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創詞計画200X:CODE00【SIDE T】
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それは、いつの年の変革であったか。
思い起こしてみるとしよう。
あの、いつとも知れない年の夏を。
夏とは思えぬ夏があり、嵐は神の意志の弾丸であった。
思い起こしてみるがいい。
あの、天使が降りてきた夏のことを。
誰が知り、誰が見ただろう。
『byiaf,ejbksg6eg.iy:@yqa9
こんにちは、いまこのときをいきるにんげんたちよ
s@4tqr:whq@xe
どうかたすけてください
s@4t6d5whq@xe
どうかおしえてください
0qdk 3.^@grt@q6
わたしの あるべきすがたを
s@4tqr:whq@xe
どうかたすけてください』
言葉と光は握り潰された。言葉を聞き、光を見たものは、いないということにされたのだ。しかし誰もが、この年の天使を忘れることはなかった。
今こそ、思い出すがいい!
*****
光月羽澄はそのとき、瀬名雫が入り浸るネットカフェの中にいた。彼女はそこでこっそりとLirvaと化し、ネットの海を泳いでいたのだ。
彼女と特別親しいわけではなく、たまたま隣のパソコンを利用していたのが如月メイだ。彼女はごく普通の大学生として、レポートの最後の手直しをしているところだった。
ふたりは、このネットカフェでたびたび顔を合わせることはあるものの、お互いの名前も知らなかったし、会釈をするまでもない、赤の他人に過ぎない。
だというのに、そのとき、同時に、
「「あ!」」
こめかみを押さえて小さな叫び声を上げたのだ。そうして、思わず顔を見合わせた。
ン――――――ンンン――――ンン――――――――ン
ン――――――ンン――――――――ン qr:. qr:. qr:.
ン――――――ンンン――――ンン――――――――ン……
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何と言っているのかわかるようでわからない、それは明らかにことばであり、ふたりは、蒼白になったお互いの顔を無言で見つめ続けるしかなかった。
今年は、冷夏になりそうだ。それも、とびきりの冷夏だ。米が高くなるにちがいない。
その日も東京は雨がぱらついていて、草間興信所の事務を司るシュラインと零は、傘をさして買出しに行っていたところだった。すでにコーヒーと煙草はおさえ、あとは文具類だけだと歩みを進めていた。
そんな折に、ふとシュライン・エマは、雨の空を見たのだ。
ほとんど無意識のうちに見上げていた。
「……シュラインさん?」
「れ……零ちゃん、見て。空が――」
シュラインは空を指し、傘を下ろしていた。
「なに、これは……なんなの?」
雨雲が、すさまじい勢いでひとつの方角に向かって流れていっている。覚めたような青空が現れたが、太陽の明るさは不思議と感じられなかった。そして、シュラインは思わず耳を押さえる。
ン――――――ンンン――――ンン――――――――ン――――ッ!!
「ちょっと……なんなのよ、本当に!」
ン――――――ンンン――――ンン――――――――ン――――ッ!!
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シュラインの脳裏を駆けぬけ、鼓膜を揺さぶる振動は、南西へと向かっていく。雲もそうだ。すべては、南西へ。
海が割れ、空が歪むのを見たのは、何もシュライン・エマと草間零だけではなかった。
傘をさしつつ汚い海に釣竿を垂らし、今日の朝食兼昼食でもこっそり釣り上げようと、シオン・レ・ハイはのんびり歌を口ずさんでいたところだ。
その彼も、彼の飼いウサギも、はっと顔を上げた。歌はやみ、一定の振動が、シオンや海を揺るがす。
「台風の目に入った……わけじゃない……ですね。こういうヘンな現象が起きたときは?」
にこっ、と膝の上のウサギに目配せ。そう、草間興信所! もしくはアトラス編集部! 他にもいろいろ! さ、ともかく報告です!」
シオンはウサギを抱き、釣竿を抱えて、埠頭をあとにしていた。彼がいた場所には、海水が入れられたバケツが残されていた。
古いバケツの中で、海水は痺れたような振動をにとり憑かれていた。
「あーあああ!! 化物が出た! 化物だ! アーウああ!!」
きらっ、という光。
そして、島はひとつ揺れた。
漁船が波にのまれ、恐怖のあまり狂気にとらわれた漁師が3人、波間に消えていった。
それは、何処から現れたものなのか。
今のところはそれを誰も知らない。その生物は、鳥にもエイにも戦闘機にも見え、間違いなく音と同じ速さで飛んでいた。音の壁を前にして、白の巨獣は海のうえの空を引き裂く。
ン――――――ンンン――――ンン――――――――ン――――ッ!!
