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真冬の海と人魚の少女
真冬の海に響く波と風の音が、一層寂しさをかき立てていた。夏場なら、波の音に混じって賑やかな観光客の声が聞こえてくることだろう。
「話ではこの海岸に人魚の女の子がいるはずなんですよね」
海原・みなもは遠い海岸線を見つめた後に、近くに水面に人影がないか目をこらしていた。 みなもは人魚の末裔であった。だから、Y・Kカンパニーで今回の話を聞いた時、その少女にどこか親しみのような物を感じたのだ。
「人魚さんに会えるなんて嬉しいですぅ!」
今回同行している鈴木・天衣は、楽しそうに海を眺めていた。
「ずいぶん沢山荷物を持っているようですけど、お土産ですか?」
天衣が大きなバッグを持っているので、みなもはふと尋ねてみた。
「はいです〜!人魚さんに陸のお菓子を楽しんでもらいたいので、おやつを色々持ってきたですよ!」
なるほど、とみなもが頷いた時、みなもの後ろから小さく水しぶきの音が聞こえた。すぐにそこへ駆け寄り、水面を覗くと、歳の頃は16歳ぐらいだろうか。ブルーの髪をした少女が海面から、みなも達の方を伺っていた。
「わあ、もしかして人魚さん!?」
天衣が顔を輝かせている。
「貴方達は、だあれ?」
少女が首を傾げている。
「初めまして。あたしは海原みなもと言います。貴方が人魚のルーナさんですよね?お友達が欲しい、という事をお聞きしまして私達、ルーナさんに会いに来ました」
みなもが、笑顔と共にルーナに話し掛ける。
「そうよ、あたしがルーナよ。みなもって言うのね?こんな冬に海に泳ぎに来るなんて変わってるのね!」
かなり人懐こい性格なのだろう、ルーナはすぐにみなも達の方へと近寄ってきた。
「あたしも海に泳ぎに来たんです。あたしもルーナさんと同じ、人魚の末裔なんですよ。ちょっと種族が違うかもしれませんけど、人魚の姿にもなれるんです。仲良くなれたらいいなと、思いまして」
「へえ、みなもさんも人魚なんですね〜!私は人魚じゃないですけど、妖精の血が混じってるんですよぉ」
天衣もルーナに近寄ると、ふわりと空に舞い上がって見せた。とたんに天衣の黒い髪がピンク色に変わり、背中に3対の透明な翅がぼんやりと現れる。
「わあ、天衣の羽きれーい!」
ルーナは感激し、興奮した口調で天衣を見つめていた。
「ルーナさん、空を飛んでみたくないですかあ?」
「え、そんな事出来るの!?」
「はいです!私がルーナさんを抱えて飛ぶんですぅ。鳥みたいに空高くは飛べませんけど、飛ぶ感覚は楽しめると思いますよぉ!」
「凄いすごーい!あたし、空飛んで見たかったんだ!だってさ、海の中じゃ泳ぐ事は出来ても、そんな事絶対出来ないしね!」
「任せてくださーい!そうだ、この近くに小島はありませんかぁ?皆でそこまで遊びに行きたいと思うんですぅ。のんびり地上のお話もしたいなぁと」
それを聞き、ルーナは水平線の彼方を指差して、楽しそうに言った。
「ずっと向こうに、人魚達だけが知っている本当に小さい島があるの!」
「良さそうですね。天衣さん、その島へ行きましょう」
みなもは海に飛び込むと、人魚の姿へと変身した。
「みなもって本当に人魚なんだね。何だか、すっごく親近感わいちゃうな。普段は地上で暮らしているんでしょ?」
「そうですよ。普段は地上の学校、という所に通っています。地上には色々な施設があって、色々な人が暮らしているんです」
「話の続きはまた後でね。そろそろ、行くよぉ!」
天衣はルーナをかかえ、そのまままっすぐに水平線目指して飛び上がった。
「すっごーい!!!あたし、本当に飛んでるんだね!」
ルーナをかかえて飛ぶ天衣の後に、みなも海面を泳いで続いた。海を渡る妖精と人魚。それはまさに御伽噺の挿絵のような光景であった。
「あ、あれよ!あそこがその小島なの」
前方に木で囲まれた島が見えてきた。小島と言っても本当に小さな島で、東京にある学校の体育館ほどの大きさしかない。
島に到着したみなも達は、島の入り江に上がり、そこで天衣が持ってきた御菓子を食べる事にした。
「バレンタインが近いので、ガトーショコラと、メレンゲ菓子を持ってきました。これ、口の中で溶けるんですよぉ!」
みなもも、天衣が作ったお菓子を口にする。お菓子はとても甘く、手が止まらなくなりそうなほどだ。
「地上にはこんなに甘い物があるんだね。海の中は貝とか魚とか海草とか、そういうのばっかりでつまらないの」
入り江に腰掛けて、同じく天衣が持ってきたアップルティーを飲みながら、ルーナが口を尖らせていた。
「でも、海も面白いと思いますよ」
みなもは静かな波の音を聞きながら、ルーナに話し掛ける。
「確かにね。地上の事はよく知らないけど、海にだって色々な物があるわ。あたしはそれも好き。だけど、地上に興味があってもいいと思うの。どうして人魚の仲間は皆、地上を毛嫌いするのかな。みなもや天衣みたいに、親切な人もいるのに!」
