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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


『連続殺人の犯人』

00■オープニング

 その日、幽玄の狭間に現れる骨董屋、アンティークショップ・レンに飛び込んで来たのは…神聖都学園高等部の制服を着た少年だった。
 彼は来るなり、クールと言うには少々厳し過ぎる瞳で店の主を見ている。何かを見定めようと言うのか、そんな風な態度だった。そして、彼はおもむろにカウンターまで歩み寄る。左足に怪我でもしているのかはたまた元々不自由なのか、やや引き摺った状態で。
 はて、何事かと店の主は煙管を持つ手を止めていた。
「この店の主の、碧摩蓮さんですね」
「ああ。その通りだがね。…ところでその不躾な目はいったい何なんだい? 初対面だよね、アンタとは?」
「はい。俺は遠山重史と申します。無礼を承知で話を伺いに参りました。先日治まった…新宿周辺で起きていた、日本刀による連続殺人事件について」
「態度だけじゃなく言う事まで不躾だね」
「そう言えば聞いてくれるかと思っただけですが」
「直球過ぎるとは思わないかい。はっきり言って気に障るよ」
「申し訳ありません。ですが、俺の調べた通りなら貴方は…碧摩蓮さんは、俺程度が下手に探りを入れても絶対に敵う訳がない方だと思いましたから。…直球で行った方がまだ見込みがあるかと」
「…そう言う理由でかい。ま、だったら話は少し変わるよ。何かアタシに突っ掛からずにはいられない事があるって顔だね? 可愛いじゃないか。…何が聞きたいのさ」
「事件を起こした妖刀の作者、二代目・五月雨黒炎の事です」
「なぁるほど、それで」
「歴代黒炎の作刀はすべてこの店から出ているんですよね。初代も、二代目も」
「ああそうだよ」
「だったら、こことは直接の伝手があって当然な訳ですよね」
「だろうね」
「それと、『二代目黒炎が亡くなった』と言う情報が、確実なものとして一番初めに出たのは、ここアンティークショップ・レンから――ですね」
「…そうだったかな?」
 はて、と考えるように蓮は首を傾げる。
「そうですよ。…歴代黒炎、特に妖刀とされる二代目の作刀そのものが流通しているアングラネットの市場であっても、ある時期までに拾えたのは信憑性に乏しい噂程度なんです。ですが…ここアンティークショップ・レンの主が二代目の死を認めた――と言う情報が出た後の日付になって、そちらのネットでも漸く、確証を得たような情報に変わっています」
「ふぅん。…ま、この店を出た後はネットで流れる事が多いって聞いてはいたけどね。だから一見無関係な水原の旦那なんかも関係者になってる訳なんだろうし?」
 ネットを使うなら黒炎の方でも専門家を頼る事もあるだろう、ってさ。
「…否定なさらないんですね」
「しないよ。確かに、歴代黒炎の刀は全部ここ通ってる、ってのはちょっと調べりゃすぐわかる事だしね」
「貴方は、歴代黒炎と非常に近い位置に居た、それで居ながら――あの事件に関しては詳しい事は何も言わなかった、敢えて静観していた――そう言う事になりますね?」
「まぁ…そうさね。言わば、二代目のお弔い、ってところかな。勿論アンタくらい事前にかっちり調べてアタシを突付きに来たんだったら誤魔化す気は無いけどね、そうでなかったら…わざわざこっちから関連を言い出す気は無かったよ」
「それは自白と考えて良いんですか」
「自白? 何のさ」
「…連続殺人の原因になった、あの双子刀を街中に持ち出したのは貴方じゃないんですか? これも調べた結果出てきた事なんですが、今まで市場に出ている歴代黒炎の記録には双子刀があるとは一切無い。けれど今回の刀は形が黒炎。だからと言って二代目の他に初代の形を継ぐ弟子も居ない…となればあの刀は――黒炎の、記録に残る訳の無い、まだ市場にさえ出ていない刀――つまり、二代目の遺作って事にはなりませんか」
「だから、市場に出す前に二代目黒炎当人と接する機会がある誰か、が刀を街中に持ち出した犯人じゃないかって訳かい」
「…ええ」
「それならアタシも容疑者のひとりになるね、確かに」
「…」
「でもね、そんな話ならアタシ以外にも…四人ばかり心当たりがあるけどね?」
 例えば…さっき名前出した水原――水原新一は二代目にとっては仕事が直接関らない唯一の友人だろ。それと、二代目の親代わりで金工――つまり刀の拵え担当――もやってる荒屋周平って職人気質の男に、業界じゃ『時計屋』で通ってる一筋縄じゃ行かない傾き者のおっさんが居る。それと、砥師の江崎無明――あいつも二代目の友人と言えるか。いや、友人と言うより同類…むしろ似た者同士と言えるね。
「今挙げた皆、アンタの言うその条件に入るよ。市場に出る前に黒炎の刀と接する機会がある人間さ」
「…知ってます」
「へえ?」
「今貴方が挙げた中に居る水原さんは俺の師匠なんですよ。…そうじゃなきゃどれだけの人数殺されようが、この件について調べようなんて思いません」
「…だったらなァんでアタシに突っ掛かる理由があるのかね?」
 被害者の親族とか友達とか、殺人事件自体が許せないとか…ってんならわかるけどね。
 水原の旦那の関係者ってんなら、アタシに突っ掛かる理由が見えて来ないよ。
「…貴方が刀を持ち出した人間だと言うなら俺は別に構わないんです」
「あン?」
「俺は、水原さんだと思いたくない…」
「師匠を信じたいってか」
「…俺は、呪術で人を殺そうとした事があります。対象さえ殺せるなら、後の事などどうなっても良いと」
「…ふむ」
 その科白を聞き、不自由そうな左足をちらと見てから重史を見返す蓮。
「それを、本当に取り返しが付かなくなる前に、止められました。他の皆さんにもですが、水原さんにも」
「へぇ、あの男が」
「そうです。でも…もし今回のこの件で、水原さんが刀を持ち出していたのなら、それは――そんな過去の俺と同じ事をしている事にはなりませんか」
「…妖刀を街中に放り出せば、何が起きるかは簡単に想像付くね。それを二代目の友人である、その刀が妖刀と熟知している水原の立場でやっているとなれば…まぁ、言いたい事はわかるよ」
「…もしそうなら、俺は許せない。他の人が何をしようと構いません。でも、俺を止めたあの人が――今更、俺と同じ事をするのは、許せないんですよ。だから調べてる。ですが…調べれば調べる程――」
「疑いたくなくても疑いが濃くなっちまうって事か。確かに水原の旦那が持ってる闇は根が深そうだからねぇ。…でも、とどのつまりは誰がやったのかはっきりさせたいって事なんだろ?」
 それが水原であるにしろ、ないにしろ。


