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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Gate03〜ロック


 うららかな陽射しの中アトラス編集部はいつもの騒々しさを保っていた。締め切りまではあと二週間。丁度中だるみをしそうな時期である。
 かちん
 歩く三下の靴に何か小さなものが当たった。
「鍵?」
 しかもなんだかアンティークな。太陽を模しているようだがなんだか真ん中が黒い。編集部の誰かの物か出入りする誰かの物か。
どちらにせよ落し主も困っている事だろう。
そう考えた三下はそれを拾い上げるとポケットに入れた。後でホワイトボードにでも貼り付けておこうと思いながら。
「さっきの記事の件だけど……」
「あ、は、はい!」
 疚しい所は一つもない筈なのにどもりながら、三下は慌てて碇のデスクに駆け寄ろうとした。
ぼすっ
片足をゴミ箱に突っ込んだ。
「うわっ」
そのままバランスを崩しかけて手近な机に捕まろうとして書類とペン立てを床にぶちまけて――。
かちゃん、どんっ
最後に給湯室のドアに向かって受け身も取らずに激突した。
「いたたたたた……」
 頭を抱えて蹲る三下に集まった人間達は手を差し伸べもせずにあんぐりと口をあけて彼の背後を見ていた。
「どうしたんですか? うわぁっ!」
 問いかけながら振り返った三下はそのまま飛び上がって悲鳴をあげた。
――視界に写るのは給湯室ではなく、アトラス編集部。人だかりを透かし見れば、中腰になって後ろを振り返っている自分の姿も見えるかもしれない。
「こ、こここれは一体!?」
 腕を組み難しい顔でそれを見ていた碇はおもむろにボールペンを取り、投げつけた。思わず三下は首を竦めたが狙いは彼ではなくその背後。
 碇の背後でボールペンが落ちる音。碇は盛大にため息をついた。
「どうなってるのよ、これは」


 草間は碇からかかってきた電話に頭を抱えた。
「それはつまりどうやってもそこから出られないって事だな」
「ええ。電話が繋がる辺り、回線が物理的に切れてる訳じゃなさそうね。それじゃお願いね」
「判ったと言いたい所だが、人を集めてもどうやってそこに送り込んだもんだが……、いや、待てよ」
 どうしたのかと問い掛ける碇を余所に草間は机を漁り始めた。さて、あれはどこに閉まったのだろうか。
溜め込んだ書類をひっくり返し、前に開けたのはいつだったか忘れた一番下の引出しもひっくり返して、漸く見つけた場所は一番上の――まずそこには無いとふんでいた――引き出しにあった。
 ドアベルのような形状のそれを草間は振ってみる。
 りりり
 すんだ音が響いて。程なく給湯室のドアからひょっこりと顔を覗かせた少女がいる。不思議な衣装を着た彼女の名は涼蘭。様々な場所に自由にドアを開いて行き来するという能力を持っていた。
「あら、草間さん。どうかなさったんですか?」
 小首を傾げた涼蘭に草間は手早く状況を説明した。
「で、だ。アトラスまで人を送る事は出来るか?」
「出来ます。……何かややこしい事になってますねー。連れて行って現場でその原因を取り除いてもらうのが一番だと思います」
「判った――という訳だ、しばらく待ってくれ」
 既に待ちくたびれていた碇は早めにねと念を押した。

