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＜東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン＞
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懐中時計の中
□オープニング
軽快なベルを鳴らし、扉を開ける。
少し古いもののにおいのする、そのお店の名は“アンティークショップ・レン”
壁にかけられた大きな絵、棚の上に並ぶ小物の数々・・・。
ふと、目が一つの小さな時計に吸い寄せられた。
懐中時計・・？
丁度500円玉程度のそれを手に取り・・じっと見つめた。
カチ・・カチ・・カチ・・・。
正確に刻まれる時計の秒針。
それが丁度12の所に止まった時、背後から甲高い声が響いた。
「大変大変！遅刻しちゃう！」
真っ白なウサギのフードをかぶった小さな男の子が、バタバタと走り回っている。
「あれっ！？あれっ！？時計がないっ！！」
「・・もしかして、これ・・？」
「えっ・・！？あぁ、そう！そうだよ！ありがとう！！」
小さな懐中時計を差し出す。
少年はニッコリと微笑むと、パタパタと奥のほうへと走っていった。
思わず追いかける・・・そこにあったのは小さな扉。
そして、テーブルの上に乗っている小さな小瓶。
無意識のうちに手を伸ばし、液体を喉の奥へと・・・。
「あ〜あ。時計に捕らわれちまったかい。・・まぁ、それほど危ない世界でもないだろうし・・・。」
奥から、この店の店主の碧摩 蓮がゆっくりと現れる。
床に落ちた金色の懐中時計を取り上げると、そっと元の棚に戻した。
「せいぜい、おとぎの国の世界を楽しんでくるんだねぇ。」
蓮は、再び店の奥へと帰っていった・・・。
■時計の中へようこそ
小瓶を手に取り、コクリと飲み干す。
冷たい液体は喉の奥へとするすると入って行き・・それは大きかった身体を小さくした。
そして、無意識のうちに目の前にある扉を通って・・・。
「あ・・あら・・？」
扉の中に入って、初瀬 日和は始めて我に返った。
レンの店内であの懐中時計を見て、秒針の刻む音を聞いているうちにどうしたわけか意識が遠くなっていったのを覚えている。
・・違う、意識が遠くなったのではない。その後の事もしっかりと覚えているし・・。
多分、時計の魅せられたのではないだろうかと、日和は思った。
「それにしても、なんだかおかしな所に来ちゃったみたい・・。」
そう言いつつ周りをぐるりと見渡す。
見渡す限り緑の平原が広がり、そこここでは楽しそうな歌声が響き渡っている。
日和は自分が来た方向を見つめた。
確かに入って来たはずの扉は無く、ただ白い１本の道が地平の向こう側から伸びているだけだ。
「・・そもそも、どうしてあの小瓶の中身を飲み干しちゃったのかしら。・・うっかりしてたかも。」
自分の手をじっと見つめる。
そう違和感は無いが、確かにあの小瓶の中身を飲み干した瞬間・・身体が縮んだ。
「・・どうしよう・・。」
日和は小さく呟くと、平原を見渡した。何処からか聞こえてくる楽しそうな歌声は、どの方角からも聞こえてくる。
グルグルと辺りを見渡していた日和の視界に、何か白いものが映った。
それは段々とこちらに近づいて来る・・・。
男の子だった。正確には、ピンと伸びた耳を頭の上に乗せて、タキシードに身を包んだ男の子だった。
ウサギの耳・・？
そのウサギの男の子は日和の目の前まで来ると、にっこりと微笑んだ。
「やぁ、こんにちは。レイディー、ご機嫌はいかがかな？」
ウサギの男の子は“イ”の部分をやけに強調して言うと、耳の間に挟まれる形でチョコリと頭の上に乗っていたシルクハットをひょいと取った。
