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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


屍病院からの脱出!


□オープニング
 
 「さんしたク〜ン、今回はここに取材に行って来て。」
 アトラス編集部内に、今日も碇 麗香の声が響き渡った。
 上機嫌で呼ばれた相手・・三下 忠雄はビクリと大きく肩を上下させた後に、恐る恐る上司の顔色を伺った。
 麗香の血色は良く、口の端は僅かに上がっている。いたって健康的だ。
 身体的にも、精神的にも・・・。
 放って置くとガタガタと震えそうになる肩を必死に押さえ、三下は麗香の前へと歩んだ。
 「はいっ。」
 軽く手渡されたのは、遊園地のビラだった。
 最近出来たばかりの・・・。
 「・・え・・?」
 「だから、ここに取材に行って来て。」
 麗香は再度そう言うと、プイと視線を逸らした。
 「ぼ・・僕がですかぁ〜・・?」
 「あなた以外に誰がいるのよ・・。別に、嫌ならこっちの取材でも構わないんだけど?」
 デスクの上に放り投げてある記事を取り上げる。
 “山荘に潜む幽霊!一家ざん・・・”
 「い・・いえ!こちらの方を行かせて頂きますっ!」
 妙にひっくり返った声をあげて、麗香に向かってビシリと敬礼した。
 「そ、じゃぁお願いね。」
 麗香は妙に優しい微笑みを浮かべると、シッシと手を振った。
 自分のデスクに戻る三下の背後に、声をかける。
 「さんした君だけじゃぁ頼りないから、他にも誰か呼んで一緒に行ってきなさい。」
 ピタリと止まる足。
 恐る恐る振り向くと・・そこにはやけにすっきりとした笑顔をたたえた麗香がいた。
 「な・・なんでですか・・?ゆ・・ゆゆゆ・・遊園地の・・取材・・・ですよね・・?」
 ニッコリと差し出すのは、新聞の切抜きだ。そこに踊る“幽霊が出る遊園地!”の文字。
 すーっと飛びそうになる意識を戻したのは、他ならぬ麗香の声だった。
 「心霊写真の一枚でも、撮って来なさいっ!!」


 〇羽角 悠宇

 「た・・・たたたたた・・たたたすすすすっ・・!!!」
 アトラス編集部に入り一番最初に聞いたのはそんな声だった。
 悠宇は盛大なため息をつくと、直ぐ近くにいるであろうその声の主を探した。
 毎度毎度毎度毎度・・・本っ当に同じような登場の仕方をするその人・・名前は三下 忠雄。
 ガッチリと急に腕をつかまれ、悠宇はもう一つおまけに盛大なため息をついた。
 しかし、それも日常茶飯事。
 ここに来るその時から覚悟していたものの一つでもあった。
 すなわち『三下の取り乱した姿』・・。
 「三下さん、今日はどうしたん・・」
 「たたたたたったす、たたっすっす!!」
 腕にしがみ付く、この世のものとは思えないほどに怯えきった表情の三下・・。
 涙と鼻水でグチャグチャになった顔を、悠宇の腕に押し付ける。
 はっきり言って、汚い。
 悠宇は一瞬ひるんでしまった。
 それくらいに三下の顔は酷いものだった。
 「・・・それで、三下さん。今日“は”どうしたんです?」
 悠宇は“は”にやけに力を込めて言うと、ベリっと三下を腕からはがした。
 しっとりと濡れた腕がキモチワルイ。
 「たたたたた・・たたたす、たすたすっ!」
 ボールか何かが跳ねているのだろうか?
 タスタスと妙な擬音語を発する三下をしばらく見つめた後で、悠宇はある一つの単語を思いついた。
 『助けて』である。
 あぁ、やっぱり。
 悠宇は一つだけ大きく頷いた。
 こちらも本当に毎度毎度毎度毎度毎度・・・変わらない。
 チラリと自分のデスクでパラパラと雑誌を読んでいる麗香を盗み見た。
 無論、こちらも覚悟していたものの一つだった。
 はぁぁ〜・・。
 「落ち着いて、最初から話してください。」
 「ハヒ。」
 三下はコクリと一つ頷くと、近くにおいてあったティッシュ箱からザカザカと紙を取り出し、盛大な音で鼻をかんだ。
 「あの、実は・・ここに取材に行けといわれまして・・。」
 おずおずと出された紙は最近出来たばかりの遊園地のビラだった。
 「・・あぁ、あの・・。それで?」
 「こ・・こここここ・・」
 ・・今度は鶏になってしまった三下が、明らかに挙動不審な手つきで別の紙を差し出した。
 あまりの挙動不審さに、思わず受け取る手が躊躇する。
 ゆっくりと受け取り、開いたそれは新聞の切抜きだった。
 “幽霊の出る遊園地!”の文字がデカデカと紙面を躍り、その下には先ほどの遊園地の名前が刻まれている。
 全ての謎がカチリと音を立てて合い、悠宇は一つだけ納得の意を込めて頷くと、三下の目を見つめた。
 「それで、どんな取材に行くんです?」