07■骨董屋の主

 …漸く客人が消えた骨董屋、アンティークショップ・レン。今日の内にいったい何人客が来たのか。この店がここまで騒がしい事はあまり無い。それは今回ばかりは――事が二代目五月雨黒炎に関る話。そうなればさすがに仕方無いとは思う。思うが。
 もう、放っておいてはやれないか。蓮はそうも思うのだ。
 殺人事件自体は終息している。
 片方は、封印されて警察に持って行かれた。
 片方は――こちらで予期してもいなかった思わぬまどろみの中に納まった。
 …あいつには時々、今回みたいな鎮魂を頼んでやってもいいかもしれないね。ウチの品、それが適した曰くも出てくるかもしれないから。…二代目黒炎の、遺作みたいに。
 あいつなら、金さえ積めば断らないし。それに、それもそれで奴自身の力にもなる訳だしね。
 そこまで思いながら蓮は電話に手を伸ばす。頭に浮かんだのは奇抜な格好の優男と、その名前。
 呼び出し音が少し続くと、はァい、毎度〜? 何かお仕事くれるのかなァ? そうでもなきゃレンのおネェさんが電話なんかして来ないよねぇ? と受話器の向こうから特徴的な声が聞こえた。相変わらずだ。この声は、変わらない。
「…その通りだよ。…ねぇ御守殿。ちょっと金になる仕事があるんだけど、やる気はあるかい?」
 電話の相手は――御守殿黒酒。