空をも震わせる振動をつれて、かれは行く。
かれにも目も鼻も口もなく、ただ翼だけがある。だが、その身体のどこからか放たれている衝撃そのものが、小さな島の木々を吹き飛ばし、目には見えないはずの『振動』は、鈍色のかがやきを伴っていた。
――――――ッ!!
――――――――――――ッッ!!!!
白の生命は、小笠原諸島のはずれにある、名も知られていない無人島の上空で旋回し続け、攻撃を繰り出していた。羽ばたきもせずに飛び回るかれは、ハチドリやヘリと違い、空中に静止することはなかった。
ただ泳ぐように彼は飛び続けていた。
その身体に、やがて、弾丸とサイドワインダーがめりこんだ。
「「あ……ッ!」」
ネットカフェにいたふたりの感応者は再びこめかみをおさえる。
振動とことばは、唐突に止んだ。
「い、いまの……いまのは……?」
つう、
呟いてから、メイは突然自分の目から涙が流れたことに驚いた。
痛みを感じたわけではない。だが、確かに、心のどこかをちくりとつつかれたような、痛みにも似た感覚があった。メイはそれをよく知っている。自分に常につきまとう、恐ろしく、儚い、『死』の囁きだ。
「……叫んでたわ……」
羽澄は涙こそ流していなかったが、ひどく打ちひしがれたような気分で、パソコンのモニタに目を戻した。
ネットの中を、新たな情報が駆け巡っている。それを手繰るために、羽澄は、痺れる手をマウスに置いた。
「台風の次は怪獣かよ、ついてねェな」
ペンを止めて、慶太は呟いた。
何ごとにも動じないはずの黒贄慶太を、そう呟かせるに至ったもの。
それはまるで夢の中か、映画の中のような事件だった。ワイドショーで流れているのは――もっとも、いまやどこの放送局も、ニュースとワイドショーしか流していない状態だ――白い怪獣の話題だった。
2004年の夏、日本に多大な被害をもたらした台風23号。
それに匹敵するほどの巨大台風13号が、この年、小笠原諸島を直撃していた。
ひどい冷夏のはじまりだった。
そしていま、台風に代わって小笠原諸島を蹂躙しているのが、白色の巨大生命体であった。エイにも見え、鳥にも見え、戦闘機にも見える、奇妙な生物だ。翼状のものを広げた状態で、およそ全長60メートルはあるものと思われた。
はじめのうち、マスコミは映画ばりにその生物を「怪獣」と称していたが、やがて「生命体」という表現に落ち着いた。
白い生命体は小笠原諸島のうちのひとつの島を執拗に攻撃していたが、呆気ない最期を遂げた。
出現したその日のうちに、海上自衛隊の砲撃によって死んだのだ。
国と自衛隊の行動は、平和慣れした日本のものとは思えないほど迅速だった。
ついていない。まったくもって、今年の小笠原諸島はついていない。
慶太が今描いているトライバル・デザインは、冷静なカメラマンがとらえた生命体の姿をモチーフにしている。いま、描かずにはいられない題材だった。
「行って見てみたかったなァ……この目でよ……実際にさ……」
身体のあちこちに入ったピアスをいじりながら、慶太は画面に見入っている。昨晩から何度も何度も同じような映像が流されていたが、慶太は飽きる気がしなかった。この映像は世界中に流されていて、慶太のみならず、多くの人間の心を虜にしているのだった。
『怪獣』は美しくもあったから。
「怪獣、だって」
ぽかんと小さな画面に見入っていた弓雫が、ようやくそう言った。
「怪獣、だよ」
彼はそう付け加えた。
その横には、プリンを片手に、同じく画面を見て固まったままのシオン・レ・ハイ。
夏のある日、午前11時。いつの間にか、といった風で、鳴沢弓雫は草間興信所にいる。シオンは昨日興信所に来て、それからずっとテレビを見ていた。ほとんど徹夜している。
「犯罪やるなら、……今のうち」
べつに鳴沢弓雫という青年は、サイコパスだというわけではない。ただ、そう呟いていたし――そう思っていただけだ。
弓雫の言葉を受けて、草間武彦が、すう、と新聞の向こうから顔を出す。
「同じことを考えるやつはいるらしいな」
「……う?」
「札幌でまたバラバラ殺人だ。これで4件目だな」
