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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜霧幻〜



 嘉神真輝は瞼をぎゅっと閉め、すぐさま開けた。そして口元を引き締める。
(ぐぅー……眠い)
 霧の濃い朝方、彼は空手部の朝練に向かっているのだ。こんなに朝早く起きていることのほうが、彼にとっては珍しい。
 しゃん、と耳元で妙な鈴の音が聞こえたような気がしないでもないような……。
「ん?」
 怪訝そうにする真輝だったが、不機嫌な彼はさらに眉根に皺を寄せただけだった。だいたい、鈴が鳴ったからなんだというのか。
「すまないが」
 後ろから声をかけられる。普段ならば、気配を微塵も感じさせずに後ろから近寄られたら驚くはずの真輝が、早起きで機嫌が悪く、顔をしかめたままで振り向いた。
「なんだあ?」
 立っていたのは黒髪に眼鏡をした少年だった。詰襟の、黒い学生服を着ている。
(…………ここらへんでは、見かけねー制服だな)
 少なくとも真輝の職場である神聖都学園のものではない。
 少年は無表情で口を開く。
「このへんで怪現象は起こっていないか?」
「はあ? カイゲンショウ?」
 不愉快丸出しで低く言う真輝を前に、少年は怖気づきもしない。ただ、少しだけ距離をあけていた。真輝の攻撃する間合いから僅かばかり外の位置に彼は立っている。
(怪現象は無いかだとぉ? こんな時間に俺が起きてる自体、十分怪現象だっての)
 苛々しつつ少年を見遣った。こんな朝早くにこんなヤツの相手をするのも面倒だ。
「怪現象なんてもんがほいほい起こってたまるかよ」
「……確かにそうだな」
 彼は頷き、あっさりそう呟く。同意されて真輝は怪訝そうにした。
(変なヤツだな……)
 少年は一歩後退する。
「何も起こってないならいいんだ。邪魔をした」
「はあ? あ、おい、ちょっと待て…………って」
 真輝が後頭部を掻く。少年は足を止めた。
 彼らの周囲に不気味な黒い霧が漂い始めたのだ。それらは次第に形を成していく。人の大きさへとなって、いく……。
「あー……どうやら御希望通り起こっちまったようだな、怪現象ってヤツが」
「…………」
 少年は取り囲む者たちを一瞥しただけで、表情を崩さない。真輝は小さく笑う。
「ほれ、俺のそっくりさんが大勢登場だ」
 言ってから、ナヌ? と真輝が目を見開く。よく見れば敵は自分そっくりの姿をしている。
 その上、彼らは一斉に真輝に向けて襲い掛かってきた。
 ぴき、とこめかみに青筋が浮かぶ。
「生憎と双子は妹で間に合って……るって!」
 真輝の偽者たちの攻撃を、真輝が避けて拳を放つ。だがあっさり受け止められてしまった。
 その行為に真輝の眉間にさらに皺が寄った。
「なんだあ……? 姿も同じのくせに、腕も俺と同レベルってか……?」
 冗談ではない。
 だいたい顔がそっくりってだけでも不愉快極まりないのに!
「だー! ムカつく! 俺は俺一人で十分だ! 二人もいらんわっ!」
 偽者たちの攻撃を避けては反撃をして文句を言っている真輝を、少年は唖然と見ていた。
 真輝の蹴りが、偽者にヒットする。
「俺と同じ顔してようが、容赦はせんぞ…………ん?」
 ふいに、ぽかんとしている少年に真輝が気づく。彼は面食らったようにその場に突っ立っていた。
「おい!」
 呼ばれて少年がハッと我に返り、真輝を見つめ返す。よく見れば彼の瞳は左右で色が違っていた。
「そこのお前も、遠慮せずビシバシやったれ。…………間違っても俺を殴るなよ」
 そう言われて、やっと少年の瞳に闘志が宿る。彼は足もとから何かを取り上げた。
 黒一色でできた、柄の長い槌だ。
(? あんなもんどこから……)
 肘で後ろから襲ってきたヤツを攻撃していた真輝は、少年が槌を大きく振り上げたのを見た。
 槌を後ろに引く姿は、まるでゴルフのショットを打とうとしているようにも見える。
「そこのあんた、伏せろ!」
 少年の声と同時に、本能で真輝が頭を軽くさげた。真輝の髪を少しだけ掠った槌は、少年を中心に円を描くように振られたのだ。
 偽者たちの側頭部や首に、容赦なく槌の一撃を与えた少年を真輝は呆然と見る。
(む、ムチャクチャしやがる……)
 ま、いっか。
「不機嫌な俺の前に現れたのが運のツキってこった! さあ、こいよ!」
 まだまだいる、偽者たち。
 偽者たちは真輝と同じ構えをする。それも、真輝の神経を苛つかせるだけだ。
 放たれた拳を叩き落し、そのふところに突きを繰り出す。真輝の攻撃を受けた偽者が吹き飛ぶ。
(スカっとするけど、自分の顔で苦しまれるのはなんだかな……)
 だが、そんなことを思っている暇はない。とにかくこいつらをやっつけることが先決!
 少年が遠慮せずに偽者を殴り飛ばしているのを見て、少しムッとしてしまう真輝であった。
(……なんか、恨みを感じるんだが……気のせいか? つーか、楽しそうじゃないか? あいつ……)
 一瞬だけ少年と背中合わせになる。
「お前、格闘技か何かやってたのか?」
「格闘技……? 武術はやっていたが……」
 なるほどと真輝は思う。少年の動きは流れるようなもので、荒々しさが感じられなかったのだ。
(うーん……うちの部にいれば、鍛え甲斐がありそうなんだけどなあ)
 そう思いつつ、真輝は拳を振り上げてきた偽者の顔に、相手を見もせずに拳を打ち込んだ。



