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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


■彼岸花■

 いつも見ている風景の中にも、「見えない空間」というものがある。
 草間興信所の近くにも、それはあった。
 ゆらゆらと揺れる陽炎のような空間の中に、様々な魂が吸い込まれていくという。
 帰って来た者は殆どいなかったが、数少ない残りの生存者は皆一様に、「一面の彼岸花」とうつろに呟いているという。



 この夜またひとり、よろよろと「逃げ出して」来た男がいた。
 コンビニ帰りの草間武彦は信号待ちしていたのだが、夜遅いこともあって、彼にぶつかられた時には一瞬通り魔の類かと投げ飛ばそうとするところだった。
 だが、男がずるりとまるで生気の抜けた顔色で武彦を見上げてくると、さすがに何かあったと気付き、表情を引き締める。
「おい、どうした?」
 まさか前から噂のあった、あの空間から逃げてきた貴重な人間か───?
 よく見ると、左手に一輪の真っ赤な花を持っている。───この季節に何故か、彼岸花だ。
「おい、しっかりしろ!」
 武彦の真摯な声が届いたのか、男は、武彦が携帯を取り出し救急車を呼びつけようとするその手を弱々しく握り締め、最期の力を振り絞るように、言った。
「美しい精霊がいた」
 ───と。



■Red−その精霊の視界は赤−■

 病院に見舞いに行くという草間武彦と共に、武彦に事情を聞きやって来た者達や少し事情があってきた者───シュライン・エマ、修善寺・美童(しゅぜんじ・びどう)、羽角・悠宇(はすみ・ゆう)、初瀬・日和(はつせ・ひより)、そして一色・千鳥(いっしき・ちどり)は其々に、病院へ行く、行かないを決めた。
 美童は美童で何か策があるようだったし、他の者は一度「逃げてくることが出来た男」に会って何よりも「枯れない彼岸花」を見たいというようなこともあり、美童を抜かして病院へ向かった。
「重症患者なのに、よく通してくれたな」
 悠宇が囁きに近い声で呟くと、
「前から時々こういう患者を扱ってるから、俺が解決してくれるんならって条件で通してもらってんだよ。なんでもこういう患者は『彼岸花患者』って院内では呼んでいるらしい」
 と、武彦。
「枯れない彼岸花、って聞いて引っかかってたんですけど、この男の人がまだ持っているんですね」
 本当は悠宇が心配でついてきた日和が、ベッドに横たわる男の布団から出ている手に赤々と燃えるように咲いている、瑞々しいまでの一輪の彼岸花を見る。
「彼岸花の花言葉、『悲しい思い出』や『想うはあなた一人』よね。んー……枯れないって辺りが連れ去られた人が彼岸花に変化させられてるんじゃないか、そんな気がするのよ。もしそうだとしたら、解放できれば助けることも可能かもしれないわ」
 シュラインが呟くと、呼応したように男の唇が開いた。
 小さく、「真っ赤な哀しみ」と呟き、再び唇を閉ざす。
「よっぽど強い精神的な哀しみをぶつけられた、俺はそう思ってる。それは言ったよな」
 武彦が、ついクセで煙草に手を伸ばしかけ、やめる。
「草間さん、この男性の記憶を見ても宜しいでしょうか?」
 千鳥が尋ねると、武彦は「ああ」とぼんやりと考え込みながら頷く。
「大丈夫ですか」
 日和が心配そうに声をかけたが、千鳥は、しぃっと人差し指を立てて唇の前に持って行き、男に近付いた。
 眉をひそめ、目を閉じる。集中して───千鳥はすぐに「男の記憶」を見ることが出来た。
 それは、見ている千鳥すら呑み込もうとする「真っ赤な彼岸花」。そして───その彼岸花を見事に風に散らしている、美しい───この世のものではない衣を来た女。
「一色さん!」
 シュラインが腕をきつく掴んでくれたので、「引き込まれ」ずに済んだ。気付くと千鳥は、びっしょりと汗をかいて息を切らしていた。
 現実に引き戻され、どっと疲れが出て倒れ掛かるところを、武彦と悠宇に支えられた。
 見たものを報告すると、
「───ここに俺達がいるのも危険そうだな」
 武彦が呟いた途端、男の手から意志を持ったように彼岸花が床に落ちた。
 ハッとして日和が見るが、男は同じようにうなされている。大丈夫、死んではいない。悠宇に軽く肩を叩かれ、小さく「大丈夫」と頷く日和。悠宇のほうも安心したように小さく頷き返した。
「持っても平気だな、今のところは」
 武彦が彼岸花を持つと、病室を出て廊下を歩き始める。続きながらシュラインは、
「件の空間って、逃げてきた男性位置から武彦さんが信号待ちしていた近くかしら」