 …黒酒との通話を切った後の事。また程無く電話のベルが鳴り響き始めた。直に来る客人が居なくなったと思ったら今度は電話か。この電話もどうせ同じ、二代目五月雨黒炎に関る件だろう。蓮は電話に出る前からそう思う。…そしてその予想は的中した。
 電話を掛けて来た相手はリンスター財閥総帥。事件の際に裏で動いていた人間のひとりと蓮は水原から聞いている。まだ関るのを止めていないのか。思いながら話を聞く。これと言った事も無い話。が――このリンスター財閥総帥、セレスティ・カーニンガムとは別に他愛も無い世間話をするような間柄でもない。まぁ、この相手ならば美術品や骨董品に興味がある事に不思議は無いが。それもこんな話に首を突っ込んで来るような者であるならば、アンティークショップ・レンの客人になる可能性もそれなりに高い訳で。
 この電話、世間話のような流し方はされたが、二代目黒炎の話に触れて来るのはやはり予想通りだった。二代目黒炎と特に近しい人間といえるのは蓮を含めて五人。特に彼らについて触れて来た。…セレスティもセレスティで水原の方からでも話をある程度は既に聞いているようで、蓮が思ったよりも色々知っていた。荒屋周平や江崎無明の事。そして時計屋の事を特に聞かれた。…確かに時計屋に関しては、他の関係者と比べてもアンティークショップ・レンと『同じ業界』の人間と言っていい。あの店はただの時計屋であると同時に、人外や能力者がよく駆け込み寺に使っているような…ちょっと特殊な店だ。
 蓮としても別に訊かれれば隠す気は無い。ただ、訊かれなければ話す気は無い。それだけで。
 セレスティの質問。五人はお互いに交流があるのか。事件が起き始めた時期の事。二代目黒炎の遺体を初めに発見したのは様子を見に行った荒屋。荒屋は常から二代目の様子を窺いによく出向いていた為不自然は無い。…その時荒屋さんが件の刀を見たかどうかはアタシにはわからない。葬儀は時計屋が手配した。葬儀には五人とも来たよ。ってか参列したのが五人だけだね。刀は葬儀でばたついている間に無くなったようだ、と蓮はそこまでセレスティに伝える。他、色々と訊かれ…暫し後、お時間取らせました、とセレスティは通話を切っている。
 再びアンティークショップ・レンの店内に静寂が戻る。少し考えるように目を閉じると、蓮は静かに溜息を吐いた。
 そして再び、電話に手を伸ばしている。
 次は。


12■暗躍

 都会の道端。ここは『彼』にとって庭でもある場所。携帯電話で情報を拾う。黒のワイシャツに包まれた肩と耳との間に携帯電話を挟んだ状態で相手と話しつつ、左手に持ったメモに、白い紙が真っ黒になるくらい事細かに何かを書き込んでいる。どうやら話している内容をまるっきり書き出しているらしい。…時々バランスが崩れるとペンを持った右手で携帯電話を持ち直して話していたりと、そろそろ何やら通話が長い。
 そんな『彼』はとある依頼をこなしている真っ最中。
 …どうも、容疑者候補の皆サマ、近しいってより殆ど身内って言っちゃって良さそうだねェ〜? と、な・る・と。
 件の事件で使われた刀二振りは未完成品。
 犯人は二代目黒炎を――その才能を愛し、彼を認めない世間を恨んだのが動機、カナ。
 だとするとぉ、二代目黒炎に対する自分の仕事は確り仕上げて然るべき、だろ〜ねぇ。うん。