 ――そして、どこかで
 閉じられたアトラス編集部を眺めながら男がぽつりと呟く。
「さて、あれのガーディアンまで引っ張り出せるかな」


□顔合わせ
「――そうか、じゃあ行ってみてくれ」
 草間が受話器を下ろすのを見届けてからシュライン・エマが口を開いた。
「どうだったの?」
「まずは直接行ってみるそうだ」
マリオン・バーガンディの言葉を思い出しながらの答えに榊遠夜(さかき・とおや)は僅かに眉を顰めた。
「空間が奇妙に捻じ曲げられているようだし、入れるかどうか」
「ドア開いたら外が見えずに編集部が見えるんなら確かにドア開けても無駄そうよね」
真迫奏子(まさこ・そうこ)が少年の言葉に肩を竦めた。
「もっとも、その空間殴るくらいしか方法が思いつかないのよね、私の場合」
「何もない空間を殴ったらどうなるのかしら?」
エマが首を傾げる。榊は考えながら口を開いた。
「難しいですね。普通に考えると……どうだろう、跳ね返されるとかその辺りかもしれないな」
「跳ね返されて傷ついたら困るわね、私の指は商売モノなのよ。タダじゃ御免ね」
「依頼人に言え」
形の良い指を眺めながらの真迫の言葉に草間が簡潔な答えた。真迫は手をひらりと振る。
「それは依頼料って事? お金にはたいして不自由してないわ」
「お金以外の何かって事?」
エマの言葉に隣に座っていた涼蘭が居心地悪そうに身動ぎした。マグカップを置いて意味もなくきょろきょろする彼女に榊は不思議そうに声をかけた。
「どうかしたのか?」
「え、あ」
「……何も言ってないわよ」
「あー、ごめんなさい」
真迫に半眼で見られて申し訳なさそうにする涼蘭にエマは笑う。かつて似たような台詞で真迫が涼蘭に迫った事を思い出した為だ。
「そう言えばそんな事もあったわね」
あの時は三人だった。そう思っているとその時一緒だった人物が興信所のドアを勢い良く開いた。
「ヤッホーまた来たわよ、おヒサ涼蘭ちゃん♪」
 朧月桜夜(おぼろつき・さくや)は涼蘭に手を振るとソファのあいている場所に座り足を組んだ。
「とりあえずアトラスから電話は通じるのよね、出られないのは何となく判るけど、入ってくるコトは出来るの?」
「そうね、アトラスの前に行ってみないと判らないんじゃないかしら?」
「バーガンディさんがその辺も確かめてきてくれると思うわ」
当り前のように話し始めた女性陣を眺めていた榊がドアの方へ顔を向けた。草間興信所を取り巻く気が一瞬乱れたせいだ。彼の足元に蹲っていた黒猫も顔をあげ、そちらを注視する。
ドアのノブが回され、現れたのは彼とそんなに年齢の変わらないように見える少年だった。草間が首を傾げる。
「アトラスに直行したんじゃなかったのか?」
「下手に入ると危ない事になりそうでしたから」
「危ない事というと?」
 榊の問いかけにバーガンディは頷く。
「ええ。入れない事もなかったんですが、出られそうにありませんでしたし、下手に入って下手に触ると厄介そうでしたから」
「結界のようなものと考えれば、確かに危険かもしれないな」
「そういうものなの?」
榊の言葉に真迫は朧月を振り返った。少女は軽く肩を竦める。
「そ。まあ全部が全部ってワケじゃないケドね。……涼蘭ちゃん的にはどうなの?」
「え? 私ですか? 私が閉じるんでしたら扉を全てなくしてしまいますけど……でもそれって参考になるんですか?」
「その場合の扉ってドアだけじゃないのよね? 参考になると思うわ。ほら、前の時に似た能力を持っていそうな介入者がいたし」
「そそ。別口のドアえもんと愉快な仲間達の仕業が高い訳だしね」
 ひらりと手を振った朧月の言葉に真迫とエマが吹きだした。未来の世界の猫型ロボットは確かに扉との契約者に似ていなくもない。
「そういえば、どこにでも行けるドア持ってたわよね、あれ」
「え? ドアえもんっていう扉との契約者がいるんですか?」
「違うよ。そういう意味じゃなくて子供向けの漫画の話」
 真迫の言葉にすっとぼけた疑問を投げる涼蘭に榊が説明を加える。そうですかと納得したのは涼蘭もだがバーガンディもだった。
「なるほど。子供向けのものは夢に溢れていて良いですね」
「その夢が実在しているって事ね。……扉の状態で言えば鍵が掛かってるという事だと思うんだけど、その場合は閉じる鍵と同時に開ける鍵があるって事かしら?」
 やや強引に流れを修正したエマの言葉に榊が口を挟む。
「それが鍵と限定するなら、開ける鍵と閉じる鍵が違うよりは同じものの方が判りやすい気がします。例えば家の鍵は一つだから」
「でもそうすると鍵をかけた人間は編集部にいるって事? ……武彦さん、編集部内に変な人混じってなかったわよね?」
「ああ。全員よく知ってる人物だ」
「記憶操作でもされてなきゃ内部に犯人はいない、と。まあ編集部に閉じ込められたって得する事は何にもないわね」
エマと草間の会話を受けて真迫が苦笑する。朧月が思いついたように得する例をあげた。
「あーでもほら原稿は早く上がりそうよ」
「早く上がって喜びそうな碇編集長が依頼人だよ」
「碇さんはか弱い女性ですからきっと不安に思っていますよ」
 榊の言葉に反論するバーガンディ。どちらも彼女が犯人ではないと言ってる割には印象派大分違う。
「まあ私も碇さんが犯人だとは思ってないケド、むしろ原因は三下さんの方がありえそうよね」
「そうよねえ、三下くんが給湯室開けてからだし」
 朧月に言葉に頷いて補足を加えるエマ。そしてバーガンディと真迫が深く頷いた。
「何よりも三下さんですから」
「そうよね、三下さんだし」
「いくらなんでもそれはあんまりじゃ」
意味もなく確信有り気な二人に榊がフォローを入れる。がそのフォローも次の言葉であっと言う間に崩れ去る。
「それはそうとして。原因が三下さんだとしても企んだ元凶が入る筈です。そっちを探した方が話が早いかもしれない」
「出来るに越した事はないんだケド、どうかな? 前の時はドアに飛び込んで逃げられちゃったのよね」
「でも近くで見届けてる気はするわね。どうやって見つければ良いのかは判らないけど」
朧月とエマの言葉に真迫が挙手をする。
「あ、私探す方では役に立つ自信がないわ。編集部に行って原因を探るから」
「私も編集部へ行きます。碇さんが心配ですからね」
「私も編集部に行くわ。介入者を見てないから音で探す事も出来ないしね」
バーガンディの言葉に続けてエマが自分の行先を明らかにする。若き陰陽師二人が顔を見合わせた。
「どうする?」
「一人は編集部に行った方がいいと思う」
「そうね、じゃアタシが編集部に行くわ」
同年代同士の気安さであっさりと打ち合わせを終えると朧月は振り返って涼蘭を見る。
「ね。アトラス前にも直行できるドア、作れる?」
こくりと頷いたのを見てエマが立ち上がって一同を促す。
「それじゃ、行きましょうか」


