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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


異界誕生


 それは、一台のベンツがベンツという高級車の似つかわぬ家の前で止まってしまった事が発端であった。
「お」
 守崎・啓斗(もりさき けいと)は家の前に止まった車に気づき、干していた洗濯物の手を休めた。
「うちに、客か?」
 ぽつりと啓斗は呟き、緑の目を気配のした方に向けた。手にしていた洗濯物を手早く干してしまい、裏庭から道路へと出ていった。気配の主を確かめる為に。
「ここは、駐車違反にはなりませんか?」
 突如聞こえたのは、大人びた声であった。
「これだけ道幅がありますし、駐車禁止という表示もされていませんから。わたくしめが先に調べておきましたから、大丈夫です」
 声に答える、同じく大人びた声。その二つの声の主に、啓斗は聞き覚えがあった。目星をつけ、車のあるところまで歩いていき、ぺこりと頭を下げた。
「こんにちは、セレスティさん、兎月さん」
 そこにいたのは、セレスティ・カーニンガムと池田屋・兎月(いけだや うづき)であった。二人は挨拶をしてきた啓斗に気づき、微笑む。
「突然すいません、啓斗君」
 セレスティはそう言い、青の目を細める。
「たまたま、近くに来たものですから」
 兎月もセレスティの言葉を受けてそう言いながら、同じく青の目を細めた。
「こんな所で立ち話もなんですから、上がっていってください」
 啓斗はそう言い、自分が出てきた裏口から入っていこうとした。セレスティと兎月は顔を見合わせ、啓斗の後に続いて裏口に向かおうとした。気配でそれに気づいた啓斗は、くるりと振り返って真顔で首を振る。
「ここは裏口なので、お二人は表から入ってください。うちには玄関が存在しますから」
「裏口からは、入ってはいけないんですか?」
 セレスティが尋ねると、兎月はぽんと手を打つ。
「そうでしたね。……セレスティ様、ここは家人だけが通っていい所なのです。わたくしたちは啓斗様にとっては家人ではなく客という存在なので、表の玄関から入らなくてはならないのですよ」
「ああ、そうなんですね。分かりました。では、玄関からお邪魔する事にしましょう」
「是非そうしてください」
 兎月の言葉に納得するセレスティに、啓斗は力強く同意した。
「では……入り口は、こちらで宜しいでしょうか?」
 セレスティはそう言い、玄関の方向を指差した。啓斗はこっくりと頷く。そして、二人を改めて出迎える為に素早く玄関へと回った。
 だが、玄関についても二人はいなかった。良く見てみると、玄関の前に二つの影があるようだ。啓斗は首を傾げつつ、玄関の戸を開けた。
「どうしたんですか?二人とも。入ってきたらいいのに」
 啓斗がそう言うと、二人は顔を合わせてにこやかに微笑む。
「インタフォンを探していたのですが、なかなか見つからないのでどうしたものかと兎月と相談していたんです」
「わたくしめが啓斗様を呼びに参るかどうかをセレスティ様と相談しておりました。ですが、先ほどお会いしたというのに呼びに行くというのもまた変な話だと」
「それで、どうしたものかと相談していたのですよ」
 にこやかに話す二人に、啓斗はとりあえず「はあ」とだけ答えた。正確に言えば、どう答えていいのか分からなかったために「はあ」としかいえなかったのだ。
「……どうぞ」
 啓斗はにこやかな二人をともかく家にあげることにした。二人とも「では」といいながら玄関の中に入る。
「今日は良い天気だから、縁側で話しましょうか。温かいし」
 暖を取る為の機械を稼動させる必要もなくなるし、と啓斗は心の中で付け加える。
「それはいいですね。うちには縁側という場所はありませんから」
 セレスティはにこやかに答える。
「そうなんですか?」
「ええ。日光を取り入れる場所ならばあるのですが……」
 少しだけ残念そうにセレスティは言う。啓斗は同じように残念そうな顔をする。
「縁側はいいですよ。夏は涼が、冬は暖が取れるから」
「素敵な場所ですね」
 兎月もにこにこと笑いながら頷く。因みに、カーニンガムの屋敷にはサンルームという場所ならば存在している。が、セレスティも兎月も言わなかった。縁側という響きに素晴らしいものを感じ取っていたからかもしれない。