 〇ただ働きなんて、とんでもない!

 麗香はデスクの周りに集まった面々を一瞥すると、コトリと黒いカメラを差し出した。
 その差出先は・・ガタガタと震える三下だ。
 「さんしたクン。分ってるでしょうね?これで、心霊写真を撮ってきなさい!」
 「そ・・・そそそそそそそそんなぁ〜〜。」
 「言っておくけど、他の人に撮らせたり、もしも、万が一さんしたクンが倒れて仕事が出来ないような事があったら・・・。」
 麗香がそこで一旦口をつぐむ。
 三下がゴキュリと喉を鳴らすのが、かなり大きく響く。
 「さんしたクンの給料から差し引くわ。」
 「そぉぉんなぁぁ〜!!」
 「五月蝿いっ!大体、毎回毎回倒れて仕事の出来ないさんしたクンが悪いのよ!給料カットが嫌だったら、今度こそ、ちゃんと仕事をしてきなさい!」
 ピシャリと思い切り体重の乗った言葉の鞭が三下を直撃し、三下がメソメソとその場に泣き崩れる。
 「みんなは、さんしたクンが倒れた後に心霊写真を撮ってきて。そうねぇ、上手く撮れていたなら・・それなりに御礼はするわ。モチロン、さんしたくクンの給料から。」
 上手く社会の仕組みが分る構図に、一同は納得した。
 つまり、仕事をしたものにのみ報酬を与える制度だ。
 これならフェアじゃないだろうか・・?
 「フェアなんかじゃないですよ〜!僕・・怖いの苦手なのに・・・。」
 メソメソメソメソメソメソメソメソメソメソ・・・・。
 「さんしたクン、五月蝿い目障り鬱陶しい。」
 またしても麗香嬢の言葉の刃が三下を襲う・・。
 「いい?わかったわね?心霊写真を撮ってきた人に、報酬を与えるわ。」
 麗香はそう言うと、人数分のカメラを取り出した。
 「多分きっと絶対気絶するだろうけど・・さんしたクン、頑張ってきてね。」
 ニッコリと微笑む麗香の後には、黒い何かが見える・・。
 「ハヒ・・。」
 三下は力なく頷くと、しっかりとカメラを胸に抱いた。


