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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


母の想い

 東京郊外に広々とした敷地を持つ、遊具の一つもない公園。
 そこは近年の開発で行き場を失った妖怪たちが一時集う――もしくはそのまま棲みついている――妖の類いが異様に多い公園だった。
 そんな妖怪たちを束ねるのはここの一番古株、公園内の泉を棲みかとする龍、水龍(すいり)。

 水龍は今、大変に悩んでいた。
 つい先日、とある樹木の精霊が、水龍に頼み事をしてきたのだ。
 だが残念ながら、水龍にはその精霊の願いを叶える能力は持っていなかった。
 彼女は、自分の寿命を延ばして欲しいと……そう、告げてきたのだ。
「なぜ、そんなに長く生きたがる?」
 水龍の問いに、精霊はまっすぐ前を見据えて強い意思のこもる瞳で応えた。
「私には、今、共に生活している人間がいます。……傍にいたいんです。せめて、彼女が大人になるまで。私を大事に育ててくれた方の願いを叶えたいんです」
 確かに水龍は一時は神と呼ばれてはいたが、それはどちらかといえば天候を操る能力ゆえ。
 多少の治癒はともかく、延命など……。
「わかった。おぬしの気持ちもわからないでもない。考えてみよう。ただし、期待はするでないぞ」
 寿命ではなく、人の姿を取り続けた負担ゆえの衰弱であるのがわかったから。
 だから、協力する気になった。

 最大の問題は、どこに協力をとりつけるか。
 ……水龍はお金を持っていない。
 お金がなくても協力を頼める場所を知らないかと公園内の妖怪たちに意見を聞いてみたところ、一人が良いところを知っているから連絡をつけてみると言い出した。
 そしてそれから数日後。
 ゴーストネットの掲示板にひとつの書きこみがされた。

件名:精霊を助けてください
本文:弱っている木の精霊を助けたいので、誰か手を貸してくれないでしょうか?
   協力してくれる人は○日に下記の住所まで来てください。

 本文の下に書かれている住所は、水龍の泉のある場所だった。


◆ ◆ ◆


 その日その時、どうやら一番乗りは海原みそのであったらしい。
「水龍様にはご機嫌麗しく。お久しぶりです」
「久しぶりじゃな、そちらも元気そうでなによりじゃ」
 穏やかな笑みと優雅な礼をしたみそのに、水龍も笑みを浮かべて返す。
「いったい、何があったのですか?」
 神からの頼みとあらば可能な限り叶える為に行動するのが、異なる神に仕えるとはいえ巫女の務めである。
 今日この時間に来たということで、みそのがここに訪ねてきた理由もわかっているだろう。そう思っての主語のない問いに、水龍は少々考える仕草を見せた。
「そうじゃな……何が、と問われると、実はわしも詳しい話は聞いておらぬ」
 とある人間と一緒に過ごしていること。それが彼女を育てた人間の願いに繋がるものであること。それを続けていたために、樹木の精霊の命が極端に短くなっていること。
 彼女を育てた者の願いや、共に過ごしている者のことについてはまったく聞いていないというのだ。
「まあ、その辺りは必要になった時に聞けばよいじゃろう。聞かずともあやつの真剣さはよくわかったし――」
 言葉の途中で水龍が話を止めた、その直後。ガサリという葉の音とともに、少年が一人、その場に姿をあらわした。
「やあ、こんにちわ」
 金髪にカフス、いかにもチャラチャラとした最近の高校生といった風体と、見かけ通りの軽さの挨拶に、二人も軽く挨拶を返す。
「あんたたちも掲示板を見て来たんだ?」
「ええ」
「書きこみを頼んだ者じゃ」
「じゃあ、あんたが依頼人?」
「そういうことじゃな」
 軽く話をして、とりあえず自己紹介をという流れになったその時。
「すみません。貴方たちも掲示板を見てきたんですか?」
 声をかけてきたのは二十歳前後の青年だった。