右手に持ち、それを胸の前につけてお辞儀をする。
丁度、中世ヨーロッパのジェントルマンがするかのようなお辞儀の仕方だった。
日和はこの光景を以前にどこかで見た気がした。そう、それはとても最近の出来事で・・。
・・あっ・・。
「初めまして、ミスター。」
スカートの裾をチョコリとつまみ、恭しくウサギのジェントルマンに向かって頭を下げる。
思い出した・・・この間見た映画の中の紳士そっくりだ。
モチロン、映画の中の紳士はウサギの耳なんてつけていなかったけれども・・・。
「さて、レイディー。見た所、どうやらお困りのようだけど・・如何なされたのかな？」
「あ、そうなんです・・。実は・・」
「分っているさ。あの白ウサギだろう？」
「白ウサギ・・？」
「懐中時計をいつも外でなくしてきて・・。“あれっ！？あれっ！？”って言いつつウロウロとしている・・。あの白ウサギのせいだろう？」
ウサギの男の子はそう言うと、キョロキョロと辺りをせわしなく見渡した。
あの・・“白ウサギ”の真似をしているのだ。
それはあまりにも似ていて・・それでいて可愛くて・・。
日和は思わずクスリと音を立てて笑った。
「レイディー、白ウサギに会う方法は2つある。この道を3時の方向に走って探し回るか、この白い道を真っ直ぐ12時の方向に歩くか。」
「3時の方向・・？」
「あぁ、この“時無しの平原”では“時の雲”は見えないのか・・。」
ウサギの男の子は納得したように数度大きく頷くと、日和の手をとって白い道を真っ直ぐに歩いた。
ほんの数十歩ほど進むと、目の前に小さな村々が見え始めた。
そして周りには・・。
「本当に、時の雲だわ。」
日和は思わずそう呟いた。
ぐるりと囲む地平線。その真上にはポツポツと等間隔に黒い数字が浮かんでいた。
真っ白な道の先には12の文字。
今来た道を振り返ると、6の文字。
村々の方角が11時の方。
そして・・・。
「あっちに白ウサギはいるはずさ。あの・・ほら、見えるだろう？」
ウサギの男の子が指し示す先・・丁度3の数字の真下に見えるのは、大きな歯車の付いたお城だった。
「あそこは何なの・・？」
「シッ！静かに・・！あそこの話をする時は、もっと声を潜めないといけないよっ！」
「・・どうしてなの？」
「あそこはこの世界の中心部だからさ。ここで起きる全てのことは、あの中央に集まる。悪い事も、良い事も、全部あの中央は知っているのさ。」
ウサギの男の子はそう言うと、少しだけ肩をすくめて見せた。
「“心の女王”はここで起きる全てのこととがお見通しなのさ。」
ハートの女王じゃなくって？
日和はそう聞き返そうとして、言葉を飲み込んだ。
きっと・・ココでは“心の女王”であっているのだ・・。
「それで、12時の方向に歩くって言うのは？」
「あぁ、そうすれば・・物知りな猫の元に行き着くはずさ。」
「そうなの？」
「まぁ・・物知りは物知りなんだが、何分アイツは気分屋だ。あんまりこっちはお勧めしないね。」
言いながらウサギの男の子は日和の手をとると、急に踊り始めた。
クルクルクルクルと、華麗なステップにいつの間にか日和も虜になる。
「レイディー。ここは不思議の国。虹と紅茶、そして時が支配する不思議の国。」
「・・不思議の国？？」
「そうさ、ここは不思議の国！」
ウサギの男の子が日和の手を離し、シルクハットを再び頭からとった。
「心の女王が全てを知っている、太陽は善の道を示し、虹は悪の道を示す。それすらも心の女王の御心のまま。」
ウサギの男の子は、今度は歌い始めた。
それはアルトの良い声で・・思わずリズムにのってしまいたくなるくらいに華やかな声だった。
「紅茶を淹れれば花が咲き、時が全てを教えてくれる、ここは不思議の国の世界。」
