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<東京怪談・PCゲームノベル>


チョコっと☆ウォーズ




「へえ、バレンタイン」
「バレンタイン、ですか」
 店内に、同じ意味を含めるものの響きが違う言葉が流れた。
前者の台詞を発したのは、銀髪蒼眼という珍しい色を持つ若い青年。
異国情緒溢れる服を身に纏い、楽しげな笑みを浮かべている。
 後者のほうは、淡い海緑色の長い髪を垂らし、
深い空色の瞳に思案するような色を浮かべている、10代後半ほどの少女。
彼女の隣には、中性的な魅力を秘めた、彼女と同年代の少女がいた。
一見少年かと思われる程だか、その身体のラインはやはり女性のそれだった。
「いいねえ、それ。やっぱり市販品より手作りだよね」
 青年はそう言って、満足そうに頷いた。
どうやら作る気は既にあるようだ。
個性溢れる三人を眺めていたルーリィは、訝しげに尋ねた。
「ええと・・・あなたも作る方?食べる方でも良いと思うんだけど」
「ううん、俺は男だけど作るよ。一応、あげたい相手もいるしね」
 青年はルーリィの言葉に、そう言って返した。
ルーリィの隣で暇そうに自分の髪を弄んでいたリースは、やれやれ、といった風に肩をすくめた。
「何も恋する少女しか、チョコを作っちゃいけないってことはないでしょ。
良いじゃない、格好良いお兄さんが作っても。その貰う相手が羨ましいわ」
「そ、そうよね。好きな人を想う心は、老若男女問わず!ってことよね。
そちらのお嬢さん方も作られるのかしら?」
 ルーリィは意気込むように拳を固めたあと、少女らに向かって尋ねた。
海緑色の髪を持つ少女は軽く頷き、
「ええ。折角なので作ってみようかしら・・・翼はどうする?」
 少女から翼と呼ばれた少女は、少し首を傾げて云った。
「僕は―・・・うん、今日は遠慮しておくよ。茉夕良、頑張ってね」
 翼は海緑色の少女にそう言って微笑みかけた。
茉夕良と呼ばれた少女のほうも、それを受けて笑顔で頷く。
そんな二人を、この店内では珍しい優雅な空気が取り巻いていることに、一応店員である二人は目を見張った。
「・・・何だか空気が違うわね・・・」
「何あれ?どこぞの貴婦人?」
「リース、貴婦人は少し違うわよ。…何を云いたいかは伝わるけどね」
 そんなことを、ぼそぼそと二人で囁きあったりしてみた。
そんな二人を眺めながら、ルーリィは思う。
あの二人は…その…そういう関係なのだろうか?
そう、例えば、バレンタインに贈り物をするような。
最もまだ恋愛方面においてはお子様同然のルーリィにとって、それ以上の想像は難しかったが。
・・・だが。
「た、例えアブノーマルな関係だったとしても・・・!恋する女の子には違いないものね。
頑張りましょう、お嬢さん。申し遅れました、私はルーリィ。こっちの赤毛は助手のリースよ」
「・・・助手ってとこが引っかかるけど。宜しくね、”恋する乙女”たち」
 リースはそう言って、意味ありげに微笑んだ。
「・・・ルーリィ、あなた何か変な想像してそうですけど…まあ、いいわ。
私は皇・茉夕良(すめらぎ・まゆら)。どうぞよろしくお願いします」
「まあ、十中八九僕が原因の想像だと思うけどね。
僕は蒼王・翼(そうおう・つばさ)。見学のみで悪いけど、お邪魔させてもらうね」
 ルーリィは少女らの自己紹介を聞き、名前を確認しながら、青年のほうに視線をむけた。
「・・・ええと・・・」
「あ、俺?俺は壬生・灰司(みぶ・かいじ)。何だかそこの翼ってお嬢さんと、性別が逆転しちゃったみたいだねえ。
残念ながら”恋する乙女”じゃないけど、宜しく、お嬢さんたち」
 灰司と名乗った青年は、そう言ってにっこりと微笑んだ。
「ええ、勿論。大切な人を想う気持ちがあれば、どなたでも歓迎よ。
茉夕良さんに、翼さんに、灰司さんね。・・・うん、じゃあ早速始めましょう!」
 ルーリィはそういって、開始の合図と言わんばかりに、手をパァンと叩いた。
「さあ、助手さん。まずはどうするの?」
「はい、センセイ。ええとですね…」
 何処となく”センセイ”という言葉に違う意味を込めながら、リースはいつの間にかけたのか、
黒ぶちの眼鏡をくいっと手で押し上げ、云った。
「まず、薬の材料を手にしなければいけません。
通常ならば魔女の村で非常に高値で取引されている材料ばかりだけど、
非常―――っに幸運なことに」
 リースはそこで一呼吸置き、ぱちんと指をはじくと、掛けていた眼鏡が微かな光と共に一瞬で消えた。
どうやら黒ぶちの眼鏡は、彼女なりのユーモアだったらしい。
「なんとこの店に全部揃っているの。これはとても奇跡的なことよ」
「へえ、じゃあ結構楽だね?良かった、俺大して手持ちなかったんだ」
 灰司はリースの言葉に素直に感嘆の溜息を漏らした。
そんな灰司の様子を見て、リースはニヤリと企むような笑みを浮かべた。
「ええ、ええ、楽といえば楽よ。
でもお兄さん、そこらの棚に並んでいる瓶からちょっと失敬、なんて思っちゃいないでしょうね?」
 そう言ってクスクスと笑う。
灰司はそれを聞いてきょとん、とした顔を浮かべ、暫く考えていた茉夕良が顔を上げた。
「・・・ということは、材料となるものはこの近くにあるけれど、加工の必要がある―・・ということ?」
「さすが、聡明そうなお嬢さんだけあるわね。でも少し違うわ。加工じゃなくて―・・・」

