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<東京怪談・PCゲームノベル>


[ 雪月花2 星の降る街 ]



「もう行きますよ!」
 その声に、空を仰いでいた視線を下ろし、前へ向けた。
 昨日、一昨日に続き晴天の朝。この辺りでは天気が崩れるということが無いのかもしれない。
 それでこそ、街の名も似合うというものだ。
 一泊限りだったはずを結局二泊し、三日目の朝に出た宿。
 だいぶ先に洸が、そしてそれよりも手前にやはり欠伸交じりの柾葵が立って居た。
 その柾葵の表情が少しだけ緩んでいたのは、多分見間違いではないだろう…‥

 先行く二人に先の見えない旅路。ただ、今は何か一つの予感がする。
 まさか……とは思うのだが。
 思わずあの丘を振り返り、紫苑は小さく呟いた。
「……まさか、願いは叶ってしまうのか?」


  ――思い返せば、結局最初の質問に対する柾葵の答えは完全な答えにはなっていなかった。

    ただ、確かに何かが変わり始めた……あの夜――



    ★☆☆


 そこは小高い丘だった。
 歩き疲れ立ち寄った街に宿を取ったのは数時間前のこと。
 今居るのはその辺りを囲むような丘の一角。
 太古、この辺りは一つの大きな山であり、多くの流星着地場所でもあった。やがてその山肌を削られ窪んだ場所に何時からか街が出来、その地は『星の降る街』と呼ばれている。
 今ではそんなことなど起こらないが、丘から見る夜空は今も昔も格別に綺麗だと言われていた。
 その言葉どおり、歩きながらも仰いだ夜空には星が輝いている。

