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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Gate03〜ロック


 うららかな陽射しの中アトラス編集部はいつもの騒々しさを保っていた。締め切りまではあと二週間。丁度中だるみをしそうな時期である。
 かちん
 歩く三下の靴に何か小さなものが当たった。
「鍵?」
 しかもなんだかアンティークな。太陽を模しているようだがなんだか真ん中が黒い。編集部の誰かの物か出入りする誰かの物か。
どちらにせよ落し主も困っている事だろう。
そう考えた三下はそれを拾い上げるとポケットに入れた。後でホワイトボードにでも貼り付けておこうと思いながら。
「さっきの記事の件だけど……」
「あ、は、はい!」
 疚しい所は一つもない筈なのにどもりながら、三下は慌てて碇のデスクに駆け寄ろうとした。
ぼすっ
片足をゴミ箱に突っ込んだ。
「うわっ」
そのままバランスを崩しかけて手近な机に捕まろうとして書類とペン立てを床にぶちまけて――。
かちゃん、どんっ
最後に給湯室のドアに向かって受け身も取らずに激突した。
「いたたたたた……」
 頭を抱えて蹲る三下に集まった人間達は手を差し伸べもせずにあんぐりと口をあけて彼の背後を見ていた。
「どうしたんですか? うわぁっ!」
 問いかけながら振り返った三下はそのまま飛び上がって悲鳴をあげた。
――視界に写るのは給湯室ではなく、アトラス編集部。人だかりを透かし見れば、中腰になって後ろを振り返っている自分の姿も見えるかもしれない。
「こ、こここれは一体!?」
 腕を組み難しい顔でそれを見ていた碇はおもむろにボールペンを取り、投げつけた。思わず三下は首を竦めたが狙いは彼ではなくその背後。
 碇の背後でボールペンが落ちる音。碇は盛大にため息をついた。
「どうなってるのよ、これは」


 草間は碇からかかってきた電話に頭を抱えた。
「それはつまりどうやってもそこから出られないって事だな」
「ええ。電話が繋がる辺り、回線が物理的に切れてる訳じゃなさそうね。それじゃお願いね」
「判ったと言いたい所だが、人を集めてもどうやってそこに送り込んだもんだが……、いや、待てよ」
 どうしたのかと問い掛ける碇を余所に草間は机を漁り始めた。さて、あれはどこに閉まったのだろうか。
溜め込んだ書類をひっくり返し、前に開けたのはいつだったか忘れた一番下の引出しもひっくり返して、漸く見つけた場所は一番上の――まずそこには無いとふんでいた――引き出しにあった。
 ドアベルのような形状のそれを草間は振ってみる。
 りりり
 すんだ音が響いて。程なく給湯室のドアからひょっこりと顔を覗かせた少女がいる。不思議な衣装を着た彼女の名は涼蘭。様々な場所に自由にドアを開いて行き来するという能力を持っていた。
「あら、草間さん。どうかなさったんですか?」
 小首を傾げた涼蘭に草間は手早く状況を説明した。
「で、だ。アトラスまで人を送る事は出来るか?」
「出来ます。……何かややこしい事になってますねー。連れて行って現場でその原因を取り除いてもらうのが一番だと思います」
「判った――という訳だ、しばらく待ってくれ」
 既に待ちくたびれていた碇は早めにねと念を押した。