 …碧摩蓮。
 彼女ならばそんな未完成の刀は市場に出さない。確りと完成させてから出した筈。…そもそも依頼人当人だ。
 …荒屋周平。
 この男は鍔師…と言うより金具類全般の担当か。ま、どっちにしろ今回の刀には何にも付いてないし。
 …『時計屋』。
 この男も同じ。金具類以外の担当だったみたいだけど鞘も柄もなぁんにも刀には付いてない。
 …水原新一。
 本職じゃなきゃ整備も何もできないしねェ。未完成の刀を取り敢えず使えるところまで仕上げられないでしょ。
 …江崎無明。
 この男、三十路程度にしちゃ珍しくその筋じゃ聞こえてる名前みたいだねェ。刀関連ってお年寄りがやってる印象あるけどその辺どうなのかな〜? 砥師。う〜ん。あの刀の恐ろしい切れ味見ると、こいつが砥いだと考えて不思議は無いネ☆ …まぁ、素直にイっちゃっていいかな?

 んじゃ、江崎サンちにお伺いしますか。
 ………………まずはボクの可愛いデーモン、『ピンキー・ファージ』がね?


14■二代目の遺志

 …江崎無明の部屋、固定電話が鳴り響く。先程水原新一の携帯電話が鳴って――誰かに呼び出されたとの事でひとり立ち去って以来の事。音が鳴っているのは壁一枚隔てた向こう側。少し遠い。
 神納水晶と倉田堅人、帯刀左京にシュライン・エマ、そして葉月政人の五人は現在、江崎の仕事場に入れてもらっていた。あの後、確かに幾分機嫌を損ねはしたが――そうなる以前の状況が良かったからか、いきなり追い出されるような事にはならなかったらしい。…本性が妖刀と言えるふたり――ふたつの存在か、はたまた刀どころか砥石の話までもすんなり出せるような人物が居た為――かもしれないが。
 ともあれ、水晶と堅人に約束した、仕事場を見せてやる、と言う話がその時実行されていた。実際に堅人は己の中に共存する辰之真の影響か色々と詳しく、江崎とふたりで他の面子にはわからないような専門用語を使いつつ話し込んでいる事が多かった。時折極端に口調が変わっているのは辰之真当人が表に出ていたからかもしれない。水晶や左京は何やら砥石を見て回って話し込んでいる。…他の面子は、予め注意された通りに――それでも興味深そうにあれこれ見ていた。日本刀の砥師の仕事場――あまり見掛けるようなものでもない。
 鳴り響く電話をいい加減放置する。が、それはいつもの事らしく江崎は気にした様子も無い。やがて仕事場から出て行くと、電話の音が止んだ。切れたのではなく江崎が通話に出たようだ。話し声が仕事場の方にも微かに漏れ聞こえてくる。
「――…誰か知らんが来るなら勝手に来い」
 やや、自棄気味にも聞こえる声。程無く受話器が置かれる。と、殆ど時を置かず今度はインターフォンの音が響いた。人が動く音がする。仕事場の方に入っていた面子も、初めに通された客間の方に顔を出し始めた。
 廊下の向こう、玄関で江崎と相対していたのは何処か奇抜な格好の優男。黒系を基調にピンク色をちりばめた風体――来訪したのは、御守殿黒酒。…つい今電話を掛けて来た相手。
 依頼があってね。訊きたい事があってきましたァ♪ と楽しそうに告げている。依頼? 何だ、と無愛想に告げる江崎。黒酒は刀の事だよ。この近くで暴れた事件の刀、街に出した人間探してるんですよ〜ん、と単刀直入に続け――がし、と開かれたドアを掴み押さえた。…事前に何か察したか、江崎が反射的にドアを閉めようとしたそのタイミングでの事。瞬間ドアに掛かった負荷と衝撃で、ぶら下がったまま繋がれていないドアチェーンが耳障りな音を立てる。
「…何だ貴様」
「…ってこんな事しなくても実は大丈夫なんだけどね☆」