 と尋ねている。武彦が「そうみたいだ」と答えるのを待っていたように、彼女は続ける。
「あの周辺で、彼岸花に纏わる何らかの話や被害者と思われる行方不明者達の共通点……事故加害者経験や亡くなった近しい方がいる等々……そして精霊の名前や悲恋、別離等逸話や伝説等の有無や内容等情報収集してみるわ。それと、空間といえばザクトさんでしょ? 圭雫真さんだと同調で互いに苦しませてしまいそうだし、ザクトさんと連絡を取れるようにしてもらえないかしら」
「分かった」
「シュラインさん、それ俺と日和も手伝うよ」
 悠宇が、日和がついてきていると確認しつつ追ってくる。
「その空間のこと、噂には聞いてたけど。そこに吸い込まれた人ってのには何か共通点でもあるんだろうか? 草間さん、何か知らない? ありがちな線としては『美しい精霊』に魅入られた男ってところなんだけど……」
「それは俺も考えた。残念ながら今回の件まで、俺は捜査に乗り出そうと思ってなかったんだよな」
「じゃ、どうして今回は?」
 日和が尋ねると、武彦は病院を出たところの自動販売機で缶コーヒーを買いながら、星空を見上げる。
「苦情が来たから」
「え?」
 シュラインが、千鳥もちゃんとついてきていることを振り返って確かめながら、眉をひそめた。
「ちょっと武彦さん、苦情って誰から」
「誰って、そこらの住人から」
「そこらとは、草間興信所のご近所の方からですか?」
 と、ようやく息も整ってきた千鳥に、武彦はこくりと頷いた。実は千鳥も、店の常連客の一人が急に来なくなってどうしたのだろうと思っていたところ、その客といつも一緒に来ていた別の客が、ふと「もしかしたら、あいつ……。あの『見えない空間』ってやつに引き込まれちまったのかも……」と呟いたので、そういうことに詳しい草間興信所にやってきたのだった。
「いやだわ、草間興信所っていえばすっかり不思議怪奇系解決所と思われて」
 シュラインが憤慨するが、それは今までの行いというかやってくる事件が悪いというか、仕方がないだろう。
 その時向こうから、苛々したように空き缶を蹴り飛ばしながら美童がやって来た。
「なに、苛々して」
 足元に転がってきた空き缶を、日和に当たらないようにと自分の足で受け止めた悠宇が、同年齢の彼に声をかける。
「大方、黒架(こか)の気分を損ねて思ってた策がうまくいかなかったんだろ」
 武彦がコーヒーを煽りながら図星をさすと、美童は舌打ちした。
 修善寺財閥の情報網で黒架と連絡を取り夕食に招待し接待、黒架が無礼で挑発的態度で臨んでも構わず、互いの利益の為闇取引で協力関係を結ぼうと提案したのはいい考えだったと思うのだ。なのに、何が悪かったのか、黒架は夕食の席にも現れなかった。それどころか、「今後一切俺の傍に近寄るな」とまで言われてしまった。一体何が悪かったのか。
 すると、「ばっかだなーお前」と武彦は笑った。
「黒架はな、闇取引はしてるらしいけど。そういう接待だのうざったい人間関係だの馴れ合いは一切しないって評判なんだよ。普通の人間じゃないんだから、何考えてるか分からない人間に余計な知恵は使わないほうがいいぜ」
「でも黒架さんの四次元認識能力、今回の解決に繋がると思ったんですよ」
「だからその考えが駄目なんだって。黒架は黒架の世界、俺らには俺らの世界があるんだから。せいぜい何らかの質問にとどめとくんだったな。黒架はもう以前の事件以来、よっぽどのことがなけりゃ、一切俺らの世界の事件なんかの解決のために動きゃしないよ」
 飲み干した缶コーヒーを、武彦はゴミ箱に放る。
 それ以上美童は突っ込まなかったので、話が終わったと踏み、千鳥が武彦に向き直る。
「草間さん、その彼岸花。少しの間、私に貸して頂けませんか? 皆さんが情報収集ならば、私はこの彼岸花を調べてみたいのです」
「ああ、構わんが……また引きずり込まれそうになったら気をつけろよ」
「はい」
 武彦から、慎重に、ハンカチ越しに千鳥は彼岸花を受け取る。
「美童さん、よかったら私達と情報収集しませんか?」
 日和の気遣いに、美童はまだ不機嫌そうに頷いた。
「どうせ他に考えてた計画もお釈迦だし、でも様々な魂が吸い込まれる『空間』には興味はあるし、やるよ」
「日和にヘンな真似するなよ?」
 悠宇が顔を近づけ、小声で牽制すると、美童は、ふっと笑った。
「しないよ? ボクが興味あるのは魂だから。女なんかなんの足しになるのさ」
 むっとした悠宇だが、シュラインが「まあまあ」とその胸を抑え付け、
「じゃ、今夜から始めましょう。お互い、何かあったら携帯でね。集合場所は興信所で」
 そして、捜査が始まった。


