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<東京怪談・PCゲームノベル>


闇風草紙 〜バレンタイン物語〜

□オープニング□

 彼に会って、何かが変わった。それは何だろう?
 街の飾りや店先のディスプレイ。世の中は聖なるバレンタイン。
 伝えなければ。
 これからどうなるかは分からない。でも――。
 想いを伝えなければいけない気がする。

 熱い頬はきっと貴方を想うから。


□色変えのジルコン ――天薙撫子

 彼と出会って、数ヶ月。一緒に時を過ごすようになって数週間。我が家の離れに未刀様が居候していると思うだけで、朝起きるのが楽しみな自分がいる。
「大学。そろそろ顔出しておかないといけませんわね」
 色々あり過ぎて、ここのところ大学に行っていない。自宅にいて、未刀様のお世話や心配、おじい様のお手伝いなどばかりしていた気がしてしまう。わたくしは思い立って大学に向った。出掛けに未刀様と顔を合わせた。
「撫子…? どこか行くのか? 使いなら、僕もついて行くが――」
「…え? ふふ、お気遣いありがとうございます。今日はおじい様のお使いではないのです。大学に行ってまいります」
「大学? それは何をするところなんだ?」
 わたくしは学ぶ――ということを自分の意志で選ぶことのできなかった未刀様を不憫に思った。学生というものに憧れているのかもしれない。大学が学業を修めるために行く場所だと告げると、心なしか羨望の眼差しをしていたから。
「では、行ってまります。夕方には帰りますから、未刀様はのんびりしてらして。おじい様なら、いつでもお茶の相手をして下さいますわ。もちろん、美味しい茶菓子も用意しておりますし」
「わかった。…気をつけて」
 未刀様が心配そうにわたくしを見詰めた。照れくさくなって、わたくしは慌てて背を向けて玄関を出た。

 キャンパスに到着すると、すぐに友人達に囲まれた。彼女達はわたくしにどうして学校に来なかったのか尋ねた。返答に苦慮していると、話題の中心はすぐさま別のモノへと移行していく。最近ずっと、のんびりした時間を過ごしていたせいか、友人達の会話スピードに追いつけない。
「ね、もうすぐバレンタンだけど、誰かにあげる? 義理じゃないわよ」
「わたしはあげるわよ! クラブの先輩♪」
「やっぱり本命がいないと淋しいわよね、バレンタンのイベントなんて」
「手作り?」
「自分で愛を込めて作るわ! そうじゃないと想いが伝わらない気がしない?」
 瞬く間に展開していく会話。ようやく会話のテーマだけ理解できた時、突然友人がわたくしに意見を求めてきた。
「撫子は好きな人いるの? あげる…って話今まで聞いたことないけど」
「え……わたくし…ですか?」
 友人一同が興味深々の目で頷いた。どう返答すれば良いのか。
「あの…相手の方がわたくしをどう思われているか自信はないのですが、わたくしはあの方の傍にいたいと思っておりますわ」
 黄色い歓声が飛んだ。言ってしまってから、自分の頬が熱くなっているのに気づいた。どんな人なのかと尋ねる友人を振り切って、わたくしは教室へと向った。言葉にして初めて、確かに宿る気持ち。

「バレンタインのチョコレート。あげなければなりませんね……。わたくしの気持ちですもの」
 
 決心したら一途。わたくしは早速、材料を手に入れるべく授業を終えた後、街へと買い物に出かけたのだった。

                       +

 バレンタイン前日。わたくしは台所に戒厳令を敷いた。未刀様はもちろん、天薙家に在住する殿方すべてが立ち入り禁止にして、わたくしは褐色の塊と格闘を開始していた。
「……ええと、本によると温度が大切なのでしたよね」
 レシピは一通り覚えたつもりだったが、初めてのチョコレート作りのため、ひとつの作業に悪戦苦闘を余儀なくされた。刻むのに時間がかかり、せっかく用意していた湯せんのお湯が冷めてしまったり、固まってしまうのに買ったばかりの容器のパッケージを開けるのを忘れていたり――。
 もう少し手の込んだものをと考えてはいたけれど、結局腕がついて行かなかったため急遽変更。半日以上を費やしてシンプルなハート型のチョコレートを作ることができた。冷蔵庫の中から取り出して、ラッピングに入った時には指には火傷の痕がたくさんできていた。チョコだらけになったボールをそのままに、わたくしは綺麗な包装紙に包まれたチョコレートを見つめる。
「喜んで頂けるかしら?」
 未刀様が甘い物が好きなことは知っている。だけど、これはただのお菓子ではない。わたくしの心からの気持ちが込められたモノ。翌日のバレンタイン当日を思うと、その夜なかなか寝付けなかった。