弓雫は無言で、表情も変えず――ぽかんとした感じの、いつもの彼らしくはない様子ではあったが――草間を見つめていた。ついでに、草間が手にしている朝刊にも目をやっている。一面といつもテレビ欄であるはずの面は、白い『怪獣』のニュースと写真に占拠されていた。
そのとき、出し抜けにドアが開いた。息づかいの荒い男が、よろめきながら中に入ってきた。ドアの向こうには、白い巨大生命体の情報を集めに朝から出かけていたシュラインと零の姿があった。彼女たちが連れてきたらしい。
「あんたが草間か! 私は誰だ!」
その第一声に、その場の誰もが硬直した。
「……あー、零……シュライン……」
爆発物を前にしたときの表情で、草間は有能なアシスタントに助けを求めた。
しかしシュラインと零が話を切り出すよりも先に、男はポケットからしわくちゃの紙片を取り出し、草間につきつけた。紙片には慌てた文字で、確かに、この興信所の住所が記されていた。
「気がついたら、渋谷の路地裏にいて……ポケットの中にこのメモだけが……それは、私の文字なんだ。名前も家も思い出せないのに、わかるんだ。こうして話すことも出来る。でも、あああ、私は……私は! 誰だ!」
男はそう叫んだ途端に意識を失って、その場に崩れ落ちてしまった。
「ち、ちょっと、失礼……しますよ」
シオンが気絶した男を抱き起こし、よれたジャケットやスラックスのボケットを探った。
ついでに、男の風貌も確認する。髭は2日ほど剃っていないようだ。フレームのない眼鏡のレンズは度がきつい。腕時計は高級ブランドのものだったが、他に宝飾品の類は身につけていなかった。
「インテリ」
ぼそり、と弓雫が言う。シオンは頷いた。
「ついでに、お金持ちのようです。インテリでお金持ちといえば、さん、はい」
「医者」
「……うーん、本当に何も持っていないようです。普通どんなに慌ててもお財布くらいは持って出かけますよね」
「調べてみましょ」
「あ……」
零の赤い瞳が、テレビをとらえている。彼女はそのまま、画面を指さした。
「新しいことがわかったみたいです。例の、怪獣の……」
全員が口を閉ざし、テレビに注目した。
画面には、白人男性が大写しにされていた。下にスーパーが表示される。それが、この壮年の白人の名前らしい。
エディ・B・ディッキンソン。
オニキスの目の科学者は、大量のマイクと稲光のようなフラッシュを前にして、口を開いた。
「小笠原諸島に現れた生命体について、現在までわかっていることをお伝えします。
我々研究チームは、生命体を<メロウ>と呼称しています。
<メロウ>は振動を操る生物です。
身体は我々人間と同じように有機体で形成されていますが、未知の物質も持っているようです。弾丸や火炎による攻撃が充分有効です。雌雄の区別はないものと思われます」
「怪じ……<メロウ>は1体だけなのでしょうか?」
「今のところそれはわかっておりません。今回の固体が出現した場所もはっきりとはわかっていません」
「捕獲計画などはあったのでしょうか?」
「捕獲するにはあまりにも大きすぎます。死体は海上自衛隊が回収しておりまして、今夜我々研究チームに引き渡される予定ですが」
「再び<メロウ>が出現する可能性は?」「台風13号とは何か関係があるのですか?」
「博士!」「博士!」「博士!」
「――私、光月羽澄っていいます。きっとまた、会うことになりますよね?」
「うん……うん、そうですね。……私は……如月メイ。きっとあなたとは……約束なんかしなくても、会えると思います」
快活な少女と、線の細い女性とは、東京の中でそう約束を交わしていた。あの、振動が駆け抜けていった日――白い命<メロウ>が初めて現れ、死んだ日のことだった。
そしてふたりは、再び出会う。
振動を感じ、足の向くままに導かれて、ふたりは渋谷のスクランブルの只中で邂逅する。
実に3日ぶりの再会だった。
「やっぱり、また、会えた……光月さん」
「聞こえるわ。あの子とも、また会える……」
ふたりは知らない。スクランブルの向こう側の路上、トライバル・デザインを広げて売っている、ピアスまみれのひとりの若者が、同じように空を見上げていたことを。
――よう、来るんだろ……。俺ァ、わかるんだよ。ピアスが、震えてンだ。
東京の街が空を見たとき、鳥島付近の空が歪んだ。
再び、雲は爪あととなった。
<メロウ>!
