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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


小判先生 三

 冬の代名詞といえば、炬燵に猫。ここにミカンが加わらないのは、小判先生が柑橘類を苦手としているせいだった。草間武彦は興信所の奥の部屋で畳に寝転がり、炬燵に足だけ突っ込んで、足袋猫の小判先生と無駄話に耽っていた。
「最近家にネズミが増えてのう」
「ネズミなんて自分で始末すりゃいいだろ」
猫なんだからよ、と武彦は炬燵布団をめくりあげて、中でオレンジ色のヒーターにあたる小判先生を引きずり出した。丸縁の眼鏡が白く曇っている。
「儂はもう年じゃ、そんな甲斐性はない。・・・・・・そうじゃ、武彦。お前んの誰かに、猫石を取ってきてもらおうかね」
「猫石?なんだそりゃ」
猫石とは神社などに落ちている、神通力のこもった石のことだった。昔から家を建てるときには縁の下や屋根裏などにそっと置いて、ネズミよけに使われている。石の中には猫の精霊が封じられていると、信じられていた。
「それはゴキブリよけにもなるのか?」
ないよりはましかもなと言われ、武彦は依頼を引き受ける気になった。炬燵に足を突っ込んだまま体だけ起こし、興信所へ通じるドアを開けて人を呼んだ。

 神社の砂利石は白く細かく、深く敷き詰められているのでひどく歩きにくかった。高いヒールで歩くシュライン・エマはつと油断すればすぐ足を滑らせそうになる。鈴森鎮はスニーカーを履いていたのだが、その靴跡が砂利に残るほどであった。二人の少し後ろを歩いていた羽角悠宇は、石の中から比較的大きめなものを一つ拾い上げると、赤い鳥居の上へ戯れに放った。
「悠宇くん、危ないわ」
初瀬日和は注意するというより悲しげに眉をひそめて、悠宇のコートを引っ張った。石は、コントロールよく見事鳥居の上に乗ったのだけれど、いつ落ちてくるかもわからない。誰かがその石に当たったらと思うと、日和は胸がどきどきしてしまう。
「すごいですねえ」
日和の後ろから感心して鳥居を見上げたのは、シオン・レ・ハイ。黒いジャケットの懐がもそもそと動いているのは、小さな猫を入れているせいだった。それは以前、彼らが命を助けたあの仔猫である。
「役に立つんだったら連れてってくれ」
と、小判先生から預かってきたのだった。もしくは、子守りを任されたのかもしれない。
 仔猫は、生まれた当初真っ青だった瞳も落ち着いた緑色に変わり、大きな耳は愛嬌たっぷりに可愛い盛りだった。小判先生のように人間の言葉を喋ることはできないけれど、それでもどこか影響を受けているのだろう普通の猫よりは表情豊かである。
「小判先生って人使い荒いよな。面倒なことは全部他人に押しつけるんだから」
都合のいいときだけ年寄りの振りしやがる、と肩をすくめる悠宇、言えてると鎮は笑う。つられて笑ったシオンが、砂利に足を取られてひっくりかえった。ただでさえ歩きにくかったので、いつか誰かがやるだろうと思っていたのだが。
「大丈夫?」
すぐさまシュラインがシオンの脇へ膝をついた。だが、シオンを助け起こすためではなく懐の中の仔猫を心配しただけだった。不幸中の幸い、仔猫は楽しそうに喉を鳴らしていた。