ペコリと、一つだけ頭を下げるとウサギの男の子は日和に微笑んだ。
「とっても素敵な歌だったわ・・。」
「それはそれは、お褒め頂ありがとう御座います、レイディー。」
頭を上げてカチャリと、提げ持った懐中時計を見やると・・ウサギの男の子は驚いたように飛び上がった。
「大変大変！時間だ時間！」
「・・どうしたの？？」
「時間なんだ！これも全ては決まり、規則！それではレイディー、貴方が無事元の世界に戻れる事を祈って。」
ウサギの男の子はついと日和の手を取ると、手の甲に小さく一つだけキスをして・・大慌てで6時の方向へと走り去って行った。
「・・どうしたのかしら・・。」
日和はしばらく6時の方角を見つめていたが、やがて気を取り直すとピルケースを取り出した。
「出ておいで、末葉。」
そっとピルケースを開くと、中からイヅナが飛び出し日和の周りを嬉しそうに飛び回った。
「一緒にお散歩しましょうね。」
イヅナは嬉しそうに一声だけ鳴くと、フワリと少しだけ高く宙に浮いた。
「さて、どうしましょうか。3時の方向に行けば心の女王のお城に行くし・・12時の方向に行けば物知りな猫・・。」
う〜んと、しばらく考えて日和は上空を優雅に泳ぐイヅナに視線を向けた。
「どっちが良いと思う？末葉？」
イヅナは僅かに考えるようにクルクルと上空を弧を描いて泳ぐと・・日和の元に降り立った。
「・・そうね、さっきの男の子結構慌てていたようだから急いで追いかけても見つからないだろうし、逆にこっちがあまり動かずにいたらまた会えるかもしれないしね。」
日和の呟きを肯定するかのように、イヅナは小さく鳴くと再び上空へと舞いあがった。
・・普段はピルケースの中に篭らせてばかりいるから、外に出られて嬉しいのね。
そう思い、日和はその場に腰を下ろした。
じっと静かにその場で座っていると、どこからか歌が聞こえてきた。
それは、先ほどウサギの男の子が歌っていた歌と同じようだった。
思えばあの“時無しの平原”で聞こえた歌も同じだったのかも知れない・・。
日和はどこからか聞こえてくるその歌に耳をすませた。
『心の女王は全て知っている、太陽は善の道を示し、虹は悪の道を示す。それすらも心の女王の御心のまま。』
・・太陽は善の道を示し、虹は悪の道を示す・・？
「どう言う事かしら・・？」
日和は不思議に思い、空を見上げた。
“時の雲”が12個、丁度時計の文字盤のように並び、その上にはオレンジ色の太陽が輝いている。
けれど、この世界の何処にも虹はなかった。
空に浮かぶのは時の雲と太陽だけ・・・。
「きゅー。」
イヅナが一声鳴きながら日和の元へと戻ってくる。
「・・どうしたの？末葉？？」
そう聞いてみるものの、イヅナはただ首を振り小さく鳴くだけだ。
日和はしばらく考えた後に・・あるものが鞄の中に入っている事を思い出した。
ゴソゴソと鞄を漁り、板チョコを取り出す。
「そうそう、チョコレートがあったんだったわ。時ならぬおやつね・・末葉、一緒に食べようか。」
イヅナがぱっと顔をあげ、嬉しそうに初音の手から渡されたチョコレートを口にほうばる。
・・どうやらお腹が空いていたらしい。
日和は目を細めながらその光景を見つめると、穏やかに流れてくる歌声に再び思いをはせた。
美しいメロディーラインは奇抜で新しく、それでいて繊細で柔らかい。
『紅茶を淹れれば花が咲き、時が全てを教えてくれる、ここは不思議の国の世界。』
紅茶・・そう言われれば、どこからか紅茶の匂いが漂ってくる。
風に乗って運ばれてくる紅茶は香ばしく、この世界の匂いとしてどこか合っている気がした。
日和が目を瞑り、歌と紅茶の世界を堪能しようとした時・・背後からあの声が響いた。
「大変大変！遅刻しちゃう！」