 ―・・・採取よ。

 リースはそう言って、心から楽しそうな笑みを浮かべた。











         ■□■










「ええと。まずは蝙蝠の羽の爪を細かく砕くべし。―・・・とあるわ」
 ルーリィは手にした大きな分厚い本に目を落とし、云った。
その言葉に、意気揚々とエプロンをかけた茉夕良と灰司は顔を見合わせた。
ちなみに翼はというと、店の暖炉の前に置かれたテーブルと椅子で、優雅なお茶を楽しんでいる。
「・・・コウモリ?また珍しいものを。先程あなたは採取といったけど、そんなモノこの近くにいるの?」
 茉夕良は至極真っ当な疑問を述べた。
隣でエプロンの止め具を弄っていた灰司も、納得したようにこくこくと頷く。
リースはそんな二人を見て、チッチッと指を振った。
「甘いわね、ここは魔女の巣よ?コウモリなんて―・・・」
「いるわよ、コウモリ。ちょっとやんちゃだけど、可愛いところもあるのよ」
 リースのもったいぶった言葉を、あっさりとルーリィの言葉が掻き消した。
思わず固まるリースだが、そんな彼女を他所にして会話は進んでいた。
「ふぅん、珍しいの飼ってるんだ。でも世話が大変そうだね?」
「そうでもないわよ。契約―・・・じゃなくて、ちょっと特殊な子だから、昼間でも大丈夫だし」
「特殊って・・・そんなコウモリ、聞いたことないわ。本当にいるの?」
「ええ、多分外へは出かけてないから、今は二階にいると思うんだけど」
 茉夕良の問いに、ルーリィはこくん、と頷いて、カウンターの後ろのカーテンを捲った。
カウンターの裏はカーテンに狭まれて、すぐ向こうがリビング、その隣が階段になっている。
ルーリィはその階段の下に手をかけ、二階に向かって声を張り上げた。
「リック!リーック!いるんでしょ?ちょっと降りてきてー」
 そんなルーリィ―・・・性格には彼女の背中を見ながら、茉夕良と灰司は顔を見合わせた。
「・・・リック?」
「やけに可愛らしい名前だねえ。ま、ヒトのネーミングセンスをとやかく言える身分でもないけどね、俺は」
 そして数分後、どすどすと荒い足音と共に、一人の少年がカーテンの裏から顔を出した。
「あんだよ、なんか用事か?」
「良かった、出かけてなくて」
 ルーリィは少年の顔を見て、ホッと溜息をついた。
あとの材料はともかくとして、放浪癖のある少年のことが一番心配だったのだ。
 ルーリィは眉をしかめている少年―・・・リックの肩をがしっと掴み、
茉夕良と灰司の前に引きずるように立たせた。
「お待たせ!この子がコウモリのリックよ」
『・・・・・・・・・・・。』
 茉夕良たちは、ルーリィの言葉に暫し唖然とリックを眺めた。
その肌は浅黒く、服装は活発そうなもので、どこからどう見ても10代前半の少年にしか見えない。
「・・・・・コウモリ?」
 茉夕良はリックを指差して、呟くように云った。
「・・・ただの子供じゃないの」
 少女の言葉に、リックは思わず眉間に皺を寄せた。
「ただのガキで悪かったなっ!俺ァこう見えてもれっきとしたコウモリなんだよっ。
何だよ、まだ生まれてから2年しか経ってないからってなめんなよっ!」
 子供、と言われたことに腹を立てたのか、リックは矢継ぎ早に怒鳴るようにそういった。
茉夕良は目を丸くして、
「あ、ごめんなさい。そういう意味じゃないのよ・・・ただ、あなたが本当に・・・」
「コウモリなのか?ってことだよね、茉夕良ちゃん」
 灰司が茉夕良の疑問を代弁するように言った。
「俺も少々疑問だなあ。そこのルーリィはそういうけども、キミは本当にコウモリなのかな?」
 灰司の言葉に、リックはムッとして胸を張った。
「俺の正体が何でそんなに気になってんのかしらねーけど、何で俺が疑われなくちゃなんねーんだ!
俺が嘘ついて何か得することでもあるか?」
「ご、ごめんなさい。昼寝中に起こしたものだから、ちょっと気が立ってるみたい」
 甲高くわめくリックの背後で、ルーリィは慌てて茉夕良たちに頭を下げた。
そんなルーリィのことなど気にもせずに、リックはへん、と鼻で笑い、
「まあ、いいや、実際に見せりゃ気は済むだろ!」
 ほえ面かくなよ、と言い残し、突然しゅっとリックの背が一気に縮んだ。
―・・・と思うと、床には今までリックが着ていた服が落ち、その上空には。
「・・・・・コウモリだわ・・・」
 茉夕良は自分の目の前に浮かんでいる黒い物体を指差し、思わず呟いた。
少年が己のことをそう称していたときは半分疑っていたけども、実際に目にするともう疑いようがない。
