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迷いの森に誘われ
昼下がりのアトラス編集部。
その編集長である碇麗香が近寄ってくるのを、首を竦めながら三下は待った。
何気なく席を外して難を逃れようと思ったが、残念ながら少々遅かったらしい。
「さんしたくん、ここの調査をお願いできる?」
パサリとデスクに落とされた資料を、三下は恐る恐る盗み見る。目に飛び込んできた文字は、最近巷で有名なミステリースポットだ。
「こ、これって『迷いの森』の調査じゃないですかぁぁ……!!」
『迷いの森』とは、一度入ったら帰ってこれないことで有名という、名前の通りでありがちな場所である。
「そう。行ってきて欲しいの」
「でも、『迷いの森』て言ったら昼間にコウモリが飛んで、鴉が木の上から睨んでて、黒猫がニャーって鳴くことで有名だんですよぉ!」
「…猫がニャーと鳴いて、何が悪いのかしら?」
「………ぁ」
「……。とりあえず、さっさと行きなさい。」
容赦なく追い出そうとする、麗香に三下は泣きついた。
「僕、迷って帰れなくなるの嫌ですぅ。あ、じゃぁこうしましょう。僕の代わりに調査に行ってくれる人がいたら、…僕は〜その〜…お役目放免ってことでぇ……」
麗香は眉を潜めたまま、どうしても行きたくなさそうな三下を見る。
三下にとっては随分長く感じられた沈黙の後、麗香は深く溜息を吐いた。
「代わりに行ってくれる人がいたら、ね」
鬱蒼と茂る森の、その入り口。木の上から、冒険隊ルックに身を包んだみあおと三下を嘲笑うかのようにカラスが鳴き、黒猫が足早に通り過ぎて行った。
ぱっくりと口を開けた森の入り口の先は、昼間だというのに深い闇に覆われている。木の根元付近には、怪奇番組に使われそうな文字で『迷いの森』とおどろおどろしく書かれた看板が置かれていた。
それを発見したみあおは隣の三下に声を掛けようとしたが、三下は森に背を向け悲壮な表情を浮かべている。
「な、なんで僕まで来ることになっているんですかぁぁぁ…!」
絶叫する三下に向かって、みあおは人差し指をビシッと突きつけた。
「なに言ってんの!三下のお仕事をみあおがついていってあげてるんだよっ?」
「それは…そうなんですけどぉー…」
にっこりと可愛らしく笑うみあおに引きずられるようにして、何か言いたげな三下は迷いの森へと足を踏み入れた。根元に落ちていた朽ちた看板の存在は、さっくりと無視されたまま。
暗い森に一歩踏み出した所で、みあおはふとあることに気付き、立ち止まる。
「あ!」
「え?」
先に歩いていた三下がその声に振り返り、木の根に足を引っかけて盛大に転んだ。
「うあぁぁぁぁぁぁ…」
「あーぁ、三下、ちゃんと気をつけないと〜」
「ううっ…」
他人事のようにそう言って、みあおは三下が起き上がるのを待ってにこっと笑う。
「でね、いいこと思いついたんだっ!みあお、ロープ持ってきたから、ここの木に縛り付けておけばいーんじゃないかな?」
その提案に三下の顔が明るく輝いた。
「そ、そうですね!そうしましょう、そうしましょう!」
三下は、みあおからロープを受け取ると入り口付近の木にぐるぐると巻き付け、その先端を持った。
「それと、三下が持ってきてないみたいだから、懐中電灯と方位磁石っ!」
「ありがとうございますぅぅ」
リュックからじゃーんと取り出した懐中電灯と方位磁石を、三下の手に押し付ける。方位磁石はお約束のようにぐるぐると回り続け、一点を指そうとはしない。
手元の方位磁石に視線を落とすと、三下は不安そうな表情を更に不安げに歪ませた。
「僕が前じゃないと駄目なんですかぁぁ?」
「あったり前でしょ?ほら、はやくいったいった!」
みあお自身は持参の特製の記念撮影用のカメラを首から下げ、手にはちるちるみちるのように地面に蒔くためのお菓子が用意されている。
これで準備万端だ。満足げにみあおは笑い、まだ渋っている三下を促した。
森の中は昼間だというのに暗く、三下が持っている懐中電灯の明りだけが、弱々しく辺りを照らす。時折カラスの声が遠くで聞こえる以外、物音一つしない。
「ぶ、不気味ですね…」
懐中電灯を顔の下に持ったまま三下がみあおを振り返った。下から光に照らされた三下の顔がぼんやりと浮かび上がる。
「三下の顔のが、ぶ、き、み、だよぉっ!!」
怒って頬を膨らませたみあおに三下が申し分けなさそうな顔をして頭をさげた。
「す、すみませぇん…」
「もう〜、三下駄目すぎっ」
30分後。一向に出口が見え無いどころうえに、不気味ではあったものの、特に幽霊や何やらが出てくる雰囲気もない。みあおも三下も、疲労が色濃くでてきている。
「つ、つかれたよ〜」
みあおが座り込みそうになった時、丁度の開けた場所に出た。そこは木々の間の空から僅かに光が差し込んでいる。
「ここできゅーけいしよっか?」
「そ、そうしましょうか…」
ふぅーと溜め息をついてみあおはリュックからシートを取り出し敷くと、その場に座った。三下がみあおの正面に正座する。