 と、唇を歪めつつ、黒酒は押さえたドアから手を離す――が、それを見届け当然のように江崎がドアを閉めようとするが、ドアは開かれたその状況から動かない。それどころか黒酒を迎え入れるように自然にドアが大きく開かれた。黒酒はお邪魔しますよ〜ん、と声だけは丁寧に掛け中に入る。
 江崎は嫌そうにその様子を見、帰れとにべも無く黒酒に告げる。が、そう言う訳には行きませんよ〜と黒酒がにっこり笑ったかと思うと、江崎の部屋の中から唐突に色々物が飛んで来た。何事かと思うその間にも、部屋の中にあった細々した物――が江崎の身体に乱暴にぶつかり、そのまま――江崎の身体を壁に拘束するように張り付く。いつの間にか客間の床から無理矢理剥がされた黒革製のマットが江崎の半身を覆い、仕事場から飛んで来ただろう砥石や踏まえ木が上から押さえ込んでいる形。
 …お兄さん、なかなかイイ勘してるみたいだからちょっと無理やらなきゃダメそうだと思ったんだよね。腕のイイ職人ってそれだけである意味特殊能力者だし。侮れないから♪
 誰も状況が把握出来ていない中、そんな黒酒の声だけが響く。…この技はすべて黒酒の使役するデーモン『ピンキー・ファージ』の力によるもの。恐らくは電話以前にこの江崎の部屋に――そのデーモンを同化させていたのだろう。『ピンキー・ファージ』は同化した物やその中にあるものをすべて支配できる。今、部屋の主の意志に背いてドアが開いたのも、物が飛んで来たのもそのせいで。
「そんなワケで改めてお伺いしま〜す。お兄さんでしょ、あの刀出したのってさァ?」
 とっとと白状しちゃいなよ。
 そうすれば楽になりますよん♪
 と、楽しそうに告げる黒酒に、遅れながらも止めなさいと割って入りに来る政人。ちょっとちょっと乱暴は良くないよ! と堅人もまたそれに続く。が、すぐにまた部屋から何やら――今度は砥ぎ桶や仕立箱が飛んできて、彼ら割って入ろうとしたふたりの邪魔をしていた。仕立箱の抽斗がばらけ落ち、その抽斗自体や中身もまた、邪魔をしようと動き出す。
 黙って見ててよ。黒酒は彼らに告げる。と、拘束されたままの江崎が――ぼそりと呟いた。
「…御守殿、だったか」
「へぇ。嬉しいですねぇ。ボクの名前ちゃーんと耳に入ってんじゃないですか? さっき電話した時はほっとんど耳に入ってないように思えたんだけどさァ」
「そうだな…貴様なら、構わんか」
「へ?」
「奴の片割れを飲み込んだのは、貴様なんだろう?」
 言いながら自分の首を押さえ込んでいる踏まえ木に触れる。…『ピンキー・ファージ』に操られた状態の自分の仕事道具。唯一自由なその片手で、何処か大切そうに触れている仕草に、黒酒は、ち、と舌打つと何処からともなくメモを引っ張り出し何やら乱暴に殴り書く。
「だーから〜、言わないと痛い目見るって言ってるんだけどぉ?」
 黒炎の才能を認めない世間を恨んだってさ。全部吐いちゃいなって。
「…世間を恨む? ああ、そう来るか」
 くく、と喉を鳴らす江崎。それだけで、それ以上何も言わない。逃れようともしない。むしろ――そのまま絞め殺されるのを待っているような?
 …ここで吐かせないと金にならないんだってば。
 江崎の態度にむくれて見せつつ黒酒は江崎への拘束の力を強める。踏まえ木に力が掛けられる。首が締められる形。ちょっと止めなさいって、と叫ぶシュライン。おいそれ以上やると本気でヤバいぞと水晶や左京も言い出すが――政人に堅人同様、近付くに――近付けない。
 その時。
「…それ以上続けても意味は無いぞ」
 玄関の外から声がした。
「そいつは黒炎の為なら平気で死ぬからな。そんな脅しをかけてもしょうがねぇ。…それに御守殿だったか、お前は金が入れば良いんだろう。碧摩に確認しろ。もうやめてくれて良い筈だ」
