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彼女の記憶を取り戻せ!
ドアがゆっくりと開かれ、入ってきたのは二人の女子高生。
「すみません……あの、こちらでは……怪奇的なものを調べて……」
先に入ってきた黒髪の少女と、武彦の目が合う。
「そういう類の相談も受けてくださると聞いてきたんですが……」
壁にある「怪奇ノ類、禁止!!」と書かれた貼り紙に視線を遣った二人は、そして再び視線を合わせる。
「で?」
促した武彦を見遣り、黒髪の少女は真剣な表情になって連れ合いをちらっと一瞥すると話しだした。
「私は一ノ瀬奈々子と言います。こっちは高見沢朱理。実は……彼女の記憶を取り戻して欲しいんです」
「…………病院じゃないぜ、ここは」
「もっともな意見だと思います」
嘆息する奈々子という少女は、朱理を心配そうに見つめた。
「この子、妖怪とか悪霊とか、とにかくそういう、人間に害を与える類いのものに対してでも……なんというか、無防備なんです。信じやすいというか、バカっていうか、能天気っていうか……」
ひどい言われようだ。
「よくはわからないんですけど、今日の朝出会ったらもう記憶がなかったんです。私のことも憶えてなくて……」
「どこかに頭でもぶつけたんじゃないのか?」
嘆息混じりに言う武彦の前で、奈々子は首を横に振る。
「朱理は手に本を持ったままぼんやりしていて、心配になって声をかけたら我に返ったというか……。すると、記憶が全部なくなっていたんです!」
「その『本』っていうのは?」
「原因だと思って取り上げたんです。これがそうです」
奈々子は持っていた鞄から一冊の本を取り出す。
受け取った武彦はそれを眺め、中を見る。何かたくさん書いてあった。
「それ、朱理の記憶なんです」
「なんだと?」
「白いままのページもあるんですが、その前のものが昨日の出来事を全部記しているんです。私と会話したこととか、全部。朱理はいい加減な性格なので、こと細かく日記をつけるわけがないんです!」
「……友達なんだろ?」
「友達だから、はっきり言えるんです」
いやにはっきりものを言う子だと武彦は思ってしまう。
「とにかくこの本そのものがその子の記憶だとしても、今すぐにわかるってわけじゃない。調査をしないとな」
「! では引き受けてくれるんですか?」
驚く少女に頷く。
「まあ……こういう怪しい類いの仕事は初めてじゃないし、なんだかんだと手伝ってくれる連中がいるんでな。そいつらの中にこういうのに詳しいヤツが一人くらいはいるだろ」
「あ、ありがとうございます!」
頭を下げる奈々子に見えないように、武彦は軽く溜息をつく。
(やれやれ……またそういう怪しい仕事か……)
***
依頼人として現れた、二人の女子高生をシュライン・エマは見つめる。
事情はだいたいわかった。彼女達は今朝、妙な事に巻き込まれたのだ。
紅茶を奈々子に出している鹿沼デルフェスが、奈々子と何か喋っている。どうやらあの二人は知り合いのようだ。
腕組みして聞いていたシュラインが、嘆息した。
「記憶を奪う本……ね。私も聞いたことがないの、ごめんなさいね……えっと、奈々子ちゃんに朱理ちゃんでいいかしら?」
「え? あ、はい」
返事をしたのは奈々子だけで、朱理は全く反応しない。シュラインの横でデルフェスがさらにショックを受けてよろめいた。
「あの元気で可憐な朱理様がこんなに冷たく……!」
「まあまあ。記憶を取り戻せば、元に戻るんだから」
なだめるシュラインだったが、武彦を見遣る。
「……武彦さん、なんとか治してあげないとね」
「そうだな。……まあ、俺はこういう事に詳しくないんだが……」
*
ぴっ、とシュラインが人差し指を立てた。
「この本を使って、誰かが他人の記憶を奪っているってことは考えられないかしら?」
「第三者が、ということですね」
セレスティ・カーニンガムが小さく呟く。
「しかし……それでは本を回収しに来るはずですが……。そういう様子は今のところなさそうですが」
と、その時、ジュジュ・ミュージーが肩をすくめた。
「問い合わせてみたんだけど、そういう妙な本の噂はないみたいデスヨ。裏カラも、アンティークショップ・レンからも高峰研究所からもナシ、ダッテ」
ジュジュは朱理をちらっと見遣る。彼女の脳には現在、ジュジュのデーモン、テレホン・セックスを憑依させているのだ。
朱理の中は完全に記憶がないということが、判明した。
「その本が、魔物ってことモ考えられるヨー」
「中を調べるべきだと思うのですが」
不安そうに言うセレスティを、シュラインが見つめる。シュラインもそう考えていたのだ。
「そう、ね。記憶を無くす直前も載ってるかもしれないし……」
けれど、あれは他人の記憶。覗いていいものだろうか。