■やっぱりいつも通りの三下君

 屍病院。
 その中に入って直ぐに倒れたのは、他でもない三下だった。
 まだ幽霊のゆの字も出てきていない時に、カーテンが揺れたのを見て卒倒したのだ。
 「・・三下さん、なにも入った途端に気絶する事はないと思うんだけどな・・。」
 そう言って気の毒そうに三下を眺めているのは、羽角 悠宇だ。
 「困りましたねぇ。俺の力では運べませんよ・・。」
 そう言ってパチパチと三下の顔を叩いたり、脇をくすぐったりしているのは劉 月璃だ。
 「あぁ、あそこに寝かせておきましょう!」
 ズルズルと三下を引っ張り、丁度あった屍病院内のベッド・・しかも血のり付き・・に寝かせたのはシオン レ ハイだ。
 何を思ったのか、シオンはポケットから白いハンカチを取り出すとそっと顔に被せた。
 シオンが真面目に手を合わせ、月璃と悠宇もそれにならってしまいそうになる。
 「し・・シオンさん!?なにしてるんですか!?」
 「これ、テレビで見たことがあるんですよ〜。」
 ヘラリと微笑むシオン。
 確実に何かが間違っている・・。
 「これはこれは・・。」
 修善寺 美童はニヤリと微笑むと、三下の側で“なにか”を行った。
 それはあまりにも一瞬の事過ぎて、よく分からなかったのだが・・。
 すると急に三下の身体から白い物が出てきて・・美童の手の虫篭のようなものの中に入った。
 白いフワフワとしたものは、虫篭のようなものの中を漂い、周囲に淡い光を発する。
 なんて綺麗な光景なんだろう。まるで、心が洗われるような・・・。
 「・・ちょっと待て下さい。それはなんですか?」
 月璃がはっと気がつき、白いフワフワを指差した。
 「あぁ、これはカレの魂だよ。ま、魂は卒倒しないだろうからね。」
 ケロリと言ってのける美童に“まるで心が洗われるようだ”と思ってしまった一同が苦悩する。
 人の魂なんかで洗われてしまうような心は、ちょっといただけない・・。
 「キミが卒倒したら誰が記事を書くんだい? 魂は卒倒しないだろうからちゃんと取材してくれなきゃ。」
 美童は手に持った三下の魂に向かってそう囁くと、ついと虫篭状の・・檻だろうか・・?を撫ぜた。
 「ちなみに24時間以内に魂が戻らないとキミも死ぬがね。」
 ニッコリと微笑む美童。
 ・・そんな爽やかかつにこやかに微笑まれてもっ!!
 「はぁ〜・・それにしても、霊になる前は同じ人間だったハズなのに、どうして卒倒するほど怖がるのでしょうか‥‥人間って難しいですね。」
 そう言ってヤレヤレといった感じで頭を振るのは月璃だ。
 人間が難しいのではなく、きっと三下が特殊すぎるのだ。
 「でもさ、三下さん・・。幽霊なんかじゃなくカーテン見て倒れたんだよな。」
 悠宇の一言で、一同の視線が揺れ動くカーテンへと注がれる。
 ・・・どれだけの小心者なんだ、三下忠雄・・。
 「はぁ〜・・それで、三下さん、どうしましょうか。このまま置いておくのも可哀想ですけど・・。」
 「意識のない人って、意外と重いんですよねぇ。」
 「あぁ、言い忘れてたけど・・。カレは今、魂が入ってない状態だから、だれでも簡単に入れるんだよ。」
 美童の言葉に、悠宇と月璃がほえ?っとした顔をする。
 “なんておっしゃりましたの、お兄サン”とでも言いたげな表情だ。