茉夕良の目の前に浮かんでいるのは、
図鑑などで見かけるのと同じ、悪魔のような羽の生えた一匹のコウモリで。
「・・・驚いた。ホントにあなた、コウモリだったの?」
「だから、さっきからそうだつってんじゃん」
 コウモリになっても変わらず口は利けるようで、先程のリックと同じ声でわめくようにそう言った。
灰司はその様子を見て肩をすくめ、
「世の中は広いねえ、ほんと・・・ま、ヒトに変化できる魔剣があるんだから、
ヒトになれるコウモリがいても不思議じゃないけどさ」
「? 灰司さん、何か言った?」
 ルーリィは灰司の呟きを耳にし、訝しげな表情を浮かべた。
だが灰司はにこりと笑って首を振り、
「いーや、何でもないよ、こっちのハナシ。それで、何だっけ・・・爪だったっけ?」
 灰司自身、その言葉に特別な意味を込めた覚えはなかった。
ただ先程ルーリィとリースが言っていた言葉を繰り返しただけに過ぎない。
だがコウモリとなったリックにとって、その言葉は又別の意味を持っていたようで。
「・・・・爪!?」
 その単語を呟き、リックはかちん、と空中に固まるように静止した。
そして茉夕良たちが訝しげな表情を浮かべる間もなく、リックはきびすを返し、ぴゅうと逃げようと―・・・
したが、リックにとっては運悪く、間に合わなかった。
「ふふふ、逃がさないわよ!ホントに馬鹿ねえ、リックちゃん。
あんたをどうやってコウモリに変身させようかで悩んだんだけど、こうも簡単にねえ…あはは!」
 羽をばたつかせて逃げようとするリックを捕獲したのは、先程まで黙りこくっていたリースだった。
どこぞの悪役と思わんばかりの笑みを顔中に浮かべ、リックをぐわしと掴んでいる。
「ちょ、ちょっと・・・リースでしたっけ?コウモリが可哀想よ」
 さすがに哀れに思えたのか、茉夕良がそうリースに声をかけた。
だがリースはゆっくりと首を振り、またもやチッチッと指を振る。
「甘いわね、茉夕良ちゃん。こいつはね、逃げ足だけは速いのよ!
今捕まえとかないと、ゆうに3日は戻ってこないに決まってるわ。
それに見なさい、この顔。さすがに察しが早いのねえ」
 確かにリックの顔は、なにやら嫌な想像でもしたのか、顔面蒼白になっていた。
そして多分、彼の想像は当たっている。
「でも、爪っていったって・・・血管は通ってないんだろ?じゃあ痛くないよねえ」
「やっぱり俺の爪かよっ!あ、お前らあの薬作る気だな!?
このオニー!アクマー!!」
 リックはそうキーキーとわめいて、より一層強く羽を羽ばたかせた。
リースはそんなリックをもてあまし気味にしながら、それでも決して拳を離そうとはしない。
「・・・悪魔って言われちゃったわ」
 茉夕良は同士である灰司に向けて、肩をすくめてみせた。
灰司はケラケラと笑い、
「残念だけどコウモリちゃん、僕たちは鬼でも悪魔でもなくて、”恋する乙女”たちだそうだよ?」
「ええそうよ、灰司ちゃんったら分かってるじゃない?
そんでもってリックちゃん」
 リースは灰司の言葉に満足そうに頷き、リックのほうに向き直った。
「恋する乙女はね・・・目的のためなら手段を選ばないのよ!」
「何が乙女だっ!!やっぱり悪魔じゃねえか、このやろーっ!!」
 リックはそう怒鳴り、負けずにばたつかせた。
 そんな一連の騒動を眺めながら、茉夕良は苦笑を浮かべているルーリィのほうを見た。
「・・・ねえ、ルーリィ?」
「どうしたの、茉夕良さん」
 ルーリィは声をかけられたことに気がつき、彼女のほうを向いた。
「・・・あの・・・コウモリ、何であんなに嫌がってるのかしら?
灰司の話だと、爪には血管が通ってないから、痛くないはずよね」
「あ―・・・」
 ルーリィは茉夕良の問いに、ぽりぽりと頭を掻いた。
そしてリックに向かって声をかける。
「リック、リック。あんた爪切られても痛くないんだから、それぐらいぱっと切らせてあげなさいよ」
「やなこった!爪なんか切られたらな―…」
「切られたら?」
 リックの言葉に、その場の空気がぴたりと止まる。
そしてリックは叫んだ。
「みっともねえじゃねえかっ!!!」
『―・・・・・・・・・・。』
 先程とは違う意味で、沈黙が場を支配した。
やがておずおずというように、灰司が口を開く。
「えーと・・・・爪・・・」
「・・・切りましょうか」
 灰司のあとに続くように、ぽつりと茉夕良が呟く。
灰司はにっこりと笑顔を浮かべ、
「うん、切っちゃおう」
「てめぇら、俺の話聞いてたのかーっ!!」
 リックがそうわめくが、全ては後の祭りというもので。