■アトラスにて
 ドアをくぐればそこはアトラス編集部だった。真迫はとりあえず後ろを振り返って場所を確認する。編集部の中心に出た事を確認して涼蘭を見た。
「ちょっと、ここにドアはないんだけど」
「ええ。直接ドアにつなげるより安全だったんです」
「ああ、扉をくぐると場所が変わるというのは判りやすくて良いですね」
バーガンディはのんびりと呟くと碇の姿を探す。
「とんでもない現れ方するわね」
「あ、皆さん、助けにきてくださったんですねーー!」
デスクに座った碇と三下が声をかけてくる。他の人間はとりあえず給湯室からは離れた位置で黙々と仕事をしていた。エマが苦笑しながら呟く
「……現実逃避? 気持ちは判らなくもないケド」
「まあねえ、出られないなら他にするコトないし。ねぇ、涼蘭ちゃん、ここにいる人達連れ出してもらっても問題ない?」
「じゃあ、このドアからどうぞ。閉じるまでは草間さんとこに出られますから」
「仕事道具は持って行ってね」
 ぞろぞろと立ち上がって動き始める編集者達に碇が釘をさす。三下も自分の机に荷物を取りに戻ろうとする。
「じゃあ僕も」
「それは駄目よ」
「えぇ!? 何でですか?」
「だって三下くんが給湯室のドア開けてからああなったんでしょう」
編集部脱出をエマにあっさり却下される三下だった。その三下に追い打ちをかけるようにバーガンディが指を突きつける。
「三下さんが何かしたに違いないのです」
「何もしてないですよ!」
「三下さんが何かした訳じゃなくても……そうね、なんか、変わったこと無かった?」
朧月は涼蘭を指差す。そして淡々と言葉を続ける。
「例えばこういう感じの怪しい人が突然トイレのドアから現れたとか、三下さんの原稿が採用されたとか三下さんが何か拾い食いしたとか三下さんが何か猫糞したとか」
「拾い食いはいくらなんでもしないでしょう」
苦笑して突っ込むエマ。そして自分を指差して愕然とする涼蘭。
「え、私怪しい人ですか?」
「……あなた、自覚ないの?」
「怪しくない人は突然誰にいないトイレから現れたりしないから」
半眼になった真迫にひらひら手を振って断言する朧月。エマはフォローした方が良いだろうなと思いつつ、つい笑ってしまった。
「やろうと思って出来る事じゃないわね」
「しかし、なんでまたトイレに?」
「ちょっとした間違いです。草間さんとこには繋がってたんだし間違ってないですよねえ?」
「……普通に外に繋がったドアから入った方が良いと思いますよ」
ずれている涼蘭に生真面目にバーガンディは言い聞かせてもう一度三下に視線を向ける。
「とにかく朝から何やったのか全部思い出して下さい。……ところで碇さんは行かないんですか?」
「編集部に何かあったら困るじゃない」
「さすが碇さん、仕事熱心ですね」
「……つまり編集部荒らさないように見ておくと。出来るだけ努力はするけど、不可抗力は許してよね」
碇の言葉に素直に感心するバーガンディと軽く肩を竦める真迫。そして思い出せと言われた三下は必死に今日の出来事を反芻している。
「三下くん、ちょっといい? 給湯室のドアを一度閉めて欲しいの」
「あ、はい」
 エマに言われ三下は給湯室のドアを閉めて――開けた。エマは奥を覗いて肩を竦める。
「……変わらないわね。やっぱり駄目ね」
「そう簡単には行かないってコトか」
「じゃあ手分けして調べましょうか」
「ですね」
 それぞれに頷いて彼らは編集部内を調べ始めた。