「・・え？」
振り向いた先、そこにはあの白ウサギが懐中時計片手にあわあわとその場で回っていた。
「貴方・・。」
「ほぇ？」
日和の呼びかけに、白ウサギが可愛らしく小首をかしげながら振り向いた。
「・・・・あ〜っ！！時計を見つけてくれたおねいさん！どうしてこんな所に・・？？もしかして・・。」
白ウサギはチョコチョコと日和に近づくと、すーっと声を潜めた。
「もしかして、僕のせい？時計の中に引き込まれちゃったの？？」
「う〜ん、分からないけど・・・さっき会ったウサギの男の子が・・。」
「あ〜・・アイツかぁ。そっかぁ、アイルに知られちゃったかぁ・・。弱ったなぁ。」
白ウサギはそう言うと、盛大なため息をついて頭を抱え込んだ。
「何か困る事でもあるの？」
「アイツさぁ、紳士な身なりしてるんだけど・・おしゃべりなんだよ。あ〜あ、心の女王にまぁ〜ったお仕置きされる〜！」
「お仕置き？」
「そう。心の女王は怖いんだよ〜！僕、いっつも失敗ばっかりしてるからよく心の女王に怒られるんだけど・・・。」
またしても、白ウサギは日和の耳元に自分の口を持っていくと、そっと囁いた。
「虹の方角にしか歩いちゃいけなくなるんだ。あれは悪の道だから・・。」
「ねぇ、それってどう言う事なの？」
「太陽が善の道だからだよ。・・・そんな事より、あ〜どうしよう。とりあえず、おねいさんは向こうに戻してあげるとして・・。あ〜あ、またお仕置きだぁ〜。」
「・・・ねぇ、私が心の女王さんに話をしてあげましょうか？」
「どう言う事？」
「う〜ん・・そうねぇ、貴方は悪くないのよって事を心の女王さんに伝えるの。私、この世界・・なんだか好きだわ。綺麗な歌は聞こえるし、紅茶の香りは素敵だし。」
「その気持ちは嬉しいけど、無理だよ。心の女王はとっても厳しい方なんだ。なにせ太陽の道と虹の道を決めた方なんだから。」
「けれどやってみなくちゃ分からないでしょう？・・ね？」
「・・分かった。ありがとう、おねいさん。」
白ウサギはそう言って微笑むと、日和の手を取って3時の方向へと走り出した。
「ふ〜ん、それじゃぁ、この子は悪くないってことだねぇ？」
目の前に座る、真っ赤なドレスを着た見目麗しい女性は艶かしい声でそう言うと、ついとそばにあった杖を取った。
杖の先には青色の水晶が輝いており、その中では先ほどいた“時無しの平原”の風景が映し出されている。
「そうです。私、この世界に来れて良かったと思いますし・・・」
「分かったわ。外からのお客人。貴方に免じて今回はこの子のお仕置きは免除。良かったわね、白ウサギ。」
「はい、ありがとうございます！・・ありがとう、おねいさん。」
「良かったわね。」
キャッキャと喜ぶ白ウサギを、日和は微笑みながら見つめていた。
厳重な警備の中訪れた心の女王の城はとても立派で、日和は最初その大きさに目を見張ったのだった。
そして、今目の前に座る艶かしいまでの美女・・心の女王は、日和が思っていたよりも穏やかで優しい雰囲気の人だった。
ウサギ達が恐れるほど・・怖くないではないか。
「この子はねぇ、いっつも時計をどこかでなくしてきてしまうんだよ。本当におっちょこちょいなんだから。」
「・・すみません。」
白ウサギはしゅんと耳を下に垂れ下げると、目を伏せた。
その姿が可愛らしく、いじらしい・・・。
「あの、心の女王さん。私、外で綺麗な歌を聴いたんですけど・・」
「歌？・・あぁ、あの歌の事かい？丁度良かった。白ウサギ、お嬢さんにあの歌を歌っておやり。」
「はいっ！」
ピンと、再び嬉しそうに耳を立てると白ウサギは足でリズムを取り始めた。
そして・・あのウサギの男の子にも負けないくらい良い声で歌い始めた。
