コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


『命の水、砂時計のお茶』

< オープニング >
 チラシを握りしめた、少し緊張した表情の娘が店のドアを押した。チリリと銅のベルが鳴る。そして彼女は、入口正面に設置してある、剣を掲げる木彫りのシヴァ神と対峙し、気難しそうな緑の瞳でそれをしげしげと見上げた。女子大生だろうか。肩あたりでさらりと揺れる髪が、今時珍しく黒絹のままだ。
 サリー姿のウェイトレス、シャクティが、「イラッシャイマセ〜。カウンターへドウゾ〜」と娘を出迎えた。ここはインドカレー専門店『アムリタ』である。
「あの・・・これを見て来たんだけど」
 おずおずと、娘はチラシを広げて見せた。
『ランチタイム・ティーサービス週間・・・“不可思議ティーポット”で、希望の年齢に!』
「はい〜。水だし紅茶で一杯飲むと5歳若返り、熱湯で煎れた紅茶だと5歳加齢しますの。12時間たてば、元に戻りますの」
「水出しで3杯ください。服や靴は用意して来ました」
「用意がいいですわねなの」
「カレーはパラクパニールで。ナンで無くライスで。デザートはキールで」
 随分とハキハキして、手際のいいお嬢さんだった。
 彼女は『藤井・葛(ふじい・かずら)』と名乗った。院生で22歳だという。15歳若返ると、7歳になる。
「お茶を飲んだら10分くらいで効き目が出るなの。従業員用の更衣室使ってなの。さ、善は急げ、とっととカレー食べて、早く変身するなの!」
 普通は『ごゆっくり』とか何とか言うのだろうが、シャクティは小さい女の子と接することができるとわかり、嬉しくて仕方ない。自分が三姉妹の末っ子でいじられてばかりだったせいか、小さい子を構うのが好きなのだ。

 着替えて更衣室から出て来た7歳の葛は、肩に触れる長さのまっすぐの髪が日本人形のように愛らしかったが、服は洋風で、衿にフリルが施された紺のワンピースだった。白いハイソックスもレースとリボンで飾られ、靴もベルト付きの赤いエナメル。清楚な紺色は、葛のはっきりした顔だちによく似合っていた。
「なんて可愛いのなの!まるで入学式のコなの!」
 シャクティは、葛の頭をなでなでした。すると、暖房の効いた乾燥した店内のこと。静電気で、葛のまっすぐな髪が、わらわらとたくさん逆行して天へ伸びた。「あ、ゴメンナサイなの」と、慌てて手を離す。
 葛は少しむっとして髪を整えながら、「ほんとに入学式に着た服だから。俺、今回の為に、実家から送って貰ったんで」と答える。
「子供の頃は、服は姉のお古が多かったけど、入学式の時は俺が欲しいって服を買ってもらえて。すごく嬉しかったんだ。だから、もう一度コレを着てみたくて」
「それ、すごくわかるのなの!姉さんのお古ばかりって、悲しいなの!」
 シャクティも、子供相手にうんうんとかぶりを振った。

< 1 >
 外は晴天で、2月にしてはぽかぽかと暖かな日だった。風も無く、ワンピースはウール混紡の生地で、これ一枚でも葛は寒さを感じない。子供になったせいで体温が上がったのかもしれない。
 今日の予定は二つ。ネットゲームでいつも一緒に冒険している友人、彼のバイト先をこっそりと訪れることと、自分のこの姿をデジカメに収めること。写真は、街の綺麗な建物をバックにして、親切そうな婦人にでも頼んでシャッターを押してもらうつもりだ。

 奴がバイトする駅で降り、構内の人込みを歩く。7歳の身長は、急ぎ足の大人の視界に入らないらしく、ボコボコとたくさんの人とぶつかった。駅前のスクランブル交差点は、大人の時でさえ泳ぐように通らねばならなかったが、今は、バッグや肘が容赦無く少女の頭や肩を打つ。本物の7歳だったら、泣きたくなったかもしれない。
「あんた一人なの?おかあさんは?」
 横断歩道の途中で、目の高さに差し出された手。葛はそれに必死でしがみつき、向こう岸までやっと辿りついた。歩道に着いて、その手の大きさが自分と変わらないことに・・・まだ7、8歳の少女のものであることに気づく。
「子供一人で、こんな都会に来たら危ないよ」
 赤いコートのその少女も、大人の連れは居ないようなのだが。まるでここが自分の庭のような言い方をする。葛と同じくらいの髪の長さ。瞳の色は黒だったが、やや吊り目のところも似ていた。歳のわりにしっかりした印象を受ける。態度や口調はぶっきらぼうだが、教師には優等生として認められているような感じ。
「あなたも一人だよね?」
「私は母に頼まれておつかい。一人でも大丈夫だろうからって」
 それを誇りに思っているような言い方だった。それに、この歳できちんと『母』と言うのも珍しいのではないか。
『この子は・・・俺に似ているかもしれない』
 少女の頃の自分に。
 姉に追いつきたくて背伸びをしていたのか、それとも、放置ぎみだったせいで自立心が養い、たったと何でも自分でこなす子供になっていたのか。
“しっかりした子”。
 気づいた頃には、葛の身の上に、『本人に確信の無い』親や教師の信頼が寄せられていた。大人の『信頼』が、『手がかからないという安堵』と同じものだと気づかず、嬉しくて、期待に答えられるよう無理をしていたような気がする。
「おつかい、どこへ行くの?付き合ってあげようか?」
 一瞬、少女の目が安堵に緩んだ気がした。目尻が気弱そうに少しだけ下がり、口許が開く。だが、すぐにきりりと強い視線に戻り、「一人で平気」ときっぱりと言い切った。
「あんたもおつかいでしょ?寄り道しちゃダメじゃない」
 反対に、葛をたしなめた。葛は苦笑すると、「そうだね」と答える。
「じゃあ、ええと、デジカメのシャッターを押すの、頼んでもいい?」
「写真撮るの?あんた、田舎ものね」
 少女は鼻で笑う。今の心の揺らぎを誤魔化そうとする為の、意地悪だっただろうか。葛が本当に子供だったらむっとしたかもしれないが、小さな少女の生意気さは、愛らしくもあった。ふと、『ああ、俺ってもう大人なんだ』と思う。
 葛が二言三言カメラの操作を説明すると、少女は特に慌てることもなく、きちんと撮ってくれた。頭のいい子供だ。
「どうもありがとう」
「じゃあね。気をつけるんだよ」
 少女は葛に気配りの言葉を残すと、『おつかい』という大義を果たす為に、雑踏に消えて行った。
 カメラのモニターを確認する。画面には切れずに全身が入っていたし、手ブレもピンボケも無さそうだった。なかなか度胸の座った子だ。メカ慣れしているのかもしれない。それに、『え〜、できない』『わかんない』とは絶対に言わない子だろう。