悩んでいると、ジュジュが提案した。
「この本をコピーしテ、ミーのデーモンからアカリにダウンロードするっての、ドウデスカ〜?」
「待ってください! ダウンロードって……それはあくまで最後の手段として取っておきましょう!」
手を挙げて言うデルフェスが続ける。
「きっと穏便に戻す方法だってあるはずですもの」
それに。
(この本が魔本なら、わたくしの換石の術で石化して魔力を止めるのも……最後の手段ですわ)
デルフェスがそんなことを思っているなど知らず、シュラインはデルフェスの意見に同意する。
「そうね。諦めたらおしまいだものね」
無表情の朱理の顔を覗いていたジュジュは、首を傾げた。
「まるで人形ネ」
眼前で手を振っても、彼女は反応すらしない。
デルフェスも近づいてきて、奈々子を見遣った。
「奈々子様、わたくし、物凄い案を考えましたの」
「え?」
「ヘェー。スゴイ。ミーにも教えてヨ!」
二人に見つめられたデルフェスは、拳をぐっと握りしめる。
「キスです! 呪いにはキスが一番効果的と、古来より決まっていますもの!」
それを聞いて、ジュジュも奈々子もぽかーんと口を開けたまま、デルフェスを見つめていた。
唖然としている二人に気づかず、デルフェスは力説する。
「奈々子様は朱理様の親友なんですもの! やってみる価値はあると思いますわ!」
「ソレって……フツー王子様がやるんじゃないんデスカ?」
「愛があればいいんですわ!」
「……童話ノ王子はヒトメボレだかラー、そこに愛ガあるかハ不明だけどネ……」
「奈々子様、さあ、一気に!」
奈々子は冷汗を流す。
「そ、そんなこと言われても……。もしかしたら、朱理には好きな人がいるかもしれないですし……」
それを聞いて、デルフェスは肩から力を抜いた。
「そうなんですの?」
「……かもしれないって話です。それに、女の子同士でキスというのはちょっと……」
「ナナコの反応は正解デース」
そんな様子を眺めていたシュラインとセレスティが、武彦を見遣る。
「武彦さんは少し本を見たわよね。どういう感じだった?」
「中を読んだんですか?」
シュラインとセレスティの言葉に反応し、武彦は首を傾げた。
「どうって言われてもな……俺は気持ち悪い印象しか受けなかったが」
「気持ち悪い?」
二人が揃って言う。気持ち悪いとはどういうことなのだろうか?
「あの本の前半の途中あたり……まあ俺はパラパラっとしか見ていないんだが、文字の大きさがバラバラで、まるで脅迫文みたいなページがあったぞ?」
「文字の大きさがバラバラ……?」
悩むシュラインが、そうだわ、と奈々子を見遣る。
「奈々子ちゃんに、本を読んでもらうのはどうかしら?」
それを聞きつけて奈々子が目を見開く。
「そ、それは……」
「直前だけでいいですから。なんとかお願いできませんか?」
「う。は、はい……」
セレスティからも言われ、仕方ないと奈々子は肩を落とす。
「朱理様自身に読んでもらうというのはどうでしょう? そうしたら記憶が戻るということも……」
「それは無理ダネ」
デルフェスの提案を退けたのはジュジュだ。
「アカリの頭の中はカラッポ。読めって言われても、字も憶えてないカラ読めないと思うデス」
「それでは……無理ですわね」
肩を落とすデルフェスを見つめ、奈々子は本を開いた。
直前の頁まで後ろ側から捲っていく。
「ここですね……。
『今日は微妙な天気だ。曇りなのに、なんだか少しあったかい気がする。雨が降るかもしれない。あ、本が落ちてる。なんだろう……結構太い本だ。あたい、文字がたくさんある本は苦手なんだけど。落し物なら交番に届けなきゃ。どっかの図書館のかなあ。なんだあ? 何も書いてないや。ん? 一番最初に何か書いてある。えっと……カレノモノノキロクヲココニシルス? かれ? 誰のことだ? あ、違うや。カレじゃなくて……』
え……あの、ここまでしかないです」
セレスティが顎に手を遣って考えた。
「その文章からすると、本に何か書いてあったということでしょうか? しかし、こんな物騒な本が落ちているなんて……」
「文章の感じでは、朱理ちゃんの視点から見たものなのね……」
「奈々子様、もっと前にはそれらしいものは載ってないのですか?」
デルフェスに尋ねられて、奈々子は戸惑いながらさらに前へと頁を捲っていく。
「……最後に、『かくして朱理様の記憶は無事戻ったのだった』と記すというのはどうでしょうか?」
「下手にこの本をいじって、記憶が無事に戻る保証はないですよ?」
にっこりとセレスティが微笑み、本を見つめた。そして奈々子に申し出る。
「本を、貸していただけませんか?」
「え?」
驚く奈々子に、彼は穏やかに微笑してみせた。
「大丈夫。本を開きませんから」
「……わかりました」
