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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


【開かずの箱】
「うちの倉庫に眠っていた箱でね。変な模様が周りにあるだろう? 何かすごいものが入っていそうなんだが、まったく開けることができんのだ」
 武彦の元にやってきた依頼人は初老の男性だった。たまには自宅の倉庫を整理しようと思いついて、奇妙な雰囲気の箱を発見したというのである。
「これを開ければ解決なわけだな」
 武彦は手にとって眺めた。ちょうど片手で掴める程度の大きさだ。鍵穴はない。蓋らしきものはついているが、確かにどうやっても開けることができない。ビクともしないのである。
「受けてくれますかい」
「探偵のやることとはいささか違うように思えるが、まあいいさ。ちなみに、開けるんじゃなくて壊しても構わないか?」
「中身がわかればそれでいい」
「了解」
 また誰かに協力を仰ぐことになるか、と武彦は考えた。

「模様以外は何の変哲もない箱だけれど」
 やはりまずは気心の知れた者に相談ということで頼まれたシュライン・エマが、箱を小突いたり引っかいたり振ったりしてみる。呪いの品であれば怒り出して襲いかかってくるということもあるかもしれないが、幸いにもそのような事態にはならなかった。
「どういうものが入っているのかしら。武彦さんは何だと思う?」
「さあねえ。悪霊を封じ込めている禁断のパンドラボックス、とかは勘弁してほしいが。お宝であることを願うぜ」
 面倒くさそうな視線を箱に向ける武彦。
「非力な私じゃ、力づくであけるのは無理ね。とりあえず、そこから落としてみましょうか?」
 窓を指差すシュライン。武彦は頷く。その程度で壊れるならありがたいものだ。
 シュラインは窓を開け、空中に腕を伸ばす。そして手にした箱を放した。
 重力に任せて1秒。階下から凄まじい音が響き、ふたりは身を震わせた。急いで外まで降りる。粉々に砕かれた箱を想像して、少し焦る。
 ――しかし目に入ったのは、かけらほどの変化もない箱だった。もとからそこにあったかのように底面を下に向けて鎮座している。ぶつかったアスファルトは砕かれていた。武彦もシュラインも唖然としている。
「おいおい、なんて頑丈なんだ」
「もっと高度を上げようかしら。何度も繰り返せば、傷くらいはつくかも。でも他にいい方法は……」
「いや、この分だと車に激突されても平気で形を保ってそうだな。やな予感がするぜ」
 武彦が呟いた。探偵としての長年の勘は、箱の奇妙な雰囲気――人ならざるものによる力を感じ取っている。
 その時。ふたりの背後から声がした。
「遅くなりました」
 振り返り、武彦がおうと手を挙げる。
 幼さとクールさを併せ持つような神秘の風貌。やってきたのは青い髪の美少女、月宮奏だった。癒しによる浄化を得意とする退魔の一門、月宮の者である。
 初顔合わせのシュラインは自己紹介もそこそこに、事の経過を説明した。
「とりあえず、高いところから落としてみたんだけど。全然ダメだったわ。もっと高くからとか考えているけども」
「中身を守ることを考えると、無理に開けるのはよくないでしょう」
 奏がはっきりと言った。箱を開けるのが最終目的ではなく、肝心なのはその中を知ることだ。必要以上の力を加えては取り返しのつかないことになるかもしれない。
「……この箱からは人外の力、霊力を感じます。強い衝撃でも砕けるかもしれませんが、むしろ、霊による縛りを解くほうが有効かと思われます」
「じゃあ専門家に頼むしかないな。君ほどの適任者はいない」
 武彦が安心の表情を浮かべた。
 奏は箱に触ると、そこに込められた霊力を指先で読み取った。彼女の感応能力である。
「――特殊な封印などはありませんね。純粋に覆うことで守護している」
 奏は確信を持って言う。
「じゃあお願い。サポートは任せて」
 シュラインはカメラを持っている。箱の中身が開けてすぐ気化してしまうようなものだった場合、写真だけでも撮っておく必要があると思ったのだ。
 灰色の雲が動き、太陽が隠れた。
 地面が翳る。しかし奏の輪郭はどこか淡い光を伴っていて明るい。
 退魔の少女は、今一度箱に触れて告げる。
「開けさせてもらうね」
 この箱がいかなる力で守られていようとも、そんなものは無に等しい。
 奏の霊力は神を凌ぐ。彼女の力を上回る呪いなどあろうはずがない。
 力を込める。送り込む。広がらせる。
「――解呪」

 カチャリ。
 わずかな音を鳴らして、どれだけ引っ張ってもねじっても開かなかった蓋に隙間が空いた。
 奏が目配せして蓋を取り去った。中身が露になる。すかさずシュラインがカメラを構える。
 だがシュラインの撮影は一度で終わった。消える気配はなく、そこには確かな物質がある。
 中には――丁寧に折りたたまれた一通の手紙がしまわれていた。

■エピローグ■

『   未来の人間たちへ

 この手紙を読んでいるということは、見事箱を開けたということだろう。感謝する。
 感謝はするが、礼はできない。現時点からどれだけの時が経っているかわからないし、
 そもそも私はもうすぐ寿命が来る。貴殿に会うことは叶わないのだ。

 単刀直入に言うと私は人間ではない。周囲からは怪物と蔑まされてきた。
 外見だけでなく、生まれつき霊力を操る術を持つことがそれに拍車をかけた。
 人間たちは退治せんと私に立ち向かった。だが私には敵わなかった。
 霊力に守られた私の体を傷をつけることは誰にもできなかった。
 結局、謂れのない恨みと敵意だけが向けられた。私は人間が好きなのに。
 怪物であることがいやになった。

 いつしか思いはじめた。
 私の力など軽く上回る者が現れて殺してくれるなら。
 こんなに悩むこともないだろうに。

 そうして私はこの箱を作った。
 すべての力を込めた私の箱が破られるということは、
 その者が私を殺すことができる、ということを証明するのだ。

 重ねて言う。感謝する。私の時代に生まれてくれていれば、なお良かった』



「……これだけか? よく理解できないな」
 依頼人の男性が素っ頓狂な声を出した。箱が開いたとの知らせを受けて飛んできたのだったが、何とも残念そうに息をついた。
「まあ、悪霊じゃなくて何よりだ」
 武彦は苦笑いをしている。対してシュラインは微笑んでいる。
「願いを未来に託した。わりとロマンチックじゃないかしら」
「殺してくれることを願う、か。そういうのは案外多いのかもな」
 武彦は頭を掻く。
「残念です。私ならきっと彼を殺すことなく、霊力を解いて救ってあげられた」
 真剣な面持ちをする奏。

 声には出さないけれど。
 過去の悲しい一時を垣間見る。それが現在に繋がるのだと一同は思った。

【了】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【4767/月宮・奏/女性/14歳/中学生:癒しの退魔士:神格者】

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■         ライター通信          ■
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 担当ライターのsilfluです。ご発注ありがとうございました。
 箱の中が気になったと思いますが、こんなもので
 すいません。でも考えさせられるエンドでよかったかも。

 それではまた。
 
 from silflu