「なあ、せっかく神社に来たんだしおみくじ引かないか?」
猫石探しの前にそう言いだしたのは鎮だった。五人のうち誰が猫石を見つけ出すかの運試し、という意味合いも兼ねていた。
「楽しそう」
日和がそう言ったのに倣って悠宇は当然賛成し、シオンも面白そうですねと頷いた。残るシュラインも、反対する理由はなかった。
 先におみくじを引いた日和の頬がぽっと赤らんだ。いいものを引いたのかと思い訊いて見ると、中吉を引いたと言う。シュラインも同じ中吉だった。
「なんだ、大吉じゃないのか」
「悠宇くんは?」
「小吉」
悠宇は肩をすくめる。自分の結果は二の次だとばかりの返事だった。さらに、日和なら大吉で当然だろうこの神社当たらないなあ、と唇を尖らせる。
 悠宇は、絶対的に日和の全てを信頼していた。彼女が手を傷つけないようにと恐れはするものの、一方で決して傷つけるわけがないと信じている部分もあるのだ。だから運勢さえも、彼女の味方をするものと思い込んでいた。
「それにしても小吉と末吉って、どっちがいいんだろうな」
どっちにしても吉よりは下のような気がする、とシオンの吉を気にする。シオンはおみくじを引いたことがほとんどなかったため、福引かなにかの一種と勘違いしていた。
 五人は、それぞれ自分のおみくじを社務所そばに生えている梅の木にくくりつけた。白梅らしいその古木はすでにつぼみが膨らみかけている。
「俺の運はお前に分けてやろうかな」
だが、大吉を引いた鎮だけはおみくじを梅の枝に結ばずシオンの抱いている仔猫の首に巻いてやった。おみくじに使われている和紙は普通の髪よりずっと柔らかいので、仔猫の首に巻くとリボンのように見えなくもなかった。
「じゃ、あらためて猫石を拾いに行きましょうか」
和やかになったその場を仕切るように、シュラインがあらためて今回の目的を口に出して全員に確認させる。ネズミだけでなく黒い虫よけにもなるらしいその石を手に入れることは、実はシュラインにとってかなり真剣な目的なのである。

 神社の本殿を裏へ回ると、砂利が少し大きくなっていた。しかも、ただ丸いだけでなくなんとなく歪んでいて、一つ一つの区別がつくくらいになっていた。シオンは、その中から三日月のような形をしている石を拾い上げる。角度を変えれば首を折るキリンのようにも見えた。
「友達がいると猫石も楽しくなりますよね」
そう言ってシオンは、傍目にはがらくたの詰まっているポケットへその石を入れた。
 シオンの懐から地面へ下りた仔猫は外の景色が珍しいのだろう、よちよちと五人の周りを探索していた。柔らかな爪を引っ張り出して砂利石をほじくり返してみたり、大きな石の下を嗅いでみたり。
 仔猫のほかにも、神社には多くの猫が暮らしているようだった。敷地が広く、日当たりもいいので猫が集まってくるのだろう。
「今日はよく晴れてるし、昼寝も気持ちいいんでしょうね」
と、シュラインは言うけれどしかし季節は冬である。風が冷たいのか、猫たちは昼寝をするにも数匹ずつ固まりあって体を寄せ合い、互いの体温で温まっている。
「ああやって猫が集まっているところに、猫石も落ちてるかもな」
案外そうかもしれないと、悠宇は近くの猫団子へ近寄ってみた。
 警戒心の強い猫は悠宇が向かってくるのを見ただけですぐ逃げ出したが、家猫と思われる猫は真横にしゃがんで頭を撫でてもじっとしている。頭から耳の裏、顎にかけて撫でてやると幸せそうにごろりと仰向けの姿勢を取った。近頃の猫は堕落している、と悠宇は心の中で呟く。いくら人に飼われているとはいえ、獣としての最低限の警戒心だけは持ちつづけてもらいたかった。
「悠宇くん、ほら。石が温かくなってる」
猫が固い座布団にしていた平べったい石を拾い上げて、日和は悠宇に触らせる。その石は歪んだ卵形をしていて、目鼻を描きこめば猫の顔にも見えた。
「これ、猫石かしら」
こっちに落ちているものは違うだろうかと日和が別の石に手を伸ばそうとする。日和の指を大切にしている悠宇は、慌てて先に手を伸ばした。
「危ないな、手を痛めたらどうするんだ?」
「このくらい平気」
「駄目だって」
日和が無防備すぎるのか、悠宇が過保護すぎるのか。なにげない行為でいつも起こる二人の些細なすれ違い。勿論日和だって自分の手が傷つくことは恐ろしい、けれど悠宇の心配するほど無茶はしていないつもりだった。
「それじゃあ悠宇くん、あっちの石も拾ってくれる?」
珍しく日和は、ちょっと拗ねた口調で命令してみた。
「もちろん」
お姫さまのためなら、と悠宇は笑った。つられて、頬を膨らませていた日和も笑ってしまった。すれ違った二人の気持ちはまたすぐに交じり合って、仲直りの言葉を必要としないほどだった。

