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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


母の想い


「あの、私、粕谷由梨と言います。あの……お願いします、母を助けてください」
 アトラス編集部にやってきた少女は、ごく真剣な表情で訴えた。
 数ヶ月前から彼女の母親の体調が悪くなり、今ではほとんど寝たきりで。少女はなんとか母親を治そうと病院を梯子したが、どんな検査を行っても異常ナシと言われるばかりだと言う。
 もしかしたら幽霊や悪い妖怪に憑り付かれているのかもしれない。そんなふうに考えて、ここまでやってきたのだそうだ。
「うーん……来る場所が違ってない?」
 ここは雑誌の編集部であり、心霊相談所ではない。こういうことなら草間興信所の方が向いてるのでは……と碇麗香は一瞬思ったが、目の前の少女は十四、五歳くらい。
 すでに病院を梯子して、心霊頼みでここに来たのならば。霊能者や占い師とコネがありそうなここに来る気持ちもわからないでもなかった。
「わかってます。でも、もう他に思いつかなくて……」
「わかったわ。知り合いを紹介してあげる。ただし、きっちり記事にさせてもらうわよ」
「あ、はいっ。えーと……本名出さないで頂ければ」
 ……切羽詰ってるわりに冷静な少女の答えに、麗香は小さな笑みを浮かべた。


◆ ◆ ◆


 いつものことと言えばいつものこと。
 今日、シュラインがここにやってきたのは、頼まれていた翻訳が終わったからだ。
 仕事の受け渡しが終わったところで、話はいつもの世間話とは少々違う方向へとずれる。
「母親の病気を治しに?」
「ええ。どうも普通の病気じゃないらしくて、それでこっちに来たみたいよ」
 そこで麗香は、心霊現象に慣れていそうで尚且つちょうどこっちに来たシュラインに声をかけたというわけだ。
「そうねえ……とりあえずは話を聞いてみないとどうにもならないわね」
 シュラインの言葉に、麗香は自信に満ちた笑みを浮かべる。
「その辺はぬかりないわよ。次の休日、彼女の家に訪ねて行く約束を取りつけてあるわ」
 それまでに人が集まらない――なんて可能性は、微塵も考えていないようである。まあ、草間興信所には負けるものの、ここも人外や能力者の集う場所だ。麗香自身がメモっているだろう各調査員への連絡先もあるだろうし。
「それじゃ、お願いして良いかしら?」
「ええ。次の休日、その彼女の家に行ってみるわ」





 今回アトラスに頼まれてやってきたのは海原みあお、シュライン・エマ、竜堂冬瑠の三人である。
「すみません、よろしくお願いします」
 通された居間で、由梨は深く頭を下げてから、三人にお茶を出してきてくれる。
「普通の病気じゃないなら、周囲に原因があるかもしれないと思うのだけど……何か心当たりはある?」
「そうだよね、最近なんか変わったことはない? あと、お母さんの調子が悪くなった理由の心当たりとか。あ、そういえばお父さんはどうしてるの?」
 シュラインの問いに続けられた、みあおの怒涛の問いにも、由梨はひとつひとつ丁寧に答えてくれた。
 父親は数年前に事故で亡くなっているのだということ。それから、調子が悪くなった理由に心当たりがないことも。
「なら、お母様が衰弱しだした頃から変わったこと……なんてのはあるかしら?」
 聞き方を変えたシュラインの言葉に、由梨はしばし考え込む。
「あ。そう言えば……。お母さんが倒れたのと同じ頃から、木が、元気ないんです」
「木?」
 こんなこと、関係ないですよね――なんて付け足して、由梨は庭に植えられている一本の木を指差す。
 確かに、常緑樹だというのに葉の色は茶色く変色しているものがあり、枝もげんなりとしていていかにも元気がなさそうだった。
「お母様は、病院にいらっしゃるんですか?」
 シュラインが考え込んだのを見て、冬瑠が由梨に声をかけた。
「いえ。お母さんの希望もあって、今は家にいます」
「ね、会わせてもらっても良い?」
 みあおが元気にそう言うと、由梨はこくりと頷いた。
「私はあっちの木のほう、見せてもらって良いかしら?」
 そっちは二人に任せるからと言うシュラインに、二人は少々不思議に思いながらも頷いた。





 木を間近で見てみても、これといった手掛かりはなさそうだった。
 シュラインがこの木に注目したのは、由梨の言葉だけではない。ちょうど、ゴーストネットの掲示板で『弱っている木の精霊を助けるのに手を貸して欲しい』といった趣旨の書きこみを見つけたからだ。
 この木が妖の類で、由梨の母親になんらかの影響を与えているという可能性はあるだろうか?
「うーん……」
 考えすぎとは言わないが、証拠がないのも確かなことで――と。木を前に考え込んでいたその時。
 聞き覚えのある声に、シュラインは首を傾げつつも門のほうへと回った。ちょうど塀の向こう側で、知った者の話し声が聞こえたのだ。
「こんにちわ。二人ともこんなところでどうしたの?」
 予想通り、そこにいたのは知った顔――水龍と、海原みそのであった。
「水龍様から、こちらの樹木の精霊が弱っているから助けるのを手伝って欲しいとお話を頂いたのです」
 同じ依頼を受けて一緒に来たのだと二人の青年――星原灯月と桐生暁を紹介し、みそのはたいして困ったふうもなく塀から覗く木の天辺を見上げる。
「ここから離れられないくらいに弱ってるらしいんですけど、勝手に入ったら不法侵入でしょう?」
「それで、どうしようかって話してたとこだったわけだ」
 灯月、暁が続けた言葉に、シュラインはぽんっと両手を打った。
「だったら、アトラスの調査員ってことにして入ればいいんじゃないかしら」
「ふむ……条件は?」
 抜かりなく問いかけてくる水龍に、シュラインは小さな笑みを浮かべた。
「条件と言うほどじゃないけど、情報交換しません?」
 そうしてシュラインは、ここに来た理由――由梨の母親が原因不明の病に倒れ、最後の頼みとして心霊関係を疑ってアトラスに訪ねて来たこと。シュラインの他に海原みあおと竜堂冬瑠がその原因を探しに来たことを告げた。
「そこの木が、お母様が倒れたのと同時期から弱ってきたって聞いたのだけど、結局原因はよくわからなくて」
「その答えでしたら、わたくしたちが持っていますわ」
 困ったふうな表情を見せたシュラインに、みそのが静かに微笑みかけた。