■鏡に映る
 エマは給湯室にくるりと背を向けた。二列の机の向こうに見えるのは大きな鏡だ。
「あれね」
もう一度給湯室の方を向くとエマ自身の後姿も見える。
「……変な感じね」
誰にともなく呟くとエマの手がポケットを探った。以前涼蘭から貰った鍵がそこにある。
 これで開けられない事もないでしょうけど、根本的な解決になるのかしらね。
そんな事を思いながらじっくりと見える景色を確認する。似たような机ばかりが綺麗に並んでいる。四角く切り取られた範囲以外を見る為には、給湯室の中に首を突っ込まなければならない。さすがにそこまでする気にはなれなかった。
ため息を一つつき、一歩下がる。編集部をぐるりと囲う壁を見渡せばドアが三つ、窓が南側にずらり。そして給湯室と向かい合った鏡。
「そう言えばあそこから麗香さんの投げたボールペンが落ちてきたのね」
 鏡に近寄ると下の方になにやら広告が入っているのが見てとれた。どうやらどこぞからの贈呈品らしい。
広告以外には飾り気の全くない鏡は、今エマの姿を写してはいない。給湯室をしげしげと覗き込んでいる真迫の姿が見えるばかりだ。
「せーのっ」
真迫は唐突に声をあげると右手を大きく振りかぶった。
「ちょっと待って!」
思わず慌てた声をあげて一歩下がる。鏡の中の真迫がまっすぐに拳を伸ばした。
「……え!?」
 鏡の表面が持ち上がり拳が突き抜けてきた。文字通り繋がっているという事だろうか。床を見るとボールペンや書類が散乱している。まるで鏡からばら撒かれたような散らばり方だ。
いつもの習慣でそれを拾っているとバーガンディに訊ねられた三下の声が聞こえた。
「黒い太陽のデザインの鍵を拾ったんです。それで落し主を探そうと思って」
「それ、どこにあるんですか?」
「えーっとポケットに確か……あれ? ないなぁ」
「もしかしてこけた時に落としたンじゃない? とりあえずそんな怪しいモノまず最初に言ってよ!」
 服をパタパタと触って確かめる三下を朧月が叱りつける。涼蘭を知っている者としては極当り前の事だが、普通そう怪しいとは思うまい。
真迫はその黒い太陽の鍵を探して視線を床に向けた。
「となるとこの辺に落っこちてるって事になるわね」
「でもそっちにはそれらしい怪しい気はないんだケドなあ。むしろシュラインの付近にあるのよね」
「……あ! もしかしてこけた拍子に落としてここまで転がした? 給湯室から直接繋がってるみたいだし」
朧月の言葉にエマは思いついて声をあげる。
「ではそちらを重点的に探した方が良さそうですね」
バーガンディの言葉に頷いて真迫と朧月がエマの元へと駆け寄った。


