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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


『連続殺人の犯人』

00■オープニング

 その日、幽玄の狭間に現れる骨董屋、アンティークショップ・レンに飛び込んで来たのは…神聖都学園高等部の制服を着た少年だった。
 彼は来るなり、クールと言うには少々厳し過ぎる瞳で店の主を見ている。何かを見定めようと言うのか、そんな風な態度だった。そして、彼はおもむろにカウンターまで歩み寄る。左足に怪我でもしているのかはたまた元々不自由なのか、やや引き摺った状態で。
 はて、何事かと店の主は煙管を持つ手を止めていた。
「この店の主の、碧摩蓮さんですね」
「ああ。その通りだがね。…ところでその不躾な目はいったい何なんだい? 初対面だよね、アンタとは?」
「はい。俺は遠山重史と申します。無礼を承知で話を伺いに参りました。先日治まった…新宿周辺で起きていた、日本刀による連続殺人事件について」
「態度だけじゃなく言う事まで不躾だね」
「そう言えば聞いてくれるかと思っただけですが」
「直球過ぎるとは思わないかい。はっきり言って気に障るよ」
「申し訳ありません。ですが、俺の調べた通りなら貴方は…碧摩蓮さんは、俺程度が下手に探りを入れても絶対に敵う訳がない方だと思いましたから。…直球で行った方がまだ見込みがあるかと」
「…そう言う理由でかい。ま、だったら話は少し変わるよ。何かアタシに突っ掛からずにはいられない事があるって顔だね? 可愛いじゃないか。…何が聞きたいのさ」
「事件を起こした妖刀の作者、二代目・五月雨黒炎の事です」
「なぁるほど、それで」
「歴代黒炎の作刀はすべてこの店から出ているんですよね。初代も、二代目も」
「ああそうだよ」
「だったら、こことは直接の伝手があって当然な訳ですよね」
「だろうね」
「それと、『二代目黒炎が亡くなった』と言う情報が、確実なものとして一番初めに出たのは、ここアンティークショップ・レンから――ですね」
「…そうだったかな?」
 はて、と考えるように蓮は首を傾げる。
「そうですよ。…歴代黒炎、特に妖刀とされる二代目の作刀そのものが流通しているアングラネットの市場であっても、ある時期までに拾えたのは信憑性に乏しい噂程度なんです。ですが…ここアンティークショップ・レンの主が二代目の死を認めた――と言う情報が出た後の日付になって、そちらのネットでも漸く、確証を得たような情報に変わっています」
「ふぅん。…ま、この店を出た後はネットで流れる事が多いって聞いてはいたけどね。だから一見無関係な水原の旦那なんかも関係者になってる訳なんだろうし?」
 ネットを使うなら黒炎の方でも専門家を頼る事もあるだろう、ってさ。
「…否定なさらないんですね」
「しないよ。確かに、歴代黒炎の刀は全部ここ通ってる、ってのはちょっと調べりゃすぐわかる事だしね」
「貴方は、歴代黒炎と非常に近い位置に居た、それで居ながら――あの事件に関しては詳しい事は何も言わなかった、敢えて静観していた――そう言う事になりますね?」
「まぁ…そうさね。言わば、二代目のお弔い、ってところかな。勿論アンタくらい事前にかっちり調べてアタシを突付きに来たんだったら誤魔化す気は無いけどね、そうでなかったら…わざわざこっちから関連を言い出す気は無かったよ」
「それは自白と考えて良いんですか」
「自白? 何のさ」
「…連続殺人の原因になった、あの双子刀を街中に持ち出したのは貴方じゃないんですか? これも調べた結果出てきた事なんですが、今まで市場に出ている歴代黒炎の記録には双子刀があるとは一切無い。けれど今回の刀は形が黒炎。だからと言って二代目の他に初代の形を継ぐ弟子も居ない…となればあの刀は――黒炎の、記録に残る訳の無い、まだ市場にさえ出ていない刀――つまり、二代目の遺作って事にはなりませんか」
「だから、市場に出す前に二代目黒炎当人と接する機会がある誰か、が刀を街中に持ち出した犯人じゃないかって訳かい」
「…ええ」
「それならアタシも容疑者のひとりになるね、確かに」
「…」
「でもね、そんな話ならアタシ以外にも…四人ばかり心当たりがあるけどね?」
 例えば…さっき名前出した水原――水原新一は二代目にとっては仕事が直接関らない唯一の友人だろ。それと、二代目の親代わりで金工――つまり刀の拵え担当――もやってる荒屋周平って職人気質の男に、業界じゃ『時計屋』で通ってる一筋縄じゃ行かない傾き者のおっさんが居る。それと、砥師の江崎無明――あいつも二代目の友人と言えるか。いや、友人と言うより同類…むしろ似た者同士と言えるね。
「今挙げた皆、アンタの言うその条件に入るよ。市場に出る前に黒炎の刀と接する機会がある人間さ」
「…知ってます」
「へえ?」
「今貴方が挙げた中に居る水原さんは俺の師匠なんですよ。…そうじゃなきゃどれだけの人数殺されようが、この件について調べようなんて思いません」
「…だったらなァんでアタシに突っ掛かる理由があるのかね?」
 被害者の親族とか友達とか、殺人事件自体が許せないとか…ってんならわかるけどね。
 水原の旦那の関係者ってんなら、アタシに突っ掛かる理由が見えて来ないよ。
「…貴方が刀を持ち出した人間だと言うなら俺は別に構わないんです」
「あン?」
「俺は、水原さんだと思いたくない…」
「師匠を信じたいってか」
「…俺は、呪術で人を殺そうとした事があります。対象さえ殺せるなら、後の事などどうなっても良いと」
「…ふむ」
 その科白を聞き、不自由そうな左足をちらと見てから重史を見返す蓮。
「それを、本当に取り返しが付かなくなる前に、止められました。他の皆さんにもですが、水原さんにも」
「へぇ、あの男が」
「そうです。でも…もし今回のこの件で、水原さんが刀を持ち出していたのなら、それは――そんな過去の俺と同じ事をしている事にはなりませんか」
「…妖刀を街中に放り出せば、何が起きるかは簡単に想像付くね。それを二代目の友人である、その刀が妖刀と熟知している水原の立場でやっているとなれば…まぁ、言いたい事はわかるよ」
「…もしそうなら、俺は許せない。他の人が何をしようと構いません。でも、俺を止めたあの人が――今更、俺と同じ事をするのは、許せないんですよ。だから調べてる。ですが…調べれば調べる程――」
「疑いたくなくても疑いが濃くなっちまうって事か。確かに水原の旦那が持ってる闇は根が深そうだからねぇ。…でも、とどのつまりは誰がやったのかはっきりさせたいって事なんだろ?」
 それが水原であるにしろ、ないにしろ。