「そうですね、たぶん、海のお仲間は、ルーナさんを心配しているのではないでしょうか?地上には、確かに良くない人もいますからね」
「そうなのかなぁ?」
ルーナは最後のガトーショコラを食べ終わると、流れる雲を見つめていた。
「お菓子、美味しかったですかぁ?」
にこやかな表情で天衣が話し掛ける。
「うん。もう最高。人魚の仲間達にも食べさせてあげたいぐらいよ!」
「それは良かったですぅ!私、一度本当の人魚さんとお話してみたかったんですよぉ。私のご先祖様にルサールカの大叔母さんって言う人がいるんですけどぉ…」
3人は、色々な話をして盛り上がった。冬だけど穏やかな海。小さな小島で、3人は地上の話や海の話、それぞれの家族の話等、時間も忘れてずっと話をしていた。
「あら、もう夕暮れですね」
みなもが海の彼方に沈もうとしている太陽に気づいた時には、すでにあたりが薄暗くなり始めていた。
「もう夜になるの?せっかく、楽しくお話していたのに」
ルーナががっかりしたように、ため息をつく。
「このぐらい暗くなれば、そんなに目立ちませんね」
「うん?何かやるのぉ、みなもさん?」
「最後に、ルーナさんを地上の町を少しだけ案内して上げようと思いまして。あたし、向こうの海岸に車椅子を用意してるんです。それにルーナさんを乗せれば、町の中もご案内出来ると思うんです」
天衣が再びルーナを抱えて飛び、3人は元いた海岸へと戻ってきた。みなもは海岸に置いておいた車椅子を取り出してくると、そこにルーナを乗せて、ヒレの部分は見えないように毛布を被せて、同じく用意した服を着せた。
「地上の町が見られるんだね。わくわくしちゃう!」
みなも達は、ルーナを海岸の町へと案内した。町とは言っても観光地で、この時期はあまり人がいないが、水族館や動物園、ちょっとした飲食店や旅館などがあった。
閉園間際ではあったが、みなも達は動物園へとルーナを案内した。動物園ではあるが、海水浴に来たついでに楽しんでもらうような場所だから、それほど大きなものではない。
しかし、檻の中にいる動物達は、全て地上の生物。ルーナは珍しそうな表情で、たくさんの動物達を食い入るようにして眺めていた。
「こんなに色々な生き物がいるなんて。やっぱり、地上は楽しいところなんだわ」
静かな声で、ルーナが呟いた。
「自分達が知らない世界に憧れるのは、皆一緒だと思いますよ」
「私もそう思いますよぉ。自分が知らない世界は楽しそうに見えるものですぅ」
「そういう物なのかな?」
少し考えこむような表情で、ルーナが首をかしげた。
「そうですよ。海も地上も、それぞれに楽しい場所であると、あたしは思いますから」
みなものその言葉を聞き、ルーナは少し納得したような表情で、軽く頷いて見せた。
「そうかもね。きっと、それぞれにそれぞれの魅力があるんだね」
動物園を出る頃には、完全にあたりが暗くなっていた。みなも達はルーナを車椅子に乗せたまま海岸まで来ると、岩場からルーナをそっと海へと降ろした。
「今日はあっと言う間だった。だけど今までで一番楽しかった。地上の食事も最高だったし、少しの間だけど空も飛べた。この話をしたら、皆ビックリするわ!」
ルーナは無邪気な笑顔で、みなも達に笑いかけた。
「私も楽しかったですぅ!また空を飛びたくなったら、天衣に任せるですよ〜!」
天衣がふわりと空を飛んでみせる。
「有難う天衣、みなも。また遊びに来てよね、地上の世界の…あたしのお友達!」
「もちろんですよ。また会える日を楽しみにしていますね!」
元気な笑顔のまま、ルーナはみなも達に手を振ると、少しだけ寂しそうな表情を見せ、海の中へと潜っていった。
みなもと天衣は、すっかり暗くなった海岸で、ルーナの影が消えてしまうまで見送り、やがて海岸を離れて帰途へとつくのであった。(終)
◆◇◆ 登場人物 ◆◇◆
【1252/海原・みなも/女性/13歳/中学生】
【2753/鈴木・天衣/女性/15歳/高校生】
◆◇◆ ライター通信 ◆◇◆
海原みなも様
初めまして。新人ライターの朝霧青海です。発注頂き、本当に有難うございました!
今回のシナリオは2本立てですが、こちらはほのぼのバーションで。みなも様は両方に参加頂いてますので、それぞれ違った方向から楽しんで頂けると幸いです(笑)
朝霧の初のゲームノベルで、ネタは名前と少し変わった所から持ってこようと思い、真冬の海、となりました。最初に少女、の方を考えて、どうせなら対にして色々な方に楽しんでもらおう、という事になり、ギャグバージョンも付け足しました(笑)
一緒に参加された方との基本的な文章は一緒なのですが、視点がPC別になっています。他のプレイヤー様のノベルもご覧頂けるとさらに楽しめるかもしれません(笑)
それでは、今回は本当にありがとうございました!
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