 「だから、これはただの器だけの状態だから・・霊が入り込もうと思えば簡単に・・」
 「わぁぁぁっ!!それ、ダメじゃないですか!!」
 「それで・・霊が入り込んでしまったらどうなるんです?」
 「さぁ。ま、型がよければそのままその人の・・」
 「ちょ、そんな冷静にっ!」
 コレは一大事である!
 もし万が一、三下の中に連続殺人事件の犯人でも入り込んだならば・・。
 『ぼ・・ぼぼぼく・・霊とか、怖いです・・』
 な三下が。
 『ほらほら、もっと俺を楽しませて見せろよ。おら、もうお終いか?それじゃぁ、そろそろ息の根を・・』
 恐ろしい・・。
 無論、表情、声、外見の全てにおいて三下なのだ!
 それなのに性格はまったく逆・・。
 「なんか、カーテン見て卒倒するどころか、カーテン切り裂きそうだよな。」
 悠宇の言葉に一同が納得する。
 「けれど、ここには霊がいるんですよね?それだったら、このままにしておくのは・・。」
 しかし、問題は誰が運ぶのかだ。
 自己申告通り、月璃は運べないだろうし・・美童も運べないだろう。
 残るは悠宇とシオン・・。
 「は〜・・仕方ない、それじゃぁ連れて行くか・・?」
 「交代で持てば大丈夫でしょうか・・。」
 盛大なため息をつく悠宇とシオンの背後で、突如屍病院の扉が開かれた。
 中央に立つ一人の人物・・しかも逆光で誰だか分からない!
 「な・・誰だ・・?」
 「ここは関係者以外立ち入り禁止になってるはずじゃ・・・」
 扉の中央に立っていた人物は、パタリと扉を閉めると・・ぐるりと一同を見渡した。
 薄暗い照明に照らされて、浮かび上がる顔・・・。
 湖影 龍之助だ・・。
 「あれ??三下さんは・・・」
 キョロキョロと探す先、ベットに寝かされた三下の姿を捉える。
 ・・・ぐったりと力なく横たわる、手は胸の上でくまれ、顔には白いハンカチ・・・。
 「・・シオンさん、何時の間に手をくませたんですか?」
 「さっきの間です。」
 「さ・・・ささささささささ・・三下さん・・!!!!?!????!?!?」
 龍之助がとても人とは思えないほどのスピードで三下に近づくと、ガクガクとその身体を揺さぶり始めた。
 「三下さん!なんで、なんで俺が来るまで生きててくれなかったんスか!?」
 そもそも、三下はまだ死んでいない。
 「あの・・三下さんはまだ死んで・・」
 「俺が、俺がもっと早く来れば!!」
 ・・だから、まだ死んでいない。
 今にもオイオイと泣きそうになる龍之助の身体を、三下からベリっとはがすと・・美童は手に持った三下の魂を龍之助に見せた。
 「カレはまだ死んではいないよ。まぁ、もっとも時間の問題だが・・。そうだな・・助ける方法を教えてあげようか。」
 「本当っスカ!?なんスカ!?」
 「カレの身体を屍病院のゴールまで運ぶことだよ。そうすれば、カレは助かる。」
 「そうなんスカ!?わかりました!それじゃぁ超特急で!!」
 「待った。ボク達と行かなければダメなんだよ。」
 「・・分りました!」
 「ここは色々な霊がいるらしいからね、せいぜいカレを守ってやってくれ。」
 「大丈夫っスよ!三下さんは俺が守るっス!」
 ・・・な・・・なんて華麗な嘘・・。
 悠宇、シオン、月璃はただ唖然とその光景を見守っていた。
 「これでカレを運ぶ手間が省けただろう?」
 確かにそれは一理あるが・・。