05■砥師宅突撃訪問

 確かこの辺りだったよね、とポケット地図とにらめっこしながら悩んでいる黒縁眼鏡を掛けたスーツの男性――倉田堅人。聞いた場所はこの辺り。二代目五月雨黒炎と親交があったと言う、江崎無明と言う名の砥師の住所。先日の事件での刀、それを街中に放った人間が気になり――特に、話を伺いがてら砥師である江崎の仕事場も良ければ見物させてもらいたいと思って探しているのだが…見付からない。
 と、そろそろ困り始めた――その時。
「…倉田さんでしたよね?」
 何処かのほほんとした呼び掛けが後ろから飛んでくる。…声に覚えはある気はするが何となく話し方の印象が違う。少々疑問に思いながら堅人は振り返り呼び掛けた人物を探した。と、そこに居たのは水原新一。事件の時にも居た男。刀を作成する際の行程、それとは無関係の、けれど二代目黒炎と近しい人間――だからこそ、刀を持ち出した可能性は消せないと堅人が思った相手のひとりでもある。
「? …あの時の!」
「あ、憶えていて頂けましたか。水原です」
 言って、水原はぺこりと腰の低い態度で会釈する。堅人も反射的に会釈を返すが――どうも、違和感が。…この水原と言う人は、こんな態度を取る人だっただろうか。堅人の記憶からすると、どうもその事自体が変な気がする。…考えてみればどうも周囲の空気と言うか表情からして別人めいて見えたのは気のせいか。
「ところで、倉田さんはお仕事で?」
「いや…それは確かに外回りの途中ではあるんだけど…今日ここに来たのは、此間の事件の事がどうしても気になっちゃったからなんですよ」
 江崎無明って砥師の家がここの近くにあるって聞いたから、良かったら話が聞きたいなぁ、と。
 で、仕事場でも見物させてもらおうかな、と…刀には興味も愛着もあるし…いや、私がじゃなく私の中にいるコイツが、だけど。と、堅人は自分自身を指す。水原は自分の中にいる倉田辰之真も見ている――と言うか倉田辰之真の時の倉田堅人の身体も見ている。そうされて、水原はぽんと両手を合わせた。
「あ、だったらちょうど良いですね。僕これから江崎さんとこに行こうと思ってたんですよ。御紹介します」
「良いんですか?」
「全然構いませんよ。ついでですし。…それに江崎さんていきなり行って中に入れてくれるような人でもないですしね」
「…そうなんですか」
「紹介者が居るなり歴代黒炎の刀でも持ってないと門前払いですよ。だいたい」
 あっさりと水原が答え、肩を竦める。それでは今水原と会って良かったかもしれない、とばかりに堅人の顔に乾いた笑いが浮かぶ。が、そこでふと堅人の視界に偶然ながらひとりの姿が入った。水原の向こう。何処か人の流れに飲まれない印象のひとりの青年。その銀灰色の髪や特徴的な耳飾りを着けた顔にまた憶えがあった。神納水晶。
「あ、君、あの時の青年じゃないか!」
 呼ばれた水晶の方は、声の主の居場所に気付くまでに少し遅れる。暫くして見付けたのは、黒縁眼鏡を掛けたお人好しそうな…何処かで見たような顔立ちのスーツの男、倉田堅人。…今のはこの男の声だった気がする。連れらしいのはこれまたお人好しそうなのほほんした印象の、よれよれのベージュのコートを着た若い――と言うより多分童顔なだけの優男、水原新一。…どちらも見た。例の事件の時。前者は自分をただの若者と見て件の刀と当時のその使い手から庇っている。後者は――件の刀を世に放った人間、の可能性があるひとり。
 但し。
 …前者の堅人に関しては――心理遺伝とやらで武将の人格が宿っているそうなので雰囲気が違うと言うのもまぁわかるが、後者の水原に関しては――何故今、事件の時と比べて極端に印象が違って見えるのかわからない。
「ああ、此間の」
 そう受けつつ、水晶はひょこりと堅人と水原の間に歩み寄り、顔を出す。
「神納君、だったよね」
「あんた水原っつったよね。そっちのおっさんは…倉田だっけ」
「うん。あの時の君の居合いには本当にびっくりしたよ」
「…それ警察行ったあン時も聞いたって。つーかあんたらここで何してんの?」
 営業マンと高校教師がこんな時間に新宿のド真ん中ってのは…珍しい組み合わせな気がするけど。
「そうそう、これから江崎さんのところに行くんだけど、神納君も良かったら来る?」
「…お、良いのかよ」
「事件の時刀使ってたでしょ。だから倉田さんと同じで興味あるかなって思ったからね」
「まぁね」
 良いなら付いてくよ。…俺、誰があの刀を持ち出したのか、興味があるからさ。
 言って、水晶は、に、と笑って見せた。

