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たまにはこんな日も。
●安らぎの手
「雪降らないのかな‥‥」
窓から外をぼんやりと眺めながら九重・結珠(ここのえ・ゆず)は小さく溜息を吐く。
小さい頃は病弱でよく体調を壊していたが、最近になり少し良くなったものの久しぶりに風邪をひいてしまった。
「頭‥まだ少し痛いわ‥‥」
額に手を当てると熱く、熱があるのだと実感できる。
たくさん睡眠をとっているうえに、寝ていても息苦しさですぐに目が覚めてしまうので眠る事もままならず、仕方がないので窓の側へと腰を下ろして空を見上げていた。
時々窓の側に置いている小さな観葉植物を手に取り、植物の気持ちを感じ取りながら楽しく会話をしたりクマの縫いぐるみに話しかけたり、兄の九重・蒼(ここのえ・そう)が見舞いに持ってきた綺麗な花を眺めて時間を過ごす。
それでも外に出る事も部屋からも出る事が出来なく寂しさを感じる。
結珠はただ時が過ぎていくのを風邪と戦いながらぼんやりと待つ事しか出来なかった。
コンコン。
「結珠、入るよ?」
「お兄ちゃん‥‥」
一人暮らしをしている蒼だが結珠が風邪をひいた事を知り、心配して朝早くから見舞いに来てくれていた。
午前中は結珠の事を気遣って時々タオルを変えたり、熱を測りに来たりする程度で蒼はあまり部屋に立ち寄らないようにしていた。
折角、蒼と長い時間話すことが出来るのに風邪のせいで楽しく過ごす事が出来ずに結珠は残念に思う。
「ベッドに居ないと駄目じゃないか。‥なにを眺めてるんだ?」
「今日の天気予報では雪が降るって言っていたのにまだ降らなくって‥」
蒼も空を確認してみるが雪が降りそうな気配はない。
少しの間、雪が降らないかと期待して待ち続けてみるが一向に降る気配はなく、だんだん蒼は結珠の体を心配して軽く肩に手を添えて声をかける。
「風邪が悪化したら大変だからベッドに戻ろうな‥」
「う、うん‥」
結珠は少し残念そうに窓の側から離れて少し冷えた体を温めるためにベッドの中へと入る。
「おかゆを持ってきたんだけど食べられそう?」
「わぁ、美味しそう‥」
実のところは食欲のなかった結珠だが蒼の手作りのおかゆを目の前にして、蒼の事を考えると少しでも食べたいという気持ちになっていた。
いくらおかゆでも久しぶりに食べ物を口にしたせいか、喉を通りにくく無理をせずに結珠は少しずつ口元へと運ぶ。
「無理して食べる事ないぞ‥」
「ううん! 少しでも体力をつけなくっちゃ!!」
結珠は真面目な顔をして心配してくれる蒼の顔を見る。
少しでも早く蒼に元気な姿を見せたいという気持ちに加えて蒼の作ってくれたおかゆは結珠の中で特別に美味しく感じていた。
「う〜ん、まだ‥少し熱いな。もう少し寝るといい‥」
額に手を当てて熱を測る蒼の手は熱で体が火照っている結珠にとって冷たくて気持ちがよくて、ゆっくりと目を瞑る。
「気持ちいい‥‥」
「んっ?」
「お兄ちゃんの手は大きいなって思ったの‥」
なによりも蒼の大きな手が心地よく、それと同時に大きな手が自然と結珠に安心と安らぎをくれる。
頭痛も少しずつ治まっていく感覚さえする。
昔から優しい兄が大好きで、仲良く手を繋いで一緒に桜を見たり、蒼がピンクのチューリップをプレゼントしてくれたり、結珠は蒼の為にお菓子作りをしたり、バレンタインには兄の為にチョコを焼いたりもした。
実は焼いた手作りチョコは結珠の思うように上手くいかなかったが、両手に袋いっぱいもらって来た綺麗に包まれたチョコよりも真っ先に美味しいと言って食べてくれた時には更に蒼の事が大好きになっていた。
一日一日を過ごす程に蒼への好きの想いは更に強まっていた。
風邪のせいなのか蒼との楽しい想い出が走馬灯のように次々と思い出される。
だんだんと頭の中が朦朧として、其処から先の記憶はぷつりと途絶えてしまった。
●初雪‥次に見るときには。
いつの間にか眠ってしまったらしく、目覚めた頃には日がどっぷりと暮れていた。
随分と長い事眠っていたらしく体が痛くてうまく体を動かす事が出来ない。
はっきりとしない頭で結珠は見慣れた自分の部屋の天井を見つめて溜息をつく。
かちゃ。
ドアの開く音が聞こえて結珠はゆっくりと近づいてくる気配に耳を傾ける。
額にのせていたタオルが取られ、代わりにひんやりとした冷たいタオルに変わる。
結珠はゆっくりと目を開けて虚ろになりながら人影に目を向ける。
「けほっ。‥‥お兄ちゃん?」
「結珠‥起きてたのか?」
「ううん、今‥目が覚めたところよ‥」
風邪のせいで重たく感じる体をゆっくりと持ち上げて、結珠は目をこする。
「ん‥‥、いつの間にか寝ちゃったみたい‥」
結珠は苦笑しながら蒼を見上げる。