■Crimson−燃える海−■

「彼岸花に纏わる話は知らんが、あるよ、逸話なら。かなり大昔のものだけどね」
 美童がその話を掴んだのは、武彦が信号待ちをしていたという場所がちょっと首を出してみれば見える、そう離れたところではないタバコ屋の老人からだった。
「逸話って? 伝説みたいなものですか?」
 しかし随分遅くまでタバコ屋もやるようになったんだな、と思いつつ、美童は聞いてみる。
「まあ、伝説だね。200年以上も昔の話だから。
 その話っていうのは、こうだ。
 花天界というものがあってね、そこには様々な職務を持ち美しい姿をした花の仙人や精霊たちがいた。天界、というからには厳しい掟も幾つかあってね。例えば───そう、花の精霊が下界、つまりこの世界の人間に恋をしたら下界に堕とされる、とかね」
「分かった!」
 突然の悠宇の声に、美童は驚いて顔を上げる。悠宇は気付かないように、老人に向けて口を開く。
「昔にその花の精霊か仙人が人間に恋して、それが元で『見えない空間』ってんだろ? やっぱり」
「おい、羽角」
「そうなんだよ。人間の男に恋をしたのは全ての赤い花を総べる至って位の高い精霊───紅咲羅(べにざくら)という美しい精霊。そしてまた人間の男も紅咲羅に恋をし、だがあまりの清浄さに人間の身体は耐えられず、花の精霊の中でもまたもっと位の高い、下界と花天界とを見る役目の特殊な花仙人に会いに行った───清浄な気に身体を灼かれながら、それでも『自分も花の精霊にしてほしい』とね」
 美童の声を遮るように、老人は悠宇のほうとも美童のほうともつかぬほうを見つめつつ、喋る。その時には悠宇のほうも美童に気付いていたが、老人の話が先、と二人は話を聞いた。お互いにいつでも話すことは出来るが、なにしろタバコ屋だ、いつ閉まるか分からない。
「それで、その男の人は精霊になることができたのですか?」
 その声に、美童も悠宇もギョッとした。こちらもいつの間にか、日和が美童の、悠宇とは反対側のすぐ隣に立っていたのだ。三人とも分かれて情報収集をしようということにしたのに、これでは意味がないではないか。
 美童がため息をつき、日和が驚いたように二人に気がついた。
「悠宇、……美童さん」
「なれたよ。精霊に。だがね、人間が花の精霊になるには相当魂を浄化されなくちゃあならない。その男は長い年月を魂を灼かれる痛みと苦しみに苛まれ、精霊になった頃には───何もかも、忘却の彼方だった。男を花精霊にした花仙人は自らを責め、その『気』が知らぬうちに女精霊と男精霊の生み出す互いを探す『気』と混じり───今で言う『見えない空間』をここに作り出した、ってわけさ」
 そこで三人は初めて、何かがおかしい、と気付いた。
「あの、……お爺さん、ありがとうございました。あとは私達、なんとかしてみますから」
 日和がお礼を言っている間に、悠宇は興信所にいてザクトと話しているはずのシュラインの携帯に、今聞いた話を伝えている。
 ため息をついた美童は、ふと、老人の魂に『異変を感じて』視線を戻した。
「……何百年と続く、この『自戒の気』と『恋人を求める気』、そして『忘却の気』は───今まで誰も解決出来なかった……これからも、そうだ……」
「「「!」」」
 老人の姿が、みるみるうちに昏く消えていく。タバコ屋が、みすぼらしい、小さな祠に変わっていく。
「ひよ───」
 り、と言いかけた悠宇の言葉が、止まる。
 美童の向こう側にいる日和の手を掴もうとしたのに、見えない壁にぶつかったように、空間の途中で止まったのだ。
「悠宇!?」
 日和が、音もしない見えない壁を、向こう側から叩いている。美童もとん、と叩いてみたが、どうやら日和・美童側と悠宇とに分かれてしまったようだ。
「声は聞こえるのに───どういうことかな」
 再びため息をついた美童は、携帯を取り出し、一応武彦にもその事を連絡した。
 そして顔を上げた時には───悠宇の姿はなく、日和と共に真っ赤な海にいた。
 否。
 悠宇もまた、「別の空間」で同じように真っ赤な海に───いた。