 ドアの外に立っていたのは仕事場からそのまま抜け出して来たような、何処ぞの工場の作業員らしい繋ぎの作業服を来た男――荒屋周平。既に二代目黒炎の関係者としてその顔を写真で見ていた政人が驚いたようにその名を呼ぶ。と、他の面子からの視線もドアの外の彼に集中した。
 荒屋の話を聞き、複雑そうな顔で――それでも言われた通り携帯電話を取り出し蓮に掛ける黒酒。疑うのは容易いがもし本当なら…下手に動いて金が貰えなくなったらそれこそ元も子もない。少し話し込み、話しているその途中で――納得したのかぱらりと江崎の拘束があっさりと解かれた。ぴ、と通話が切られる。レン姐さんってば随分虚仮にしてくれるじゃないの。その分ベンキョーしてくれるんならいいけどサとぶつぶつ呟きつつ、黒酒はまたメモ書きを続けていた。
 何考えてるんですか、今のは傷害、いえ場合によっては殺人未遂の現行犯になりますよと黒酒に詰め寄る政人。いやボク未成年だし法的にもそんな大事にならないし、って言うかそもそも殺す気ないし〜とあっさり黒酒。だったらもっと穏便に話はできるでしょうとシュラインも呆れたように続ける。
 と、騒がしくなりかけたそこで――黙れ、と拘束されていた当人から低い声が飛ぶ。解放されたそのまま、ずるずると座り込んでしまっている江崎の姿。これでは暫く仕事が出来ないな、と吐き捨てるようぼやきながら、その場に無残に転がっている仕事道具へと目を落とす。そして、そのまま口を開いた。
「…碧摩がどうした」
「レン姐さん? ボ・ク・の・依・頼・主だよ〜ん」
 で、なーんかね、どうしたって客観情報しかない裏の情報屋だけ使えばどれ程詳しく出たとしても刀持ち出したの兄さんって出ると思うからボクに依頼したんだってさ。それからボクの『ピンキー・ファージ』と兄さんを会わせたいとか、ついでにボクのやり方だと荒っぽいだろうから江崎も少しは薬になるだろとか言ってましたけどぉ〜。ああ、ここまでは直接言ってやれって今電話で伝言頼まれたんだよねぇ。
 そしたら依頼完遂した事にするから、ってサ。
 ちまちまメモ書きを続けながらそこまで言う黒酒。碧摩さんが頼んだんですかと確認する政人。そーだよんとあっさり頷き黒酒はメモにまた何やら書き込んだ。殆ど政人の事は気にしていない。
 唐突に、ははは、と空ろな笑い声が響き出す。誰の声――江崎の声。
「…あの女、余計な事考えやがって」
 俺と――食われた方の刀の――今の持ち主とを会わせようとはな。粋と言うか悪趣味と言うか。嫌がらせか好意かわからんよ。…まぁ、碧摩も心中、複雑な訳か。
 遺作に直接触れたのは俺だけになるからな。
「…じゃ、やっぱりお前だったんだな?」
 あの刀を街に出したのは。そう水晶が確認すると、江崎は静かに肯定。
「隠すつもりはなかったが――遠回りになったな。その通り。俺が持ち出した。とは言え俺は、奴の遺志を継いだだけだがな」
「遺志」
「ああ」
 二代目の。
 …二代目の望みは、自らをも含めた何もかもの全否定。何か恨んでいる訳でも何でもない。そんな小賢しいひとつひとつの意志も否定する。概念なんぞ要さない。ただ、まっさらな――純粋過ぎる悪意とも言うべき想念だけが奴の中にあった。虚無への餓え。何も無い事をただ、望む。湧き起こる衝動はすべてを壊したがる。
 人として生きるには問題があり過ぎる奴だった。その心だけが化け物染みていたと言っていい。
 だが、堪らなく惹かれる――実際に奴に会わねば決してわかるまいが、な。
 奴はあの二振りの刀にすべてを注ぎ込んだ。そして死んだ。
 最後の魂を――命もすべて刀にこめた。
 そう――自殺同然だ。