 そんな訳で水原は堅人と水晶を連れ、迷う様子も無く幾つかの路地へ入ったかと思うと、当然のように近場のマンションへと入っていく。そして――その一階エントランス奥、今時では珍しく、確りと喫煙所らしく取ってあるスペースで立ち止まり、堅人と水晶を振り返った。
 そして、ちょっと待っててもらえる? と指先で煙草でも取り上げ喫おうとする仕草を見せる。あ、どうぞと特に抵抗無く答える堅人に、少々訝しげな顔をしつつも、好きにすれば? と特に興味無い風の水晶。ありがと、と返し、にこりと笑うと水原は今度こそ本当に煙草を取り出し、一本銜えて火を付けた。目を閉じ、少しの間味わうように喫っていたかと思うと…何故か、すぐに携帯灰皿に煙草を押し込んだ。
「待たせたな。じゃ、行きましょうか?」
 殆ど火を付けたばかりの煙草を押し込んだ携帯灰皿をコートのポケットに放り込み、水原はふたりに向け、にやりと笑って見せる。堅人も水晶も、その貌になって初めて――事件の時に居た水原と、漸く同一人物に思えた。
 …今、煙草を喫ったのは切換の儀式か何かか。
 そのあまりに鮮やかな変わりようには、軽い驚きも覚えるが。


10■砥師の機嫌

 …インターフォンを押して暫し後。顔を出したのは灰色がかった緑に染めた短髪の、渋い顔の細身の男がひとり。派手な着物に下駄を履いた青年に、微かに色のかった眼鏡を首に掛けた赤いスーツの女性、そして何処か自分とは対極にありそうな印象のスーツ姿の男性の三人を見るなり渋い顔の男――江崎無明は停止していた。場所は江崎の部屋の玄関先。江崎は呼ばれて直に出たのだが、あまり歓迎したい客人ではなかったらしい。…それはつまり単純に初対面の相手であると言う事なのだが。
 そんな彼の後ろから、どうした江崎さん? と声が掛けられ同時に顔が覗く。あ、水原さんと赤いスーツの女性ことシュライン・エマが思わず呼んだ。それを聞き、江崎はくるりと水原を振り返る。
「…知り合いか?」
「入れてやれよ。…そいつらなら心得てる」
 さっき連れてきた奴らと同じで事件に関った連中だしな。
「そうか」
 水原の返答に頷くと、江崎は訪れた三人に、中に入るよう短く促す。そしてひどく無愛想な態度で、派手な着物の青年こと帯刀左京と、江崎と対極に居そうなスーツの男こと葉月政人、そしてシュラインを部屋に入れるだけ入れると玄関ドアを閉めた。中では水原が三人を手招いている。部屋の主である江崎はただ、あまり埃を立てるな、後で仕事に差し障るとだけ告げ、水原の姿が見えた居間らしい方を顎で示すのみ。

 左京、政人、シュラインの三人が中に行くとそこには水原以外にも先客が居た。水原同様革張りのソファに座っていた神納水晶。意外そうな顔をしている。そしてもうひとり、倉田堅人の姿もあった。あ、こんにちはとすぐさま挨拶をしてくる。彼らもまた事件の時に関っていた者。…先に彼らが居なかったらこれ程すんなり入れなかったのだろうかと今来た三人はふと思う。
「…ここに来る途中で再会出来て良かったみたいですね」
 左京とシュラインに対し、小声で政人。彼は一度レンから離れる際にふたりと別れたが、ここに来る途中でまた偶然会い話し込んだ為――結局行動を共にしている。今の江崎の態度では、用件は何度も分けないで来た方がいいような――不用意に何度も訪問しない方が良いように思えた。…江崎の話を聞くつもりならば。
「貴様らは何の用だ」
「私たちは、此間の事件で使われた――刀の事を、お伺いしたくて」
 思わぬ知人が関ってた事もありますし、気になる事件だったもので。と、シュライン。
「おう。…それから、二代目黒炎ってのがどんな奴だったかも気になってさ」
 つまりは人間から見りゃ危険極まりない奴を、街ん中に放しゃどうなるかわかってても遺作持ち出すって気にさせた訳だろ。その人柄っつーか。
 シュラインの科白にあっさりとそう続ける左京に、江崎は何処か訝しげな目を向ける。何かが納得が行かないような、そんな風で。
 と。
「そいつ小柄だよ」
 思い付いたように水晶が口を出す。
「ああ、彼が今警察にある方の『奴』と話す事考えてくれた相手でもあるけど」
 水原も水晶に続いて江崎に告げた。と、江崎は少し考え込んでから、左京を見る。
「…見せてはくれないか」
 本性を。
「え? …俺の?」
「ああ」
 真剣に頷く江崎。左京はどうすっかなとばかりに暫しぽりぽりと頭を掻くと、まぁいいけどよと呟く。と、その瞬間から左京の姿が幻のように薄らぎ、消える。そして左京が立っていた位置に残されるよう置いてあったのは――繊細な椿の飾り彫りが入った小柄。
 江崎は丁寧にその小柄を拾い上げる。刀身の刃肉が薄い。切れ味は恐ろしく良さそうなその刀身を見、江崎は目を細める。…名刀に彫られた飾りは特に美しい。こめられた凄まじいその念も。
「…何かあったら来てくれ。請け負おう」
 静かに笑い、江崎は再び元の場所に小柄を置き直す。と、派手な着物に下駄を履いた左京のその姿が程無く現れた。俺はあんたの目にゃ適ったって事か、と不敵に笑う。それに対し無言で答え、江崎は改めて口を開いた。
「二代目の事だったな」
 ただ、それだけ言うと、黙り込む。沈黙。姿さえ動かない。その場に居る面子の視線を集める。
 やがて、水原がぽつりと口を挟んだ。
「…俺が話すか?」
「いい。貴様は黙ってろ、水原」
 そんな水原の科白を撥ね退けると、江崎は何処から話したら良いものかな、と考えるような口振りになる。
 …あいつは、存在自体が呪いだったかもしれないな。関った者皆、簡単に奴の妖気に当てられる。魅入られるとでも言うのか…だからと言って自分がその妖気に侵され覆される訳じゃない。ただ、許容だ。奴の心がそこにある事が――構わなくなる。何があろうと邪魔する気は無くなるな。むしろ助けたくなる。奴の妖気が駄目な奴だったら…そもそも近付く事も出来ないだろう。奴の地元じゃ、近所の連中から気味悪がられて誰も仕事場に近付かなかったのは知ってるか? 社会的な細々した事はすべて荒屋がやっていた。時々勘違いして訪れる奴は――妖気に当てられて大抵泡を食う。
 ただ…荒屋だけは俺やこの水原とは違う意味で側に居たんだろうな。実際、一番頻繁に二代目を訪れていたのは、荒屋だった。
「…それに、二代目の自殺死体と双子刀を見付けたのも、荒屋だ」
「自殺、だったんですか」
「そうだ」
「…遺書は」
「無い」
 が、遺志はある。
「…それが事件の刀と言う事ですか」
「他にあるか」
「じゃあ」
 荒屋さんが。
「…違う。見付けはしても持ち出してはいない。あの時荒屋は二代目を弔う事しか考えていなかった」
 荒屋は刀に意識は行かなかっただろう。あの男は初代との約定を果たす為だけに二代目の側に居た。
「初代との約定、ですか」
「二代目の死を見取る事。それだけの筈だ」
「――って」
「…ああ」
 二代目は俺と歳は変わらない。三十と少しだろう年頃の江崎はあっさりとそう言う。…それはつまり五十代も半ばの荒屋から見れば自分の子供程の歳の相手と言う事で。そんな相手の死を見取る事、などと。
 …どんな約束だ。
「二代目の葬儀は密葬。参列者は身内――俺とこの水原、荒屋に碧摩、それと時計屋だけだ」
 他には居ない。
 魂の名が曲げられている以上、こいつは最早人間じゃないと時計屋が言ったからな。
 だからあいつが葬儀を引き受けた。
 …人間で無い者なら、『時計屋』の範疇だ、と。


