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<東京怪談ノベル(シングル)>




 〜過去の残像〜


 高級な雰囲気を醸し出す薄暗く静かな酒場。
 そこで恭介は一人で飲んでいた。感情をあまり表に出さない恭介だから表面上は普段と変わらないのだけれど、過去を思って少しだけ気分が沈んでいた。
 今日のミッション、それなりに危険な後方処理だった。その時に部下の一人が怪我をした。恭介の咄嗟の判断で怪我程度ですんだのだが、それがきっかけで恭介に過去の事を思い出させた。
 過去、恭介には幾人かの友人と呼べる人間がいた。だけど皆、いなくなっている。
 仕事、任務に危険はつきものだ。研究中、あるいは後方処理中。しかし、一番最悪、とまでは言わないが、心の中にもやもやした何かを残したのは、派閥争い、権力争い、そういったものに巻き込まれた末に消されたと思われるケースだった。
 だけど、証拠が何一つ残っていないため事故で片付けられている。
 しかし、そんなことを考えたところで今の恭介が変わることはない。今の仕事を辞めるわけでもない。先ほども言ったが、任務に危険はつきものなのだ。いなくなった彼らもそれを十分理解して仕事をしていたはずなのだから。
 彼らも命を惜しんで仕事をしていたとは思えない。
 もちろん、恭介もそれは承知している、危険だとしていながらも恭介は恭介の目的のために仕事を続ける。それは過去も今もこれからも変わることはない。
 だけど、こんな気分の日は過去のことを思い出してしまう。自分がいまより強かったら彼らを失わずにいたのではないか?
 判断一つで彼らを救えたのではないか?
 考えても仕方がないことは恭介も分かっている。
 なぜなら、それは『そうであったらいいこと』で決して『そうはならなかった事』なのだから。
「…らしくないな…」
 カランとグラスの中の氷を鳴らす。少し酔っているのかもしれない。だから、いつもは考えないはずの事を考えたりしてしまうのだろう。
 だけど、今だけは彼らのために酒を掲げ、飲んだ。
「どうしたんだ?今日はいつもと雰囲気が違うじゃないか」
 店主がグラスを拭きながら恭介に話しかけてくる。この店は結構来ているから店主の男性ともよく顔を合わせる。だから恭介のわずかな違いに気がついたのだろう。
「…違う?違わないさ。いつも通りだ」
 グイ、とグラスに残った僅かな酒を飲み干して、恭介が短く答える。
「…そうかい?少しいつもと違う感じがしたんだけどねぇ」
 店主は少し笑いながら言うが、恭介の耳には入っていなかった。
 明日も恭介は任務がある。毎日毎日命の駆け引きをして生きているようなものだ。
 だけど、それは誰に言われたからではなく、恭介自身が自ら望んで決めた道である。
「ごちそうさん、お金はここに置いていくよ」
 財布から金を取り出し、テーブルに置いてから恭介は酒場から出た。
 外は心地よい風が吹いていて、酒で火照った身体にはちょうどいい風だった。
 亡くしてしまった友人達のことを思うなんてどれくらいぶりだろうと恭介は空に浮かぶ満月を見ながら心の中で呟いた。
 もし、友人達を死に追いやった人間を見つけたら自分はどうするのだろう。
 見過ごす?それはありえない。いくら恭介が冷静で冷たいと思われていても彼らのカタキを討つくらいのことは考えている。
 それくらいの情が彼らにはあったのだ。
「……本当に…今日はらしくないことばかりだ…仲間が見たら驚くな…」
 恭介は拳をギュッと握り締めて小さく、だけど低い声で呟く。それは恭介にしては珍しく感情を含んだ声色だった。
 その呟きを聞いていたのは誰一人としていなく、夜空に浮かぶ丸い月のみがその呟きを聞いていた。


 今宵は満月、月は人を狂わせる。
 この月夜に恭介も狂わされたのかもしれない。
 だから、こんなにも過去に囚われてしまうのだろうか。
 だとしたら、今だけは…失った彼らに優しい光が降り注ぎますよう…。



 〜END〜