「――こんな場所でどうした?」
「……」
 掛かった声に大きな背中がゆっくりと振り返る。何か言いたそうに、しかしそれを止め。そして再び夜空を仰ぎ見る。
 そんな彼に先ずは一歩、近づいた。
「なぁ柾葵? 一つ、お前に聞きたいことがあったんだ。今いいか?」
 そう彼、眞宮紫苑はぽつりと呟いた。
 その言葉に視線の先、柾葵は一度外した視線を元へと戻す。そのまま頭を振るでもない、だからと言って首を縦に振ったわけでもない。しかし拒否されない以上それを肯定と取り、紫苑は柾葵の隣へと歩み寄った。
 真横に並ぶではない。身長差から計算し、視線がすぐ合わせられる距離はとり声に出す。
「少し気になってんだ。俺に対するお前の態度と視線」
 柾葵はその言葉に答えを返すことは無かった。これだけの言葉ではまだ、と言うべきなのか。
「俺は確かに興味本位で此処に居る。ソレが気に食わねぇのかもしれないが、でもこうして付いてくる前からお前は目を合わせることも無く、時折妙な嫌悪感すら発している……俺の気のせいじゃないだろ?」
 言い方・声色は勿論のこと、別に怒っているわけではない。ただ気になっていた…と言うレベル。
 それだけ言うと、ポケットから赤のロングケースを出し、中から煙草を一本出すと火を点ける。カチンとZippoの蓋を閉じる音と共、フゥッと最初の一息を吐き柾葵を見た。辺りに漂う香りはあっという間に風に流され消えゆく。
「まぁ、よければコレに書いてくれ。自分のがあればいつものでもいいしな」
 言いながら柾葵に渡したのはあらかじめ用意したメモ帳とペン。それを渡すと紫苑は柾葵から視線を外した。
 恐らく否定の行動がないということは答えを語る可能性はある。つまりこれ以上突っ込んで、状況が悪くなることがあっても良くなることはないと考えてのことだった。
 夜空を見つめながら何度か煙を吐き出し、やがてゆっくり柾葵に背を向ける。
 ペンが紙の上を走る音が静かに、そしてゆっくりと響き始めたのはそれから少ししての事だった。
 歩く度に踏みしめる草の感触を靴越しで楽しみながら、やがて短くなってきた煙草を携帯灰皿にしまい紫苑は振り返る。その後ろにはゆっくりと近づいてくる柾葵の姿。二人の距離は少し空いていたはずだが、柾葵はいつの間にか手を伸ばせば届く位置まで近づいていた。
「答え、書けたか?」
 言いながら二人向かい合う。目が合っているのは珍しいことだろう。そしてこんなにも紫苑が柾葵に語りかけている事も。
 やがてこの季節らしい冷たい夜風が強く、今は言葉を失った二人の間をすり抜けていく。
 ザァッと、辺りの草木が揺れざわめく。
 互いに揺れた髪の毛が一瞬視界を遮り、風が治まると同時、先に紫苑が俯き加減で口を開いた。
「――ま、理由に答えもクソもねぇか。…………ん?」
 しかしその途中、一気に近づいた気配に顔を上げる。気づけば目の前、柾葵が右手に持ったメモの切れ端を差し出していた。どうやら何か書けたらしい。
 一瞬見た限りには短い一文だ。それでも、こうすることでしか聴けなかったことかもしれない。
「あぁ……サンキュ」
 紫苑は礼の言葉と共にその紙を受け取り目を通した。綺麗な字は、どんな内容であろうとも彼の本音を綴っているのだろう。
 言葉でしか伝えられないことや、文字でしか言えないことが人にはあるが、恐らく柾葵にそれは関係無いのだと紫苑は何となく思った。多分、文字で全ての本音をぶつけられるのだ。
『俺の両親と弟は能力者に殺された。以来、人を殺す能力を持ってる奴は好けない。それが無意識に嫌悪感へとなってるのかもしれない。悪いが理由はそれだけだ』
 紙を見ていた顔を上げ柾葵を見ると、内心「どうしたもんか」と紫苑は口を開く。
「人を殺す能力を持つ奴を嫌悪だぁ? お前は……んな理由で俺を睨んでたのか」
 思いのほか抑え切れなかった呆れ声は、後半弱弱しく掠れていった。それでもしっかり柾葵には届き、彼はすぐさまペンを走らせる。
『悪いかよ、だって人を――』
「悪いも何も……違うだろ、それ」
 紫苑は柾葵が書きかけのメモを覗き込み思わず口を挟んだ。そして先ほどまで呆れ声だったものを、最後は真面目な声色へと変えていく。否、自然とそう変化した。
 そのままペンの動きを止めた柾葵の視線を受けながら、紫苑は最初に受け取った理由の書かれたメモを縦にゆっくり破る。それはあっという間に手を離れ風に乗り遠く、遠い――彼方へと飛んでいった。
 夜空にくっきり浮かび上がり舞い続けるメモ。それを柾葵は思わず目で追った。
「いいか柾葵? それだとな、自分を含めほぼ全ての人類を嫌い、そして憎まなきゃならん」
 ゆっくりと紡ぐ言葉に、メモを見失った柾葵の視線がようやく紫苑に戻る。普段はさほどぶっきらぼうに見えない――寧ろ洸の前では時折笑みすら浮かべている――顔が、今は僅かに表情を失い首を傾げていた。
「何でっ、て顔してるな? でもそりゃ、言葉話せりゃガキだって人殺しは出来るからだ」
『ガキが? 何言ってんだか。眞宮さんは確かに今まで見てきて悪い奴じゃないみたいだが……能力者が憎い事に変わりなんて来やしない』
 すぐさま返って来た、揺らぐこと無い柾葵の言葉。それは変えようのない考えなのか、基より他を聞き入れる姿勢が無いのか。
 届く月明かりは、月にも似た柾葵の冷たい顔を煌々と照らしていた。
 時折流れる薄雲が、月明かりを遮り完全なる闇を招く。
 「もう用は無いか?」と言いたそうな、しかしそれを紙に書くではない柾葵は、闇の中そっと視線を逸らそうとした。
 今目を逸らされてしまえば、多分この会話は此処で終わってしまう。考えるより早くその口は開いていた。
「んなに納得いかないか? ならそうだな……実例を挙げようか――俺の」