 数十分後。
羽の爪をぎりぎりのところまで削り取られたリックは、
ふてくされたように宿木代わりの帽子掛けに止まっていた。
ルーリィはそんなリックを慰めるように話しかけた。
「まあまあ、チョコができたらリックにもちゃんとあげるからね?」
「いるか、ンなもんっ!」
「さてと、次の材料は―・・・と」
 彼らのやり取りなど全く気にしていないリースは、笑顔を浮かべながらリックに尋ねた。
「ねえ、リックちゃん。あの銀埜兄さんは何処?」
「はあ?銀?」
 リックはリースからの思わぬ問いに眉をしかめた。
「あいつなら、リネアと一緒に裏の庭で遊んでっけど・・・」
「裏庭ね、オーケイ。じゃあ皆、いくわよっ」
 意気揚々と皆を引き連れて店を出ていくリースを見送りながら、
リックはあきれ果てたような声で呟いた。
「銀のオッサン・・・アーメン」








         ■□■








「で、次の材料は何?」
 店のすぐ脇の路地を歩きながら、灰司は弾んだ声で尋ねた。
どうやら割と楽しくなってきたらしい。
「ええと、狼の尾の毛一つまみ、あと無垢な人形の涙一滴。―・・・ってこれ、まさか・・・!」
 ルーリィは思い当たるふしでもあるのか、愕然とした顔でリースのほうを向いた。
だがリースは素知らぬ顔で、
「さ、着いたわよーっ。銀埜ちゃんたちはいるかしら?」
 そう言って、目の前に開けた広場のような場所を指差した。
そこは手入れもされていないが、同時に何の装飾もない、只の裏庭。
ただ、広いだけが取り得というべきか。
「あら、珍しい毛並みの犬がいるわね」
 茉夕良はそう言って目を見張った。
庭を尻尾を振りながら駆けているのは、銀色に輝く毛皮を持った一匹のシェパードだった。
こちらには気付きもせず、空中を飛ぶ円盤に向かって一直線に走っている。
そして軽々とジャンプをし、空中で見事円盤を口でキャッチした。
そのままくるりときびすを返し、庭の壁のあたりにいる少女に向かって走ってくる。
金色の髪を持つ少女は、シェパードから円盤を受け取り、嬉しそうな犬を撫でくり回した。
それは公園などで良く見かける、何とも微笑ましい光景で。
「はぁい、リネア。それに銀埜ちゃん」
 リースはその光景をぶち壊すのも物ともせず、ずかずかと庭に足を踏み入れた。
「リース姉さん、珍しいね。銀兄さんと遊びにきたの?」
 少女はリースに気がつき、顔をあげた。
そしてリースの後ろにいる一行に目をやり、ぱぁっと顔を輝かせる。
「母さん!」
「リネア、いい子にしてた?」
 ルーリィはこちらに向かって駆けてくるわが子を迎えるため、両手を広げた。
その後ろでは、茉夕良と灰司が訝しげな顔を浮かべている。
「・・・母さん?」
「・・・随分大きな子供がいるんだねえ・・・」
 ルーリィは自分の胸の中の少女の髪を撫でながら、苦笑を見せた。
「正式には私の子じゃないのよ。ただ、魂は同じだから、娘も同然、ってことで、ね」
「ふぅん、何だかよく分からないけど。まあ、そういうのもありだよね、多分」
