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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜霧幻〜



 草薙秋水の元にかかってきた一通の電話。
 それは人物の調査依頼であった。
 霧の深い日に現れるその人物を調べて欲しいとのことだった。
 秋水は、本来こういう依頼は受けない。だが。
「……左右の目の色が、違う……か」
 焦げ茶と、白に近い灰色の瞳を持つという人物を、秋水は一人しか知らない。勿論その人物に会ったことなどないが、噂は知っている。
 草薙家と折り合いの悪い――――遠逆の一門。
(まさかと思うが、遠逆が動いているのか……? なんのために?)
 嫌な予感が胸を占める。
 色違いの瞳を持っている者は、あの一門には一人しかいない。
 四十四代目当主となる……。



(この辺りだったか……)
 秋水は周囲を見回す。
 本当に遠逆の者だったら?
 なんだか嫌な気分になってくる。腹の奥底がじわじわと、痛むような。
 こんな、誰も居ない、廃墟同然のビルに現れるのだろうか。
(撤去する予定のビルか……。……助けを求めても誰も気づかない)
 殺風景すぎる。孤独のニオイのする場所だ。
 ビルの中を歩き、秋水はその窓からふいに外を覗いた。霧が出てきたのを見て、軽く嘆息する。
 耳元で唐突にシャン、と音がした。びくっと顔を上げて振り向くと、そこに誰かが立っていた。
 気配を感じなかった。音もしなかった。
 薄暗い闇の中、かつん、と足音を響かせて秋水に一歩近づいたその人物は、息を呑んだ。
「……草薙の方…………ですか」
「……遠逆の、か?」
 ちょうど顔に陰がかかっていて、秋水からははっきりとは見えなかった。
 彼女は警戒したように、そこから動かない。
「草薙の方がここにいらっしゃるということは、ここには……憑物がいるということでしょうか?」
「? それは知らないが」
 それに。
「俺は、草薙の家とは関係ねえ」
「……では、仕事でこちらにいらしたのではないんですか?」
「そういうあんたはどうなんだ? 遠逆家は何を企んでる?」
「私は……」
 彼女はそこで言葉を区切り、口を噤む。だが突然彼女はその場から動き、秋水のほうに一気に駆け寄ってきた。
 驚く秋水だった。
 やっと見えた顔が、思った以上に整っていた。瞳はやはり色違いで。
「!?」
 突き飛ばされたことに気づいて秋水が目を見開く。少女はすぐさま受身をとって床を転がり、そのまま足もとから何か長い物を引っ張り上げて後方に思い切り振る。
「草薙の方、気をつけてください!」
「な……?」
「憑物が私に引き寄せられたようです!」
 引き寄せられた?
 その言葉に怪訝そうにして起き上がる秋水は、言い放つ。
「草薙の方じゃねぇ。俺には草薙秋水っていう名前があるんだ!」
 それを聞いて、彼女はすぐに口を開いた。
「遠逆月乃です」
 馬鹿丁寧に返してくる少女に、秋水は面食らってしまう。
 そして同時に、やはり、と思ってしまった。
 遠逆月乃。遠逆家の次期当主の名前だ。
 月乃は黒一色の長い棒を片手に持っていた。先ほどまでそんなものは持っていなかったはずだ。
「申し訳ありません……巻き込んでしまいました」
 謝る月乃は彼に背を向けていた。
「とりあえず逃げるぞ!」
 月乃の手を掴んで引っ張る。彼女はひどく驚いたように目を見開いた。小さく何か言いかけた彼女は、秋水に問答無用に引かれて口を閉じる。
 敵の姿を秋水は見た。黒く澱んだモノだ。あれは。
(……妖魔か)

