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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


  ◆◇ 海鳴りが聴こえる ◇◆


 ――海鳴りが聴こえる。


 学校帰りの、通学路。暗色の制服の群れ。少女たちの笑い声。少年たちのざわめき。
 その狭間で新見透己はふと、辺りを見渡した。
 いつもと変わらない風景。なにひとつ変われない自分の周りから、潮が引くように音が消えていく。
 代わりに響くのは、潮騒。
 さらさら、ざわざわ。冷たくて静かでそれでいて留まらない音色が、透己の肌を撫でて、また去っていく。
 灰色の双眸を塞げば、音はひときわ大きくなる。
 この場所から海は遠く、現実には晴れた空ばかりが広がっていると云うのに。
「なんなんだろう……」
 そっと、呟く。
 気になることは、もうひとつ。
 今日の朝、歯を磨くため鏡に向かったときに、気付いた。
 真っ黒な髪に似合わない、薄い薄い灰色の眸。透己の嫌いな、色彩のコントラスト。
 それが今日は、少しばかり違っていた。
 潮騒に絡み付くのは、無論、海の青。その彩に、右側の眸だけ深く、染まっていた。驚いた。
「どういうこと、なのかな?」
 見えない海の音色が、透己を包んでいく。どんどん、大きくなる。身体のパーツまでが、海に染まっていく。
 このまま放っておけば、自分は幻の海に沈んでいくのだろうか。どういう果てが待っているのだろう。
 理由は、わかっている。
 昨日、実家の長兄から届いた小包。小さな箱に納められていたのは、丸く磨かれた石。濁りのない蒼水晶。
 なにひとつ手紙も電話もなく、ただ、ぽんと送り付けられてきた。
 兄と自分の間には、どうしようもない溝がある。その隙間を埋めるつもりか、それとも――不愉快な妹の存在自体を、抹殺するつもりか。彼の行動ひとつひとつに、裏がある。透己が実家に住んでいたころから、そうだった。
 悪意とも善意とも付かない贈り物は、やはり、透己に要らぬ変化をもたらしたよう。
 くしゃりと、垂れ下がる前髪をかきあげる。髪の毛が風に流される音さえ、海の砂が軋むのに似ていた。
 透己は、そっと溜め息を吐く。
「このままにしておいても、好いけれど……」
 悪意ならば、このまま流されてしまうのも、癪。
 独り暮らしのアパートへ向かう足をくるりと返し、透己はすたすた、歩き出す。
 怪奇現象お断りの看板を掲げた、どこよりも怪奇現象に強い、理不尽な興信所に向かって。


