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<東京怪談・PCゲームノベル>


闇風草紙 〜バレンタイン物語〜

□オープニング□

 彼に会って、何かが変わった。それは何だろう?
 街の飾りや店先のディスプレイ。世の中は聖なるバレンタイン。
 伝えなければ。
 これからどうなるかは分からない。でも――。
 想いを伝えなければいけない気がする。

 熱い頬はきっと貴方を想うから。


□オブシディアンの欠片 ――藤井百合枝

 料理が苦手なことは自覚しているつもりだ。けれど、女にはそれでも美味しく作るべく努力をしなければならない時がある。
 それが今。
「むむむ……。こんなに種類が多いなんて、予想外だわ」
 私はスーツ姿のまま、腕組みして唸った。ここはデパートの特設会場。いわゆるバレンタインデー用のチョコレートを販売している場所だった。これでもかとデコレーションされたハートやピンクのリボン。半分げんなりしながらも、黄色い歓声を上げている女子高生の間を縫って、並べられた材料を見詰めた。
 毎年、会社内の同僚などに義理チョコというものを買っていたが、それはあくまで共同購入で、自分で作ろうと考えたこともなかった。
「よく考えたら、個人にあげるのだって初めてなんじゃないかしら……」

 綺麗にラッピングしたチョコの箱。
 背中に隠して、ベッドから起き出したばかりの未刀の前に立つ。
 『これ』と呟きつつ、手渡して――。
 うっ……。

 気恥ずかしい結果を想像しそうになって、慌てて頭を振った。
「と、と…とりあえず、美味しく作らなきゃね」
 本屋で買ったレシピ本で、色々と思案してすでに作るものは決まっている。トリュフにしたかったが、腕がついていくはずもないので、型抜きチョコにした。型に入れてトッピングを乗せ、冷蔵庫で待つだけのチョコレート。それでも気合いを入れ、1回くらい練習をしなければ上手くいくか自信はない。
「甘いモノは好きそうだったわよね……。うーん、やっぱり色見的にホワイトチョコも必要かしら」
 トッピングに紫色のミモザとアーモンドのスライスを買う。器は取り出さなくてもいい陶器のティーカップ型にした。柔らかめのチョコだけれど、本当に上手くできるのか――。
 不安が過る。いつまでも悩んでいても時間が過ぎるばかり、明日は休日で一日チョコ作りに時間を避ける。友人にも掛けてきても電話に出られないことをすでに告げてある。

 『やだッ! あんた、若い男の子でも連れ込んでるんじゃないの?』
 『え…そ、そんなことあるわけないじゃない』
 『ふーん。怪しい……。ま、百合枝にそんな甲斐性があるとも思えないものね。今度いい人紹介するから、それまでの我慢よ』
 『な、何言ってるのよ。あんたこそ、バレンタンデーくらい彼と遊びなさいよね』
 『ええ? いいの。いいの。もう5年目だもん、夜にチョコだけ渡すから』

 そんな友人との会話が蘇る。
「…………。そうよ、なんて言えるわけないじゃない」
 軽く溜息。自分から、連れ込んでおいて恋愛対象にはなりえない――と言えなくなっている自分に薄々気づき初めていた。でも認めたくない。
「恋愛なんて、年上か同い年とするものよ。……うう、帰ろう」
 思考を強引に切り替える。彼に出会ってから、人の心を炎として見る以外は平穏無事に過ごしてきた人生が変化していた。あの恐ろしい電撃を使う鬼にもあった。
 でも――。

「嫌…じゃないのよね」

 人の心が見えるからこそ傷ついたこともある。苦しんだことも苦悩したことも。だからこそ見えてくるモノがある。私の元に転がり込んできた少年。衣蒼未刀という人間が、どれだけまっすぐな心を持っているか。分かってしまったから。