 灰司はそう言って笑って見せた。
ルーリィは微笑んで頷き、リネアのほうに向き直る。
「リネア、銀埜は?」
「銀兄さんならあっちよ。今リース姉さんが―・・・」
 そう言ってリネアが庭のほうを振り向いたとき。
きゃいん、きゃいんという犬の鳴き声があたりに響いた。
一行が驚いて駆け寄ってみると、そこには。
「何よ、吼えることないじゃない!大げさね、全く」
「どこが大げさですか!今のはばっちり肉を挟みましたよ、肉を。
いい加減にして下さい!」
 庭の中央のほうでは、威嚇している銀色のシェパード犬とハサミをもったリースが対峙していた。
・・・だが。
ちょっとまてよ、と茉夕良は思案する。
「今の声は―・・・?」
 確かに先程、犬の鳴き声のあとに、青年のものらしき声が聞こえたはずなのだが。
だが隣にいる灰司は何も口を開いていないし、他に青年を呼べる人物は今この場には居ない。
―・・・となると。
「もしかして、あなた・・・ですか?」
 茉夕良はそういって、腰を曲げてシェパード犬を見た。
シェパード犬は首をかしげ、茉夕良とその一行を眺めた。
「これはこれは、お客様ですか?どうもはじめまして、銀埜と申します」
「はあ・・・初めまして、皇・茉夕良です」
 そういいながら茉夕良は、犬の姿をしたものから流暢なヒトの言葉が流れてくることに、
あまり違和感を感じていない自分に気がついた。
どうやら先程のコウモリの一件で、耐性ができてしまったらしい。
「へえ。俺、銀色の犬って始めて見たよ。なかなか綺麗なもんだねえ」
「それはどうも有り難う御座います。あなたは?」
「あ、俺は壬生・灰司。銀埜だっけ?犬なのに、あなたが一番礼儀正しく見えるよ。何でだろうね?」
 灰司は、あはは、と笑いながらそういった。
だが銀埜は動じることなく、
「ええ、良くそう言われます」
 と、しれっと答えた。
そして一行を眺め回すと、
「・・・ルーリィ、リースをどうにかしてください。
また何か企んでいるんでしょう?先程私の尻尾をちょん切られそうになりました」
「ええっ!姉さん酷いよ、なんでそんなことするの!?」
 銀埜の言葉に、そう飛び上がって叫んだのはリネアだ。
だがリースは苦笑を浮かべ、
「何も全部切るわけじゃないのよ?ただちょこっと、毛をほしいだけ」
「・・・ちょっと待って。尻尾の毛って・・・」
「さっき、ルーリィが言ってたねえ。狼の尾の毛、だっけ?」
 そう言って茉夕良と灰司は顔を見合わせ、それから銀埜を見下ろした。
銀埜は見るからに、犬だ。狼ではない。だが―・・・。
「・・・犬でもいいよね、別に・・・」
「・・・そうね。犬の祖先は狼だというし・・・」
 そうぼそぼそと呟く二人を見て、銀埜は何処となく嫌な予感が背を伝うのを感じた。
そして極めつけは、自分の主人であるルーリィに、手を合わせられたこと。
「ごめんね、銀埜。そういうことなの」
「諦めなさい、銀埜ちゃん!さあ茉夕良ちゃんに灰司ちゃん、抑えといて。
暴れると本気で尻尾、ちょん切るわよ!」
「あ、あなたたちは一体何を―…!」