□黒い太陽
 唐突に彼は現れた。
 受け身も取れずに強かに体を打ちつけて痛みに顔を顰める。
「榊さん!?」
彼が落ちた場所はアトラス編集部の一角だった。一番近くにいた真迫が驚いて声をあげる。
「え!? なんで?」
「空間が揺らいだような気がします」
動揺した朧月の言葉に冷静に告げつつもバーガンディは僅かに椅子から腰を浮かせていた。
「一体何があったの?」
「エクリプスと名乗る男に背中を押されたらここに来たようだ」
 榊は手短に三下の姿をした男を見つけ追った事、そしてその男と争い術を受けたらしい事を説明した。エマはその名に微妙な表情を浮かべた。
「エクリプス……蝕まれるとかって意味の英単語ね。そのまま名前だとは考え辛いわ」
「蝕まれる、ね、そう言えば黒い太陽って言ってたよね」
それってさ、そう続けようとした朧月の言葉に真迫が首を傾げる。
「黒いものに喰いつくされて、太陽が蝕まれるって事?」
「そう。日食のしょくって食べるだケド、蝕まれるの字でも書くんじゃなかったっけ?」
「英語でなら日食はソーラー・エクリプスと呼びますね。そこから来ているのかもしれません」
朧月の言葉を裏付けるようにバーガンディが付け加える。エマは涼蘭に視線を向けた。
「エクリプスが涼蘭さんと同じように作った鍵が黒い鍵だって事になる可能性が高いわね。だとすると彼は涼蘭さんと同じ存在って事にならない?」
「扉との契約者って事ですね」
「待ってくれ。彼は自分の事を契約者ではないと言っていたんだ」
 榊の言葉に全員が黙る。だとすればエクリプスは一体何者なのだろうか。
「あーやめやめ! とりあえずここを何とかする事が先でしょう! 三下さんが鍵を持ってて落としたんなら床よね。となると給湯室周辺?」
 気分を変えてさばさばと動き出した真迫に朧月が待ったをかける。
「多分その辺にはないわ。それが微弱な気配がするのは反対側なのよ」
「ねえ、もしかして給湯室を超えてこっちに落ちてきたって事はない? 床にペンが散らばってるんだけど」
「ひっくり返したペンと一緒に転がってきたという事ですね。ではそちらを重点的に探しますか」
「とりあえず形は黒い太陽の付いた鍵だな?」
エマの言葉にバーガンディが頷き、逸早く榊は鍵の形状を確認してから机の下を覗き込んだ。全員が同じように探し始めた。
「あ、そこ! そっちの机の下!」
「あ。これね」
 真迫の声にエマが気が付いて手を伸ばした――その時。
「危ない!」
 二人の陰陽師が声をあげた。