11■砥師と黒炎

 …少し時を戻す。水原新一が神納水晶と倉田堅人を連れ江崎無明の部屋に訪れた時の事。水晶と堅人はインターフォン越しの応酬にまず面食らった。呼び出して早々、氷点下の如き冷たい声がインターフォンから流れてくる。江崎の声。それを軽く、だがキツい内容も確り含めて受け流し、さくりと返している水原。幾ら都会とは言え隣近所が気にしないのが不思議な気がするくらいの遣り取り。数分そんな調子でやりあっていたかと思うと、唐突にそれまでの応酬を忘れたように、すまんな、開けるとインターフォンからあっさり声が聞こえて来た。程無く直にドアが開けられる。現れた緑系アッシュの短髪に黒いスーツ姿の男に対し、何かあった訳か妙に苛立ってやがったけどよ? と気遣うよう問う水原。問われたスーツの男――江崎無明はさっき対超の刑事とやらが来た、と憮然と呟き、それだけでドアを開けたまま部屋の中へと踵を返す。来訪者に入れとも何とも言わない。
 が、水原の方で当然のようにドアを大きく開き、水晶と堅人に中に入るよう促す。江崎は仕事柄細かい埃も凄く気にするから中に入ったら静かに動くよう心掛けてとふたりに向けそれだけ声を掛け、ふたりを先に送ると最後に自分が入り、静かに玄関ドアを閉めた。
 中の様子は――モノトーンで統一されていた。フロアや調度は新建材ではなく木材が使用されているよう。ソファは革張り、テーブルはガラス。マットもまた革だった。そして、神経質なまでに掃除の行き届いた――清潔にされている部屋。…確かに、埃が立ちそうな毛羽立った物や細々した物は極力置かれていない。だが、そのせいもあるのか何処か寒々しくもある部屋。更には空気清浄機まで置いてある。通されたここはどうやら居間――と言うか客間のよう。当の仕事場では無さそうなここからしてこれでは、仕事場ではどれ程気を遣っているものやらわからない。
「そういや、対超の刑事と言えば…あの刀」
 どうなるんだろ。
 ふと呟く水晶。事件の際の双子刀。もう片方は無くなってしまったらしいが、まだ存在している方の刀――そちらの行く末は気にはなる。
 …それは、昔の自分を彷彿とさせる妖刀でもあったから。
 その旨ぽつりと呟くと、江崎は興味深げに水晶の顔を見ている。『昔の自分』、そう言われた事に引っかかったようで。否、それで無くとも――何処か元々、違和感があったか。
「貴様、刀なのか」
「まぁね。…つかこの身体は元々ただの人間だけど。…今は俺が使わせてもらってる」
「ほう」
「だから二代目黒炎の遺作とやら、気になるんだよね。あれ、俺程意識ははっきり無いみたいだけど…お仲間である事は確実だからさ」
「…あれはまだ幼過ぎる。それだけだ」
 何処か嬉しそうに江崎が告げる。…貴様のような奴が今の世に居るとはな。あれの将来が楽しみだ。そう続け、良かったら仕事場でも見て行くか? と水晶に振る。その発言に水原が少々驚いた顔をした。
 曰く、そんな事を言い出すとなると、江崎にしては稀少な、最高値と言っていいくらい上機嫌らしいとの事。その話になったところで、私も見せてもらって良いかな? と堅人もひょこりと顔を出すと、江崎は快く肯んじた。…その時点でまた珍しい。
 江崎は再び水晶を見る。
「…時経ればあれも貴様のようになるか?」
「さあ? その可能性はあると思うけど」
「それでこそ、奴の刀だ」
「でも封印された上に警察に持ってかれちまった訳だろ」
「…それは何の障害にもならない。二度と誰の目にも触れない誰にも知られない場所にでも無い限りは、何処でどう封印されていようと同じ事」
 求める人間は必ず出る。そして求められれば――その力は、いつでも。
「ま、暫くの間お目に掛かるのはお預けって事になるが」
「ふぅん。…それ聞いてちょっと安心したな」
「…え?」
 やや動揺する堅人に、それに気付いているのかいないのか、平然と話している堅人以外の三人。今、彼らが話していた事柄。それは――刀を表に出す事を、どちらかと言えば望んでいるような――そんな感じで。
「出来れば拵えまで確りしてやって欲しかったけどな」
 …そこまでは時間が無かったのかなぁ。
 と、あっけらかんと言ってのける水晶。まぁ刀一本仕上げるのって物凄く時間掛かるようだしね、と頷く水原。ああ、仕上げ砥ぎまで持って行くだけでも相当時間が掛かる、と同意する江崎。
 そこで。
 控え目な音の呼び出し音がなる。インターフォン。…音の設定が随分と小さい。
 …また誰か来たみたいだな。
 江崎はそう言い、インターフォンが押された、その時点で――インターフォン越しにでは無く直に玄関へと向かう。…この男の来訪者への対応は本当に機嫌の問題だ。その時々でかなり違ってくる。先程水原とインターフォン越しに遣り合ったような時は――相当に機嫌が悪い時。対して、来訪者に直接応対に出る時は、相当に機嫌のいい時になる。…表向きは、どれ程不機嫌に見えようとも。
 そしてその時新たに来訪したのが、帯刀左京にシュライン・エマ、そして葉月政人の三人。…どうやら、前に来た対超の刑事と言うのは葉月政人とは別人だったようで、江崎は彼が刑事だと気付いていなかった。