「今、お茶を持ってきますから」
 啓斗はそう言いながら座布団を二つだし、縁側の近くに置いた。そしてお茶を入れるために台所へと消えていった。
「ああ、これは素敵ですね。庭が一望できる……」
 セレスティは微笑みながら座布団にちょこんと座る。因みに、守崎家の庭には現在食欲旺盛な弟の腹を少しでも助ける為の家庭菜園やら、何故か存在している盆栽や、先ほどまで啓斗が干していた洗濯物やらがあった。一望して楽しいとは思えないような景色ではあるのだが。
「本当ですね、セレスティ様。このような場所が屋敷に無いのが悔やまれるほどです」
 兎月は大きく頷いた。カーニンガムの屋敷にあるバルコニーやらサンルームやらは頭には無いようだ。
「お茶、どうぞ」
 暫く庭を眺めながら話していたセレスティと兎月の前に、お茶が置かれた。二人は「有難う御座います」とぺこりと頭を下げながら茶を啜る。
「お茶、入れ方がお上手ですね」
 まず口を開いたのは兎月であった。料理人として、茶の入れ方に大変満足したようであった。
「有難う御座います。……一番高い茶葉だし」
 ぼそり、と礼の後に付け加えられた啓斗の言葉は、幸いにも兎月にもセレスティにも聞こえなかったようだ。
 出された茶に用いられた茶葉は、守崎家に存在する茶葉の中で一番高いものである。美味しくないわけが無い、と啓斗は考える。尤も、兎月とセレスティにとっては飲みなれた茶葉なのだが。
「そういえば、ここに来る途中で随分人の並んでいる店があったのです」
 唐突に、セレスティは口を開く。
「見れば、宝くじとあって。あんなに並ばなければ買えない人気商品なのだろうと思ったのです。ですが、もう少し行った先の宝くじを売っている店は全く人が並んでいなくて」
 セレスティは小さく溜息をつく。
「どうしてなんでしょうか?」
 セレスティの疑問に、兎月が「ああ」と納得する。
「それで、あんなに車内で考え込んでらしたのですね」
「そうなんです。売り切れているわけでは無さそうなのに、全く並んでいない宝くじ屋。かと思えば長蛇の列がある宝くじ屋……」
 はあ、と大きな溜息までつく。余程疑問に感じたのであろう。
「宝くじというのは、まとめて買わないと意味がないと聞いた事がある」
 ぽつり、と啓斗が呟いた。
「買い方としては『連番』と『バラ』というのがあるらしい」
「ああ、それならばわたくしめも聞いた事が。富くじというのは、番号によって当たるということですので」
 兎月も納得する。間でぽつりと入った「富くじ」の言葉には、幸か不幸か誰も気がつかなかったようだった。
「なるほど。という事は、並んでいない店というのは、まとめて買えるほどには宝くじが残っていないのでしょうか?」
 セレスティが自分の考えを言うと、啓斗と兎月が小さく頷く。
「だろうな。逆に、たくさん並んでいるという事は在庫がたくさんあるという事でしょうから」
 啓斗はそう言って結論付ける。
 宝くじで並んでいたり並んでいなかったりする差は、高額の宝くじを過去に売ったことのあるかどうかなのだが、そのような事実は三人とも気づかなかったようだった。いや、寧ろそのような事実を三人に説明したとしても、自分達の導き出した結論が一番正しいのだと思うかもしれない。
 兎月は「そういえば」と続ける。
「どれくらい買うのが普通なのでしょうか?」
「どれくらいというと……枚数ですか?」
 啓斗が尋ねると、兎月は頷く。
「そうです。まとめて買うといっても、どれくらいが普通なのかと思いまして」
 兎月の疑問に、セレスティと啓斗がうなる。
「普通……という基準が、買った事が無いから分かりませんし」
 セレスティが言うと、啓斗も頷く。
「俺もです。……そうだ、お二人は買うとしたらどれくらい買いますか?」
「一枚、いくらでしょうか?」
 兎月が尋ねる。単価が分からなければ、何枚買うかどうかも分からない。そこは充分正しい判断である。
「確か、300円くらいだったかと」
 啓斗が答える。今は様々な値段の宝くじがあるが、おおよそは300円くらい。そこも充分に正しい記憶である。
「そんなにも安いんですか?」
 セレスティが驚く。啓斗は首を傾げる。兎月はにこにこと様子を窺っている。300円という値段は、セレスティにとっては安く、啓斗にとっては高く、兎月にとってはよく分からないらしい。三人の金銭感覚は見事にばらばらである。
「安い、ですかね?」
 啓斗が口にすると、セレスティはこっくりと頷く。