    ◇◆ ◇◆◇ ◆◇


「それが、今週の木曜日のことです。で、いまはここまで、蒼く染まっちゃいました」
 テーブルを挟んで向かい合う草間武彦とシュライン・エマに、透己はぱっと、手の甲を上に両手を広げて見せた。
「ネイルを塗っている……って訳じゃないわよね?」
 覗き込んだシュラインが、一応、と云った風情で訊ねる。当然、透己の首が振られるのは真横だ。
「全然。そう云うの、あんまり興味ないんです」
 化粧気のない彼女に相応しい、シンプルなお答えが返ってきた。
 透己の無造作に切り詰められた爪。十枚、お行儀好く並んだそれらは、先の方から鮮やかな蒼のグラデーションに彩られていた。視線を持ち上げれば、片方だけブルーの眸にぶつかる。そんな風に海に染まった彼女の裡では、いまでも、海鳴りが響いているらしい。
「お兄さんからの、贈り物でねえ……」
 なんとなく、引っ掛かる単語。草間に視線を流せば、彼もまた、同じ考えに至ったらしい。小さく、頷いてみせる。
 以前、妹への贈り物にと、曰く付きの指輪を持ち込んだ青年がいた。彼ならば、こんな変り種の贈り物もありえる。
 取り敢えず、いまの時点では想像でしかない。無駄に突っ込むべきものでもない。なによりも、万が一間違っていたらただの依頼漏洩だ。
 語ってはならないことがあると、話すべきものもぎこちなくなる。
 一瞬、強張った空気を破ったのは、この興信所名物の心臓に悪い呼び鈴だった。
「こんにちはぁ!」
 重なるのは、元気の好い声。
 ぱたぱたと足音も跳ねるような羽角悠宇と、ふんわりと優しい空気を纏った初瀬日和。興信所の常連であるふたりが入ってくる。
「あれ? 羽角先輩?」
 その姿に、透己は目を細める。悠宇も、ちょっと驚いたように目を瞠る。
「透己? またお前かよ」
「『また』ですみませんね。まさか羽角先輩が来るなんて、思わなかったんですけど」
 そこまで云って、透己は微かに眉を潜める。意地悪そうに、きゅっと唇の両端が釣り上がる。
「……デートのお邪魔をしちゃったみたいですね。ごめんなさい。もう、好いです」
「なんだよそれ」
「こちらの所長さんと、エマさんにお話聞いて貰います」
「また、なにかあったのかよ」
「別に。あたしだって、野暮な真似したい訳じゃないんです」
 素っ気なく云って、視線でドアを指し示す。取り付く島もない透己に、言葉を挟んだのは悠宇の隣にいた日和だった。
「悠……羽角君、あなたの助けになりたいんだって。私も、羽角君のお知り合いのことなら、なんとかお役に立ちたいもの」
「……すんごい、好いひとですね。羽角先輩の彼女さん」
 たっぷり含みを込めて、透己は呟く。
 ただにっこりと、日和は微笑む。透己の刺々しさを包み込んで、そっと鋭さを和らげる。そんな柔らかさだった。
 透己を遮ろうとした悠宇は、ほっと息を吐く。逆に透己の居心地悪そうな視線に気付き、にやりと笑う。
 悠宇の好きな女は、闇雲な刃に傷付けられるような弱い子ではない。むしろ、優しい風情に隠された強さに悠宇は惹かれる。守りたいと、願う。
「そろそろ、話を戻しても好いかしら? 皆さん」
 三竦みの様子に肩を竦めて、シュラインが手を叩いた。


 零が人数分のコーヒーを出したところで、話は再開。
 細いがしなやかな指で、日和が石を撫でた。
「なにか……聴こえるような気がしなくもないです」
「内側に、なにか溜まっているのかしら?」
「かも知れません」
 シュラインが訊ねると、曖昧に日和は頷く。
「お前、なにか心当たりねえのか?」
「心当たり?」
 透己は首を傾げる。
「そう。こんな物を送り付けてくる変わり者の兄貴と、海。連想ゲームみたいなもんだ」
「連想ゲーム。海と、兄さん……」
 少し考えて、透己は苦虫を噛み潰したように顔を顰める。
「最低の思い出なら、ありますけど」
「水で洗ってみたらどうかしら? 単純明快に」
 シュラインの提案に、場所がバスルームに移される。
 お世辞にも広いとは云えない空間に、男女五人。やや古びた内装と相俟って、ぎしぎし空気が薄い。
「取り敢えず景気好く、ね」
 シュラインが、蛇口を全開にする。勢い好く迸り、みるみる満ちていく冷たい水。
バスタブに張られた水に、他愛もない水遊びのように蒼水晶が沈められた。
 静かに静かにスローモーションで、底まで落ちていく。じわりと、蒼い色が溶ける。
 輪郭が、解けそうになる。
「日和?!」
 弾かれたように、日和はバスタブの底に手を伸ばした。ぱっと、蒼みを帯びた水滴が飛び散る。
 肘まで冷たい水に濡らして、日和は蕩けそうになっていた石を拾い上げた。
「日和ちゃん?」
「なんなんですか? 一体」
 シュラインが、日和の顔を覗き込む。刺々しい透己の視線が、日和に突き刺さる。
 条件反射で透己の無闇な敵意から日和を遠ざけるように、悠宇は間に割って入った。
「日和?」
「なんだか、駄目な気がするんです。なんとなく。こんな風に冷たい、なんにもない空間で、この石を洗い流してしまうのは」
 日和は守るように石を包み込んでいた両手を、開く。そこには、少しばかり白濁りし、歪に形を変えた水晶があった。
「水で溶けるって云うのは、正解だったわけね」
 シュラインは思案げに、腕を組む。
「でも、透己の眸、戻ってないな」
 顎で、透己を指し示すのは悠宇。
「似合うからそのままでいろってことじゃないか?」
「先輩、冗談は止めて貰えます?」
 冷ややかに透己が一蹴する。
「別に、冗談じゃない。ついでに云うなら、そんなに心配するようなことでもない気もしてる」
「他人事だからでしょう」
「違うって。お前がそんなに簡単に、海の色みたいな移ろい易い色に染まるなんて、思わない」
「……ありがたいこと、云って貰っている気もします。でも、いまは微妙です」
 ぎゅっと、透己は唇を噛み締める。
「ちょっとごめんなさい」
 シュラインが、日和の手のなかで温まっていく石に手を伸ばす。綺麗に整えた爪で表面を抉り、そのまま無造作に口に含んだ。
「……塩辛い」
 強く握り込めば崩れてしまいそうな石は、塩の塊に近い。
「海の結晶、なんですね」
 日和が、大切そうに手のひらを覗き込む。
「そんな大層なものの筈ないです。だって、兄さんが送り付けてきたものですから」
 にべもなく、透己は云い切る。
「羽角君も云っていたことだけど、なにか、大切な思い出が、海にはあるんじゃないの?」
「ありません」
「なら、ムキになるんじゃないか」
「なっていませんったら」
 ぱしゃん、と水に濡れたバスタブの縁を叩き、透己が低く唸る。
 それらを眺めていたシュラインは、ふと、宅配便の送り状に書かれていた住所を、思い出した。
「由比ガ浜」
 ぱっと、弾けるように透己が振り返る。
「贈り物に付いていた、宅配便の送り状。K市の住所だったわね」
「関係ないですってば」
 透己が首を振る。
「透己」
 悠宇が静かに、透己の名前を呼ぶ。
「お前、さっきデートの邪魔をしてすまないだのなんだの、云っていたよな」
 きょとん、と、透己は悠宇を見返す。
 少しばかり色違いの両目が潤んでいるように思えるのは、悠宇の気のせいか。
「デート、再開してくる」
 悠宇は、日和の手を取って、バスルームのドアを押した。
「場所は海で。好いだろ? 日和」
 返事代わりに、おっとり日和が微笑む。
「ちょっと、先輩!」
 悲鳴じみた透己の声を置き去りに、ふたりは部屋を飛び出した。


