 |
[ 雪月花１ 当て無き旅人 ]
秋の空の下
ずっとずっと探してた。
独りの旅が何時からか二人になった。
誰かが隣にいる、そのことはお互いの支えになった。
嬉かった。ただ…嬉しかった。それを声や態度に表すことは滅多に無かったけれど。
今はまだ当ての無いこの旅。長い長いその旅路で、少しだけ人の温かさを知った気がした。
再会を告げ別れたあなたは、こんな俺達の先に一体何を見ただろう？ 若しくは…何を見るのだろう？
「ねぇ……柾葵、先はまだ遠い？」
声に出すは一人の少年の声。声変わりは疾うに済んでいるはずだが青年と言うにはその声は高く、しかしその見かけは十分青年と言えるものを持っていた。表情にはまだ幼さを残してはいるが、身長は成人男性の平均を超えている。
ただ、掛けたサングラスの奥に見える目は、その表情に似合わず冷ややかにも思えた。
そして、その少年の隣に立つ彼より更に背のある一人の男性。柾葵と呼ばれた青年は、ただ少年の問いかけに首を縦に振る。しかし一瞬の後それが少年には見えていないことに気づき、そっと少年の右手を取った。
「洸……、まだ 遠い……？」
掌に書かれた文字を読み取り、洸と名前を書かれた少年は苦笑する。
「うん、判ってるよ柾葵。でも俺、そろそろ疲れたんだ」
言うと同時、少年の膝が崩れ、青年がそれを必死で支えようとした。
しかし夕暮れ。ゆらぎ、やがて落ちゆく二つの影――…‥
「『この場所に来れば大きな拾い物をする』――と」
呟かれる言葉。男の声。
立ち止まったその足元に倒れている二人を見る視線。緑の瞳。
日本人離れした……否、実のところは人の姿を保っている人ならざる者。
そんな彼はつい数時間前の事を思い返す。
「たまには、と自分の事も占ってみましたが……やはり拾い物って、この子達のことでしょうか？」
誰に問うでもない疑問の言葉。
しかし既に答えは彼の中で出ているようで、その表情には早くも決意の色が現れていた。
風が吹く。淡い金色の髪が揺れ、男の視界を微かに遮った。
それが止み、再び目の前の黒髪少年と茶髪青年を見ると、彼はゆっくりと辺りを見渡す。
今居る場所は野次馬も集まらない人通りの無い道だが、もう少し道を逸れれば多少車の通りくらいはある筈だ。
「まあ、占いの結果赴いた場所で見つけたモノですし……このまま見捨てるわけにもいかないでしょう。一先ず連れ帰りましょうか」
十数分後。彼は拾ったタクシーの運転手に手伝ってもらい二人を車内へ運ぶと、移動すべく場所を指定した。
それは今の場所から少し離れた新宿繁華街、そこからもう少し離れた裏路地に位置する、占いの館だ。
今日の仕事は休みとし、男は食事の準備を始めた。と言っても此処で調理が出来るというわけでもなく。
拾ってきた二人は一先ず仕事場の奥へと運び入れた。そして今しばらくは目を覚まさないだろうと、少し動きすぎ乱れた息を整え外へ出る。
そのまま近くのデパート赴くと、丁度混雑している地下の食料品街で和・洋菓子や惣菜等を多種見繕い帰宅。その後手ごろな物で宅配ピザも頼むと、テーブルに先ほど買ってきた物を並べ、半分首を傾げつつも独り頷いた。
「……これくらいで大丈夫、でしょうね？」
不安げに言葉に出し、首を傾げながらも彼は椅子に腰掛ける。
ピザが来るまでは暫くあるだろう。
連れ帰ってきた二人もまだ奥で眠っている。
先ほど見たところ、二人はただ熟睡しているだけで、特別何処かが悪そうにも見えなかった。搬送中は時折声を発していたが、目覚めることも無く。
ただゆっくりと時間は流れ――…‥
暫しすると配達時間より僅かに遅れ宅配ピザが届けられた。開ける前からそれは暖かくも胃を刺激するような香りを辺りに漂わせている。
それと同時、奥でコトリと小さな物音がした。ピザの匂いに気付いたのだろうか。
「――目、覚めました？」
少しばかり薄暗い奥へと視線を向け言うと、今男がいる部屋と奥の部屋との間に少年が立っている。勿論拾ってきた二人の片割れだ。
最初は辺りを見渡しながらぐしゃぐしゃになっていた髪の毛を整え、やがて声を掛けられると少年は顔を強張らせ男を見る。
「誰……ですか？ それに此処は」