 表情も声色も変えぬままサラリと紡がれた紫苑の言葉。
 同時に切れる、月明かりを遮る雲。
 反応を待つ間、新しい煙草に火を点ける。生ずる煙は息の白さと混じり、風に揺られながらやがて消えた。
 しかしその単語に反応したのか、そのまま逸らされると思った柾葵の視線は停止し、元へと戻る。
「ん、興味あるか?」
「…………」
 すぐさま柾葵が頭を振った。こうして否定されるのは初めてだ。
『興味もクソも‥やっぱり人殺しだったんだな』
 メモの切れ端を渡してこない会話。言われてしまった言葉にフッと、紫苑は苦笑いにも似た表情を浮かべるが、それを弁解等しない。
 既に一流の腕を持ち、殺し屋という肩書きを持っている事実。仕事とは言え趣味でやっているものでもあり、その結果的事実に弁解など必要ないのだろう。
「まぁ……俺が初めて人を殺したのは三歳位だ。それが俺の一番古い記憶だったりもする」
 思い返せばもう二十年以上も昔の話。歳の差から考え、柾葵はまだ生まれていない頃。
「あの時「それ、差し入れ」と伝えただけで、毒入りの食い物を食べた奴は死んだ……」
 柾葵が、静かに息を呑んだのが判った。それが当たり前、だろう。ガキはガキでも三歳の子供だ。恐らく想像の範疇を超えていたのだと思う。
 メモ帳とペンを持っている事を忘れているかのような柾葵に、紫苑は今必要な言葉を告げる。
「人間はな、そういう意味で誰しもが殺しの能力を持ってるのさ」
 哀しいことかもしれないが……人とはそうして言葉一つでも殺すことの出来る、脆く呆気ない一面を持つ生き物である。
 ただ、今重要なのは柾葵がそれを知りそれを認めるか否か。そして結果、彼が本来憎むべき相手だけにその憎しみが向くかどうかだ。
 しかしそこで我に返ったのか、落としかけのペンを握り締め柾葵は文字を書き始めた。
 カリカリと音が響く。
 どうも目に付いてしまう白い月は、大分傾いてきた。
 右手の腕時計に目を向ければ、まだ朝には程遠いが、吐く息の白さが増してきているのが判る。まだこれ以上に寒くなるのかもしれない。
 明日――否、今日の昼も寒いのかと思考をめぐらせたところ、ズイッと差し出されたメモを受け取り紫苑は内心笑ってしまった。
 字が震えている。最初のメモも、今ではどこかへ消えてしまったが震えていた記憶があった。
 早々に引き上げなければ多分風邪を引くだろうと考えながら、メモに目を通す。
『でもそれは自分で一から考え取った行動じゃないだろ? 毒の食べ物だって、自分で作って全ての行動を自分で考えて…殺ったわけじゃないだろ? 三歳のガキにそんなことが出来るわけ無い。そんなのは‥嵌めに似てる。それで誰もが人殺しなんて俺は納得いかない』
 そのメモに、どうしても越えられない一線を見た気がした。だからと言って、「そうだな」と紫苑が言うわけも無い。
「まぁ、話が少し逸れた。要するに俺が言いたいのはだな?」
 口に銜えていた煙草を左手に持ち、半分膨れっ面の柾葵を見る。
「相手を間違えるな。お前の肉親を殺した奴、そいつだけをきちんと憎め。他の奴を嫌悪するなんてのはお門違いだ」
 言うと柾葵は俯きペンを走らせた。
 ペリッと糊付け部分が剥がされる音と同時、差し出されたメモを紫苑は右手で受け取る。
『例え判っていたとしても今更考えを変えるのは難しい‥あいつを憎んでるのは事実で、見つけたらただじゃおかないと思ってる。でもやっぱり、俺はあんな風に特別な能力を持つ奴とそうでない奴でしか割り切れない。それにあいつを憎んだところでどうにかすることなんて出来ない‥‥ならば俺は、眞宮さんには悪いが今のままで良い』
「どうにかすることなんて出来ない? んなの、やってみなきゃわかんねぇだろ。もし復讐したいなら――殺したいと思うのなら……殺しちまえ」
 紫苑の話を聞きながらも、既にペンが走っていた。途中くしゃみを一つ。鼻を啜るが気にせず柾葵は書き続けている。しかしその表情には苦笑いをも浮かべていた。
『言いたいことは判る。俺はあの日から他人に心を許したことが無かった筈だ‥でも俺の時間はあの日で止まり、何も出来やしない子供だ。殺せるもんなら…でも逆に殺られると思うと動けない。‥情けないだろ?』
 渡された柾葵の言葉に「んっ…」と、小さく呟き後を続ける。
「まぁ、それが多分当たり前の感情だろ。ならそうだな……お前がもし望むのならば、俺が格安でそいつを殺してやろう」
「……っ!?」
 驚きにメモ帳とペンを落とししゃがんだ柾葵に、紫苑はこっそりと笑みを浮かべた。一つには普段比較的見上げていることが多いため、見下ろすのが新鮮だと言うこと。もう一つは、彼の表情にあった。
「まぁた『何でだ?』って顔だな。ホント分かり易いぜ、お前。そういう自覚あんのか?」
 上から掛かる声に、柾葵は左手に見つけたメモ帳を持ち、右手はまだペンを探したまま顔を上げる。その眼が少しだけ睨んでいるようにも見えた。
 「でも図星だろ?」と呟けば更にムッとした様子で、ペンを探していた手を早める。しかしその手はすぐに止まり、再び柾葵の視線は上に向く。
「ん、どうし……――」
 声は途中で納得の色を含み、それ以上は語らない。
 その眼は此方を見ていたわけではなかった。更に……更に高いその場所を見ていた。
 いつから頭上にはこんな世界が広がっていたのか。少なくとも、ホンの数分前はこんな空ではなかった筈だ。
 いつの間にか雲は完全に無くなり快晴の夜空。そこには無数の星が白く輝いていた。此処に来たときよりも多くの星が。
 この辺りが高台で、街明かりもさほどは届かないことが影響しているのだろうか。肉眼で見られる星の数は最早数え切れず。
 瞬きや、息をするという当たり前の事すら忘れ、その光景に見惚れていた。
 ただ今は、二人の白い息だけが空高く昇りゆく。