 ぺたん、と力が抜けたように、透己は濡れたタイルに座り込んだ。
「ねえ、新見さん。そんなにお兄さんが嫌い?」
 ぼんやりと、複雑な感情を抱えていた、あの青年の横顔を思い出す。
 蒼と、灰色。どちらも同じほど無機質な色の眸で、透己はシュラインを見返してくる。
「兄さんが、あたしを嫌いなだけです。きっと、兄さんにはあたしは邪魔だったから」
 くしゃくしゃ、と真っ黒な髪を、透己は片手で掻き混ぜる。乱れた髪が額に被り、表情を隠す。
「あたしの実家、ちょっと変わった家なんです。だからかも知れない。そうじゃないかも知れない。ただ、あたしが気に食わないだけだったのかも知れない。別に、どちらだって構いやしないんです。あたしは」
 吐き捨てて、片手でバスタブの水を掻き回す。蕩けた水晶の彩を吸い込んだ水は、透明な水よりも尚、清んだものに見えた。
「そうかしら?」
 シュラインは、深紅のネイルで塗られた爪で、唇をなぞる。
「別に、どうだって構わないです。本当に」
 頑なな横顔を見せ付けて、透己は繰り返す。ぱしゃん、とひときわ高く、バスタブの海がさざなんだ。
 ――……。
「え?」
 微かな声を聴いた気がして、シュラインは耳を済ませる。
 ちゃぷん、と透己の指先に、跳ねた水音。
 ――……ぇん……。
 ぱっと、透己も顔を上げる。
「聴こえたわよね」
「はい……少しだけ」
 とすれば、原因はバスタブ一杯の水晶水溶液の他にはない。
 恐る恐る、透己とシュラインは顔を並べて、ソーダゼリーじみた水面に耳を近付ける。透己の不揃いな髪の先が水に触れて、柔らかく広がる。
 それでも、遠く微かに響く声を、はっきりと聴き取ることはできなかった。
「気にならない? 新見さん」
 至近距離にある透己の顔を、シュラインは覗き込む。
 心なし、透己は悔しそうな顔。数瞬固まって、しぶしぶ頷く。
「じゃあ、行きましょうか。車でなら、きっと追い付けるから」
 にっこりと笑って、シュラインは立ち上がった。