 そしてそれから数十分間。
裏庭に、悲痛な犬の鳴き声がこだますることとなった。









 何とか人数分の毛束を確保し終わったときには、
銀埜の尻尾はそれはもう情けないことになっていた。
彼は庭の片隅で、その情けない状態の尾をかばうように、背を丸くして不貞寝している。
「・・・少し可哀想だったかしら?」
 そんな状態の銀埜を見て、眉を曇らせる茉夕良。
だがリースは気にすることなくケラケラと笑い、
「大丈夫よ、あんなの3日もすればまた生えてくるって。
それより、次が一番問題なのよね・・・」
 リースはそう言って、手元にメモ用紙を見下ろした。
そこには忘れないように、と材料が走り書きしてある。
灰司はリースの手元を覗き込んで、訝しげに眉をよせた。
「・・・無垢な人形の涙?・・・そんなの、どうやってとるの?」
「あ、モノ自体はもう確保したのも同然なのよ。でもね、その障害が―・・・」
 リースはそう言って、ちらりとルーリィを見る。
ルーリィは何かを感づいた様子で、パッとリネアを自分の背に隠した。
「ダメよ、この子を泣かせたりしないんだからっ!」
「え?この子って・・・リネア?」
 茉夕良は不思議そうな顔でリースを見た。
リースはこくこくと頷き、
「ルーリィの魂がリネアのものと同じだって言ってたでしょ。
リネアの本性は木の人形で、魂が入ってるから人間と同じように生活してるの。
無垢かどうかは知らないけど、とりあえずリネアってことで・・・」
「でも、こんな小さな子を泣かせるなんて。私は賛成出来兼ねるわ」
 眉を曇らせた茉夕良がそう言うと、灰司も苦笑を浮かべて頷いた。
「ごめん、俺も同感。大切な人のためっていうけど、これじゃあ本末転倒な気もするし。
それにお母さんの見てる前で苛めるなんて・・・ねえ?」
「何よ、恋する乙女は問答無用じゃないの?!ったく、みんな意気地がないんだから!」
 リースは茉夕良たちの反応に、苛立ったように地団太を踏んだ。
そんなリースを嗜めるようにルーリィが言う。
「リース、意気地がないとは違うわ。それに、いくらあなたでも、リネアを泣かせたら容赦しないわよ」
 ルーリィの珍しく強い視線を受け、リースはうっと唸った。
そして当のリネアは、ルーリィの背後で目を白黒していた。