□影
 エマの伸ばした指先が触れようとした鍵が不気味な光を放つ。
「え? きゃあ!」
「大丈夫!?」
 飛ばされ壁に強かに体を打ちつけたエマは悲鳴をあげる。真迫が彼女に駆け寄った。陰陽師の少年と少女はその二人を庇うように前に出た。
「碇さんと三下さんは下がっていてください」
 バーガンディは朧月と榊の隣に並ぶと二人に小さく囁きかけた。
「私の方に追い込んでください」
「判った!」
少女の声が応え、少年は静かに頷く。彼らの目の前に鍵から湧き出た不気味な影がゆらりと何かの形を取ろうとしていた。
形を完全にしないまま腕――或いは前脚かもしれない――を伸ばしてきた影に三人がそれぞれ別の方向に離れ、影を避ける。
「この! 影なら影らしく床に張り付いてなさい!」
走り出た真迫がその腕を取り――影である事は彼女には関係がないようだった――床へ叩きつけた。
その隙を逃さず朧月の手が印を切る。ふっと息を吹きかけるとその指先に符が現れた。
「鍵取る邪魔してンじゃないわよ!」
放たれた符は来光へと姿を変え影へ突き刺さる。影が苦しむようにその身を縮めた。その身を掴み取ろうと伸ばす手がある。榊の作り出した白い巨人は捻り潰さんばかりの勢いで影に掴みかかった。巨人を操る榊は影を鍵から遠ざけながらエマに視線を送る。
エマは足音を顰めて鍵をとると一気に給湯室へと駆け出した。
 ぐおぉぉん
 叫びともつかない声を影があげる。巨人の手から逃れて鍵を持つエマへと手を伸ばそうというのだろう。
「させませんよ、さっきもあなたはエマさんに乱暴なマネを働きましたね」
許せません。そう言い置いてバーガンディは白い写真を掲げた。それは先程彼が持ち込んだティーセットを撮影したもので、取り出した今は何も残ってはいない。
「こっちへ追い込んでください、エマさんは早く鍵を開けて!」
「給湯室には近付かせないわよ、大人しく消えなさい!」
 真迫が手近にあった椅子を持ち上げ投げつける。
「ちょっとうちの備品!」
「暴れたら備品もだが編集部自体が危ないんじゃないか」
 隠れてみている碇の声にやや呆れて榊が呟く。彼の手は忙しく幾つかの印を組み続けている。彼の手の動きが巨人に力を与えているのだ。
 エマは時折机に当たりそうになりながらも給湯室へかけより、そのドアを一度閉じる。手にした鍵をその鍵穴に入れると忙しく鍵を回した。
 かちゃり
 小さな音が響く。それを待ってドアを開けば流し台が見えた。
「開いたわ!」
 振り返って叫ぶも影が消える様子はない。どうやら開ければ消えるというものでもないらしい。
退路を塞ぐべく窓を背にして立った朧月の影に白い女性の姿がある。式神を従えた少女は不機嫌に言い放った。
「往生際が悪いのよ。とっとと消えて! バーガンディさん、後任せた!」
 声と同時に白い影が飛び榊の式神と共に彼の方へと影を押し倒した。もがくように伸ばした手にバーガンディは白い写真を投げた。
黒い影は写真に吸い込まれて消える。後に残るのは写真が一枚だけ。
それを手に取るとバーガンディは僅かな笑みを浮かべる。魔術でおざなりに精製された影がそこに映っていた。
「魔力で構成されたモノを封じれば、エクリプスの力も少しはそぐ事が出来るでしょうか」
 応える者はない。