 JRと私鉄を乗り継いで辿り着いたのは、健康的なほどあからさまな海の風景だった。
 コートの襟を立て風を凌ぎながらも、悠宇は浮き立つ気持ちを抑えきれないらしい。吹く風は冷たければ冷たいほど悠宇には清しく感じられるよう。絡めた日和の手のぬくもりも、悠宇の上機嫌を後押しする。
 交わした視線の先で、はにかむように日和が口許を綻ばせた。
「なんだか、凄く愉しい。悠宇と、こうやって海に来ちゃうなんて。なんだか、透己さんに悪いけれど」
 くす、と小さく笑い声を上げる。そんな風に云いながらも、日和のポケットにはハンカチに包まれた石が大切にしまわれている。
日和は、スカートの裾に気を付けながら砂浜にしゃがみ込む。焦げ茶色の丸いブーツのつま先を、霙じみた波が撫でていった。
悠宇は日和の傍に立って、ポケットに手を突っ込んだまま日和の手元を覗き込む。
悠宇の身体分だけ、風が日和を避ける。
「ありがとう」
 日和は悠宇を見上げて、ほんのり眸を細めた。
日和の指先が、波に触れる。手のひらを転がっていく、白濁りした蒼水晶。
 もう少しで、水晶が波に触れる。そんな瞬間、ふたりの背中に声が投げられた。
「先輩! 羽角先輩! 初瀬、先輩!」
 砂浜を、転げそうになりながら透己が走ってくる。砂じみた階段上の路肩に車が止まっている。運転席には草間の姿。ガードレールに身体を預けて、シュラインが片手を上げた。
 ばさばさ砂を蹴り散らして、透己が滑り込んでくる。
 肩で息をしながら、日和が持つ水晶に手を伸ばす。掬い上げて、ノンストップで海に飛び込む。
「透己!?」
 ざばざばと、膝上までの深さまで海に漬かってしまう。派手に寄せて来る潮が、胸元まで濡らした。
 重ねた両手で透己は水晶を握り込んで、もう一度見返す。かたちを、頭に刻み込むように。
 そうして、一瞬躊躇うように止まって、投げ捨てるように水晶を水のなかに落とした。
「透己さん……きゃあッ悠宇?!」
 続いて海に入ろうとした日和を、悠宇は軽々と抱き上げた。
 ふわりと、体重が浮く。まるで羽根が生えたみたい。
「ちょっと……重いでしょう? ねえ、悠宇ったら!」
「重くねえよ」
 こんな冷たい海に、頼まれたって日和を入れる訳にはいかない、と悠宇の目が語っている。当たり前のような優しさで、悠宇は日和を甘やかす。悠宇の情は日和にとって、ひどく嬉しく、微かにもどかしい。
 ――もっと、私は強いのよ?
 そう子供みたいに、云い張りたくなる。
 弱々しく抗う日和を両手で抱えて、塩水を蹴散らして透己に近寄る。
 水のなかに落とした水晶を探すように俯いて、透己はどこか、迷子の子供のような顔をしていた。
「子供の頃、親戚の家に預けられたことがあります。叔父さんも叔母さんも優しかったけれど、どこか当たり前に余所余所しかった。そこに、兄さんが来たんですよ。海を行こうって、あたしを連れ出した」
 淡々と透己は呟きながら、爪先で波を蹴る。水に沈んだ石は分厚い水を透かし、細かな泡を立てて溶けていく。消えていく。
「でも、兄さん、あたしを海に突き飛ばしてひとりで帰っちゃったんですよ? お陰で、いまでもあたしは海が大ッ嫌いです。特に冬の海は最悪。本当に、寒かったから」
 陸では、高いヒールで危なげもなく、シュラインが砂浜を横切ってくる。
 水辺ぎりぎりまで歩み寄って、腕を組む。僅かに傾けた顔に沿って、さらりと後れ毛が揺れる。
 深紅の唇で、たったひとつの言葉を紡ぐ。
 かなり離れた場所なのに、透己たちの耳にも鮮やかにそれは響いた。
「透己」
 ぱっと、透己はシュラインの顔を見返した。瞠った眸の彩は、水に薄められていくように色褪せていく。
 それを見返しながら、シュラインはもう一度、同じように透己の名を呼んだ。
「透己」
 声帯模写能力――シュラインの喉から、シュラインのものではない声が発せられる。
 かつて会った青年の声音、口調。聴いたことがない、でも想像できる音で忠実に再現してみせる。
 かつて妹に呪いある指輪で呪いある祝福を贈ろうとした、青年の存在を。
 ――そのとき。
 海に沈んだ石から、小さな囁き声が聴こえた。
 ――ごめん。
 ほんの、一言。
 シュラインがなぞった同じ声が、紡ぎ出す。
 しゃり、と最後に残った水晶の欠片が崩れ落ちた。やがて引く波に流されて、跡形もなくなる。
 透己は、両手で顔を覆う。泣き出しそうとか、そういうものではなしにただ混乱を隠すため。混乱する自分を、自分自身から隠すために見えた。
「ばッかじゃないの? もう、十年以上、前のことだよ……」
 指の隙間から、透己の呻きが漏れる。
「本当に……馬鹿野郎」
 掠れた、甘い声。甘い甘い声。
「ねえ、透己さん……本当に、嫌な想い出ばかりだった? 優しいものなんて、欠片もなかった?」
 悠宇の腕のなかから、日和はそっと、透己の髪に触れる。微かに首が振られる。でも、それは日和の手を拒んだだけかも知れない。そんなことは、わからない。
「悔しいな」
 ぽつん、とそんな呟きを、透己は落とす。
 次の瞬間、透己は勢い好く顔を上げ、ざばざばと波を裂いて浜へと歩き出した。
 全部の惑いを海に捨てた振り。そんな、潔いような、意固地に伸びた背中が日和の目に映る。
 砂浜には、男女ふたりの姿。遠めにもシャープなシュラインと、うだつのあがらない風情の草間。草間の方は暖を取るためか、両手にいっぱいに缶コーヒーを抱えている。
「早く上がって来なさい! 風邪引くわよ!」
 シュラインが、手を翳して悠宇と日和を呼ぶ。
 日和は、躊躇いがちに悠宇の胸元に頬を摺り寄せる。
 寂しいような、切ないような気持ち。自分の手が、なにかを掴み取れずにすり抜けた気分。自分では抱えきれないもどかしさを、悠宇に助けて欲しかった。本当に苦しいときは、頼ってしまう。そんな自分が情けなくて――。
「悔しい、かな……」
 その言葉には、嫌悪の濁りばかりじゃない。
 日和も、その心を知っている。
 微かに、日和を抱える腕に力が籠もる。視線は上げない。だけど、その手のぬくみが、ほんの少しだけ日和のこころを慰撫する。
 尖り切った硝子のように純粋で曲がらない悠宇を守りたいのは、日和だって同じなのに。
 ――悔しいな。好きだな。……大好き。
 何故か泣きたいような気分で、日和はそんな想いを抱き締めた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】