 ――そして、どこかで
 閉じられたアトラス編集部を眺めながら男がぽつりと呟く。
「さて、あれのガーディアンまで引っ張り出せるかな」


□顔合わせ
「――そうか、じゃあ行ってみてくれ」
 草間が受話器を下ろすのを見届けてからシュライン・エマが口を開いた。
「どうだったの?」
「まずは直接行ってみるそうだ」
マリオン・バーガンディの言葉を思い出しながらの答えに榊遠夜(さかき・とおや)は僅かに眉を顰めた。
「空間が奇妙に捻じ曲げられているようだし、入れるかどうか」
「ドア開いたら外が見えずに編集部が見えるんなら確かにドア開けても無駄そうよね」
真迫奏子(まさこ・そうこ)が少年の言葉に肩を竦めた。
「もっとも、その空間殴るくらいしか方法が思いつかないのよね、私の場合」
「何もない空間を殴ったらどうなるのかしら?」
エマが首を傾げる。榊は考えながら口を開いた。
「難しいですね。普通に考えると……どうだろう、跳ね返されるとかその辺りかもしれないな」
「跳ね返されて傷ついたら困るわね、私の指は商売モノなのよ。タダじゃ御免ね」
「依頼人に言え」
形の良い指を眺めながらの真迫の言葉に草間が簡潔な答えた。真迫は手をひらりと振る。
「それは依頼料って事? お金にはたいして不自由してないわ」
「お金以外の何かって事?」
エマの言葉に隣に座っていた涼蘭が居心地悪そうに身動ぎした。マグカップを置いて意味もなくきょろきょろする彼女に榊は不思議そうに声をかけた。
「どうかしたのか?」
「え、あ」
「……何も言ってないわよ」
「あー、ごめんなさい」
真迫に半眼で見られて申し訳なさそうにする涼蘭にエマは笑う。かつて似たような台詞で真迫が涼蘭に迫った事を思い出した為だ。
「そう言えばそんな事もあったわね」
あの時は三人だった。そう思っているとその時一緒だった人物が興信所のドアを勢い良く開いた。
「ヤッホーまた来たわよ、おヒサ涼蘭ちゃん♪」
 朧月桜夜(おぼろつき・さくや)は涼蘭に手を振るとソファのあいている場所に座り足を組んだ。
「とりあえずアトラスから電話は通じるのよね、出られないのは何となく判るけど、入ってくるコトは出来るの?」
「そうね、アトラスの前に行ってみないと判らないんじゃないかしら?」
「バーガンディさんがその辺も確かめてきてくれると思うわ」
当り前のように話し始めた女性陣を眺めていた榊がドアの方へ顔を向けた。草間興信所を取り巻く気が一瞬乱れたせいだ。彼の足元に蹲っていた黒猫も顔をあげ、そちらを注視する。
ドアのノブが回され、現れたのは彼とそんなに年齢の変わらないように見える少年だった。草間が首を傾げる。
「アトラスに直行したんじゃなかったのか?」
「下手に入ると危ない事になりそうでしたから」
「危ない事というと?」
 榊の問いかけにバーガンディは頷く。
「ええ。入れない事もなかったんですが、出られそうにありませんでしたし、下手に入って下手に触ると厄介そうでしたから」
「結界のようなものと考えれば、確かに危険かもしれないな」
「そういうものなの?」
榊の言葉に真迫は朧月を振り返った。少女は軽く肩を竦める。
「そ。まあ全部が全部ってワケじゃないケドね。……涼蘭ちゃん的にはどうなの?」
「え? 私ですか? 私が閉じるんでしたら扉を全てなくしてしまいますけど……でもそれって参考になるんですか?」
「その場合の扉ってドアだけじゃないのよね? 参考になると思うわ。ほら、前の時に似た能力を持っていそうな介入者がいたし」
「そそ。別口のドアえもんと愉快な仲間達の仕業が高い訳だしね」
 ひらりと手を振った朧月の言葉に真迫とエマが吹きだした。未来の世界の猫型ロボットは確かに扉との契約者に似ていなくもない。
「そういえば、どこにでも行けるドア持ってたわよね、あれ」
「え? ドアえもんっていう扉との契約者がいるんですか?」
「違うよ。そういう意味じゃなくて子供向けの漫画の話」
 真迫の言葉にすっとぼけた疑問を投げる涼蘭に榊が説明を加える。そうですかと納得したのは涼蘭もだがバーガンディもだった。
「なるほど。子供向けのものは夢に溢れていて良いですね」
「その夢が実在しているって事ね。……扉の状態で言えば鍵が掛かってるという事だと思うんだけど、その場合は閉じる鍵と同時に開ける鍵があるって事かしら?」
 やや強引に流れを修正したエマの言葉に榊が口を挟む。
「それが鍵と限定するなら、開ける鍵と閉じる鍵が違うよりは同じものの方が判りやすい気がします。例えば家の鍵は一つだから」
「でもそうすると鍵をかけた人間は編集部にいるって事? ……武彦さん、編集部内に変な人混じってなかったわよね?」
「ああ。全員よく知ってる人物だ」
「記憶操作でもされてなきゃ内部に犯人はいない、と。まあ編集部に閉じ込められたって得する事は何にもないわね」
エマと草間の会話を受けて真迫が苦笑する。朧月が思いついたように得する例をあげた。
「あーでもほら原稿は早く上がりそうよ」
「早く上がって喜びそうな碇編集長が依頼人だよ」
「碇さんはか弱い女性ですからきっと不安に思っていますよ」
 榊の言葉に反論するバーガンディ。どちらも彼女が犯人ではないと言ってる割には印象派大分違う。
「まあ私も碇さんが犯人だとは思ってないケド、むしろ原因は三下さんの方がありえそうよね」
「そうよねえ、三下くんが給湯室開けてからだし」
 朧月に言葉に頷いて補足を加えるエマ。そしてバーガンディと真迫が深く頷いた。
「何よりも三下さんですから」
「そうよね、三下さんだし」
「いくらなんでもそれはあんまりじゃ」
意味もなく確信有り気な二人に榊がフォローを入れる。がそのフォローも次の言葉であっと言う間に崩れ去る。
「それはそうとして。原因が三下さんだとしても企んだ元凶が入る筈です。そっちを探した方が話が早いかもしれない」
「出来るに越した事はないんだケド、どうかな? 前の時はドアに飛び込んで逃げられちゃったのよね」
「でも近くで見届けてる気はするわね。どうやって見つければ良いのかは判らないけど」
朧月とエマの言葉に真迫が挙手をする。
「あ、私探す方では役に立つ自信がないわ。編集部に行って原因を探るから」
「私も編集部へ行きます。碇さんが心配ですからね」
「私も編集部に行くわ。介入者を見てないから音で探す事も出来ないしね」
バーガンディの言葉に続けてエマが自分の行先を明らかにする。若き陰陽師二人が顔を見合わせた。
「どうする?」
「一人は編集部に行った方がいいと思う」
「そうね、じゃアタシが編集部に行くわ」
同年代同士の気安さであっさりと打ち合わせを終えると朧月は振り返って涼蘭を見る。
「ね。アトラス前にも直行できるドア、作れる?」
こくりと頷いたのを見てエマが立ち上がって一同を促す。
「それじゃ、行きましょうか」