    ☆★☆

 暫し、会話を忘れ星空を仰ぎ見ていた視界の隅。そこに茶色が入り込んだ。
 草を踏む音と同時、紫苑は真上を見ていた顔を正面へ戻す。その目と鼻の先に頭があった。勿論柾葵のものだ。
「な、に……してんだ?」
「……、…」
 聞こえることの無い言葉。

  ――けれど 今はそれがそっと響いた気がした

 いつの間にか掴まれていた紫苑の右手首。
「『 な ん で  だ?』って……ぇ」
 開かれ上を向かされた掌。そこを動く冷たい指先の感触はくすぐったい。
「お前、もしかしてペン見失ったか?」
 利き手でないのと慣れも無いため、唐突に短く綴られた言葉とは言え、本当にそれで良かったか今一自信も無かった。
 しかしコクンと頷いた柾葵に、それが正しくも有り、同時に問われていることを紫苑は知る。
「っ、わりぃ。そうだな、何でだって聞かれりゃなぁ」
 そして、未だ握られたままの右手首に視線を落とし。彼には悟られぬよう、微かに口の端を上げ。
「……お前の声を聞いてみたいから、かな」
「………、…っ!?」
 瞬間、手首を掴む柾葵の手から一気に力が抜けた。
 わざとらしく「どうした?」と問いかければ、柾葵は頭を振り『なんでもない』と書き示した。
 まぁ構わないと、紫苑がそう思ったところで手が離れていく。
 その掴まれていた部分だけが、少し暖かいような冷たいような。何となく体温を、あの冷たい手に奪われていった気もする。
「――そろそろ俺は戻るけど、お前はまだ此処にいるのか?」
 問うと柾葵は首を横に振り、少しばかりこの場を名残惜しそうに見ながらも紫苑の方へと足を進めた。
 踵を返し丘を降り始めると、紫苑の後ろで同じく草を踏みしめる音がゆっくり付いてくる。
 しかしそれも途中で耳に入らなくなり、まさかこんな場所で又どこかに消えてしまったのかと振り返った。
「おい、どうした?」
 すぐ近くで立ち止まっていた柾葵は、相変わらず星空を眺め、顔だけを此方へ向ける。
 その口だけが、何かを言っているように小さく動いた。勿論声は聞こえやしない。
 ただ紫苑には、それが何か一つの単語を紡いでいた気がした。


 丘を離れ、街に取った宿も近い頃。
 袖を引っ張られる感触に紫苑は足を止めた。
 振り返ると、またもや柾葵に右手首を掴まれ掌に文字を書かれ、その文字をゆっくりと解読していく。
『今すぐ考えを変えることはムリだろうが、言葉はありがたく受け取っとく。他人にそう言って貰えたのは初めてだったからな。それにこんな景色なら…叶う気もしないか?』
「……流れ星、か」
 呟いた言葉に、もう一枚のメモが手渡される。それはこの夜最後のメモ。
 小さな文字で書かれたそれは、柾葵の心情を表していたのかもしれない。
『最初の質問の答え――この星を見ていた。何か叶う気がして、何か‥懐かしくて』
 メモを片手に今宵何度目か仰ぎ見た星空は、最早流星を投影しているスクリーンのようだった。
 現実とは思い難いその光景。ただ、その流星の一つくらい、二人の願いを叶えてくれたって良いじゃないかと思う。