「開かずの扉?」
 武彦が頼み、興信所に来てもらった牙道・ザクト(こどう・─)にお茶を出しながら、シュラインは聞き返した。
 ザクトはお茶には手を伸ばさず、「ああ」と眼鏡を中指で押し上げる。
「余程の例外がない限り、俺に管理出来ない『空間の扉』はない。だがたまに、別世界───異界の者が何らかの拍子で『創ってしまう見えない空間の扉』がある。俺達管理者は、それを『開かずの扉』と呼んでいる。何故なら、その扉だけは俺達管理者の手でもどうしようもないからだ」
 どうにかできるとしたら、人間が起こす奇跡だけだろうな、と言う。
 ふと、考えていたシュラインの目の端で、彼岸花を調べていた千鳥がぴくりと身体を動かし、危うく彼岸花を落としそうになった。
「大丈夫、一色さん?」
 駆け寄ると、千鳥は「ええ、すみません」と一筋冷や汗をかきながら空中で受け取ることに成功した彼岸花に再び視線を落とす。
「こちら側に来た彼岸花は、生花でありつつ、その空間と繋がっている現のものではないのかもしれない……そう考えながら調べていたら───まるで、人間の体内を見ているような錯覚を」
「……この、彼岸花が……?」
「はい」
 今でも、千鳥の指にどきりとするほど強く「脈打った」心臓のような感触が残っている。
「すみません、少し外の空気を吸ってきます」
 妙に興信所の中が息苦しかった。
「俺が持っておく」
 千鳥の手から、そう言ってザクトが彼岸花を取り上げた。この花に「つられて」彼までもがその「見えない空間」に行ってしまっては、と思ったのだ。
「気をつけろよ、興信所の扉のすぐ外、そこからは動くんじゃないぞ」
 武彦が釘を刺すと、千鳥は「分かっています」と弱々しく微笑んで頷き、出て行く。
 その時、シュラインの携帯が鳴った。
「はい、シュラインです。あ、悠宇さん?」
 どうやら、美童や日和と手分けして情報収集に行っていた悠宇かららしい。やがて話を聞いていたシュラインは、「なんですって」と表情を険しくした。携帯を切り、三人が聞いたことを武彦とザクトに手早く話す。
「タバコ屋なんかあんなところになかった筈だ」
 武彦が上着を手に取り、靴を履く。
「おい武彦、お前だけじゃ危険だ。空間の管理者である俺も調査する義務がある。そこに案内してくれ」
 立ち上がるザクトに頷いた武彦の携帯が、今度は鳴った。
「私も行くわ」
 靴を履いているシュラインの後ろで、武彦が「なんだって?」と先ほどのシュラインと同じような声を上げる。
 武彦が美童から聞いた「不思議な見えない壁」のことをザクトとシュラインに話すと、シュラインはそっと窺うように扉を開け、
「一色さんがいないわ」
 と外に出た。
 興信所を出てすぐの自動販売機の脇、その信号のところにどこかぼんやりとした彼を見つけ、シュラインは名前を呼びながら駆け寄っていく。
 ふと、何かに気付いたザクトが武彦の背を一度叩いて走っていく。
「シュラインさん、それ以上行くな!」
 え、と振り返ったシュラインは、だが、ザクトと武彦の目の前で───千鳥と共に姿を消してしまったのだった。