         ■□■











 それから数時間後。
”ワールズエンド”店内に、一人の来訪者があった。
20代後半ほどの外見を持ち、その背は高く、
小麦色の肌に体格は格闘技でもやっているのか、がっしりとしている。
彼、ディオシス・レストナードは、物珍しそうに店内をひとしきりうろついたあと、
暖炉の前にいる翼に気がついた。
「わりぃな、勝手に見せてもらったぜ。・・・あんた、この店のヒト?」
「いいえ、僕もあなたと同じ、客の一人ですよ。
・・・客、かどうかは良くわからないけど。とりあえず、友人を待ってるんです」
「へえ、人待ちか」
 ディオシスはそういって、暖炉の前でゆったりとした椅子に腰掛けている翼を眺めた。
男か女か分からないが―・・・ディオシスには少年のように見えた―・・その物腰は優雅で、
とても人を待っている様子には見えなかった。
「えらいのんびりと待ってんだな、あんた」
「・・・まあ、急ぐ理由もないですし、ね。ああ、僕は蒼王・翼といいます」
 どうぞよろしく。
翼はそう言って、軽く微笑んで見せた。
「こりゃども。俺はディオシス・レストナード。
俺も雑貨屋をやってるんでね、ちと俺の店と雰囲気が違うから寄せてもらったんだが・・・
この店は店員の一人もいねえのか?えらい無用心だな、おい」
 ディオシスはそういって、先程見て回っていた店内をきょろきょろと見渡した。
そこにはやはり翼しかおらず、店員の影もなかった。
だがその言葉を聞いた翼は、何故かくすくすと笑い、
「そりゃあそうだよ。今さっき、奥に引っ込んでいったばかりだから。
そろそろ固まる頃だとか言ってたから、もうすぐ戻ってくるんじゃないかな?」
「はぁ?」
 ディオシスはさっぱり意味の分からない翼の言葉に、眉をしかめた。
単語一つ一つはわかるものの、意味が通らない。
ディオシスの表情を見て察した翼は、ああ、といって頷いた。
「チョコをね」
「?」
 ディオシスは思わず頭にクエスチョンマークが浮かんだ。
だが翼はそれに気にせず続ける。
「作っていたそうだよ。彼女たちによると―・・・恋する乙女が云々、とか」
「あー・・・成る程、でそのチョコがそろそろ固まったつーことか?」
「そうそう、その通り」
 ディオシスはその言葉を聞き、ふむ、と思う。
どうやら取り込み中のようらしい。ならば店主と会話を交わすのは又今度にするか。
そう思ったとき、翼がディオシスを見上げて言った。
「別に、それほど取り込み中ってわけでもないと思うよ。
だから、あなたがここに居ても大丈夫なんじゃないかな?
それに、そろそろ話し相手がほしかったところなんだ」
 翼はそう言って、軽く微笑んだ。
ディオシスはまるで自分の心を読んだかのような、タイミングの良い翼の言葉に面食らいながら、
じゃあお言葉に甘えて、と翼の向かい側の椅子に腰掛けた。
そうしてふと思い出したように言う。
「そういや、チョコってどんなの作ってんだ?
わざわざこんな店で作ってんだから、大した代物なんだろーな」
 そう、少しからかうような口調で言ってみる。
だが翼は、至極真面目な顔で頷いた。
「・・・それはもう」
「へ?」
 ディオシスは予想外の翼の反応に、少しばかり目を丸くする。
「僕はね、一応F1レーサーなんてやってるから、少しばかりファンの女の子たちから、贈り物も貰うんだ。
でもそれはチームの方針で、開封作業諸々は委託した業者にやってもらってる。
だから、僕の元に届くのは、食べ物や手紙以外の贈り物ばかりでね。
僕はいつも、処分されていく彼女たちの気持ちが篭った食べ物のことを思うと、気が重くなっていたんだけど」
 ディオシスは、とつとつと語るように話す翼を、少々呆気に取られながら眺めていた。
何故いきなり、この少年―・・・少女かもしれないが―・・・は、こんな話を仕出したんだろう?
如何にも自分はモテるんだぞ、といった風な話し振りには到底思えなかったからだ。
「・・・今回ばかりはね。チームの方針に感謝してるよ。
ああいう・・・場合もあるんだね・・・」
 そう言って翼は、遠くを見るような目になって、ふう、とため息をついた。
何処となく達観したような翼の表情に、ディオシスは寒気すら覚えたような気がした。
「そ・・・そんなにすごい代物なのか?今作ってるチョコは」
「・・・それはもう」
 翼は先程と同じ言葉を、もう一度繰り返す。
だがディオシスはその言葉の重みが、先程までとは違ったものに感じていた。
「まず、僕の確認したところだと―・・・蝙蝠の羽の爪」
「・・・はぁ?」
 蝙蝠だと?この日本の東京に、どこに蝙蝠がひょっこり現れるっていうんだ?
ディオシスの表情を気にせず、翼は続けた。
「あと、何の種類かは知らないけど、何かの動物の毛。
それから、誰かの涙・・・だったかな。これはとても苦労したとか愚痴ってたよ。
変に泣かせるとあとが怖い相手だったらしくて、結局4人がかりでこそばせて、笑い涙を採ったんだとか」
「―・・・へえ・・・・」
 ディオシスはそう相槌を打ちながら、引きつった笑みを浮かべていた。
―・・・やっぱり、店を出よう。
先程とは違う意味で、そう決意する。
なにやら訳が分からないけれど、巻き添えを食う前に逃げなくては。
「ま、まあ・・・翼も大変だな。頑張れよ―・・・」
「あ。ディオ?」
 がたん、と椅子を立ったディオシスの背中に、良く知っている声がかかった。
その声の主を思い浮かべながら、ディオシスは引きつった顔で振り向いた。
そこには、なにやら可愛らしくラッピングされた小さな箱を持った、同居人の姿。
「わー、何で此処にいんの?やだなあ、これが運命ってやつ?」
「何が運命だ、何が。俺はもう帰るところなんだっ!」
 ディオシスはとてつもなく嫌な予感を感じながら、顔を引きつらせながらそう叫ぶ。
だが同居人、壬生・灰司の隣にいる見知らぬ金髪の少女は、にこやかな笑顔を浮かべながら言ってしまう。
「あら、もしかして、灰司さんの渡す相手なの?あのお兄さんが?
良かったわね、丁度良いじゃない」
 丁度良くない。
ディオシスは心の中でそう叫びながら、自分の運命を呪った。