『心の女王は全て知っている、太陽は善の道を示し、虹は悪の道を示す。それすらも心の女王の御心のまま。』
『紅茶を淹れれば花が咲き、時が全てを教えてくれる、ここは不思議の国の世界。』
日和は拍手で白ウサギの歌を褒めると、柔らかく微笑んだ。
「あの、心の女王さん。私・・その歌の中で気になっている事が・・・」
「白ウサギ。お嬢さんに紅茶を持っておいで。アンタの見立てで構わないから。」
「畏まりました！」
日和の言葉を遮って、心の女王が白ウサギに用事を言い渡した。
白ウサギはペコリと一つだけ可愛らしくお辞儀をすると・・その場から走り去った。
「さぁ、お嬢さん。これで心置きなく話が出来る。それで、気になっている事ってなんだい？」
「太陽は善の道、虹は悪の道って・・。」
「あぁ、なんだ。その事かい。ちょっとこっちにおいで。」
心の女王は、日和を呼び寄せてテラスへと導いた。
一番高い塔のテラスからは、この世界を一望できる。
丸く並ぶ数字の雲同様に、世界も丸い地平線上に並んでいる。
「ほら、あっちに太陽が見えるだろう？丁度1時の雲の上だよ。」
1と書かれた雲の上、オレンジ色の太陽が眩しく地上を照らしている。
「もうちょっと・・ほら、今7時の方向に虹が出ただろう？」
心の女王の指差す先、丁度7時の雲の上に鮮やかに虹が出来た。
それは7色にも5色にも見え・・日和は思わずあっと声を漏らした。
「そら、その下・・虹の方角に向かって歩いているウサギが見えるだろう？」
心の女王の指先から丁度真っ直ぐ伸びた先・・1人の茶色いウサギがトボトボと虹のほうに向かって歩いている。
「あの人は・・？」
「罪人だよ。盗み食いをしたんだ。」
ウサギは虹のほうに向かって真っ直ぐに歩いていく・・それは同時に、太陽に背を向けて歩いている事になる。
「ずっと虹に向かって歩き続けるんですか・・？」
「そうだ。」
きっぱりと言い切った心の女王の声に、日和は思わずじっとウサギを見つめた。
これから先・・ずっと虹に向かって歩かなければならない。ずっと、ずっと・・・。
「・・まぁ、後ほんの2時ばかりで終いだけどね。」
「え？」
「あと2時間虹に向かって歩けば・・あのウサギは釈放されるのさ。それが規則であり決まりだからね。」
・・なんだ、ずっと虹に向かって歩いて行かなければならないわけじゃないのね・・。
日和はほっと安堵すると、心の女王の導きで再び部屋の中へと戻ってきた。
「この世界では、太陽は全てを包み込む一番高貴な神としてたたえられているんだ。」
「そうなんですか。でも、どうして虹は悪の道なんです？」
「虹は必ず太陽とは反対の方角に架かる。丁度太陽に背を向ける形でね。」
先ほど見た虹を思い出す。
確かに、太陽とは反対の方角に架かっていた・・・。
「だからこの世界では、虹は嫌われるのさ。」
「けれど、虹だって綺麗だわ。」
「あぁ。・・・太陽は善を照らす。それは、この世界の決まりだから仕方がない。それに背をなす虹は悪の道。それすらも、この世界の決まり。」
心の女王はそまで言って、そっと瞳を閉じると・・大切なものを見つめるような表情でポツリと一言呟いた。
「・・・悪の道に行ったものでも、こう思えば良いと思わないかい？」
『確かに、もう太陽は微笑んではくれなくなったのかも知れない。
それは自分のせいであって・・仕方の無い事かも知れない。
けれど・・そんな自分でも優しく照らしてくれるものは確かにあるんだよ。
どんなに世間に見放されようとも、悪と罵られようとも・・
虹は確かに自分を照らしてくれる・・・。』
「そうは思わないかい？お嬢さん。」
柔らかく微笑む・・心の女王の表情は生き生きとしていて・・。
日和は思わず言葉を忘れてしまった。
「そうですね。」
小さく頷きながら、そっと心の奥底に刻み込む。