■エクリプス
 涼蘭が案内した場所はアトラス編集部のすぐ前の廊下だった。時計を確認してみても草間興信所からの移動時間は1分とかかっていない。その事に驚きながらも少年は意識を切り替える。
懐から取り出した符に気を込めると宙にそれを投げる。
たちまちのうちにそれは白い紙から白い鳥へと変化を遂げた。差し伸べた手に舞い降りたそれに少年は何事かを囁きかけそして印を組んだ手で気を込める。
人目をごまかす為の術がを受けた式神は彼の手から飛び立ち外を目指す。
 ――少なくともこの建物の中に不穏な気配はない
そう断じると彼もまた外へと向かった。
ビルの中から一歩外に出ればそこは喧騒に満ちている。雑多な人々が歩くその道を少年は迷う事なく歩く。これとは断定出来ない何かが彼の感覚に引っ掛っていた。
その歩調が早まったのは式神の送った一つの映像の為だった。そこに存在する筈のない者がたのだ。
 歩道橋の中程で立ち止まりアトラス編集部を見上げている影――それは三下の姿をしていた。
「誰だ?」
鋭い視線を向けられて三下はおどおどと答える。
「え? と、突然どうしたんですか?」
「三下さんならアトラス編集部にいるよ」
静かな声に三下は笑った――彼にはありえない暗い笑顔で。
「ここにいたっておかしくはないだろう?」
「三下さんはそんな風には言わないだろうね」
「だろうな」
「何の目的でこんな事を?」
「聞いてどうする?」
 唇を吊り上げただけの笑みで三下は榊を見た――それまでどこか挑戦的だった三下の表情が変わる。榊と視線が合ったのだ。
「お前、何者だ?」
「榊遠夜。あなたは?」
「三下」
応えかけたその言葉に少年は静かに頭を振った。
「違う。それじゃない」
「……エクリプス。光を遮られた者。授かるべき恩恵を失った者」
「どういう意味だ? 何故こんな事を?」
ひたと見つめる榊の視線に逆らえずエクリプスが口を開きかけたその時――。
「なっ!?」
飛び掛ってきた影を払って見ればエクリプスが身を翻して走り去ろうとしていた。
「待て!」
歩道橋の階段を一段飛びに駆け下りて背中を追う。何度か人にぶつかり呪文のように謝罪の言葉を告げながら彼の消えた路地へと駆け込む。
 ――来る!
直感的にそう思い痛みを覚悟する。脳裏をかけるのは攻撃の呪。頭を庇うように両手を交差させると同時に風が彼を襲う。
「くっ」
息を詰めてそれをやり過ごし即座に榊は呪を放つ。手から生まれ出でた黒い羽根がまっすぐに逃げ込んだ男へと伸びる。金色の髪をした青年は大きく後に跳んでそれを避けた。
「それが本当の姿か」
三下の姿を捨てた男を少年は睨みつけた。