■Flare−灼熱の花−■

 愛しのひとの魂に
 花のともしびつけとくれ
 提灯もって みちゆけば
 ともしびこたえて きらきらわたしの目にとまる
 共に業火もいとわぬと
 誓ったあのひと どこにおる
 どうか教えてくりゃしゃんせ
 誰も知らずや 愛しいひとの
 いばしょを教えてくりゃしゃんせ


 真っ赤な海───その中を、美しい衣を纏った髪の長い美女が、狂ったようにその唄を唄い歩いている。
 いや、それは海ではなく─── 一面の彼岸花、だった。
 彼岸花のほかには、何もない。
 ただ曇天の空が、彼岸花と共にどこまでも続いているだけだ。
 ───見えない空間に、入ってしまったのだ。いや、これは話に聞いた何者かの陰謀とも考えられる。
 ごくりと唾を喉の奥に送り込んで気持ちを落ち着かせた悠宇は、ふと小さく名を呼ばれて振り返った。
「シュラインさん」
「しっ」
 シュラインも、ここに来ていた。
 だが───何故、他の者もここに来ていないのだ?
「ザクトさんも武彦さんもお呼びじゃないようね……『見えない空間』って二つあったのよ、恐らく」
 シュラインが、美女のほうからこちらに気付かぬうちは、と声を潜めながら辺りを観察する。
「お呼びじゃないっていうか、単に乗り遅れただけかもしれないけど───二つあったって」
 聞こうとして、悠宇は、「そうかもしれない」とタバコ屋の老人に化けていた、恐らくは「花仙人」の言葉を思い出す。
 ふと、唄がやむ。
 美女がこちらを向いていた。虚ろな、黒曜石のような哀しい瞳で。
「そなたたち、わたくしの愛しいあの人を知りませぬか?」
 ちらりと、悠宇とシュラインは一瞬視線を交わす。
「知ってるかもしれないわ。特徴はどんな感じなのか、出来たら教えてください」
 丁寧に、シュラインが極力優しく尋ねる。
 ふと、それを聞いた美女の視線が虚空を見つめる。
「特徴───そう、あの人の髪はわたくしのように長く、瞳も純粋で黒く───手首に、小さな頃に出来たというこの花のような痣がありました」
「この花───彼岸花のことですか?」
 シュラインの確認に、こくりと頷く。
「彼岸花はあの世とこの世を繋ぐもの───小さな頃にあの人は大病を患い、高熱が去った後遺症のように彼岸花の痣が手首にできたのです───」
 そういえば彼岸花って、お彼岸に咲くものだっけ、と悠宇は焦る中思い出す。
 す、とその手が恐ろしいほどに冷たい指に絡めとられた。シュラインが止める間もなく、美女が彼女の隣をすり抜けて悠宇の傍に、まるで瞬間移動のように移動していた。
「あの人は死んだのやもしれぬ───ならばそなたはあの人の生まれ変わりやもしれぬ。彼岸花に姿を変えねばあの人の生まれ変わりの証」
「っ!」
 掴まれた指からの痛みに、悠宇は思わず身体を竦める。
「待って」
 シュラインが、強く静かに、美女の肩に手を置こうとして弾かれたようにその手を押さえた。物凄い痺れが襲ったのだ───何者も邪魔をさせぬ、という風に。
「待って───紅咲羅さん」
 悠宇から聞いた、老人───花仙人の話の中に出てきた女の花精霊の名を思い出し、シュラインは再び冷静に声をかける。
「何故、愛した人が死んだと思うの?」