 遺書など無くともあの刀こそが、奴の遺志そのもの。
 何もかもを壊したいと。
 消し去りたいと。
 …力を貸せと。
 手が足りないと。
 まだ足りないと。
 壊す力が。
 少ないと。

 二代目が、そこに居た。
 力を貸せと。
 初めて。
 お前の手で、と。
 初めて――本心から、二代目に、託された。
 否応のある訳が無かった。

「…だから俺は、葬儀の合間――あの刀をここまで持ち帰った」
 俺は砥師だ。刀を持っていても何の不思議も無い。
 早く、早くと。
 急かされるような気がしたな。…だから砥ぎは途中で止めた。使えればいい。仕上げまでは――必要無いと。
 話すその姿はまるで、江崎自身が――既に、刀に呑まれているようにも見え。
「…こちらの都合に合う人間を見付けるのはこの街では難しくない。だからこそ、この街でと奴も望んだ」
 渡すべき相手はすぐに見付かった。
 そして後は――承知の通りだ。
 言って、江崎は皆を見上げる。
「…江崎さん」
「貴方は」
「…俺は故人の遺志を実行した、それだけなのだがな」
「それでも、何の罪も無い方がたくさん犠牲に――そして今も、辛い目にあっている方が居るんですよ!?」
 特に、荒げられる政人の声。
 それは――そうだ。
 だが。
「…それが二代目の遺志だ」
 人間――生者としての軛から逃れたあの男の。
 だからこそ。
 江崎はその遺志を――果たそうと。
 それだけで。

「…御同行、願えますか」
 極力抑えた政人のそんな科白に促され、江崎は素直に立ち上がろうとする。が、その過程で――その指先でさりげなく拾われていた仕事道具の小刀。立ち上がりながら逆手に握られたそれが――持ち上がり。切っ先は、それを持つ当人の――首筋に。目を見開く政人。押さえようと手を伸ばす。間に合わない――思った、刹那。
 茶色の腕が割って入っていた。
 小刀を持った江崎の手首を鋭く掴み上げていたのは堅人――否、辰之真。
『おぬし、逃げる気か』
「――」
『故人の遺志を継ぐと言うならば――それこそ、おぬしまで死んでどうする』
 行く末を見届けるくらいの意気がなくてどうする。それは――今の世では最早刀など必要の無いものなのかもしれん。サムライが最早居らぬのと同じくな…。だが、そこであっておぬしは――敢えて砥ぎを生業に選んだのであろうが。
 …砥ぎと言う他ならない――刀を後世に伝えていくその重要な役割を。
 辰之真はそう告げながら、江崎の手にある小刀をもぎ取る。…力は、抜けていた。
 政人は静かに、江崎の顔を窺っている。
「…貴方は」
「葉月と言ったな。…ずっと監視していてくれよ。隙無くな」
 …隙を見付けたら俺はいつ死のうとするか知れない。…奴に魂を捧げようとするか知れない。そう言い切り、政人に向けにやりと笑う江崎。自分の手を掴み上げ、たった今小刀を取り上げた辰之真にも同様の笑みを見せる。それは行動は何の抵抗も、見せない。…それでも。
 外から何を言っても無駄に思える、貌。
「…お前には結局、何も届かんよな」
 そんな姿を見、荒屋はぽつりと呟きを漏らす。
 答えたのはただ――江崎の静かな笑みだけで。


16■独白

 …ああ。備水砥まで済ませた刀を俺が渡した相手はふたりだ。一振りずつ別に渡した。いつ死んでも良いと思っているような輩は多いからな。探すのに苦労は無かった。時計屋の囲い者? …知らんよ。あの男ならやるかもしれないが俺は知らない。確かにあの辺りには時計屋の取り引き相手は多いと聞いたが――俺は奴の取り引き相手などいちいち顔も名も知らん。興味も無いからな。
 …どうした? 何か騒がしいが。…何? 事件の刀が無くなった? …何処かへ盗まれたってのか? そうか…それでこそ奴の刀だ。くくく、ははははは。
 黙れ、そんなに笑うな? …これが笑わずにいられるか。俺が居なくともまだ続く。あいつはまだ生きる。言葉は誰かが受け取るだろうよ。『二代目はまだそこに居る』。