【 3524 / 初瀬・日和 / 女性 / 16歳 / 高校生 】

【 3525 / 羽角・悠宇 / 男性 / 16歳 / 高校生 】

【 NPC1859 / 新見・透己 / 女性 / 16歳 / 高校生 】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、不束者のカツラギカヤです。この度は、ご発注ありがとうございました。

◎シュライン・エマ様 ⇒ 再度のご発注、ありがとうございました。確かに、あの兄はこの妹の兄です。そういうネタが少しでもプラスになればと思い、こんなかたちの物語になりました。少しでも、愉しんで頂ければ幸いです。

◎初瀬・日和様&羽角・悠宇様 ⇒ 羽角様、透己に度々お付き合い頂き、ありがとうございます。初瀬様、なんだか初めましてと云う感じではないのですが、初めまして。今回は、カップルでのご参加、ありがとうございました。せっかくだから、とカップルの内面、みたいなものが描ければと頑張ってみたのですが……如何でしょうか? 正直、お持ちのおふたりの関係と違っているかも知れないと思いつつ、冒険をしてしまいました。不都合がございましたら、大変申し訳ございませんが、ご連絡下さいませ。

繰り返しになりますが、この度は本当にありがとうございました。また機会がございましたら、少しでもお気に召して頂けたら、また宜しくお願いします。