 そして夜は明ける――…‥
 
    ☆☆★

 大きなくしゃみを耳にし紫苑が目覚めたのは、既に時計が正午を指した頃。
 伸びをしながら起き上がると、視界に慌しく動く洸の姿が映りこんだ。
「どうした?」
「ぁ、どうしたも……ったく、起きるの遅いんですけど? まぁ出発延期だからいいんですけどね。馬鹿が熱出しましたから……誰かさんは元気なのにどうしてこいつだけ風邪引くか……あーぁ、めんどくさい」
 散々文句を垂れながらも、洸は洗面器を手に持ち部屋から出て行った。必然的に部屋には二人が残される。
 ベッドの中で咳をする柾葵に思わず顔を向けると、彼は目を開き紫苑を見た。その眼が何かを訴えているのが判り、紫苑は「どうした?」と近づく。
 するとあらかじめ書いてあったのか、布団の中から出した一枚のメモを渡された。
『ペン枕元に。気づいたか?』
 目を通しベッドを振り返れば、確かに枕元に昨日柾葵が無くしたはずのペンが置いてある。
 本当はずっと持っていたのかとも思ったが、良く見れば朝露なのか、ペンが少し濡れているのが判った。
 特別大切なものでもなく消耗品。それに紫苑にとっては何処で買ったか良く覚えていないような安物のペンだ。だから探してくれとも言わなかったし、柾葵も何も言わなかった筈。故にあそこで無くし、もう見ることも無いと思っていた。
 それでも柾葵は明るくなってから又あの場所へ、ペン一本を探しにもう一度行ったのだろう。
「……サンキュ、柾葵」
 そう礼を告げると、彼は僅かに笑みを浮かべた――そんな気が紫苑はした。


 考えはすぐには変えられないと、あの丘で柾葵は言っていた。
 しかし、少なくとも紫苑へ向けられる感情は『人殺し』のものからは僅かに遠ざかったのだと思う。そうでなければ、彼は体調の優れぬ中、ペン一本のためにこの宿から十数分は歩く丘まで足を延ばす事は無かっただろう。
 但し、彼がよほど嫌いな人間でもそれほどの責任感を持っているならば別だが――向けられ始めた視線から嫌悪感が拭えていたのは確かだった。
 紫苑は嫌悪の基準を正し、他人に心が許せるようになれば柾葵の声は出ると考えている。実際、彼自身もその考えを察したようだが否定はしなかった。
 後の問題は時間なのか、それとも憎むべき相手をどうにかすればすぐなのか……
 外に行って来ると、薬のお陰で半分眠りに落ちかけている柾葵に告げると紫苑は部屋を出る。
 良く晴れた暖かい昼だった。雲ひとつ見当たらない青空。仰ぎ見れば陽の光が眩しく、思わずサングラスをかけてはあの丘の方角を見た。
 結局柾葵が星を見て何を懐かしがっていたのか、何が叶う気がしたかは聞き忘れたが、何となくの予想はつく。しかし星任せでどうにかできる問題では無いだろう。
「今晩も星に願ってみっか……柾葵の健康でも――」

 今宵もあの丘から見る星空は綺麗だろう。
 ただ、あの場所に独りと言うのは……少しばかり寂しいかもしれないと、紫苑はあの背中を思い返し小さく苦笑した。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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→PC
 [2661/眞宮・紫苑/男性/26歳/殺し屋]

→NPC
 [ 柾葵・男性・21歳・大学生 ]←main!
 [  洸・男性・16歳・放浪者 ]

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、亀ライター李月です。いつも有難う御座います。
 ギリギリ納品になってしまいすみませんでした。
 大まかな流れの中、丁度真ん中辺りをシチュノベ形式で…となってます。今回も色々書いてくださって有難う御座いました! 眞宮さんの過去も少し覗けた気がし、又楽しく書かせて頂きました。
 冒頭にこの街を離れる部分を持ってきまして、少々わかりにくかったかも知れませんが、何処かしらお気に召していただけていれば幸いです。
 さて、やや冷静な眞宮さんの口調・考えに散々口では反発していた柾葵ですが、その内心は? ――な、お話です。本人何かに気づかされたと思いますが、だからと言ってやはり易々と考えは変えられないようで……。とりあえず嫌われていません。一歩前進ですね。
 又、敢えて書いてない部分もあるので、謎な部分はご想像頂ければと思います。
 そして今回の眞宮さんのアノ言葉と考えはこの先3か4話で影響する筈です。それはその機会がありましたら――ということですが。
 誤字脱字含め、口調・行動なども何かありましたらどうぞお気軽にご指摘ください。

 それでは又のご縁がありましたら…‥
 李月蒼