                          +

 バレンタイン当日。まだ朝もやが立ち昇る早い時間。
 私は用意したチョコレートの塊を包丁で丁寧に刻んでいた。幸いなことに、まだ居候中の少年は目を覚ましていない。何もしないのは申し訳ないと、彼はいつも私が仕事に行っている間掃除をしてくれているのだ。
「ぷっ…掃除機使ったことないなんて、どんな生活してたのかしら」
 悪戦苦闘してるところを思い出し、思わず噴き出した。小気味良い音が響いて、チョコレートをどんどんと小さな欠片にしていく。
「ええと、温度が大切なのよね。まずは、湯せんしなきゃ……」
 夜の内に何度もレシピは覚えた。チョコレートを作るのに一番大切なのはスピード。いちいちレシピを確認してる暇はない。そんなことをしていたら、あっという間に冷えて固まってしまう。それだけは避けたい。
「少年が起きるまでに冷蔵庫に入れられるかしら? 夜はどこかに出かけてたみたいだから、大丈夫よね」
 二重にしたステンレスのボール。下側に暖かいお湯を入れ、上側のボールに刻んだチョコを入れた。見る間に溶けていく。
「そっと…そっと混ぜて」
 湯せんの水がチョコに入ったら、すべて台無しになってしまう。私は慎重にヘラを動かした。その他の材料を入れ最後にナッツを混ぜ、暖めておいた器に入れる。とろりと溶けたチョコが器すべてに納まった。
 買っておいたミモザを飾る。アーモンドスライスも羽のように並べてさした。
「我ながら上出来だわ。でも、味見できないのが不安よね……」
 眉間に人差し指を当て、真剣にチョコレートの出来上がりを心配している自分に気づいた。こんなにも夢中でお菓子作りなんてしたことがあっただろうか?
 
 ――この気持ちは何?
    まさかね……。

 考えないようにしていることのひとつ。年下は恋愛対象にはなりえない。そのはずなのに。
 胸がもやもやする。はっきりとしない感情。
 恋をしたことがないわけじゃないし、想いが募って苦しんだこともある。けれど、どの感情とも違う気がする。

 冷蔵庫のドアを開けた。中央に開けておいたスペースに、トレイごと移動して入れた。
「ドアを閉めてと。後は待つだけっ!」
 大きな声をわざと出してみるけれど、思考連鎖からは逃れられそうにない。
「……どうかしたのか?」
「わわっ! しょっ少年、起きてたの?」
「何か作ってるなぁとは思ったけど、邪魔になるから見てた」
「…………見るな」
「え?」
 困惑する未刀。私の方こそ、どうすればいいのか分からない。
「と、とにかくっ! そこ座って、朝食私もまだだから、作る」
「あ…ああ。わかった」
 きっと怒られた理由が分からないのだろう。すごすごと居間へと戻っていく未刀の背中に。私は小さく「ごめん」と呟いた。彼が悪いわけじゃない。でも、原因はきっと――。
「はぁ……これからどうすればいいのよ」

 恋だと確信したら、彼にどう接すればいいのか。私は出ることのできない迷路に迷い込んだ気分になった。奇しくも、今日はバレンタインデー。女が愛をつげる日。冷蔵庫の冷たいドアに額をぶつけ、ひとり呟いた。

「このチョコが義理だって言い切れる自信――ないわ……」

 チョコは刃物。黒く透き通る硬質のオブシディアン。
 新しい関係を作り出す。黒い欠片。


□END□

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)      ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

+ 1873 / 藤井・百合枝(ふじい・ゆりえ) / 女/ 25/派遣社員

+ NPC / 衣蒼・未刀( いそう・みたち) / 男 / 17 / 封魔屋(逃亡中)

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■         ライター通信                   ■
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 遅くなりました。ライターの杜野天音です。
 おひさしぶりです♪ 忘れてなんていませんよ。私の方こそ、忘れられたのではと心配していました。未刀を相手に選んで下さってありがとうございます。久しぶりだったので独白シーンが長く、ちょっと文字数多くなりました。
 まだ再会編までのご参加なので、微妙な感じにしておきました。こんなもので如何だったでしょうか?
 気に入ってもらえたなら嬉しいです。未刀活躍してませんが(笑)
 プレゼントをつけておきました。受けとって下さい。
 なかなか本編がオープンできないのですが、また続きにご参加下さると嬉しいです(*^-^*)
 ありがとうございました!