれば…それが解決したのが土曜日なので…オフィシャルの営業時間を考えるとお渡しが更に遅れる事は確実と(汗)
 って言い訳ですね。とにかく納品が遅れました。本当に申し訳ありません(土下座)

 今回のノベルはこんな感じになりました。
 …色々と私が暴走しまして(え)結果、殆ど全員個別です(汗)
 葉月政人様と綾和泉汐耶様以外は後半である程度共通部分が混じってもいますが。

 内容は…とにかくそんな訳で、綾和泉汐耶様が攫われてしまいました。
 何か色々と大変な事になっております。

 また、今回の話は、坂原和真様版→海原みなも様版→天薙撫子様版→セレスティ・カーニンガム様版→シュライン・エマ様版→綾和泉汐耶様版→葉月政人様版→神山隼人様版…と言った順番で読む事をお勧めしておく事にします。全体像が一番把握し易いようなので。

 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いです。
 では、また少し間を置いてになりますが、第三話もどうぞ宜しくお願い致します(礼)

 深海残月 拝