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<東京怪談・PCゲームノベル>


闇風草紙 〜バレンタイン物語〜

□オープニング□

 そこにいるのが不思議だ。
 彼という存在を認めた時に、どんな風に世界は変わったんだろう?
 魅了される。
 なんて言葉を男に使うつもりはない。けど。
 一緒にいる時の空気は嫌いじゃない。――そんな気がする。


□金のインクルージョン ――蒼王海浬

「未刀。……見てたのか?」
「ああ、何か不味かったか? それなんだ?」
「見られたなら仕方ない。未刀は甘い物好きだったな、これから時間はあるか?」
「? 別に何も用事はないが――」
 俺は偶然に出会った少年の肩を叩いた。
「自宅に招待するよ。良ければ…だが」
 返事を待たずに、俺は海岸沿いの道を自宅へと歩き始めた。慌てた様子で未刀が後を追ってくる。

 それにしても――。
 困った場面を見られたものだ。先刻、俺は海の見える道を散歩がてら歩いていた。今日がどんな日であるか知ってはいたが、まさか待ち伏せまでされているとは思いもしなかった。

 『蒼王海浬さん! あの、私この近くに住んでる者です。チョ、チョコレート受け取って下さい!!』
 『……どうして俺に?』
 『あ…あの、いつもお姿を拝見してて…それですごく素敵だなぁって。好き…なんです!』
  躊躇する一歩。俺は気づかれないように溜息を飲み込んで、丁寧に頭を下げた。
 『すみません。俺にはすでに心に決めた人がいるんです。だから、貴方の気持ちには答えられない』
 『……そう…ですか。だったら、チョコレートだけでも』
  俺は首を横に振った。愛の篭ったチョコレートなど、自分が食べるべきものではない。やはり気持ちを受け取ったのと同じことになってしまうからだ。

                          +

「ここだ。来たのは初めてだったかな?」
「ああ…、あんたとはいつも偶然出会うからな」
「そう言えば、道で会う方が多いな。初めて出会った時も、フラフラしながら街を歩いていたな。あの時の怪我はもういいのか?」
「もう、治ったよ。いつの話をしてるんだ…随分前だろう?」
 出会いは怪我をした未刀を病院に連れて行ったことにある。彼の蒼い瞳が、俺の左右微妙に色の違う青い瞳とも違う、どこか淋しげな色を放っていたのが、強く印象に残っている。まずは拒絶し、俺を跳ね飛ばした。けれど、意識を失いかけた体はうまく操れなかったのだろう。俺に凭れかかり、ぐったりとしてしまった。それを俺が病院まで運んだのだった。
 1人暮しにしてはちょっと広い一軒屋。小さいが庭もあり、時間のある時に忘れず花の世話をしているせいか、寒空の下でも花が咲いている。彼がここにくるのは初めて。だが、本当はずっと未刀を自分の家に招待してみたかった。
「さぁ、遠慮せず入ってくれ」
「ん。靴は脱ぐんだっけ?」
「くく…相変わらず、変なことを訊くヤツだな。他の大抵の家もそうだろうけど、俺の家も土足では上がれないんだ」
 僅かに未刀の頬が赤らんだ。照れているんだろう。俺は喉の奥で笑って、未刀の背を押した。
「紅茶を入れる。そこに座っててくれ」
 今日は良い天気だ。太陽が珍しく輝き、雲の間から暖かな陽射しをテラスに運んでくれている。一番明るい南側の窓辺に、テーブルと椅子を用意した。手際良く紅茶を入れ、俺はキッチンのカウンターにあった籠を彼の前に置いた。
「これは?」
「チョコだよ。今日がバレンタンデーだっていうことくらい知っているだろう?」
「…もしかして、女の人が男にプレゼントするっていう……」
「そう。愛の告白をする日だよ。ま、義理でくれる人間も多いからな。これは仕事柄たくさんもらってしまったものだ。チョコは別に嫌いでも好きでもないんだが、どうにも多くて」
 肩をすくめると、未刀が喉を鳴らした。
「フッ…食べてくれると助かるんだ。未刀、手伝ってくれるか?」
「……え? い、いいのか? 食べても」
 頷くと、未刀は目尻を下げて包みを開けて食べ始めた。本当に甘い物が好きらしい。病院につれていった時に、アイスを美味しそうに食べていたことを思い出した。