蒼の話によると体温を測ろうと手を当てている間に眠ってしまったらしい。
たくさん寝たうえに頭痛がしてあまり睡眠がとれなかった筈なのに、記憶をたどってみると確かに蒼の手があまりにも気持ちよくて眠りにおちてしまったような気もする。
どうやら蒼の手は結珠にとっての良い薬だったようだ。
「そうだ、ホットミルクを持ってきたけど‥‥飲めそうか?」
「うん。お兄ちゃんの蜂蜜入りのホットミルクを飲むと元気がでるの‥」
蜂蜜入りホットミルクは幼い頃から風邪をひくといつも蒼が作ってくれる、言わば結珠の特効薬でもある想い出深い飲み物だ。
昔は体が弱くて飲む機会が多かったが最近は風邪をひく事も少なく、蒼の蜂蜜入りホットミルクを飲むのは久しぶりで少しわくわくしながら結珠は口をつける。
甘くて体の其処から温められる飲み物でなによりも蒼の愛情たっぷりな飲み物だ。
昔、風邪をひいた時の事を想い出した結珠の顔からは自然と笑みが零れ落ちる。
「おいしい‥‥」
「風邪にはこれが一番だからな‥」
久しぶりのホットミルクの味は昔と変わらず懐かしい味がする。また昔から変わらぬ蒼の優しい愛情が伝わってきた。
結珠は嬉しそうな表情を蒼に向けると、結珠の嬉しそうな笑顔に蒼は心の内で妹に頼られる嬉しさをかみ締めていた。
温かい体温がホットミルクによって更に温まり、風邪で赤くなっている結珠の頬が更に赤くなる。
体の底から癒されている気がして結珠は体が少しだけ軽くなったような感じを受けていた。
「所でお兄ちゃん、今日はバイトに行かなくていいの?」
「心配いらないよ、今日は休みなんだ‥」
バイトや株で生計を立てながら勉強をしている蒼は何かと忙しく毎日を過ごしている。
その為、結珠は蒼が無理をして見舞いに来てくれたのではないかと心配していた。
「そんな顔するなよ‥。本当に今日は偶々休みなんだ‥‥」
どうやら心配している事を見抜かれてしまったらしい。
昔から心配そうな結珠の顔には弱くて、蒼は少しでも結珠に笑顔を見せて欲しいと思い精一杯に優しい笑顔を見せると結珠を笑顔で返してくれた。
風邪は辛いけれども蒼と過ごせる一時はとても幸せな気分になっていく。
でも、こんなことを言ったら蒼に怒られてしまうかも知れない。
「あれ? もうこんな時間なのね! 遅いし‥お兄ちゃんそろそろ帰るの?」
「いいや、結珠の事が心配だから今日は一日泊まっていくよ‥」
時計に目を遣るとすでに時計の針は八時を回っていた。
蒼を見上げると、蒼は優しい表情を見せて結珠の頭を数回優しく撫であげる。
結珠の表情は見る見るうちに柔らかい表情に変わり、蒼に微笑して見せた。
思っていたよりも元気そうな結珠を見て蒼は、心の中でほっと胸を撫で下ろした。
「あっ! お兄ちゃん見て‥」
「結珠、ベッドから出たら体が冷えるだろ?」
窓をずっと気にしていた結珠が突然、嬉しそうにベッドから抜け出して窓の側に近づく。
窓から嬉しそうに外を見上げる結珠の側に近づき空を見上げた瞬間、蒼の表情が笑みへと変わった。
「今年最初の初雪だな‥」
「うん‥とても綺麗ね」
それから少しの間、無言だが穏やかな雰囲気で二人はゆるゆると降る雪を見上げていた。
途中、結珠の体が冷えないようにと蒼はガウンをかけてくれた。
ガウンを頬に当てると、とても温かくて心地よい。
結珠は蒼を見上げて、お互いに微笑してみせた。
「今度は‥外で見られるといいな」
無意識のうちに結珠はゆらゆらと降る雪を見ながら口にしていた。
「そしたら早く風邪を治さないといけないな‥」
雪に見惚れる結珠の頭を優しく撫で上げて、蒼は結珠と次に会う時には元気な姿が見られる事を願う。
「そろそろベッドに戻らないと‥。折角治りかけているのに、また悪化するぞ」
「は〜い」
結珠は嬉しそうに差し出された蒼の手を借りて立ち上がりベッドへと戻る。
もちろん風邪をひくと辛いし蒼を心配させてしまうけれど、一日中をこうして蒼と過ごせるのも良いかな、っと結珠は密かに思った。
明日には風邪が治って元気な姿を蒼に見せられるようにと願って結珠は再び蒼が見守ってくれている中で眠りに落ちていった。
ライターより。
今回、担当させてもらいました葵桜です。
発注文を目にした時にはとても和やかな雰囲気を感じてお二人の仲のよさを
垣間見る事が出来てとても素敵だなっと感じました。
ほのぼのとした話を執筆するのは大好きなのですが、ご希望通りの
「ほんわかと優しい感じ」にしやがっていると良いのですが‥(苦笑)。
私は兄がいなくてずっと憧れているのですが、蒼さんはまさに理想のお兄さんですね。
結珠さんがとても羨ましいです。
楽しんで読んで頂けると幸いです。
Written by Aoisakura
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