 …元の時間に戻す。江崎の話は続いている。密葬とは言え多少ごたごたしたのは仕方無かった。時計屋の連中も少しは手を貸してくれたが、人の葬儀と言うのは思ったよりも手間の掛かる物だな、とぼやくように言う。では、その間――双子刀が残されていただろう二代目黒炎の仕事場はどうなっていましたか、と問う政人。誰も意識してはいなかったな、とすぐに返す江崎。
 と、鍛冶場で仕上がった刀身が次に行く工程は「砥ぎ」になるよね、と堅人がぽつり。少なくとも荒砥に常見寺…程度の砥ぎは済ませてないと刀は斬る事は出来ないよ、と続ける。…常見寺? とそこで江崎が引っ掛かり堅人を見る。…本職の砥師にじっと見られ、違いました、っけ? と自信なさげな堅人。私の中の辰之真がそう言ってるんですが――と続けるが、その答えに江崎は、常見寺の砥石が使われていたのはもう昔の事だ。今は常見寺は産出されない。今で言うなら常見寺に相当する工程は備水砥か天草砥、そして改正名倉砥で砥石目を取る辺りになるなと軽く説明。…つまりは「斬る為に必要な最低限の砥ぎ」の工程についての話、らしい。
「話に聞く常見寺は確かに憧れる。が、無い物は仕方が無いからな」
「刀って、他の拵え無くったって砥いでさえあれば斬れるもんだよな、倉田のおっさんも言う通り」
 …つーと、やっぱり砥師のお前があの刀出したって思って良いのか?
 と、水晶がついでに聞く。そこで政人も反応し、江崎を見た。
「…そうなんですか?」
 でしたら、改めて重要参考人としてお話を伺わなければならなくなるのですが。江崎さん。
 続けられた政人のその科白に、ぴくりと反応する江崎。
「………………貴様、刑事か」
「はい。…警視庁超常現象対策班の者です。専門は機動捜査になりますが」
 言った途端、江崎の目が細められる。
 …が、何処か険呑になりかかったそこで、シュラインが待ったを掛けた。
「でもちょっと待って、あの刀…刃が使い物になっていたかどうかも微妙だって言う話じゃ…」
 が、政人は静かに否定する。
「事件に使われた刀はある程度の段階までは研磨済みである事が科霊研で確認が取れてます」
 どうなんですか、と政人は江崎を問い詰める。
 が、江崎の方は静かに溜息を吐いただけ。
「…二代目も初代も、放っておくならどれだけ時間を掛けようと自分で全部やる」
「…そう、なんですか」
「荒屋も時計屋もその気になれば刀を打つところから全工程出来るな。奴ら程器用な職人も滅多に居ない。…逆に、俺が鞘を彫ったり柄を巻く事も出来ない訳じゃない。連中には劣るがな。…ついでに言うなら、仕上がった刀の手入れくらいなら碧摩どころか門外漢の水原だって心得てる」
「…」
「…俺や他の連中は黒炎にとってはただの押し掛けだ」
 放っておいたら食事もしないで没頭している。体力的に保つ訳が無い。…そんな風に黒炎は刀作りに打ち込む。鍛冶だけでさえそうなのに、砥ぎからはばき、他の白銀――金具類、鞘や柄と言った拵えまで己の手で作ろうとする。事実、初代の初期の作品は全部自分で仕上げてある筈だ。…それを止めさせたのが荒屋と時計屋。連中の手が信用出来たから初代も任せるようになった。そこから次第に、他に任せる事も渋々ながら許すようになった訳だ。…それでも、本来は自分でやりたい筈だがな。
 そこまで言って、江崎は再び政人を見た。
「二代目の遺作は、返しては貰えないのか」
「…それは無理です。ただでさえ証拠品ですし、当の原因の可能性も高い訳ですから」
 まだはっきりしない今の内に、不用意に、世に出す訳には行きません。…返すのが――貴方がたの手に戻すのが一番安全な保管方法であると言うのなら――返却措置を取るかもしれませんが、既に事件を起こしてしまっている以上、恐らくそうはならないでしょう。
 きっぱりと告げる政人の言葉に、江崎はひどく嫌そうな顔をしている。