 ざっと軽く名を名乗り合い、それから水龍は片手を顎に当てた。
「ふむ。とりあえずこれ以上は増えぬようじゃな。ならば出発するか」
「どこへですか?」
「精霊のところじゃ。もはや本体から離れるのも辛そうなのでな。こちらに出向いてもらって話を聞くのは無理じゃろう」
「そんなに酷いのか。俺の血で効くかなあ?」
 ぼそりと呟いた暁の言葉に、灯月が首を傾げた。
「血?」
「そう、血。効けばいいんだけどな、効かなかったらどうしよっか」
 いかにも面倒そうな口調だが、本気でそう思っているわけではないことは表情からすぐに知れる。
「そうですね……大地と霊脈との力の『流れ』を繋げれば多少は保つかと思います。時間の流れを押し留めるという方法もありますけれど、それでは結局一緒にいたい相手を一人にしてしまうことになると思います」
「解決方法が見つかるまでの間だけでも人の姿を取るのを止めてくれれば、もうちょっと時間も延びるだろうけど」
 ほんの少しの時間でも、考える時間・試す時間は多い方が良い。
「説得するにしろなんにしろ、まずは会って直に状態を見てからのほうが良いじゃろう。行くぞ」
 水龍がそう告げた直後。
「え?」
 灯月は、思いっきり泉に向けて蹴り飛ばされた。ちなみに、実行者は水龍である。
 次に水龍はぐいと暁の手を引いて、幼い少女とは思えぬ力でやはり泉の方へと押し飛ばす。とはいえ、暁はもとより身体能力が高い。さすがに泉に落ちるまではしなかった暁に、水龍が面倒そうな顔をした。
「急ぐと言っておるんじゃ。それともおぬし、自力で行くか?」
「せめて説明くらいしてくんないか? いきなり水に落とされそうになったら、そりゃ抵抗するに決まってるだろ」
「ふむ。それもそうじゃな」
 そこで納得されては先に落とされた灯月が少々不憫な気もするが、とりあえずこの場に、それを言い出す者はいなかった。
「水を媒体にした転移術で飛ぼうと思ってな。ここからまた電車とやらで戻るより転移した方が早かろう」
「そう言うことね」
 それならと暁も泉に向かい、続いてみその。

 水の中に入った感覚は一瞬で、視界にはすぐに普通の住宅街の景色が飛び込んできた。足元には小さな水溜り。どうやらここを出口としての媒体にしたらしい。
「精霊の家はこの近くなんですか?」
 一足早く飛ばされてきた灯月の問いに、水龍はちょうど正面にある家を指差した。
「そこの塀から見えるじゃろう」
 水龍のさす先の塀の向こうには、どことなく元気のない木葉を風に揺らす樹木の姿があった。





 木があるのは、塀の、向こうである。他人の家の敷地の中。
 当然ながら、勝手に入っていったら不法侵入者である。しかしとりあえず近づかなければどうにもならない。
 家の中には人の気配もあり、おそらくそれが、精霊が一緒に過ごしているという人間なのだろう。
「どういたしましょう?」
「庭先くらいならちょこっと入っても大丈夫じゃないか?」
 たいして困っているようには見えない様子のみそのに、暁が笑顔で提案する。
「家の中から良く見える場所だったらどうするんだ?」
 言いながら灯月は、かけていた眼鏡を外して、樹木の方へと目を向けた。
 灯月は視覚限定ではあるがテレパスを持っており、普段かけている眼鏡はテレパスを意識的に制御する時の助けとなるものでもあるのだ。
「…………」
「どうかなさったのですか、星原様?」
「いや。たいしたことじゃない」
 そんな話をしていたちょうどその時。門の扉がガチャリと開けられたかと思ったら、一人の女性が姿をあらわした。
「こんにちわ。二人ともこんなところでどうしたの?」
 みそのと水龍にとっては知った顔、シュライン・エマだ。
「水龍様から、こちらの樹木の精霊が弱っているから助けるのを手伝って欲しいとお話を頂いたのです」
 同じ依頼を受けて一緒に来たのだと二人の青年――星原灯月と桐生暁を紹介し、みそのはたいして困ったふうもなく塀から覗く木の天辺を見上げる。
「ここから離れられないくらいに弱ってるらしいんですけど、勝手に入ったら不法侵入でしょう?」
「それで、どうしようかって話してたとこだったわけだ」
 灯月、暁が続けた言葉に、シュラインはぽんっと両手を打った。
「だったら、アトラスの調査員ってことにして入ればいいんじゃないかしら」
「ふむ……条件は?」
 抜かりなく問いかけてくる水龍に、シュラインは小さな笑みを浮かべた。
「条件と言うほどじゃないけど、情報交換しません?」
 そうしてシュラインは、ここに来た理由――ここに住む少女の母親が原因不明の病に倒れ、最後の頼みとして心霊関係を疑ってアトラスに訪ねて来たこと。シュラインの他に海原みあおと竜堂冬瑠がその原因を探しに来たことを告げた。
「そこの木が、お母様が倒れたのと同時期から弱ってきたって聞いたのだけど、結局原因はよくわからなくて」
「その答えでしたら、わたくしたちが持っていますわ」
 困ったふうな表情を見せたシュラインに、みそのが静かに微笑みかけた。