 ぴくりと、紅咲羅の肩が揺れる。悠宇のほうを向いたまま、声が返ってきた。
「待てども待てどもあの人は来ない───花精霊になったとは聞いたけれども、花精霊ならば新たな名を与えられるはず───けれどその名も聴こえてはこない……わたくしを愛する心は確かだった、なのにこれほど待ってもあの人は来ない───」
 それならば、死んでいる他にないはず。
 そう言う紅咲羅の言葉に、悠宇は痛みと共にたまらなくなってその手を掴み返した。
「俺の名は悠宇。羽角悠宇だ。俺、どうしても離れたくない相手、帰りたい場所があるから、ここから帰してくれ、頼む」
 紅咲羅の瞳が、見開かれる。構わず、悠宇は続けた。
「自分が戻らなかったら心配したり悲しんだり、しまいには壊れてしまうんじゃないかって容易に予想できる大事な相手がいるんだよ。あんたが閉じ込めてる人達にもそんな相手がいる筈なんだ。そうやってこんなことして迷い込んじまった人間を彼岸花にして捉まえてるあんたに、その愛した人があんたに向かって心からの笑顔を見せてくれると思うのか?」
 一瞬紅咲羅の手の力が緩み、悠宇は自分の手を身体に引き寄せ、痛みの呪縛から逃れることが出来た。
「人間の時の名前だっていいと思うわ」
 シュラインが、彼岸花を一輪一輪見下ろしつつ、優しく声をかける。
 狂女となってしまった紅咲羅の瞳がこちらへ向いたのに気付き、力強く言った。
「会いたかったら、その人の名前を呼んだらいいと思うわ。人間の時の名、それでもいいじゃない。あなたが愛したのは、人間だった時のその人なのだから」
 花精霊の新たな名を知らないのなら、人間だった時の名でもいいではないか。
 愛しい者を呼ぶのなら、それがどんな名でも。
 本物の愛ならば、相手は必ずこたえてくれるはず。
 紅咲羅の唇が震え、永く───本当に永く声にしていなかったその名を、
                                呼んだ。




■Transparent−全て回帰に−■

 紅咲羅が愛しい者の名を呼び、それが互いの空間の壁を一瞬通り抜け、男の耳に届いた、その時。
 ざあっと、透明の風が吹いてどちらの空間もどちらからも見えるようになった。
 同時に、彼岸花が次々に消えて行く。恐らく、元の人間の姿に戻り、一足先に「元の世界」へと戻ったのだろう。
 紅咲羅が再び、男の名を呼ぶ。
「泉緑(いずみ)さん───」
 と。
 冷たかった空間に、暖かな風が吹いていく。男がゆっくりと、女を振り返る。視線が合った。
「べに、───」
 男の声は、あとは言葉にならなかった。紅咲羅の瞳に生気が戻り、どちらからともなく走りより、抱き合った。
 何百年の時をこえ、やっと。
 やっと、ひとつの愛は再会できたのだ。
 それが分かり、同時に事件解決も悟り、こちらも再会することの出来た5人は微笑み合う。
 薄れていく空間、そして天に昇ってゆく花精霊二人を見守るように、5人の後ろにあった祠が、自らの意志のように毀れた。
 明け方のやわらかな陽の光を浴びてこちらもようやっと自分の咎を赦すことの出来た花仙人が、姿を現す。
「やれ、織泉緑(しきいずみ)と紅咲羅もようやく結ばれた。そなたたちには、いずれ必ず、この恩を」
 ゆるやかに微笑み、ゆっくりと姿を消していった。