 □井戸端会議+相談所=除霊+降霊

 姫抱っこで運ばれる三下。
 なんだかちょっと嬉しそうな龍之助。
 害のありそうな霊を手当たりしだい捕まえる美童。
 微妙に薄汚れた本を必死で読むシオン。
 その光景にため息をつきながら互いに顔を見合わせる月璃と悠宇。
 ・・これはハタから見たら、変な集団以外の何ものでもなかった。
 確かに、屍病院内は霊の巣窟と言っても過言でもなかった。しかし・・。
 『ちょっと、アンタ!話を聞いてるわけ!?それでね、そのバカップルって言うのが・・。』
 「そうなんですか、ソレは大変でしたね。」
 『でねでね、酷いのよ〜!!アタシ、ちゃんと女だって言ってるのに!生物学上は男だからって、男だからって〜!!』
 「お・・落ち着いて、話せばわかる。な??」
 「・・霊の井戸端会議場・・みたいなものでしょうか・・。」
 必死になって霊達の話を聞く悠宇と月璃の背後で、シオンがのんびりとそう言った。
 「シオンさん!手伝ってください!」
 目の前のマリア(仮名)と話をしていた悠宇が、ぴっと目の前を指し示す。
 月璃と悠宇の目の前に並ぶ幽霊達・・数え切れいないほどに・・。
 シオンは頭をかくと、その辺にあった板に『月璃、悠宇のお悩み相談所』と書いて掲げ持った。
 「・・・シオンさん、何をなさっているんですか・・??」
 「いや、もっと人を呼んだほうが・・」
 「人を呼ぶ前に、手伝ってください!」
 シオンはおろおろと、その場を回ると・・なにかをひらめいたのか、ポンと手を打った。
 背後から取り出すは明らかに怪しいラジカセとカセットテープ・・・。
 スイッチオンで流れ出す、場違いなまでに軽快なメロディー・・・。
 「シオンさん、何をなさっているんですか?」
 「幽霊さんが楽しい気持ちになれば話しやすいかもと・・」
 「話しやすくって言うより、この人数をどうにかしてください!」
 わらわらと集まってくる・・その人数は計り知れない・・。
 「え〜っと、え〜っと・・。」
 グルグルグルグル・・。
 「あ、そうだ、これを実践すれば・・。」
 再びひらめいて、取り出すは先ほどからチマチマと読んでいた“初心者でもできるお手軽3分除霊術!”という本。
 ・・胡散臭さ満点なのは、ひとえに表紙で微笑む魔女のせいもあるだろう。
 「え〜っと、なになに・・。ヴァルゲ・デー・・うん?これはなんて読むんでしょう・・?パル?ポル?ペル??」
 読めていない時点で既にダメだ。
 「あぁ!分りましたよ!ヴァルデ・ダー・ピョロ・モニュール・ダン!ですよ!」
 ・・さっきと言っていることが違うようにも思うが・・。
 ボワリと音がして、見た先にはちょっと普通じゃない感じの女性の霊。
 この世の全てを恨みながら死んでいきましたよ〜とでも言いたげな瞳がじっとシオンを見つめる。
 「ひぃぃぃ〜〜!!悠宇さん!!月璃さん!!ヘ〜ルプ!!」
 「え?なに・・?」
 「どうしまし・・・」
 シオンの絶叫に驚いて振り向いた先・・除霊術の本によって呼び出された一人の女性の霊。
 ちっとも除霊ではないじゃないか!
 「な・・!?なにしたんです!?シオンさん!」
 「ちょっと除霊を・・」
 「降霊じゃないですか!」
 「・・や・・やっぱりこの本、ダメだったのでしょうか・・。ゴミ置き場で拾ったものですから、やっぱり・・」
 拾わないでほしい。こんなにあやしい本を。
 「ど・・どうしましょう!」
 「とりあえず、離れてください!」
 「こう言うのは、美童さんが得意のはずでは・・」
 ガシャコンと、女性の上に鉄の檻のようなものが降ってくると・・動きを封じた。
 「・・なにをやってるんだい、キミ達は・・。」
 「び・・美童さん・・!」
 「なんでこんなに凶悪な霊なんか・・?さっきここらの害がありそうな霊は一掃したはずだけど?」
 美童はそう言うと、腰に下げ持った虫篭状の檻をチラリと見せた。
 「実は・・除霊術をやろうと思いましたら、うっかり呼び寄せてしまいまして・・。」
 シオンは手に持った本を美童に差し出した。
 美童は僅かに遠くを見つめた後で、悠宇と月璃を振り返った。
 「それで、ボクの方は大体終わったけれど・・こっちは?」
 「全然終わりません。」
 「それよりもなんだか増えているような気が・・。」
 「あの〜ところで、三下さんと龍之助さんは・・?」
 「あっちだよ。」
 指差された先、霊に向かってなにやら世間話をしている龍之助と、その腕の中でぐったりと力尽きている三下。
 なんだかちょっと楽しそうな雰囲気に、悠宇と月璃はため息をついた。
 背後にワラワラと出現している霊達。
 その悩みを聞いて成仏をさせるなんて・・きっと今日中には終わらない。それどころか、明日だって、明後日だって・・・。
 「悠宇さん、どうしましょうか。コレだけ沢山霊がいると・・浄霊は難しいですね。」
 「けど、除霊だって難しいでしょう・・?これだけいれば・・。」
 『ちょっと貴方たち!ここ、相談所なんでしょう!?』
 違う。断じて相談所なんかではない!
 『ちょっと、話を聞きなさいよ!』
 『あたしはね、昔・・』
 キャンキャンと騒ぎまくるおばちゃん霊達。
 シクシクと泣き出す、若めのお姉ちゃん霊達。
 最近の若いもんは〜と、お決まりの台詞でお説教をしだすおじいちゃん霊達。
 ・・・ザワザワ
 「ちょ・・落ち着いてください!」
 「順番を守って・・!」
 騒がしい霊達の声に混じって、なんだかお経のような音まで聞こえてくる・・。
 ・・・ん?お経・・?
 『南無阿弥陀仏・・南無阿弥陀仏・・』
 「え?」
 振り向いた先、そこにはついさっきまで場違いなまでに軽快なメロディーを紡ぎだしていたあのラジカセ・・。
 「なっ・・なんで・・!?」
 『南無阿弥陀仏・・』
 「ひぃぃっ!やっぱりこれもダメでしたか〜!?」
 押し寄せる霊の大群、お経を唱え続けるラジカセ・・。
 そして、背後は壁。
 絶体絶命の大ピンチだ!!
 「これ、どうすれば・・!?」
 「うわ、ちょ・・落ち着いて!!」
 「ちゃんと並んで・・・押さないで・・!!」