■ない筈の鍵
 榊は胸元から一枚の符を取り出すと念じた。それはたちまちのうちに形を変え、日本刀となって彼の手に握られた。
「アトラス編集部を元に戻してもらおう」
 淡々とした声の裏に密かな憤りが込められていた。他人の姿を使い、その人間の居場所をおかしくする事は許しがたく思えたからだ。
「俺の手元に鍵はない。ない袖を振れる訳がない」
「原因を作っておいて出来ない筈はない!」
 一気に距離を詰めると少年は男を袈裟懸けに斬りつけた。寸での所で男が身をかわす。
「ふ。そうだな、鍵をかけたのが俺なのだから合鍵もある。――が渡す道理はないな」
エクリプスの腕の一振りで疾風が巻き起こる。巻き上がる埃に榊は咄嗟に目を庇う。
「ならば力づくで奪う」
 決然とした言葉はそれでも少年の口からこぼれる時には冷静な響きを帯びる。しかしその意を違えて受け取るものはいなかった。
「面白い。やってみろ! 契約者と違って俺は大人しくはないぞ。……!」
 空から飛来した影が一直線にエクリプスへと下降する。
「汕吏」
少年の声に答えて鷲は男を掠めるすれすれの軌道をとる。慌てた男は鷲の動きに気を取られた。隙はそれだけで十分だった。
「はっ!」
 吐く息とともに力が篭る。横一文字に切り裂いた動きにエクリプスは対応しきれなかった。
 ぽたり。
 男の腕から雫が落ちる。抑えた右腕も傷を追った左腕も瞬く間に朱に染まった。
「手駒がいたとはな」
油断したといわんばかりの男の言葉に榊は内心憮然とした。手駒、等と評されていい存在ではなかった。
「ならばこれでどうだ!」
血に濡れた手が複雑な印を辿る。
僕の知る術印の類じゃない。冷静にそう判断すると彼は意思を強固に保つ。魔術での争いは集中力こそが力を持つのだ。
 ふっと音が遠ざかる。辺りが一気に闇を帯びる。
どことも知れない場所に立っている事に少年は気が付いた。自分の体さえ確認出来ない暗さでは当然彼のそばにいるべき汕吏や響の存在も感じ取る事が出来ない。
「これは幻影だ」
言い聞かせるように呟いた言葉もいつもと違う響きを帯びる。外から聞こえる音がなければ自分の声さえも別の物に聞こえるのだと知り少年は眉を顰めた。――僅かなりとでも恐怖を感じなかったと言えば嘘になるだろう。
どれだけ周りと引き離されても男の存在だけは確実にある筈だ。榊を放り出して逃げる訳もあるまい。そう考えると少年は目を閉じて気を探る。眉間に熱が篭った。
 ――後ろ!
思った時には既に遅かった。耳元で低い声がした。
「そんなに何とかしたいならあそこに行けばいい」
どんっ
背を押されて榊は倒れこんだ。地に伏す事もなく足場がない事に気がついて慄然とする。
 どこに落ちていくんだ。
 答える声は、ない。