みあおは持ってきたたくさんのお菓子を広げ、水筒のジュースをトボトボとついで、ぷはーっと飲み干した。
「あ、三下の分はないよ?」
もの欲しそうな顔をして見ている三下に、みあおはきっぱりはっきりと告げた。
「えぇぇ!?」
「だってほらぁ、三下は大人だし、いらないかなって持ってこなかったの」
「そんなぁぁぁ…」
「みあおが食べおわるまで、待っててね?」
「…はい」
嬉々として食べるみあおの向かいに座って、三下はぐすんと大きく鼻をすすった。
お菓子を食べている途中でふと、みあおはあることに気付く。眼差しは三下の手元に注がれている。
「あのさ、三下…」
「はい?」
「さっき渡したロープ、ちゃんと持ってる?」
「え?」
三下は慌てて両手を見るた。しかしそこには先ほどまで握っていたロープの影も形もない。
「あぁぁぁぁああああ!!!!」
叫びが森にこだまする。ばさばさばさと派手な音がして、カラスが飛び立っていった。
「三下のばかぁーー!」
「だ、大丈夫ですよ!ほらそこに『右に進め』っていう看板が!」
指された先にあるのは、三下の言葉通りの看板がさり気無く置かれていた。入り口の前に置いてあったものと似た、看板が木の根元に置かれていた。
「…なんで、森の中にそんなものがあるの?」
「知りませんよぉぉ…でも今はこれに頼るしか方法がないんですっ」
「あ。みあお、お菓子を落としてきたよ?」
ちるちるみちる風に落としていったお菓子の事を想いだし、得意げにみあおが後ろを振り返ると、忍び寄っていたカラスが丁度お菓子を咥えているところだった。
「あっ…」
みあおの声に驚いて、カラスが羽ばたいていく。
「あぁぁぁ…」
その様子を見ていた三下が、落胆したように肩を落とした。
「やっぱ、ここは看板のとおりいくべきなんだよっ!」
みあおは立ち上がるとびしっと看板に向かって指を差した。
「はいぃ…」
出発した二人が、小さな懐中電灯の明かりを頼りに、よくよく注意してみると看板はいたるところにあった。
『右に進め』、『左に進め』というものに混じって『三回回ってワン。そして右に進め』というものまである。
もちろん、二人とも律義に回ってワンと言って先に進んだものの、一体この行動にどんな意味があるのかは、いまいち謎なままだった。
「次の看板は…『出口』、出口ですぅぅ!」
「でぐち?ほんとー、三下!?」
「はい!」
懐中電灯を看板に照らすと、そこにははっきりとした文字で出口と書かれていた。その真っ直ぐ先には木の間から僅かな光が漏れている。
「やったぁ〜!やったよ三下〜!」
「はい、やりましたよぉ!」
二人で手を取り合って森を抜けると、爽やかな風がみあおと三下を包み込んだ。
翌日、編集長用のデスクの前にみあおと三下はいた。
「で、どうだったの?」
「なんか、変な看板がいっぱいあったよぉ!」
「出てくるの、すっごくすっごく大変だったんですぅー…。それで…全然原因も何も解らなくて…」
三下の報告の途中で、碇は大きく溜め息をついて頭をかかえた。眉間には皺が寄っている。
「…三下、あんたきちんと資料読まずに行ったわね?」
「へぇぁ?」
「あのね、あの『迷いの森』は完成間近のテーマパークなの。森も深くて方位磁石も効かない場所だから迷う人も多くて、だったらそれを活かしたテーマパークを作ろうという事になったの。たまたま昨日は工事がお休みだったから、特別に取材させてもらえることになっていたのよ」
「てーまぱぁーく…あ、そっかーそれで看板があったんだね!」
「えぇ」
納得〜!とみあおはまだ眉を寄せたままの碇に向かって大きく頷いた。
「え、えぇぇぇえ!?」
口をぱくぱくさせたまま固まる三下にみあおは歳相応の可愛らしい笑顔で覗き込んだ。覗き込まれた三下の顔の方は、笑みを返すことは出来なかったが。
「あーぁ、みあお知らないよ〜?」
「そういうわけで、取材の行きなおし決定ね。」
にっこりと冷たく碇は笑って、三下の書いた記事の原稿を突き返した。
「三下がんばってねぇ〜」
他人事のようにみあおが手を振ると今にも泣き出しそうな顔の三下が振り返る。
「そんなぁぁぁ!見捨てないでくださいよぉ!!!」
穏やかな陽光が窓から差し込む中、三下の声が空しくアトラス編集部に響いた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1415 / 海原・みあお / 女性 / 13歳 / 小学生】
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■ ライター通信 ■
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この度は、発注有難うございました。
会話のノリに重点を置いてみましたが、どうでしょうか。
まだまだ未熟者ですが、楽しんで頂けたら幸いです。
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