見つけたときは掛けていたサングラスを起きた後流石に外したのか、茶色くも冷たく見える瞳が真っ直ぐと男を見ていた。その警戒を含む視線に、男は安心させるように笑みを浮かべる。
「此処は俺の仕事場。君達が道端で倒れているのを見つけ、此処に連れて来たんですよ」
「倒れ……ぁあ、そっか――有難う、ございます」
男の声に少年は倒れる前のことでも思い出したのか、納得したような声でそのまま頭を下げる。
しかし丁寧な言葉とは裏腹に、その声色から少年の感情はよく判らなかった。感謝というよりも、未だ警戒心が垣間見える表情。踏み出さぬもう一歩に縮まらぬ距離。
「礼を言われるような事ではないですよ。俺は占いの結果から君達を見つけた。多分、自分を占った時点で今回の事は必然だったのでしょう」
途中の言葉に少年が僅かに首を傾げたように見えた。しかしそれを口にすることは無く後ろを振り返り、その背に男は声をかける。
「そういえば、もう一人の方はまだ起きてこないようで？」
男の声に少年は嘆息を漏らし静かに頷いたように見えた。しかしゆっくりと、無言のまま少年は奥の部屋へと戻っていく。
その奥で、やがてゴンッと、鈍い音が響いた気がした。
沈黙の後、戻ってきた少年の後ろから現れたのはもう一人の青年。男は彼に「良く寝ていましたね」と、微笑を浮かべた。
「――――」
男の声に青年が何か答える事は無く、ただ青年が少年の手を取りその掌に何かを書き始める。
その様子を不思議そうに見ながらも、男は横目でお茶の準備を始めた。
三人分のカップを出し、自分の分にはホットミルクを、二人の分にはコーヒーを淹れる。
「あの、こいつも助けてくれて有難うって」
恐らく少年から簡単に状況説明を受けたのか。しかし青年の口からではなく、わざわざ少年の口から紡がれる言葉はどういうことか。
男は疑問符を浮かべつつも、それを問う事も無く淹れ終わったコーヒーを二人の前に差し出した。
「どうぞ、温まりますよ」
それには青年が歩み出ると、二つのカップを受け取り一つを少年へと渡す。
「ぁ、有難うございます」
「さて、紹介が遅れてしまいましたね」
ホットミルクを一口飲むと、男はカップをテーブルに置き二人を見た。
「俺は劉 月璃と言います。此処で――」
「‥っ……、ごほっ…っ!?」
瞬間、突如噎せ返る少年に男――月璃は言葉を切り一歩近寄る。
しかし少年は顔を逸らし月璃に掌を向けると、まるで来るなといわんばかりに彼を静止させた。
「話の途中ですみませんが、っ…劉さんって言い、ましたっけ……ちょっと？」
「はい？」
言いながら少年はカップを青年へと押し付け、月璃を見て真剣な表情で問い詰める。
一方の青年は片手に持ったカップの中身を飲みながらも、受け取ったカップをもう片手に持ち、少年の行動をただ見守っていた。
そんな二人の様子に、月璃はただキョトンと先の言葉を待つ。
「これ、何ですか？」
「インスタントコーヒー、ですが？」
そう、半ば即答した。途中に僅かな間があったのは、彼がコレを口にしていないからだ。名前しか知らない、と言う部類に入る。
「……こんな味飲めるのは馬鹿くらいで――俺は砂糖とミルク貰います」
「砂糖はありません。ミルクも俺が飲んでいるような物しか」
少年の言葉に月璃は申し訳なさそうに俯いた。
しかし基より此処は月璃の職場であり、元々そういった物が完全に揃っているわけではない。それは青年も何となく辺りを見渡し理解しているようで、ただ少年だけが不満そうに、けれどやがて仕方が無いと了承の声を出す。
そして言うや否や青年からカップを受け取った少年は、そこへとミルク代わりの牛乳を注いでいった。どうやら相当苦いものだったらしく、何度か混ざり合った中身を飲んではまたミルクを足す動作を繰り返している。
「本当に申し訳ない。俺、味覚が無いので」
途中、サラリと言った月璃に今度はミルクを零した。
狂った手元を恨みながらも、そう言った彼を半分上目遣いで見つめ、少年は一度牛乳のパックをテーブルへと置く。
「――別に責めてませんよ？ 此処がどんな所で、あなたがどんな存在であろうと。こんな事になろうが俺達は助けて貰いましたからね」
ポケットから出したティッシュで零れた牛乳を拭き取り、ようやく納得したらしい中身に少年は口を付ける。