奈々子から受け取った本は、ずっしりと重い。魔的なものならと考えていたが、セレスティが驚く。
(魔的な物ではないみたいですが……これは、どちらかと言えば神気を感じます。もっと深く『読み取らなければ』)
深いところまで潜り、この本が『なんなのか』を突き止めなければ。
「いっそ、本を燃やすってのはどうデスカ?」
「……そうね。この本に『移動している』のなら、移動している先を無くせばあるいは……」
「ふふ。その案が一番妥当みたいですよ」
セレスティの言葉に、全員が彼に注目する。彼は本の表紙から手を離し、にっこりと皆に笑いかけた。
「この本は言ってみれば『記録』のための本のようです。人々の歴史を記していく、神具みたいなものですね。どうやら誤って高見沢さんの記憶を奪ってしまったようです」
「そんな物を朱理様は拾ってしまったんですの!?」
驚愕するデルフェスだった。だが、思い当たる。
(そ、そうでしたわ……朱理様は妙なものに好かれる気質をお持ちでした……。この本を拾ったのも、あるいは偶然かどうか……)
「それで、結局どうスルの〜?」
「この手の本は数がたくさんあるようです。とにかく記していくために必要ですし、不必要な記録を消したり、上書きもできるようですよ」
「でもそれ、おかしくないデスカ? 上書きしたら、アカリの記憶が塗り潰される可能性もあるヨ」
ジュジュに向けて、セレスティは続ける。
「元々はどこかの宗教の神官などが、死ぬ直前に自分の見た歴史を記すために使っていたもののようです。幸い、高見沢さん本人は死んでいませんし、本もほとんど埋まっていない。これでは記録本としては不完全です。ですから、別のものをこの本に記すようにすれば不完全な記録は持ち主に戻ります。
人間ですし、誰だって間違いをしますし……ほら、間違えたら消しゴムで消してまた書き直しますからね。元の記憶が戻らない欠陥品を、無闇に使ったりはしませんから」
「じゃあ、別のものを記録すれば、朱理ちゃんは元に戻るのね!」
シュラインがパチンと指を鳴らす。セレスティが頷いた。
*
本を持ってウロウロしていたジュジュが、ゴキブリを発見する。
「これでいいかナ」
本を開いて、白い頁を向けた。
「『彼の者の記録をここに記す!』……で、良かったデスカ?」
カッと本が光り、慌ててジュジュが閉じた。そして振り向く。
全員が息を呑んで見守っている中、朱理が瞬きし、ゆっくりと顔をあげてぎょっとしてのけぞった。
「な、なんなの一体!? ていうか、ここどこ〜っ!?」
それを見てデルフェスと奈々子が手を取り合って喜ぶ。
「やった! 元に戻りましたよ!」
「やりましたわね、奈々子様!」
「朱理ちゃん、良かったわね!」
シュラインに握手をされて、ぶんぶんと上下に手を振られる朱理は、わけがわからなくて疑問符を浮かべている。それを見ていたセレスティとジュジュは、揃って苦笑して肩をすくめたのだった。
「あ、初めましてよね。私、シュライン・エマよ。よろしくね、朱理ちゃん」
「え? あ、うん。高見沢朱理です。よろしく、エマさん」
微笑むシュラインにつられて、朱理もゆっくりと微笑んだ。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2181/鹿沼・デルフェス(かぬま・でるふぇす)/女/463/アンティークショップ・レンの店員】
【0585/ジュジュ・ミュージー(ジュジュ・ミュージー)/女/21/デーモン使いの何でも屋(特に暗殺)】
【1883/セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)/男/725/財閥総帥・占い師・水霊使い】
NPC
【草間・武彦(くさま・たけひこ)/男/30/私立探偵】
【高見沢・朱理(たかみざわ・あかり)/女/16/高校生】
【一ノ瀬・奈々子(いちのせ・ななこ)/女/16/高校生】
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■ ライター通信 ■
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二度目となりますが、ご参加ありがとうございました。ライターのともやいずみです。
「あけまして〜」の時は楽しんでいただけたようで良かったです! 今回はいかがでしたでしょうか?
草間興信所での初ということで、かなり緊張しましたが……楽しんで読んでいただけたら嬉しいです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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