「ザクトの言う通り、祠の前に座ったまま彼岸花をザクトがなんとか感知した『空間のひずみ』に押し当てて一部始終聞いてはいたが、ほんっとに心配したんだからな。いいかお前ら、」
 興信所に戻ってきた武彦はそこで、心配から解放された勢いで言おうとした「金輪際依頼に拘わるな」という心にもない言葉を、やっとのことで呑みこんだ。
「お前ら───ホントに心配かけるなよな、これからは」
 どうせ行くなら俺もつれてけ俺も、と、既にソファで眠りに落ちている全員に呟く。
「武彦さんは、待ってるよりも動いていないと駄目なのよね」
 眠りに落ちかけていたシュラインのその笑みを含んだ言葉に、武彦は慌てる。
「そんなことを言うな。まるで俺が子供みたいじゃないか」
「私から見れば、武彦さんは子供のところ、結構あるわよ?」
 目も覚めちゃったし、お茶淹れるわね、とソファから立ち上がるシュラインの腕を、武彦がそっと掴む。
「本っ当に心配したんだからな」
「……ええ。……ありがとう」
「夫婦同士惚気るのは俺が帰ってからにしてくれ。ま、ともかく俺からも礼はそのうちする。なにしろ何百年と困っていた『開かずの扉』を解決してくれたんだからな」
 壁に寄りかかり、存在を忘れられかけていたザクトが、眼鏡を押し上げながら微笑む。
「まだ夫婦じゃありません!」
「これからなるんだ!」
 殆ど同時に言った武彦とシュラインのその言葉に、ソファから一斉に飛び起きた4人が、矢継ぎ早に質問を浴びせかける。
「なに、草間さんたちってそういう関係だったんですか?」
「常連のお客様の何人からかは噂に聞いてはいましたが……」
「ね、婚約はしてるってことですよね、いつご結婚なさるんですか?」
「日和、キスの瞬間まで寝てるふりって言っただろ」
 美童、千鳥、日和、そして最後の悠宇の一言で、実は全員が寝たふりをしていたことに気付いたシュラインと武彦は、真っ赤になって俯いた。
 こんなふうに、今頃花天界で、あの二人も仲睦まじく暮らしていればいい、と。
 なんとなく、誰ともなしに微笑ましく思うのだった。



《完》
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ (しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
0635/修善寺・美童 (しゅぜんじ・びどう)/男性/16歳/魂収集家のデーモン使い(高校生)
3525/羽角・悠宇 (はすみ・ゆう)/男性/16歳/高校生
3524/初瀬・日和 (はつせ・ひより)/女性/16歳/高校生
4471/一色・千鳥 (いっしき・ちどり)/男性/26歳/小料理屋主人
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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。去年の7月20日まで約一年ほど、身体の不調や父の死去等で仕事を休ませて頂いていたのですが、これからは、身体と相談しながら、確実に、そしていいものを作っていくよう心がけていこうと思っています。覚えていて下さった方々からは、暖かいお迎えのお言葉、本当に嬉しく思いますv また、HPもOMC用のものがリンクされましたので、ご参照くださればと思います(大したものはありませんが;)。