14■二代目の遺志

 …江崎無明の部屋、固定電話が鳴り響く。先程水原新一の携帯電話が鳴って――誰かに呼び出されたとの事でひとり立ち去って以来の事。音が鳴っているのは壁一枚隔てた向こう側。少し遠い。
 神納水晶と倉田堅人、帯刀左京にシュライン・エマ、そして葉月政人の五人は現在、江崎の仕事場に入れてもらっていた。あの後、確かに幾分機嫌を損ねはしたが――そうなる以前の状況が良かったからか、いきなり追い出されるような事にはならなかったらしい。…本性が妖刀と言えるふたり――ふたつの存在か、はたまた刀どころか砥石の話までもすんなり出せるような人物が居た為――かもしれないが。
 ともあれ、水晶と堅人に約束した、仕事場を見せてやる、と言う話がその時実行されていた。実際に堅人は己の中に共存する辰之真の影響か色々と詳しく、江崎とふたりで他の面子にはわからないような専門用語を使いつつ話し込んでいる事が多かった。時折極端に口調が変わっているのは辰之真当人が表に出ていたからかもしれない。水晶や左京は何やら砥石を見て回って話し込んでいる。…他の面子は、予め注意された通りに――それでも興味深そうにあれこれ見ていた。日本刀の砥師の仕事場――あまり見掛けるようなものでもない。
 鳴り響く電話をいい加減放置する。が、それはいつもの事らしく江崎は気にした様子も無い。やがて仕事場から出て行くと、電話の音が止んだ。切れたのではなく江崎が通話に出たようだ。話し声が仕事場の方にも微かに漏れ聞こえてくる。
「――…誰か知らんが来るなら勝手に来い」
 やや、自棄気味にも聞こえる声。程無く受話器が置かれる。と、殆ど時を置かず今度はインターフォンの音が響いた。人が動く音がする。仕事場の方に入っていた面子も、初めに通された客間の方に顔を出し始めた。
 廊下の向こう、玄関で江崎と相対していたのは何処か奇抜な格好の優男。黒系を基調にピンク色をちりばめた風体――来訪したのは、御守殿黒酒。…つい今電話を掛けて来た相手。
 依頼があってね。訊きたい事があってきましたァ♪ と楽しそうに告げている。依頼? 何だ、と無愛想に告げる江崎。黒酒は刀の事だよ。この近くで暴れた事件の刀、街に出した人間探してるんですよ〜ん、と単刀直入に続け――がし、と開かれたドアを掴み押さえた。…事前に何か察したか、江崎が反射的にドアを閉めようとしたそのタイミングでの事。瞬間ドアに掛かった負荷と衝撃で、ぶら下がったまま繋がれていないドアチェーンが耳障りな音を立てる。
「…何だ貴様」
「…ってこんな事しなくても実は大丈夫なんだけどね☆」
 と、唇を歪めつつ、黒酒は押さえたドアから手を離す――が、それを見届け当然のように江崎がドアを閉めようとするが、ドアは開かれたその状況から動かない。それどころか黒酒を迎え入れるように自然にドアが大きく開かれた。黒酒はお邪魔しますよ〜ん、と声だけは丁寧に掛け中に入る。
 江崎は嫌そうにその様子を見、帰れとにべも無く黒酒に告げる。が、そう言う訳には行きませんよ〜と黒酒がにっこり笑ったかと思うと、江崎の部屋の中から唐突に色々物が飛んで来た。何事かと思うその間にも、部屋の中にあった細々した物――が江崎の身体に乱暴にぶつかり、そのまま――江崎の身体を壁に拘束するように張り付く。いつの間にか客間の床から無理矢理剥がされた黒革製のマットが江崎の半身を覆い、仕事場から飛んで来ただろう砥石や踏まえ木が上から押さえ込んでいる形。
 …お兄さん、なかなかイイ勘してるみたいだからちょっと無理やらなきゃダメそうだと思ったんだよね。腕のイイ職人ってそれだけである意味特殊能力者だし。侮れないから♪
 誰も状況が把握出来ていない中、そんな黒酒の声だけが響く。…この技はすべて黒酒の使役するデーモン『ピンキー・ファージ』の力によるもの。恐らくは電話以前にこの江崎の部屋に――そのデーモンを同化させていたのだろう。『ピンキー・ファージ』は同化した物やその中にあるものをすべて支配できる。今、部屋の主の意志に背いてドアが開いたのも、物が飛んで来たのもそのせいで。
「そんなワケで改めてお伺いしま〜す。お兄さんでしょ、あの刀出したのってさァ?」
 とっとと白状しちゃいなよ。
 そうすれば楽になりますよん♪
 と、楽しそうに告げる黒酒に、遅れながらも止めなさいと割って入りに来る政人。ちょっとちょっと乱暴は良くないよ! と堅人もまたそれに続く。が、すぐにまた部屋から何やら――今度は砥ぎ桶や仕立箱が飛んできて、彼ら割って入ろうとしたふたりの邪魔をしていた。仕立箱の抽斗がばらけ落ち、その抽斗自体や中身もまた、邪魔をしようと動き出す。
 黙って見ててよ。黒酒は彼らに告げる。と、拘束されたままの江崎が――ぼそりと呟いた。
「…御守殿、だったか」
「へぇ。嬉しいですねぇ。ボクの名前ちゃーんと耳に入ってんじゃないですか? さっき電話した時はほっとんど耳に入ってないように思えたんだけどさァ」
「そうだな…貴様なら、構わんか」
「へ?」
「奴の片割れを飲み込んだのは、貴様なんだろう?」
 言いながら自分の首を押さえ込んでいる踏まえ木に触れる。…『ピンキー・ファージ』に操られた状態の自分の仕事道具。唯一自由なその片手で、何処か大切そうに触れている仕草に、黒酒は、ち、と舌打つと何処からともなくメモを引っ張り出し何やら乱暴に殴り書く。
「だーから〜、言わないと痛い目見るって言ってるんだけどぉ?」
 黒炎の才能を認めない世間を恨んだってさ。全部吐いちゃいなって。
「…世間を恨む? ああ、そう来るか」
 くく、と喉を鳴らす江崎。それだけで、それ以上何も言わない。逃れようともしない。むしろ――そのまま絞め殺されるのを待っているような?
 …ここで吐かせないと金にならないんだってば。
 江崎の態度にむくれて見せつつ黒酒は江崎への拘束の力を強める。踏まえ木に力が掛けられる。首が締められる形。ちょっと止めなさいって、と叫ぶシュライン。おいそれ以上やると本気でヤバいぞと水晶や左京も言い出すが――政人に堅人同様、近付くに――近付けない。
 その時。
「…それ以上続けても意味は無いぞ」
 玄関の外から声がした。
「そいつは黒炎の為なら平気で死ぬからな。そんな脅しをかけてもしょうがねぇ。…それに御守殿だったか、お前は金が入れば良いんだろう。碧摩に確認しろ。もうやめてくれて良い筈だ」
 ドアの外に立っていたのは仕事場からそのまま抜け出して来たような、何処ぞの工場の作業員らしい繋ぎの作業服を来た男――荒屋周平。既に二代目黒炎の関係者としてその顔を写真で見ていた政人が驚いたようにその名を呼ぶ。と、他の面子からの視線もドアの外の彼に集中した。
 荒屋の話を聞き、複雑そうな顔で――それでも言われた通り携帯電話を取り出し蓮に掛ける黒酒。疑うのは容易いがもし本当なら…下手に動いて金が貰えなくなったらそれこそ元も子もない。少し話し込み、話しているその途中で――納得したのかぱらりと江崎の拘束があっさりと解かれた。ぴ、と通話が切られる。レン姐さんってば随分虚仮にしてくれるじゃないの。その分ベンキョーしてくれるんならいいけどサとぶつぶつ呟きつつ、黒酒はまたメモ書きを続けていた。
 何考えてるんですか、今のは傷害、いえ場合によっては殺人未遂の現行犯になりますよと黒酒に詰め寄る政人。いやボク未成年だし法的にもそんな大事にならないし、って言うかそもそも殺す気ないし〜とあっさり黒酒。だったらもっと穏便に話はできるでしょうとシュラインも呆れたように続ける。
 と、騒がしくなりかけたそこで――黙れ、と拘束されていた当人から低い声が飛ぶ。解放されたそのまま、ずるずると座り込んでしまっている江崎の姿。これでは暫く仕事が出来ないな、と吐き捨てるようぼやきながら、その場に無残に転がっている仕事道具へと目を落とす。そして、そのまま口を開いた。
「…碧摩がどうした」
「レン姐さん? ボ・ク・の・依・頼・主だよ〜ん」
 で、なーんかね、どうしたって客観情報しかない裏の情報屋だけ使えばどれ程詳しく出たとしても刀持ち出したの兄さんって出ると思うからボクに依頼したんだってさ。それからボクの『ピンキー・ファージ』と兄さんを会わせたいとか、ついでにボクのやり方だと荒っぽいだろうから江崎も少しは薬になるだろとか言ってましたけどぉ〜。ああ、ここまでは直接言ってやれって今電話で伝言頼まれたんだよねぇ。
 そしたら依頼完遂した事にするから、ってサ。
 ちまちまメモ書きを続けながらそこまで言う黒酒。碧摩さんが頼んだんですかと確認する政人。そーだよんとあっさり頷き黒酒はメモにまた何やら書き込んだ。殆ど政人の事は気にしていない。
 唐突に、ははは、と空ろな笑い声が響き出す。誰の声――江崎の声。
「…あの女、余計な事考えやがって」
 俺と――食われた方の刀の――今の持ち主とを会わせようとはな。粋と言うか悪趣味と言うか。嫌がらせか好意かわからんよ。…まぁ、碧摩も心中、複雑な訳か。
 遺作に直接触れたのは俺だけになるからな。
「…じゃ、やっぱりお前だったんだな?」
 あの刀を街に出したのは。そう水晶が確認すると、江崎は静かに肯定。
「隠すつもりはなかったが――遠回りになったな。その通り。俺が持ち出した。とは言え俺は、奴の遺志を継いだだけだがな」
「遺志」
「ああ」
 二代目の。
 …二代目の望みは、自らをも含めた何もかもの全否定。何か恨んでいる訳でも何でもない。そんな小賢しいひとつひとつの意志も否定する。概念なんぞ要さない。ただ、まっさらな――純粋過ぎる悪意とも言うべき想念だけが奴の中にあった。虚無への餓え。何も無い事をただ、望む。湧き起こる衝動はすべてを壊したがる。
 人として生きるには問題があり過ぎる奴だった。その心だけが化け物染みていたと言っていい。
 だが、堪らなく惹かれる――実際に奴に会わねば決してわかるまいが、な。
 奴はあの二振りの刀にすべてを注ぎ込んだ。そして死んだ。
 最後の魂を――命もすべて刀にこめた。
 そう――自殺同然だ。