月璃の言葉の意味に気づかなかったのか、それともそれを流したのか。味覚についての突っ込みは無かった。もっとも、月璃にしたらそれは嬉しいことかもしれない。
ただ彼が唯一微かに引っかかるのは"存在"と言った少年の言葉。彼は何か自分に関して察しているのか、月璃は内心疑問を抱きながらも次の言葉を紡いだ。
「……ところで、よければ君達の紹介も聞きたいなって思うのですが。ダメですか？」
ようやく一息吐いた少年を見、既にカップの中身を空にした青年に笑みを向ける。すると二人はそれぞれ肯定の意を示した。
「ダメどころか遅れましたね。俺は洸、こっちは――」
『柾葵(まさき) ラウって名はもしかしてリュウって字(コレ→劉)で合ってるか？ 俺は書くことしか出来ないが、これでも感謝してる』
少年――洸の言葉の途中、青年――柾葵が徐にペンを走らせ一枚のメモを月璃へと手渡す。その行為に洸は言いかけの言葉を止め、柾葵を見上げた。その表情は驚きの色を隠しきれない。
洸が言うことを止めたその言葉の先――柾葵の簡単な紹介――は毎回洸が代弁し、彼自らが名乗ることは滅多になかった。加えて言えば、相手が気に入らなければ最初の会話メモなどいつも一文で終わってしまう。
しかし今、月璃はそれなりに長く書かれたメモに目を通すと、自分の名を正確に漢字変換してくれた柾葵に「合ってますよ」と、礼交じりに告げた。
そして彼もまた、自分が味覚のことを言われないからか、二人に名前以上の何かを問うことは無い。
「さて、折角用意したので食事もしていってくださいよ。長い間倒れていたようだし。お腹、空いてるんじゃないですか？」
そう言い、まだ湯気を立てているピザや、先ほど買い込みテーブルへと並べた食事を二人へ見せる。
「美味しい……らしいですよ。俺には分かりませんが」
その言葉が意味するのはやはり味覚なのか。洸も柾葵も、そんな考えを脳裏に過ぎらせ月璃に視線を向ける。しかしそのまま何も言わず食事へ視線を戻すと、揃って席に着いた。
二人の目の前には系統の統一されない料理の数々。ついでに言えばデザート類が六割程を占め、やたらバランスが悪かった。
「……頂きます」
「どうぞ召し上がれ」
微笑む月璃に悪気など全くない。悪意の無い声色と態度に、二人もそれは察しているようだが……。
そしてこれは、最早味覚が分からない以前の問題でもある。彼、月璃は味覚が無い以前に固形食の摂取が困難だった。否、摂取すると体調を崩すという理由もあり今に至る。
「……」
声に出し箸を持った洸に続き、柾葵は手を合わせ箸を持つと、先ずは惣菜やピザを適当につまみ始めた。
和洋中は勿論のことフランスにイタリア、更にはパッと見国籍不明の料理まで揃った室内は様々な匂いが充満し始める。
そうして二人が食事をしている間、月璃はやはり味がわからないが好きであるホットミルクの二杯目を片手に、至福な一時を過ごしたのである。
気付けばデザート類の半分ほどがテーブルから消え失せていた。
しかしそれを殆ど胃袋に治めているのは柾葵で、一方の洸は未だに惣菜を突付き、やがて箸を置く。
「ご馳走様、全部で幾らになりますか？」
そう、ポケットから財布を出し席を立つ洸に、月璃は静止の声をかけた。
「そんなの良いですよ。此処までは俺が勝手にしただけの事、気にしないで」
しかしその言葉に「でも」と言いたそうな洸には先手が打たれる。
「俺としてはこうして手を貸す、というのは此処までですから…ね？」
柔らかく微笑む月璃に、洸は開けかけた口を紡ぎ「はいはい…」と肩を落とす。
同時に柾葵も箸を置き、ご馳走様でしたと言わんばかりに手を合わせた。
彼は彼で、食事に夢中で会話の半分も耳に入っていなかったらしい。洸と月璃を交互に見ると目をぱちくりさせていた。
「判りました、好意は頂きますよ。ただ、基より求めてないだろうけど俺達はお金じゃなくても、あなたにお返しは出来ないです。今すぐにでも、向かうべき所があるから」
「お返しだなんて構わない。ただ……」
月璃は目を閉じゆっくり頭を振ると、食事を終えた柾葵にも視線を向け言う。
「そこまで言ってくれるなら、どうか俺に会った事を忘れないで欲しい。それで十分」