 知らない顔に自己紹介をするとともに情報交換をしてみたところ、現状のおおまなかところは把握できた。
 樹木の精霊は『自分を大切に育ててくれた人』の願いを叶えたくて人の姿――ここに住む少女の母親の姿をとるようになったこと。
 そうして人の姿を取り続けていたために、衰弱したため木が弱ると同時に精霊も弱ってしまったのだ。
「本物の母親の方は事故かなにかでもう死んでるらしい。さっき視た時、そんな情景が見えた」
「それじゃあ、精霊さんは、お母さんの代わりをしてるってこと?」
「ま、その辺の事情はどうでもいいさ。とにかく、精霊を元気にしてやればいいんだろ?」
 みあおの問いをまるで無視するように告げたのは暁だ。
「そうねえ、その辺の事情は精霊さんが元気になれば聞けることでもあるし」
 一行は揃って庭へと移動し、まずは暁が自身の血を与えるという手段を試してみた。
 血を与える事でしばらくの間吸血鬼に近い者にすることができ、傷の再生などが早くなるのだ。
「……効果なしっぽいかな。うーん、精霊に人間といつまでも一緒に暮らしているという暗示かけちゃだめかな。じゃなかったら一緒に連れてっちゃうとか。そうすればずっと一緒だよね」
「一緒にいれば良いというものじゃあありません。死んでしまったらなんにもならないじゃないですか」
 少々怒ったような冬瑠の言葉に続けて、灯月が口を開く。
「だからさ、しばらくでも人間の姿とるの止めてもらってその間にじっくり考えればいいと思うんだけど」
「でも、もう意識ないみたいだったよ、お母さん」
 母親が眠っていた部屋の窓を見上げたのはみあおだ。
「……わたくしがやってみます。それで目を覚ましていただければ、とりあえず今後のことを話し合うこともできますから」
 ふ――と、周囲の大地の霊脈の流れが動き出し、樹木へと力を与える。
 しばしのち。ほんの小さな小人のような姿――しかも半透明だが、そこに、樹木の精霊が姿を見せた。人間の姿をとっていないためか、母親のそれとは違う外見であったが。
「すみません、お世話かけます」
 ぺこりと頭を下げた精霊に、まず声をかけたのはみあおであった。
「ねえねえ。本当のお母さんはどうしちゃったの?」
「父親の事故の時に一緒に亡くなっています。あの方には本当に大事にしてもらいましたから……あの方が、自分の代わりに傍にいて欲しいと願われたので……私も、彼女のことは好きでしたので。だから、傍にいようと思ったのです」
 精霊の答えは充分予想の範囲内ではあったが、だが。
「古今東西、人と人外の逸話は悲劇が多くございます。微にいり細にいっても破綻するかと。それならば、その人に事情を明かした方が良き方向に“流れ”るかと思います。本当のことを明かして、力になることはできませんか?」
 みそのの言葉を聞いて、みあおはこくんと力強く頷いた。
「そうだよ。無理して一緒にいたって、先に死んじゃったら傍にいられないもん!!」
「まったく、勝手なもんだな」
 ぼそりと告げられた灯月の言葉は死んだ母親の勝手な願いか、その願いの意味を勘違いしたまま実行した精霊にか。問う者がいなかったため、答えは彼自身しかわからない。
「母親のこと由梨さんは悲しむと思いますけど、このままだと傍にいることすらもできなくなってしまいます」
 冬瑠が呟いた言葉に、精霊が考え込むような仕草を見せる。
 どちらが彼女にとって正しいのか、その答えは出せないけれど――もしかしたら、明かさないままの方が彼女にとっては良いのかもしれないけれど。
 それでも。
 彼女が本当に一人になってしまうよりは、まだ……。
「お互い想い合ってるのはわかるもの。きっと大丈夫よ」
 シュラインの言葉に後押しされるようにして。
「はい……全部、話してみます」
 精霊は、こくりと頷いて見せた。

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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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整理番号|PC名|性別|年齢|職業

0086|シュライン・エマ|女|26|翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
1415|海原みあお   |女|13|小学生
4391|竜堂冬瑠    |女|21|大学生

1388|海原みその|女|13|深淵の巫女
1390|星原灯月 |男|19|大学生
4782|桐生暁  |男|17|高校生兼吸血鬼

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         ライター通信          
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こんにちわ、お久しぶりです、日向 葵です。
ご参加いただき、どうもありがとうございました。

正体を明かしたのちの由梨さんの反応は、あえてここでは書きませんでした。
受け入れてくれるかもしれないし、受け入れてくれないかもしれない。
どちらもあり得るだけに、ここで決めてしまうよりも皆様の想像におまかせしたいと思いまして。

皆様が少しなりとも楽しんでいただけることを祈りつつ……。
またお会いする機会がありましたら、その時はどうぞよろしくお願いします。