“虹の光”の事を・・。
「それでも、悪さをしたものは厳しく罰しなければならない。それは規則であり、決まりであり・・私の仕事でもあるからね。」
「そうなんですか？」
「そればっかりは、私も心を鬼にするよ。太陽と虹の道を正式に決めたのも私だしね。」
日和は、白ウサギの言葉を思い出していた。
『太陽と虹の道を決めた方』
けれどそれは道を照らすためであって・・・。
「紅茶をお持ちしましたよ〜！」
ガチャリと音を立てながらドアが開き、手に大きなお盆を持った白ウサギが走りこんできた。
「グランボアシェリ・バニラなんですけど・・如何でしょうか？ストレートとミルクで飲めますけど。」
甘いバニラの香りが広がり、日和はそっと小さく言った。
「ストレートで。」
「畏まりました。」
あまり大きな声を出してしまったら、折角の紅茶が台無しになってしまいそうで・・・。
白ウサギが慣れた手つきで紅茶をポットからカップに注ぐ。
そうすると・・壁側にちょこりと置いてあった小さな鉢植えから可愛らしいピンクの花が顔を覗かせた。
『紅茶を淹れれば花が咲き・・』
本当だわ。
日和はクスリと音を立てて微笑むと、白ウサギの差し出す紅茶を一口だけコクリと飲んだ。
甘い甘いバニラの香り・・・。
「美味しい・・。」
目を閉じてそう言った瞬間・・グニャリと音を立てて世界が崩れた・・・。
□またのお越しを
ぼやける視界がクリアになり・・そこは見慣れた場所だった。
アンティークショップ・レン。
「あ・・あら・・？」
日和は手に持ったティーカップを見つめた。
そして、ポケットに入っているピルケース。中にはイヅナが眠っている・・。
「さっきのは、夢だったのかしら・・？」
「何をそんな所でボーっと突っ立ってるんだい。」
店の奥から、この店の店主である碧魔 蓮が姿を現した。
「とりあえず・・そのティーカップを置いたらどうだい？」
「あっ・・。」
日和は慌ててティーカップを目の前の棚へと・・・。
「あら？」
目の前の棚に乗っている金色の懐中時計。
その上には切符ほどの大きさの紙が置かれていた。
“時計の中への招待状 初瀬 日和様”
そう金色の文字で書かれている。
その下にも何か色々と書いてあるが、小さすぎて読めない・・・。。
「これ・・。」
「また来てほしいんじゃないのかい？」
蓮の笑いを含んだ声と、ティーカップから香る甘いバニラの香りが・・先ほどの事は夢ではないと言っているようだった。
日和はその小さな招待状を手に取ると・・そっと、鞄の中へと忍ばせた。
そしてもう一口だけ、あの白ウサギの淹れてくれたグランボアシェリ・バニラを口に含んだ。
〈END〉
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
3524/初瀬 日和/女性/16歳/高校生
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■ ライター通信 ■
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初めまして、この度は『懐中時計の中』へのご参加ありがとう御座いました。
ライターの宮瀬です。
この作品のメインテーマは“虹”です。
以前に虹は太陽の反対側に出ると言う事を聞いて・・書いてみたいと思っていた作品でもありました。
紅茶と虹と時の世界を楽しんでいただければと思います。
それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。
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