さて今回ですが、ちょっと花に関連した、その都度で終わる短編シリーズみたいなものをやってみたいな、ということで始まったのがこの「■彼岸花■」です。次の花ネタはいつになるかわからないのですが、様子見として今回OPを出させて頂いたのですが、結構皆さんいいところをついてきてくださり、筋書きも考えやすかったのですが、サイトのほうにも書きました通り一週間のブランクがあるゆえかなかなか筆が思うように進まず、1ノベルに2日かかったのは珍しいです。
でも、こうして無事に事件も解決できましたし、ホッと一息ついております。
また、今回は章の名前が色の名前、日本語で言いますと「レッド、クリムゾン、フレア、透明」とまたまた安直なものになってしまいましたが、「フレア」の部分、紅咲羅側(シュラインさん、悠宇さん)と織泉緑側(美童さん、日和さん、千鳥さん)に分けて書かせて頂きましたので、もう片方のほうも是非、お暇な時にでも。

■シュライン・エマ様:いつもご参加、有り難うございますv 場所の特定、推測をしてくださったのでとても進めやすかったです。どなたが場所の特定をあの短いOPでしてくださるかな、と楽しく待っておりましたところ、シュラインさんが書いてきてくださりましたので、惜しくもあり、また、安心もしましたが、今回は如何でしたでしょうか。最後の辺りは……ご愛嬌ということでお許しください(笑)。
■修善寺・美童様:初のご参加、有り難うございますv そしてPL様ではいつもご参加有り難うございます。今回策を丁寧に書いてきて下さったのですが、OPの「ライターより」にあります通り、そして今回ノベルで草間氏が言っていた通り、NPCに質問は出来ても、協力は頼むことが出来ませんでしたので、美童さんのわたしなりに掴んだ個性を尊重しながら、こんな風にアレンジさせて頂きました。NPCが結果的に解決することになると、依頼の意味がなくなってしまいますので……その辺りをご理解頂けたら、と思いますが今回は如何でしたでしょうか。
■羽角・悠宇様:いつもご参加、有り難うございますv 空間に入ってから実は一番ハラハラしていました。悠宇さんならまず真っ先に日和さんのことを考えて行動してしまうところを、なんとか抑えて頂きつつ描写させて頂いたのですが、如何でしたでしょうか。因みに、最後はやっぱり「寝たふり」を考えそうな悠宇さんの、安心した、という意思表明と共にあんな言葉を言って頂きましたが、その後草間氏に追いかけられたりしなかったかどうか……(爆)。
■初瀬・日和様:いつもご参加、有り難うございますv 悠宇さんが心配、というほうが先ではあっても、こういう展開なら日和さんなら、真剣に取り組んでしまうんじゃないかな、と思いつつ、特に空間の中に入ってからのあんな感じの言葉になりましたが、如何でしたでしょうか。因みに空間から出た瞬間、悠宇さんと思わず抱き合ったであろうことを確信しているのはわたしだけでしょうか(笑)。
■一色・千鳥様:いつもご参加、有り難うございますv まず入院している男性の記憶、そして彼岸花を調べる、ということで他の参加者様とはまた別のハラハラがありましたが、怪我を負わずに済んでよかったです。彼岸花を通して「引き寄せられた」のは申し訳ないと思いつつ、やはり彼岸花が実は姿を変えられた人間である以上は、と思いまして書いていました。着眼点には、本当に脱帽致しました。と同時に書き手として助けられた面もありましたが、千鳥さんとしては如何でしたでしょうか。

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。今回はその全てを入れ込むことが出来て、本当にライター冥利に尽きます。本当にありがとうございます。花精霊の二人のことをあまり細かく書けなかったことが少々心残りではありますが、それはまたいつかの機会に、ということで。まあただ、青年のほうがどのように紅咲羅と惹かれあっていったのか、とかあまり関係のないことなのですけれども(笑)。カンのいい方は、あの「左手首の彼岸花の痣」で大体お察し下さると思います。だから空間にあったのも人間が姿を変えられたものが彼岸花だった、ということでもあるのですけれども。
彼岸花は本当に、毒々しいとか言われていますが、わたしは基本的に花が大好きなので、彼岸花も例外ではなく大好きです。因みにあの紅咲羅が狂ってから唄っていた唄は完全に東圭の創作ですのでご了承くださいませ☆

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆
2005/02/17 Makito Touko