 遺書など無くともあの刀こそが、奴の遺志そのもの。
 何もかもを壊したいと。
 消し去りたいと。
 …力を貸せと。
 手が足りないと。
 まだ足りないと。
 壊す力が。
 少ないと。

 二代目が、そこに居た。
 力を貸せと。
 初めて。
 お前の手で、と。
 初めて――本心から、二代目に、託された。
 否応のある訳が無かった。

「…だから俺は、葬儀の合間――あの刀をここまで持ち帰った」
 俺は砥師だ。刀を持っていても何の不思議も無い。
 早く、早くと。
 急かされるような気がしたな。…だから砥ぎは途中で止めた。使えればいい。仕上げまでは――必要無いと。
 話すその姿はまるで、江崎自身が――既に、刀に呑まれているようにも見え。
「…こちらの都合に合う人間を見付けるのはこの街では難しくない。だからこそ、この街でと奴も望んだ」
 渡すべき相手はすぐに見付かった。
 そして後は――承知の通りだ。
 言って、江崎は皆を見上げる。
「…江崎さん」
「貴方は」
「…俺は故人の遺志を実行した、それだけなのだがな」
「それでも、何の罪も無い方がたくさん犠牲に――そして今も、辛い目にあっている方が居るんですよ!?」
 特に、荒げられる政人の声。
 それは――そうだ。
 だが。
「…それが二代目の遺志だ」
 人間――生者としての軛から逃れたあの男の。
 だからこそ。
 江崎はその遺志を――果たそうと。
 それだけで。