『忘れるわけ無いだろ。コーヒーも食事も美味かったし、ありがと。それに劉さんは少し興味深い…』
サラリとメモ帳に書かれた台詞に、それを受け取った月璃は頷いた。
「有難う。良ければ何時かまた、違う形で逢いたいと思いますよ」
二人へ向けた言葉は再会を誓う言葉。しかしそれには洸が頭を横に振った。
「でも、俺達の行き先は決まってないから……会えることはもう無いかと」
会いたくないわけではなく、きっと会えないと彼は言う。それは当ての無い旅路故。
しかし月璃はどこからか一枚のカードを出すと、それを二人へ向け言った。
「いいえ。もし君達が忘れないでいてくれたら、俺は占いで君達の事を探せるから。導きのままに、ね」
「占い……ですか」
『やっぱり占い師さんか』
月璃にメモを見せる柾葵の目は輝いて見える。どうやら興味があるらしい。
ただ、そんな柾葵とは違い、洸は声色も表情だって微かに笑みを浮かべているというのに――どこか冷たい何かを感じる言い方で月璃へと言葉を向けた。
「何処に居るかも判らない俺たちを……探せるものなら何時か、又」
挑戦的に言い踵を返す洸に、柾葵がゆっくりと続く。
「もう夜ですが今から出発で？」
「えぇ、一分一秒も惜しいんですよ」
振り返らずに洸は言い、やがて元居た部屋へと戻った。再び帰ってきた時、彼の手には二人分の荷物がある。その一つを柾葵へと投げつけると、彼に外へ出る扉の位置を確認した。
それをやはり何故か……洸の掌に書き示し、先に出て行く彼を見送る柾葵は、月璃に最後のメモを託し洸の後を追った。
『悪い。短いけど世話になった――又何時か会えたら…‥』
「はい…また、いつか」
そして遠く、ドアの閉まる音。
部屋には静寂が訪れ、後には二人が僅かに残していった人の温かさと中身が空っぽな二つのカップ。
そのカップをゆっくりと両手に持つと片付けを開始する。
ゴミを棄て、カップを洗うだけ…ただそれだけだが何故か嬉しかった。
「――…‥」
途中、二人が出て行ったドアの方向へと視線を向けただ独り、小さく約束の意を呟く。
「きっとまた……いつか会えるよ――」
ただ、その時はもう『拾い物』ではないだろうと考え、彼はそっと笑みを浮かべた。
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
→PC
[4748／劉・月璃(らう・ゆえりー)／男性／351歳／占い師]
→NPC
[ 洸(あきら)・男性・16歳・放浪者 ]
[ 柾葵(まさき)・男性・21歳・大学生 ]
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
初めまして、亀ライターの李月と言う者です。
この度は雪月花１ 当て無き旅人、ご参加有難うございました。
散々悩んだ口調でしたが、後半あえてプレイング参考の上所々崩れ気味の敬語になっています。問題ありましたらどうぞレターやリテイクと言う形でご指摘を。その他行動なども此方でいくつか書かせていただいたのがありますが、口調も含め違う部分は遠慮なくどうぞ。もし次回がありましたら、その際にもしっかり参考にさせていただきます。
さて、劉さんは謎多きお方で！ 洸の第一印象は"なんかよく判らないけどとりあえず人間じゃない奴"ですね。何か得体の知れないものを察しているようです。一方の柾葵は興味本位が先走っており、少々内面にまで目(と言うか耳と言いますか..)が行っていないようです。どちらかと言えば初対面印象では柾葵の方が良さそうですね。
ただ二人とも劉さんの対応には良い印象を持ってますのでご安心(?)を。
再会の約束も有難う御座いました。次は『知り合い』…くらいで又会えればと思っています。
そして、ご希望の流れへ向かうこと、私も是非是非と祈ってます！
敬語使いの男性と言うことで、楽しく書かせて頂きました。どうも有難うございます。
まだ歩き出し間もないこの世界は、途中離脱・追加シナリオも可能な自由世界です。
もし今回お気に召していただけ、次回に興味を持たれましたら二人と再会していただればと思います。
それでは又のご縁がありましたら…‥
李月蒼
|
|
 |