 ・・・・・・・・・・!!!!!!!!!

 『ガシャコン』

 ・・・・・・・・・・?????????

 五月蝿くなくなった屍病院内。
 思わず瞑ってしまった瞳をそーっと開くと、そこには檻の中に入った霊達の姿・・。
 「これで写真を撮って、依頼終了だ。」
 パシャリと一枚だけ写真を撮ると、美童はカメラを月璃に手渡した。
 そして、そのまま檻を掌サイズほど縮める。
 「後でどこか広いところで出して決めようじゃないか。」
 「・・なにをですか?」
 「除霊するか、ココに残すか、はたまた・・・ボクのコレクションにするか・・。」
 ニヤリと微笑む美童に、ちょっと冷や汗が背中を滑り落ちる。
 「みなさん!やりましたね!!」
 走り来る、龍之助。そしてその手には三下・・。
 「龍之助さんも、お疲れ様です。」
 無論、省略した部分には(三下さんのお守)と入る。
 「それにしても・・もっと早くこうしていればよかったのかもしれませんねぇ。」
 もう音が聞こえなくなってしまったラジカセを持ちながら、シオンがもそっと呟いた。
 「美童さんの能力で霊さん達を檻の中に入れて、1人ずつ出してゆっくりと・・」
 ・・それもそうだ・・。


□結局ただ働きですか?