 倒れている偽者たちを見下ろし、真輝は大きく両腕を上に伸ばす。
 いいストレス発散になった。
(眠くてしょうがなかったんだが、いい運動したもんだ)
 頭もスッキリしている。気分爽快だ。
 偽者たちはぴくりとも動かない。よく見れば、顔をボコボコにされた者もちらほらいる。
 真輝がノビをしている最中、少年はどこからか取り出した巻物の紐を解いて広げていた。その巻物が淡く輝くと同時に、真輝の偽者たちが忽然と消え失せた。
「あれ? おい、今の連中は?」
「……人の姿を映しとっていた憑物だ」
「いや、そうじゃなくてどこにいったって訊いたんだけどよ」
「巻物に封じた」
 あまりにも淡々と言う少年をしばらく眺め、真輝が尋ねる。
「で、ツキモノってのはなんだ?」
「妖怪、物の怪、悪霊など、人に害を与える存在のことを俺はそう呼ぶ。あんたの姿を映していた憑物は、あれ全てで一個体だ」
「ゲッ。あいつら全部で一人ってことか?」
「……ああ」
 巻物を紐で括った少年は、片手にそれを持ったまま言う。
「感謝する。憑物を封じるのは俺の仕事だった……。あんたには手伝ってもらったようなものだ」
「はあ!? ツキモノをフウじる? ちょっと待て。ワケわからんぞ」
 ストップ、と掌を少年に向けた真輝はあっ、と気づいた。
「そういや自己紹介まだだったな。俺は嘉神真輝。高校教師だ」
 真輝の言葉に少年が目を軽く見開き、動きを止める。しーん、と静かな時が数秒、二人の間を流れた。
「……なんだ、その間は」
「……教師……? 成人だったのか……。………………本当に教師なのか?」
「俺は24歳の立派な一教師だ! つーかお前、名を名乗れ!」
 少年は元の無表情に戻ると、姿勢を正した。
「遠逆和彦だ」
「で、その和彦がなんで怪現象なんて探してんだよ?」
「……俺は呪われている」
「のろわれてる?」
「……憑物を四十四体封じない限り、この呪いは解けない。俺は憑物を探している」
「なるほど。それで怪現象ってわけか」
 和彦は頷く。
 憑物とやらを探すには、怪現象があるところを探したほうが手っ取り早いのだろう。
 真輝は興味がわいて、質問してみた。
「その呪いはどんなもんなんだ?」
「……」
 和彦は視線を少し逸らすが、すぐに真輝を見つめる。
「呪いとは――――憑物が俺を狙い続けること」
「なんだそりゃ。狙って何か得でもあんのか?」
「……得?」
 困ったような表情を浮かべる和彦を見て、真輝が驚く。
 この鉄面皮でも、こういう表情ができるとは思わなかった。
(なんだ。こいつ、普通の高校生のカオもできるんじゃねーか)
「憑物の考えなんか、わからない。…………もしかしたら、あんたの言うように何か得があるのかもしれないが」
 腕組みして聞いていた真輝は、小さく頷く。
「ん。わかった」
「は?」
「正直、お前とは二度と会いたくない」
 きっぱり言われて、和彦は戸惑ったように「はあ……」と洩らす。それはまあ、いきなり初対面の人間にこう言われたら、誰だってこういう反応をするだろう。
「今朝だって、いきなりこんなバトルになるしな。
 だがまあ、また会っちまったら仕方ねえし、その憑物封じとやらに付き合ってやるよ。お前、見た感じからして高校生だろ? まあうちの生徒じゃなくても、学生には変わらねーんだし、教師としては学生が困ってるなら多少は助けてやるのも仕事のうちだしな」
「…………」
 和彦はぽかんとしている。それを見て真輝がムッとした。
「おいおい、なんだそのカオ! 人が親切に言ってるのによ!」
「……いや、変わった教師だなと」
 真輝が眉を吊り上げる。
「うるせー! なんつー失礼なやつだ! うちの高校に転校してこい! 空手部でその根性叩き直してやる!」
「…………遠慮する」
 ぽそりと言った和彦は、一歩ずつ後退していく。
 ゆっくりと霧の中へ戻っていく和彦の姿が、徐々に見えなくなっていった。
「残念だが、俺がこの地に来たのは高校に通うためではなく――――」
 和彦は霧の中に姿を全て隠してしまう。だがその声だけは真輝に届いていた。
「この呪いを解くため。憑物を封じるため。…………嘉神先生、ご親切にどうも」
 しゃん、という鈴の音がする。音と同時に、和彦の気配が完全に消えてしまった。
「お、おいコラ待て! 和彦! 遠逆和彦! お前バカにしたろ、俺を!」
 拳を振り上げて怒る真輝だったが、霧が晴れていくのに気づくと、嘆息して拳を下ろした。
 居もしないヤツを相手に怒るなんて……ムダな力を使うこともない。
「……今回は、まあ見逃してやるさ。まったく、どうしてどいつもこいつも俺を教師扱いしねーんだよ……」
 ふんと言い放つと、あっと気づいた。腕時計を見て動きが止まる。
「ま、まずい! 朝練に完全に遅刻じゃねーか!」
 せっかく早起きしたってのに、そりゃねーだろ!
 真輝はその場から慌てて駆け出したのだった。神聖都学園までは――――まだ、遠い。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【2227/嘉神・真輝(かがみ・まさき)/男/24/神聖都学園高等部教師(家庭科)】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして嘉神様。ライターのともやいずみです。
 かなりコメディちっくになってしまいましたが、いかがでしたでしょうか? 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
 和彦の憑物封じにお付き合いくださり、ありがとうございます!

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!