□黒い太陽
 唐突に彼は現れた。
 受け身も取れずに強かに体を打ちつけて痛みに顔を顰める。
「榊さん!?」
彼が落ちた場所はアトラス編集部の一角だった。一番近くにいた真迫が驚いて声をあげる。
「え!? なんで?」
「空間が揺らいだような気がします」
動揺した朧月の言葉に冷静に告げつつもバーガンディは僅かに椅子から腰を浮かせていた。
「一体何があったの?」
「エクリプスと名乗る男に背中を押されたらここに来たようだ」
 榊は手短に三下の姿をした男を見つけ追った事、そしてその男と争い術を受けたらしい事を説明した。エマはその名に微妙な表情を浮かべた。
「エクリプス……蝕まれるとかって意味の英単語ね。そのまま名前だとは考え辛いわ」
「蝕まれる、ね、そう言えば黒い太陽って言ってたよね」
それってさ、そう続けようとした朧月の言葉に真迫が首を傾げる。
「黒いものに喰いつくされて、太陽が蝕まれるって事?」
「そう。日食のしょくって食べるだケド、蝕まれるの字でも書くんじゃなかったっけ?」
「英語でなら日食はソーラー・エクリプスと呼びますね。そこから来ているのかもしれません」
朧月の言葉を裏付けるようにバーガンディが付け加える。エマは涼蘭に視線を向けた。
「エクリプスが涼蘭さんと同じように作った鍵が黒い鍵だって事になる可能性が高いわね。だとすると彼は涼蘭さんと同じ存在って事にならない?」
「扉との契約者って事ですね」
「待ってくれ。彼は自分の事を契約者ではないと言っていたんだ」
 榊の言葉に全員が黙る。だとすればエクリプスは一体何者なのだろうか。
「あーやめやめ! とりあえずここを何とかする事が先でしょう! 三下さんが鍵を持ってて落としたんなら床よね。となると給湯室周辺?」
 気分を変えてさばさばと動き出した真迫に朧月が待ったをかける。
「多分その辺にはないわ。それが微弱な気配がするのは反対側なのよ」
「ねえ、もしかして給湯室を超えてこっちに落ちてきたって事はない? 床にペンが散らばってるんだけど」
「ひっくり返したペンと一緒に転がってきたという事ですね。ではそちらを重点的に探しますか」
「とりあえず形は黒い太陽の付いた鍵だな?」
エマの言葉にバーガンディが頷き、逸早く榊は鍵の形状を確認してから机の下を覗き込んだ。全員が同じように探し始めた。
「あ、そこ! そっちの机の下!」
「あ。これね」
 真迫の声にエマが気が付いて手を伸ばした――その時。
「危ない!」
 二人の陰陽師が声をあげた。