「草薙さん、アレは私を追ってきます。私のことはいいですから」
「どういう事情があるにせよ、女を一人にするってのはムカつかねぇか?」
 不愉快そうに怒鳴る秋水を、月乃は見つめる。
 秋水は瞳を伏せる月乃を肩越しに一瞥し、舌打ちしたくなってきた。
 来た!
 ビリっと全身を何かが駆け抜け、秋水はすぐさま銃を取り出して銃口を向けた。そこに現れた黒い影を撃ち抜く。
「草薙さん!」
 月乃の叫び声が聞こえた。彼女は秋水の前にいつの間にか佇み、何かを棒で受け止めていた。
 黒い塊から伸びたナイフのように鋭利な刃を、彼女は受け止めていたのだ。足に力を入れ、秋水を後ろに追い遣って。
「あんた……なんで俺を庇ってんだ……?」
 無言の月乃が、受け止めていた刃を力任せに弾き返す。
「草薙さん、援護をお願いできますか」
「はっ?」
「行きます!」
 秋水の返答を聞かず、月乃はそのまま駆け出した。
「人の話を聞けって……!」
 秋水はすぐさま構えた。銃口を月乃に襲い掛かる刃に向ける。
 二丁の銃から放たれる銃弾は、月乃に届こうとしていた刃をことごとく撃ち抜いた。
 彼女は秋水の援護を信じているように、周囲に目もくれずに突っ込んでいく。
 月乃はその手に持つ黒い棒を振り上げた。あんなものを振り上げてもダメだろうがと秋水は思うものの、実際に遠逆の戦い方を見るのはこれが初めてなのだ。
 その手に在った棒がぐにゃりと形を変えた。長い刀へとその姿を変えていく。
 月乃の駆ける速度が上がり、気づけば敵の真後ろに彼女は居た。月乃が刀を構え、振り下ろす直前なのが秋水の目に映る。
 勝敗は一瞬で決した。
 月乃は相手を真っ二つに叩き斬る。すぐさまどこからか出した巻物をざあっと広げた。何か絵が見えた気がしたが、秋水には一瞬のことでわからない。
 巻物が輝き、月乃に斬られて蠢いたものがその中に吸い込まれる。
 突然、しん、と静まり返った。
 そのあまりに唐突な緊張感に秋水は戸惑う。
 遠逆と草薙は、言わば同業者。まさかと思うがここで戦闘になるということも、ないわけではない。
 自分が草薙の一族に関わりがないと言おうとも、相手は遠逆の――――。
「あの、草薙さん大丈夫ですか……?」
「へっ?」
 うかがうように見てくる月乃は、秋水との距離を少し保ったまま尋ねてきた。その声には敵意は感じられない。
「どこかお怪我でも……?」
「いや、そうじゃねえ……。あんた、遠逆の次代なんじゃねえのか?」
「……そうですが」
「俺が草薙だと知っていて、なぜ仕掛けてこない?」
 月乃は軽く目を開き、すぐに落ち着いたように無表情に戻った。
「なぜと言われても……私の目的は憑物の封印だけです。草薙さんに何かするということはないと思いますが」
「遠逆の次代とは思えないセリフだ」
 冷ややかに言うと、月乃は少し視線を伏せる。
「今はそれよりも、私自身の問題を解決するほうが先ですから……」
「? さっきも言ってたな、それ。どういうことだ?」
「私は、呪われているんです」
 月乃は視線を秋水に向けた。その虚ろな瞳は深い闇を孕んでいる。重いものを感じて秋水は目を細めた。
「私は四十四の憑物を封じない限り、憑物に狙われ続ける宿命を持っています」
「狙われる? 退魔の一族なのにか?」
「…………」
 沈黙で返す月乃は、また視線を伏せた。
 おかしな話だと思う。月乃が憑物と言っているものは、妖魔のことだ。妖怪や悪霊を、遠逆はそう呼んでいる。それを四十四体ほど封じる?
(妙だ)
「あんた、一人でここに?」
「え? は、はい。一人で上京を」
 それを聞いて確信した。月乃は遠逆家と別行動をとっている。
(次の当主にこれほど好きにさせておくなんて……)
 それに、何もこの地でなくてもいいはずだ。憑物など数えればキリがないほど世の中には溢れている。
 何かあるとわかってはいても、それ以上踏み込めないように月乃は口を閉ざしていた。
 何はともあれ、彼女は遠逆の家の命令で動いているわけではなさそうだ。
「あの」
 月乃の声にハッとして秋水は「なんだ」と返した。
「先ほどはありがとうございました。無事、憑物を封じることができました」
「…………。封じるために、この辺に現れてたんだな」
「はい。気配は感じていたので」
 とりあえず依頼内容は達成できた。妖魔退治の為に遠逆月乃はこの周囲をウロついていたようだ。依頼人には問題なかったと説明できる。
 月乃は一歩後退する。
「安心してください。他の方には迷惑はかけません。私はただ……憑物を封じていくだけです」
「俺と会ったことは……」
「遠逆は閉鎖的な家です。私は仕事以外でどこかへ出かけたこともないですし、進んで関わろうとはしていなかったものですから」
 言外に、誰にも言わないと言う月乃に、秋水は内心安堵する。
「……あの、私のことは内密にお願いします……。いくら呪われた身とはいえ、他の退魔の方々には面白くないお話でしょうから」
「言われなくても」
 それを聞いて月乃はほっとしたように微笑んだ。初めて見る、彼女の心が表に出た顔だった。
「…………あんた、自分の家を呪ったことはないのか?」
 笑顔を見た秋水はふいにそう尋ねたくなった。自分と同じ退魔の一族の月乃は、己の家柄をどう感じているのだろうか。
 壊したいとか、思わないのだろうか?
 月乃はすっと一歩後退した。流れるような動作にムダはない。彼女の表情は、また影の中に隠れて見えなくなってしまう。
「あんただって、好きであの家に生まれたわけじゃねえだろ。疎ましくなったりしないのかよ?」
「…………どうでしょうか。私は、そう思ったことなど、ないものですから」
「その家に生まれたせいで、あんたが今この場にいるとしてもか?」
 月乃が息を呑んだのがわかる。彼女は動揺していた。
「草薙さんは、私が思ったことのないことを……はっきり言うんですね。ですが、私はまだ、退魔士以外の自分など、想像できないんです……」
「…………」
「『平凡な幸せ』を求めることが、今後あるかもしれませんが…………」
 それは今ではない。
 秋水にもわかった。
 互いに何もわからない。深く関わってはいないし、今後も関わるとは限らない。
 ふいに。
「なんなら、その呪われた業を『壊す』手伝いをしてやろうか?」
 と言いたくなる。同情しているのだろうか? よくはわからないが。
 そうこう思っている内に月乃がまた一歩後退したのに気づく。
「本当に申し訳ないことをしました、草薙さん」
 シャン、と鈴の音が鼓膜に届く。気づけば月乃の姿は完全に消えていた。
「遠逆、月乃……か」
 また会うこともあるかもしれない。彼女が憑物をこの地で封じていく限り――――。
 秋水は嘆息し、それから足音を響かせてその場をあとにした。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【3576/草薙・秋水(くさなぎ・しゅうすい)/男/22/壊し屋】

NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして草薙様。ライターのともやいずみです。
 展開はシリアス……にさせていただきました。ど、どうでしょうか? 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
 月乃の憑物封じにお付き合いくださり、ありがとうございます!

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!