「どうして、さっきのチョコレートは断わったんだ? 同じチョコだろ?」
「……それは、彼女の気持ちが篭っているからだ」
「なぜ? 気持ちが篭っているからこそ、受け取ってあげたら喜ぶんじゃないのか? …断わってるけど」
 俺は少し考えてから、言葉を口にした。あまり人には自分の心の中を知ってもらいたくない。土足で踏み荒らされている気分になるからだ。だから、いつもそつ無く受け答えをして、本心を話すことはない。けれど、未刀にだけは何故か本当の気持ちを話したくなった。
「俺には愛している人がいる。他の女性の想いが詰まったものを受けとってしまったら、きっと彼女が悲しむ――いや、それはいい訳だな。俺が嫌なんだ。俺の心は、いつも彼女のものでありたいと願っているから」
 同郷出身の清楚で儚げな人。彼女以外の存在は、すべて色褪せて見える。愛を語る日が来ることを祈るのは、彼女だけ。俺の心も体もきっとこれから刻んでいくだろう時間すら、彼女のモノだ。

 愛しくて。

 目を閉じれば、すぐに浮かんでくる姿。
 そういえば、未刀にもいるのだろうか? そんな女性が。俺は興味を感じて尋ねてみることにした。バレンタインデーを知っている――ということは脈があるのかもしれない。紅茶をひと口飲んで、口を開いた。
「……頷いているけど、未刀の方はどうなんだ? 誰か好きな人はいないのか?」
 両手を視線の前で組んで、俺はじっと未刀を見詰めた。

 ――あ、赤くなった。
    これは面白い……ふふ。

「い、いない……。僕は海浬みたいに器用じゃないからな。こ、恋人なんてできない」
「嘘だな」
「……どうしてそんなこと言うんだ」
 思わず笑ってしまった。こんなに楽しいのは久しぶりだ。異父妹であるF1レーサーのマネージャーという立場は気を使うことが多く、笑みを偽装することだってある。それがショービジネスの世界の鉄則。本心から語れる友人など少ない。
 未刀は予測したのと同じ行動を取る。なんて分かりやすい性格をしてるんだろう。虚勢を張り、意固地で人の手助けを極端に嫌う。そのくせ、人の心配ばかりして、不安や照れなどを上手く隠すことのできない不器用さを持っている。だからなのか。
「まったく、未刀は見飽きないよ」
 憮然としている未刀の頬。赤く染まっている。
「じゃあ、いないことにしておこう。でも、ひとつ忠告しておく」
「……な、なんだ?」
 やはり興味があるのだろう。未刀が身を乗り出してきた。俺はもう一度こっそり笑って言った。
「好きなら伝えろ。それをきっと彼女も待っているはずだ」
「!!! …い、いないって言っただろ!!」
「まぁまぁ、騒ぐな。チョコまだあるから、しっかり食べてくれ」
 思わず立ち上がった未刀。ストンと座り直し、なんでもない風にまたチョコを食べ始めた。俺はそれを頬杖したまま眺めていた。彼の頬はまだ赤い。

 こうしてゆっくりとした時間を過ごせるのも、あの場面で未刀に出会ったからだろう。
 神の思し召しに、我ながら粋な計らいだと感謝した。
 窓ガラスから金色の夕陽がさし込んでくる。それはまるで、宝石にさし込んだ一条の光のようでもあった。


□END□

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

+ 2863 /蒼王・海浬(そうおう・かいり)/男/25/マネージャー+来訪者

+ NPC / 衣蒼・未刀( いそう・みたち) / 男 / 17 / 封魔屋(逃亡中)

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■         ライター通信          ■
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 初めまして。少し遅れてしまいました…すみません。ライターの杜野天音です。
 大人〜な男性は難しいですね。海浬さんのイメージに合っていましたでしょうか? 一応女性と話す時は丁寧に、未刀と話す時はちょっぴりえらそうにしてみました。未刀はからからい甲斐があるでしょう(笑)
 題名のインクルージョンは宝石の中にできた傷や不純物が、まるで光を灯したみたいに輝くことを言います。キャッツアイの光がそれです。海浬さんにとって、未刀は突然の訪問者なのでしょうけれど、それでも不快でなく楽しく感じてくれていることを表わしています。
 恋愛感の台詞が海浬さんの心と同じことを祈りつつ、プレゼントを用意していますので受けとって下さい。
 では、また本編の方にもご参加下さると嬉しいです。なかなか開いてませんが……。
 今回はありがとうございました。楽しかったです♪