         ■□■










「翼、待たせたわね」
 晴れやかな笑顔を浮かべながら、翼に駆け寄る茉夕良。
翼は数時間前に別れた少女の顔を見て、思わず微笑を浮かべた。
「ご苦労様、茉夕良。ちゃんと出来た?」
「ええ、何とか」
 そう言ってにこにこと笑う茉夕良の背後。
カウンターの後ろのカーテンをめくり、見知らぬ青年がふらふらと出てきた。
翼は銀髪のその青年を見て、首を傾げる。
・・・あんな青年、この店に居ただろうか?
 茉夕良は翼の表情を見て察し、青年を手で指した。
「銀埜よ。この店の従業員なんですって」
「へえ・・・僕は見かけなかったけど、そんな人がいたんだね」
「ええ、裏庭に居たわ」
 茉夕良は何の屈託もなく、さらりと言った。
そして青ざめた顔で壁に寄りかかっている銀埜に向かって問う。
「銀埜、調子はどう?お腹が痛くなったりしていない?
あと動悸はどうかしら。この薬、恋愛感情が肥大するそうだけど・・・そんな感じはしてる?」
 何処となく、人体実験後の科学者のような口ぶりの茉夕良に、翼は首をかしげた。
・・・一体カーテンの奥で、何があったんだろう?
 銀埜はふらふらと背を壁に預けながら、恨めしそうな顔で茉夕良を見た。
「幸い腹は大丈夫のようですがね・・・気分は最悪です。
動悸、息切れは大変酷いです。恋愛感情?ハッ、そんなもの感じもしませんとも」
 大体、あの薬はそのネーミングからして怪しいところだらけなのです。
銀埜はそう言って、吐き捨てるように言った。
「あら。じゃあ薬からして眉唾物だったのかしら?
気持ち悪いの・・・そう、なら翼に上げる分も考えなければね」
 茉夕良はそう言って手を軽く顎に当てた。
銀埜はそんな茉夕良を見て、げっそりとした顔を見せた。
「あの薬は信用なりません、と煮詰めている間に再三申し上げたはずですが?
それに、私が気持ち悪そうに見えるのも当たり前でしょう。
なんせ自分の毛が大量に混入しているものを食べさせられたのですから」
 そう言って銀埜は、何かを思い出したかのように、ウッと手を口に当てた。
そしてふらふらと自分の身をかばいながら、またカーテンの奥へと消えていった。
 茉夕良は思案したまま、翼は気の毒そうにその後姿を見送っていた。
やがて茉夕良はくるりと翼のほうに振り返り、にっこりと微笑む。
「・・・翼。じゃあそろそろ帰りましょう?」
「茉夕良?あの・・・チョコは?」
 先程、翼にあげる云々と聞こえたような気がするのだが。
だが茉夕良はそのことには触れず、聞かなかったことにしろと言わんばかりの笑顔を向けた。
「あら、何のことかしら?
まさか私が、あんな気持ち悪くなるようなもの、翼にあげるわけがないでしょう。ね?」
「そ、そう?なら・・・いいけど」
 翼は茉夕良の笑みに釣られ、笑顔を浮かべながら、
心の中で銀埜に向けて合掌を送っていた。
・・・どうかご無事で。
「でもこのまま帰るのも何だから。
どこかカフェにでもよって、ホットチョコレートでも飲まない?」
「ああ。いいね、それも。今の季節、身体が暖まるだろうね」
「そうでしょう?じゃあ決まり、早速行きましょう」
 そう言って茉夕良はうれしそうに翼の腕を取った。




 そしてこれ以降、茉夕良の口から、このときのチョコの話題が登ることはなかったという。











●○● 登場人物(この物語に登場した人物の一覧)         
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【整理番号|PC名|性別|年齢|職業】

【2863|蒼王・翼|女性|16歳|F1レーサー 闇の皇女】
【4788|皇・茉夕良|女性|16歳|ヴィルトゥオーソ・ヴァイオリニスト】
【3734|壬生・灰司|男性|720歳|魔剣】
【3737|ディオシス・レストナード|男性|348歳|雑貨『Dragonfly』店主】


●○● ライター通信      
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 初めまして、またはこんにちは。
今回は当依頼に参加して頂き、有り難う御座いました。
当初の予定通り当異界の全てのNPCを出させていただきましたところ、
非常に文字数が増えてしまいまして…誠に申し訳ありません;
ですが個人的には満足のいくものに仕上がったと思っております。
各PC様皆さん個性的な方々ばかりで、
私も大変楽しんで書かせて頂きました。
PC様、PL様方にも楽しんで頂けたら、非常に嬉しく思います。

因みに、最後の部分は翼さん&茉夕良さん、灰司さん&ディオシスさんの組み合わせで、
2パターンの個別とさせて頂きました。

それでは、ご意見ご感想等御座いましたら、FLのほうよりお送り下さるととても嬉しいです。
お返事は遅くなることがあると思いますが、必ず返させて頂きます^^

では、またどこかでお会いできることを祈って。