唐突に起きた風と、雲の流れの変化に、誰かが気づいて悲鳴を上げた。
s@bie.k s@bie.k
振動の言葉は、人々の脳裏を駆け抜けていく。
喧騒の中で、黒贄慶太だけが口笛を吹き、南西の空に向かって軽く手を上げた。
如月メイは、光月羽澄とともにスクランブルの中途で立ち止まったままだ。<メロウ>がまた現れたのだと囁き合い、空を見ながら先を急ぐ人々の中、ふたりだけがそこに留まっている。
「誰かを探してるみたい……」
言ってから、はっ、とメイは羽澄の顔を見た。
「いま……言葉がわかったような気がしました」
「私も。――でも、またあの子は殺されるわ」
呆然と呟くふたりに、ピアスだらけの若者が――慶太が歩み寄る。ふたりの会話を、喧騒の中で拾っていたのだ。
「よう、あんたら。随分肝据わってンな」
どこか虚ろな笑みを浮かべてから、慶太は再び空を見る。
「雲の動きがあいつの動きだ。見てみろ。雲がこっちに動き始めてる」
「ということは……あの、子は……」
メイは慌てたように慶太から目をそらすと、蚊の泣くような小さな声で呟いた。
「ここに来るんですね……」
「『アイアン・メイデン』に続く<メロウ>、鳥島付近に出現したそうです! 博士!」
「マッハ1.0にて飛行中! ……東京に向かっている模様です!」
「新たな個体の識別名は『キラーズ』。研究班は地下に待機」
「……まあ、予想通りではある、が」
白衣の男たちが右往左往する中、彼はその場にとどまり、窓の外を見つめているばかりだ。
エディ・Bは微笑んでこそいなかったが、不安と恐怖を感じている様子ではなかった。
画面に映し出されたエディ・Bを見て、まだ名もわからない男は、草間興信所であっと声を上げた。
彼は、震える指で、テレビの中の高名な博士を指し示す。
「私は……彼を、知っているよ。エディ・ブルース・ディッキンソン……でも……だめだ……どうして私は、彼を知っているんだ……?」
「それより、ここから逃げた方がいいかもしれないぞ」
草間は呑気な口ぶりだったが、さっさと財布や煙草をポケットに詰め、歪みゆく空に目を奪われていた。
空の爪あとは、短くなっている。
見守っているそばから短くなっていっている――
そして、やがて、空で、きらりと、白銀色の、ものが、光るのを、東京の、人々が、見たのだった。
ン――――――ンンン――――ンン――――――――ン――――ッ!!
<続>
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出演
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【0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【1282/光月・羽澄/女/18/高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【2019/鳴沢・弓雫/男/20/占師見習い】
【4763/黒贄・慶太/男/23/トライバル描きの留年学生】
【3356/シオン・レ・ハイ/男/42/びんぼーにん(食住)+α】
【3018/如月・メイ/女/20/大学生・退魔師】
【NPC/エディ・B・ディッキンソン/男/38/科学者】
【NPC/?・?/男/20代/記憶喪失の男】
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ライター通信
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モロクっちが創り出す新たな異界、『創詞計画200X』の世界へようこそ!
これは、異界シリーズノベル(全7回予定)のオープニングとなります。ご出演を志願して下さったPCさまに心より感謝を。
物語は大まかに東京編・札幌編の2本のシナリオに分けて展開していきます。
この東京編は怪獣特撮映画+陰謀もの風味のシナリオとなります。
何だかややこしくなってしまいましたが、怪獣の種族名が<メロウ>で、小笠原諸島に現れた個体のコードネームが『アイアン・メイデン』、現在東京に向かっている(!)個体のコードネームが『キラーズ』となります。エディ・Bと合わせて、元ネタがあることを笑ってやって下さい。
この怪獣騒ぎと札幌でのバラバラ殺人事件は、ひとつの真相によって結び付けられています……が、この東京編に参加していただく場合、札幌の事件のことまでは気になさらなくても大丈夫です。
東京編は札幌編に比べて、やることが多めです。定員も多めになる場合があるかもしれません。
なお、エディ・Bとは面倒な手続きなどをとらなくても会うことが出来ます。
それでは、シリーズ第1回へのご参加、お待ちしております。
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