□影
 エマの伸ばした指先が触れようとした鍵が不気味な光を放つ。
「え? きゃあ!」
「大丈夫!?」
 飛ばされ壁に強かに体を打ちつけたエマは悲鳴をあげる。真迫が彼女に駆け寄った。陰陽師の少年と少女はその二人を庇うように前に出た。
「碇さんと三下さんは下がっていてください」
 バーガンディは朧月と榊の隣に並ぶと二人に小さく囁きかけた。
「私の方に追い込んでください」
「判った!」
少女の声が応え、少年は静かに頷く。彼らの目の前に鍵から湧き出た不気味な影がゆらりと何かの形を取ろうとしていた。
形を完全にしないまま腕――或いは前脚かもしれない――を伸ばしてきた影に三人がそれぞれ別の方向に離れ、影を避ける。
「この! 影なら影らしく床に張り付いてなさい!」
走り出た真迫がその腕を取り――影である事は彼女には関係がないようだった――床へ叩きつけた。
その隙を逃さず朧月の手が印を切る。ふっと息を吹きかけるとその指先に符が現れた。
「鍵取る邪魔してンじゃないわよ!」
放たれた符は来光へと姿を変え影へ突き刺さる。影が苦しむようにその身を縮めた。その身を掴み取ろうと伸ばす手がある。榊の作り出した白い巨人は捻り潰さんばかりの勢いで影に掴みかかった。巨人を操る榊は影を鍵から遠ざけながらエマに視線を送る。
エマは足音を顰めて鍵をとると一気に給湯室へと駆け出した。
 ぐおぉぉん
 叫びともつかない声を影があげる。巨人の手から逃れて鍵を持つエマへと手を伸ばそうというのだろう。
「させませんよ、さっきもあなたはエマさんに乱暴なマネを働きましたね」
許せません。そう言い置いてバーガンディは白い写真を掲げた。それは先程彼が持ち込んだティーセットを撮影したもので、取り出した今は何も残ってはいない。
「こっちへ追い込んでください、エマさんは早く鍵を開けて!」
「給湯室には近付かせないわよ、大人しく消えなさい!」
 真迫が手近にあった椅子を持ち上げ投げつける。
「ちょっとうちの備品!」
「暴れたら備品もだが編集部自体が危ないんじゃないか」
 隠れてみている碇の声にやや呆れて榊が呟く。彼の手は忙しく幾つかの印を組み続けている。彼の手の動きが巨人に力を与えているのだ。
 エマは時折机に当たりそうになりながらも給湯室へかけより、そのドアを一度閉じる。手にした鍵をその鍵穴に入れると忙しく鍵を回した。
 かちゃり
 小さな音が響く。それを待ってドアを開けば流し台が見えた。
「開いたわ!」
 振り返って叫ぶも影が消える様子はない。どうやら開ければ消えるというものでもないらしい。
退路を塞ぐべく窓を背にして立った朧月の影に白い女性の姿がある。式神を従えた少女は不機嫌に言い放った。
「往生際が悪いのよ。とっとと消えて! バーガンディさん、後任せた!」
 声と同時に白い影が飛び榊の式神と共に彼の方へと影を押し倒した。もがくように伸ばした手にバーガンディは白い写真を投げた。
黒い影は写真に吸い込まれて消える。後に残るのは写真が一枚だけ。
それを手に取るとバーガンディは僅かな笑みを浮かべる。魔術でおざなりに精製された影がそこに映っていた。
「魔力で構成されたモノを封じれば、エクリプスの力も少しはそぐ事が出来るでしょうか」
 応える者はない。