 別に改まった異能なんぞ無くていい。
 ………………何もなくとも自然にそれを他者にやらせる事ができるモノこそ、本当の呪物。

 そうだろう? 刑事さん。


【了】



×××××××××××××××××××××××××××
    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
×××××××××××××××××××××××××××

 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

 ■0596/御守殿・黒酒(ごしゅでん・くろき)
 男/18歳/デーモン使いの何でも屋(探査と暗殺)

 ■2349/帯刀・左京(たてわき・さきょう)
 男/398歳/付喪神

 ■2109/朔夜・ラインフォード(さくや・-)
 男/19歳/大学生・雑誌モデル

 ■3620/神納・水晶(かのう・みなあき)
 男/24歳/フリーター

 ■4172/来生・充(きすぎ・みつる)
 男/28歳/警視庁超常現象対策2課警部

 ■1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)
 女/23歳/都立図書館司書

 ■1883/セレスティ・カーニンガム
 男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い

 ■0086/シュライン・エマ
 女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

 ■2498/倉田・堅人(くらた・けんと)
 男/33歳/会社員

 ■1855/葉月・政人(はづき・まさと)
 男/25歳/警視庁超常現象対策班特殊強化服装着員

 ■1166/ササキビ・クミノ
 女/13歳/殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。

 ※表記は発注の順番になってます

×××××××××××××××××××××××××××

 …以下、登場NPC

 ■江崎無明=二代目の遺志を継ぎ刀を街に出した当人、ある意味一番の被害者…?
 ■『時計屋』=二代目の遺作による殺人事件の助長に関与…?(詳細不明)
 ■荒屋周平=初代五月雨黒炎との約定による二代目の庇護者、身内を気遣い続けただけの人
 ■水原新一=身内を気遣い続けただけの人/異界登録NPC
 □碧摩蓮=身内を気遣い続けただけの人/公式NPC
 ※PC様に疑われ順に表記(…?)

 ■遠山重史/異界登録NPC(に、なりました)
 ■故・二代目五月雨黒炎→遺作の双子刀、無銘
 ■故・初代五月雨黒炎

×××××××××××××××××××××××××××
          ライター通信
×××××××××××××××××××××××××××

 この度は発注有難う御座いました。
 …また早い内に発注下さった方々の納期に掛かり始めております…(汗)
 最近日数上乗せの上に遅刻と非道な事をしまくっているような…まことにもって申し訳ありません(謝)

 そして――今回、相変わらずと言うか何と言うか本文が長いので(汗)、ライター通信は業務連絡系の話のみで失礼致します。
 代わりと言ってはなんですが(汗)取り敢えず納品確認の後に私の個人サイト(窓口下方で繋いであるところです)の雑記の方ででも…ライター通信相当?の事を書いておきますので、今回の言い訳(…)その他個人様宛てのお話等はそちらで閲覧お願いします…。お手数取らせます…。

 今回、各章タイトルの頭に数字(00〜16)が付いていますが、皆様、時々数字が抜けていると思います。が、間違って抜けているのではなく承知の上です。
 何故そうなっているかと言うと、実は今回のノベルは章タイトルで区切った部分部分を各PC様の登場・活躍シーンごとに適当に分割してそれぞれ納品してあるからです。そして、その各部分を他PC様のノベルにあるものも含めこの数字順に辿ると…長々した一本の話(汗)になって読めもする、と思われます(多分)。宜しければそんな読み方もどうぞ。
 ちなみに同じ数字の部分はそれぞれ共通になってます。結果、個別部分のある方やほぼ他PC様と共通になってる方等も居ります。

 一部の方にアイテムの配布がありますが、それは前回の「ゴーストネットOFF:殺人者に死は訪れぬ」時に話の流れで入手し、今回特に無くなってもないだろう物になります。…今回は続きに当たる話になるので、まだアイテム配布のシステムが無かった前回に入手した扱いの物を、今回お渡ししておく事にしました。

 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いです。
 ではまた、機会がありましたら…。

 深海残月 拝