「安いです。何故ならば、数字によっては1億円が当たったりするのでしょう?それが、300円ですよ?」
 強く言うセレスティに、兎月は「……いいえ」と続ける。
「ですが、セレスティ様。その1億円を当てるのが至難の技なのです。ですから、たくさん購入するのではないでしょうか?」
 兎月がそう言うと、セレスティは「なるほど」と言いながら頷く。
「だからこそ、皆さんは在庫のたくさんある宝くじの店に行く訳ですからね」
 セレスティの言葉はどこかしら違ってはいたのだが、誰も突っ込まない。否、それが事実だと思っているのだから、突っ込む筈がない。
「という事は、少々の数を買っていてはどうしようもない……と言う事ですね」
 兎月がそう言い、顔を上げた。
「では、100枚くらいは買った方がよいのでしょうか」
 兎月はそう言い、ぐっと拳を握った。100枚ということは、一枚300円だとすれば3万円。買えない枚数でもないが、当たるかどうかを楽しむ娯楽である宝くじの割には高い。
「いっそのこと、1,000枚くらいは買った方がよいのではないですか?」
 セレスティはそう言い、頭の中で計算する。合計30万円。普通は絶対に買わないような値段である。もっとも、セレスティにとっては大した金額ではないのかもしれないが。
「俺はそんなには買わない。50枚くらいなら何とか……」
 家計簿を取り出しながら、啓斗は呟く。どうやら、1万5千円くらいが宝くじに費やせるギリギリの金額なのだろう。
「でも、それでは中々当たらないのでは?」
 尋ねるセレスティに、啓斗はにやりと笑う。
「買い方が二通りあると言ったじゃないですか。どうやら『バラ』の方が、当たる可能性が高いらしいんです」
 それは運によると思うのだが、啓斗はそのように聞いてしまったらしい。一般的には、連番ならば通常当たる300円を手堅く得る事が出来、バラは一種の博打に近いのだといわれている。
「バラ……響きが美しいだけありますね」
 セレスティがにこやかに微笑む。バラとはばら銭から来ている意味であり、花の薔薇とはあまり関係がない。
「では、どうでしょう。もしも買うとすれば、わたくしたちもバラという買い方をするというのは」
 兎月が提案し、セレスティは頷く。
「そうですね。当たったかどうかを確認するのも楽しそうです」
 100枚も1,000枚もバラで買っては、確認作業も大変な事であろう。その膨大な数の恐ろしさに、三人とも全く気づかない。
「もし当たったらどうしますか?」
 セレスティがそう尋ねると、兎月と啓斗が考え込む。
「そうですねぇ……。喜ぶでしょうね」
 兎月が答える。セレスティの尋ねた意図とは恐らく違う答えなのだが、セレスティは満足そうに頷く。それでいいのだろうかという疑問は、この場には存在しない。
「俺なら、家計簿につける。初めて黒のペンを使えるだろうから」
 うっとりと啓斗が答えた。そのレベルではない金額が当たったら、という過程なのだが、セレスティはやはり満足そうに頷いた。突っ込みの存在しないこの場では、ただただ穏やかに不思議な方向に流れて行くだけだ。
「私は何度も確認しそうですね。そのようなくじに当たる事など、珍しいでしょうから」
 セレスティはそう言い、もう一度茶を口にした。全く以ってその通りだろうが、感覚はかなりずれてしまっている。が、間違った方向に進んだ話が戻される気配は全くしない。
 三人が話すたび、話が進むたび、真っ直ぐだった筈の道が曲がりくねっていくようだった。微妙に外れ、正しい場所に戻る事なくそのまま突き進んでいく。その繰り返しなのだ。それはまるで界鏡現象のようだった。つまりは……。
「異界だ……」
 ぽつり、と三人を襖の向こうから見つめていた守崎家の次男が呟いた。
「ボケ異界だ……!」
 ぐっと涙を堪えるかのように、兄達を見守る次男。恐らくは、この場にいる誰よりもまともな価値観を持っている。
「宝くじを買うまでの並んでいる間も、楽しいのかもしれませんね」
 にこやかに啓斗が言い、それにセレスティと兎月もにこやかに頷く。
「違う……違うんだよ、兄貴っ!」
 再び始まった終わりの見えない間違った話に、次男は突っ込む。だが、そんな次男の嘆きなど知る由もなく、ボケ異界はどこまでも広がっていくのだった。
 異空間の誕生は冬晴れの午後、守崎家縁側にて誕生したのであった。

<ボケ異界は止まる事を知らず・了>