□残る疑問
 僅かに荒れた室内を覗けば騒ぎの影は欠片も残ってはいない。あえて言えば人数が少ない事ぐらいだろうか。他のドアも一通り開いてみて漸く碇は安堵の息を漏らす。
「助かったわ、このままだとどうなる事かと思ってたの」
「お役に立ててよかった」
 笑顔を返すバーガンディにエマも頷きながら肩を竦める。
「アレが開いても消えなかった時はどうしようかと思ったわ。……それにしてもなんだったのかしら?」
「エクリプスがやった事は判っても目的が判らないんじゃね」
「そうね、ただの愉快犯じゃなさそうだし。判らないと次何やらかすか見当もつかないのわ」
朧月が腕を組み嘆息すると、真迫は髪をかきあげて同意の頷きを返す。
「本来貰うべき恩恵を奪われたと言っていたな。それを取り返したいのかもしれない。……しかし、契約者じゃないと言う割にはそれと同じ力を持っているとはな」
「私にも何がなんだかさっぱりです。……あの、もし何かあったら教えてください。その代わりと言ってはなんですが」
 これを、と涼蘭は鈴を差し出した。
「私で開く事が出来るドアでしたらいつなりと開かせていただきます」
「情報料の前払いって訳ね」
 真迫は頷き受け取る。エマと榊に渡した後、朧月には違う黒い鍵を差し出した。
「鈴は持っていらっしゃいましたよね。代わりにはなりませんけど。これで鍵をかければ、同じ鍵で開くまで誰にも開ける事は出来ません」
「……ソレってさっきまでと似た状況にならない?」
「桜夜さんならそんな風には使わないでしょう?」
「信じられてるとなると尚更ね」
 微妙な表情をした少女がエマの言葉に小さく笑う。
「私にも朧月さんと同じ鍵をいただけますか?」
空間を自在に渡る事の出来るバーガンディにとっては鈴はあまり意味がない。だからこその申し出に涼蘭は頷き鍵を差し出した。
 榊は話に加わる事もなく窓の外を眺めていた。眼下に先ほどの歩道橋が見える。
「……あいつ一体何者なんだ」
遅れをとった己の不覚を恥じながら少年はエクリプスと名乗る男の言葉を思い返していた――。


fin.


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 0642/榊・遠夜(さかき・とおや)/男性/16/高校生/陰陽師
 0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
 0444/朧月・桜夜(おぼろつき・さくや)/女性/16/陰陽師
 1650/真迫・奏子(まさこ・そうこ)/女性/20/芸者
 4164/マリオン・バーガンディ/男性/275/元キュレーター・研究者・研究所所長

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■         ライター通信          ■
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 依頼に応えていただいて、ありがとうございました。
 そしてお久しぶりでございます。小夜曲です。
 今回のお話はいかがでしたでしょうか?
 もしご不満な点などございましたら、どんどんご指導くださいませ。

 Gate03〜ロック、納品日当日のお届けとなりました。相変わらずギリギリで申し訳ありません。
 ロックと言う題名通り鍵が掛かっているという状況でした。さしづめ簡易結界でしょうか。こけて落としただけでかかるなんて迷惑に勤勉な鍵ですよね(笑)
 遠い昔の第一話、第二話からちらちら見え隠れしていた介入者がその存在を主張し始めました。でもエクリプスのやってる事は単なるはた迷惑な行動でしかないですよね。いきなり閉じ込められてもとっても困ります。準備してても嫌ですが。
 でも碇さんなら衣食住がOKなら締め切り前はドンと来いかもしれませんよね(笑)

 榊さま、初のご参加ありがとうございます。
 冷静に見えるけれどもそれは見えるだけ、表情に出すのが苦手な不器用さと何事にも前向きな真面目さ、そして情熱やプライドはしっかり持っているというイメージで書かせて頂きました。イメージが崩れたりしなかったでしょうか?
 今回は元凶を追うという事でかなりの部分を別行動とさせていただきました。エクリプスの正体が割れたのはひとえに榊さまのおかげです。巨人の式神を出してしまいましたが、個人的にはアキレウス等のギリシア彫刻のようなイメージです……が榊さまは陰陽師ですので少しイメージが違うかしらと思っております。
 今回のお話では各キャラで個別のパートもございます(■が個別パートです)。
 興味がございましたら目を通していただけると光栄です。
 では、今後の榊さまの活躍を期待しております。
 いずれまたどこかの依頼で再会できると幸いでございます。