 タイミングは難しい。
 それを痛感した一日。すでに夕方。宵の闇が東の空に一番星を輝かせている。未刀様は相変わらず、庭で鳥の鳴き声を楽しんでいたから、いつでも渡すチャンスはあったはずなのに、どうしても渡せなかったのだ。
 それでも今日中に渡さなければ意味がない。あれほど、一生懸命にお菓子を作ったことは今までにないから。
「あ…あの! 未刀様」
「ん? 撫子。どうかしたのか? お茶なら、美味しく飲ませてもらっているが――」
 縁側に座り、未刀様が湯のみを持ったまま振り向いた。どうやら、お茶のお替りを尋ねているのだと思われてしまったらしい。
「いえ…どうしても今日、お渡ししたいものがありますの」
「渡したいもの? 今日は何か特別な日か何かなのか?」
「未刀様は2月14日がどんな日がご存知ないのですか? ……そう…ですよね。ご存知ないかもしれませんわよね」
 わたくしは子供ですら知っている有名なイベントを、知らない未刀様のことを思って胸が痛んだ。母上様が亡くなっているということは、誰からももらったことがないのだと。隔離された世界。
 言葉を選んで、バレンタインデーという日について説明をしてあげた。

 ――しばし、未刀様はわたくしの言葉に耳を傾けていた。
「じゃあ、女の人が男にチョコレートを渡す日なんだな…」
「ええ♪ では、受けとって頂けますか?」
「僕にくれるのか? ありがとう。……でも、これ僕がもらってもいいものなのか?」
 わたくしはもちろんと頷いた。その為に作ったチョコレート。
「未刀様だからこそ、渡したいのですわ。今日はチョコレートを渡すだけの日ではないのです。この甘いお菓子に自分の気持ちを込めて、告白する日なのですから」
「告白…? え…撫子が僕に?」
 未刀様が驚いた顔でお茶をこぼした。慌てて拭いてあげると、手を握られた。真摯な目がじっとわたくしを見詰めている。言葉はなくとも分かる。きっと彼はわたくしがチョコレートに込めた気持ちがなんであるか知りたいのだ。
 勇気を出して、耳元にそっと囁く。
「これからも私は貴方といつまでも共にいます。2人はいつも一緒です。未刀様…わたくしはあなたを愛しています」
 言葉にしたら、顔が上気していく。熱くなった頬が照れくさい。未刀様の瞳を見詰めたら、色を変えるジルコンのように変化していく。哀しさの漂う青から、柔らかな春の青空を思わせる暖かな青へ。
 抱き寄せられた。

 時間が止まる。
 答えは返らなくとも分かる。未刀様の腕が、強くわたくしの体を抱き締めるから。
 高鳴る心臓の音は、すっかり暗くなった空に翔け昇っていく。
 伝えられた幸せ。噛み締めるほどに、世界は甘い。
 褐色の甘露のごとく。


□END□

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

+ 0323 / 天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ) / 女 / 18 / 大学生(巫女)

+ NPC / 衣蒼・未刀( いそう・みたち) / 男 / 17 / 封魔屋(逃亡中)

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■         ライター通信          ■
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 遅れてしまいすみませんでした。ライターの杜野天音です。
 如何でしたでしょうか? 撫子さんの気持ち、きっと未刀に届いたはずです。言葉にしつくせないほど、思いは深くて。未刀は嬉しかったに違いないです。無条件で心を許し、あまつさえ愛をくれる相手なんて、今までいなかったでしょうから。
 題名の「色変えのジルコン」は同じ石であっても、色が変化するジルコン。それを未刀の喜びに掛けてみました。撫子さんの言葉は未刀のこれからをも変える力があるんでしょうね♪
 プレゼントを用意しました。喜んで下さると嬉しいです。本編はなかなかオープンできませんが、またご参加下さいませ。今回はありがとうございました!!