「…御同行、願えますか」
 極力抑えた政人のそんな科白に促され、江崎は素直に立ち上がろうとする。が、その過程で――その指先でさりげなく拾われていた仕事道具の小刀。立ち上がりながら逆手に握られたそれが――持ち上がり。切っ先は、それを持つ当人の――首筋に。目を見開く政人。押さえようと手を伸ばす。間に合わない――思った、刹那。
 茶色の腕が割って入っていた。
 小刀を持った江崎の手首を鋭く掴み上げていたのは堅人――否、辰之真。
『おぬし、逃げる気か』
「――」
『故人の遺志を継ぐと言うならば――それこそ、おぬしまで死んでどうする』
 行く末を見届けるくらいの意気がなくてどうする。それは――今の世では最早刀など必要の無いものなのかもしれん。サムライが最早居らぬのと同じくな…。だが、そこであっておぬしは――敢えて砥ぎを生業に選んだのであろうが。
 …砥ぎと言う他ならない――刀を後世に伝えていくその重要な役割を。
 辰之真はそう告げながら、江崎の手にある小刀をもぎ取る。…力は、抜けていた。
 政人は静かに、江崎の顔を窺っている。
「…貴方は」
「葉月と言ったな。…ずっと監視していてくれよ。隙無くな」
 …隙を見付けたら俺はいつ死のうとするか知れない。…奴に魂を捧げようとするか知れない。そう言い切り、政人に向けにやりと笑う江崎。自分の手を掴み上げ、たった今小刀を取り上げた辰之真にも同様の笑みを見せる。それは行動は何の抵抗も、見せない。…それでも。
 外から何を言っても無駄に思える、貌。
「…お前には結局、何も届かんよな」
 そんな姿を見、荒屋はぽつりと呟きを漏らす。
 答えたのはただ――江崎の静かな笑みだけで。


16■独白

 …ああ。備水砥まで済ませた刀を俺が渡した相手はふたりだ。一振りずつ別に渡した。いつ死んでも良いと思っているような輩は多いからな。探すのに苦労は無かった。時計屋の囲い者? …知らんよ。あの男ならやるかもしれないが俺は知らない。確かにあの辺りには時計屋の取り引き相手は多いと聞いたが――俺は奴の取り引き相手などいちいち顔も名も知らん。興味も無いからな。
 …どうした? 何か騒がしいが。…何? 事件の刀が無くなった? …何処かへ盗まれたってのか? そうか…それでこそ奴の刀だ。くくく、ははははは。
 黙れ、そんなに笑うな? …これが笑わずにいられるか。俺が居なくともまだ続く。あいつはまだ生きる。言葉は誰かが受け取るだろうよ。『二代目はまだそこに居る』。

 別に改まった異能なんぞ無くていい。
 ………………何もなくとも自然にそれを他者にやらせる事ができるモノこそ、本当の呪物。

 そうだろう? 刑事さん。


【了】



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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

 ■0596/御守殿・黒酒(ごしゅでん・くろき)
 男/18歳/デーモン使いの何でも屋(探査と暗殺)

 ■2349/帯刀・左京(たてわき・さきょう)
 男/398歳/付喪神

 ■2109/朔夜・ラインフォード(さくや・-)
 男/19歳/大学生・雑誌モデル

 ■3620/神納・水晶(かのう・みなあき)
 男/24歳/フリーター

 ■4172/来生・充(きすぎ・みつる)
 男/28歳/警視庁超常現象対策2課警部

 ■1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)
 女/23歳/都立図書館司書

 ■1883/セレスティ・カーニンガム
 男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い

 ■0086/シュライン・エマ
 女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

 ■2498/倉田・堅人(くらた・けんと)
 男/33歳/会社員

 ■1855/葉月・政人(はづき・まさと)
 男/25歳/警視庁超常現象対策班特殊強化服装着員

 ■1166/ササキビ・クミノ
 女/13歳/殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。

 ※表記は発注の順番になってます

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 …以下、登場NPC

 ■江崎無明=二代目の遺志を継ぎ刀を街に出した当人、ある意味一番の被害者…?
 ■『時計屋』=二代目の遺作による殺人事件の助長に関与…?(詳細不明)
 ■荒屋周平=初代五月雨黒炎との約定による二代目の庇護者、身内を気遣い続けただけの人
 ■水原新一=身内を気遣い続けただけの人/異界登録NPC
 □碧摩蓮=身内を気遣い続けただけの人/公式NPC
 ※PC様に疑われ順に表記(…?)

 ■遠山重史/異界登録NPC(に、なりました)
 ■故・二代目五月雨黒炎→遺作の双子刀、無銘
 ■故・初代五月雨黒炎

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          ライター通信
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 この度は発注有難う御座いました。
 …また早い内に発注下さった方々の納期に掛かり始めております…(汗)
 最近日数上乗せの上に遅刻と非道な事をしまくっているような…まことにもって申し訳ありません(謝)

 そして――今回、相変わらずと言うか何と言うか本文が長いので(汗)、ライター通信は業務連絡系の話のみで失礼致します。
 代わりと言ってはなんですが(汗)取り敢えず納品確認の後に私の個人サイト(窓口下方で繋いであるところです)の雑記の方ででも…ライター通信相当?の事を書いておきますので、今回の言い訳(…)その他個人様宛てのお話等はそちらで閲覧お願いします…。お手数取らせます…。

 今回、各章タイトルの頭に数字(00〜16)が付いていますが、皆様、時々数字が抜けていると思います。が、間違って抜けているのではなく承知の上です。
 何故そうなっているかと言うと、実は今回のノベルは章タイトルで区切った部分部分を各PC様の登場・活躍シーンごとに適当に分割してそれぞれ納品してあるからです。そして、その各部分を他PC様のノベルにあるものも含めこの数字順に辿ると…長々した一本の話(汗)になって読めもする、と思われます(多分)。宜しければそんな読み方もどうぞ。
 ちなみに同じ数字の部分はそれぞれ共通になってます。結果、個別部分のある方やほぼ他PC様と共通になってる方等も居ります。

 一部の方にアイテムの配布がありますが、それは前回の「ゴーストネットOFF:殺人者に死は訪れぬ」時に話の流れで入手し、今回特に無くなってもないだろう物になります。…今回は続きに当たる話になるので、まだアイテム配布のシステムが無かった前回に入手した扱いの物を、今回お渡ししておく事にしました。

 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いです。
 ではまた、機会がありましたら…。

 深海残月 拝