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<東京怪談ノベル(シングル)>


果実


 遮二無二、むしゃむしゃ。
 遮二無二、むしゃむしゃ。
 美味しいから食べるの? それとも、
 血肉にする為かよう。


◇◆◇


 びくぅ! である。そう、びくぅ! なのである。一体何がびくぅ! なのかというと、海原みなもがびくぅ! なのである。
 いやはやそれは重要無形文化財として登録すべき程のびくぅ! であった。椅子に座っていた身体が、一瞬重力が宇宙で飛び上がり、背筋は線のように伸び上がり、何よりも表情、いかなる小説家ですらも比喩を用いては表現できぬくらいの、すなわちキングオブびくぅ! 顔だったのだ。
 だが別にそのびくぅ! に、トリュフ並の価値は無い(一部の達人除く)ので、その反応を見た少女の反応は冷や汗垂らしての戸惑いである。少なくとも、宝物を見つけて狂喜乱舞では無い。「ど、どうしたのみなもちゃん? 私何かしたっけ?」
「いや、その、だって」
 だが海原みなもにとって、この稀代の反応が余りに自然に出たのは必然的な理由であった、何しろこの急に名前を呼んで声をかけてきた少女は、友達は、
 果樹園の娘さんなのだ。
 別に韓国の素敵スマイルちゃうのになんでやねん――と、アンケート結果が出そうだが、海原みなもにとっては果樹園の友達とは、怪奇体験ツアーへの誘いである。一言でつらつらと説明すれば、樹になるわ逆さ釣りなるわ岩になるわ果樹園の修理だわ最後のは自業自得だけど。
 であるからして、海原みなものこの反応は当然だったと言えよう。だからと言って聞く耳もたぬ聞か猿では無いので、びくびくしながら何の話と聞けば、
 ほっ。である。そう、ほっ。なのである。一体何がほっ。なのかというと、海原「みなもちゃんが」
「なんでナレーションみたいな事してるの?」
 冷や汗を掻きながらやっぱり演劇部に入ったんじゃと疑惑を強くする、演劇部の幽霊部員がほっ。とした理由は、
 何時もお世話になってるから、特別な果物を食べにこないという、とても素敵なお誘いだったからである。
 今思えば、特別って言葉、もう少し怪しさなる言葉に変換した方が良かったかもしれないけど。


◇◆◇

 それはとても。
 とても不思議な。
 不思議な果実。

◇◆◇


 真っ白な画用紙にクレヨンで描いた虹。
 何の例えかといえば、目の前の物。
 ほらごらんなさいと友達の右手、その果実を指差しました。雪の原にて孤高に佇む生い茂った葉に散りばめられた、
 奇天烈な果実。
 だって、それは、大小も様々。ビー玉、象の鼻。それも形も丸だとか三角だとか四角だとか、そのカテゴリィからは外道なのですもの。
 そう視力で、つまりは瞳で言うと、友達は、だから出荷出来ないのよ。
 そうかきっとそういう物か、風車は風で回るようにそういう物か。まだ少し釈然とせぬが、海原みなもはそう思う。マフラー、白い息、雪、目の前にある奇妙奇天烈摩訶不思議な、果実。
 それは花では無いから、人の手でもがれやすい。
 少なくとも、綺麗だからという理由で摘み取られず、美味しいから、
 冬の寒さに甘さは比例するから、もがれるのだと、友達、瑠璃に綺麗な暗黒が混じる果実をみなもに渡す。恐る恐る未知への突入、口の中に突入させれば。ああ、随分と甘い、そして、美味しい。
 このほのかな甘酸っぱさに、みなもの顔は笑わぬ犬が笑うように笑う。目を見張ってまたもぐり、すると友達もまたもぐり、
 何かを共有する事こそ、互いの繋がりを強くする事。結婚の時互いの家族、酒を飲み交わす事こそそれ。ああだから、ああだから、
 この幸せに対しての、
 おそらくは、不幸を、
 共通事項として持つ事は、
 どう?


◇◆◇

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、
 なのだけど、
 、
 もう。

◇◆◇


 突然は、突然だ。
 不意、口の中の食べ物が、口の中から消えた。あれ、と思う。どうしたの、と聞かれる。
 その異常を喋ろうとした、
 けど、うまく喋れない。口がうまく動かせない。おかしい、
 口の中に大きな出来物が出来たや、う、な、あ、
 れ、これ、って、
 みなもの口の中に果物がある、と、少なくとも果樹園の娘には見えたのだけど、
 違うのだ。

 口の中で、身体の一部と、なった果物。

 果物は喉を通らずに、ゆうくりと口の裏に染み込む。いや違う、これは、そういう事じゃない、果物のこれはそういう行為じゃない、これは、これは、
 捕食、
 ――口の中の果物が、すっかりみなもとなった時、
 生い茂る葉の果物は、ビーズ細工が弾けるようになって、「え」雨となって、「あ」純白の雪の中で、虹色の雨となって、二人に降りかかる。
 そして食べ始める。
 目の前の友達の悲鳴を救おうとしても、即ち、彼女の人魚が発動するにしても、海原みなもは、既にとうに食われているのだ。齧られた、林檎が、
 逆らえるのか――肩に降りる梨に似た梨でない果物、右にぐいりと捻じ込まれ、指の腹には葡萄に似た葡萄でない果物、粒らしく、粒のように、入り込む。
 百の果物は百の方法で、彼女二人を食べ始める。食べる、食べられてる、その感覚、ああ、
 またか、と思った。
 樹になるように、岩になるように、またか、と思った。ああけれど諦められない、
 この悲鳴がおざなりだとしても、私は声をあげてしまうのだ。食う側に食われるこの事に、涙を流すのだけど、青い涙を、けど、
 果汁、なのだろうか。
 甘い蜜。
 食われて、食われれば、もう悲鳴も、果実だ。
 そして果実は喋れぬのだ。そう、
 そう、


◇◆◇

 やがて、そこには二つの果実。
 少女の姿の二つの果実。
 果の実

◇◆◇

 ある会話。

 お母さん林檎が食べたい。
 それじゃ今剥いてあげますから。
 私、うさぎさんが良い!
 はいはい、ええとナイフはと。

 そして、果実に、銀の刃。
 そして果実に歯。

◇◆◇

 雪の中、とても奇妙な果実があった。
 ……ああ、それは、
 血肉にする為かよう?