< 2 >
 2つ目の計画は、ネットゲームの相棒のバイト先襲撃である。
 奴は、デパート入口のワゴンでチョコレートを販売中だった。赤地に白いハート水玉柄のユニフォームは、三十男には悲しいほど似合わない。目撃した瞬間に葛は吹き出しそうになり、こらえるとぐぐっと喉が鳴った。
 街路に面したそこは寒いのだろう、時々手の甲を摺り合わせている。バレンタインにはまだ日があるせいか、あまり売れていないらしく、ぼけっと空を見上げたり、若い女性が通るとずーっと見送っていたり、とにかく暇そうだ。足でもたまに地団駄踏んで、寒さを紛らわそうとしていた。
 ワゴンには、赤い包装紙に包まれた小箱が山積みだ。ワゴンの上部に発泡スチロールらしき物質でアーチ状に貼り付けられた、真っ赤なハートのオブジェが時々落ちて(両面テープで止めてあるようだ)、奴はそのたびに慌てて貼り付け直す。
 葛は、ショウ・ウインドウに自分を映して確認する。身長120センチ位。紺のワンピース姿の小さな女の子。22歳の時の面影は残っているが、まず気づかれないだろう。
「おじさん。くださいな」
 まるで駄菓子屋のおやじにでも声をかけるように。少しだけ子供っぽさを装って、声をかけた。奴は、ワゴンの向こう側から、背を曲げて覗き込むようにして、声の主を見つけた。
「いらっしゃいませ〜。『おにいさん』が注文うかがいましょう〜」
 寒さのせいか、揉み手をしながら呼び名を訂正する。揉み手の売り子というのは、やはりどこかおじさんぽいような。
「お嬢ちゃん、パパにかい?」
「パパと弟と・・・友だちに」
 チュコレートの包装紙は、近くで見ると、赤地に白抜きの線で天使の絵が描いてあった。天使・・・ゆったりした服をまとい、翼が生えてラッパを握っているので天使だろうと思うだけだ・・・『これは天狗?』と思わずにいられない顔だった。そう思うとラッパも扇子に見えて来る。天使と天狗では大違いだ。お客が買おうと思っても、包装紙を見た瞬間、気が変わりそうだ。
「女の子は、その『友だち』っていうのがアヤシイんだよなあ。ほんとは彼氏なんだろ?」
「違うってば!」
 ムキになって否定してしまった。奴は、小さな少女相手に、からかっただけだ。他意は無いのに。
「まだ7歳なのに、義理チョコを3個も買うんだよ。大変だと思わない?」
 奴は「あははは」と、腰に手を置きおおらかに笑うと、「そうだな」と素直に肯定した。
「ほい、三個で1500円。花の飾りとハートのシール、オマケをいっぱい付けといたぜ」
「ありがとう。・・・おにいさんにも、これ」
 葛は、使い捨てカイロを一個差し出す。
「道で貰ったけど、俺・・・あたしは、いらないから、あげる」
「おおおおお!ありがとう!お嬢ちゃん!君は将来、最高にいい女になるぜ!」
「当然さ」
 チョコ入りの紙袋を受け取った葛は、親指を立てて、片目をつぶってみせた。

 120センチが人込みで持つには、厄介な紙袋だった。人とぶつかるのを避け、葛は袋を胸に抱いて駅へ向かった。
 さっきの子は、無事におつかいを遂行しただろうか。強がった瞳が、涙で揺れるような出来事が無ければいいけれど。
 いや、そうではないかもしれない。困難はあっていい。助けを求めて、素直に手を伸ばすことができるようになればいい。理解者はきっとそばにいるのだから。
 背の高いデパートの窓たちが、陽を反射させてキラキラ光っている。スクランブル交差点、怒ったように早足だった大人達が、急に隣の人の手を取りワルツを踊り始める。白とグレイのストライプの床を、くるりくるりと楽しげに踏みしめながら。クラクションや街のざわめきが、ストリングスの奏でる甘いメロディに変わる。
 そんなイメージを描きながら、赤いエナメル靴が横断歩道を駆け抜けた。葛は、三個のチョコレートの入った袋を、そっと抱きしめた。

< END >

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

1312/藤井・葛(ふじい・かずら)/女性/22/学生

NPC
シャクティ

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

発注ありがとうございます。
ライターの福娘紅子です。
7歳の少女になっての冒険はいかがでしたでしょうか。
後で相棒さんは、「この前バイト先で、葛に似たガキんちょを見かけたぜ」なんて、楽しげに話すのでしょうか。