 草間興信所へ戻ると、小判先生と武彦は未だ炬燵の中でごろごろしていた。五人が寒空の下出て行ったというのに、のんきなものである。
「二人とも、ずっとここにいたの?寒いからって部屋閉めきって・・・・・・空気がこもってるわよ」
「おい、寒いから開けるな」
空気を入れ替えようと窓を開けるシュラインを、武彦は手を伸ばし止めようとした。だが、武彦が掴んだのはシュラインの腕ではなく丸い石。それも、かなり冷たい。
「わ・・・・・・っと、なんだこれ?」
「猫石です。台所の隅にでも置いてください」
自分でやらないのは、追い出したい元凶に出くわすのがひたすら恐ろしいせいである。
「あんたら、帰ってきたんか。・・・・・・ああ、猫石はちゃんと拾ってきてくれたようだね」
シュラインと武彦のやりとりに居眠りから覚めたらしい小判先生が、炬燵から頭を出した。仔猫が、その眼鏡を見つけると嬉しそうににゃあと鳴いて畳に飛び降り、弾むように駆け寄った。
「いい匂いになって帰ってきたなあ」
小判先生はそう言いながら仔猫の耳を嗅いだ。遊んだあとの匂いがする。仔猫の頭を撫でようと悠宇が手の平を伸ばしてきたので、その匂いも嗅いでみた。
「くすぐってえ」
鼻を近づけた拍子に小判先生の髭が触り、悠宇は笑ってしまう。その間に、シュラインから頼まれて台所でお茶を入れていた日和が戻ってきた。
「帰りにお饅頭買ってきましたから、お茶にしましょう」
「先生はこっちだろ?」
小判先生の隣に滑り込んだ鎮が、和菓子屋の二軒隣で買ったアジの開きを差し出す。振りかけられたゴマの匂いに、小判先生より仔猫が先に飛びついた。頼りない爪で赤味をほじくり出そうとするので、畳が汚れると日和が慌ててお皿を差し出す。
「・・・・・・ん?おい、一人足りねえな」
狭い部屋の騒ぎに辟易した表情を浮かべていた武彦はふと、シオンがいないのに気づいた。そういえばと四人も互いの顔を見合う。戻ってきたときは一緒にいたのだけれど。
「興信所のほうにいるんじゃないかしら」
シュラインが言いかけたとき、その興信所のほうから武彦の妹である草間零のはしゃいだ声が聞こえてきた。
「わあ、可愛い」
「そうですか?」
「あいつら、なにやってんだ?」
シオンが楽しそうな声を出すとろくなことはないとばかりに武彦が様子を窺いに出る。と、二人は武彦の机の前でマジックを片手に遊んでいた。
「・・・・・・お前らなあ・・・・・・」
武彦の机の上に、十数個の石が並んでいた。どれにも目鼻、手足がマジックで描きこまれ動物園と化している。ただの石だと思いつつも、顔が描いてあると生き物めいてきて、邪険に扱えない。
「小判先生、なんとかしてくれよ」
全部猫石ってことで持って帰ってくれ、と額を押さえる武彦に、アジの開きをかじりつつ小判先生は
「それらは違うのう」
と、目を細めて笑っていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
2320/ 鈴森鎮/男性/497歳/鎌鼬参番手
3356/ シオン・レ・ハイ/男性/42歳/びんぼーにん
3524/ 初瀬日和/女性/16歳/高校生
3525/ 羽角悠宇/男性/16歳/高校生

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
前回から少し時間が経って、皆様に救っていただいた
仔猫もちょっとだけ大きくなりました。
今回手に入れた猫石を使えば大喜びで飛んでくる
かと思います。
悠宇さまは日和さまの選んだ石を一つ分けてもらった、という
形になっております。
この場合は間違ったらどうしよう・・・・・・ではなく、
「日和の選んだものなら間違いない!」
と自信満々ではないかなあ、と思います。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。