□残る疑問
 僅かに荒れた室内を覗けば騒ぎの影は欠片も残ってはいない。あえて言えば人数が少ない事ぐらいだろうか。他のドアも一通り開いてみて漸く碇は安堵の息を漏らす。
「助かったわ、このままだとどうなる事かと思ってたの」
「お役に立ててよかった」
 笑顔を返すバーガンディにエマも頷きながら肩を竦める。
「アレが開いても消えなかった時はどうしようかと思ったわ。……それにしてもなんだったのかしら?」
「エクリプスがやった事は判っても目的が判らないんじゃね」
「そうね、ただの愉快犯じゃなさそうだし。判らないと次何やらかすか見当もつかないのわ」
朧月が腕を組み嘆息すると、真迫は髪をかきあげて同意の頷きを返す。
「本来貰うべき恩恵を奪われたと言っていたな。それを取り返したいのかもしれない。……しかし、契約者じゃないと言う割にはそれと同じ力を持っているとはな」
「私にも何がなんだかさっぱりです。……あの、もし何かあったら教えてください。その代わりと言ってはなんですが」
 これを、と涼蘭は鈴を差し出した。
「私で開く事が出来るドアでしたらいつなりと開かせていただきます」
「情報料の前払いって訳ね」
 真迫は頷き受け取る。エマと榊に渡した後、朧月には違う黒い鍵を差し出した。
「鈴は持っていらっしゃいましたよね。代わりにはなりませんけど。これで鍵をかければ、同じ鍵で開くまで誰にも開ける事は出来ません」
「……ソレってさっきまでと似た状況にならない?」
「桜夜さんならそんな風には使わないでしょう?」
「信じられてるとなると尚更ね」
 微妙な表情をした少女がエマの言葉に小さく笑う。
「私にも朧月さんと同じ鍵をいただけますか?」
空間を自在に渡る事の出来るバーガンディにとっては鈴はあまり意味がない。だからこその申し出に涼蘭は頷き鍵を差し出した。
 榊は話に加わる事もなく窓の外を眺めていた。眼下に先ほどの歩道橋が見える。
「……あいつ一体何者なんだ」
遅れをとった己の不覚を恥じながら少年はエクリプスと名乗る男の言葉を思い返していた――。


fin.


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
 0444/朧月・桜夜(おぼろつき・さくや)/女性/16/陰陽師
 0642/榊・遠夜(さかき・とおや)/男性/16/高校生/陰陽師
 1650/真迫・奏子(まさこ・そうこ)/女性/20/芸者
 4164/マリオン・バーガンディ/男性/275/元キュレーター・研究者・研究所所長

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■         ライター通信          ■
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 依頼に応えていただいて、ありがとうございました。
 そしてお久しぶりでございます。小夜曲です。
 今回のお話はいかがでしたでしょうか?
 もしご不満な点などございましたら、どんどんご指導くださいませ。

 Gate03〜ロック、納品日当日のお届けとなりました。相変わらずギリギリで申し訳ありません。
 ロックと言う題名通り鍵が掛かっているという状況でした。さしづめ簡易結界でしょうか。こけて落としただけでかかるなんて迷惑に勤勉な鍵ですよね(笑)
 遠い昔の第一話、第二話からちらちら見え隠れしていた介入者がその存在を主張し始めました。でもエクリプスのやってる事は単なるはた迷惑な行動でしかないですよね。いきなり閉じ込められてもとっても困ります。準備してても嫌ですが。
 でも碇さんなら衣食住がOKなら締め切り前はドンと来いかもしれませんよね(笑)

 エマさま、十五度目のご参加ありがとうございます。
 閉じた鍵があるなら開く鍵も編集部にある。鍵が一本でしたが正解です。そして涼蘭の鍵を使って開く事は出来ましたが、確かに根本的解決にはなりませんよね、脱出は出来るんですが、他の場所は閉じたままという事になってしまいます。
 そして給湯室から見えている光景は確かに鏡からのものでした。鏡と窓という言葉に相変わらず鋭いなあと思ってしまいました。
 また今回以前のGateシリーズでのアイテムを配付させていただきます。
 今回のお話では各キャラで個別のパートもございます(■が個別パートです)。
 興味がございましたら目を通していただけると光栄です。
 では、今後のエマさまの活躍を期待しております。
 いずれまたどこかの依頼で再会できると幸いでございます。