 知らない顔に自己紹介をするとともに情報交換をしてみたところ、現状のおおまなかところは把握できた。
 樹木の精霊は『自分を大切に育ててくれた人』の願いを叶えたくて人の姿――ここに住む少女の母親の姿をとるようになったこと。
 そうして人の姿を取り続けていたために、衰弱したため木が弱ると同時に精霊も弱ってしまったのだ。
「本物の母親の方は事故かなにかでもう死んでるらしい。さっき視た時、そんな情景が見えた」
「それじゃあ、精霊さんは、お母さんの代わりをしてるってこと?」
「ま、その辺の事情はどうでもいいさ。とにかく、精霊を元気にしてやればいいんだろ?」
 みあおの問いをまるで無視するように告げたのは暁だ。
「そうねえ、その辺の事情は精霊さんが元気になれば聞けることでもあるし」
 一行は揃って庭へと移動し、まずは暁が自身の血を与えるという手段を試してみた。
 血を与える事でしばらくの間吸血鬼に近い者にすることができ、傷の再生などが早くなるのだ。
「……効果なしっぽいかな。うーん、精霊に人間といつまでも一緒に暮らしているという暗示かけちゃだめかな。じゃなかったら一緒に連れてっちゃうとか。そうすればずっと一緒だよね」
「一緒にいれば良いというものじゃあありません。死んでしまったらなんにもならないじゃないですか」
 少々怒ったような冬瑠の言葉に続けて、灯月が口を開く。
「だからさ、しばらくでも人間の姿とるの止めてもらってその間にじっくり考えればいいと思うんだけど」
「でも、もう意識ないみたいだったよ、お母さん」
 母親が眠っていた部屋の窓を見上げたのはみあおだ。
「……わたくしがやってみます。それで目を覚ましていただければ、とりあえず今後のことを話し合うこともできますから」
 ふ――と、周囲の大地の霊脈の流れが動き出し、樹木へと力を与える。
 しばしのち。ほんの小さな小人のような姿――しかも半透明だが、そこに、樹木の精霊が姿を見せた。人間の姿をとっていないためか、母親のそれとは違う外見であったが。
「すみません、お世話かけます」
 ぺこりと頭を下げた精霊に、まず声をかけたのはみあおであった。
「ねえねえ。本当のお母さんはどうしちゃったの?」
「父親の事故の時に一緒に亡くなっています。あの方には本当に大事にしてもらいましたから……あの方が、自分の代わりに傍にいて欲しいと願われたので……私も、彼女のことは好きでしたので。だから、傍にいようと思ったのです」
 精霊の答えは充分予想の範囲内ではあったが、だが。
「古今東西、人と人外の逸話は悲劇が多くございます。微にいり細にいっても破綻するかと。それならば、その人に事情を明かした方が良き方向に“流れ”るかと思います。本当のことを明かして、力になることはできませんか?」
 みそのの言葉を聞いて、みあおはこくんと力強く頷いた。
「そうだよ。無理して一緒にいたって、先に死んじゃったら傍にいられないもん!!」
「まったく、勝手なもんだな」
 ぼそりと告げられた灯月の言葉は死んだ母親の勝手な願いか、その願いの意味を勘違いしたまま実行した精霊にか。問う者がいなかったため、答えは彼自身しかわからない。
「母親のこと由梨さんは悲しむと思いますけど、このままだと傍にいることすらもできなくなってしまいます」
 冬瑠が呟いた言葉に、精霊が考え込むような仕草を見せる。
 どちらが彼女にとって正しいのか、その答えは出せないけれど――もしかしたら、明かさないままの方が彼女にとっては良いのかもしれないけれど。
 それでも。
 彼女が本当に一人になってしまうよりは、まだ……。
「お互い想い合ってるのはわかるもの。きっと大丈夫よ」
 シュラインの言葉に後押しされるようにして。
「はい……全部、話してみます」
 精霊は、こくりと頷いて見せた。

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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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整理番号|PC名|性別|年齢|職業

0086|シュライン・エマ|女|26|翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
1415|海原みあお   |女|13|小学生
4391|竜堂冬瑠    |女|21|大学生

1388|海原みその|女|13|深淵の巫女
1390|星原灯月 |男|19|大学生
4782|桐生暁  |男|17|高校生兼吸血鬼

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         ライター通信          
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こんにちわ、お久しぶりです、日向 葵です。
ご参加いただき、どうもありがとうございました。

正体を明かしたのちの由梨さんの反応は、あえてここでは書きませんでした。
受け入れてくれるかもしれないし、受け入れてくれないかもしれない。
どちらもあり得るだけに、ここで決めてしまうよりも皆様の想像におまかせしたいと思いまして。

皆様が少しなりとも楽しんでいただけることを祈りつつ……。
またお会いする機会がありましたら、その時はどうぞよろしくお願いします。