 どっと疲れた身体を引きずりながらアトラス編集部に帰ってきた。
 もちろん、この表現が使えるのは月璃と悠宇だ。
 シオンの場合・・。
 使えなくなってしまったラジカセと、どうも胡散臭い除霊術の本を持って、トボトボとアトラス編集部に帰ってきた。
 そして美童の場合・・。
 コレクションに出来そうな霊達を大量に捕獲でき、上機嫌でアトラス編集部に帰ってきた。
 最後、龍之助の場合・・。
 腕の中にグッタリとした三下を抱えながら、王子様気分でアトラス編集部に帰ってきた。
 ・・まるで三者三様の帰って来方に、麗香は少しだけ目を丸くした。
 一番最初に、龍之助の腕の中で力なく目を瞑る三下を見つめ、眉を跳ね上げた後で、疲れきった表情の月璃と悠宇に同情の視線を送る。
 シオンにいたっては、寂しげに見つめるラジカセが全てを物語っているので、別段何もアクションは起こさなかった。
 「やっぱりさんしたクンはダメだったのね。・・・それで、写真は撮ってこれたの?」
 「えぇ。」
 月璃は頷くと、胸の前に持ったカメラを麗香に差し出した。
 「これ、現像してくれる?」
 麗香が近くにいた男性にカメラを放り投げる。
 「ところで龍之助君、ソレ・・重くないの?」
 「いえ、全然大丈夫っス!」
 「・・・・そう・・。」
 麗香は一つだけ盛大なため息をつくと、一同に席に座るように進めた。
 「それで、どうだったの?霊はいた?」
 「えぇ、いたにはいたんですけれど・・。」
 実はかくかくしかじかで・・。
 ふんふんと、頷きながら聞いていた麗香が、今日何度目かのため息をついた。
 「ま、そんなものよね。病院だし、雰囲気も霊にとっては良いだろうし・・。だから集まっちゃったんでしょうね。」
 「そうだと思います。」
 「まぁ・・一応幽霊はいたわけだし・・記事には出来そうね。もっとも、写真次第なんだけど・・。」
 「麗香さん!現像あがりました!」
 「早いわね。ありがとう。」
 先ほどの男性が走ってきて、麗香に一枚の写真を差し出した。
 写真を見つめる、麗香の顔が見る見る変わって来る・・・。
 「これ・・なに??」
 「え・・?」
 「全然撮れてないじゃない!!」
 「そんなはずは!!」
 麗香の手から、なかばひったくる様にして写真を取る。
 覗き込む・・写真は真っ白だ!!
 「な・・なんで!?」
 「ちゃんと撮れていたはずでは・・??」
 「写真に霊達が写らなかったということは、考えられる可能性は2つだな。」
 「なに?」
 「強大な力の霊がいた、もしくはお経や賛美歌と言った、何か霊達を抑えるような・・・」
 すーっと、一同の視線がシオンの持ったラジカセに注がれた。
 「え??私が何か??」
 「・・・と、言うわけで、報酬はなしね。写真がないようじゃ、記事にも出来ないし・・。」
 麗香がサラリと言い、背を向ける。
 「あ〜でも、今回の経費はさんしたクンのお給料から引いておくから、安心してね。」
 あんなに頑張ったのは、いったいなんだったのか・・・。
 ガックリと力なく椅子にもたれかかる月璃と悠宇。
 「これ、どうぞ・・。」
 先ほどの男性が、気をきかせてか温かいお茶を持って来てくれる・・。
 とても美味しいのだが、美味しいのだが・・・!!
 何故か涙の味がしたのは、言うまでもない。
 

 〇おまけ

 家に帰り着き、本日の事を思い出しながら一息つこうとした時だった。
 “その事”を思い出したのは・・。
 「あっ!!」
 思い浮かぶ光景は、アトラス編集部内でぐったりとソファーに横たわる三下の姿・・。
 「魂戻してないじゃないですかっ!!」
 ・・・忘れ去られたまま美童の腰につく虫篭状の檻の中・・。
 その中で、三下は必死に叫んでいた。

 『ヘルプ・ミー!!!』


   〈END〉


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 ■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

  4748/劉 月璃/男性/351歳/占い師

  3525/羽角 悠宇/男性/16歳/高校生

  0635/修善寺 美童/男性/16歳/魂収集家のデーモン使い(高校生)

  3356/シオン レ ハイ/男性/42歳/びんぼーにん(食住)+α

  0218/湖影 龍之助/男性/17歳/高校生・アトラスアルバイター

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 ■         ライター通信          ■
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この度は『屍病院からの脱出!』にご参加いただきありがとう御座いました。
 ライターの宮瀬です。
 ほぼコメディー仕立てということで、最終的にはただ働きということになってしまいました。

 羽角 悠宇様
  何時もありがとう御座います。そして、この度はご参加ありがとう御座いました。
  結局の所一番可哀想な役回りになってしまいましたが・・如何でしたでしょうか??
 
   それでは、またお逢いしました時はよろしくお願いいたします。